荒れ果てた丘の上で、重苦しい沈黙が場を支配していた。
古城の脳内は、後悔で埋め尽くされている。たしかに、怪物と化した天塚を止めるためにはほかに手段は無かった。だが、第四真祖と呼ばれていても暁古城はただの高校生だ。元とはいえ人間をその手にかけたという事実は、彼が受け止めるには重すぎる。
浩一は、なんと声をかければいいのかわからなかった。本来であれば、自分が始末をつけるべき相手を前途ある少年が手にかけたのだ。あの場では最適解だったかもしれないが、術を利用して拘束することもできたはずだ。それをする前に古城が行動したなど言い訳に過ぎず、その判断を下させてしまったという事実が浩一の罪悪感を刺激する。
だがそれよりも、浩一……バビル2世としては別の考えが頭にあるという事実が苦痛だった。
今の暁古城はただの高校生だ。だが、いずれ第四真祖として行動せざるを得ない場面が必ず来る。その時、人間を手にかけないという選択肢をとれるほど、この世界は優しくはない。そして、そういった場面では往々にして彼の大切な人の命がかけられているのだ。
その時に戸惑った結果彼が大切な人を失うよりも、比較的危険が少なかった今、覚悟をもって一線を越えられてよかった。そんな合理的で非人道的な思考が、バビル2世の脳内に少なからず存在している。
男2人が後悔に口を開けない中、雪菜はなんとかして古城の心を癒やせないか思考を巡らせる。第四真祖と化した古城の事情を知った上で、最も近くで寄り添い続けているのは間違いなく雪菜だ。
戦いの世界に巻き込まれる前の、普通の学生として力を振るわない覚悟を決めていた古城。オイスタッハの非道を知り、しかしその原因を同時に知った葛藤。そして彼女自身の血によって覚醒したにもかかわらず、今までと同じ力を隠す生き方を選んだ気高さの全てを知っている。
だからこそ、今覚悟の元に手を血に染めてしまった古城の苦しみを、部分的にとはいえ最も理解できている。その苦しみを和らげようと、意を決して口を開く。
「あ……ああ、何とか再構成に成功したか。
そこの者たちよ、すまんがこちらを向いてはくれないか」
その決心は、気の抜けた第三者の声によって遮られてしまった。反射的に声の方向へと全員の目が向けられるが、視線の先には誰もいない。
どこか張り詰めた空気のまま、3人は即座に戦闘態勢へと移行した。だが、古城の動きはどこか鈍い。戦いの結果を割り切れていない今、普段のポテンシャルを発揮できないのだ。
それにいち早く気が付いた雪菜が古城と浅葱を守るために防戦重視の体制を取り、浩一は周囲の索敵を優先する。
「そう警戒せんでくれないか。こちらに敵意は無いし、むしろ礼を言うために声をかけたのだが?」
姿が見えない声の主が発する呆れたような物言いに、索敵をしていた浩一は違和感を覚えた。確かに声が聞こえてくるのだが、その発生源が人間とは思えないほどに低いのだ。〝
「おお、草をのけてくれたかありがたい。この姿だと、草をかき分けるのにも一苦労だからな。
術を使ってもよいが、先ほどまで錬金術師と敵対していた手前、警戒されてはかなわんからな」
小さめのぬいぐるみサイズほどの美女が、偉そうに腕を組んで立っていた。健康的な褐色の肌に艶やかな黒髪を持ち、彫りの深い異国風の顔つきをしている。
「何者だ?」
戦闘中も沈黙を貫いていたバビル2世……に変身しているロデムが威圧感と共に問いかけた。戦闘中はともかくとして、今の状況でも沈黙を貫くことはさすがに不自然であるからだ。
雪菜が警戒するほどの威圧を、美女は何事もないように
「ふむ、たしかにこちらが名乗らぬのは礼を失する行為であったな。
胸を張るニーナの肩書に、雪菜とバビル2世は目を見開いた。
「……え、そんなに有名な人なのか?」
唯一名前に反応しなかった古城が恐る恐る2人に声をかけた。
「ああ、古城君はこっち方面の知識をあまり持っていないんだったね。
ニーナ・アデラードは、かつて永遠の命を手に入れたといわれている大錬金術師だ」
「〝
2人の解説を聞いた古城だったが、眼前の小美人がとる偉そうな態度からそのような傑物といった雰囲気を感じ取ることはできない。
「……これがか? 何かの間違いじゃないのか?」
「まったく疑り深い男だな主は。これで証明になるか?」
怪訝そうな古城の態度に業を煮やしたのか、ニーナが天塚によって金属化させられていた地面に触れた。まるで水面のようにたやすくニーナの腕を受け入れた地面に古城は息を呑むが、引き出された腕に握られていたものを見た古城をさらなる驚きが襲う。
「せ……〝雪霞狼〟⁉」
