TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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閑話休題「女誑しラルフ」

「ねぇラルフー。そろそろ僕と結婚する気になったかい?」

「お断りだ!!」

「ちぇー」

 

 それは、いつもの光景。

 

「……ポート、懲りない」

「あの積極性が私にあれば……っ」

 

 獲物を狩る目で、男子に抱きつくショートヘアの女の子。

 

 呆れた目で、二人を見つめる魔女帽子。

 

 アワアワと、焦燥を顔に浮かべ割って入ろうとする小柄な娘。

 

「がーっ、ベタベタ引っ付いてくるなポート!!」

「今日もラルフが負けたからね。罰ゲームさ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 女の子3人に囲まれ、やいのやいのと持て囃されている彼こそ。村でちょっとした話題となっている「モテモテのマセガキ」ラルフであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、お前って誰に似たんだろうな」

 

 老いた鍛冶師ランボは渋い声で、今日もキスマークを付けて帰ってきた息子に声をかける。

 

「どういう意味だよ」

「……いや。まぁ、別に悪い意味ではない」

 

 鍛冶師として質実剛健に、硬派に生きてきた彼にとって息子のモテモテぶりは理解の外であった。

 

 同い年の3人の娘に囲まれ、婚約を迫られ、取り合いになっている。ラルフ達のそんな泥沼恋模様は村から微笑ましく見守られており、一部の性悪老人共によりトトカルチョが設定されていると聞く。

 

 老い先短いだろう彼らは、幼い少女達の面白い恋模様の結末を見届けるまで死ねないと、謎の生存意欲を発揮しているのだとか。

 

「ラルフ、よく聞きなさい。人間は誰しも一生に一度だけ、モテ期と言うものが来るらしいわ」

「……で? 何が言いたいんだよ母さん」

「つまり、貴方は今を逃すと一生モテないかもしれないってことよ」

「何で!?」

 

 ラルフの恋物語を楽しんでいるのは、何も性悪老人だけではない。実の母親ですら、面白半分に見守っていたりする。

 

 娯楽と話題の少ない小さな集落では、幼い子供の恋話なんてこの上なく微笑ましいゴシップなのだろう。

 

「と、言うことで。貴方、あの中で好きな娘は誰なの?」

「そんなん居ないし」

「照れなくていいわよ、誰にも言ったりしないから」

 

 無論、これは大きな嘘である。この母親、誰がラルフの本命かを聞き出すことに成功すれば、きっと翌日には村の津々浦々まで広めるだろう。

 

「やっぱり、一番好き好き光線だしてるポートちゃん? 落ち着いてておとなしいアセリオちゃん? ちっちゃくて可愛いリーゼちゃん?」

「だーかーらー、アイツらとはよく遊んでるけど、そんなんじゃないってば!!」

「またまたー」

 

 そんな母子のやり取りに、父親であるランボはため息を吐く。育て方を間違えたつもりは無いのだが、まさかこんな女たらしに育つとは思わなかったらしい。

 

 ……と言うか。息子が約7歳にして、ランボが人生でも経験したことのないモテモテぶりを発揮して少し凹んでいるだけかもしれない。

 

「そもそもリーゼはそんなんじゃないだろ! いもうとみたいなもん!」

「……そっかー」

「リーゼはアホアホだし、ほっとけないから面倒見てるけど……。向こうはあんまり俺の事好きじゃなさそーだぞ、この前も無意味にビンタされた」

「そっかー」

 

 リーゼはまだ、ツンツンしたいお年頃らしい。好きな子相手に素直になれない、実に年齢相応の恋をしている。

 

 ラルフの母親は、ほんのりリーゼを不憫に思った。

 

「で。アセリオは何か変な奴だし」

「変って。それは可哀想でしょ」

「この前、遊びの集合場所にアセリオだけいなくって、代わりに魔女帽子が置いてあった。みんなアセリオを探そうとしたら、魔女帽子の下から急にアセリオが生えてきてビックリした」

