バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 前話の用語解説に漏れがあったので、追加してあります。


10話 防衛の代償

 時刻は午前9時。海原を進むフェリーの中で、雪菜と凪沙はクラスメイトと共に強化ガラスを通して海原を眺めていた。合間合間に寄港をしながら、11時間をかけて絃神島から東京へと向かう船の中。彩海学園中等部3年生の生徒たちは、お座敷風の二等客室の中クラス単位に分かれて船旅を楽しんでいるのだ。

 

「この後の予定ってどうなってたっけ?」

「10時半にホール集合で教材映画を見るんだったかな。その後に昼食だったはずだよ」

「お昼なんだろうね。カレーかな? カレー食べたいな……あ、夏音(カノ)ちゃんだ」

 

 クラスメイトのやり取りの横で、昼食に想いを馳せていた凪沙が知り合いの姿を見て手を振った。窓際に立っていた叶瀬夏音も、凪沙に気が付いて一礼を返す。

 

「あ、凪沙ちゃん。皆さんも、おはようございます」

 

 笑みを浮かべる彼女の胸元に、黒く大きな双眼鏡がぶら下がっていた。側面に張られたシールから、フェリーの貸し出し器具らしい。

 

「こんにちは、叶瀬さん。その双眼鏡は?」

「このあたりで野生のイルカを見られることがあると聞いたので、借りてきました」

 

 碧い瞳を輝かせながら、夏音は宝物のように双眼鏡を握りしめた。筋金入りの動物好きである夏音は、野生の動物が絡むと普段のおとなしい性格からは考えられないほどの行動力を見せることがる。

 

「イルカ? 見たい見たい!」

 

 真っ先に飛び出した凪沙を追って、雪菜たち一行は夏音と共に窓際へと移動した。

 

「私も前に、この辺りで見たことあるよ。ほら、写真」

 

 共に行動しているクラスメイトの進藤、通称シンディが携帯電話の待ち受け画面を見せた。船と共に並走するイルカの群れが映された画面に、凪沙たちの期待が嫌でも高まる。かわいいものに目が無い雪菜も、つられて海面を眺めるほどだ。

 しかし、それから数分経ってもイルカどころか魚一匹も視界に映ることは無かった。

 

「イルカ、いないね」

「相手は生き物だからね、難しいよ」

「海は広い」

 

 しょんぼりと肩を落とす凪沙を、シンディと委員長が慰めるように声をかける。

 そのとき夏音と雪菜だけが、何かに気が付いたように視線を船の後方へと向けた。フェリーの航行後に発生した白い波間に、銀色に光る何かが浮かんでいる。そこから発せられた、視線のような気配を感じ取ったのだ。

 例えるならば潜水艦や魚雷に近い形のソレは、金属質の光とは裏腹に海蛇のように巨体をくねらせてすぐに水中へと消えていった。

 

「何、今の。イルカには見えなかったけど……」

 

 不思議そうに首をひねる凪沙を気遣う余裕もなく、雪菜は昨日伝えられた護衛任務を全うするための行動パターンを脳内で構築し始めていた。

 その隣で、夏音が怯えたように唇を噛んでいることに気づかずに。

 

 

 

 爆心地から建物が薙ぎ払われ、発生した粉塵が港区を薄暗く覆っていた。そのどこか不吉な光景を、矢瀬は灯台の上から視界に収めていた。本来であれば視界の端に倒れるガントリークレーンと運命を共にしていたであろう矢瀬は、自分が死にかけた証拠である崩れた鉄骨の山には目もくれない。不自然なほどに、円状に広がる破壊痕に集中していた。

 

「まったく、助けてやったというのにさっそく捜索か? 随分となついているな、お前は」

 

 矢瀬の背後から、いつも通りフリルまみれのドレスを纏った那月がどこか呆れたように呟いた。崩れ去るクレーンから空間跳躍で救ってくれた恩人を無視はできなかったのか、矢瀬は頭を掻いて振り返る。

 

「そう言わないでくださいよ。流石に今回こそ死ぬかもって経験をついさっき味わった上に、爆発のせいで音響結界(サウンドスケープ)がズタズタなんですから。爆発の影響で気圧も安定しないないから耳も当てにならないんで、目視でしか捜索できないんです」

