鈍色の残光は宵闇を拭う   作:坂下 千陰

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最近、この作品にはまったので書いて見ました。完全に自己満足でございます。


第一話

 この夏一番の心霊スポット!! 

 

 ありふれた週刊誌のありふれた1コーナー。ゴシック体で記されたそのページはとある閉鎖された病院についての特集記事だった。

 曰く、戦時中に軍の命令で人体実験を繰り返し、その犠牲者の亡霊が徘徊する。

 曰く、閉鎖した理由は突如発狂した一人の患者が他の患者、医師、その他職員を惨殺した事件が発生したため。尚、その発狂した患者も後に獄中で変死したとのこと。

 

 

 

「……馬鹿かよ」

 

 ───それが、黒葛周(つづらあまね)の率直な感想だった。

 

 ページを開いたままの雑誌をダッシュボードの上に投げると、あくびを嚙み殺しながら窓の外に目を向ける。移動中の車内。途中で立ち寄ったコンビニで暇潰しと情報収集を兼ねて購入した雑誌だったが、余りにも雑な内容は最後まで目を通すことすら辟易させた。

 暇を潰すどころか、不快指数が上昇するだけだった。

 

 微かな憤懣を心に押し込め、窓の外に流れる景色をぼんやりと眺める。

 

「退屈そうですね、黒葛術師」

 

 隣でハンドルを握った男性がそんな様子の周を横目に捉え、声をかけてきた。

 

「うーん、ただの退屈ってのとは少し違うかな。正しくは退屈7割、面倒臭さ2割、さて残りの1割はなんだと思う? 」

 

「何ですか? 」

 

「こんな面倒な任務を押し付けたアホ目隠しに対する殺意」

 

「……まぁ、五条さんは今仙台ですから、他に手が空いてて腕が立つ術師となると限られますからね。黒葛術師に割り振られるのは順当な結果かと」

 

「冷静に考えてよ伊地知さん、あのアホが仙台で真面目に任務に取り組むと思う? どうせ伏黒に丸投げしてご当地スイーツ三昧と洒落込んでるに決まってるじゃん」

 

「それは、……そうですね」

 

 ハンドルを握る男性、伊地知潔高(いじちきよたか)はそう言われて一瞬だけ考えたが、至った結論は擁護ではなく同意だった。

 

 五条と呼ばれる件の人物は、腕も頭脳も超一流だが性格の難儀さも超一流。基本何でも出来るくせに何もやらない。本人曰く、後進を育てるためと宣っているが、どこまで本気なのかは分からない。

 

「今回だって僕ちょっと仙台に出張してくるから、この任務よろしくって押し付けられたんだよ? こっちは3週間ぶりの休暇なんだっつの!! 折角事前にリサーチした映画見て、服買って、お茶してのストレス発散プラン立ててたのに台無しなんだけど!? 自分の都合で休日強制返上させるってどこのブラック上司だよ!!」

 

 急に盛り上がった感情のまま不満を吐き出し、ハアハアと肩で息を吐く周に伊地知は軽く苦笑を浮かべた。

 

「しかしながら、この業界は人手不足が常ですからね。多少の休日返上は致し方ないかと」

 

「それは分かってる! でもヘラヘラしながら有無を言わせずに人にほっぽり投げるあのアホの態度が気に食わない!! あれ? そう言えば伊地知さんともここのところ任務一緒だね? 同じく3週間連続? 」

 

「……いや、私は今日でちょうど5週目です」

 

「……なんかごめん」

 

「いえ……」

 

 彼が直後に吐いた長い長い溜息には疲労と、ありとあらゆる諦めの感情が含まれていた。

 伊地知のようなちゃんとした大人の諦念は、その言葉以上に重い意味を感じる。

 

「因みに何で? 今そんな忙しい時期だったっけ? 」

 

「そうですね、事前調査に資料作成、『窓』への聞き込み、方々への報告書、事後処理、事務書類の提出とそれなりに忙しくはありますが、……大体は五条さん絡みですね」

 

「本当にごめん」

 

 最後の一言で、周は伊地知の苦労の全てを察した。頑張る大人は本当に偉い、と改めて実感する。

 もはや、五条という人名は一種のNGワードになりつつあるようだ。彼に対する感情だけで新たな呪いが生まれかねない。

 

「いえ、──もう間も無く到着しますよ」

 

 先程から窓の外に流れる景色は住宅や建物から、林や畑に変わっている。街を離れ、郊外へと走る黒塗りの車の目的地がそろそろ見えてくるはずだ。

 

「それでは今回の任務の最終確認をします」

 

 運転しながら、最後の打ち合わせを行う。そう言った伊地知の口調も目も、疲れた様子から一転して『東京都立呪術高等専門学校』の『補助監督』のものへと変わっていた。

 周も情報の擦り合わせをするためにタブレットを取り出し、電源を入れる。

 ディスプレイに表示されたのは古びた病院の画像。ダッシュボードの上に投げ捨てた雑誌に掲載されていた廃病院と全く同じものだ。

 