「……それ、どういう状況?」

「わからん。アセリオが言うには超魔術らしい」

 

 そしてアセリオは、相変わらず独特のムーヴを繰り広げている。仲間内でも「アセリオが何をやったとしても驚きはない」くらいには、謎の信用を得ている。

 

 友人を驚かせる為だけに、わざわざ早起きして地面を掘って自ら埋まっていた健気さを他の場面で発揮すれば、彼女の印象も大きく変わるかもしれない。

 

「じゃあ、やっぱりポートちゃん?」

「アイツは一番ない」

 

 母親の期待に満ちた目を、ラルフはそう言って切って落とした。

 

「ポートは、頭も良いし性格もまともっぽいけど……。よくよく話を聞いてみると、アイツが一番支離滅裂な事言ってる」

「例えば?」

「俺の事は全く好きじゃないんだと。で、俺に村長を押し付けたいから結婚して欲しいだけなんだと」

「……あらまぁ」

「アセリオが変な奴だとしたら、ポートはやべー奴。アイツと結婚だけは、ない」

 

 そう言って、バッサリと女の子3人を振ったラルフ。

 

 彼は持ち前の動物的な直感で、割と3人に的確な評価を下していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポートは、何でそんな俺を村長にしたいの?」

 

 ある日、ラルフはそんなことをポートに尋ねた事があった。

 

「俺、村の治め方とか知らないんだけど。俺なんかより頭の良い奴なんかいっぱいいるぞ?」

「そんな事を気にする必要はない。君に頭の良さは求めていないさラルフ」

 

 ラルフはそのポートに言葉に、遠回しにバカ扱いされた気がして少しイラっとした。

 

 ポートは頭の良い子供だった。書物や旅人から知識を大量に蓄えているらしく、まだ子供だというのに大人顔負けの知識量と発想と機転で村に貢献していると聞く。

 

 そんなポートから、こうも自分が熱愛されているのが不思議で仕方なかった。

 

「そういった事務的な事は、僕に任せてくれていい。今はまだ未熟だけど、僕が大人になるころにはすべて僕一人で切り盛りできるまでに成長して見せる」

「じゃ、俺は何をすればいいんだよ」

「僕に出来ないことを、君は出来る。それは、君を婚約者に選ぶのに過不足ない理由さ」

「……はー。素直に好きだって言ってくれりゃあ、色々と話が変わってくるんだけどな」

「ほう? なら、言おうかラルフ。……君が、好きだよ」

 

 まっすぐにラルフの目を見据え、照れることなく好意を口にする少女。だが、ラルフにはその少女の真意を読み取る直感があった。

 

「俺、なんとなく嘘と見抜ける。お前、それ本気で言ってないだろ」

「うーん、結構感情乗せたつもりだったんだけどなぁ。ただそれを見抜けるところが、僕には無いラルフの天性のセンスなんだよね。是非とも、僕と婚約してほしいものだ」

「それは、本気で言ってるんだな」

 

 ポートの自分に対する好意は、嘘。だが、彼女の自分と婚約したいと言う発言は紛う事ない事実である。

 

 その感情と行動の乖離を理解するだけの精神年齢をラルフは持ち合わせていなかった。だから、彼からしてポートという少女は友人であり、困惑の対象でもあった。

 

 何を考えているのかよくわからない存在。自分よりずっと頭の良いだろう人間が、自分を高く評価し求めてくる事は不気味でもあった。

 

「ま、今はまだラルフも女性に興味を持てない年頃だろうね。後ちょっと大きくなったら、きっとラルフはエッチな男になる」

「……おい、それどういう意味だ」

「そのままの意味さ。そうなった時、君がウッカリ性欲に負けてしまうことを祈っておこう」

 

 何やら、見透かしたことを言う。幼いラルフにとって、何を見て行動しているか分からない聡明な少女「ポート」は、まさに天敵だった。

 

 なお、このポートの発言にもきちんと根拠はある。前世では思春期の折、ラルフがポッドを誘い、幼馴染み2人の水浴びを覗いた事があった。

 

