平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス   作:ひきがやもとまち

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久々の更新となります、お待たせしてすいません。
…只どうにも最近、暑さ故なのか頭が上手く働いてくれず、文章がこれで大丈夫なのかどうか?の判断が客観的にできづらくなっている次第…。
今までと違うと感じさせてしまった方には深くお詫びいたします。

今回の話は、ダイスダーグ回。
後に続いていく、彼のセリフの発端の部分を想像で書いてみたベオルブ邸襲撃のオリジナル内訳話です。


第11話

 伝説があれば、異説が生まれる。それが人の歴史というもの。

 神話があれば、その聖性を否定するために反神話が生み出す者が必ず現れ、時に異説が伝説を覆すことがある。

 教会が長く主張してきた英雄王ディリータの伝説に対して、真の正義と騎士道を貫いた勇者ラムザ・ベオルブの異説が語られ出したのも、その流れの一つを繰り返しただけの行為だったのかもしれない。

 

 ――だが、それはラムザだけに限った話ではない。

 教会の主張する英雄王ディリータの伝説の中で、貶められてきた者の一人が真の英雄ラムザ・ベオルブであったなら、教会が教え伝えてきた歴史の中で彼と敵対したとされる全ての者たちにも同じ可能性があることを、否定された歴史は否定することが決してできはしない。

 

 これは、そんな異説の一つだ。

 英雄王と敵対し、後に軍を捨てて一人逃げ出したとされる敗軍の将。

 

 その一人の、語り継がれることが遂になかった歴史の異説を今、語ろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 ――雨が、降り始めようとしていた。

 昼頃から降り始めた雨粒が嵐となり、止むことなく降り続いていく状況の中で、骸旅団団長の妹である女騎士が自分たちの未来が閉ざされたことを知るのと、ほぼ同じ時間。同じ日の夕暮れ時に。

 

 盗賊の砦から三日と離れていない距離にある町の館で、彼女とは対極の立場と位置にある男が、彼女と同じ問題に苦悩し、同じ未来の可能性を思い描き、同じような手段を取ることを考えていたという事実は歴史の皮肉という他なかったのかもしれない。

 

 何故なら彼らは、同じ国で起きている同じ問題に同じ答えを見いだして、同じ解決策を考え出せたが故にこそ“決して手を組むことは出来ない間柄”になってしまった者たちなのだから・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 ダイスダーグ・ベオルブは、自邸にある執務室で椅子に深く腰掛けながら考えに耽っていた。

 右手にはワイングラスが握られており、異国より取り寄せられた高価なワインが芳醇な芹香を部屋の中へ漂わせている。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、しかし。そのワインは注がれたときより一滴たりとも量が減っておらず。折角の芹香も時の経過によって本来のそれより大分弱まってしまっている。

 椅子に深く腰掛けた部屋の主もまた、まるで物言わぬ彫像であるかのように微動だにせぬまま思考の海に、椅子よりも深く沈み込んだまま意識を遠い俯瞰の彼方へと飛ばし、現在という時に残された肉体には魂すらも残っていないのではと思われるほど、人形めいて感情の揺らぎを感じさせない。・・・そんな印象。

 

 一瞬、雷鳴が鳴り響いて、彼と彼の座する部屋の中を同時に白一色に染め上げる。

 その瞬間、彼の姿は生気を持たない塩でできた知神の像であるかのようにも見えた。

 

 石で造られた石像ほど冷たくはなく、生きていくため必須の塩だけで形作られていながら“甘さ”というものは一切持たない。

 ――そして、それ故にこそ人々が奪い合い、多くの利権が生まれ、新たなる闘争の火種ともなっていく人類の生存には必須の、だが多くの人の命を奪わせてきた。そんな“必要悪に満ちた”塩の知神像のように・・・・・・。

 

「・・・・・・っ。雨、か・・・」

 

 室内に轟き渡った雷の轟音を聞いた瞬間。・・・彼はかすかに、驚いたような表情を浮かべて呟きを発し、“数時間ぶりに”体を動かす。

 椅子から立ち上がろうとした時、ふと手の中にある感触を感じて視線を下ろすと、そこにある自分が注いだワインの入った器を見つけ、軽く目を見開きながら其れを見つめ、わずかに苦笑してからグラスを傾け中身を飲み干す。

