平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス   作:ひきがやもとまち

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少しぶりの更新。今回のは今までの纏め回として急ぎました。
第1章最終バトル!……に続く布石がほぼ完了、あとはティータとアルガス戦を残すのみ。

第2章の流れもけっこう思いついてますので早く書きたい作者の渇望


第25話

 骸旅団が拠点として占拠した『ジークデン砦』があるガリオンヌ地方は、イヴァリース国内でも特殊な地域として知られている。

 その年の気候次第では、山の頂上に雪が積もることすらある北部一帯。

 一方で、レナリア台地を挟んだ向こう側には、砂漠化が進んで集落を移動させた部族もある『ゼクラス砂漠』が広がっている。

 これほど短い距離に、二つの両極端な土地柄を持つ地域はイヴァリース全土を見渡しても、『炭鉱都市ゴルランド』と『ベッド砂漠』を有する中央以外ではガリオンヌの地だけしかない。

 

 一説には、遙かな昔に異界より現れた侵略者たち――『ルカヴィ』と呼ばれる悪魔たちから人の世界を守ろうと立ち向かった勇者たちの一人が、悪魔に対抗するため別の世界の住人と契約を交わし、助力を願った高位の召喚獣が術者の戦死によって自らの世界へ帰る術を失ってしまい、今尚その地に留まり続け影響を及ぼしているのだと言われている。

 

 あるいは、その戦いで使用された強力すぎる力をもつ、禁断の黒魔法が自然の理をも破壊し尽くし、今も傷跡が癒やせぬまま残り続けているのだと語る者も少なくはない。

 

 その話が真実であるか否かを確かめる術は、今の時代には残留していない。

 そも『ルカヴィ』と呼ばれる悪魔の存在自体、実在を疑われている伝説上の存在に過ぎぬのだ。それと戦う勇者たちの伝説もまた然り、となるのは自然な流れという他ない。

 

 

「ハァっ、ハァっ、ハァ・・・っ!!」

 

 そんなガリオンヌの地に立つジークデン砦近くの山道を、元骸騎士団団長にして骸旅団団長でもあるウィーグラフは息を切らせて駆け続けていた。

 空からは、いつの間にやら時季外れの雪が降り始めており、吐く息は白く煙り、戦いで火照った身体を急速に沈静化させ、敗残の肉体から体力をも奪おうとする雪の女王の圧政を地上の人間たちに舞い降りさせているようだった。

 

「くっ・・・おのれ! まだ私は終わらん! ここで革命を終わらされるわけにはいかんのだから・・・ッ!!」

 

 歯軋りするような怨嗟の声とともに吐き出されたのは、最後まで戦いと勝利を諦めることなき不屈の闘志。

 現に彼は一人ではなく、駆けながら糾合し続けた30人ほどの兵たちが後に続いている。

 各地で北天騎士団に突破されて散り散りになりながらも、何とかジークデン砦の近くまで撤退してきていた者たちを掻き集めて、《テレポストーン》で直通の路からは離れてしまった拠点を救援するため急ぎ舞い戻っている最中だったのである。

 

 

『よしんば、それで上手くいくことが出来て、貴方の理想とする新しい国作りが実現された時。平民たちは口々に、こう叫ぶだけになると思われません?

  我ら無力な平民に自由と権利をお与えくださった慈悲深き名君ウィーグラフ国王陛下―――とね』

 

 

 疾駆するウィーグラフの頭の中には、先刻まで言葉を交わし合っていたベオルブ家の小娘の言葉が、不快な残響となってこびり付き、彼の記憶と心を鈍痛のようにジクジクと痛みを感じさせ続けていた。

 

『今のイヴァリースにおいて、平民たちの多くは広い視野を持ちません。目先の欲に惑わされやすく、自分たちの生活さえ良くなればいいのだと思っている者の方が数は多い。

 が、しかし―――それは別に彼らの責任ではありません。

 彼らには、広い視野をもって考えられるだけの教育も、自分以外の他者を気づかってあげられるだけの余裕も与えられてはいないのですから。そんな窮状の相手に聖人君子と同じことができていないからと責める事こそ、無責任という名の罪悪です』

 

『あなたは貴族性の廃止と、平等なる社会を語った。それが出来たのは、あなたが骸騎士団の団長という地位に相応しい教育を受けさせられていたからです。

 騎士団長という貴族がつくはずの役職にある者の特権として、知識と教養と広い視野を持てるように教えてもらえる金があったお陰でしかない。

 だからこそ貴方は、彼らを平等な社会へと導いていく義務と責任が自分たちにはあると思ったのでしょうが・・・・・・けれど忘れるなよ、ウィーグラフ』

 

『お前は騎士団長で、平民出身の一兵士じゃない。

 平民たちのリーダーであって、平民じゃない。

 彼らと、お前は身分も生まれも地位も名誉も、知識も教養も、何もかもが違うレベルで生きてきた過去の蓄積がある。

 貴族に次ぐものを与えられてきたお前と同じものを、平民たちは教えられてない。教えてもらったことが一度もない。

 だからお前の革命が成功しても、お前は平民たちの王になっても、平民たちに平等な社会を与えることは出来ないんだ。忘れるな―――』

 

 

 

「違う! 私は、違う! そんな者ではない! 私は・・・ッ!!」

 

 何度も何度も繰り返し繰り返し、記憶の中から蘇っては苛んでくる少女の言葉。

 呪いのように響き続ける言葉の羅列に、ウィーグラフは反論することができなかった。する意味が無かったからである。

 

 彼女の言は、言葉でいくら否定したところで、幾らでも言葉で否定し返すことが可能だろう。本当に否定するためには行動と結果によって事実であると示す以外に手段が他にない。

 

