バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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6話 後始末の準備

 藍羽浅葱の意識は、心地よい暗闇の中でたゆたっていた。ほどよく涼しい空間で、ゆっくりと疲れを癒している。

 そんな至福の空間に、変化が生じた。

 

「……ぎ、お…………」

 

 声と共に、振動がゆっくりと浅葱の体を揺らす。意識が徐々にはっきりしてくるのだが、どうにもこの心地よさを手放したくない。

 腕を振って抵抗するが、揺れは激しくなる一方であり、また聞こえてくる声もだんだんと大きくなっていく。

 

「いい……お……ろよ! おい…さぎ!」

「なによ、うるさいわね……」

 

 自らの声で、浅葱は自分が眠っていたことに気が付いた。はっきりとしない思考を何とかまとめ上げ、ゆっくりと瞼を開く。

 

「やっと起きたか。何かおかしいと思うところはないか?」

 

 開いた視界いっぱいに、古城の顔が広がった。あまりにも現実味がない光景に、浅葱はいまだ自分が夢の中にいるのだと判断する。

 

「古城じゃない。随分と顔が近いけどどうしたの? 全く私の気も知らないで……」

 

 ゆっくりと伸ばされた手をよけるそぶりもせず、古城はおとなしく頭を撫でられる。

 

「あの、浅葱さん……?」

 

 困惑する古城の顔が珍しく、浅葱は思わず笑みを浮かべた。その間にも手が止まることはなく、古城は混乱のあまり動くことができない。

 

「なによ、いつもこうなら私だって」

「あの、藍羽先輩?」

「藍羽くん、そろそろしっかりと起きたほうがいい」

 

 自分の声を遮る声に、僅かに機嫌を損ねながらも浅葱はそちらへと視線を向けた。

 

「姫柊さんに、浩一さん?」

 

 なぜ自分の夢に、この2人が出てくるのか。そもそも、今首を動かしたときに感じた草の感触はリアル過ぎなかったか。疑問と共に思考が徐々に覚醒し、浅葱は現状を理解した。

 

「え、あ、う……」

「やっと目を覚ましたのか? ちょっと面倒ごとがあったから、できるだけ早くここから」

「い、いやああああぁぁぁぁぁ!」

 

 こちらを心配する古城に、浅葱の羞恥心が限界を超えた。傍に置いてあった鞄を振り回し、現実を否定するように叫び声をあげる。

 

「ちょ、待て! おい落ち着けって!」

 

 古城がなんとかして止めようとするが、自らの思い人に先ほどの行為を行っていたという現実を突きつけられる形となる浅葱は、余計にヒートアップするばかりだ。

 数秒後、らちが明かないと判断した浩一の呪術により、浅葱は再び短い眠りにつくことになった。

 

 

 

 先ほどの反省を活かし、浅葱に声をかけるのは雪菜の役割となった。目覚めた浅葱は先ほどの痴態を夢であったと勘違いしたらしく、とくに取り乱すこともなかったのは幸いだろう。

 

「古城君たちが来たところで、糸が切れたように意識を失ったんだ。極限状態の中、知り合いの顔を見たことで緊張の糸が切れたんだろう」

「なるほど、ちょっと情けないところを見せちゃったみたいね」

 

 雪菜の呪術による失神も、浩一がそれらしい話でごまかした。1人で頷く浅葱はだったが、すぐにその視線は古城と雪菜の間へと向けられた。

 

「……で、このよくできた人形みたいな人があの化け物を何とかする知識を持っているってわけね」

 

 胡散臭げな目を向けられたニーナだったが、何故か誇らしげに胸を張る。

 

「そのとおりだ。強制的に叩き起こされたせいか今は少々記憶が曖昧だが、まあしばらくすれば補完されるから安心してよいぞ」

「ちょっと待て、記憶無いとか今初めて聞いたぞ!」

「それはそうだろう、言っていなかったのだからな」

 

 古城のツッコみに、ニーナは一切悪びれた様子を見せない。呆れる古城を見た浅葱は、思わず噴き出した。

 

「何笑ってんだよおい、ちょっと冗談じゃすまないぞ!」

「ごめんごめん、ちょっと古城のそんな顔初めて見たからさ。

 でも随分と焦るじゃない。襲われた相手の手がかりだからって、そこまで必死になる? 島の攻魔師にも情報は共有されてるでしょうし、すぐに対策くらいたてられると思うから安心しなさいって」

「そ、それもそうだな。ちょっと記憶喪失って部分に過剰反応しすぎたみたいだ」

 