 

 まるで、“今初めてワインの存在に気づいた”かのような仕草でワインを干すと、グラスを置いて窓辺へと歩み寄り、屋敷の外に広がる景色を見渡しのいい執務室の中から見える範囲までを見渡し回す。

 

 そして思う。

 

 ―――寂れたな。

 

 ・・・・・・と。イヴァリーズの現状すべての情報を知ることができる立場の大貴族、ベオルブ家の当主として、自分が見ている景色を眺めながらそう思わずにはいられないのだ。

 

 屋敷内でも高所にある自分の部屋から見渡せる、イグーロスの街の大通り。

 先の戦争での敗戦以降、経済的に衰退を続けているイヴァリース国とは言え、名門中の名門であるラーグ公のお膝元は流石に豊かさを留めていて娯楽もある。庶民の暮らしぶりも他の地域と比べれば天国と地獄のようだと、他の町を知る者は口々に言ってくれる。

 

 ―――だが、それでさえ開戦前の賑わいと繁栄を比べ見れば、天上と泥のごとき天地の開きがあるほど見窄らしく落ちぶれた感しか、ダイスダーグの目には映りようがない。

 

「・・・・・・雨は、不快だ。人に嫌な記憶ばかりを思い起こさせる・・・」

 

 不意に、眉根を寄せて唇をゆがめ、不快そうな声と口調と言葉によって、彼は自分の今の感情を吐き出すように表へと排出して毒気を払う。

 

 吐き出した毒の微粒子に混ざり込むのは、過去の記憶―――五十年戦争の中での出来事。

 あの忌々しい負け戦さえなかったら、今のような惨状を誇るべき祖国にさせることなど絶対なかったはずだと、彼の無念と憎しみを雨は力尽くで思い出させてくる。そんな負の力があるように思われて、ダイスダーグは心底から不快にさせられるのである。

 

 ―――雨水に濡れ、泥を被り、血反吐がへばり付いた華麗な鎧甲冑を重く濡らし尽くして、ただただ足取りを遅くするしか役に立たなくさせてしまう不快な記憶の象徴。

 自分たちの軍から退路を断ち、進軍速度を遅らせて、あと半日降り始めるのが遅ければ放棄する必要がなかったはずの占領地から撤退して逃げ帰ってくるしかなかった敗走の記憶と屈辱を、彼は一秒たりとも忘れたことがない。決して忘れることなど出来はしない。

 

「・・・戦で荒れた田畑は実りが少なく、領地内で実効支配できている地域は首都周辺の一部のみ。

 かつて偉大だったイヴァリース王家の権威など、もはや何処にも残ってはおるまい」

 

 彼はそう呟き、窓の外に広がる灰色の雲で祖国を覆った暗雲を睨み付ける。

 ・・・本来、あの戦争は勝てる戦であるはずだったのだ。

 オルダリーアの支配を嫌ったゼラモニアの意思を受けて宣戦を布告したデナムンダⅡ世陛下が遠征の途上で病に倒れることさえなければ、あのまま自分たちイヴァリース軍は喉元まで手をかけつつあった敵国首都ブラまで一挙に進軍して城下の盟を布くことも十分に可能な戦況だったはずだ。

 

 否、たしかにデナムンダⅡ世陛下の病没によって最初の遠征が失敗に終わったことは痛恨事であったが、それでも挽回は可能だったはずだ。

 王位を継いでロマンダ・オルダーリア両軍と渡り合った勇敢なる国王デナムンダⅣ世陛下がご健在であるならば、オルダーリア如きに屈辱的な事実上の降伏でしかない和平交渉などする必要はなかったはずなのに・・・・・・。

 

 

「――改革が必要なのだ。

 衰退の事実を認めることなく、古き領地に固執し続け、痩せこけた土地すら手放そうとしない愚か者どもを一掃し、既に死に体となったこの国を今一度、偉大だった時代に戻すためには生まれ変わらせるより他に道はない」

 

 

