鈍色の残光は宵闇を拭う   作:坂下 千陰

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第二話

 二つ、珍しい事があった。

 

 高専1年、伏黒恵(ふしぐろめぐみ)

 特級呪物の回収任務で仙台へ行っていた彼がぼろぼろになって帰って来た。高専入学時には、既に2級呪術師の地位を得ていた天才。その実力は勿論伊達ではない。本来ならば、その程度の任務で手傷を負うことなどあり得ないのにかなり消耗している様子だった。

 これが一つ目の珍しい事。

 

 二つ目は、転入生が現れた事。そもそも呪術師は圧倒的少数派(マイノリティ)である。人材の新規確保という面で見るならば喜ばしいことなのかも知れないが、どうにも曰く付きらしい。何でも相当危険な呪いを宿した存在とかなんとか。上層部は処刑したがっているらしいが、五条がほぼ無理矢理高専に保護する形で入学して来たようだ。

 

 

 

「ふーん、君が例の転入生か」

 

 周は目の前に立つ少年を眠そうな目で軽く見上げる。色素の抜けた髪は一見不良のように見えるが、人の良さそうな顔立ちで根が明るい印象を受けた。制服を着ていても分かる筋肉質な体つきは、なんの変哲も無いとは言えないが特に危険な感じも無い。

 

「で? なんか特級呪物飲み込んでヤバい奴取り込んだって? ははっ、イカれててうける。君って腹が減ったらそこら辺の虫とか生で食べる人なの? 」

 

「……先生、俺を見るなり軽くディスってくるこの人誰? 」

 

「ん、悠仁と同じ1年生だよ。恵は寝ちゃってるからとりあえず紹介できる人を紹介しておこうと思ってね」

 

「こっちも寝てたんだよ。誰かさんから面倒くさい任務押し付けられて休日潰され、戻ってきたらまた電話で叩き起こされ、労働基準法って素敵な言葉を知らないのか? いい加減にしないとそろそろ法廷で争うことになるけど」

 

「マジか、そんな酷い奴いるの。今度会ったらキツく言い聞かせとくよ」

 

「鏡を見ろ。今すぐに会えるぞ」

 

 五条はのらりくらりと非難を交わす。こちらが本気になる程体力と気力の無駄だと判断した周は、ぼーと突っ立っている少年の方へと視線を向けた。

 

「えーと、君の名前何だっけ?」

 

「あぁ、俺虎杖悠仁(いたどりゆうじ)。仙台出身、好きなタイプはジェニファー・ローレンス。よろしく!」

 

「いや、別にそこまで聞いてないんだけど……」

 

 気安い口調で話す虎杖。

 ついこの間までは呪いも呪術師の存在も知らない一般人だった筈だ。それなのに一夜明ければ呪術師の世界へと足を踏み入れた。

 人を救うために自ら猛毒を飲み、呪いの王の器となった。

 1000年現れなかった逸材。そのことがどれだけのリスクを背負うことになったのか。臆病な上層部が黙って見過ごす訳もない。馬鹿げた自己犠牲の結果、招くのが自らの死だとしても彼は逃げずにここに立っている。

 間違いなく愚行だろう。取り得る選択肢は他にもあった。にも関わらず、態々(わざわざ)最悪を選択した愚か者。

 

 しかし、そんな馬鹿だったら嫌いじゃない。

 

 虎杖を改めてまじまじと見つめる周の口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

「悠仁か、よろしく」

 

 周は、すっと右手を出す。

 

「おう」

 

 虎杖も笑顔を浮かべて出された手を握った。

 友好的な挨拶。それが呪いの王とのファーストコンタクト。

 

「……成る程」

 

 触れて、その瞬間理解した。余りにも危険で強大な気配は、存在するだけで致命的だ。

 

 虎杖に宿る最上位の特級呪霊『両面宿儺』

 

 それは、例えるならいつ炸裂するか分からない核弾頭。超弩級の劇薬。

 害悪、災厄、理不尽に死を撒き散らす異物。

 悠仁から手を離しても尚、首筋に刃物を突きつけられているような感覚に襲われる。

 表情には出さないが、周の背中には冷や汗が流れていた。

 

「それじゃあもう一眠りしてくる。悠仁、また明日ね」

 

「周はどう思う?」

 

 踵を返そうとした周に唐突に五条は問うた。

 

「どうって? 」

 

「分かってるだろう? 」

 

 その声色には、いつもの軽薄さがない。

 視線が、目隠し越しにでも周の目を真っ直ぐに捉えていることが分かる。

 

「あのさ、そんなこと聞いてどうすんの? どうせ自分のやりたいようにやるくせに。アンタ他者の意見を素直に聞き入れるタイプじゃないだろ」

 

 天上天下唯我独尊。傍若無人を地で行く。

 それが、五条悟(ごじょうさとる)という男だ。己の決めたことのみに従い、またそれを可能にする力を有している。

 彼がやると言ったらやる。周にはこの問答すらも時間の無駄に思えた。答えが分かりきってる問題を解く趣味は無い。

 

「うん、そうだね。僕は悠仁を保護すると決めた。外野連中がどう喚こうとも関係ない。妨げるものは何であろうと叩き潰すし、当然僕にはそれができる」

 

「だったら、何で───」

 

「周には分かって欲しいからだよ」

 

