平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス 作:ひきがやもとまち
我ながら嫌な性格しているなーと、思わない訳ではないのですけれども…。
「・・・いったい、どういうことだ? 何故、ゼクラス砂漠へ行ったのだ?」
重苦しい沈黙で満たされる室内に、ダイスダーグ兄上様から発せられた詰問する声が静かなる雷鳴のように響き渡りました。
私たち士官アカデミーの候補生たちは今、命じられていたイグーロス城の警備任務を勝手に放り出し、無断で骸旅団の討伐とエルムドア侯爵救出に赴いてしまったことに対しての釈明と事情説明を求められている真っ最中だったからです。
「・・・・・・」
「黙っていたのではわからん。説明しろと言っている・・・」
そしてラムザ兄様は相変わらず、顔をやや斜め下へと傾けたまま沈黙して答えようとはされません。
もとから言い訳するような人ではありませんし、ザルバッグ兄上様から「草」に関する情報を教えてもらったことが事実上の黙認だった、などと口にする人柄でもありません。言い訳や嘘をつくよりかは沈黙を以て応える対応方法しか知らない真面目すぎるタイプなんですよね、この人って。
とは言え、この場合ザルバッグ兄上様との一件を責任回避のため持ち出さないのは正解です。
そういう人だと思ったからこそ兄上様は情報を兄様に教えて下さったのでしょうし、何よりも命令違反になると判った上で赴くと決めたのは私たち自身の意思なのですからね。
「チクリ」で自己の行動を正当化しようなどとしてしまえば、二重の意味でザルバッグ兄上様からの信頼を裏切るだけ。百害あって一利なしな最悪の悪手と言えるでしょう。
それにまぁ・・・・・・実際のところ、そんなに重い罰が下されるほど“大した事件でもない”出来事でしたからねぇ~・・・。
「・・・皆が勝手気ままに振る舞うとしたら、何のために“法”が存在するのだ?」
ダイスダーグ兄上様の固い声が続けられていき、遂には一番大事な“本音の部分”を口にされました。
「我々ベオルブ家の人間は“法”を遵守する尊さを騎士の規範として示さねばならぬ。
――“ベオルブの名を汚すつもりなのかッ”?」
・・・その言葉を耳にした瞬間、私は反射的に肩をすくめる仕草を自制できた自分を褒めてあげたくなったというのが嘘偽りなき本音でありました。
結局のところは、“そういう事”なのですよ。今回の件で一番重要なのは――“唯一問題視されているのは”この部分に関してだけなのです。
『我々、法を尊ぶ騎士の模範となるべきベオルブ家の人間が勝手気ままに振る舞うことを許してしまっては、ベオルブ家の名が汚れる』
――つまりは所詮、そういう理屈。
兄上様が問題にしているのは、私たちの勝手な行動という“終わってしまった出来事”ではなくて、それを自分が無罪放免してしまうことで被るのは確実な一族当主としての政治的スキャンダル。
家族の情を政に持ちこむことは、人の上に立つ者としての資質に欠けていることを示す一番分かり易い指標。身内だからと命令違反等の勝手を許すような公私混同などは、その最たるものの一つなのは言うまでもなし。
兄様が自分をどう評価されていようとも、私たち兄弟はベオルブ家以外の人たちからすれば紛れもなくベオルブの血を継ぐ者であり、ベオルブ家の一員。そしてダイスダーグ兄上様はベオルブ家の現当主であらせられる方。
内心など関係なく処罰は絶対おこなって“見せておく必要性”が絶対的に存在している御方です。
また、これとは真逆にダイスダーグ兄上様の評価とは関係なしに、兄様も私もベオルブ家の外から見たら立派にベオルブ家の一員であり、貴族名鑑にも名はしっかりと本家の人間として記されている身の上です。
正当な処罰であろうと何だろうと公に罰を下せば『ベオルブ家の名に小さなシミが付く』ことになり、政敵たちである大貴族たちの大好物になりそうな中傷のネタを放り投げてやるようなものです。
“このご時世”だと兄上様的に見て、どちらも避けたい状況であることでしょう。
ぶっちゃけ、公私混同なんざ貴族にとっては日常茶飯事でしかない普通にやってることでしかないですからねぇ~。家族の情を政治に持ちこまなかった王様なんて地球の歴史にも数えるほどしかいやしないのが現実ですしな。
極端な話、ディリータさんたち戦災孤児で平民の子の兄妹“だけ”を拾って、兄様の直臣に育てるため貴族の子弟しか入学できない士官アカデミーに学長とのコネ使って入学許可させたのも今は亡きバルバネス父様による公私混同、職権乱用、身内人事としか言いようのない行為なのですから当然のことです。
戦争中に両親を失った子供たちや家なき兄妹など国中に五万といるでしょうからね。彼らだけ養ったところで雀の涙以下、お父様の自己満足しか得られない偽善的人助けでしかありませんが、一方で彼らを助けて養うのに使ったお金を救済復興にバラ撒いたところで一人5ギル程度しか割り当てられない額だったのもまた事実。