 そう、彼は断言する。それが彼がこの景色から眺め続けた末での結論だったからである。

 維持できる分だけを残し、守れぬ部分は全て切り捨てる。旧来から自分たちの物だった土地全てを維持することは出来なくなった今では、そうするしかない。

 今のイヴァリースには必要な切り捨て策を、今までの体制に凝り固まった古臭い血だけしか取り柄がない老害貴族共には取れなかったことが現状の衰退を招いた一番の原因。

 安全な宮廷に居ながらにして戦争を起こす無能な門閥貴族共には期待できない。ならばそれが出来るのは、自分たち前線で屈辱的な敗戦と撤退とを経験してきた武門貴族以外にはいないではないか…っ。

 

 

 …彼は、忘れることが出来ない。

 あの戦いで祖国の勝利を信じて出征し、父の指揮の下で連戦連勝を続けて帰国してきた自分たちが見た光り輝く舞踏会を。戦意高揚の凱旋パレードを。宮廷で煌びやかなドレスに身を包んだ美姫と踊る社交パーティーを。・・・彼は決して忘れることなど出来はしない。

 かつて偉大だったこの国はもはや、先祖の勇名に泥を塗ることしか出来ない無能者どもに支配された三流国家へと成り下がってしまっている。

 

 勇敢な王だった、二人のデナムンダ陛下と違って、今のオムドリア三世は暗愚の極みであり、イヴァリース王家の血を引いている以外に何の取り柄もない出涸らしでしかない。

 もともとお二人の兄君方がご存命であったなら、王位など手に入るはずもない王位継承権などないも同然のスペアでしかない栄光ある王家の居候。

 

 そんな輩でさえ、尊い血を引いているだけで王になれるのだ。

 なら我ら、武門の頭領たるベオルブ家が、あの戦争で国を守るために犠牲と努力を払ってきた我らが王となり、改革と復興の担い手となったところで何の問題があろうというのかーー

 

 

「誰かが変えなければ、この国は滅びを免れることは出来ぬ。そしてそれは、戦争を敗北へと導いた宮廷育ちの廷臣どもには不可能な話。宮廷に人材はおらぬ。

 とすれば、我らベオルブ家がやるしかないではないか・・・・・・」

 

 そこまで言い切った後、ダイスダーグは僅かに躊躇いを覚え、続きを口にすることに迷信じみた恐怖心を感じて、其れを感じてしまった自分自身への怯懦な心を振り払うが如く、強い口調で続きを口にして柳眉を逆立て怒りを露わにする。

 

「・・・共に歩んでくれればよかったのだ、父上・・・。

 そうすれば私も、父殺しの簒奪になど手を出さずに済んでいたものを―――」

 

 彼の胸に去来する、過去の記憶。

 それは自分の訴えを何度耳にしても聞き入れることなく、ただ「ベオルブ家は王家に仕え、騎士の模範として在り続ければ其れでよい」と同じ言葉を繰り返し続けた頑迷なる父と、最期に交わすことになってしまった“あの日”の記憶。

 

 ラムザが到着する前、僅かな時間だけ寝たきりになった父と二人きりになったときに告げられた例の言葉。

 父の死後、数年が経過した今も忘れることが出来ずに留まり続けている、不快極まりない老人の繰り言と断じてきた諫言。

 

 

「・・・ラムザは、父上に似ている・・・」

 

 不意に、彼は独り言の話題を変えた。

 珍しいことだった。否、それ以前に彼が独り言を言い続けること自体が、希有と言うよりほとんど奇跡に近い希少性を持ってしか起こらないはずの異常な事態。

 あるいは彼にも、高ぶりがあったのやもしれない。長年、用意周到に積み重ねてきた雌伏の時を終え、遂に偉大なる祖国を自分の手で再生させる第一歩目を記し、最初の一幕目を終えようとしているのだ。彼をして興奮するなという方が無理なのかもしれなかった。

 

「ザルバッグは、ベオルブ家の名誉を穢すおこないは決してできぬ。名誉ある役目のみを与えておけば味方として留め続けることができるだろう。

 ・・・・・・だが、ラムザが父上に似ていることだけは厄介だ・・・」

 

