TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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少女期
少女期~


「民とは、大きく分けて3つの集団に分類される」

 

 虫のせせらぎが、涼しげな音色を奏で蝋燭で照らされた僕の部屋を彩る。

 

「1つはすなわち、先祖代々の土地に根付いて獣を狩り作物や穀物を育て、平和で安定した暮らしを続ける農民」

 

 僕が幼い頃に記した『農冨論』を読み返し、苦笑いをこぼした。

 

 読み返してみると恥ずかしいが、書いている内容が幼い。あの時は『イヴリーフ』に少しでもまともな政治家になって貰いたくて、農民に都合の良い内容をまとめただけの本を作り上げてしまった。

 

 僕が知っているのは、あくまで農民としての暮らしだけ。農民にとって都合の良い政治は、必ずしも全ての人間にとって都合の良い話ではない。

 

「もう1つは世界方々を渡り歩き、様々な商品をいろんな地域に流通させることで利益を生み出す商人」

 

 民は農民だけではない。商人だって兵士だって民だし、彼らが求めていることはそれぞれ異なる。

 

 例えば農民が作った品物を国が買い取って市場に流通するようにシステムを組んでくれれば、暮らしの安定を求める農民としては好ましいことこの上ない。しかし、それを現実にやると商人は食い扶持を失ってしまうだろう。

 

「最後は自らの身を資源として、危険を顧みず戦うことを生業とした兵士・冒険者」

 

 農民は戦争を嫌い、商人は戦争を『新たなる商業のチャンス』と捉え、そして兵士は戦争こそが本分だ。

 

 世界には3種類の民がこの世には存在し、かつそれぞれの求めることは違うのだ。

 

 農民は『収めた税と引き換えに、安全で平和な暮らし』を求めている。

 

 商人は『改革による発展、新たな市場の獲得』を求めている。

 

 そして、兵士や冒険者。彼らはいつ死ぬかも分からない因果な仕事であるが故、その要求は刹那的だ。彼らは『立身出世のチャンス』を常に求めている。

 

 いつ死んでも構わぬ様に、自分の生きた痕跡を残すべく。歴史に残るほど名を挙げて、ベッドより戦場で果てることを望んでいる。

 

「民が国に不満を持っていると思われる時。為政者は『どの民が』『何に対して』不満を掲げているのかを理解せねばならない。為政者とはただ漫然と民の気持ちを理解したつもりになるのではなく、上記の3種の民それぞれの目線を知り、どの民がどう感じているのかを考えるべきなのである」

 

 

 

 ────そこまで書き切って、僕は新たな自作の書物『民冨論』を閉じた。もう読ませる相手もいないだろう政治本を、いつもの書庫に放り込む。

 

 もうすぐ、収穫祭だ。これから忙しくなる、いつまでも自身の趣味にかまけている時間はない。

 

 次期村長として、父を支えないと。もうすぐ、僕は子供ではなくなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村長の一人娘ポートは、今年でいよいよ15歳。

 

 村の掟では15を超えた村の子供達は、その年の収穫祭をもって正式に「大人」の仲間入りをする。

 

 今年の新成人は、ポート、ラルフ、アセリオ、リーゼの4人。村で噂の仲良し幼馴染4人組が、ついに結婚できる年齢に育ったのだ。

 

「……ふふ」

 

 ポートは、肩まで届くほどに伸びたミドルヘアを梳いて笑う。

 

「ラルフは僕の婚約、受け入れてくれるかな。アイツ、重婚できるメリットをなんとなく理解し始めたみたいだし」

 

 彼女には、一つの企みがあった。それは、収穫祭のメインイベントともなる『告白』祭り。

 

 村の若い独身の男女が、祭りにかこつけて狙った相手といい関係になろうと画策する年に一度のチャンス。

 

 その告白イベントは、当然新成人たる彼らこそ主役なのだ。

 

 

 

 前世では、勢いのままリーゼがラルフに思いを告げて。それをラルフが受け入れ、晴れて2人は婚約者となった。

 

 今年も前世通りにリーゼが告白してくるなら、きっとラルフは悩む筈だ。

 