 まさか直接対決していたとはいえず、古城は引きつった笑みで浅葱に同意する。その背後で、雪菜と浩一が小声で話し合いを進めていた。

 

「とりあえず、私は獅子王機関出張所に〝雪霞狼(せっかろう)〟を納めてきます。封印後無理を言って持ち出してきてしまったので」

「預けたはずの〝雪霞狼(せっかろう)〟を何故持っているのか不思議だったけど、そういうことだったのか。縁堂巫師も融通はきく人だけど、まあ随分と無理を言ったね」

「多少強引な持ち出しになってしまったので、その点もきちんと謝罪してきます。それと、今回の件の報告も」

「……今回は理由が理由だから、あまり無茶な罰はないだろう。ちょっとしたからかいや恥ずかしさは我慢するんだね」

「はい……」

 

 雪菜の態度が、言外にそれが嫌なのだと主張している。だが、そればかりは仕方がないだろう。そもそも、封印処理がされた秘奥兵器を緊急事態とはいえ即座に持ち出したこと自体本来はかなりの問題行為なのだ。厳重注意と僅かな罰則で済ませられるという現状に、彼女は感謝するべきなのだ。

 そのことは雪菜も重々理解している。だが、理解しているからといってその現状を受け入れられるかは別問題だろう。とはいえ、相手が嫌がるからこそ罰としての意味があるわけだが。

 

「浩一さん……やはり今回の宿泊研修、私は欠席したほうがいいのではないでしょうか。暴走した〝賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)〟だけでなく天塚汞をも取り逃がしてしまっている以上、獅子王機関の剣巫として大きな理由もなく絃神島を離れるわけにはいきません。師家様にも、指令を変更できないかかけあってみます」

「……姫柊雪菜、すこし落ち着きなさい」

 

 逸る雪菜に、浩一の雰囲気が変わった。思わず居住まいを正す雪菜へと、浩一は静かに語りはじめる。

 

「君の気持はわかる。私も未熟だったときはすべてを自分がやらなければと考えていた。

 だが、君の知る絃神島の人間の実力を考えてみるんだ。多くの攻魔官が島には在住しているし、南宮攻魔官だっている。今回は不覚を取ったが、私も島に残るんだ。

 それに今から突然宿泊研修をキャンセルすれば、それだけ不信感を抱かれるだろう。きみは学校に溶け込む必要があるはずだし、休養も立派な任務の1つだということを忘れてはならないよ」

「それは、そうなのですが……」

 

 浩一が自らの経験を元に説得するが、雪菜はどうにも煮え切らない態度が崩れない。生真面目な彼女のこと、浩一が島で事件に対応しているという状況下で、研修とはいえ旅行にいそしむ自分が許せないのだろう。

 このままでは本当に島に残ると言い出しかねないため、浩一は手札を1つ切った。

 

「……本来姫柊に明かすことではないのだが、状況が状況だけに伝えておこう。

 実は、叶瀬夏音の周辺で少々怪しい影が確認されている」

「夏音さんも、狙われているというんですか?」

 

 雪菜の目の色が変わった。彼女にとって、夏音は大切な友人の1人だ。死闘の末に模造天使(エンジェル・フォウ)という呪縛から救い出された彼女の身に危機が迫っていると聞けば、雪菜も穏やかではいられない。

 

「私たちは天塚と〝賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)〟の捜索を続けるが、だからこそこの島に叶瀬をとどめておくことは万が一を考えて避けたい。そこで宿泊研修なんだよ」

「なるほど、犯罪者はこの島に入ることも出ることも難しい。それだけに彼女を島の外に逃がすんですね」

 

 雪菜が納得したように頷くが、それだけに腑に落ちない部分もあるようだ。言外に、それだけの安全策をとれるのならばなぜ自分を実働に動員しないのかと訴えかけている。

 

「落ち着け姫柊。さっきも言ったけれど、いまだ叶瀬夏音は狙われているんだ。いくら島外へ一時的に逃がすといっても、それだけでおしまいというわけにはいかないだろう」

「ですから、彼女が島外へ出ている間に天塚を確保する必要があるのではないですか? 宿泊研修の期間も限られている以上、人手は多いほうがいいはずです。最近実力が伸びてきているとはいえ、第四真祖である暁先輩を動かすわけにもいかないでしょうし……」

 

 何気ない雪菜の疑問を聞いて、浩一はさすがに鋭いと舌を巻いた。だが、その動揺を露呈するようなミスはしない。筋肉を操り、相手を安心させるような笑顔を作り続ける。

 