 自分にとって尊敬できる対象だった父。幼い頃には目標として憧れて、騎士の目指すべき理想として背中を追い続け。・・・やがて袂を分かった存在。

 次弟と並んで、最も身近で見てきた相手だからこそ解るのだ。父に似ている、天騎士バルバネス・ベオルブに似ていると言うだけの理由で・・・・・・ラムザは自分の目論みに賛同することは決してないだろうという、未来予想図が・・・・・・。

 

「・・・ラムダは、はたしてどちらに付く・・・?」

 

 そして最後に思い出した対象。ベオルブ家の長女にして、ラムザと年の近い腹違いの妹ラムダ・ベオルブ。

 一番下の妹であるアルマが政治的な面だけでなく、能力的にも何ら障害にならなければ敵になり得るほど大した力を持ってもいないことから“警戒しなければいけない可能性”という評価基準で見られていないことを考慮するなら、ベオルブ家中で最も判定が曖昧にならざるを得ない少女騎士。

 

 彼女に対してダイスダーグは、特に悪感情を持ったことはない。言われたことをよく理解し、兄たちの意図を汲んで動くことも出来、指示される前からやるべき事を理解している賢い妹だと、かわいく思う気持ちもある。

 

 ・・・・・・だが、どこか彼女には完全な信が置けないところをダイスダーグは本能的に感じ取っていた。

 それは疑惑と呼べるほど確かなものではなく、単なる疑心暗鬼で終わってくれるならそれに越したことはない程度の不安。

 

 別に好きこのんで身内の処理を望むほど、残忍な性格になった覚えもない以上、できることなら家族とは敵対することなく革命と改革とを同時に推し進めたいものだが、果たして―――

 

 

 そう思っていたときのことだった。

 扉の向こう側から「トン、トン」と。軽くノックをする音が響いてきたのは。

 

 

「・・・誰か」

『私でございます、ダイスダーグ様。おくつろぎのところを、申し訳ございません』

 

 聞き慣れた老人の声と言葉に、ダイスダーグは意識と視線を扉へと向けた。

 ベオルブ家に長年仕え続けた家令の老人である。ダイスダーグを幼い頃から世話してきてもらった間柄であり、滅多なことでは他人を信じようとはしない彼も、この信頼に値する老執事だけには多くの私事を任せ、留守の間の館の情報は全て彼が担っていると言っても過言ではない。

 

「・・・何事かあったか?」

『火急の知らせに御座います。手の者が三人、やられました。どうやら賊が、この館に向かっておるようです。至急、戦支度をお召し下さいませ』

「・・・あいわかった。すぐに参る」

 

 短く返して、余計な動きなど含ませずにダイスダーグは、キビキビとした歩き方で扉の方へと近づいてゆく。

 そこには一本の剣が、壁に絵画の代わりのようにして飾られている。

 

 【ディフェンダー】

 古代の魔法文字を彫り込ませることで神秘の力を宿した騎士剣だ。

 宝石がはめ込まれた丸い柄頭が特徴的な逸品で、その希少性と相まって芸術刀としての価値は驚くほど高く、それ故に普段は部屋の飾りとして威光を放たせてある北天騎士団では一本だけしか保有していない極めて貴重な宝物。

 

 ・・・・・・だが元来、伝家の宝刀とは抜かれるときのために鍛え上げられた武器のことを指して呼ぶ。

 いざという時、他の何者よりも切れ味鋭く、敵を切り裂くことができぬのであれば、どれほど希少性の高い宝剣もナマクラよりも安っぽい主を守る役には立たぬゴミに成り下がる存在。

 

『・・・ダイスダーグ様! 敵が参りました! お早くッ!!』

「今、行く」

 

 扉の外から聞こえる声に合わせて、数瞬早く、そして遅れて、幾つかの怒号と破砕音と悲鳴と絶叫が、連続性を無視して不協和音のごとく飛び交い、醜悪な楽団が奏でる出来損ないの楽曲を響かせる音を耳にして、ダイスダーグは鎧を着る間も惜しんで剣だけを握りしめて扉の前に立つ。

 

『ダイスダーグ様・・・っ』

「うむ」

 

 切羽詰まった声で、主の身を案じる信頼厚い老執事の声を聞き、ダイスダーグは扉のドアノブに手をかけて、外側へと一気に押し開く。

 

 そして。

 

 