結局、救える数の違いは端数でしかないのですから、将来の民への投資として個人資産のみで賄える数を養子として迎え入れて、個人的コネだけ使って戦後復興の際に民たちの側へ立ってくれそうな人材を育成するのに使った方が遙かにマシ。『やらない善より、やる偽善』です。
模範的騎士として知られながら、戦略家としても名高かった父らしい方針ですよね。
と言っても、それは大貴族にして騎士の中の騎士【天騎士】だった亡きお父様だからこそ当たり前に通じていた概念であり、大半の貴族たちには通用しません。
イヴァリースの宮廷においても人の上に立つ者たちが好むところは地球と全く同じ、中傷、流言、醜聞の類いであり、不名誉な噂こそ喜んで信じたがるのが貴族社会という特権階級に寄生するようになってしまった人々の性というところも変化しておりません。
彼らは、自らのおこないには無頓着である反面、他人が自分と同じ過ちを犯すことは決して許さず正当な裁きやら正しい振る舞いやらを全うしないのは如何なものかと陰でコソコソ正論を陰口あうのが大好きなんですよ。卑怯者とはそういうものですからね。致し方ありません。
なので兄上様がそういう連中からの誹謗中傷を避けるため、こういう時の定番解決方法を採られるのは必然的な帰結であり、私も多少は“テコ入れ”しておきましたから放っておいても向こうが勝手にテキトーに解決してくれるでしょうと気楽に構えて見物していた訳なのですけれども。
・・・気楽に見物していた・・・・・・訳だったんですけれども・・・・・・。
「申し訳ございません、ダイスダーグ閣下。自分がラムザを無理矢理、誘いました」
「そうなのか、ラムザ? ディリータのせいなのか?」
「・・・いえ、自分の意思です。ディリータのせいじゃありません」
「いいえ、ラムザはウソを言っています。悪いのは・・・」
「僕をかばわなくていい。命令違反をしたのは僕の意思だ!」
・・・目の前でなぜかいきなり勃発しだした『フラ折れ』の逆修羅場めいた、無罪の押し付け合いと全責任のかぶり合い・・・。
なんですかい、この状況は・・・。男同士でコレやってるところを目の前で見せつけられた元男としては、どう反応すりゃいいもんなんですか・・・。
最初から女だったら腐女子的な悦びによってなんとかなったかもしれませんけど、元が男子高校生だった男に見せられても気色悪いだけなんですけれども・・・。いやまぁ、正直腐った趣味も気持ちいいわけではないのですがね? だって腐ってますし。
・・・あ、今一瞬だけ普段から表情を動かさないのがデフォルトなダイスダーグ兄上様の顔が、ちょっとだけ面倒くさいものを見る目に変わりましたね。私も同感でしたので、久しぶりに兄妹仲良く親近感です。
この光景はたしかに面倒くさいですからなぁ・・・。
そして―――
そうこうしている間に、ようやく“主演男優”がご登場するシーンに至る訳でして―――
「もう、よいではないか、ダイスダーグ」
厳かで静かな威厳を漂わせた声とともに、タイミング良く扉を開けて室内に入ってきた人物を視界の隅に認めた瞬間に、ダイスダーグ兄上様を除いた私たち全員が即座に膝をつき頭を垂れて臣下の礼を取り、その人物への忠誠と畏敬の念を行動によって示しました。
身なりが良く、生まれながらにして他人が傅いてくるのが当たり前だった人間だけが持ちうることの出来るオーラのような物を肌にまとわせて感じさせてくるような特別なナニカを持っている男性。
年齢の頃は30代後半ぐらいで、短い口髭を生やして綺麗に整えてある貴族らしい身だしなみを完璧に着こなした人物。
ガリオンヌの領主にして、国王オムドリアⅢ世陛下の王妃ルーヴェリア様の実兄。
王家以外で、武門の頭領ベオルブ家の当主が頭を下げるのが当たり前なイヴァリース国内でも数少ない貴人中の貴人の一人。
『ベストラルダ・ラーグ公爵』
北天騎士団を配下に持つ王国随一の大貴族であり、ベオルブ家全体にとって直属の上司に当たる人物。
事実上、血筋の尊さで彼と肩を並べられる人間は一人だけ。南天騎士団を擁する東の雄ゴルターナ公爵、只一人だけでしょう。
そんな超超大物が出てきた以上、私たちはもちろんのこと、大抵の貴族たちは感情論などねじ伏せて黙り込んで頭を下げる以外にはありません。
権威を笠に着て他人を誹謗中傷してくる連中を黙らせるには、より高い権威に出張ってきてもらうのが一番手っ取り早く簡単でいい。どうせ彼ら安全な場所から他人を口で攻撃したいだけの卑怯者には権威を敵に回す度胸などありはしないのでしょうし、自主的に口をすぼめて巻き添え食らわされるのを避けるようになります。兄上様はそこのところをよく心得ていらっしゃる方ですよ。だからこそ“利用価値がある”のです。
私にとっても、兄上様にとっても、ラーグ公にとっても三者三様に『他人事で傷を負いたくない者たち』という損益を共有する者同士としての・・・ね?
