平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス 作:ひきがやもとまち
今回の内容は【草笛】です。
久しぶり過ぎて勝手が掴めなかったのか、原作だと短いシーンに文字数かけ過ぎたので1話分扱いになっちゃいました。
私の悪い癖です、次から今話よりもっと気を付けなきゃいけませんね。努力します。
――大空を行く鳥が、何者にも縛られない自由な存在ではないのだと知ったのは、いつからだったろうか。
天空を司る神の気まぐれによって起こされると言われる嵐一つで、為す術もなく地に落ちることしかできない制限された自由しか持たぬ哀れな存在。
・・・だが今の俺には、限られた自由しか与えられていない鳥たちが心底羨ましくて仕方がなかった。
たとえ空高く飛び上がったからこそ、墜落死する末路を辿る運命をも背負うことになろうとも、あらゆる国も国境も如何なる城壁さえも気にすることなく、行きたいところへ飛んでいくことを許された鳥を。自らの意思で飛び立った先で死ぬ自由を与えられた鳥を。
羨望の思いを込めて見上げ続けて待つことしか出来ない、今の無力な俺には何よりも自由な存在に思えて仕方がなかったんだ・・・。
逸る想いを誤魔化すために空を見上げ、焦る気持ちを抑えつけるように足を抱え――自分の内側から擡げはじめた鎌首のように邪悪な感情から目を逸らしたくて綺麗な夕暮れを見ていたいだけのように。
俺はただただ黄昏が迫った空を見上げて、その向こうで助けを待っているティータのことだけを考えていた。本当に、それだけだったんだ。“この時には、まだ”本当に・・・・・・。
昼頃にアルガスを出し抜いてイグーロス城を出立し、準備を整えていた仲間たちと共に数刻の内にマンダリア平原まで到達していた俺やラムザたち兄妹を含めた士官候補生の一団が足を止め、ただボンヤリと空を見上げて時間が無為に過ぎるのを待っていたのには理由がある。
「――兄様たちを迎えに行く途中で聞いた情報によれば現在、骸旅団殲滅作戦は最終段階に入っているそうでしてね。
旅団が立てこもっているジークデン砦が置かれた山を中心に、ガリランドを後方拠点として北天騎士団が山へと攻め込む突入部隊を勤め、その外側を各貴族たち率いる援軍の騎士団がグルリと囲んで完全包囲を敷き、一人の逃走者も逃さぬ構えのようです」
昼過ぎに平原へと到着した直後にラムダが語ってくれた、最新情報に基づく戦況情報が記憶の中から思い出される。
敵がこもる山を包囲するといえば雄壮だが、現実に自然の山々を人間の軍勢が包囲するとなれば途轍もない数の兵力が必要となる。今のイヴァリースに残る戦力では到底不可能な作戦だろう。
だが一方で、山から出て村落へと続いている街道や平原などは見晴らしがよく、要所要所を固めて出入り口を塞いでしまえば、何処かへ落ち延びようとしている骸旅団の敗残兵たちを最後の一人まで殺し尽くすことは必ずしも不可能な話ではなかった。
北天騎士団の突撃によって防御の兵たちを蹴散らしながら進軍を続け、仕留め損ねたり敵前逃亡した兵たちは逃げようとした先で待ち構えていた各貴族軍の騎士団によって補足殲滅させていく。
そこまで逃げ延びられた時点で、数が激減している部隊しか残っていない以上、外側の騎士団は層を薄くして、監視網を広く取ることが可能になる。
さすがに先代のデナムンダⅣ世から『イヴァリースの守護神』と絶賛されたザルバッグ卿の用兵だ。奇抜さはなくても堅実で、隙もまたない。