「まあ、これだけの規模の爆発にあの軟弱な結界が耐えられるはずもないか。

 しかし、流石は山野攻魔官と言うべきだな」

 

 どこか呆れを含んだ口調で,那月も矢瀬の視線の先へと視界を広げた。

 本来ほぼ円を描くようにして均等に広がるはずの破壊痕が、なぜか特区警備隊(アイランド・ガード)が展開していた地点からはっきりとその規模を減らしているのだ。完全な被害ゼロではないが、爆風と吹き飛ばされた破片が周囲よりも明らかに少ない。

 そのおかげか、無線で飛び交う会話の中にも死者発見の報は無い。

 その破壊を防いだ起点こそ、山野が〝賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)〟と特区警備隊(アイランド・ガード)の間に立ち双方の攻撃を防いでいた場所なのだ。

 

「那月ちゃん、あそこだ!」

「教師をちゃん付けで呼ぶなと何度言え話わかるんだお前らは」

 

 不意に矢瀬と那月が立つ足下の空間が揺らぎ、2人の姿が水面に落ちるように沈んだ。次の瞬間、2人の姿は矢瀬が指さした地点のすぐそばに現れる。世界でも使える者が限られる高位魔術に分類される、空間制御だ。空隙と呼ばれる那月の手にかかれば、この程度は児戯に等しい。

 だが、不意に落下の感覚を味わった矢瀬とすればたまったものではない。未だ落ち着かない精神状態で着地などできるはずがなく、無様にしりもちをつく羽目になった。

 

「いててて……あの、せめて合図くらいくださいよ」

「まったく、貴様といい暁といい、担当教師をなんだと思っている」

「あ、これ制裁なのね」

「突然出てきたと思ったら漫才とはね。矢瀬くんは無事でよかったけど、南宮攻魔官はなぜここに?」

 

 伊達に長い付き合いではないのか、突如眼前に人間が出現したことに対して浩一は一切驚いた様子を見せなかった。どちらかといえば、謎の漫才と那月がいる理由に興味をひかれている。

 なぜか無傷の戦闘服とは対照的に、露出している肌は血がこびりついている。しかし、生傷も含めて負傷は一切見られない。瓦礫の上に座り込んでいるのだが、特段疲れたようにも見えないのだから流石というべきだろうか。

 

「なに、こちらの要件が終わったので封印作戦がどうなったのかと覗きに来たのだがな。おまえと周囲がこの有様であるところを見るに、ずいぶんと手ひどくやられたようじゃないか。

 それと、別に山野の皮を被る必要はないぞ。この混乱からして、即座に動けるようにしたほうがいいだろう」

「一理ありますね」

 

 そう言って浩一が顔を拭うと、すでに浩一からバビル2世へと変化していた。戦闘服が溶けるように流れ落ち、見慣れた黒豹を形作る。

 

「ロデムも無事だったか。まあ、お前が傍にいる以上この男が致命傷を負うことは考えにくいがな」

「お褒めに預かり光栄です、南宮攻魔官。しかし、バビル2世様を守り切ることはできませんでした」

「それも仕方がないんだろう? この男のことだから、特区警備隊(アイランド・ガード)を少しでも守ろうと無茶をしたに決まっている」

「おっしゃる通りです。奇怪な髑髏が〝賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)〟に投げ込まれ、何かが起きることを感知したご主人様は武神具を全力で展開し続けました」

「だからこの程度の被害で済んだのか……」

 

 ロデムの言葉で、矢瀬は現状をやっと理解した。あれだけの爆風があったにもかかわらず、特区警備隊(アイランド・ガード)内には死者が未だ見つかっておらず装備品も破損したものが少ない。不自然に少ない周辺被害といい、偶然にしてはできすぎていると矢瀬は怪しんでいたのだ。

 

「とはいえ、あの広範囲攻撃を防ぎきれなかったうえに武神具もこのざまだ」

 

 見れば、バビル2世の手足にはまる〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟はその優美な装甲の見る影もなかった。過剰使用の代償として、内部機構が過負荷に耐えきれず自壊。装甲も出力の反動で歪みきっている。

