古城が港湾区に到着したとき、すでに爆発の影響で巻き上げられていた粉塵は収まり、視界不良の問題は解決していた。だがそれにより、破壊された倉庫街が鮮明な光景となって古城の目に飛び込んでくることになってしまっている。
「ひ……でえ……」
「ほう、なかなか派手にやらかしたな」
絶句する古城とは対照的に、鞄から這い出てきたニーナは得心がいったとでも言うように軽く頷いている。
なぜ彼女が鞄に入っていたのかといえば、できる限り体力の損耗を押さえるためだ。ろくに説明もせずに古城が持つ一番大きな鞄に潜り込んだニーナは、運ぶよう指示を出すとすぐに眠ってしまった。
それに慌てたのは古城だ。大きいぬいぐるみほどの大きさのニーナを運ぶだけでも大変であることに加え、万が一警察に職務質問をされれば鞄を使い人間を運ぶ誘拐犯としか思われないだろう。〝魔族特区〟の特異性から、自分好みに創り出した
吸血鬼として強化された身体能力が無ければ不可能であったろう強行軍をこなした古城は疲労困だったが、状況は休むことを許してはくれない。ニーナと共に、周囲の索敵は怠らない。だがすでに〝
「どうやったらここまで暴れられるんだ」
その身に宿す眷獣は、眼前の破壊をゆうに超える規模で再現できる事実を棚に上げて古城は戦慄した。
「重金属粒子砲の攻撃だな」
破壊痕を見渡したニーナは、冷静に断じた。体の構造をある程度作り変えられる彼女は、吸血鬼である古城を超える視力を疑似的に生み出し現場の分析を終えたのだ。
「粒子砲?」
「ああ。いわゆる荷電粒子ビームの一種だな」
「ビーム兵器かよ! どこのSFだ⁉」
予想外の兵器を持ち出された古城が声を荒げるが、ニーナはその様子を不思議そうに見ている。
「そう驚くようなものでもあるまい。大気中では粒子束が拡散するから、恐らく主が想像しているものほどのものではないぞ?
せいぜいが射程数キロメートルで、直撃すれば原子レベルにまで分解されるだけだ」
「いや十分やべー代物じゃねーか⁉」
総毛立つ古城の脳内で、絃神島が炎に包まれ崩れ去る。恐ろしいのは、その光景を実現可能とする存在がいずこへと消え去ったという点だ。次の瞬間島の基礎部分が消失する可能性も十分にあるのだから。
「〝
「どちらでもない。これは
硬いニーナの声音には、どこか怯えの色が混じっていた。
「誰だよ、それ」
「僕も教えてほしいな。あの怪物に対する情報が全く足りない」
「知識として知らないわけではないが、当事者からの情報は貴重だからな」
突然空間が波打ち、古城もよく知る2人の攻魔師が出現した。
「バビル2世に、那月ちゃん⁉ っだ!」
「担当教師をちゃん付けで呼ぶな! 学習能力が無いのか貴様は!」
反射的に叫んだ古城の頭部へ、不可視の衝撃が突き刺さる。いつものやり取りをする2人を後目に、バビル2世は情報端末をニーナへと向けた。
「錬金術についてはある程度調べたが、その奥義についてはほとんど情報が出回っていない。そこの第四真祖に説明するついでに聞かせてもらうが、かまわないか?」
「まあ、語る以上聞き手が何人いようが変わりはせん。かまわんぞ」
ニーナが頷いたことを確認し、バビル2世は無言で古城と那月を諫めた。危機から脱した古城はバビル2世へと軽く一礼し、改めてニーナへと向き直る。聞く体制が整ったと判断したニーナは、静かに語りだした。
「改めて説明するが古城よ、奇妙には思わなかったか。なぜあの液体金属の塊は〝
あれが血液というのならば、いったい誰があの〝
「――つまり、あの液体金属を血液としてたやつがいて、そいつの名前が
「その通りだ。錬金術の究極目的は知っているか?」
ニーナの問いに悩む古城を見て、丁度知識を得ていたバビル2世が手早く答えた。
「神に近づくことだったはずだ。卑金属を金に変える術も、不完全な存在を完全へと変貌させるという意味が込められていると聞いている」
「正解だ。まあ神といっても、高次元空間に存在するといわれる概念的
「それが、
ニーナの説明は、古城にもストンと納得できた。たしかに錬金術師は、
「血があるってことは何かしらの実験はしたんだろ? 成功しなかったのか?」
「まあ、ある意味では成功といえなくもないだろうな」
「それ、実質失敗したって言ってるようなもんじゃねーか」
古城は呆れた様子だが、ニーナは素知らぬ顔だ。
「事実なのだから仕方があるまい。完全を求めた
「……それが何かまずかったのか? 完全を目指して完全な存在を創り出すことができたんだろ?」
ニーナが何を言いたのか、古城にはわからない。望みのままの存在を創り出したというのに、かつての錬金術師たちは何が不満だというのだったというのか。だが那月とバビル2世はある程度の予想がついたらしく、苦々しい表情を浮かべる。
そんな3人の表情から内心を読み取ったのか、ニーナは皮肉気に口元を歪めた。
「簡単な話よ。個体として完全ということは、自分以外の存在を必要としないということだ。生物が同種の生物やかかわりの近い存在を慈しみ守ろうとするのは、それが種の生存に不可欠だからなのだ。この感覚は同種族のみに限らない。