「この中でガリランドの外に陣を敷いている北天騎士団は、包囲の内側から逃げ出す者には目を光らせてるでしょうけど、外から入ってくる者には警戒心が薄くなっているはずです。
・・・ただテッドさんが情報を持ち帰ってくれた山への侵入経路の中で、最も近道である一本を使うにはガリランドのすぐ側を通過しなければなりません。
せっかくアルガスさんたちを出し抜いて、ティータさんを私たち以外の誰かに害されるより早く到達できるかもしれない立場を手に入れた今、私たちの動きを味方に気取られるのは面白くない。
――ですので、ディリータさんには悪いですけど、夜まで待って闇に紛れて侵入するのが一番だと私的には思っているのですが・・・・・・」
理路整然とおこなっていた説明の最後の部分だけ、伺うような視線と口調でオレたちの顔を見つめながら言ってきた、親友の妹の普段は見せない心許なげな表情は強く心に刻まれ消えてくれそうになかった。
・・・・・・俺はそんなにも、ヒドい顔をしてしまっていたのか・・・・・・と、アイツの話を聞かされた直後に自分が示したのだろう反応を想像して自己嫌悪を感じずにはいられなかったからだ・・・・・・。
他の騎士団だったなら、俺たちの顔を見知った者は少なく、今の時点での出発も可能だったかもしれない。
だが、最初の目的地であるレナリア台地に陣を敷いているのは北天騎士団なのだ。
代々“ベオルブ家が”頭領を務めてきたイヴァリース最強騎士団の一つ・・・。
兵たちの中には、ラムザやラムダたちベオルブ家の兄妹を知っている者がいる可能性は低くない。
あるいは、“平民出身の俺だけ”なら、知らないヤツの方が多いかもしれないが・・・。
「・・・ラムダ、僕たちが夜まで待って隊の主力を連れて侵入して、ディリータたち目立たない少数の者だけを先行して向かわせるという手はダメなのかい?
先に道を確認して偵察しておく部隊も必要だと思うけど・・・」
俺に気遣いの視線を向けながらラムザが行ってくれた提案は、そんな俺の鬱屈した感情に気づいて気遣ってくれた故でのものだったのだろうと思う。
だが結果として、その提案内容が俺の悩みを更に深い場所へと落とし込んでいくことになる。
それはラムザの提案を聞かされて、親友の妹は先の時より申し訳なさそうな表情になり、言い辛そうな口調で兄の質問に答えを返したことで生じた新たな問題点への気づきがあったからだ。
「その案は私も考えたのですが・・・・・・ティータさんを話し合いで返してもらうにせよ、力づくで奪還するにせよ戦況から見て、その前段階では交渉せざるをえないと予測されます。
そうなった時に、もしディリータさんたちだけでティータさんを連れた敵部隊を見つけても、相手は話を聞いてくれない可能性が高いと思われるのです。
こういうのは、約束を交わした相手が信用できる人柄かどうかではなく、言った言葉を実行可能かどうかが重要な問題ですので・・・・・・残念ながら骸旅団の人たちにとってディリータさんからの提案はあまり、その・・・・・・」
・・・・・・その返答を聞かされた時のラムザの表情は、後になれば物笑いの種として一生のネタになれる程のものだった。「やぶ蛇だった」とタイトルをつけ、額縁に飾っておきたいほどに。
“ハッピーエンドで終わる事ができた後”なら、きっとそういう思い出話の一つにできたはずの表情だったんだ。おそらくは、“今の俺自身の表情”と同じように――。
いったい今の俺は、どんな表情を浮かべて、どんな顔をしているのだろうか・・・?
