バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

61 / 81
2話 予想外の目的地

 すっかり日が傾き、オレンジ色に染まった校舎から1人の男子生徒が疲れ切った様子で校門へと向かっている。学校から抜け出した先で担当教師に見つかる不運から補習授業を受けることになった、暁古城だ。

 

「や、やっと終わった……。

 確かに抜け出したのは悪かったけど、あそこまでやらなくてもよかっただろ。絶対那月ちゃんの憂さ晴らし入ってるぞ今回の補修……」

 

 同じく捕まった浅葱はとっとと補習の課題を終わらせて帰宅してしまっており、古城は1人家路を歩くことになったのだ。

 気力の果てた古城の視界に、1人の女子生徒の姿が映った。校門の傍に立っているのは整いすぎるほどの整った美貌の持ち主、古城の監視役である姫柊雪菜だ。いつものギターケースを背負う彼女は、遠目から見ても近寄り難いオーラを発している。学校を抜け出した挙句、式神を潰してまで密談されたことが許せないのだろう。

 いっそ気づかないふりをして通り過ぎようという案が古城の脳裏をよぎったが、実行した場合事態の悪化は避けられない。ならば少しでも傷を浅くしようという結論に達した。

 

「よ、よう姫柊。ひょっとして、待っててくれたのか?」

「はい。私は先輩の監視役ですから。

 ところで、随分と遅かったですね、先輩」

 

 感情のこもらない雪菜の声に、古城の顔が引きつる。平坦な声は、冷気を発していると勘違いするほどだ。

 

「あ、ああ。結局那月ちゃんと浩一さんに捕まって、学校まで連れ戻されたからな。それでそれで今まで保守を受けさせられてた」

「補修、ですか。……藍羽先輩と2人っきりで、こんな時間までですか?」

 

 どこかすねたように唇を尖らせる雪菜に、古城は罪悪感から慌てて弁解する。

 

「い、いやいや! あいつはとっとと補習の課題を終わらせて帰ったから、実際は俺1人だったぞ。うん!」

「そう、ですか」

 

 どこか安心したような声音で、雪菜は静かに頷いた。機嫌がなおったわけではなさそうだが、ひとまず危機を脱したようで古城は内心安堵の息を吐いた。

 

「ところで、何故学校を抜け出してまで修道院に行ったんですか? 本当に猫が気になるなら、放課後でも問題ありませんよね?」

「ああ、猫を拾った叶瀬がまたあの修道院跡で世話してないか確認したくてな。もしも放課後にあの天塚――昨日の錬金術師とあそこで会ったらまずいだろ? できれば放課後前に確認しておきたかったんだ。

 今は那月ちゃんが護衛をつけてくれたみたいだから、安心できるけどな」

 

 ひとまず心配ごとの種が無くなったことで気楽に言った古城とは対照的に、雪菜は話の途中から真剣な表情を浮かべた。

 

「先輩、もしも本当に彼と遭遇したらどうするつもりだったんですか?」

「どうするって……」

 

 雪菜の問いに、古城は言葉を詰まらせる。そして、雪菜がここまで機嫌を損ねた理由に気が付いた。

 夏音を狙っている天塚汞は、物質変換を使いこなす凄腕の錬金術師だ。触れるだけでほとんど瞬時に対象を金属化させる彼に、もしも待ち伏せをされ不意を突かれたら。いくら古城といえども、ひとたまりもないだろう。

 訓練を積んでいるとはいえ不意打ちに完璧に対応できるわけではないし、いかに第四真祖の力といえども意識外から攻撃されればその力を十全には発揮できないのだから。

 そんな危険な相手がいるかもしれない場所に、古城は大した警戒も無しにのこのこと近づいて行ったのだ。しかも攻魔師でもない、ただの一般人である浅葱を連れて。

 

「悪い、姫柊。軽率だった」

 

 内心に重苦しい自己嫌悪を抱え、古城は肩を窄め項垂れた。小さくなった古城を、雪菜は悪さをした園児を叱る保母のような表情を浮かべる。

 

「はい、反省してください」

「ああ。これからは気を付けるよ」

「もしも襲われていた場合、藍羽先輩が一番危険だったんですよ?」

「そうだよな。本当に悪かったと思ってる」

「授業をさぼって学校を抜け出したことも問題ですし、なんだか最近藍羽先輩との距離も近いですよ? 食堂でも顔を近づけてこそこそ話してましたし、何かにつけて2人で行動してますし、宿題を忘れたからってすぐ藍羽先輩に頼み込みますし……」

 

 なぜか雪菜の説教内容が脱線をはじめ、古城は弱々しく制止する。

 