「どうだ、見事なものだろう?」
ニーナが誇らしげに持つ槍は普段雪菜が握りしめている、獅子王機関の秘奥兵器と瓜二つだった。
「落ち着いてください先輩。外見こそ同じですが、魔力を一切感じられません。外見を真似て複製された、ただの槍です」
「なんだ少年、魔力の感知は苦手なのか? 吸血鬼にしては随分と鈍感なのだな」
うろたえる古城に雪菜がフォローを入れるが、ニーナの発言で古城が落ち着くことは阻止されてしまった。
「なんで、それ……」
「魔力の波長が人間とまるで違うではないか。ごまかす努力もせずに、ただ力を使わなければばれないとでも思っていたのか?」
どこか呆れた様子のニーナに、古城は返す言葉がない。今まで第四真祖の正体が発覚しなかったという事実の裏に、どれほど那月たちの力添えが関わっているのか今更ながらに思い知った形だ。
「とこでニーナ・アデラード。その体は〝
天塚が、師匠以外でその物質を錬金したものはいないと言っていた。つまり天塚は……」
「ああ、天塚汞は私の弟子だ。いや、とっくに破門済みなのだから、元弟子というべきか」
バビル2世の質問に答えるという形で告げられた事実に、古城の顔から表情が消えた。痛々しいほどに唇を噛みしめ、ゆっくりと口を開く。
「なあ、ニーナ・アデラードさん……だったっけか? 俺はあんたに1つ謝らなきゃならないことがある」
「どうした吸血鬼の少年。先ほどまでと違って随分と深刻そうな表情をしているじゃないか?」
どこか茶化すようなニーナだったが、古城の目を見て居住まいを正した。冗談で聞いてはいけない類の告白だと察したのだ。
「天塚汞は俺が殺した。あの状況じゃああれしか方法が無かったとはいえ、あんたの元弟子をだ。
……すまない、あの状況だと、ほかに方法が思いつけなかったんだ。いや、俺が出しゃばらなければ、みんながもっと上手くやってくれてあんたの弟子も生きてたかもしれない……!」
血を吐くようにして告げられた、古城の悔恨だった。
願わずして受け継いだ第四真祖としての力を使って異形の怪物と化した天塚汞を消滅させたことは、いまだ高校生でしかない古城にとって深く自らを傷つける行為だった。誰かがやらなければならなかったとはいえ、その手で元人間を殺したのだ。失われた天塚という存在が回帰することはもはやありえず、いかなる理由をもってしても古城がその罪から赦されることはない。だれよりも、なによりも、古城自身がそれを赦さないだろう。
「待ってください! 先輩が天塚汞……いえ、あの怪物を消滅させてくれなければ、実力が低い私は死んでいました! だから……」
「いや、あの状況にすぐさま対応できなかった私の責任だ。いくら相手が異形化した魔導犯罪者とはいえ、その命は法の下で裁かれるべきだった。
彼が手を下してしまったのは私が至らなかったことが原因であり、古城君にも姫柊にも一切の咎は無い」
必死に自らを弁護する雪菜と浩一を見て、古城はどこか自分が冷静であることに今更ながら気が付いた。怪物と化したとはいえ、人ひとりを消滅させたのだ。もっと取り乱し、精神の均衡を保てなくなってもおかしくないだろう。
自らの状況に疑問を覚える古城の前で、ニーナは不思議そうに互いを庇いあう3人を見つめた。
「お主らいったい何を言っておるのだ? 彼奴はいまだ生きておるぞ?」
「え?」
ニーナの言葉に、思わず声を漏らしたのは誰だったか。間抜けな顔を晒す3人を気にもとめず、ニーナは言葉を続ける。
「吾がこのような無様を晒しているのは、彼奴がわが肉体を構成する〝
「分裂って……そんなことが可能なのか?」
「吾も〝
彼奴は人間の姿にことさら拘っていた。暴走の末とはいえ人の姿を放棄した以上、本体である可能性は低い」
ニーナの言葉を受けて、古城の体から硬さが抜けていく。滅したとはいえ、古城の行ったことはいわばドローンを撃ち落としたに近いということがわかり、腹の底に飲み込んだ鉛のような重さが抜けていくのを感じたのだ。
「先輩……!」
その様子を見た雪菜が、嬉しそうに古城へと笑いかけた。自らの行いに押しつぶされかけていた古城の様子に心を痛めていた雪菜にとって、その重圧から解放されていく様子は素直に喜ばしいことなのだ。
「姫柊、心配してくれてありがとうな。浩一さんも、庇ってくれてありがとうございます」
獅子王機関の2人に礼を言いながらも、古城はずっと感じ取っていた違和感の正体をついに掴み取った。
ニーナの言葉で重圧が抜けていくと同時に、脳裏に獅子王機関出張所で見た焔光の瞳と虹色の髪を持つ少女のイメージがちらつく。同時に自分が感じていた重圧の正体が、行動の結果に対する責任に対してのみ働いていたという事実に気が付いたのだ。