一刻も早くティータを救い出しにいきたい思いに、鎖となって足止めしているのは“貴族であるベオルブ家の親友たち”がいるのが原因だった。
だが、ティータを救うためには貴族であるベオルブ家の二人が必要で、平民である俺だけがティータの元まで辿り着いても妹を帰してもらえる手段を俺自身が持てていない。
いや、そもそもベオルブ家の娘と勘違いされたことでティータは浚われ、貴族と関わり合ったからこそティータに身の危険が迫っている今がある。
・・・・・・しかし、俺たち兄妹が親を失って孤児となった時、バルバネス様が俺たち二人をベオルブ家に迎え入れてくれなかったなら、俺たちの人生はあの時点で既に終わりを迎えていたはずなのも事実だったんだ・・・。
ティータが危険に晒され、俺たちが助けに向かっている今の危機的状況は、あの時にティータと俺が“野垂れ死ぬことがなかった結果”として苦しめられている現在に至れてる・・・。
貴族のせいで、こうなっている。
貴族のお陰で、こうなるまで生きてこれた。
その二つともが事実なんだと自覚させられた俺は、混乱する心を抱えて“どっちの道を選べばいいのか?”と自分自身に問いかけながら、動くことが出来ずにいる自分を抱え込んだ姿勢で、ただただ太陽が沈んでいき夜に変わろうとしている夕暮れの空を見上げ続けることしか出来なかったから・・・・・・。
「――ディリータ、こんな所にいたのかい?」
「ラムザ・・・・・・」
声をかけられ振り返ると、幼い頃からの親友が、あの頃と同じように自信なさげで、だが優しそうな顔立ちに心配そうな表情を貼り付けながら、俺の元へ歩み寄ってくる姿が目に映っていた。
「みんなの出発準備が整ったから、陽が落ちて町に明かりが灯り出すのを見計らって出発しようってことになった。それで君を呼んできてくれって頼まれたんだ」
「・・・そうか」
それだけ言って顔を背けると、俺は再び夕日を見る行為に戻ってくる。・・・・・・今はラムザの顔が直視できる自信がなかったんだ。
貴族として生まれた、貴族らしくないお人好しの親友の顔を直視して、俺はコイツに酷い言葉を言わないでいられる自信が・・・・・・今だけは・・・ない。
「――綺麗だな」
だから代わりに、俺は別の本心から来る言葉を、ラムザに向かって素直に告げた。
綺麗だ、と。
この綺麗な景色を称える綺麗な言葉が、俺にとって本心の全てであってほしいと心のどこかで叫んでいる声が、小さくなっていくのを自覚しないためにも・・・・・・。
俺は、今だけは、現実の状況よりも、この綺麗な景色だけを見ていたいと本心から願っていたのは事実だったから――。
「ティータもどこかで、この夕日を見ているのかな・・・」
そう続けた自分の言葉でさえ、今は心に冷たい風の一吹きを感じさせる部分があるのを俺は感じる。
ティータは今、この夕日を見ているのか? 見ることは出来ているのか?
それとも――見ることさえ出来ない場所に、連れて行かれてしまった後なんじゃないか・・・って。
「大丈夫だよ、ティータは無事さ。そして僕たちが必ず救い出す」
そんな考えに心が囚われつつあった今の俺にとって、ラムザの放つ優しくはあっても根拠のない気遣いの言葉は虚しく響いて聞こえ、心遣いに感謝の気持ちは沸いてきても胸の奥底から膨れ上がり始めた別の感情を覆い尽くすまでには至ってくれない。悪意の呟きを抑えることができない。
「・・・・・・違和感は感じていたさ。ずっと前からな――」
「アルガスの言ったことを気にしてるのか・・・?」
俺の呟きにラムザが反応して、俺はゆっくりと首を振って答えを返す。
“横に”首を振った答えを・・・。
「アルガスだけじゃないさ。アルガスと出会う前からずっと、色んな人たちと話す度に、向けられる視線の意味に気づく度に、ずっと感じてきてたことで、ずっと周囲から感じさせられてきたことでもあった。
どんなに頑張っても、覆せないものがあるんだな・・・・・・って」
そう、アルガスが言った言葉は、切っ掛けに過ぎない代物だった。
自分自身が蓋をして、見ないようにしてきた思いが膨れ上がってきていた俺自身の内面にあるものを見るための、ただの切っ掛け。
たとえアルガスが言わなくても、別の誰かが俺に向かって言う時が来たであろう言葉。それをアイツがたまたま順番が回ってきたから言っただけに過ぎない、俺自身の内側にあるものを見つめる切っ掛けにしか・・・。
「そんなこと言うなよ。努力すれば夢はきっと――」
「努力すれば――だと?」
そして、だからこそ今の俺は揺れており、ラムザが放った言葉を聞かされて、我慢することが出来なかったんだと思う。
「努力すれば、平民でも将軍になれるのか?