 感情的に突貫しているわけでもない。勝算もある。

 いや、助けに赴かねばならない理由が彼の側には存在していた。

 

 ――骸旅団による反乱は、イヴァリースの歴史上最大規模の平民たちによる大乱だ。

 

 五十年戦争中にも戦局悪化に伴い、各地で一揆が多発するようになってはいたが、それらは各地域ごとの個別に起こっていたもので、現地の主張と都合を満たすことだけを目的として掲げられ、同じ平民同士で大同団結することが遂になかった。

 それどころか、地域の伝統的な対立意識や、領地の接する者同士による日常的な啀み合いなどが理由となって、平民同士がぶつかり合う衝突さえ場所によっては見られたほどに。

 

 言うなればウィーグラフが起こした反乱は、イヴァリース史上初めて平民たちが『イヴァリース国民』として政治的権利を求め、大同団結して要求を突きつけた初めて『国に対して起こした行動』だったという見方もできるだろう。

 

 その大乱で『国民たちの同盟軍』が『貴族たちの軍勢』と戦って敗れた場合、人々はどう感じるだろうか?

 「所詮、自分たち平民は貴族たちには勝てない、弱き者たちなのだ・・・」と無力感に苛まれ、自分たちで国を変えようという気持ちを抱くことができなくなるのではないか?

 

 自分の起こした反乱の敗北が、骸旅団という『組織の敗北』ではなく『国民が貴族に敗れた象徴』と認識されてしまうことをこそ、彼は恐れていた。

 ましてウィーグラフが『捲土重来』や『革命の継続』を理由として、北天騎士団に包囲された味方を助けず自分一人が生き延びる道を選べば、『所詮はアイツも貴族達と同じだった』と自らの行動で証明する結果を招くのは火を見るより明らかだった。

 

「砦を包囲している貴族達の主力は北天騎士団だ。重装備で動きは鈍く、寒さに弱い金属鎧は体力を消耗させるだろう。

 騒ぎを起こして注意をコチラに引きつけ、寒さと雪を利用して敵を分断させ、夜の混乱と降雪に乗じて包囲からの脱出を図る。

 この期に及んで、もはや我らに勝ちはないが、一時の勝利が後日の敗亡の根を蒔いてしまう結果となったと、貴族たちに思い知らせてやるのも悪くはあるまい?」

 

 ニヤリと不敵に、露悪的に見える笑いをウィーグラフは部下たちを振り返りながら浮かべて見せ、それを見た敗残の骸旅団員たちは先行きに希望を見出すと同時に、具体的な戦略に勝機を見せつけられ、同じような笑みを浮かべて口々に貴族どもを罵りだす。

 

「いいか、皆。この作戦が成功したらバラバラに散って隠れ潜み、再起の日を待って欲しい。

 我ら平民が、この国の政治を動かせる未来は必ずくる。

 貴族たちが飢えないため、我らの子や孫が飢えに苦しめられる、そんな明日を恐れることなく過ごせるようになった、『生きる権利と自由』が保障された未来が必ず訪れる。

 それを誰も創ろうとしないのなら、私が必ず再び皆を集めて『国民国家』へ導いてみせる。だからこそ、今は生き延び、決して死ぬな。

 逃げられぬ時には、一人でも多くの貴族を道ずれに死に、明日を生きる子供たちのために命を使うのだ。

 すべては――――『我らの子供たちと生きる未来のために』ッ!!!」

 

 

 ―――オオオォォォォォォォッ!!!!!

 

 

 疲れ切った身体に活力と生気と、そして改革の怒りに燃える『革命闘志』に火をつけられた部下たちが雄叫びを上げ、敵の注意を引きつけ砦を包囲する敵陣の一角に隙を生み出す。

 彼らの先頭に立ったウィーグラフは、血に塗れて使い物にならなくなりつつあった愛剣を投げ捨て、近くに転がっていた北天騎士団員の亡骸から剣だけを拾い上げて一振りし、新品同様にキラめく光に凶暴な笑みを浮かべ―――一閃する。

 

「・・・・・・来るぞ。迎撃せよッ!!」

 

 ウィーグラフにとって―――いや、骸旅団にとって最期になるであろう戦闘が、これから始まる。

 

 その時、ウィーグラフの頭にあったのは現体制への怒りと、そんな体制を守るため死力を尽さんとする騎士たちへの侮蔑感だけだったが・・・・・・ほんの一部にだけ、一人の少女騎士から言われた一言が残響のように、不吉な彗星の尾のように、長くウィーグラフの心に留まり続ける未来を、この時の彼はまだ知らない。

 

 

「忘れるな、ウィーグラフ。

 貴方の掲げた理想は、【騎士という持つ者】の理想だということを。

 【平民という持たざる者】の理想ではないという事実を。

 それを忘れたとき、貴方は今の理想を掲げたまま、兄君様と同じ道を歩むことになるのが、貴方の理想という呪いなのだから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北天騎士団に包囲されたジークデン砦を支援して脱出を図るため、ウィーグラフ率いる骸旅団最後の残存戦力が外縁部への攻撃を開始していたのと丁度同じ頃。

 

 彼らと同じくジークデン砦へと続く道を走りつづけていた、少数の武力集団が別ルートの山道に存在していた。

 

「待てッ! 待ってくれラムダ! いくら何でも君一人じゃ危ない! 僕がリーダーとして先頭に立つから、君は後ろに下がってくれ!」

 

 ベオルブ家の末弟ラムザは、士官候補生の同級生たちからなる自分が率いていた部隊の先頭に立って走っている少女騎士に向かって、悲鳴のように叫びながら注意を促していた。

 先頭集団の一角にたつラムザよりも、更に十歩近く先を走っている少女騎士―――歳の近い妹であり腹違いの妹でもあるラムダ・ベオルブに向かって。

 

