バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 非常に遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。

 忙しさとモチベーションの低下により執筆速度が大幅に低下しているのですが、最低でも月一の更新は維持したいと思っていますので今年もよろしくお願いします。


3話 最後の脱獄囚

 矢瀬の背後に立つ2人を見た冥駕は、即座に仕込んであった大規模魔術を解き放った。今まで絃神島に潜入していた犯罪者たちが使用していた個人使用の破壊魔術とは比べものにならない、戦争で使用される敵部隊殲滅用の魔術だ。隠密や探知妨害をかなぐり捨てたそれは、即座に特区警備隊(アイランド・ガード)へ存在が露呈するリスクと引き替えに絶大な破壊を約束する。

 当然、冥駕は何の考えも無しにこのような暴挙に及んだわけではない。今彼が立つ場所からほど近い地点で、莫大な魔力が荒れ狂っているのだ。真祖の眷獣が撒き散らすそれと何ら遜色ない魔力が引き起こす破壊の嵐の傍では、いくら戦争に投入される大規模破壊魔術といえど山火事の傍に置かれた線香と何ら変わりはない。島の魔力監視網はのきなみ許容量を超え機能停止し、生きている装置はMAR敷地内の異常な魔力反応にその全リソースを裂かざるを得ない。通常ならばあり得ない、魔力探知の空白地帯が今この一帯には発生しているのだ。

 この状況で冥駕が選択したのは、魔術的起点から無数の光弾が周囲を蹂躙する術式だった。遠目で見れば花火にも似た術式は、その美しさとは裏腹に完全武装の魔族兵部隊ですら壊滅しかねない危険性を秘めている。

 魔術への耐久という面では驚くほどに脆弱なバビル2世は防衛を選択するほかなく、那月も自力回避ができない矢瀬を抱えて空間転移で効果範囲を離脱した。咄嗟の行動であったために那月は矢是の頭部を抱え込む形となった。これに焦ったのは助けられた矢瀬だ。

 

「な、那月ちゃん! 顔、あ、当たってるから!」

「何を気にしてるんだやかましい。お前の頭が私の胸に当たっても不都合があるわけではないだろう。別に減るものではないしな。

 それともなんだ、貴様まさかロリコンだったのか?」

 

 あまりにも雄々しい返答に呆気にとられた矢瀬だったが、続く疑念に思わず声を荒げた。

 

「ちょっとは気にしてください、人に見られたらこっちの世間体もあるんだから!

 それと俺は断じてロリコンじゃない! 年上の立派な恋人がいることくらい那月ちゃんも知ってるでしょ⁉」

「まあ、私は心が広いからな。お前が隠していた性癖についてとやかく言うことはしないさ。今の状況も、役得と思って堪能するといい。

 まあ、今のざまを知ったお前の彼女がどういった反応をするのかは、私の管轄外だがな」

 

 矢瀬必死の反論も、空間魔術を使い続ける那月に届いた様子がない。それどころか、那月は嗜虐的な笑みと共に矢瀬の頭を保持する腕に一層の力を込めた。

 

「とかいいつつ強く押しつけるのやめてください!

 てかこの件曲解して先輩に伝えるのやめてくださいねほんとに! マジで愛想尽かされかねないから!」

「そう言いつつも胸に頭を押しつける力がだんだんと強くなってきているぞ? やはり真の性癖を抑えきることはできそうにないか」

「空間転移を連続でやられてるせいで、自分の位置が不明瞭状態になってるんですよ! 何かにしがみつかないとどこかに吹き飛びそうな感覚には逆らえないって知ってるでしょう!」

 

 上記の漫才じみたやり取りの間にも、那月は自身と矢瀬を対象に細かな空間転移を繰り返していた。

 この手の魔術が広く知られるようになってから判明した事実として、連続して空間の歪みを潜り抜けた人間の脳は空間認識を一時的に失調するという現象が発生する。本来であれば空間転移という高等魔術によって生み出される空間の歪みに触れること自体珍しい現象であり、ましてやごく短時間にそれに連続して触れるなどまずありえないことだ。

 だが那月のような空間魔術を使用することができる限られた存在との共闘時、この珍しい現象はとたんに牙を剥く。

 

「まったく、所詮は脳が現状を認識できていないだけだとわかっているだろう。べつに手を離したところで魔術的にリンクしている以上おかしな方向に弾き飛ばされることなどないぞ。情けない男だ」