 そして、勘の良いラルフだけは見つかる寸前で逃げ出し、鈍いポッドはバレてリーゼから本気(マジ)ビンタを頂くという結果に終わった。この凄惨なエロ事件は、前世におけるラルフとポッドの関係に暫く大きな陰を落としたと言う。

 

 なお、アセリオは最初から覗きに気付いていて、敢えて見過ごしていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラルフー、今日こそ僕と婚約しておくれ」

「い や だ っ!! てかお前、こないだ領主の子に結婚申し込まれたんだろ! そっちと結婚しろよ!!」

「……その話は、忘れてくれラルフ。僕の心に癒えない傷を作ったんだ」

 

 そして最近のトピックス。なんとポートが領主様の跡取り息子イブリーフから、婚約を申込まれたらしいとの事。

 

 玉の輿どころの騒ぎではない。辺境貴族から、領主の妻へと大出世である。ラルフ好きっ娘筆頭である彼女は、この婚約をどうするのかと村中から関心が集まったのだが。

 

 

 

『ごめんなさい。色々と考えてみたけれど、その、どうしても────』

 

 

 

 ポートには何やらイブリーフに「飲み込みきれない」複雑で怪奇な感情があるらしく、彼女からの求婚を断ったらしい。わざわざ時間を作って返事を聞きに来た彼女は、甚く意気消沈して帰ったそうな。

 

 もっとも。そもそもその求婚自体も、快復した領主たる父親に「自由恋愛出来る立場か」と却下されたそうだが。残念ながらポートがイブリーフを受け入れていたとしても、婚約は成らなかった様だ。

 

 将来、イブリーフはきっと有力貴族の娘を娶って、後ろ楯を得るのだろう。そして血で繋がった貴族同士は、お互いに利を図る。

 

 それが、貴族社会の暗黙のルールなのだ。

 

 

 

「でも勿体ねぇ。うまく気に入られたら、ソクシツくらいは狙えたんじゃね?」

「側室、ねぇ。うーん、領主の側室にどれだけの権力があるか分からないし……、正妻じゃないんだったら村に残ってアレコレしたほうが村利かな」

「お前は贅沢な暮らし出来るじゃん」

「僕が贅沢な暮らししてどーするのさ」

 

 と、まぁ。ポートは自分が幸せになる事なんか一切興味がなく、村がより発展することが何より大事らしい。

 

 その歪なポートの願望こそ、ラルフが最も理解しがたい所である。

 

「にしても、なぁ……。すっごい美少女だと思ったのになぁ。男か、イヴ……」

「確かに、すっごく可愛いかったわね。あれが、男の子か……」

「あんなの詐欺だよ……」

 

 そして。女の子好きを公言しているポートが、クラリと来た美少女イヴ。彼女の正体は前世の宿敵(男)であったという事実は少なからずポートの心にダメージを与えていた。

 

「可愛い女の子と思ったら、実は男の子だったなんて。一瞬でもトキメイてしまった自分が悲しくなる」

「……」

「向こう側は僕に好意を示してくれたのもまた……。はぁ、恋愛ってままならないや」

「……」

 

 一応女性に分類されるポートが男の子にトキメイてしまうのは何の問題もないのだが、彼女は彼女なりの事情があるらしい。

 

 ポートは、机上の美少女から告白された事実にガックリと項垂れる。

 

 

 

 

「……むー」

「あ痛たたたっ!? ア、アセリオ? どーしたの?」

「……」

「あ痛たたたっ!?」

 

 

 

 

 そんなボヤキを繰り返すポートの頬を、アセリオは不満げに捻り上げる。

 

「あー、ポートがそれを愚痴る権利はないわね」

「なんでさ!?」

「ポートは、にぶちん……」

 

 そして。

 

 既にポートから似たような被害を受けていたアセリオは、腹立たしげにぷにぷにとポートの頬をいじくり続けるのだった。

 

 


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