「そんな事言ってる場合じゃないでしょう!? 小屋の中にティータさんがいなかった以上、残っているのは騎士団に包囲されてるジークデン砦しかありえないんです! 総攻撃が始まる前に到着できなければ打つ手無いんですから速く走って!」

「しかし! 味方から誤射される恐れだってある・・・っ!」

 

 振り返る手間すら惜しいという態度で返事をされて、“らしくない”程に必死になっている妹の態度に違和感を感じさせられながらもラムザ自身、走る足を止めようという気持ちはまったく持ち合わせていないことには同感だった。

 

 名も無き風車小屋での戦いでウィーグラフを撤退に追い込んだ後、逃げた敵将と主張と主張のぶつかり合いを演じながら、それと同時並行して小屋中の捜索と、武装した兵隊たちが砦へと移動した足跡を仲間たちに探すよう、仲間たちに命じ終えていた。

 

 妹を取り戻せなかったディリータでさえ、「いつの間に・・・」と思わず舌を巻いて呟くほどの手際の良さだったが、褒められた彼女としては苦々しさを抑えられない焦燥に駆られており、珍しく感情的になっている自分自身の心も自覚している。

 

(ああ、もう!クソ! 何もかもが計算違いで予想外の連続だった挙げ句、最後の最後は出たとこ任せの運頼りしかないなんてッ!!

 流儀に反する事この上ないわ不本意の極みだわ、バカ丸出しの力押しで・・・・・・ああ、もうッ!!)

 

 心の中で、自分の無能さと知恵のなさにイライラする気持ちを抑えきれず、せめて人に当たらず自分の中だけで自分を責める言葉を連発することで何とか妥協点を見出していたラムダ・ベオルブ。

 実際問題、彼女としては計算違いも良いところな出来事の続発した状況にあり、当初の予定や計画は今となっては完全に破綻し、実行不可能になって久しい窮状。

 

 彼女が予定していた当初の計画では、ティータを誘拐して確保しているのがウィーグラフの指示によるものだった場合には、ミルウーダを取引材料として捉えて交換条件に利用するつもりでいた。

 また、ウィーグラフ以外の者による独断だった場合には、相手だけを国外へ逃がしてやる手引きをする代わりにティータを解放させる生き証人としてミルウーダを使う予定でいたのである。

 

 骸旅団としては今更ミルウーダ一人が戻ってきたところで戦死者が増える程度の違いしかないが、『幾人かの同士たちを国外に逃がしてやる』というのなら話は変わる。

 ウィーグラフとしても、逃げ延びた同士たちを率いる役として妹が担ってくれるというなら、部下に人質解放を受け入れさせる口実としては考える余地があったろう。

 

 無論この策は、骸旅団の殲滅を掲げる北天騎士団の目的とは相反するものとなっていたのは事実ではあったが・・・・・・どのみち、これほどの大兵力を以て、これほどの広範囲を戦場として数千人規模の大集団への殲滅作戦ともなれば10人や20人は逃げられてしまうのは避けられないのが、包囲殲滅戦という作戦の現実というものだった。

 

 また、包囲殲滅戦に参加していた有力者の一員が、利己的な理由や目的によって敵を匿って逃がすことも、実のところ殲滅戦においては珍しい話でもない。

 日本史で悪名高い織田信長による『比叡山の焼き討ち』でも、後に天下人となる木下藤吉郎秀吉が、比叡山の門前町にあたる『坂本』の住人を【力持つ者だけ】見逃すことで天下を握るさいに多額の上納金を支払わせる結果につながっている。

 

 それを異世界に転生した先で再現しようとしていたのが、ラムダが考えていた当初のティータ救出作戦だったのだが・・・・・・今となっては無駄足ばかり踏んできたような気がして、ディリータに申し訳ない気に苛まれてしまい、珍しく罪悪感にイラ立っていたのである。

 

(骸旅団が組織として崩壊するのが、私の予想より遙かに早すぎた!

 ウィーグラフさんの指揮下に入ったままなら彼の決定と意思の範囲内にティータさんの命がある・・・・・・けれど組織が事実上崩壊した生き残りなんて、残党軍もいいところじゃないですか!)

 

 軍律も命令系統も崩壊して無法者同然になる、戦に敗れた後の軍隊が辿る定番パターン。

 だからこそラムダは、生き延びさせる人選をウィーグラフに選ばせて、まとめ役にミルウーダを配置する条件を考えたのだ。

 骸旅団の団長としては『革命の志を継げる者』を生き延びさせねば意味がなく、逃げ延びた後の部下たちもトップ一族に率いられたままでは自暴自棄に陥りづらい。・・・・・・なにも野盗化する敗残兵を野放しにしてやる勘違いの人道主義をする気はサラサラなかった。

 

 だが現実には、今現在の時点でその状態に陥っている危険性を多分に孕んでしまっているのが、今の骸旅団残存戦力の現状になってしまっている。

 前世の歴史知識ではなく直近の過去でいうなら、『魔法都市ガリランド』で自分たちが初陣を飾った相手たちが分かりやすかろう。

 

 自分たちが生き延びるためなら子供でも殺せと、平然と嗤って見せ、特権階級である貴族への怨みと憎しみを剥き出しにして襲いかかる・・・・・・統制を失った寄せ集めの革命軍の末路とは、ああいうものだ。

 むしろウィーグラフやミルウーダのような者こそ例外であり、彼らに率いられている限りは一定の信頼が寄せられるが、彼らを失うか事実上いなくなった状態では何をやらかしても不思議ではない。

 

 そういう状態に今の骸旅団は陥っているか、陥っている者が多数誕生してしまっているまで零落れてしまっていた。

 

「時間稼ぎの使者は発しましたが・・・・・・それさえ効果あるかは相手次第。間に合うか否かは敵次第―――チッ! 皆、急げ! ついて来れない者は置いていきます! 他の味方に拾ってもらいなさい! 