 あの男は他人を傷つけることを嫌う。僕とリーゼのどちらかを選ばないというのは、きっと彼にとって重荷になる。

 

 そのタイミングでどっちも傷つけない『重婚』という第3の選択肢を提示すれば、飛びついてくる可能性は高い。

 

 リーゼが勇気を出してくれさえすれば、僕はうまいことその流れに乗るだけ。

 

「さて、どうなるか。ダメならダメで、他の男を婚約者に見繕えばいい話だけれど……。やっぱり、気心知れたラルフだとありがたいなぁ。結局、領主もイブリーフのままだしね」

 

 そして、彼女なりの未来への想いを込めた────波乱の収穫祭が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大分、前世に近い時代になった。

 

 今年で僕は、15歳。幼い頃に立てた予定通り、僕は強靭な肉体と豊富な知識を求めて日々鍛練を続けていた。

 

 

 小さな頃、アセリオを救うべく森に入った時、僕の命を救ってくれた縄と石をくくりつけただけの武器『ボーラ』。何となく手に馴染んだので、僕はこの武器を今も愛用している。

 

 女性の体だと近接戦は不利だ。搦め手となるけれど、飛び道具や隠し武器による拘束・不意討ちを主戦法にした方が知らぬ相手には勝率が良いだろう。

 

 それに、僕はモノを投げると言う行為が割かし得意らしい。仲間内での遠当てゲームでは、僕は常に首位だった。今後も、この得意分野を伸ばしていく方向でいこう。

 

 

 知識に関しては、毎日旅人達からいろんな話を聞き続け蓄えている。そしてせっせと書き記したポート聴聞録は既に20巻、曾祖父の記した巻数と並んでしまった。それなりに、古今東西の様々な事情に詳しくなったと思う。

 

 本当に詳しく学ぶのであれば都の図書館等に顔を出すべきかもしれない。でも図書館の利用料を払う余裕なんか無いし、2日かけて本を読みにいけるほど暇でもない。

 

 子供は子供で、沢山の雑用を押し付けられるのだ。いつか、図書館旅行に行くことが出来たらとは考えているのだけれど。

 

 

 

 

 ここ数年で、ラルフはでっかくなった。今世の体が前世より小柄なせいで、最近は彼と会う度に圧倒される。

 

 昔のように相撲を取ったら、きっともうはね飛ばされるだろう。悔しいような、頼もしいような。

 

 最も、彼とはここ数年喧嘩や肉体的な勝負をしていない。男だった前世は、そこそこに殴り合いをしたことが有ったのだが……。ラルフも、女の子は殴れないのだろうか。

 

 

 リーゼはぐっと可愛くなった。前世の僕が、彼女を意識し始めたのはこの頃だったと思う。

 

 気立てが良く、快活で少し抜けた所のある彼女。思えば、昔からリーゼはラルフに惚れていたのだろう。

 

 リーゼは自分を飾ると言うことを覚え、ラルフにアピールしていた。そんな恋する乙女は、男から見て魅力的に映るのだ。

 

 

 

 

「……で。ポートは、収穫祭もいつもの服なの?」

「そのつもりさ」

 

 そして今日僕は、リーゼと待ち合わせ。二人きりでこっそりと、滞在中の旅商人の店へ向かっていた。

 

 前世からすれば夢のシチュエーションだが、残念ながら今世では単なる友達付き合いだ。

 

「せっかくだから、ポートも何か買えばいいのに」

「僕のお小遣いは、土産話聞くために冒険者さんに酒を奢って消えちゃうんだよね」

「勿体ないなぁ」

 

 リーゼは、収穫祭に向けて着飾る服を探しているらしい。そんな折、たまたま衣服を扱う旅商人が村に寄ったので、どんな服を買うか相談する相手が欲しかったそうな。

 

 だが、その着飾った姿を見せる相手であるラルフを誘う訳にもいかず、最近のアセリオはちょっと重症。なので、何故か僕が買い物の相手に選ばれた。

 