「こちらは動かすことのできる戦力をすべて動員する予定だ。特区警備隊(アイランド・ガード)やフリーの攻魔師だけでなく、島にいる獅子王機関の人間もね。

 だからこそ、姫柊に宿泊研修に出てもらわなければならないんだ」

「どういう、ことですか?」

「島での活動に全力を出す以上、護衛に人を割けないんだよ。本土でも獅子王機関の人間はある程度動かせるけれど、あくまでも叶瀬夏音は一般人だ。万が一害されたとしても、せいぜいがアルディギアとの国際問題を引き起こすていど(・・・)の人間でしかない。そんな彼女のために、実力者や大勢の人間を動かすことはできない」

 

 わかるだろうといわんばかりに言葉が切られる。

 

「……つまり、私は彼女の護衛として同行する必要があるんですね」

「秘奥兵器が無いとはいえ、ある程度の実戦経験を積んだ剣巫だ。護衛としては申し分ないと思わないかい?」

 

 そこまで言われて、友達を大切に考える雪菜が断れるはずもない。

 

「わかりました。姫柊雪菜、宿泊研修にて叶瀬夏音の護衛につきます」

「頼んだ。任務に関して使用する可能性のある呪符は、今晩にでも式神に届けさせるよう縁堂巫師に伝えておこう。まあ〝雪霞狼(せっかろう)〟を納めるときに渡されるかもしれないけどね」

 

 雪菜の説得が終わるとほぼ同時に、古城がなんとか浅葱をごまかそうと躍起になっている光景が浩一の目に映った。これ以上時間をかければ、特区警備隊(アイランド・ガード)がしびれを切らして動き出しかねない。

 

「すまないが藍羽さん、続きは古城君の家でしてくれないかな。そろそろ特区警備隊(アイランド・ガード)に通報する必要がある」

「あ、ごめんなさい……って、なんで私が古城の家に⁉」

「あの錬金術師に顔を見られている以上、きみも襲撃対象になりかねないんだ。明日にはきちんと警戒網の構築ができるから、今晩は古城君の家に泊まってくれ。妹さんもいるし、間違いはおきないだろう。見えない範囲で護衛もつける。古城君も、申し訳ないが協力を頼みたい」

 

 そういいながら、浩一は地面をつま先で数度蹴る。それだけで浅葱は察した。護衛として動くのは、ロデムだ。

 

「……わかりました。古城がいいならそれで大丈夫です」

「凪沙も喜ぶだろうし、大丈夫ですよ。一応連絡入れておきますし」

 

 古馴染みを家に泊めることに抵抗が無い古城が、あっさりと浩一の頼みを受け入れた。あまりにも躊躇のない物言いに、浅葱は複雑そうな表情だ。

 

「では、私は知り合いのお店に寄る必要がありますのでここで失礼します」

「じゃあ、姫柊は私の伝手で攻魔師の護衛を呼ぶから少し待っていてくれ。特区警備隊(アイランド・ガード)の前に来るよう伝えるから、そう長くはかからないよ。

 さて、古城君は藍羽さんと一緒に早く帰りなさい。家を守るよう知り合いにはすぐ連絡を入れるし、かのニーナ・アデラードなら君たちを守ることくらい余裕をもってできるだろう」

「任せろ。最悪の場合でも、お主らを逃がすことは誇りにかけてこなしてみせるぞ」

 

 自信満々のニーナをどこか不安そうな表情の古城が鞄に隠し、2人の高校生は足早に丘を降りていった。地面と同化したロデムがその後を追い、十分な距離を取った時点で浩一へと報告が入った。

 

「そろそろ十分離れたようだ。単独で動いてもばれる心配はないよ」

「では、私も獅子王機関出張所へ向かいますので。これで失礼します」

「十分に気を付けて行動するように。万が一遭遇した場合、撤退を最優先に行動しなさい」

 

 浩一の忠告に一礼し、雪菜は呪力で強化した身体能力で夜の闇に消えていった。その後ろ姿が見えなくなったところで、浩一は通信機を起動する。

 

「私だ。現場検分部隊をアデラード修道院跡へ要請する。対錬金術と、万が一を考えて非物理型防御装置を重視するように。

 それと……人工島管理公社所属の覗き屋(ヘイルダム)にもこちらへ向かうよう公社へと伝えてくれ。私からの要請だと言えば、本人が動く」

 

 それだけ言い切り、浩一は通信機のスイッチを切った。特区警備隊(アイランド・ガード)司令部への直通無線機は、特に迅速な行動が必要な場合でしか使用されることはない。恐らく十分もしないうちに部隊が到着すると目算をつけ、浩一は一足先に瓦礫の山と化した修道院跡へと歩き出した。

 

 

 