 敵陣に着くまで走り続け、戦って勝って帰ってこれる強兵だけ残ればいい!

 私たち兄妹の酔狂に付き合っていい物好きな奴だけ来いッッ!!!」

 

 

 ―――応ッ!!!と。

 士官学校で同期だったメンバーたちは、ラムダの無茶な要求によく応えてくれた。

 脳のアドレナリンが異常分泌され、理屈で考える思考をしなくなっている興奮状態だったことも影響してのものだったろう。

 

 だが、流石に何人かの脱落者が出るのは避けられず、彼らとは戦い終わった後に合流することにして、残った者たちだけでの強行軍は続行されることになる。

 

 

「ティータ・・・っ、ティータ・・・・・・無事で待っていてくれよ、ティータ・・・ッ!!」

 

 自分の横で、譫言のように妹の名前だけを繰り返すようになっていた兄の親友が、同じように戦闘をひた走り続けている部隊を率いて、自分たちの運命が待っている敵拠点へ向かって全速力で―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異なる二つの勢力が、同じように一つの場所を目指して疾駆しているジークデン砦。

 その場所でもまた、目指す者たちと同じ二つの勢力に属する者たちが互いに睨み合いを続けていた。

 

 この二勢力は、だが目指す者たちと所属する組織としては同じであったが、対峙し合う目的と状況とは似て非なる異なる理由で睨み合いを続行している最中にあった。

 

「来るな! それ以上近寄ると娘を殺すと言ったはずだ!

 コイツは俺たちが襲ったときにベオルブ家から浚ってきた令嬢なんだぜッ!? お前らの行動で主君の娘を見殺しすることが出来るのか!? アアァッ!?」

『―――ッ!?』

 

 自分を囲むように突きつけられてくる長槍の切っ先を血走った目つきで睨み付け、怒鳴りつけるように脅迫してくる男の言葉に、周囲を囲んでいた騎士たちは怯んだ。

 男の脅しそのものよりも、自分たちを睨み付けながらも離そうとしない、片手で捕まえている少女の首筋に突きつけられた剣の刃が放つ不気味な光に圧され、それ以上前に進むことが出来なくされていたのである。

 

 彼らは互いに戸惑ったような視線を交わし合い、何かを問いかけるように互いの間で目配せし合うも、視線の先に自分と同じ瞳のみを見出しただけで『相手も同じこと』が分かると失望と共に目の前の硬直した現実へと帰還することしか出来なくなる。――そんな状況が先ほどから、ずっと続いていた。

 

「剣を退けッ! 退けと言ってるんだ木偶の坊の飾り人形どもが! 貴族様の社交界で門番してる程度の奴に用はない! 早く・・・早く指揮官を呼んでくるんだよ!

 この娘がどうなっても本当にいいのか!? ベオルブ家の娘をお前らの判断で殺す覚悟があるのか!? ええェッ!?」

『・・・・・・―――』

 

 相手の男からの居丈高な言葉を一方的に聞かされて、悔しそうに歯噛みしながらも言い返そうとする者は誰もいない。

 何故なら彼らには、『分からなかったから』である。

 

 相手の男が人質として剣を向けている少女が、本当に『ベオルブ家の娘なのか?』という疑問が、貴族とはいえ下級の騎士階級でしかない彼らには判別できる知識を持っている者が一人もいなかったのが、その原因だった。

 

 ラムダが前世で過ごした現代社会では、『上司一族の姿を見たことがない』などというのは冗談か誇張にしか聞こえない事であったが、プロマイド写真や皇室の記念映像がニュースなどで誰でも見られる現代日本と、中世ヨーロッパから近代への転換期頃に近いイヴァリース社会では条件が違う。

 

 この世界の現実に生きる彼らにとって、王室の顔を見れるのは国王直々に閲兵式に訪れるか、遠征に勝利して凱旋した折に勝利を祝して町々を練り歩くときなど、限られた条件下でしか王族の尊顔を拝する栄誉など浴する機会はなかなか訪れるものではない。

 

 国王一族と比較すれば、遙かに難易度の下がる武門の棟梁ベオルブ家の一門ではあるものの、当主ならばともかく『令嬢』となると館の警備を担当している者でもない限りは、そうそう目にする機会に恵まれた相手ではないのが、階層ごとに生活スペースを大きく分けるのが当然だった階級社会に生まれた者たちにとっての常識的知識。その限界。

 

 ティータの姿は、髪が貴族らしくない黒色をしているものの、質素だが質は良い貴族服をまとった姿格好で、物腰には貴族令嬢としての教育を受けたもの特有の気品が感じられた。

 

 どうにもチグハグな印象であることが、騎士たちの反応と行動を半端なものにしてしまっている一因となっている部分だった。

 『貴族ではないかもしれない』だが『平民とも思えない』・・・・・・ティータの立場がもつ半端さが、騎士たちの行動までもを半端なものにさせてしまっていく象徴的な状況。

 

 そんな膠着状態に陥っていた状況を打破したのは、取り囲んでいた騎士たちの後方にいた見習いからの一言によるものだった。

 

 

「あっ!? こ、これは、ザルバッグ閣下ッ!!」

 

 

 その一言が周囲に与えた影響は凄まじいものがあり、先ほどまで取り乱していた騎士たちが狼狽えながらも一斉に陣形を整え直すと、背後からやってきた人物のため道を空ける。

 相手の登場で影響を受けさせられたのは、味方の兵だけではなかった。

 騎士たちの上司を呼び出すよう要求していたゴラグロスも、北天騎士団の団長が骸旅団幹部の前に現れたことに度肝を抜かれて狼狽えざまを晒す羽目になる。

 