「あ、あの……姫柊さん? 今日は食堂が混んでたし、大声で話す内容じゃなかったし、まあたしかに宿題を手伝ってもらってるのは悪いと思ってるけど、そこまで一緒に行動してるかって言われると……」

「先輩……そういって藍羽先輩に甘えているから、今回みたいに無理やりついて来ようとされたときに断りにくくなってしまうんですよ? 反、省、し、て、く、だ、さ、い」

「えーっと……はい、すいませんでした。反省します」

 

 釈然としない気持ちを噛み殺しつつ、古城はおとなしく頭を下げた。どうにも、古城は雪菜に面と向かって叱られると弱いのだ。

 そんな古城に雪菜はため息を1つつき、切り替えるように声音を変えた。

 

「こういった危険な行動をとるのならば、事前に私に相談してください」

 

 雪菜の一言に、思わず古城は顔を上げる。

 

「止めないのか?」

「止めたところで、今回みたいに内緒で動こうとするだけじゃないですか。だったら私も一緒に行動したほうが、まだ先輩の暴走を見逃さないですみますから。

 式神からの反応が途切れたとき、南宮先生と浩一さんがいたとはいえ、心配したんですからね?」

「姫柊……」

 

 肩をすくめる後輩を見て、古城の心に再び罪悪感が募りはじめる。表情でそれに気が付いたのか、雪菜は慌てて言葉を続けた。

 

「とにかく、2人とも無事でよかったです。

 宿泊研修中は、私が叶瀬さんのそばにいますから、先輩は余計な揉め事に近づかないようにしてください」

「そうか、頼んだ」

 

 小首をかしげる雪菜に、古城はなんとか表情を変えないよう努めた。

 叶瀬賢生が襲撃された件を、古城は雪菜に話してない。これから4日間、彼女は絃神島を離れるのだ。余計な情報を伝えて不安にさせるよりも、知らないうちに天塚汞を確保してしまおうと考えているからだ。

 そんなとき、不意に雪菜から気遣いの声をかけられたことで発した動揺を悟られまいと、古城は表情筋を総動員させた。

 しかし、剣巫である雪菜の目は誤魔化せなかったようだ。

 

「先輩、私がいないからといって、ほかの女の子の血を吸ってはダメですからね?」

 

 不自然に固まった表情を訝しみ、雪菜は念を押した。

 

「ああ、それは大丈夫だ。誓ってもいい」

 

 古城はきっぱりと断言した。実際血を吸う予定は一切ないため、ここでどれほど重い約束をしても問題ないのだ。

 

「そんな心配よりも、自分のことを考えようぜ。せっかくの休暇を友達と遠出できるんだから、楽しんで来いよ。

 ついでに、凪沙がはしゃぎすぎないように見ておいてもらえると助かる」

 

 軽いノリで言った前半と、真剣そのものの口調だった後半とのギャップに、雪菜も警戒を解いたようだった。機嫌のよさそうな笑みを浮かべ、クスリと笑い声を漏らす。

 

「わかりました、任せてください。

 先輩、その前に1つお願いがあります」

「お願い?」

「一緒に来てほしい場所があるんです」

 

 珍しい雪菜からのお願いに、思わず古城は戸惑った。

 

「少々お時間を取らせてしまうんですけれども、2~3時間ほどで済むはずですので、夕食には間に合うはずです」

「特に予定もないから構わないけど、いったいどこに向かうんだ?」

「私が先導しますので、ついてきてください。そう長くは歩かないはずですので」

 

 雪菜に導かれるまま、古城は普段であれば通り過ぎるモノレール駅で降車した。

 駅前の案内板で道を確認し、雪菜はどこか緊張した面持ちで先導を再開する。すぐ後ろを歩く古城だったが、街並みが徐々に変化するに合わせて表情が引き攣っていく。

 古城たちが入り込んだ路地には、何軒ものホテルが立ち並んでいたのだ。旅行者が利用するようなものではない、いわゆる愛が頭につく類の宿泊施設だ。

 

「ひ、姫柊。あのさ、この通りって……」

「すいません先輩、ちょっと緊張しています。私も実は初めてなので」

 

 古城に視線を向けず、雪菜は固い口調で言う。

 状況の急展開に、古城は狼狽することしかできない。つい先ほど言われた、ほかの女の子の血を吸うなという発言とも関係があるのかと思考が回る。

 吸血鬼の吸血衝動は、性欲がきっかけとなって引き起こされる。つまり、吸血とは別の方法でその衝動を発散させてしまえば、吸血行為を行うことなく普段の状態に戻ることができるのだ。