 意外なことに、現場へ最初に到着したのは人工島管理公社の制服を着用した男子生徒だった。特徴的なヘッドフォンを首から下げた彼は、小走りで瓦礫を検分する浩一へと近づく。

 並みの獣人を超える五感を持つ浩一……バビル2世が気が付かないはずもなく、意外そうな表情で接近する男子生徒を見た。

 

「君が最初だとは思わなかった。随分と急いでくれたみたいだね」

「あなた直々の指名なんですから、急がない理由が無いですよ。えーっと……」

「ここでは浩一と呼んでくれ。一応周囲の目を気にする必要がある。

 しかし、わざわざ制服に着替えてくる必要はなかったんじゃないかな、覗き屋(ヘイルダム)?」

「わざわざ公社の暗号名(コードネーム)で呼び出されたんで、そっち絡みかと思ったんですよ。

 くすぐったいので矢瀬でおねがいします。特に秘匿する必要もないので」

 

 息を切らしながら、男子生徒……矢瀬基樹が浩一と話し始める。

 

「あと数分で、現場検分部隊が到着するみたいですね。

 ところで、いったい何があったんですか? ここら一帯で戦闘が行われていたことは確認されてますけど、魔力反応からそれほど大規模なものではなかったはずなんですが」

「ああ、私と錬金術師の一部が交戦状態に入ってね。お互い魔力を放出する戦闘スタイルじゃなかったから、感知装置に引っ掛からなかったんだろう」

「戦闘って……また随分と派手に暴れましたね」

 

 たしかに身体強化や錬金術といった物体の内部に作用する術式は魔力が外に漏れにくいという特徴はあるが、そういった術でここまで大規模な破壊を引き起こすことはまず不可能だ。強化前の身体能力が高く、錬金術の腕が世界有数の存在が戦わない限りこのようなちぐはぐな計測結果にはならない。

 そうしているうちに、遠くからサイレンの音が近づいてきた。特区警備隊(アイランド・ガード)の現場検分部隊が到着したのだ。通信してからの時間を考えると、驚異的な展開の速さである。

 

「さて、詳しい説明は彼らと共にするとしてだ。検分が終わり次第、一緒に南宮攻魔官の家にまで来てほしい」

「那月ちゃんの家に? 許可が出ているならいいですけど、突然ですね」

「今回の件で少しばかり派手に動く可能性が出てきた。恐らく公社のほうでも作戦の立案が始まっているとは思うが、こちらでもある程度の策は練っておきたいからね」

 

 そう言い残し、浩一は検分を始めた隊員たちへと指示を出すために歩き始めた。その背後を見る矢瀬は、喜びの感情を抑えきれていない。

 

「作戦会議に呼ばれる程度には認められてるって考えていいのかね。さてさて、どんな話し合いになるのやら」

 

 どこか気の抜けた口調とは逆に、矢瀬は不敵な笑みを浮かべている。まずはこの場の状況説明を聞くために、彼は自らが尊敬する男へ向けて走りだした。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 覗き屋 ヘイルダム
 人工島管理公社における、矢瀬基樹のコードネーム。
 音を介して事象を覗き見ることができる彼に相応しい名前ではあるのだが、矢瀬はこの名が決定される際に反対しなかったのか気になるところである。

 矢瀬基樹 やぜ-もとき
 暁古城の親友にして、第四真祖の真の監視役。
 自身の過適応能力を利用して効率的に監視を行うことが可能ではあるのだが、能力の性質上接近戦を挑まれると非常に脆い。
 彼が古城や浅葱に感じている友情は本物なのだが、その心を切り離し監視を続けることができる強い精神性を持つ。

 施設・組織

 アルディギア王国
 北欧に存在する小国でありながら、第一真祖が支配する戦王領域と隣接している関係上常に人類と魔族の戦争において最前線を張り続けた武装国家としての一面を持つ。
 王族の女性は例外なく強い霊媒体質であることが知られており、叶瀬夏音の霊媒体質もこの王族の血を引くことに起因している。

 現場検分部隊 げんばけんぶんぶたい
 本作オリジナルの部隊。
 警察でいう鑑識の役割を担っており、戦闘能力は皆無。
 組織力を調査と解析に特化しているため、事件が起こるとまず動員される激務部隊でもある。

 種族・分類

 模造天使 エンジェル・フォウ
 アルディギアで生み出された禁術であり、かつて叶瀬夏音が被検体となっていた術式の名称。
 人間を天使と化す驚くべき術式ではあるのだが、天使と化した人間は敵性存在を容赦なく屠るために行動し最後にはこの次元から消失する非道極まりない高等術式。
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