「だからわかってても実際に体感すればこうなるって実験結果出てたじゃないですか! 脳が錯覚してるんだからもう理解とか根性とかでどうにかなるものじゃないんですって!」

 

 そう言い合う間にも那月と矢瀬の肉体は空間のあちこちに出現しては消失をするという動きを繰り返しているそのため、冥駕には四方から声が聞こえる状況となっており計らずとも的を絞らせないという効果を生んでいた。

 一方バビル2世は、改良を重ねた十式保護術式展開具足(パリレンクライス)を頼みに自身に迫る光弾を片端から弾き落としていた。光弾単発の威力も密度も高い術式が相手では、いくらバビル2世であろうともうかつに接近できなくなっている。迎撃に集中するため念動力(テレキネシス)はすでに解けており、自由になった零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を油断なく構えながら冥駕は得意げに笑った。

 

「バビル2世、やはりあなたは魔術面において非常に脆弱であるようだ。能力を扱うために一定の集中が必要そうなようですし、能力行使に専念できないこの状況下ではあなたに勝ち目はありませんよ!」

 

 事実、バビル2世と那月は共に迎撃に専念しているため有効的な反撃を一切行うことができていない。隙を見て那月が散発的に放つ魔術攻撃も、魔力に対して絶対の防衛性を誇る零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)の守りを突破できていないのだ。

 体力魔力共に有限である以上、このまま状況が推移しなければバビル2世と那月に矢瀬を含めた3人は遠からず敗北を喫することになるだろう。

 そう、このまま状況が推移しなければの話ではあるが。

 

「焦っているな、絃神冥駕。僕たちの襲撃がそんなにも予想外だったか?」

「何を言っているのです。強がりだとしてももう少し上手い言い方というものがあるでしょう」

 

 回避を続けるバビル2世が、不敵な笑みを浮かべた。当然優位性を持つ冥駕は嘲笑うが、その頬を僅かに伝う汗の一筋をバビル2世は見逃さなかった。

 

「強がりを言っているのだどっちだ。僕たちはこのまま数時間だろうとも粘り続けることができるが、お前の術式は後どれほど持つ?

 そもそも、今このすぐ近くで真祖級の眷獣が暴れているんだぞ。どんな圧力がかかるかは知らないが、あの異常事態が放置され続けると思っているのか。そう遠くないうちに、特区警備隊(アイランド・ガード)の最精鋭部隊が来る。

 さて、最精鋭部隊ともあろうものが、付近で発生する戦争用の殲滅術式を見逃すかな」

「私たちという予想外の増援が出たのだ、遅滞戦法を取りながら逃げればいいものをお前が動かないのは、この付近に何かしらの目的があるからだろう。緊急離脱をしようにも、私がいる以上空間転移の使用はできない。

 改めて聞くとするが、強がっているのはどっちだ?」

 

 そう、上記の勝敗予想はこのまま状況が推移しなければという絶対にありえない予想の元たてられた意味のないものなのだ。ここが無人の荒野であり、撤退が一切できない状況であるならば冥駕の勝利は揺るがなかっただろう。

 だが、実際には時間をかければかけるほど冥駕に対する攻め手は増えていく。彼の苛烈な攻勢も、それを理解しなんとしても時間的なが存在しているうちに撤退の糸口を見つけるためだったのだ。

 

「……まったく、凡百の相手ならば状況に呑まれ撤退してくれたでしょう。あくまでも冷静に状況を読み取ることができるとは、貴方がたを少々侮りすぎていたようですね」

 

 どこか諦めたような冥駕の独白に、バビル2世と那月は警戒を深めた。落ち着いた声音とは裏腹に、眼鏡の奥に隠された瞳はギラギラとした光を湛えているのだから当然だろう。そしてその警戒は、すぐさま正しかったと証明される。

 

「今投降すれば余計な怪我をすることはない、ただ監獄結界に送り返すだけで許してやってもいいぞ」

 

 那月の警告を、冥駕は鼻で笑うことで一蹴した。

 

「残念ながら、目的も果たさないままあの結界に再び収監されるわけにはいかないのですよ!」

 

 攻撃術式を維持しながらも、新たな術式を練り上げていた冥駕がついに術式の発動を成功させた。バビル2世も那月も、那月に抱えられたままの矢瀬もそれを察しながらも妨害する手段を持たなかった。そして得意げな表情と共に冥駕が戦局に決定的な影響を与える術式を解放しようとした瞬間、彼が立つ地面が黒く変色した。