 だが、そうなると古城はそういった方面で欲望を発散させることになる。ホテルの立ち並ぶ通りの一角に連れ込まれた古城は、すでに思考がまとまらない状態にまで追い込まれていた。

 

「なあ姫柊。ひょっとして、獅子王機関からの指示で俺をここに連れてきたのか?」

「はい。先日届いた辞令の中で、細かく指示されていました」

 

 真面目な口調で返答する雪菜の背後で、古城は唇を噛んだ。話に聞いていた雪菜の師匠たちが、このような無体を指示するとは思えない。獅子王機関といえども、一枚岩ではないということだろうか。

 たしかに、少女が体を差し出した結果第四真祖の暴走が止められるのならば安い代償なのかもしれない。しかし、そんなやり方はあんまりだろう。

 

「あのさ、無理してするもんでもないと思うぞ? こういうのはもっと段階を踏んでやるべきだと思うし、お前はもっと自分を大切にするべきだと思うんだ、うん」

「はあ……たしかに突然の指令でしたけど、明日には私が絃神島を離れてしまうんです。その前に済ませなければならないことなんですから、そんなに時間をかけていられませんよ?」

「す、済ませるって……」

 

 予想外にさばさばとした雪菜の態度に、古城は戸惑いを隠せない。身持ちが固いと思っていたが、ひょっとして彼女は嫌ではないのかも知れない。しかし、このまま流されてはいけないという気持ちも湧き上がってくる。

 たしかに、古城としても雪菜のことが嫌いではない。見た目も性格も魅力的であるし、任務と無関係な部分で世話を焼いてくれていることも口にこそ出さないがありがたく思っているのだ。それだけにこのような指令を送る獅子王機関には不快感を覚えるし、もしも流された場合の雪菜の反応を考えると古城としても二の足を踏んでしまう。

 雪菜は獅子王機関から派遣された古城の監視役だ。ただ古城の行動を見張るだけではなく、授業中も自宅内での行動も、余さず式神や呪術で把握し続けるという偏執的なまでの監視体制を築いている。ストーカーとして考えても異常なまでの行動力を持つ彼女が、この上既成事実を得た場合どのような行動に出るのか。古城には予想がつかないし、したくもない。

 ここはプライバシーが保たれた生活のため、そして雪菜のためにもきっぱりと断ろうと古城が決意したところで、まるで予測したかのように雪菜の手が古城へと延びた。

 

「先輩……すみませんが、少しの間目を閉じていてもらえませんか?」

 

 手を握られ、古城は頭が真っ白になる。小柄な雪菜の手は、当然ながら古城の手よりも小さい。女性特有の柔らかな感触が伝わり、古城は手を振りほどくことができなかった。

 鼻の奥から金臭い感覚が広がり、いよいよ理性も限界だと音を上げそうになったとき、静電気のような不快な衝撃が古城を現実に引き戻した。

 

「もう目を開けても大丈夫ですよ。無事に着きました」

 

 あっさりと手を離された古城は、状況を理解できないまま目を開ける。眼前には、どこか古ぼけたような印象を与えるレンガ造りのビルが建っていた。窓には年代物であろうステンドグラスがはめ込まれ、そう高くない屋根には古い看板がついている。周囲とはまるで違う雰囲気の建物に、古城はあっけにとられた。どうやら、ここが雪菜の本当の目的地だったようだ。

 

「無事に人払いの結界を抜けられました。真祖クラスの強力な魔力の持ち主が無理に押し通れば、結界が破壊される可能性があったんです。それで誘導させてもらったんですけど……あの、先輩?」

 

 手をつないだ理由まで説明されてしまい、古城は思わず崩れ落ちた。先ほどまでの思い込みで暴走していた自分が死ぬほど恥ずかしい。冷静になって考えてみれば、そのような指令が出されれば紗矢華が黙っていないだろうし、雪菜も相応の反応をするだろう。

 

「すまん、ちょっと精神の安定を図ってた。

 で、ここは何なんだ。骨董屋か?」

 

 なんとか自分を立て直した古城は、店構えから商売を判断した。那月が好みそうな、輸入品らしき年代物の品々が窓越しに数多く並べられている。

 しかし、雪菜はゆっくりと首を振り古城の予想を否定した。そして背中のケースから銀色の槍を引き抜き、どこか懐かしそうに微笑む。

 

「ここが、獅子王機関です。正確には、絃神島出張所ですね」

「獅子王機関の出張所、ね……」

 