「侯爵を救出した功績は大きい。そう目くじらを立てなくともよい。
功をあせる若い戦士たちの気持ちもわかるというもの。かつては、我らもそうであった」
「・・・甘やかされては他の者たちに対して、けじめがつきませぬぞ、ラーグ閣下」
遠回しに苦情を言うだけで、反論も反対もしてはいないダイスダーグ兄上様によるラーグ公への奉答。
要するに、この場における裁量権はラーグ公の胸先一つで決まってしまう、全ての者たちの立場と順位が明確に図示されたような感じですね。いや~、分かり易いですなぁ~。
「そなたがダイズダーグの弟か。・・・楽にしてよいぞ」
「はっ・・・」
指名を受けて、只一人立ち上がるラムザ兄様。
「なるほど、亡きバルバネス将軍にそっくりだな・・・。よい、面構えだ」
「恐れ入ります、ラーグ公爵閣下」
「それから・・・おお、そなたの隣におるのがダイスダーグの妹だな。何年ぶりであろうか・・・久方ぶりに顔を見たい故、楽にして欲しい」
「はっ、閣下」
兄様の斜め後ろ隣で跪いていた私にもお声がかかったので、一礼して立ち上がり兄様に並ぶため前に一歩だけ進み出ました。
「ほう、やはり兄妹だな。そなたにもバルバネス将軍と似たもの感じさせられる。よい、目付きだ」
「恐れ入ります、公爵閣下」
「固くならずともよい。実のところ私は過去に一度そなたと会って会話をしたことがあるのだよ。そなたは幼かった頃の時分故、覚えておらぬだろうが・・・」
「いえ、閣下。覚えておりまする。兄上様の誕生日を祝う席上に御自らお越し下さり、末席でさえなかった当時の私に優しくお声をかけて頂いた興奮と感動は、時の流れごときで忘れ去られるほど易いものではありませんでしたので・・・」
私が転生者ならではの共通特典、幼い頃からの優れた記憶力を使って美辞麗句とともに社交辞令を口にすると、ほんの少しだけラーグ公は驚いたように黙り込んでから、続いてニコやかな笑顔を浮かべられました。
たとえそれが社交辞令とわかり切っていたとしても、面と向かって痛罵してくる人間よりかは表面上の礼儀だけでも守って対応してくれる人の方が好意は百倍持ちやすい。形式主義で権威主義が基本の階級社会上部に生まれ育った人なら尚更に。
そういうものですよ、人間の心なんていうご都合主義の産物めいた代物はね。
「物覚えの良い子供であった・・・、その聡明さと兄の武勇、ありあまる若さと力は城の警護だけで補えるものではなかったということじゃ。そうは思わぬか? ダイスダーグよ・・・・・・」
ラーグ公から意味深な視線を向けられながら告げられた“命令に対して”兄上様が反応するまでの間に結構長い時間が流れてゆきました・・・。
「・・・・・・骸旅団殲滅作戦も大詰めだ。お前たちの参加を許そう」
懊悩の末に主君の命令を受け入れた家臣の体を形作った後、ダイスダーグ兄上様はそのように結論を口に出されました。
「いくつかの盗賊どものアジトを一斉に襲撃する。そのひとつをお前たちに任せる」
「・・・はい」
ラーグ公の求めに応じ、ダイスダーグ兄上様が懊悩しながらも承諾して命令を変更させ、ラムザ兄様が声に出して新たなる命令を受諾する。
――これで今回の一件は全て解決してしまったことになるのでした。
ダイスダーグ兄上様が問題提起し、北天騎士団とベオルブ家にとって直属の上司ラーグ公が許してやるよう判断を示し、兄上様が主の意を受け新たな決定を下す。私たち下っ端には最初から命令されたことを拒絶する権利も自由も与えられていないし許されてもいませんので、これでセレモニーはすべて完了したということになりますね。
たった、これだけ。これだけの手順を踏むだけで、この件について問題提起することができる人は少なくとも中級以上の貴族の中には一人たりといやしなくなることになるからです。
ベオルブ家の当主が問題だと思ったことを、主君であるラーグ公が「許せ」と言って、武門の頭領ベオルブ家は渋々矛を収めた出来事・・・それを一体どこの誰が非難できるというのでしょうか? 誰にも出来やしません、したくても身分の壁が邪魔をするからです。
もし今回の一件でラーグ公に間違いを正してやりたいと願いを抱いてしまった場合には、もれなくゴルターナ陣営への参加権が得られるでしょうし、勝って生き延びていたなら望んでいた目的達成が自動的になされるようになっていることでしょうよ。
どちらも所詮は、政治ショーという演劇の中の一幕。
すでに先の見えた骸旅団殲滅作戦の次に訪れるであろう、『もう一つの大乱』に備えるための布石でしかない路傍の小石でしかない茶番劇。
ハッキリ言って反吐が出る思いですけど、今だけは利用させてもらいます。
私にも、兄様にも、そしておそらくディリータさんにとっても、現実を学ぶための社会見学する場所と状況の最も適した現場から遠ざけられないようにするために。