 バビル2世が浩一として使用していたこの武神具は名前と外見こそ〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟そのものだが、繰り返された改造によって性能はほとんど別物と化していたはずだ。発生する結界も本体の強度も、原物とは大幅な開きがあった。それだけに彼の武神具が無残にも破壊されている光景は、知るものが見れば唖然とするしかなかった。

 

「すみません、管理公社(ウチ)のミスです。天塚の狙いを見誤り、敵戦力の評価も甘かった」

「それは僕もだ。少々考えが甘くなっていた」

 

 互いに落ち込む男たちを見て、那月は呆れたように息を吐いた。

 

「で、そうぐずぐずしていても仕方がないだろう。復活した〝賢者(ワイズマン)〟をどうするつもりだ?」

「って知ってたのかよ⁉」

 

 つい先ほど判明した情報をあっさりと言ってのけた那月へ、矢瀬渾身のツッコみが炸裂した。

 

「つい先ほど、入院していた叶瀬賢生が目を覚ました。おかげでいろいろと面白い話を聞けたのでな。ついでにアルディギアの騎士団からも情報提供(タレコミ)があった」

「そういう話は、もっと早く聞きたかったぜ」

「できる限り急いできたつもりだが? そのおかげで助かった分際で随分と偉そうに文句を垂れるのだな」

 

 那月の冷ややかな声に矢瀬が思わず身を縮こませるが、状況的に愚痴をこぼしたくもなるだろう。天塚の目的がわかっていれば、それ相応の対策が取れたのだ。わざわざ貴金属の弾丸を大量にばら撒くことによって、天塚を手助けすることもなかったのだから。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)はあくまでも足止めに徹し、対処は攻魔官に任せる旨の警告が警察局から出ていたはずだぞ。仲間を殺された警備局の鬱憤も理解はできるが……」

「それでこの被害だからな。自分の死を言いように利用されてちゃ、殉職した連中も浮かばれないだろう。バビル2世が頑張ってくれてなかったら被害はこの比じゃなかったはずだ」

「とはいえ、彼らの暴走を止められなかったという点でこちらに責任が無いわけではない。恩着せがましく追及はしないさ。まあ、武神具の件は面倒といえば面倒か」

 

 瓦礫から立ち上がりながら、バビル2世は周囲を見渡した。負傷し機材が破損した警備隊員が右往左往しているが、創造よりも混乱が小さい。指示を出すために後退していた隊長たちが比較的軽傷だったため、指示系統が崩壊していなかったことが幸いしたのだ。

 

「人的被害はそれほどでもないが、機材をどうするかが問題か」

「まあ、そこは公社をせっついて何とかしますよ。キーストーンゲートなんかの重要拠点守備隊を動かすわけにはいきませんし、非番組は休日返上ですね」

「どのみち〝賢者(ワイズマン)〟が伝承通りの存在ならば、特区警備隊(アイランド・ガード)の通常装備では歯が立たん。公社直属の呪装化部隊を動かず手はずでも整えるんだな」

「ついでに魔族傭兵も引っ張ってこられないか打診してみますよ。この機にってことであの戦闘狂が参加でもしてきたら、マジで収拾がつかなくなる」

 

 天塚や〝賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)〟に興味を示さなかったヴァトラーだが、もしも〝賢者(ワイズマン)〟の知識を持っており、その復活を知ったら。短絡的な考えから喜び勇んで〝賢者(ワイズマン)〟に襲い掛かるならばまだいいほうであり、正式に戦うためにどのような手段に出るのか予想もつかない。

 

「現状で警戒するべきが〝賢者(ワイズマン)〟ではなく後方の同盟者とは……笑えないな」

 

 バビル2世の視線の先には、依然動きを見せない豪華客船が浮かんでいた。

 

「つっても、捜索手段が無いですよ? 俺の音響結界(サウンドスケープ)を張りなおすには、まだ時間がかかります」

 

 ヘッドフォンをいじりながら、矢瀬が言いずらそうに切り出した。大気の流れから広範囲をレーダーのように探知する矢瀬の音響結界(サウンドスケープ)は、個人が持つ作的手段としては破格な性能を有している。だが、それは弱点が無いというわけではない。あくまでも大気の揺れである音を起点とした術式であるがゆえに、音速を超える存在は補足できないという点が1つ。音の特徴をとらえ、事前に結界を張らなければ十分な性能を活かせないという点が1つ。そして現在最も問題となる弱点として、その精度ゆえに結界自体が非常に繊細であるという点がある。