そう、暁古城は
いくら鍛え上げられた剣巫であろうとも、そのように複雑な内心を察することができるはずがない。雪菜は古城が浮かべた笑顔を見て、安心したようにもう一度微笑んだ。
「ところでアデラードさん。さきほどから言っている〝
「ニーナでよい。
それらは〝
〝
「つまり、本来1つであるはずの〝
あの時修道院跡を破壊したのは〝
ニーナの掌に浮かぶ深紅の結晶を、浩一は興味深そうに眺める。その背後から、恐る恐るといった様子で古城が声をかけた。
「ところで浩一さん、ひょっとしてバビル2世と知り合いなんですか? なんかずいぶんと親しげというか、すごく息の合った連携をこなしてましたけど」
そういえばといった様子で、浩一はバビル2世に擬態したロデムを見た。引きつった笑みを浮かべる古城の背後では、普段であればこういった行為を諫めるはずの雪菜が興味深々といった様子で浩一を見つめている。
「ああ、彼とは長い付き合いがあってね。詳しくは彼にとっても私にとっても私的な内容になってしまうからあまり詳しくは言えないけれど、敵対関係や私が彼に繋がっていて獅子王機関の情報を不正に流しているといったことは無い。安心してくれ」
適当にごまかす浩一だったが、言葉の中に嘘は一切含まれていない。それだけに鋭い第六感を持つ雪菜も違和感を覚えることはなく、古城も気にはなっているようだが納得するしかなかった。
「さて、ぼくは逃げた〝
長く話してボロが出る前に、バビル2世の姿のままロデムは無事だった林の中へと去っていった。無論本当に別れるはずはなく、浩一の目から完全に姿が消えたことを確認してから即座に地面と同化し、そのまま主の足下へと潜んでいる。
「言うだけ言って行っちまったぞ、あの人……」
「今は緊急事態だからね。大目に見てやってくれないか」
あっけにとられる古城に、浩一はそれとなくフォローを入れた。今後も共闘の可能性は十分にある以上、心証を悪くしたまま放置する必要性などどこにもない。
「巻き込む危険性があったから
説明は私が何とかするから、君たちはこの場を離れなさい。なにも進んで事情聴取を受けることはない」
「すみません浩一さん、助かります。
ですが……」
代表して雪菜が礼を言ったが、公的には学生の身分である彼女たち全員にとって事情聴取は都合が悪い。いち早くこの場から離れることが正解なのだが、そうもいかない理由がある。
言いよどむ雪菜の視線の先を見て、浩一も眉間に皺を寄せた。2人の視線の先には、地面に寝かされた浅葱が幸せそうに寝息を立てている。古城たちが力を振るえるよう雪菜が呪術で眠らせたのはいいのだが、その後の誤魔化し方を一切考えていなかったのだ。
「こいつをどうするかだよな」
古城の呟きに、雪菜が深く頷いた。現在の装備では記憶操作も満足にできないため、浩一としてもお手上げの状態だ。
見方を変えれば天塚以上の脅威が、3人の前に立ち塞がっていた。
ストライク・ザ・ブラッド 用語集
人物
ニーナ・アデラード
300年近く昔、賢者の霊血を創り出し不老不死と無尽蔵の魔力を手に入れたとされる錬金術師。
今でいう軽いノリの性格をしており、古の賢者といったイメージからは程遠い会話を行う。
修める技術は本物であり、特に専門の無機物錬金では触れただけで金属を自由自在に操り彫金可能なほど。
暴走する賢者の霊血から逃れるために分離した結果、子供以下の体躯にまで縮んでしまっているが、原作と違い浅葱の負傷を修復する必要が無かったためにこの程度で済んでいる。
種族・分類
賢者の霊血 ワイズマンズ・ブラッド
大錬金術師ニーナ・アデラードが生み出した液体金属。
あらゆる物質にその性質を変え、不変であり、魔力すら生み出す文字通りの万能物質。
物質を取り込み拡大することが可能だが、あくまでも補助的な機能であるため純度が下がる。
この物体と一体化したことにより、ニーナは不滅の肉体を手に入れたと称されることになった。
偽錬核 ダミーコア
天塚が生み出した、錬核の模造品。
賢者の霊血を操ることはできない文字通りの模造品なのだが、複数個を投入することで霊血を暴走させることに成功した。
天塚本人の肉体にも埋め込まれており、なんらかの使用用途はある模様。
錬核 ハードコア
ニーナ・アデラードが賢者の霊血と一体化するために生み出した深紅の結晶体。
彼女を構成する情報全てを収めた呪術的な記録媒体であり、魂の結晶といっても過言ではない物体。
これを使用することで、はじめて賢者の霊血が持つ万能性を操ることができる。