 聞く必要があるんだと言う周の疑問は途中で遮られる。

 

「僕には夢があるんだ」

 

 そして、続く五条の言葉に周は目を見開いた。

 

「周も知っての通り、呪術界の上層部は腐り切ってる。地位を守ることが大好きな馬鹿の見本市。黴の生えた古臭い因習にしがみ付くしか能がない老害共がのさばるゴミ溜めだ。そんなクソみたいな呪術界をリセットする」

 

「どうやって? 上の老人達を皆殺しにでもする? 」

 

「そうするのは簡単だけど悪手だよ。頭をすげ替えるだけじゃまた同じ奴等が湧いてくる。変えるなら根っこから変えなくちゃならない。それに力で無理矢理抑えつけるようなやり方じゃ誰もついてこないしね」

 

 半ば冗談のつもりで提案したのだが、五条は方法が悪いと言っただけで鏖殺自体は否定しない。

 手段の一つとしては、当然のように選択し得るものなのだろう。周は、呪術界全てを敵に回しかねない発言にも関わらず馬鹿馬鹿しいと一笑に付す事も出来ないリアリティを感じた。

 別の誰かが言えば夢物語。しかし、五条悟が言えばそれはもはや確定した現実に等しい。

 

「……大体考えてる事は読めた。だから悠仁を取り込んだのか」

 

「流石、頭の回転が速いね。でも、言い方が悪いよ。僕は悠仁の選択肢を増やしただけ。彼の方向性まで縛った訳じゃない」

 

「どうだか。でも、教育による真っ当な変革を望むなんて意外に平和的な方法を取ったね」

 

「大事なのは伐採ではなく、土から変える事さ。その為に強く、聡い仲間を育てたい。だから、自分の任務を丸投げすることもある、経験値を稼いで欲しいからね」

 

「もっともらしい理由でサボりを正当化するなよ、貴重な休日を返せこの野郎」

 

「最近の子は優秀だよ。特に3年の(はかり)、2年の乙骨(おっこつ)。悠仁も、そしてもちろん周もいつか僕に並ぶ術師になるだろう」

 

 今年は豊作だね、といつも通りの浮薄な笑みを浮かべる。

 

「アンタからの期待はイコールで厄介ごとに結びつくから嫌なんだけど」

 

 眉を顰め、ため息を一つ。

 

「結論から言えば基本的に何も言わないし、手も出さない。アンタの好きにすればいい」

 

「それは良くも悪くもってことかな? 」

 

「ここではっきりさせておきたいんだけど、個人的に悠仁の心象は悪くない。だから、もし何かあればサポートぐらいはしても良い。でも、それはあくまでもこっちの意思で決める」

 

 示しておきたいのは己の立ち位置。現状、どちらの味方でもないと言うこと。

 

「五条先生、アンタのことは信用しているし信頼もしている。不本意だけど多少は尊敬も出来る。ただ、アンタの(がわ)に付いている訳じゃない。当然、リスクを天秤にかける権利は使わせてもらう」

 

 呪術規定に基づけば、恐らく悠仁は即処刑されてもおかしくない。今、呼吸している事自体が微妙なパワーバランスの上に奇跡的に成り立っているイレギュラー中のイレギュラーの筈だ。

 無条件での受け入れは、この段階ではまず不可能。

 本音なら関わりたくないのだが、五条には借りがあるゆえの周なりの譲歩だった。

 

「上等。少なくとも処刑よりじゃないだけ良い」

 

「質問はもうないだろ? 今度こそ休ませてもらうからな」

 

「あぁ、ありがとう。時間をとらせて悪かったね」

 

 去っていく周の後ろ姿を見届けると、ようやく五条は悠仁に向き直った。

 

「ごめん、待たせたね」

 

「うん。あ、いやそれは別にいいんだけど……」

 

「どうしたの?」

 

「……先生、もしかしてだけどあいつ俺を殺すつもりだった?」

 

「あ、気付いてたの? そうだね、厳密に言えば殺意を前提にどんな人物かを測ろうとしたってところかな」

 

 周が悠仁の手を握ったあの瞬間、首筋に刃物を突きつけられたような感覚を味わったのは周だけでは無かった。

 それを表すかのように、悠仁の額からは一筋の汗が流れている。

 

「良かったね、悠仁の人間性がクソだったら今ごろ潰れて地面のシミになってたかも」

 

 物騒な台詞をさらりと笑顔で宣う五条。

 

「恐らく高専の生徒の中で一番厄介なのは周だよ。あの子は即断即決、自分が必要だと思った事をただ実行する。そこに迷いは全くない。極端な話、例え笑いながら楽しくお喋りをしている途中でも、必要なら1秒後にその相手の頭を簡単に叩き割れるような人間だ。だから、悠仁に今会わせたんだよ。下手すれば学長よりも関門になり得るからちょっと賭けだったけど、あの様子じゃ少なくとも今すぐ殺される心配はないみたいだね」

 

「……ただの危険人物じゃん」

 

「ドン引きなのは分かるけど、まぁ大丈夫だと思うよ。どうやら悠仁気に入られたみたいだし、殺すにしても猶予はくれるでしょ多分」

 

「多分? 」

 

「多分」

 

「えぇ──……」

 

 嘯く五条とため息を漏らす悠仁。前途多難なこれからを匂わせるように、沈む夕日が2人を照らしていた。

 

 

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