 爆発的や大音量などが発生すると、掻き乱された大気が安定するまでは音響結界(サウンドスケープ)を修復することができないのだ。今回のような大規模爆発の場合、ゆうに数時間は結界の再構築は不可能だろう。

 

「ロプロスも上空に待機はさせているが、噴煙に紛れたり地下に潜られれば追跡はできない。一応周囲を探らせて入るが、あまり期待はできないな」

「まったく肝心なところで役に立たない男どもだな。特に矢瀬は、そんなことだから閑が手すらも握らせてくれんのだ」

 

 那月がため息とともに、現状をなじった。

 

「ちょ、それ関係ないでしょう絶対! てか手くらい握ったことありますし!」

「見栄を張るな。所詮は暁の類友といったところだな」

「俺と古城をたった1言で両方貶めるって担当教師の横暴が過ぎやしませんかね⁉」

「落ち着け、完全に遊ばれてるぞ。あの口元が見えないのか。南宮攻魔官も、緊急時に年下をからかうのは時間の無駄です」

 

 バビル2世の指摘に、矢瀬は那月が浮かべる嗜虐芯を隠しきれない笑みに気が付いた。楽しみを邪魔された那月は不機嫌そうになるが、流石にこの状況下で趣味を優先させはしなかったようだ。矢瀬をからかっている間に準備していたのか、空間に魔方陣が広がり空気が揺らぐ。

 

「では、あとはこちらでやっておくからお前は学校へ行くんだな。急げば1限にには間に合うだろう」

 

 そう言い残し、2人の攻魔官は魔方陣へと消えていった。

 

「……さて。学校には向かうとしても、なんとかしてある程度の情報は仕入れておかないとな。

 どうせ聞いてんだろ、モグワイ?」

『よう。生きてて何よりだぜ、矢瀬の坊や。

 読まれてるとは思ったが、随分と気軽に呼ぶじゃねえか。さっきのやりとりで結構警戒されたかと思ってたんだがね?』

 

 矢瀬の声に反応して、無事だった個人使用の端末から皮肉気な合成音声が響いてきた。しっかりと画面には不細工な着ぐるみのようなキャラクターが表示されている。

 

「たしかにお前が何を考えて動いてるのかはわからないが、それでもある程度信じられる程度には付き合ってきたからな。

 そもそも、お前がその気になればとっくにこっちに危害を加えられるだろ?」

『ケケッ、それだけの理由で信じるとはね。矢瀬の坊やも随分と甘い考えをお持ちのようだ』

「うるせえよ。でだ、協力はしてくれるんだろうな?」

『そこまで言われて断るほど性悪じゃねえよ。で、何をしてほしいんだ?』

 

 矢瀬とモグワイが、画面越しに悪戯を思いついた少年のような顔で笑いあう。戦いとは、なにも敵と正面から戦うだけが全てではない。そのことを、この2人はとてもよく理解しているのだ。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 シンディ
 凪沙と雪菜のクラスメイト。
 本名は進藤美波なのだが、自己紹介時に噛んだことで上記のあだ名となった。
 女子バスケ部に所属しており古城の後輩に当たるため、 凪沙や雪菜が知らない古城の一面を知っている。

 施設・組織

 キーストーンゲート
 絃神島の人工島をつなぎ合わせた中心部に聳える最重要区画。
 内部には特区警備隊本部や人工島管理公社をはじめとした島の中枢機構が集まっており、海中には島同士が生み出す衝撃に耐えるための要石が埋め込まれている。
 絃神島設計当時は要石の強度に足る建材が無かったために強奪された聖人の遺体を供犠建材として利用していたが、現在は建材の生成に成功したため遺体は返還されている。

 種族・分類

 音響結界 サウンドエスケープ
 矢瀬が操る監視特化の特殊な結界。
 一度展開すればキロ単位で離れても結界内部を詳細に感知可能な監視役に相応しい能力。
 本文で触れたように弱点が多いとはいえ、それを補って余りある性能を秘めている。
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