賊に浚われ、救出のため捜索隊を出してもらい、身代金を貴族たちから出してもらえるような将軍に」
俺の言葉にラムザが、ハッとした表情になって黙り込むのを、俺は無感情にただ眺めていた。
頭の良さを過小評価されてるだけの親友はとうぜん気づいたんだろう。俺が『エルムドア侯爵』を引き合いに出したという事実に。
もし誘拐されて命の危険が迫っているのが、ベオルブ家の娘と間違えられたティータではなく、先に浚われていたエルムドア侯爵だったなら、ダイスダーグ卿も北天騎士団も譲歩と妥協をせざるを得なくなっていたはずだった。
そういう権利と資格が、俺にはあるはずだった。
骸旅団に浚われたエルムドア侯爵が、今なお敵に捕らわれたままだったなら、ティータが誘拐される必要なんてなかったはずだからだ。
言うなればティータは、解放されたエルムドア侯爵の身代わりとなって敵に捕まったようなものだ。
侯爵を救出した褒美として、敵に誘拐された妹を助け出してもらえない地位と権利を与えられる・・・・・・こんな不条理なことはない。
「この手でティータを助けたいのに、俺一人の力だけじゃ何もできやしない・・・。
それどころか俺のせいで妹を更に危険な目に遭わせかねないのが、今の俺の立場なんだ・・・」
一人では、なにも出来ない無力感。
やりたいことを、やりたい時に出来ない失望感。行きたい場所に、行きたい時に行くことが許されない閉塞感。
大貴族の侯爵を助けるためなら協力してくれた人たちが、救出に成功した俺の妹が浚われた時には冷たく対応される孤独感。
そんな立場を事実として実感させられる立場に立たされたからこそ、強く思う。思い知らされる。
「俺は・・・僕は・・・・・・“持たざる者”なんだ」
生まれ持たされていた“差”を、努力で埋めることは出来ない。
貴族として生まれなかった者が、努力して貴族になれたとしても、生まれついての貴族たちから仲間として扱われることはない。
持たざる者として生まれた者より、持つ者として生まれた者の方が上にあると決められている社会で生き続ける限り、持たざる者の側は一生“持つ者の都合”に振り回されて生きていくことしか許されない・・・・・・それが今の世の中なんだと、そう心の底から思い知らされたから・・・・・・。
そう言って、ラムザが黙り込み、俺も沈黙して風だけが凪がれていく。
そんな時だった。
「持つ者の娘として生まれたのに、結婚相手を選ぶ権利すら持たされてない者も、いるにはいるみたいですけどね」
『『!? ラムダ・・・っ』』
俺たち二人は異口同音に、同じ一人の少女の登場に驚かされて、同じ少女の名を呼んでいた。
ベオルブ家の血を引く直系の娘にして、ラムザの妹。
そして俺にとって、もう一人の幼なじみでもある少女騎士見習い、ラムダ・ベオルブ。
彼女は普段通り、俺たちの顔を等分に眺めやりながら、俺たち二人の間の距離の中間で、半歩下がった位置に立ち止まると、俺とラムザが先ほどまで見ていた夕日を俺たちと同じように眺めながら、いつもの様にいつもの如く、今までの話題とは関係ないものに見える情報の劇薬を突然の不意打ちで投じてくる。
「余計なことで心惑わすべきではないと、お二人には黙っていましたが・・・・・・実は盗賊の砦の討伐に出発する前、ダイスダーグ兄君様に呼び出されて告げられましてね。
“そろそろ準備を整えておく様に”――と。
まぁ、適齢期にもなりましたし、士官アカデミー卒業も近い。状況的にも丁度いい頃合いだということなのでしょう」
「ラムダ、それはどういう・・・・・・」
「この戦いが終わったら、政略結婚しろと言うことですよ兄様」
こういう事には疎いラムザが質問して、妹のラムダが平然と答えを返して驚愕し――そして俺自身さえも絶句させられる。