「―――ぐほハッ!?」

 

 

 悲鳴と血反吐と、刃が肉を切り裂き内蔵までもを突き破られる耳障りな音を轟かせ・・・・・・ダイスダーグを騙し討ちした男の一撃は、“無言のままの相手”に自分だけが全ての楽曲を演奏させられる役目を負わされるだけで終わって・・・・・・そのまま彼の人生も終わりを告げられ死んで逝った。

 

『な、なにッ!? なんだとッ!!』

「・・・随分と、我が屋敷の家令も侮られたものだ・・・」

 

 肩をすくめながらダイスダーグは、今し方自分が手にかけた男の死体を冷然と見下ろし。

 その横で倒れたままピクリとも動かぬ、生きてはいるが死んで逝こうとしていた者より動きが少ない、信頼する老執事が目を開けたまま眠り続ける姿を見つけて独白する。

 

「・・・アンデット化によるものか、あるいは薬物か。もしくは話術士にたぶらかせでもしたのかまでは分からぬが・・・・・・臣下の貢献には報いるのが主の勤めなのでな。罪人として皆殺しにされてもらうぞ。

 納得はしなくてよい、ただ皆死ね。無礼者ども」

『ヒッ!?』

 

 相手の細い体から噴き出された殺気に当てられ、途中参加の者が多かった骸騎士ゴラグロス率いるベオルブ邸への奇襲部隊は態勢が乱され、恐怖心から一歩退く者たちばかりの臆病者の群れと化す。

 

 もともと五十年戦争で勇名をはせた歴戦の騎士という称号は、骸騎士団だけの専売特許ではない。

 同じ戦場、同じ戦争で、ダイスダーグも共に戦い、共に勝利、同じ敗北を味合わされ、大半の骸騎士よりも多くの敵の命を奪ってきたのだ。

 ウィーグラフならいざ知らず、たかが平民出の下級騎士如きに後れをとるほど柔な鍛え方は、戦後の事務仕事が多くなった生活の中でもしてきた覚えは一度もない。

 

 殺戮が、始まった。

 数で圧倒的に上回っているはずの骸旅団たちを、ダイスダーグはたった一人で相手取り、一方的に翻弄しながら一人、また一人と確実に敵を仕留めてゆく。

 

「ひ、退け! いや、距離を保て! 弓兵隊、放てぇーっ!!」

 

 隊長格らしき男が部下たちに命じる声が廊下に響く。

 遅ればせながら、ダイスダーグの有利さと、自分たちにとっての不利な地形に気づいたようだった。

 

 狭く長い廊下の中で、襲撃者側がいくら剣を振り回そうとも、互いが互いの攻撃に当たらぬよう廊下の横幅までの人員しか投入することができずに、結局は数の差を活かすことができていない。

 むしろ、廊下の幅いっぱいに弓兵隊を並べて一斉に放たせた方が、敵に近づかれることなく蜂の巣のようにして殺せる分、効率的でよい戦術なのだと、この隊長はようやくその事実に気づいたようだった。

 

 だが、しかし。

 

「愚かな・・・」

 

 ダイスダーグは敵の愚かすぎる命令を耳にして、言葉に出して短く侮蔑し、心の中では激しく見下していた。

 彼は、そのまま退くことも逃げることもしようとはせず、ただ真っ直ぐに前に出て隊長格の男の前に配置されていた弓使いどもの方へと全速力で急速接近してくるのみ・・・!

 

『なんだと!? 気でも狂ったのか! ええい、構わん! 殺ってしまえ! 放てぇー!』

 

 己の常識では計ることのできない相手に対する恐怖が多分に混じりあわされた射放命令。

 その声に合わせて、怯えながらではあっても一斉に放たれて、ダイスダーグへと向かっていく矢の軍勢。

 

 ・・・・・・しかし。

 

『ば、バカな! そんなバカな!? ヤツは神話に出てくる化け物かなにかなのか!?』

「・・・ふん」

 

 自分に向かって飛来してきた矢の群れの内、体捌きで躱してなお、致命傷は避けられない数本だけを『素手で【キャッチ】し』掴み取った敵の矢を適当な場所へと投げ捨てて接近を再開するダイスダーグ。