「発端は2ヶ月前、肝試しに訪れた大学生のグループに対して起こった無数の足音のようなものが聞こえ、窓硝子が急に割れる等の奇妙な現象に始まります。その時は即座に逃げ帰り、彼らに直接的な被害は生じていません。しかし、1ヶ月後ネットの掲示板にてその体験談を目にした別の学生グループが動画を撮影して投稿する目的で訪れたそうです。直後に撮影に訪れたグループメンバー4人の消息が途絶えました。そして丁度先週、彼らの足跡から割り出したこの病院に捜索に訪れた警察官によって全員が遺体で発見されました。正確に言えば成人男性4人分の肉片が、あちこちにばらまかれていたようです。DNA鑑定の結果、消息を絶った4人の学生と一致。遺体の損傷具合から人的な物とは考え難く、緊急性が高い案件と判断されました」

 

 伊地知の説明に合わせて、周はディスプレイをスクロールさせ詳細を読み込んでいった。

 やはり、雑誌など当てにならない。全部嘘か多分な脚色のどちらかだ。本当に馬鹿だ、と周は思う。

 少なくとも今回の病院は戦後に設立されている。閉鎖されたのも、運営団体の無理がある多角経営が原因の純粋な経済破綻だった。

 しかし、真実だろうと嘘であろうと情報は不特定多数の目に留まる。

 心霊スポットにおいてはその結果として、呪いが呪いを呼ぶ。

 噂が錯綜し、肥大化し、呪いは現実に顕現する。

 無秩序な好奇心は、猫どころか人をも殺すのだ。

 

「また、複数の足音が聞こえたという点から群れである可能性が考えられます。故に今回の任務のメインは調査、可能であるならば処理となります」

 

「了解、さくっと終わらせてさっさと帰ろう」

 

「お願いしますね」

 

 伊地知がハンドルを切る。車は本道脇のなだらかな坂を登り始めた。

 行く手に見えてきた錆び付いた鉄の門には、真新しい立ち入り禁止のテープが貼られていた。その向こう側に見える古びた鉄筋コンクリートの建物が件の病院だろう。

 4階建ての総合病院。年月を経て打ち捨てられた構造物が纏う独特な雰囲気は、成る程心霊スポットにはぴったりだ。

 

「──到着しました」

 

 その門の手前で、エンジンを切り停車させる。

 同時に、助手席から降り立った周はテープを剥がして鉄の門をくぐり抜けた。

 

 ───空気が変わった。

 

 敷地内に足を踏み入れた瞬間、それをはっきりと知覚する。

 湿り気と粘り気を帯びた空気がまとわりつくようだ。

 毒であり、害であり、災い。

 一般人なら、既に嘔吐しかねない程不愉快極まりない負の空間。

 

「伊地知さん、最ッッ高に不本意だけどあのアホの判断大正解だった」

 

「やはり危険でしたか」

 

「これは調査の必要ないね、というよりそんな余裕はない。マジもんの緊急案件だよ。等級でいうならとりあえず4級の上、3級の中、1番上で2級の中程度ってところかな。ただ、数が多い。完全に群れでいる。即、祓うよ。正直犠牲が4人で済んでるのが奇跡的なレベルだと思う。それに立地も悪い。呪いが溜まる条件が整い過ぎているから、これ以上時間が経てば多分こいつらは進化する」

 

「それ程までとは……応援は必要ですか? 」

 

「あ、それはいらない。最ッッ高に不本意だけど何もかも引っくるめてあのアホの判断は正しかったってことだね」

 

 ここから、今回の任務は調査ではなく即時制圧に切り替わる。やるべきは一刻も早い殲滅。

 そして、一切合切叩き潰すには黒葛周はうってつけの人材だった。

 こうなる事すら考慮に入れて任務を振られたと思うと、抜かりがなさ過ぎて逆に腹が立つ。

 

「あー、くそッ! しゃあない、やるか!! 」

 

 ヒュッと腕を振った次の瞬間、その手に握られていたのは無骨な得物。

 

 槌矛(メイス)。先端部分の重量を用いて、ただ力任せに打ち砕くだけのシンプルな武器だ。

 1回、2回と調子を確かめるように振り抜く度に空気を叩く重い音が生じる。

 

「それじゃあ行ってくるから。一応帳は下ろしといて、郊外と言っても目に届く範囲内に住居とかあるしね。大体30分くらいで戻ってくるんでよろしくー」

 

「了解しました、お気を付けて」

 

 ひらひらと手を振りながら、分かりやすい程の破壊と攻撃の象徴を携えて、周は正面玄関へ歩き出した。

 

「……あっ伊地知さんさぁ、仮にね? この辺り一帯更地にしたら困る? 」

 

「困ります」

 

「……」

 

「……」

 

「じゃあ仮に、もし、if、万が一、部分的に吹っ飛ばしたら困る? 」

 

「私の睡眠時間が削られることになりますね、主に後始末で」

 

「ちっ、仕方ない。じゃあ鋭意努力ってことで」

 

「それ、壊さないって断言してる訳ではないですよね? 」

 

「──────鋭意努力します!!」

 

「あっ! ちょっ待ッ!! もう壊してる!?」

 

 走り出したその勢いのまま、正面玄関のガラスドアを蹴破って突入した周の後ろ姿を見送る伊地知は、頼むから穏便に済ませて下さいと心の中で祈る。

 祈りながらも、彼は仕事は真面目に熟すちゃんとした大人故に帳を下すことは忘れなかった。

 

 

 

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