「なっ! ザルバッグ・・・・・・だとぉ・・・?」

 

 呻くように呟き、いぶかしげな目つきで相手の姿を眺め回すゴラグロス。

 彼としては、まさか本当にザルバッグ自身が出てくるとは予想しておらず、せいぜいが副官を派遣してくるだけが関の山だろうと高をくくっていたのだが・・・・・・予想外の大物の登場によって予想を裏切られ、怯んだように2歩、後ろへと後ずさる。

 

 甲冑をまとった騎士たちで形成された鋼鉄の波が割れ、その奥から海を割って現れたかのようにさえ思える威風堂々とした男の姿に、ゴラグロスは即座に反応できぬまま、ただ相手の姿を凝視することしか出来なくなって、そして―――

 

「北天騎士団長、ザルバッグ・ベオルブである。

 骸旅団と称する逆賊どもの一味に加担する者へ、我が意を伝える」

 

 傲然と評すべき口調と態度で、ザルバッグは人質の髪を掴んだまま離そうとしないゴラグロスに向かって投げかけられたことで、ようやく彼は我に返る。

 貴族への反発から、相手の態度に怒りを感じるべき立場と所属にある彼であったが、機先を制されたせいか相手の態度に怯まされ、脅しをかけるための言葉が情けないように震えている。

 

 それが相手と自分の『器の差』であることに、ゴラグロスは気付くことが出来ていたであろうか?

 

「ほ、北天騎士団の大将自らお出ましとは恐れ入るな・・・・・・だが、アンタだったら知っているだろう?

 この砦にはロマンダの再侵攻に備えて、火薬がごまんと積まれたまま放置されていた。それを俺たちは全部いただいている。この砦を包囲してる連中を全員吹っ飛ばすぐらいの量はあるんだ。だから―――」

「我々北天騎士団は、貴様ら凶賊との如何なる交渉や脅しに応じる意思は持ち合わせていない」

 

 勝ち誇ったように、あるいは勝ち誇ったように見える笑みを浮かべながら言いかけたゴラグロスからの脅迫は巌のような声音に遮られ、条件に関わりなく完全拒否という回答によって途中で断絶される結果に終わらされて言葉を失う。

 

 続ける予定だった脅迫の言葉がぶち切られ、何か別の言葉と理屈で交渉材料をと焦るゴラグロスに対して、対極の立場と精神状態に立つザルバッグは沈着な瞳と声音のままで、絶望に染まった人質の少女の視線に一瞬だけ目をやり、次いで真実を継げる言葉を紡ぐ。

 

「今一つ、貴様に告げておく。その娘は我が妹ラムダ・ベオルブに非ず。

 我が家の養子にして、我が弟の親友の妹ティータ・ハイラルである。貴様を守る盾としての価値はない」

「デタラメを言うな!」

 

 その真実を告げられた瞬間、ゴラグロスが返した否定の言葉は根拠のないものだったが、彼は自分の言葉を正しいものと信じて疑っていなかった。

 信じて疑わないのは、『現状の追い詰められた自分の立場』が理由の全てだったことは考えることすら無い。 

 

 そして、その必要も無かったし、相手が信じる必要性がザルバッグにもなかった。

 彼は続けて、こう言ったのである。

 

「だが、妹のように育った愛しき娘である事実に変わりは無い。貴様ごとき匹夫の輩の犠牲になるは余りに不憫」

 

 そう続けられた言葉を聞かされ、ゴラグロスの瞳が輝いた。

 もしかしたら助かるかもしれない―――そう思ったのだ。

 この期に及んで尚も生に縋り付き、か弱い少女の命に自分を守ってもらおうとする己を恥じる事なき下劣さに、ザルバッグは反吐が出る思いを感じさせられる。

 

 そうまでして死にたくないのなら、反乱になど加わらなければよかったのだ。

 普通に生きるだけでは死ぬしかない、貧しい暮らしが動機だったというなら、少女を盾にして自由を奪って苦しめてまで生き延びようとする無様を晒すべきではなかったのだ。

 

 ――自分たち、すべての平民が生き延びるため、すべての貴族たちを殺し。

 自分一人の生命を生かすため、別の平民の生命を殺す。

 平民たちの社会を救うために、貴族たちの社会を滅ぼし。

 強者に虐げられ傷ついた者が、自分より弱い者を傷つけ苦しめる。

 殺す者と殺される者。裁かれる罪人と、裁く側になった被害者たち。

 

 人類の歴史上、繰り返し続けられてきた【強き者と弱き者】が入れ替わり立ち替わる死の連鎖。

 ・・・・・・骸旅団による反乱が至った結末は、結局このスパイラルの内に取り込まれるだけのものでしかなかったのである。

 

 そんな終わり方をするぐらいなら、人質など取らずに戦って敗れて死んだ方がマシだったかもしれないが・・・・・・『弱者の少女』を虐げて人質にとる『力もつ強者』となってしまった今のゴラゴロスには何もかもが手遅れになった後である。

 

「故に人質を解放した後、自害せよ。特赦として、貴様の家族にまで貴様の罪を及ぼすこともせぬ。遺体も家族の元へ帰すことを約束してやろう」

「な、なに・・・っ!?」

「だがもし、これ以上の醜態をさらして人質を傷つけた場合には、貴様自身は無論のこと、卑劣な凶悪犯の縁者として親族郎党に至るまで、死に勝る苦痛に満ちた生という報いを受けることになるであろうッ!!