 

「馬鹿め、余裕ぶるから足元を掬われるんだ」

「なっ!? これは……ろ、ロデム!」

 

 魔力で生み出されたの嵐が空間を蹂躙していても、地上付近は比較的光弾の密度が低かった。対人、もしくは対魔族用に組まれた術式である以上、人間の膝丈以下に攻撃を放つ必要性が薄かったのだ。それならば、少しでも生物の急所である頭部、もしくは人が容易に手出しできない上空方面への攻撃密度を上げることが優先された。

 結果として僅かな流れ弾が着弾する程度だった地表を、瓦礫に化けたロデムは悠々と進行しあっさりと冥駕の足下へ辿り着いたのだ。

 

「最弱のしもべ程度で、私を止められるとでも!?」

 

 冥駕は即座に零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を振るうが、この武神具は短槍を連結させた構造をしている。元々懐に飛び込まれれば有効な攻撃手段を持たない槍という武器を元としている上、ロデムはその特性上相手に密着する攻撃法を主としているのだ。

 結果として冥駕はロデムを引きはがすことができず、徐々にロデムの肉体へと引き込まれていく。混乱のためか魔力のコントロールを維持できておらず、殲滅術式の光球が消失した。

 

「お前のように、ロデムを軽視する相手は多かったさ。たしかにロプロスやポセイドンとは違い、ロデムに大規模な破壊を行う力はない。大勢の犯罪者が、ポセイドンとロプロスの対策にばかり気をまわしていたさ。

 そして、そのほとんどがロデムに捕縛されてきた。派手な破壊に目をくらまされて、最も防ぎにくいロデムへの対策を怠ってな。さあ、お前もその1人となれ」

 

 バビル2世が話している間にも、冥駕は黒の粘液へ飲み込まれ続けている。すでに顔と両腕以外覆い尽くされ、もう数秒で全身が飲み込まれる段階になってなぜかロデムが拘束を解いた。

 

「申し訳ございません、バビル2世様。あの者の悪あがきを止めることができませんでした」

 

 訝しむバビル2世がロデムの言葉を聞いて視線を動かすと、自由の身となった冥駕の全身からはうすぼんやりとした光が漏れていた。

 

「体内で魔力を解放した、だと? 正気か、貴様」

 

 那月が呻くように言葉を漏らした。

 不定形故物理魔力の両方に対して非常に高い耐性を持つロデムをして危機感を抱かせた光の正体は、半暴走する高密度の魔力だ。追い詰められた冥駕はあろうことか発動直前の魔術をキャンセルし、練り上げた魔力を体内に移し外部へ向けて放出したのだ。

 魔力は扱いによって波長こそ変わるものの、基本的には無害なエネルギーだ。しかし、ひとたび活性化すれば様々な影響を世界へ行使するための呼び水となる。今の冥駕が行ったのは体内の空洞部分に無害な発火性のガスを充満させ、起爆させることで纏わりついた虫を落とすがごとき所行なのだ。

 魔女という出自故に、魔力の扱いに精通する那月からすれば信じられない暴挙だ。たしかに、ロデムを振り落とすことには成功しただろう。あのまま冥駕の体に密着していれば、暴走した魔力によってロデムといえどもただではすまなかったはずだ。

 だが、その代償が大きすぎる。暴走した魔力に細やかな制御が聞くはずがなく、今冥駕の体内には無視できない損傷が広がっているはずだ。現に彼の体は、あちこちから白い煙が立ち上っている。

 そのような惨状を晒してなお、冥駕は両の足で立っていた。

 

「冥駕、何故立っていられる。お前の体内は、暴走した魔力でズタズタに引き裂かれているはずだぞ」

 

 バビル2世の疑問は当然のものだ。彼は、決して短くない闘争の経験から魔力暴走の危険性について熟知している。はっきり言って人の形を保っていることが奇跡である状況で、冥駕は不敵に笑って見せた。

 

「多少の傷なら無視できる体質でしてね。ここで捕まるよりも、無理をして逃げなければならないんですよ!」

 

 叫びながら、冥駕は閃光を生み出し解き放った。強い光を発生させる術式は、その単純さ故発動が非常に速い。冥駕の暴挙に動揺していた攻魔官たちにその発動を止めることはできず、数秒ではあるが大幅に視界を塞がれてしまった。

 この隙に乗じての攻撃程度ならば、対応できない2人ではない。だが、冥駕が打った一手は躊躇のない逃走だった。こちらに向かってくるのではなく全力で距離を取る行動に対応できる手段は少なく、そのどれもが視界を光で塗りつぶされた状況で打てるものではない。

 光で眩む視界でも、影が離れていく様子を窺うことができたバビル2世の判断は素早かった。

 

「ロプロス、上空から冥駕の追跡だ! 最悪の場合、襲撃も許可する!

