バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 2020/3/10 用語集追加


7話 解読要求と怪鳥飛翔

 予想外の人物の登場に硬直した古城たちだったが、間違いなく獣人よりも高い脅威度を持つ人物がいるために警戒態勢を解いていない。

 先程の呟きを誤魔化すような咳払いと共に、紗矢華が口を開いた。

 

「ご存じとは思いますが、獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華です。国家安全委員会の協力者である貴方が、何故この場にいるのかお聞かせ願えますか?」

 

 相手が相手だからか、紗矢華の言葉が堅い。緊迫感の中、バビル2世が口を開いた。

 

「そう警戒しないでほしい。ぼくがここにいるのは山野から頼まれたからだ」

 

 予想外の名を告げられ、紗矢華は目を見開いた。古城と雪菜も同様に、驚きを隠せないでいる。

 

「では、何故山野攻魔官はこの場にいないのですか? 私が〝雪霞狼〟回収のために保健室から移動したときは、彼がこの場に残っていたはずです」

「ああ、それは山野がガルドシュを追っているからだ。この場を完全に空にしないために、ぼくが来てから急いで追っていった。そうだろう?」

 

 急に話を振られた浅葱だが、バビル2世との約束通り頷いて話を合わせる。それを見た古城たちは、一応の納得を見せた。

 

「なるほど、貴方が山野攻魔官と知り合いとは知りませんでした。

 では、状況の説明をお願いします」

 

 雪菜の要求に、バビル2世はかいつまんで保健室で行われた戦闘……一方的な蹂躙に近いものではあるが……について語った。当然アスタルテが撃たれたことにも言及したが、職務上人体の生き死にに詳しい紗矢華の診断で問題無しとわかったために大きな騒ぎにはならなかった。

 

「少し意外です。あなたは孤高の人だと聞いていましたので、こういった自分の行為に対する確認を頼まれるとは思いませんでした」

 

 うつぶせに寝かせたアスタルテの服を戻しながら、訝しげに紗矢華が呟く。大口径の銃で撃たれたということが信じられないほどに、アスタルテの身体は回復していた。床や服の痕跡が無ければ、強力なゴム弾を撃ち込まれたとしか思えない。

 

「ほとんどの場合、目が多くて困ることは無い。より詳しいものが診断した方が安心材料になる」

 

 バビル2世の本心は自分の血が適合したことによる予兆が読み取れないかの確認がしたかっただけなのだが、輸血の事実を語っていない以上、聞こえのいい言葉でとりあえずのその場しのぎを行ったようだ。医療面の知識に乏しいため、本当に治っているのかの確認がしたかった点も嘘ではない。

 どこか納得できていない紗矢華だが、証拠無しに追求は失礼にあたるためとりあえず話を進めることにした。

 

「ところで、この獣人2人はどうすればいいかしら?」

「そのうち来るだろう特区警備隊(アイランド・ガード)にでも引き渡す。指導者のガルドシュといっしょに行動していたんだ。黒死皇派の戦闘員としては中々の地位にいただろうから、情報はある程度持っているだろう」

 

 念のため紗矢華が鍼と魔術による拘束処置を行い、保健室内に放置することになった。

 ふと、バビル2世が懐から通信機を取り出した。二言三言交わし、元通りに仕舞いなおす。

 

「今山野から通信が入った。ガルドシュの逃走先が判明したらしいが……煌坂といったか、君にはあまり良くない知らせだ」

 

 本当は追跡を命じたロプロスからの情報だったが、わざわざ真実を話す必要はない。

 

「やつが逃げ込んだのはアルデアル公所有〝オシアナス・グレイヴ〟だ。下手をすれば外交特権程度で庇えるものでは……いや、上手いな」

「何があったんですか?」

「観測できる範囲に限るが、現在〝オシアナス・グレイヴ〟にいるのは全員獣人だ。乗っ取られた形になっているな」

 

 動揺する紗矢華とは対照的に、バビル2世はヴァトラーの狡猾さに賞賛の念を向けていた。これで万が一テロリストとの繋がりを指摘されても、自分も騙された被害者であると喧伝できる。趣味の悪い名の船を沈めればより被害者側であることを強調できるだろう。

 とりあえず後手に回ってしまっていることを認め、バビル2世は思考を切り替える。本丸を攻めてもいいが、今迂闊に攻撃し言いがかりの口実をヴァトラーに与えるのも癪だろう。ならば、ひとまず手足をもぎとり相手の行動を鈍らせる方がいい。

 