 たとえ瀕死の重傷であっても同様だ。配下の白魔道師に最高レベルの回復魔法を掛けさせ、必ずや報いを受けさせた後に死ぬまでは生き延びさせてやる。覚悟せよ!!」

 

 断言する口調で言い切られ、ゴラグロスは即座に返す言葉を思いつくことが出来ずに、口をパクパク開閉するだけで頭の中は真っ白になったまま考えることが出来なくなった。

 そんな彼に容赦ない口調で、ザルバッグは制限を付け足すのを忘れはしない。

 

「攻撃までの猶予を与える。それまでに娘を解放し、自害しておらぬ時は、拒絶の意思を現すものとして刑を実行するッ。

 無論それまでに娘を害した場合も同罪と見なす!」

「お、オイ、ちょっと待て・・・待ってくれ! そんな―――」

「一時だけ待つ!! これがベオルブ家が与える最期の慈悲であるッ」

 

 一方的に要求だけを告げ終えると、ザルバッグは本陣にある天幕の方へと戻っていくため背を向けた。

 その背中に声と言葉をかけようと、ゴラグロスが口を開けたその時には、即座に騎士たちが列を組み直して去りゆくザルバッグの背中を覆い隠してしまい、続く言葉を声にすることが遂に出来なかった。

 

 鋼鉄の鎧で固められた騎士たちの壁が、まるで生を阻む断崖絶壁のようにゴラグロスには感じられ、何事の言葉も脅迫の文言も冷たい強固な壁の向こう側には届くことはないい・・・・・・そんな無力感を味あわされて、声を出す気力が沸かなくなってしまっていたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち、ちくしょう・・・・・・い、一体なんだってこんな事に・・・っ。

 お、俺が何したって言うんだよ・・・? お、おお、俺はただ、五十年戦争で必死に戦った兵士に褒美も出さないでき、切り捨てやがった国が悪いんじゃ、ねぇか・・・・・・なのに何で俺がここ、こんな怖い思いなんかしなきゃならねぇんだよ・・・・・・なんで、なんで、なんで・・・っ」

 

 ティータを連れて、一時だけ安全な時間が保証された砦の中へと戻ってきていたゴラグロスは、部屋の隅に蹲ったままガタガタ震える身体を抱きしめて呟き続けていた。

 与えられた時間を使って、逃げるために細工する手も考えはした。もはやこれまでと道ずれに少女を犯して殺すというのも一興だとも思った。

 

 ・・・・・・だが、実行することは出来なかった。

 それをやって生き延びてしまった場合に受けさせられる罰が怖くて、実行しようとする手が動かなかったのだ。

 

 もし、それをやってる最中にバレて捕まったら・・・捕まる前に自殺して死ぬ前に回収されてしまったら・・・・・・もはや彼には二度と選択の余地なき、地獄までの短い地獄以上の苦しみだけが約束された未来として待っていることしか出来なくなる。それが恐ろしい。

 

「なんでだ・・・? どこで俺は間違えちまったんだ・・・? 一体どこで、なんで俺は、こんなところに・・・・・・っ」

 

 ブツブツと同じ呟きを青ざめた表情で呟き続けるゴラグロス。

 今まで自分が選んで歩んできた選択肢の全てが、この結末へ至るための道筋へと繋がっていたように感じられ、彼を『生き延びれてしまった時に味わう恐怖』で雁字搦めに捉えて離れられなくなってしまっていた。

 

 ウィーグラフの檄に応じて、骸旅団に参加してしまったのが悪かったのか?

 破れかぶれの反撃でベオルブ家の邸宅を襲撃先に選んでしまったのが間違っていたのか?

 人質を取った後で娘を解放し、激戦の中で苦しむ余裕のない玉砕で戦死した方がよかったのではないか・・・? 

 

 そんな風に今更言っても詮無き『もしもそうしていた場合の現在』を夢想して、何度も何度も繰り返し繰り返し反芻し続けて――――ふと、一つの言葉を思い出す。

 

 ――骸旅団の幹部として、最後に団長と交わした会話で言われた言葉を。

 ―――あるいは、その妹であるミルウーダと合流して撤退する途上で告げられた忠告を。

 

 あの時ウィーグラフから、自分たちは【自己犠牲】を要求された。

 『子や孫のため一人でも貴族を道ずれに死ね』と。

 ・・・・・・だが、その言葉を言われた時。その言葉を言われる前に、彼はなにか言っていなかったか?

 

 ベオルブ家の襲撃に失敗した後、ミルウーダと合流して『ベオルブ家の娘を人質にした』と生き残るための切り札を語ったとき。・・・・・・彼女はなにか伝えてきていなかったろうか?

 

 

 

『逃げてどうする? いや、“どこへ逃げよう”と言うのだ?』

 

『私たちに逃げ場はなくなりつつある。生き延びても、捕まった後で処刑台行きになる余生が待ってるだけでしょうよ』 

 

 

 

「あ・・・、あ・・・・・・ああ、ぁ・・・・・・」

 

 生存できるカードの確保で浮かれていた心は聞き流していた言葉が、今になってゴラグロスの心に深く鋭い棘となって傷つける。 

 

 生き続けれる道があるなら無論、その道を選んで革命を続行する。

 だが、それが無理なら無駄死にで終わらせぬため、一人でも多く敵を道ずれに死ぬ。

 

 だからこそウィーグラフ自身は、この戦いが終わった後も生き恥を晒しながら戦い続ける道を選んでいく未来が待っていた。

 しかしゴラゴロスは、相手の言葉を限定的にしか解釈しようとしなかったことで、教条的に主義思想として受け取ってしまい、柔軟性のない行動と判断を選んでしまい・・・・・・今に至る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の選んだ選択の結果として、不毛な二者択一を選択せざるを得ない立場へと自らを追いやった男が、過去の記憶で苦しむ後悔の海に苛まれている時。

 