・・・さて、政治の話はこれくらいにして割り当てられた作戦面の話にでも戻りましょうかね、軍人らしく。そっちの方がまだしも気が楽そうですし。
私たちが任された骸旅団のアジトは『盗賊の砦』と地元の人たちから呼ばれている、海上に浮かぶ正式名のない小さな砦。
元は漁師さんたちが避難所として使っていた小屋だったそうですけど、五十年戦争時に用いられた私掠船戦術などの悪影響により長らく放棄され続けていく中で、いつからか盗賊のアジトになってしまい改築増築が繰り返されていき、今ではある程度立派な拠点になってる場所だそうですね。
ぶっちゃけ、この砦が『盗賊の砦』と呼称されだしたのは今に始まったことではないらしく、骸旅団以前にもいくつかの盗賊団が根城として利用してきては増長と没落と滅亡とを繰り返してきたという黒歴史を持つ場所だったりもするそうです。
今回、複数拠点への同時奇襲攻撃という時間を合わせるのが難しい作戦であるにもかかわらず、私たちのような士官候補生で編成された出来合いの部隊でもできると任されたのは、そういう事情も関係しているのでしょう。
この辺りで敵が拠点として使っている場所があるとすれば“ここ”と、最初から候補がわかっているなら攻撃ポイントの特定と決定は容易ですからね・・・。
オマケにどうやら命惜しさに味方を売る裏切り者まで出始めているらしく、敵指揮官を含む複数の敵情がダダ漏れ・・・これでは『子供たちでも楽に勝てる相手』と侮られるのも致し方ありません。
んで、なになに・・・敵の指揮官さんの名前は『ミルウーダ・フォルズ』さん。姓から見てウィーグラフさんの妹ですか。
女性騎士であるが故に旅団内での地位と権限は必ずしも高くなく、実力的にもお兄さんには遠く及びませんから戦略的には倒したところで大した損害を敵に与えられるわけではない人ですが、地位や性別がどうであろうと『敵首魁の実妹』という生まれの出自には政治的な効果があって―――って、チィッ!!
政治の話から頭離すつもりが、まーた政治がらみの任務になっちゃってるじゃないですか! 勘弁して下さいよ! 名誉挽回と立身出世にゃちょうどいい立ち位置にある間柄ですけども後味が悪すぎる相手ですし!
しかも、団内における役割が『団長である兄の補佐』って、なんか誰かさんを彷彿させてくる気がしてスッゲー戦いづらいんですけども!?
・・・はぁ。仕方がありませんね、今回はその線で対処法考えてみることにしましょ。無駄な血を流してもあんまし意味ないからなぁ~・・・。
そして何より。
――どうせ、この戦いは『今の時点で終わっています』。死ぬのも殺すのもバカらしいだけの殲滅作戦。
『来たるべき真の戦い』を目前に控えた二大巨頭にとっては布石として利用すべき前哨戦でしかない代物のはず。こんな戦いで死のうが生きようが、後世には何の影響も与えられはしないでしょうからね・・・。それならせめて無駄死にの数を少しでも減らして次のために温存しておいた方が少しはマシってものでしょうよ。
なんとなく今一瞬、お父様が残して下さった遺言を思い出しました。
【ベオルブの名に恥じぬ女になれ・・・。
不正を許すな・・・。だが形にこだわり、本来の法の在り方を見失うな・・・。
自分が正しい道を歩んでいると信じられる人を支えてやるのだ・・・。
おまえはおまえらしく在り続ければそれでいい・・・。】
「・・・今のイヴァリースには改革が必須だと感じた骸旅団の認識は正しかったですが、正しい認識が正しい行動に繋がると決まっている訳でもなし、正しい志が正しく報われる世の中でもありませんしね。
だからこそ彼らは改革を推し進めようとしたわけですから当然ですけど、今のままだと彼らの投げた小石は歴史の大河の中に埋もれてしまうだけで終わってしまうしかないでしょう・・・せめて彼らの志だけでも後世に伝え残せる人が確保できればいいんですけども、彼の妹さんはそういうのOKする人なんでしょうか? わからんとですねぇ・・・」
「――ん? どうかしたのかラムダ? なにか作戦に不審点でもあったのか?」
「・・・どうしたんだい、ラムダ? なにか心配事でも見つけられたのかい・・・?」
「いえいえ、別にな~んにも♪ お気になさらないでくだぁ~さい☆」
「――――ケッ!」
私が独り言をブリッコ愛想笑いで誤魔化して(我ながら気持ち悪い・・・)アルガスさんに聞こえよがしな舌打ち聞かれさせられちゃいながら(相手は聞こえるような音量で、私は聞こえないような声量で言ってたので内容は聞かれちゃいないでしょうけどね)私たちは与えられた任務を果たすため各々が各々の役割と目的ごとに別々の出撃準備を整えるため屋敷の中を足早に進んでいきました。
さぁて、次は軍人としてお仕事の時間ですよ・・・ッ!!!