「よし、ぼくは今から黒死皇派のアジトを潰しに行く。君たちは」

 

 バビル2世を制止するように、浅葱の携帯が着信を知らせた。その場の全員から視線を向けられた浅葱は、慌てて画面を見る。そこには、黒死皇派の文字が浮かんでいた。

 

「うそ、なんでこの番号を?」

 

 浅葱は伊達に電子の女帝と呼ばれてはいない。その異名に相応しいだけの知識と技術を併せ持っており、相応のネットリテラシーも持ち合わせている。その彼女が自らの情報端末を市販のセキュリティシステムに任せるはずもなく、自作の防御プログラムで下手な企業機密よりも頑丈に防護しているのだ。

 その防御を易々と突破した相手からの呼び出してあり、それだけで無視するという選択肢は無い。

 

『やあ、先程満足に話もできなかったのでね。こういった形での挨拶となることを失礼させてもらおう』

 

 携帯のスピーカーから、ガルドシュの慇懃無礼な挨拶が響いた。

 

『実は君に頼みがあってね。単刀直入に言おう、ナラクヴェーラに関する石版を解読してほしい。もちろん報酬は払うし、この功績で君の名はさらに高まる。悪い話ではないのではないかね?』

「昨日趣味の悪いパズルを送ってきたのはあんたたちだったわけね。女子高生の個人情報を無断で見るような連中の頼みを聞いてもらえると思っているのかしら?」

『すまないが、我々には時間が無いのだ。まさかバビル2世がこの件に関わっているとは思っていなかったものでね。バビル2世はそこにいるんだろう? こうなった原因の1つは彼にもあるのだよ』

 

悪びれもせず責任転嫁を計るガルドシュに、一行の心象はさらに悪くなる。

 

「ガルドシュ、今ならまだ五体満足は保証してやる。武装解除して投降しろ」

『その声はバビル2世か……やはりまだそこにいたな。時間が無いと言ったが、それは我々にとってだけではないのだよ』

 

ガルドシュの宣言と同時に、窓の外で閃光が空を切り裂いた。距離があるためか音も熱もないが、尋常の攻撃ではない。同時に、ロプロスからの通信が入った。端末を介した映像情報には、黒死皇派のアジトから這い出る機動兵器……ナラグヴェーラが映っている。付近に展開していた特区警備隊(アイランド・ガード)に襲い掛かろうとしているものの、どこかぎこちない行動のせいで未だ被害は出ていないようだ。しかし、それも時間の問題だろう。

 

『我々は女帝殿の協力でナラクヴェーラの機動コマンドは手に入れている。しかし困ったことに起動はできても制御ができない。我々が残りの石版を解読し正常に制御を行ってもいいのだが、はたしてそれが終わるまでこの島が、市民は無事で済むかな?』

 

 どこまでも冷酷なガルドシュの手口に、浅葱は嫌悪感を丸出しにする。それは、その場にいた全員に共通する感情でもあった。

 

「最低です。自分たちの目的が果たされれば、貴方たちはそれでいいんですか!」

『愚問だな顔も知らぬお嬢さん。魔族特区という名の檻に囚われた者たちを殺すことに戸惑いなどありはしない。だからこそ我々はテロリストと呼ばれているのだよ。

 さあどうするかね女帝殿。あまり時間は残っていないが』

 

 雪菜の激昂も涼しい声音で受け流し、ガルドシュは改めて浅葱に選択を迫る。

 

「1つだけ聞かせて」

『なんだね?』

「どうやって私の電話番号を知ったの? そう簡単にハックされるようなセキュリティ組んでないんだけど」

『ああ、簡単な話だよ。学校側の情報データベースを踏み台に、君のクラスの生徒が所有している端末から抜き出しただけだ。呼び出し機能をいじって我々の名を出せば、反応してくれると思ってね』

「そう、よっくわかったわ」

『話はそれだけかね? 石版の画像データはこの端末に送ろう。

 老婆心ながら1つ忠告をしておこう。急いだ方がいいぞ』

 

 浅葱の皮肉を意にも介さず、ガルドシュとの通話は切れた。絶対に学校のセキュリティに口を出すと心に決めた彼女の元へ、数秒もせずに画像データが送られてくる。

 

「なにこれ、何枚あるのよ!」

 

 全部合わせて石版53枚分ものデータが送信され、予想外の量に浅葱が呆れ、次いで苛立つ。ほとんど手がかりなしの状態からこれだけの量の解読を行えるのか。

 