 皮肉なことに、彼と向き合い対峙する位置にいる一人の男も、ゴラグロスと同じ不本意な結果への憤りと不満に苛立ちを隠せなくなっていた。

 

 それはザルバッグから最後通牒を受けるまでの、先刻までの敵将とまったく同じ精神を共有しあっているものだったが・・・・・・当たり前のこととして“彼”は全くそのことに思いを馳せる男ではなく、考えることさえ汚らわしいと断じる心の持ち主だった。

 

 

「なぜ奴らに慈悲など与え、あまつさえ自決までの猶予をお与えになったのです!? 閣下!!」

 

 北天騎士団が本陣を構えた天幕に、アルガス・サダルファスの怒声が木霊していた。

 懐に小型のボウガンを隠し持った姿で、ザルバッグの傍らに立ち、ゴラグロスとの語り合いにも同席していた彼だったが―――その結果は予測を裏切られること甚だしく、だからこそ即座の総攻撃を直訴嘆願するため怒鳴り込んできていたのである。

 

「奴らに慈悲などかけてやったところで、感謝などしません! むしろ傲慢だの上から目線だのと怨む口実に利用するだけです! 所詮ヤツらと我らは違うのです!」

「・・・・・・」

 

 アルガスの熱弁に対してザルバッグは、冷ややかな瞳で見返すだけで言葉を返さない。

 先程まで読んでいたものと同じ手紙を再び視線を落としているだけで、読んでいるのかどうかさえ判然としない態度のままアルガスの話を聞き流すように、ただ言わせて放置する。

 

「閣下は、たかが平民の小娘のために栄光ある北天騎士団が、野盗くずれの盗賊団如きを恐れを成したと誹られる不名誉を被られるおつもりなのですか!?

 私にお命じくだされば、人質となった平民の娘も反乱軍の生き残りも、まとめて始末してご覧に入れますッ!!」

「・・・・・・・・・」

 

 新品の甲冑をまとった、新参の若い北天騎士による演説は続く。

 熱くならざるを得ない。

 

 彼としては、ランベリー近衛騎士団から鞍替えしたばかりの新参として、しがらみのない余所者だからこそ汚れ仕事を担うことでザルバッグからの信頼を勝ち取って出世の糸口にするつもりでいたのだ。

 結果的には北天騎士団の勝利で終わったとしても、正規軍が通常通りの戦いで賊たちを殲滅しただけでは自分の出番などないに等しい。

 

 先の先刻が告げられたときにも、アルガスは一人驚愕して不本意さと怒りに顔を歪めていたのだが、まさか皆の前で団長の決定に異を唱えるわけにも行かない。

 

 アルガスの個人的出世には、現実は汚い方が都合がいい。

 正規通りの手順を守って普通に敵を倒しただけの散文的な世界こそが現実などという理屈は、彼にとって何の意味もなければ価値すらもない。

 

「―――それとも閣下は、情によって平民の娘ごときを助けるため、北天騎士団の誇りを捨てて要求を飲んだのだと、謂われなき悪評を立てられても良いと仰られるのですか?」

「・・・・・・――」

 

 だからアルガスは決断を促すため、少し危険な賭けに打って出る。

 耳障りな声でアルガスは言い切っていた。 

先までの熱弁はなりを潜め、挑発じみた文言を冷静で冷徹そうな声音と、氷のように冷たい表情を作りだしながら、相手にとって怒鳴り声で返してきても肯定されることは決してないであろう発言を。

 

 平民と貴族とが対立するイヴァリースにおいて、幼い王子の後見役をめぐりラーグ公とゴルターナ公との対立も激化している宮廷内では、ラーグ公の側近であるベオルブ家次男が平民に肩入れするのを責任追及の口実として喜ぶ敵対貴族は少なくない。

 だから自然アルガスの態度は強きになりやすいし、決断を促すため多少は危ない橋を渡ってみようという気にもなれる。

 

 相手を怒らせ、自分が殴られることはあっても、結果的には刺激されたプライドが汚れ仕事を必要とさせる。そんな危ない賭けによる挑発という名の交渉を。

 

「閣下は武門の棟梁ベオルブ家の次男であらせられ、北天騎士団を率いられる団長でもおありになります。名誉ある一族の一員としての役割と義務を果たしておられる。

 にも関わらず、たかが平民の小娘一人を助けてやることで、それらの務めを蔑ろにしていると卑劣漢どもから後ろ指さされる口実をお与えになられるのでしょうか?

 下町で花でも売っていれば何の問題も起きなかった娘一人のために、名誉あるベオルブ家の名を卑怯者どもから穢される危険を背負わせても良いと仰られるのでありましょうか?」

 

 相手にとって、肯定できるはずもない言葉の羅列。

 否としか返しようがない、貴族としての体面があり面子にかかわる大きな問題。

 様々な理由と事情で、ザルバッグは『貴族として』自分の求める方向に舵を切るしか選べる道はない―――そう確信していたからこそ、後ろから背中を押してやるため放った挑発の言葉。

 

 ・・・・・・だが、しかし。

 

 

「そうだ。

 私はティータを、共に暮らしてきた妹と同じ家族として、北天騎士団団長の権限によって殺されぬよう取り計らってやった。何の問題もあるまい?」

「な・・・!?」

 

 

 アッサリとした口調で肯定を返されてしまい、アルガスは二の句が継げなくなってパクパクと口を虚しく開閉することしか出来なくされてしまう結果となる。

 それは先頃、骸騎士ゴラグロスがさらした醜態と酷似したものでもあったが、相手の無様な狼狽えようを嗤うことはするが、自分の醜態を笑われて我慢できる性格は持てないアルガスに認識することは不可能だった。 

 

 ようやく声を絞り出すように出すことが出来た内容は、平凡そのものな芸のないものばかりでしかない。

 