 雪菜の説明に、古城は改めて建物を見渡した。たしかにレンガ造りの珍しい建物だが、それらしい雰囲気を感じ取ることはできない。どう見ても、金持ちの道楽で営業されているような寂れたアンティークショップだ。

 

「外見は偽装していますが、職員同士の連絡や補給を担当する事務所です。結構重要な拠点なんですよ」

「事務所にしては厳重だな……まあ、特務機関なんだから偽装くらいはするか」

 

 たしかに、偽装していない状態で結界に不具合が発生すれば、ごまかしが効かなくなってしまう。アンティークショップのような外見を偽装として選んでいるのも、槍や剣を持った人が出入りしても買い物や売却としてごまかせるようにだろう。

 

「なるほどな、身分を隠して行動しやすくするための職場ってわけか」

 

 国の公的機関なのだから、そういった支部が点在していてもおかしくはないだろう。とくにこの島は獅子王機関の管轄となる魔導テロを引き起こす因子が多い。そんな地域に支部がないほうが不自然だ。

 

「はい。それと事務所の維持費を稼ぐために、差し押さえたり回収したアイテムの売買も行っています。先輩も、低ランクのものを護身用におひとついかがですか?」

「営業もしてんのかよ!

 え、お前たちの仕事って魔導テロとか大規模魔導災害関連だって言ってたよな。そこが差し押さえたり回収したって、呪われてたり、怨念がこもってたりするもんじゃないのか?」

「……大丈夫ですよ。きちんとしかるべき処置を行ったものばかりですから」

「おい!」

「冗談ですよ」

 

 慌てる古城の様子を見て、雪菜はおかしそうにクスクスと笑った。古城にとって、この生真面目な後輩の冗談はいまだにわかりにくい。

 

「でも、実際に営業自体はしています。きちんと営業して金銭的な流動がないと、調べられたときにどうしても不自然な部分が出てしまいますから」

「なるほどな。たしかに変に調べられたときにごまかすよりも、実際のデータを出したほうがいいのか」

「はい。実際には、事前に渡されたお金を使って買ったような処理をしているだけの場合も多いみたいですけど」

 

 解説をしながら、雪菜は木製の扉に手をかけた。厳かなドアベルの音と同時に、複数の人間の声が聞こえてくる。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「おや、姫柊に古城君じゃないか。出張所に来るなんて、何かあったのか?」

 

 先客の男性と出迎えた女性店員両方に、古城は見覚えがあった。

 

「煌坂に、浩一さん⁉」

 

 古城が驚きのあまり後ずさるが、それも仕方がないことだろう。男嫌いを公言する紗矢華が浩一の前でメイド服を着て平然としており、浩一はカウンターに腰掛けあろうことか猫と談話していたのだ。硬直した古城の背後から顔を出した雪菜も、驚きで動きを止める。

 

「……2人とも、入らないのか?」

 

 混乱の原因の片割れである浩一に促され、古城と雪菜は恐る恐る店内に入る。その背後で、まるで逃げ道を無くすかのように木製の扉が音を立てて閉じられた。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 暁凪沙 あかつき-なぎさ
 暁古城の実の妹。
 押しが非常に強く人懐っこいため、出会ったばかりの相手に少々ぶしつけなお願いをして困らせることがある。
 患っている魔族恐怖症は深刻なものであり、ひとたび魔族を前にすれば普段の天真爛漫っぷりが嘘のように狂乱することになる。
 料理の腕はかなりのものであり、現在の暁家のキッチンの主。

 煌坂紗矢華 きらさか-さやか
 ストライク・ザ・ブラッドヒロイン。
 異常なまでの男嫌いで知られていたが、古城に対してはその兆候が出ないため度々電話で雑談をする間柄。
 元ルームメイトである雪菜に偏執的なまでの愛情を注いでおり、雪菜本人が辟易するほどの暴走を見せることがある。
 攻魔師としての実力は確かであり、獅子王機関が誇る舞威媛に相応しい実績を持つ。

 施設・組織

 獅子王機関 ししおうきかん
 日本政府に所属する特務機関であり、世界的に名の知れた攻魔師の集団。
 独自の兵器開発技術は世界でも類を見ないほどであり、代表作である神格振動波駆動術式は完全な再現を行える組織が存在しないほど。

 獅子王機関出張所 ししおうきかんしゅっちょうじょ
 絃神島歓楽街の一角に設置された、機関所属者に支援や情報提供を行うための拠点。
 アンティークショップに偽造しているのだが、実際ににその方面でも営業している。
 任務の性質によっては利用する必要がないのか、島に派遣されてから数か月の間雪菜は一度も当施設に訪れたことがなかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。