何故人類は地球環境を守ろうとするのか? そうしなければ自らが滅び去ると理解しているからだよ。
それらに愛やら優しさやら友情やら美しさなどといった感情は、本能的に理解している必要性が生み出す錯覚に過ぎん」
「錯覚って、もう少し言い方はないのかよ?」
「いや、なにも否定しているわけではない。所詮生命が活動できる時間など限られているのだし、それならば錯覚であろうとも幸福に過ごすことができたほうがいいに決まっておるよ。それに、この星の生態系というものはその本能が複雑に絡み合って成り立っているのだからな。考えようによっては、愛情が世界の心理というのもあながち間違いではない」
「そうか、
ニーナの言いたいことを理解して、古城の表情が険しさを増す。その様子に、ニーナは深く頷いた。
「そう、完全である
「ろくでもないもの創り出してるんじゃねーよ……」
古城はうんざりとして空を見上げた。自ら以外の存在を認めるどころか、唯一の存在としてあり続けるために他の存在全ての滅亡を願う人工の〝神〟……有り体に言って、そこらの邪神のほうがまだ良心的かもしれない。
「……創り出した後、
「不滅の存在である
「その抜き取られた血が〝
「なるほど、名の由来がわかってすっきりした。明らかに単一の物質につける名前じゃなかったから気になっていたんだ」
古城とバビル2世が同時に得心が言ったと頷いた。しかし、那月は表情を崩していない。
「待て、ニーナ・アデラード。ではなぜ貴様は〝
その問いに、ニーナはどこか寂しそうな寂しそうに微笑んだ。
「そこに気が付くとは、流石は空隙の魔女か。
妾は
だれも、その境遇に口を開けなかった。つまりそれは、災厄と共に永劫の時を生きることを宿命づけられた人柱ということ。意識を〝霊血〟に縛り付けられた孤独な管理者こそが、ニーナ・アデラードという存在の全てなのだ。後世に大錬金術師としてその名が轟いているのは、当時の仲間たちにとってせめてもの罪滅ぼしだったのだろう。
不老不死の肉体を押し付けられた彼女が、どのようにしてこの島に辿り着き孤児院を営んでいたのかは、創造することしかできない。しかし、彼女はたしかにそこで幸せに暮らしていたのだろう。仮初とはいえ家族を得て、ただ穏やかに日常を過ごしていたはずだ。5年前に修道院が崩壊するまでは。
「感傷に浸っているところ悪いが、こちらとしても少々確認する事項がある。
ニーナ・アデラード、これに心当たりはあるか?」
那月が質問と共に指し示したものを見て、古城が目を見開いた。戦闘でえぐれた地面に、白骨が積みあがっていた。その周囲には解凍され蠢く〝霊血〟が付着しているが、そんなものに意識を向ける余裕は古城にはない。いくら第四真祖とはいえ、彼はあくまでも男子高校生程度の精神力しか持たないのだ。
「この骨、まさか
「いや、それはない。成人男性の骨にしては、全体的に小さすぎる。
バビル2世の冷静な声に、ニーナは静かに頷いた。
「5年前、天塚に喰われた
「今回の犠牲者ではなく、5年前事故死として処理された犠牲者たちということか」
那月の確認にニーナは無言で肯定を返し、自嘲するように笑みを浮かべた。
「5年前、天塚が妾の弟子になりたいと言いながら提示してきたのが〝
やつの目的である〝
暴走を止めたのは、あの娘――叶瀬夏音が持つ類稀なる霊力の働きと、陰から夏音を見守っていた叶瀬賢生だったよ」
「なるほどな。今回賢生が襲撃されたのは、再び妨害されないようにとの考えもあったのか。まったく、半分不定形のくせに無駄な頭を使うなあの男は」
「その考えで間違いないだろうよ。
ずっと不思議に思っていたのだ。何故天塚は秘匿されたはずの〝
「だから天塚の行動には一貫性が無かったのか。
天塚の行動は、バビル2世や那月といった経験豊富な攻魔師であるほど違和感を抱くものだった。白昼堂々とはいえ、比較的密かに夏音を襲ったかと思えば、監視を無視し被害を気にせず〝
これらがの行動が、
「〝
ニーナが目をつぶり、霊力を周囲に放出し始めた。長く一体化していたために慣れ親しんだ魔力を感じ取り、周囲に散らばっていた〝霊血〟が誘われるようにニーナ目掛けて移動を開始する。
「お、おいニーナ⁉」
「大丈夫だ第四真祖。喰われはしない」
慌てる古城をバビル2世が制し、那月はその光景を興味深そうに観察している。3人の眼前で、大きなぬいぐるみ程度だったニーナの伸長がみるみるうちに伸びていく。植物の早回しのような光景は、ニーナの身長が古城よりもわずかに低くなった段階で唐突に終わりを告げた。
「
古城の驚愕も無理はないだろう。ちんまりとしたマスコットのようななりをしていた相手が、突然成人女性と化したのだから。
「お、お前……ニーナなのか?」
「そうともさ。改めて名乗らせてもらうとしようか。
自身に満ち溢れた笑みで、ニーナは3人へと向き合った。健康的な褐色の肌に、豊満な体つき。彫りが深い異国風の顔つきに相応しい、どこか砂漠を思わせる衣装。
古に語られる大錬金術師が、今ここに復活した。