・・・ありえない事ではない話ではあったのだ。
ラムダは仮にもベオルブ家の血を引く娘で、ベオルブ家は大貴族の一員だ。北天騎士団の頭領一族と血縁になりたいと望む若い貴族家系などイヴァリース中に星の数ほどいることでもあるだろう。
・・・・・・だが何となく俺は、俺とラムザは、ラムダだけは例外だと考えてしまっていた事実に今更気づかされていた。
だって彼女は他の貴族令嬢と違って、強い女の子だったから。家の都合などに振り回されることなく、自分の気に入った相手しか認めない。
そんな傲慢だけど筋の通った、自分の意思を強く持って生きていく事ができる。そんな女の子だと思っていたから。
「お忘れかもしれませんけど、私も一応は貴族令嬢ですから、年頃になったら結婚して家同士の繋がりを強くする道具として使われる義務があるのです。
おそらくは、この戦いで功績を上げた有力騎士隊長の誰かと、論功行賞の褒美代わりにベオルブ家との親戚になる権利として与えられ、“次に来る戦いの戦力”として血の繋がりを持つ味方を確保するため嫁ぐことになるのではないでしょうか?
だから今回の戦いが、兄様たちと共に戦える最後の機会になるかもしれません」
「そんな・・・そんな結婚は・・・・・・ラムダは本当にそれでいいのか?」
「いいも何も、私個人の意思など問題にすべきことでもないでしょう?」
ラムザが妹のことを思って喘ぐように抗弁するのを、逆に妹の方は肩をすくめて気にした風もなく平然と、自分の運命として受け入れる予定であることを軽い口調で明言してしまう。
「色々と偉そうな口を叩いてきた後で言うことでもないかもしれませんが・・・・・・私が持つ力はベオルブ家という大貴族家系の後ろ盾があってこそのものでした。
大貴族の家に生まれてなければ私など、生意気なだけの小娘としか誰からも思われることはなかったでしょう。
仮に私が自分の好ましい相手とだけ結婚したいからと家を飛び出し、一人で生きていく道を選んだとしても、碌な人生を歩めるとは思っていませんでしたしね。
ですのでまぁ、恩返しも兼ねて家のために役立てるなら、ダイスダーグ兄君様が嫁げと命じた相手と結婚して、状況の変化で離婚して別の貴族と再婚しろと言われた時にも従います。
私なりに、それがベオルブ家という貴族の血を引く家の娘に生まれた義務だと思って生きてきましたので、そう気にするほどの問題でもありません」
一息にそう言い切って、達観したように吐息してみせる少女からの衝撃発言に対して、俺もラムザも何も言えず、何も思えず、ただただ呆然と相手の顔を見つめ返すことだけしか出来なくされてしまっていた。
結婚、という人類社会の中で当たり前のようにされている行為について、今まで考えたことがなかったわけでは決してない。士官候補生同士の間でも下世話な話題で盛り上がったことも一再ではない。その時にはラムダ自身が混じっていた時だってあった。
・・・だが今思えば、話題にすることはあっても、そこに現実感があったことは一度もなかったような記憶がある。
どこかしら他人事で、自分たちとは縁遠い別世界のことを話していたような印象が、実際の話の内容より鮮明に脳裏には焼き付いている。
だって俺たちはまだ子供なのだからと。いずれは誰かと結婚しなければいけなくなったとしても、それは大人になってからのことで、そこらの大貴族の長男と違って先の話なんだとばかり決めつけだけで思ってしまっていた。そんな気がする。
あるいは――――そう信じたいから、そう信じていただけだったのか。
「それに貴族の娘に生まれたお陰で、今まで良い暮らしをさせてもらったという恩もあります。
こんな時代ですからね。今日の食事にも事欠いて身を売る女性は、路傍を歩けば掃いて捨てるほど有り触れている状況下では、そうならずに済ませてもらっただけでも有り難い限りですし、その分の恩返しぐらいはしないと私自身も納得しにくい。