――そのしばらく前のこと。
ラムザたちが辞したダイスダーグの私室にて。
「申し訳ありませぬ、閣下」
窓外の風景を眺めるために移動した上司の背中に対して、ダイスダーグもまた己のしでかした失態に対する罪を謝していた。
『エルムドア公爵を誘拐させた後に北天騎士団の手で救出して恩を売り』
『それに連座して此度の不祥事に対する責任を取らせることで潜在的な敵を排除する』
・・・この二つの計画の内、半分までしか達成することが出来ず。
しかも、その半分を担った実行役が想定外の人選となってしまったため仲裁の役割を主君にお願いせざるを得なくなった己の無能非才ぶりを詫びていたのである。
「愚弟たちのしでかした不祥事を納めるためとはいえ、閣下に無用なお手間をおかけする無礼を犯してしまいました。この失態は必ずやより以上の成功を以て報いさせていただくことをお約束いたします」
「気にするな、ダイスダーグ。所詮、ギュスタヴもその程度の男だったと言うことだ。
彼奴の失態と比べたら、弟御たちのしでかした独断専行など可愛いものよ」
サラリと言い切って、この件は手打ちにすることを明言して言質も取らせたラーグ公は窓外に視線を向けたまま腹心の部下に表情を見せることなく話を続けていく。
「どのみち、公爵誘拐がガリオンヌ領で行われた時点で、計画変更は避けようがなかったのだからな・・・。
それに救出したのが想定外の人選になったとは言え、ベオルブの者が侯爵の命を助けたのは事実。こちらの要求に対して侯爵側も妥協しないわけにはいくまい。
結果として、貴公の弟君と妹君の行動は我々を有利な立場にしてくれた・・・“その功績と比べたら”此度にしでかした命令違反など些事に過ぎん。気にするほどの価値はあるまいよ」
「・・・・・・・・・」
先ほどラムザに自らが放った言葉が持つ“本当の意味”を語って見せたラーグ公の本音に対して、ダイスダーグは反応を示さない。
無礼に当たるからだ。
己が責任によって主君のためにと計画し実行させた計画が失敗に終わり、結果的には良い効果をもたらしたからと主君が免責することは地位身分に伴う特権として当然の権利であるとはいえ、許された目下の者がそれに肯定の言葉を返すことは許されない。
それが貴族社会における、“身分の差”というものである。
上の者と下の者とでは、正しさの基準が違って当然なのが階級社会というものなのだ。
人は生まれながらにして平等“ではない”を基調とするのが貴族社会である以上、彼らの倫理観にとって先ほどのやり取りも今の発言も決して人の道を外れることには当てはまらない。そういうものだ・・・・・・
「それに、妹君から提出された報告書によれば、弟君たちより先にウィーグラフの不忠者が救出の現場に到達していたらしいではないか。
ギュスタヴが奴に勝てる道理がないのは自明・・・ならば奴一人の手で侯爵が救出されてしまう可能性も十分にあったということだ。そうなれば我らはとんだ道化を演じてしまったことになる。それを未然に防いでくれただけでも弟君はよくやってくれた。
先ほどの件は、その礼だ。未来の主君として、功ある若者に報いただけのこと。そなたが気に病むことではない。気にするな」
「御意・・・・・・」
今度はダイスダーグは返事をして、公爵の意を受け入れる。
それが目上に対する礼儀であるからだ。
目上の者が主君としての度量を示し、功ある部下に褒美を与えて報いた。
これに異を唱えるのは主君の決定にケチをつけるばかりか、部下への人事権まで口を挟み、あまつさえ自分が叱責して上司が庇い立てした部下に嫉妬していると思われても文句の言えない家臣として最悪の愚行。
そのような悪手中の悪手を用いる無能さとダイスダーグは、国内で最も無縁な一人であるはずであったし、また彼自身もそう在らねばと研鑽を積んできた自信もある。
なにより、所詮は士官候補生でしかない未熟な若者たちがしでかした“若さ故の過ち”でしかない事件なのだ。最悪の事態に陥っていた可能性もあったとは言え、可能性は可能性。終わってしまえば当事者以外からの記憶からはすぐに薄れて消えていく程度の些事でしかなかった事件を必要以上に追求して、零れたミルクを拭いた後で嘆くが如き愚行を犯す必要性は双方ともに全く認めない性格と価値基準の持ち主だったのである。
「それより妹君からの報告書にあった提案についてはどうか?