 南宮攻魔官、方向からして冥駕は第四真祖がいる方面へ逃走しました。このまま追撃して、矢瀬の所属がばれると後々動きにくくなるでしょう。彼を安全地帯に運んできてくますか」

 

 2人で追えないことはないが、機動性に欠ける矢瀬をこの場に放置することになる。真祖級の眷獣にとって至近距離と呼べる場所に、直接戦闘力に欠ける人間を放置することはできない。自分の失態を挽回するために教え子の命を危険にさらす選択を取るほど、那月は冷酷ではないのだ。

 

「仕方あるまい。すでに私の魔力の捜査範囲からは逃げられている以上、今回は失態として受け入れるか」

「すいません、足引っ張りました」

「あれの襲撃を読めたものはいないからな、言うならばこの場全員の失態だ。あまり思い込むなよ」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、那月は魔方陣を展開し消失した。一度空間跳躍をした場合、移動に干渉することは不可能といっていい。ひとまず協力者の安全を確保したバビル2世は、冥駕が向かった方向へと向きなおる。

 

「来い、ロデム。移動後は、お前の判断で行動することを許可する」

「かしこまりました、バビル2世様」

 

 跳びかかるようにして服と同化したロデムの様子を確認し、バビル2世は巨大な魔力が荒れ狂う中心点へと跳躍した。




 今回はほとんどオリジナル要素の解説となってしまいました。読み飛ばしても問題ありませんので、興味のある方だけお読みください。

 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 空間認識失調現象 くうかんにんしきしっちょうげんしょう
 本作独自の設定。
 空間を歪めて瞬時に別地点へと移動する空間跳躍現象の影響を、術者以外が短時間に連続して受けると発生する脳の誤認。
 今現在自分が空間に対してどのような立ち位置なのかを一時的に認識できなくなり、ただ立つことすら困難になる。
 空間跳躍を扱う高位の魔術師や魔女には発生しない現象であるためことの重要性が認識されずらく、これが原因での部隊壊滅などの記録もある。

 大規模魔術 だいきぼまじゅつ
 今作独自の術式。
 主に戦争で投入される、多数の敵を一度に葬ることを目的とした殺戮魔術。
 今回冥駕が使った魔術は、個人が扱ったために威力も範囲も攻撃密度も大幅に低下した多数を相手にする広範囲魔術に成り下がっていた。
 とはいえ強力であることに間違いはなく、仮に特区警備隊の最精鋭が相手でも十分な損耗を与えられるだけの効果は期待できた代物。

 体内魔力解放 たいないまりょくかいほう
 今作独自の術式。
 魔術用に練り上げた魔力を体内で開放することにより、体外のごく狭い範囲に暴走した魔力を浴びせる捨て身の術式。
 魔力的に脆弱な相手ならば即死もあり得る強力な技なのだが、最もその威力を受けるのは術者の内部なので制御を誤れば体内から爆散してもおかしくない。
 冥駕は体質を頼みに敢行したのだが、負傷を軽減できたわけではないのでかなりのダメージを負っている。
 元ネタはゴジラの体内放射。

 十式保護術式展開具足 パリレンクライス
 本作独自の武神具。
 度重なる改造により、現在ではバビル2世専用の装備となっている。
 武神具としての結界発生装置とは別に、ただ頑丈な具足としても当然使用可能。
 本編の殲滅術式で放たれた光弾程度ならば、何の問題もなく受けきることができる頑強姓を誇る。

 バビル2世 用語集

 用語

 ロデムの脅威
 本編でも挙げたように、ロデムは派手な攻撃技を持たない代わりに潜入工作に長けたしもべとされている。
 不定形故かエネルギー衝撃は意外の攻撃を受けてもほとんどダメージ描写がなく、一度変身すると生物由来の体温やガスを探知する以外では発見できない隠密性も手伝って、バビル2世本編ではヨミが直々に出張る以外に有効な対抗手段が存在しなかった。
 現にロプロスやポセイドンに正面から対抗できる戦闘メカV号に対しては、内部に潜入したロデムが決定打となり勝利している。
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