「考えても仕方ない。とにかく今は公社に……時間が惜しい、パソコン室!」

「パソコン室って……それで解読なんてできるのか?」

「それを何とかするんでしょうが!」

 

 駆け出す浅葱に、バビル2世が1枚のメモを手渡した。

 

「パソコンを起動したらこのURLを入力しろ。こっちから手を貸すよう伝えてある」

「わかった。避難はじまってるみたいだから、あんたたちもはやく動きなさいよ!」

 

 そう言い残し、浅葱は駆けだした。100mをスパイク無しで13秒台の俊足を活かし、数分かからずにパソコン室へと到着する。当然の権利のごとく扉をハッキングでこじ開け、教員用のパソコンを起動し音声入力をONにした。

 

「モグワイ、どうせ私の携帯から話は聞いてるんでしょう? 公社のスパコン利用してとっとと石版の解読急ぐわよ!」

『一応の流れとして状況説明くらいは欲しかったぜ嬢ちゃん。石版とやらのデータはこっちに移行しておいたが、こりゃ並のプログラマーじゃ手が付けられない代物だぜ?』

「うっさいわね、やらなきゃならないでしょうが!」

 

 モグワイ、この人工島を管理するスーパーコンピューター5機からなる人工知能は、ふざけた外見と言葉回しとは裏腹に超高性能の情報処理能力を誇る。現在浅葱の相棒としてスーパーコンピューターを間借りしながら解析を進めつつ、同時進行で人工島の被害をコントロールしている。

 

『連中が古代兵器を解き放ったのが建造中の増設人工島(サブフロート)で助かったぜ。被害がほとんど出てない。

 そういえば嬢ちゃん、あのバビル2世とかいう奴からもらったメモは使わないのか?』

 

 モグワイの指摘に浅葱は言葉を詰まらせる。

 

『まあはっきり言って怪しいが、このさい使えるものは全部使わないとまずいと思うぜ?

 ちなみに今の処理速度だと、解読が終わるころには増設人工島(サブフロート)が沈んで本島にもけっこうな被害が出る計算になるな』

「うっさいわね、使えばいいんでしょうが!」

 

 モグワイの焦燥感をあおる物言いもあり、浅葱はメモを開いた。そこにはごく短いURLと、数桁の数字だけが示されていた。

 

「何よこれ。あいつは手を貸すとか言ってたけど、本当に大丈夫なんでしょうね」

 

 ぼやきながらURLを入力し、表示された枠に数字を打ち込む。エンターを押し込むと、かなり変わったチャットルームが開かれた。

 

〔こんにちは藍羽浅葱。私はバビル2世の協力者です。予想よりも接触が遅かったですが、どのような助力をお望みですか?〕

 

 一面黄土色の画面に、ただメッセージだけが表示される。不信感だけが膨らむが、今は猫の手でも借りたい。現状を端的に告げ、コピーしたデータを送付する。

 

「言葉はわかるのよね。じゃあこれを表示しながら指示に従って!」

〔わかりました〕

 

 やけに静かなモグワイを一旦横に置き、浅葱はふと思いついた。

 

「ねえ、あなた名前は無いの?」

〔名、ですか?〕

「ないと不便じゃない? あるんだったら教えてよ」

 

 少しの沈黙。

 

『な、なあ嬢ちゃん。こいつ、俺の予感が正しければなんだが……』

〔そうですね、では塔守と呼んでください。私の役職のようなものですが〕

「そう。じゃあよろしくね、塔守!」

 

何故か怯えたようなモグワイを黙らせるように、塔守が自己の呼び名を指定した。それに気づかず浅葱は笑顔で塔守の名を呼び、作業を再開した。

その背後の窓を巨大な鳥の影が一瞬通り過ぎ、床が一瞬怪しく蠢いたことを、浅葱はついぞ気が付かなかった。

 

 

 

 浅葱の去った保健室で、残された4人の行動は速かった。手早く装備の確認を行い、その間にバビル2世は古城と向き合う。

 

「舞威媛と剣巫は当然同行するつもりだろうが、第四真祖はどうする?