 

 弓矢隊で仕留めるために陣形を変えてしまったまま戻すことができず、必勝のはずの弓矢を素手で捕まれて防がれるという神業に度肝を抜かれた骸旅団に、北天騎士団を率いる頭領一族の長男とまともな戦いとなれる者など一人も残っているわけもない。

 

 程なく全滅させられ、一人残らず皆殺しにされるという大損害を被らされながら、自分たちが敵に与えた戦果はといえば体の各所に矢が掠めたことで血を流している、見た目だけなら出血多量のように見えなくもない負傷した姿。それだけをダイスダーグに晒させることができた。それだけだった。

 

「・・・つまらんな。所詮は武装しただけの平民の群れか・・・大事の前の錆落としにもならん」

 

 心底からそう思っているらしい声と口調でそう言い切った後、剣を大きく振って血を払い、鞘に収めてから・・・・・・背後を振り返る。

 

 そこには先ほど自分を謀るために利用された老執事の死に顔があった。

 また一人、自分たち偉大なる祖国を守り続けてきた者たちの一人が減ってしまった。殺されたのだ。敵国の勇者相手の決闘ですらない、平民如きの卑劣な手にかかって――。

 

「・・・・・・うっ!?」

 

 だが、そこで初めてダイスダーグは蹈鞴を踏んで、膝をついた。

 立ち眩みがし、目の前がよく見えなくなり、意識が朦朧としてきて立っているのがやっとの状態。

 まるで“風邪によく似た症状”と全く同じ其れは―――

 

「モスフングスの胞子から抽出した・・・毒か・・・・・・っ!!」

 

 心からの憎悪と怒りを込めて彼は呟き捨てていた。

 かつて彼が、国を救うためにやむを得ずとった手段を、今度は自分を殺すために『国を救うためには必要』と信じて用いてくる愚か者共がいたのだ。

 

「……父上ッ!」

 

 彼はそこに、父の遺志を見た。見てしまった。

 それは毒で頭をやられ、頭痛により弱まっていた思考力が雨という天気と先刻まで考えていた懊悩の記憶とを整理するため一時的に陥らされただけの錯覚だったのかもしれない。

 だが常ならば弱者の戯言と断ずる迷信じみた発想を、この時の彼だけは笑い飛ばすことが出来なかった。

 何故かは解らぬ。父殺しの所業に内心で罪悪感を抱いていたからかもしれない。押さえてきた感情が一時に爆発する切っ掛けを与えられ、毒で抑えが利かなくなっただけかもしれない。

 

 精神面で生じた疑惑に対する彼の出した答えが正答か否か分からない。

 だが、今の肉体が負わされた体調悪化の原因予測だけは確かな正鵠を得ていた。

 

 今まで自分が食らってきた鏃の全てに同じ毒が塗ってあったことを確信する。

 ・・・いや、それでも足りない。あの毒は中毒性が弱く、ただ体に掠らせただけでは幾ら数が多くとも、これほど短時間で効果が出せる毒ではな―――待て。

 

「まさかコヤツら・・・・・・全員か!? 全員が中毒状態にされた体で捨て駒として使い捨ててきたというのか・・・!?」

 

 彼が愕然としながら行った予測を肯定するかの如く、遠くの方から複数の足音と、野太い男の声による事情を知っていなければできない指示が響いてくるのを薄れゆく意識の中で彼は確かに耳にする。

 

「今ならダイスダーグは満足に動けん! 全員かかりで殺せ! 絶対に生かすな! こいつを殺せなければ俺たちに未来はない!!」

「く・・・っ!」

 

 震える足に力を込め、痛む頭にまだ眠るなと厳命し、力尽くで自分の体を立ち上がらせて剣を握らせ、ザルバッグが救援に駆けつけてくるまでの時間を稼いでみせると決意を心に抱きながら立ち上がる。

 モスフングスの毒に犯され尽くした死体から、血とともに流れ出し続けて血煙と共に充満した毒素に塗れながらダイスダーグは死戦する。

 

 やがて遠くから「兄上ーっ!!」という怒号が聞こえてきたことで安心し、気を緩めた瞬間に不覚にも意識を失ってしまい、命惜しさに自分へ止めを刺すより逃げ出す方を優先した賊どもの頭目に追撃の刃を振るうこともできずに眠りにつき、しばらくの間気を失うことになる。

 

 気を失っていたのは、そう長い時間ではない。

 せいぜい1分か2分の短時間でしかなかったが、彼の脳裏が記憶を整理していく作業の中で、過去のあの時の出来事が記憶の図書館から引きずり出されて閲覧させられていた時間は、彼にとって短いと感じれるものでは全くないものでもあったのだ。

 

 

 

『他人の力を借りなければ戦もできぬ王! それが今のイヴァリース王家の実態です!