なかなかに見るべきところが在り、私は全面的に賛同するつもりでいるが・・・彼女の上司は私ではないからな。最終決定権は貴公にある。その貴公から見て、どう映ったか? 意見を聞かせてほしいな、我が友よ」
「はっ、『此度の一件を美談として吟遊詩人や劇団に上演させる』という提案についてですな。私も報告書をつぶさに読み返して不備がないことを確認いたしました。
いくつか改善の余地在るところを、先ほどの会談中に修正するよう家宰に命じておきましてございます。明朝までにはイグーロス中にある場末の劇場を賑わせる脚本を完成させてご覧に入れましょう」
「まこと兄思いの良き妹君らしき活躍よな・・・・・・」
表情を動かさぬまま、だが不機嫌さを微塵も感じさせぬ声と顔でダイスダーグとラーグ公はラムダから報告書に添付された形で提案されてきた内容に満足の意を現していた。
彼女が今回、免責を勝ち取るため用意していた“テコ入れ”とは、この二つのことを指していたのである。
ひとつ目は、今回の一件での顛末と経緯を記した『報告書』
自分たちのやったことを過剰も過小もなく客観的に事実だけ捉えて、あるがままを書き記した物をイグーロス城に着くより大分前からベオルブの名を出して早馬を走らせ届けさせていたのである。
これにより、責任感が強すぎる余り『自分が命令違反を犯して勝手に出撃したこと』に意識の全てが持って行かれてしまい優先順位を取り違えてしまっていたラムザの言葉不足は全て解消される結果となり、ダイスダーグが求めた説明には文字通り形式的な意味しかなくなるよう細工がなされた状態で今回の詰問は始まっていたのだった。
そして二つ目は、『ラムザの活躍を創作物の騎士道物語として各地の劇団に公演させて人気を得る』という政治的プロパガンダ工作の提案だった。
転生者の利点を生かした彼女らしい提案だったと言えるだろう。安くて容易に実行が出来、効果は確実に得られてリスクは皆無。・・・宣伝という物の価値を熟知した現代人らしいやり口であった。
イヴァリースには五十年戦争前から戦争を経た今に至るまで無数の劇場が各地に点在しており、作家を志す文学志望の若者たちの資金的援助は貴族の嗜みとして良いこととする伝統も消え去ることなく生き続けている。
が、現実の課題として事実上の敗戦による不経済と治安の悪化、人心の荒廃などの社会問題は如何ともしがたいものがあり、各地に点在する劇場も作家たちも日々の糧にすら事欠く有様であり、中には詐欺師の片棒を担ぐことで日銭を稼いでいる者も多く出始めているという陳情すら入ってきている窮状が現在のイヴァリースにおける劇団の実情であり、ダイスダーグやラーグ公たち支配者層にとっても頭の痛い事案の一つになっていた。
その一石二鳥の改善策が、ラムダによってもたらされたのである。彼らとしては早速実行させ、報酬としての免責を与えてやることに躊躇いなど微塵も感じる理由はない。
『かつてよりも遙かに安い賃金で仕事をしている場末の劇場や作家たちには、名門貴族お抱えの作家たちに書かせた草稿を安く売って自分なりのアレンジを加えて上演させてやり、それが民に浸透していくのに合わせるタイミングでラムザたちの活躍を民たちの間に口伝で流布させていく。
上からの強制で浸透させるより、下から自然な形で広めていった方が浸透速度は圧倒的に速く確実であり、民たちの噂話という形で広まるのだから自分たちがやるのは最初の一手間だけで済み、後は火を消されぬよう金という風を送り続けてやるだけでいい・・・・・・』
厭らしいほどに群集心理を熟知しすぎたラムダらしい提案内容は二人の権力者――特にラーグ公にとっては万金に値する功績に相応しいものを感じさせられ、彼が今回の“茶番”に際して最初から乗り気であったのも実はこれが一番の理由だったりする。
「まったく、聡明な妹君を持てたそなたが羨ましいぞダイスダーグよ。我が愚妹に、そなたの妹の英知が十分の一でいい、備わってくれていたなら此度の計画そのものが必要なかったことを思うとつくづくそう思わざるをえんよ」
「まことに恐縮の極みに存じます・・・」
注意深くダイスダーグは奉答し、具体的な返答は避ける道を選択する。
何故ならこの批判的な発言は、ラーグ公だからこそ許される言葉だったからである。
ラーグ公の妹君であらせられる現イヴァリース王妃、ルーヴェリアへの批判的言動は、言うまでもなく不敬罪に該当する。家臣としてあるまじき失言、許されざる反逆的言質である。
実兄である彼には私的な場に限り許されていたとしても、彼以外の者には許されるべきものではない。唯一許される者がいるとするならば、それは国王陛下以外には実在してはいけない人物への批判なのだから。
「アレはあまりにも悪い部分が貴族令嬢でありすぎた。
妹の躾を家の者に任せきりにしてしまった私にも責任はあるが、それでも母譲りの美貌を活かして王に取り入り一生安泰な地位と生活を保障してやったというのに、あの愚妹めが。
王妃というお飾りにしてもらえただけでは飽き足らず、身の程知らずにも形式に実を伴わせるため政にまで口を差し挟み出す始末。
我が家臣団が実質的政治を執り行っているとは言え、あれでは気位ばかりが高い大貴族どもからの反感は免れまい。そしてその批判は、奴の兄である私にまで向けられる・・・・・・いい迷惑だが王妃は王妃。世継ぎを生んだ功績もある以上は、厳しく当たるわけにも行かぬ。つくづく兄想いで優秀な妹を持てたそなたが羨ましい・・・・・・」