・・・とはいえ政略結婚は双方の家が得するために行われる、利害損得に基づく行為ではありますからね。
ダイスダーグ兄君様が嫁ぎ先に決めた相手でしたなら、それなりに大事にしてくれる人だとは思われますし、私もベオルブ家から来た余所者として他家に嫁いでからは出しゃばったことは控える必要性も出てきますしね。そう悪い未来にはならないでしょう。
兄君様も、人格的に問題ありすぎる上に、ベオルブ家の血を粗略に扱うような人物なんかと親戚になりたいと思える人とも思えませんし。
それなりに幸せにやっていくつもりですので、そう心配そうな顔はなさらずに」
話題を出してきた相手の方から、気遣いの表情と共に言われた言葉で俺たちはばつの悪い気持ちと共に視線をそらして、あらぬ方向へと目をやりながら話題を探し、思いつかずに視線をさまよわせるだけの挙動不審な態度に終始するしかことしか出来なかった。
こういう時、男は役立たずになるものだと、昔に誰かから言われた記憶があった。
あの時には確か―――ティータが結婚する時に、俺はきっと相当に慌てふためくだろうと、からかわれる中での会話だったはずだ。
「まっ、それもこれも今回の作戦を勝って生きて帰ってこれたならの話です。今から気にしたところで、どうにもなりません。
今はティータさんを骸旅団から助け出し、彼女が死ぬことなく未来を迎えられるよう全力を尽くすことに集中しましょう。彼女は生きてさえいれば必ず、幸せな家庭を手に入れられる人です。こんな所で死なせてしまっては勿体ないというものですよ」
自分が思っていたことを、そのまま口に出されてしまい、ドキリとした思いを隠そうとしたくて誤魔化したくて、俺は無言のまま足下にあった花を見つけて手を伸ばし。
それから伸びている葉っぱを一枚ちぎって切り取ると、口に当てて息を吹きかけ――音色を響かせ始める。
「ディリータ、その草笛は・・・・・・」
「・・・・・・お父様の・・・懐かしいですね」
俺の仕草を見た二人も、それぞれの表情で同じ過去の思い出を思い出したのか、同じように足下に手を伸ばすと葉っぱを一枚ちぎって唇に当てて、そして―――
『―――』
それぞれの音符ごとに音を奏で、平原に響かせていく。
バルバネス様が、幼い時分の俺たち三人とティータ、それにアルマの皆一緒に教えてくれた、俺たち全員が身分や階級を気にすることなく過ごせていた、無知だった子供時代の思い出の草笛の音色を。
それは他人から見れば不思議な光景で、後から思い起こせば自分自身でさえ奇妙な光景だと感じられそうな景色。
持つ者の末子として生まれながら、平民の母親を持っていたせいで半端物としか扱われない親友と。
持たざる者の平民として生まれながら、持つ者たちに与えられたもので生きながらえることが出来た俺と。
持つ者の直系の血を引きながら、女として生まれたことで、生涯の伴侶を選ぶ権利すら与えられない親友の妹。
持つ者と、持たざる者と、持つ者。
二人の男と一人の女。別々の立場で生まれた三人の男女が、同じ平原に立って同じ夕日を見ながら、同じ曲の音色を響かせ合っていた時の景色と光景を―――
たぶん俺は、死ぬまできっと・・・・・・忘れられずに抱え込んだまま生きていくことになる。そんな予感を、この時の俺は感じていたんだ・・・。
やがて、無言のまま言葉を交わさず草笛の音色だけが響き合っていく中で日は沈んでいき―――出発すると決めた夜が来る。
三人の進む先が隔たれる運命の場所へと続く道を、俺たちは踏み出す。
夜の闇は深く、見通せる先の向こう側に何が待っているのか、そこに近づくまでは分からない道のりを俺たちは歩み出す。
歩み出してしまったんだ―――
つづく