 力を持つ者に、持たざる者は支配される・・・その事実は今のイヴァリースが示している!

 かつて力を有していた王家も、今では墜ちるところまで墜ちてしまいました!

 ならば我ら力ある武門の頭領ベオルブ家が王家に取って代わるのが当然の流れ!

 何故それを理解してくださらないのです!? 父上ッ!!』

 

 

 自分が亡き父に対して、決起と翻意を促す声が延々と終わることなく流れ続けている。

 全ての騎士たちに頂点に立つ、騎士の模範とも呼ぶべき【天騎士バルバネス・ベオルブ】が挙兵したとなれば、革命と改革の成功率も効率も大いに上がるのは間違いなかったのだから。

 

 ・・・・・・だが父は、ただ黙って首を振るばかりで自分が主張する正しい世の見方に賛同してくれることは一度もなかった。

 

 

 

『・・・ダイスダーグよ。我が自慢の長男よ。お前が私に怒りを抱く気持ちは分かる。ベオルブ家が欲しいというなら、お前にやろう。

 だが、せめて最後に一つだけ、死に逝く父との約束を守ってはくれまいか・・・?』

 

 

 舞台が変わり、二人きりとなった十年前のベオルブ邸で、まるで自分が息子に殺されるのを予期していたかのような言葉で自分に語りかけてきた青ざめた父の死に顔に、相手よりさらに青ざめさせられた顔色を浮かべて恐怖する自分の顔が見えてくる。

 

 

『ダイスダーグよ、お前はできた子だ。出来ぬことなどない。理を知り情を操る術を知り、そして利発だ。

 お前が自分より遙かに劣るオムドリア陛下よりも、自らが王位には相応しいと確信する理屈も理解できる』

 

 

『だがな、ダイスダーグよ。お前には・・・いや、ベオルブ家にはたった一つだけ、オムドリア陛下よりも欠けているものがあるのだ。それを認められぬ限り、お前は決して王にはなれぬ。

 ダイスダーグよ、ベオルブ家当主の座を継ぐのはよい。ラーグ公の側近として宮廷政治に進出したいと望むなら止める理由をワシは持たない。お前ならば凡百の廷臣たちより余程うまく国を動かしていくことも出来るだろう。

 ・・・だが決して王位だけは望むな、ダイスダーグよ・・・。お前がそれを望んでしまえば、必ずやそれが、お前自身を滅ぼす最初の一滴目になる。そうなることしかできんのだ・・・我らベオルブ家にはどうしても・・・・・・王位だけは望むことは・・・・・・絶対に・・・・・・』

 

 

 

 ―――そう、この言葉だ。この言葉が気になり、自分の王に足りない部分は何なのかと考え続け、あらゆる努力を積み重ねながら自分はあの頃より遙かに成長した。

 強さも権力も度量も率いる兵の数も全て、当時とは比較にならぬほど強力になった。

 

 今の自分ならば確実に王になる資格を持っている。

 暗愚なオムドリアよりも国を良くすることが自分にならば間違いなく出来る。

 事実として、ベオルブ家もラーグ家家臣団への差配も、イグーロスの領地運営もすべて。

 自分が担っているのだ。自分が民たちの生活とイグーロスの現状を維持しているのだ。他の者には出来なかった。

 ましてラーグやオムドリアなど、家柄だけを理由に他の貴族たちから敬意を払われ、自分では何もしようとはしないまま、ただただ自分がもたらしてやった成果だけを咀嚼して、美味しいところだけ持って行きたがる貴族の風上にも置けぬ無能の極みでしかないではないか。

 

 

 ―――だというのに、まだ私が王につくのを否定するのか!?