ラーグ公は、今日の中で一番長い発言を“愚痴”と言う形で口にする。
それが彼の嘘偽らざる本心を現すものだったからである。
全く以て彼としては冗談ではなかった。現在、ラーグ公のライバルと目されているゴルターナ公と彼自身とは、位階も爵位も保有する戦力と名声においてさえ完全に拮抗しており、血筋においても同じ家を祖とする者同士である以上、差は欠片ほども存在していない。
そんな互角の両家から今代の王妃を嫁がせたのはラーグ公爵家の側なのである。本来ならば『この戦いの次に来るであろう真の戦い』において、ラーグ公側は大貴族たちも含めた圧倒的優位な勢力を築けていたはずだったのだ。
それが蓋を開けてみれば実情はまるで真逆、有力貴族の大半はルーヴェリアへの個人的な嫌悪感も手伝ってゴルターナ公を推しており、王妃の専横ぶりを恐れる議会が自分を排斥しようとしているとまで噂される始末。
貴族たちが当てに出来ない以上、頼るべきは敗戦のツケで没落した貴族や、職を失った騎士たち、現在の既得権益層に義理立てする理由を持たない目先の利益で転んでくれる者たちしかない。
彼らに味方してもらえるため、人気取り工作は今のうちからしておくべき事柄であり、その為に役立つのなら如何なるものでも利用するのが政を担う者として当然の判断だった。
そう。戦に勝つため、利用できるものは何でも利用すべきものなのだ。それが実弟の不祥事であろうと、実妹の策略であろうとも関係なしに。
結果的に自分たちを有利にしてくれるのなら、それで良く。正しさも規律も法の尊さも、その為に使う道具の一つでしかないのだから・・・・・・。
「国王の命もあとわずか・・・事を急がねばなりませぬ。今回のラムダが具申してきた提案も、それを踏まえてのもの。
必ずや【来たるべき次なる戦い】において我らベオルブ家が閣下に勝利をもたらしてお見せいたしましょう・・・」
「ああ、期待しているとも。我が友よ・・・。
そして私が信頼する、我が友の一族たちよ・・・・・・」
―――そして。
ダイスダーグとラーグ公が密談を終え、ラムザとラムダの兄妹が廊下を通り抜けてそれぞれの準備に精を出していた頃。
イグーロス城内にある、ザルバッグの執務室にて。
「・・・・・・その話は、真であろうな? サダルファスの姓を継ぐ者よ。売名のため用いていい名と姓と、“そうでない”ものとがあるぐらい知っておいてよい年頃だと判断するが、それでもか?」
「ハッ! 家の名に誓って嘘偽りは申しておりませぬ閣下。私めが今申し上げたことは全て真実でございます」
「ふむ・・・」
椅子に座し、書類を眺めて処理していきながら相手の顔を見ようともせずザルバッグは曖昧な答えを返し、彼の前に跪いている若者――たしか、ランベリーから訪れて我が家に逗留を許されていた騎士見習いで“アルガス”とかいう名を持つ者からもたらされた情報を、どう判断してどう処理するかについて考えをめぐらし始める。
彼がもたらした情報―――平たく言えば“密告”の内容とは、こうだ。
『先日おこなわれた“砂ネズミの穴ぐら”において平民のディリータが骸旅団団長のウィーグラフを敢えて逃がすためラムザに追撃をやめるよう促していた。
その目的は親友の地位を悪用してラムザに取り入り、骸旅団をはじめとする恩知らずな平民どもの革命とやらに利用する腹づもりである可能性が高い。十分に警戒されたし』
・・・という趣旨の内容。
また、交易都市ドーターにおいて交わされた彼との会話も自分に都合のいい部分だけを抜粋して嘘偽りは交えることなく語って聞かせていた。
彼も貴族、我も貴族。そして彼奴めは卑しい血が流れる平民の子・・・相手に求められている情報はアルガスには手に取るように解る。
少なくとも、彼自身は相手が求めている情報は自分と同じ貴族としての価値基準に順するものだと、彼自身は心の底から信じて賭に出たのである。
この機を逃せば自分が成り上がる好機は二度と訪れまいと、そんな危機感と期待感に尻を蹴飛ばされながら震える拳で扉をたたき、雲の上の地位にある北天騎士団団長の前まで進み出て密告をして、自分を助けてくれたものの一人である恩人を売り飛ばして新たに高い地位身分を得るために・・・・・・。
「もし、僅かでもお疑いなされた場合、わたくしめの首を今この場で切り飛ばし罪を罰して下さいますよう閣下にお願いいたします。その覚悟で私めはこの場へ参りました」
「うむ・・・・・・」
実直な武人として名高いザルバック卿が好みそうな表現を用い、アルガスは貴族の一員である自分の方が平民出身のディリータよりも信頼に値するのだと熱心に、そして慎重に説き続けた。
売り込みに失敗すれば一巻の終わりである。それだけは何としても避けたいアルガスとしては必死にならざるをえなかった訳だが、その苦労は相手の言葉で正しく報われた。少なくとも彼はそう判断した。
「・・・相分かった。そなたの言葉に嘘偽りは感じられぬ。そなたをディリータ監視の任に用いることとする」
「・・・!! ハッ!! ありがたき幸せ! 臣の全力を以て閣下の信頼と期待にお応えさせていただくことをお約束いたします!!」
「だが、勘違いはするな。アルガス、私は貴様の言葉に嘘偽りはないものと信じたが、まだディリータを疑っているわけではない。
もしそれが真実だとするならば証拠を手に入れ私の前に持ってこいと言っているだけだ。それが出来るだけの地位を与えた、それだけでしかない地位と身分と権限を貴公に一時的に貸し与えただけのこと・・・ゆめゆめ忘れるでないぞ? アルガス。悪名高き裏切りの騎士の家名サダルファスの血を継ぐ者よ・・・」