 この2人は獅子王機関の人間としてこの魔導テロに対応する義務があるが、君にはなんの義務もない」

 

 まさか話を聞いてくれるとは思っていなかったのか、古城は驚きのあまり口を開けている。

 

「待ってください! 第四真祖をテロの中心点に連れて行くつもりですか? いくらなんでも危険すぎます!」

「そうですよ! もしもこいつの眷獣が暴走したら、どんな被害が出るか!」

「君たちの意見ももっともだ。しかし、ここに第四真祖を放置して行動しないと言い切れるか? 何が起こっても死にはしないのだから、近くの方が監視しやすい。

 それに被害というが、すでにあの古代兵器が動いている以上今更誤差だ。現在被害の出ている増設人工島(サブフロート)はテロの舞台になった上に建造途中でまだ本格運用されていない。しばらくの観察後破棄が妥当だろう」

 

 雪菜と紗矢華が反対するが、バビル2世は涼しい顔で受け流す。

 

「さて、どうする第四真祖。君の選択を尊重する」

 

 バビル2世の問いに、古城は覚悟を決める。

 

「連れて行ってくれ。ここでただ待ってるなんてできるかよ!」

「いい返事だ」

 

 古城の返事を聞き、バビル2世の脳裏に古い記憶が浮かぶ。たった1人で世界を牛耳らんとした巨悪との戦いの日々。日本国内に協力者を作ったとはいえ、今思えば独善と衝動でずいぶんと無茶をした。あのころの埋め合わせと考えれば、ここで前途ある若者を支援してもばちは当たらないだろう。

 

「さて、一刻も惜しいからな。驚かないでくれ」

 

 バビル2世が窓を開き、天を見上げた。不思議そうな表情の古城たちを一瞥し、肺一杯に空気を吸い込む。

 

「ロプロス、ロプロス! ぼくの元へ来い、今すぐにだ!」

 

大声が空へと吸い込まれ、それに応えるように突風が巻き起こる。思わず古城たちは顔を庇い、再び顔を上げると巨大な鳥が窓の外に鎮座していた。

 

「ぼくのしもべ、怪鳥ロプロスだ。これなら増設人工島(サブフロート)まで大した時間をかけずに行ける」

 

 古城たちは絶句している。古城はその存在をいまいち咀嚼しきれていないためだが、獅子王機関の2人は違う。表面に施された緻密な魔術様式は、ある種の芸術といえるほどの精巧さを誇っている。一部が解れたとしても、すぐさま周囲がそれを繕うだろう。そしてこの怪鳥が降り立ったというのに一切の混乱が起きていない以上、効果が目晦ましであることは明白だ。この移動する巨体を隠しきっている事実に、魔術を理解している2人は戦慄を隠せない。

 

「ロデム、石版の解読をしている女子生徒を守れ。ぼくは今からここを離れる」

 

 床を同化していたロデムに指示を出し、バビル2世は窓枠を蹴って外に出た。

 

「さあ、ロプロスに乗れ。出発するぞ!」

 

 その言葉に顔を引き締め、古城が、その後に雪菜と紗矢華が続いた。

 ふと、何かに気が付いたように雪菜が足を止める。

 

「……待ってください。ひょっとして、飛ぶんですか?」

「何を今さら言っている? 怪鳥が走ったり地に潜るわけがないだろう」

「えっちょっと待ってください、待ってください! いえこれは怖いとかそういうのではなく撃ち落とされる危険性を考えると二手に分かれた方がいいですしそうだ学園を空にするわけにもいきませんしここは私が」

「なあ、ひょっとして姫柊って」

「言わないであげて。けっこう恥ずかしいと思ってるみたいだから」

 

 何かを察した古城と紗矢華の眼前で、バビル2世の指示によりロプロスの足で捕獲された雪菜が古城に助けを求める。古城はなだめすかしてなんとか共にロプロスの背に移ったが、雪菜のあまりの取り乱しぶりに内心驚愕していた。

 

「じゃあ行くぞ。

 ロプロス!」

 

 バビル2世の一声で、怪鳥が古代兵器が暴れる増設人工島(サブフロート)めがけて勢いよく飛翔した。

 余談ではあるが、この日絃神島の各地で女性の叫び声が聞こえたとの報告があったが、テロに怯えるものだろうと大きな話題も無く処理されたらしい。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 クリストフ・ガルドシュ
 現在黒死皇派の指導者として活動するテロリスト。
 前指導者であった黒死皇とは盟友の間柄だった。
 差別的な獣人優位主義者であると共に、自らの理想のためには犠牲を厭わないテロリストとしての思考を併せ持つ。
 自らも戦闘訓練によって鍛え上げられており、並の戦士では一方的に打ち倒される。

 種族・分類

 ナラグヴェーラ
 かつて数多の国や文明を滅ぼしたと言われる神々の兵器。
 現代ですら再現不可能、あるいは最新鋭に匹敵する装備で武装し、自らの判断で行動を起こす無人機でもある。

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