 まだ私に従う立場に立たされるのを拒絶するつもりなのか!?

 

 すでに事実上、貴様らを支配しているのは私なのだ! ラーグはただの傀儡でしかない! 実質的に支配者の地位を有しているのは既に私なのだ!

 

 実質に形式を伴わせる、只それだけのことが何故納得できないのだ!? 何故受け入れられないのだ!? まだ私には足りない部分があるというのか!?

 

 

 ――おそらくは、そうなのだろう。

 事実として此度の襲撃で不覚をとり、自分は負傷し、勝てるはずの相手に深手を負わされる醜態を晒してしまった。力ある支配者として不適格と言われても仕方があるまい。

 

 なればこそ、より自分に厳しくあたるようにならなければならない。

 自分にはまだ“甘さ”があったのだ。だから今回のような不手際を招くことになったのだ。

 

 自分はもっと強くならなければいけない。甘さなどという弱さは、強さにとって邪魔者でしかない。

 王になるためには、王として相応しいと万人に認められるためには。

 今より強い力を。もっともっと力を。

 王になるために。王に相応しい人間になるために。王に相応しいと誰からも認められる偉大な人間になるために。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――――

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・これは伝説の英雄にまつわる人物の異説の話だ。

 英雄になれたかもしれない男の話。

 英雄になれたかもしれなかったが、“なれなかった男”にまつわる反神話。

 

 人として真の勇気をラムザ・ベオルブから学ぼうとする者たちは留意せねばならない。

 正しさを学ぼうとする者は、等しく間違いについても学ばなければならないという事実を。

 

 ダイスダーグ・ベオルブが目的のために被り続けた、氷の如き冷徹の仮面。

 その下に隠され続けた憤怒の心。

 それは、今を生きる我々全ての人々が被り、隠しているものなのかもしれないのだから。

 

 

 人は何故、どこで間違えるのか?

 それを理解せぬ者に、真実を求める人の心を理解できることはない・・・・・・

 

 

 

     【評伝ダイスダーグ・ベオルブ~戦犯の犯した真実を探す再評価の旅~】

                         著者アラズラム・デュライ




*今作におけるダイスダーグの思想設定の説明を追記しておきました。

今作におけるダイスダークの目的は【ベオルブ家がイヴァリースの頂点に立つこと“ではなく”】【自分自身がイヴァリース王になること】とする作者なりにダイスダーグの行動を総まとめした評価を基準としたものとなってます。

理由は、「そもそも彼のやり方でどうやってベオルブ家がイヴァリースを支配できる立場になれるのか?」という疑問点によるもの。

ディリータの場合は、あくまでオヴェリア王女を主君をして仰いで、自分は部下として戦乱を終結させた一番の功労者として女王と結婚。王家の仲間入りした後、自分とオヴェリアとの間に生まれた男児が即位してから事実上のハイラル王朝が始まる流れができあがる。

これに対してダイスダーグの場合だと獅子戦争に勝利してオリナス王子を正式に王にした後、ラーグ公最大の側近として妹の王妃ルーヴェリアの息子に、アルマ(今作だとラムダでも可)を嫁がせて王妃の叔父となり、王妃の実家として第二のゴルターナ公の地位を手に入れる。
その後、アルマ(もしくはラムダ)との間に生まれたオリナス王子の子供が即位することで事実上のベオルブ家支配によるイヴァリース体制が誕生できる。

ですが、その頃には自分は爺さん。
なにより王妃の叔父で、新王の祖父ではあっても、自分自身が王にはなれない。

だからこそ、あんな途中から支離滅裂になってきた手段を取るようになったんじゃないのかなーと、推測した次第です。

ぶっちゃけ、ラーグ公の側近で戦功があったってだけで、王家と血のつながりが殆ど無いベオルブ家が無理やり王の座を手に入れちゃうと他の家臣や、オルダリーアとも血縁あるっぽいので介入する口実与えかねませんのでね。

第二のゼラモニアとして、第二次五十年戦争勃発させるだけの暴挙ではないかと推測して見たので、たぶん願望で目が曇っていたのではないのかなーと。そういうオリ設定ッス。

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