「・・・っ」
「報酬の前払いだ、支度金を与える。もし貴様の言うことが真実であり、任務を達成した暁には正式な北天騎士団団員として俸禄とふさわしい邸宅も用意することを約束してやる。それまでは雇われ者の身分である己を忘れぬよう心するがよい」
「――はっ、閣下の御意のままに・・・。では、御免・・・」
そう言って、投げ渡してやった金貨の詰まった袋を押し頂きながら背を向けることなく部屋を出て行くアルガスの足音が、扉を閉めて遠ざかっていく。
それが途絶えて聞こえなくなってきた頃、ザルバッグは大きく溜息をついて自分が今まで見下ろしていた、跪いて頭を垂れていたアルガスには見たくても見れなかった“報告書”を机に向かって投げ出しながら慨嘆する。
「裏切りの汚名を晴らすため、裏切りによって事を成すを望むかサダルファスの姓を継ぐ者よ・・・。
あのとき祖父に被せられていた汚名は必ずしも信じるに足るものではなく、証拠もなく、証人さえ信じるに足らぬ小物が一人いるばかりの、戦時下における混乱あってこその疑惑でしかない代物を孫の手で確定事項として家名に消せぬ泥として擦り付けることを決断するか。愚かなものだ。
他人との比較でしか自らの価値を計れない人間など、無様以外の何者でもなかろうに・・・」
ザルバッグはそう言い切る。言い切ってみせる。
それこそが貴族という生き物が持つ、根底的な欲求であることを承知の上で言い切ってしまう。
『競争心』とは人間の心の中で最も薄暗く醜い感情のひとつであり、貴族はそれを最も強く持って生まれ育つ人間たちを指す言葉である。
それ故に貴族は、それを自覚し自制する術を心得た者だけが、万人の上に立つ資格を得ることを万民に許されるのだ。
アルガスにはそれが無く、ザルバッグやダイスダーグ、ラーグ公にはそれがあった。だからこそ上下が生まれた。それだけのことである。自らの責任で落ち行く道を選んだ者にかけるべき情けなど、腹違いの弟と違って彼にはない。
――まぁ、よいか。
ザルバッグは心の中だけでそう呟いて、この件を今の時点で全て「解決」の判を押した。
北天騎士団の団長である彼にとって、今し方アルガスに与えた密命も、ディリータの裏切り疑惑もどちらも些事でしかなく、真相などどちらだろうとどうでもよい。
重要なのは、現在自ら指揮しておこなっている骸旅団殲滅作戦にかんする是非のみである。
「盗賊相手の殲滅戦だ。戦略的に見て戦闘の帰趨は作戦開始が決断された時点で既に決している・・・・・・なら後は、取りこぼしのみを警戒するだけでしかない・・・」
まだ戦い自体が終わったわけではないとは言え、戦の勝敗そのものは現時点で定まっている戦いにおいて、今さら一戦闘の勝敗やら潜んでいた裏切り者が本性を現そうが大した問題になるわけもなく、全ては『勝利』の一言の前に意味を損失するのは確実。
ならば警戒すべきは『勝利にケチをつけてしまうこと』のみ・・・・・・
万が一にも骸旅団の首魁、ウィーグラフを取り逃がしてしまうなどと言う致命的な失態を犯してしまったとするならば、その失態は全ての功績と名声を地に落とすに十分すぎるものがあるのは確実だろう。
雑兵の首などいくら取っても、同じ雑兵にしか意味が無く。
彼一人を逃してしまった時点で貴族側にとっての作戦失敗は確定してしまうのだから。
それだけは何としても阻止しなければならない。
・・・だが、戦場というものは何が起きるか分からない場所だ。万全の体制を敷き、必勝を期して望んだ戦いであっても万が一を無くすことは如何なる名将にも叶わない神の域。
もし万が一、億が一にもウィーグラフを仕留め損ねて、骸旅団の殲滅“だけ”は達成することができた・・・・・・そんな“最悪の事態”を想定して打っておいた手が先ほど投げ渡してやった金子である。
「いざという時は彼奴に詰め腹を切らせる。
ただでさえ、汚名により貴族位を剥奪され、同じ貴族からも白眼視されてきた裏切り者一族の嫡子という経歴は、貴族社会転覆を旗印として掲げる骸旅団に協力して首魁を逃すのに十分すぎるものがある。
はした金でエルムドア公爵への忠誠を売り渡し、味方を誹謗することでベオルブ家の末弟に取り入り信を得ようとした証拠も先頃手に入れてある。彼奴に限ってはこれで問題は無い。
・・・とは言え、一介の騎士見習の首一つで納まるほど易い失態ではない以上、他にも幹部クラスに候補を挙げておかねばならぬか・・・やれやれだな」
首を振り、気が滅入る仕事もせねばならぬ己が地位に伴う義務と責任に多少の思うところは感じながらも、ザルバッグは貴族としての義務をおろそかにしようとは思わず真面目に与えられた任務を果たすべく作業を続けるのみ。
何故なら彼は北天騎士団の団長であり、武門の棟梁ベオルブ家の次男なのだから。
万が一、何が起きたとしても。
自分の失態が原因になりベオルブ家と北天騎士団と主君たるラーグ公の名を汚すことなど在ってはならぬことなのだから。
そのために生け贄となる犠牲が必要だと言われたならば。
――それは決して、自分の愛するベオルブ家の人間であってはならない・・・・・・。
それが彼が信じ貫くと決めている真の騎士道・・・・・・
代々ベオルブ家が守りつづけた物を守り抜くことこそが、今は亡き偉大なる父が生涯をとして守り抜いた自分にとっても宝物である家族を死守することに繋がっているのだと、彼は固く信じていたのだから………
つづく