「そ、そのような無責任と評される言質を、ザルバッグ閣下らしくも・・・・・・それに、その、閣下はイヴァリース騎士の理想を体現された方とまで言われる御仁で、他の者たちに与える影響も御座いますし、そのような言動はつ、慎まれるべきなのではと愚考いたしますが―――」

「ほう、何故だ? サダルファスの名を継ぐ者よ。

 私は北天騎士団団長として反乱軍の討伐に成功しつつあり、五十年戦争でも相応の功績を立ててきたという自負もある。

 その私が、自分の家族だけは特別扱いするよう命令し、他の平民や部下たちと同じに扱わないという『特権』を行使しただけのこと。

 それのどこに問題がある? 許してやる故申すがいい、アルガスよ」

「そ、それは・・・しかし、・・・ですが・・・・・・」

 

 責めている口調ではなく、だが笑っている表情でもない態度と視線で応じられ、アルガスは反応に窮して言葉を失い、徐々に沈黙へと追いやられる。

 彼としては意外な計算違いの結果だった。

 

 相手が、貴族の地位や立場にともなう果たすべき責任や役割から逃げることを、自主的に恥ずべき事だと思ってくれるという前提で非難がましい言葉を発していた。

 それを、『貴族特権で許すがいい』として、堂々と言い切られてしまっては部下の立場でこれ以上言える訳がない。

 

 それどころか、ランベリー近衛騎士団を捨てたばかりのアルガスとしては、将来はともかく現時点ではザルバッグに見限られてしまえば行き場所がなく、帰る家すらない状況に陥る羽目になりかねない。

 今まではメリットばかりに目が行っていたが、こうして自分自身が自らの判断で自分の言葉に責任を取ることを要求される立場になったことで、初めて彼は現状の自分が『今を失えば何も持たない者』に成り下がってしまう危うい位置にあるという現実を初めて心から理解させられる羽目になる。

 

 

「―――冗談だ。時間しのぎの戯れ言よ、許すがいいアルガス」

「は・・・はい、閣下・・・」

 

 しばしの沈黙をおいた後、ザルバッグは表情一つ変えぬまま、自分から振った話題を自分から取り下げ、選択と答えに窮していたアルガスに小さいながらも深刻な息を吐かせて安堵させた。

 

 言葉とは裏腹に、笑み一つ浮かべていない冗談を言っていたとは思えない表情のまま、ザルバッグは手にしていた手紙をアルガスに向かって差し出してやり、それに記されていた策の内容と、自分に求められていた『依頼内容』を遂行してやったという種明かしを、今になってようやく明かす。

 

 

「実は先の男の元へ出向く直前に、ラムダから急使が届いた。奴にしては珍しく、よほどに焦っておるようでな。

 簡明に必要最小限の状況説明と要求だけ記したものを、兄である俺に送りつけてきおったわ。

 【骸旅団の首魁ウィーグラフを発見して戦闘になったが取り逃がした】【本拠に味方が残ったままなら援兵に向かう可能性が極めて高い】【乱の首魁を捕殺するため攻撃開始時期を引き延ばして欲しい】・・・・・・とのことだそうだ」

「ラムダから!?・・・・・・でありますか」

「ああ。まったく、兄思いの出来た妹としか言いようのない非礼ぶりよな?

 帰ったら灸の一つや二つ尻に据えて、親しき仲の礼儀でも教えてやろうと思ったほどだわ」

 

 

 快活に笑って家族の話を語るザルバッグだったが、その目までは笑っていない。

 彼は妹からの提案に対して、冷静な戦略家としての視点から有効性があると考え、そう考えられる理由の部分を見出していた。

 アルガスには気付くことが出来なかった、一兵士でしかない『与えてもらう者』としてしか生きる気を持たないが故の発想しづらい部分の理由を。

 

「で、ですが仮にウィーグラフ発見の報が事実だとしても、砦に残った味方の生き残りを助けるため援軍に来るとは思えません。

 既に勝敗は決しておりますし、ここは自分だけでも逃げ延び再起を図ろうとするが大将の選ぶ道と、私であれば考えますが・・・・・・」

「いや、来るな。と言うよりも、来ざるを得ん」

 

「元々この反乱は、奴が我ら貴族の腐敗と無責任だとして糾弾する檄を飛ばし、それに賛同した民たちが決起したことで始まっていたものだ。

 ここまできて、追い詰められた味方を見捨てて自分だけが逃げ延びてしまえば、自分もまた『自らが得するため平民を犠牲にする腐った貴族』とやらの一人でしかなかったのだと、行動によって証明するようなものだ。

 少なくとも勝者である我らは、そう喧伝する。そうなれば死刑を待つだけの生き残りたちにも使い道は出てくることになろう。奴も、その程度は読める男だ」

 

「それを避けるためにも、自分たちは貴族とは違うのだと言うことを行動によって示さざるを得んのが、我ら貴族を『腐敗した無責任な支配者だ』と否定して動き出したウィーグラフの立場なのだ。

 逃げれば、この戦いで戦った者たちの死を、自らの判断で無駄死に変えることになる。そうなっては仮に生き延びても、再起はできん。

 再び決起しても、『また見捨てられて無駄死にする』と分かっている相手の革命モドキに誰が好んで参加するものか。

 だから奴は援軍に、来なければならんのだ。ラムダは、それをよく理解している」

 

 

「・・・・・・・・・尤も、アイツが額面通り表面上の理由だけで動くほど、扱いやすい玉とも思えんことだけは厄介なところだがな。

 まったく、兄を利用するような妹には、尻を叩いて仕置きしてやらんと、ラムザも尻に敷かれて苦労させられることだろう」

  

 

 

つづく

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