 消去法とはいえ、仮にも恋のライバルである僕を誘うリーゼの肝っ玉には驚嘆である。もしかしたら彼女は、散々ラルフを誘ったのに全く相手にされていない僕をライバルとみなしていないのかもしれない。

 

「じゃ、早く行きましょ」

「良い土産話が聞けるといいなぁ」

「何でも良いわ」

 

 彼女はそう言って、頬も赤く走り出した。やはり、恋する女性は可愛らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「収穫祭。私、本気でラルフを獲りに行くわ」

「おお、ついにかいリーゼ」

 

 道中、リーゼは僕に『ラルフに収穫祭で思いを告げる』と宣言した。まぁ、それは前世でもそうだったので想定内だ。

 

 ただあまりに堂々と、普段から婚約を迫っている僕に言い放ったモノだ。「それは、僕へのけん制なのかい?」と、少し意地悪な気持ちでリーゼに尋ねてみた。

 

 僕だって本気でラルフと婚約するつもりだ、負けるつもりなどない。

 

「え、違うけど。ポートは普通に友人のつもりよ、ラルフに関しても」

「あれ?」

 

 しかし。帰ってきた彼女の反応は、溜息をつかんばかりに呆れたものだった。

 

「というか、ポートは誰にも恋してないでしょ。そんな貴方に対抗心燃やすのは馬鹿らしいもの」

「……あれま」

 

 流石は恋する乙女、僕の心情は見透かされているらしい。ラルフにも僕の下心はバレてるし、僕は感情が読まれやすいんだろうか。

 

「ポートが本気で村を心配してるのも伝わってるし、それが変な形で暴走して『ラルフと結婚する』って結論づいちゃってるのにも最近気づいた。貴方、自分の使命に対して真面目で一生懸命すぎるのね」

「むぅ」

「今はそれで良いよ、それは貴方の短所でもあり長所でもあるもの。貴方の幼馴染として、おいおい困ることになったら私が何とかしてあげるから」

 

 リーゼはそう言い切ると、クスリと優し気な声で僕の手を取った。

 

「悪いけど、ラルフは渡さない。それは、私のためだけじゃなくてきっと貴方のために」

「……」

「今のポートじゃ、何をどうしてもラルフと結婚した先に不幸しかないから。貴方の友人として、私がラルフを奪ってあげる。その為に、今日は私の買い物に付き合いなさい」

「また、無茶苦茶を言うなぁ君は」

「ふふーん。良いから私を信じてみなさいっって」

 

 そんな何の根拠もない自信を振りかざすリーゼは、どこかあの天衣無縫なラルフを彷彿とさせた。

 

 ……リーゼと言いラルフと言い、何故そんなに自信満々に物事を断言できるのだろう。そこを知りたい、理解したい。

 

「リーゼ、僕にも引けない理由がある。ラルフへの誘惑は続けさせてもらうよ」

「ご自由に。ま、ポートじゃ私のライバル足りえないからへっちゃらよ!」

 

 リーゼには、謎の根拠があるらしい。確かにラルフには相手にされてないけれど、本当にそうなのだろうか。

 

 ……いや、諦める必要なんかどこにもない。僕は気にせず、明日も頑張ろう。

 

 

 

 その日。僕は、思わず見とれてしまうほどに真っ赤で綺麗なドレスをリーゼに勧めた。

 

 ラルフの好みど真ん中のはずだ、前世でエロ話をしたときにヤツは派手な衣装が好きと言っていた。

 

 僕もリーゼをライバルとは思っていないし、むしろ僕の目指す先はリーゼとの共存である。彼女の恋の邪魔をするつもりなど毛頭ない、全力で支援させてもらうつもりだ。

 

 それに。僕だって、リーゼの事を心から友人と思っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三千世界に鳴り響け……、我が恩讐の光よ!!」

 

 

 

 

 

 帰り道、ピカーっと光り輝くアセリオが目に入った。彼女は土手で子供に囲まれ、格好つけたポーズをとっている。

 

 今日も、アセリオは村の子供たちの前でショーを開催しているらしい。

 

「くっくくく……! 気をつけよ、大いなる闇が目覚めようとしている……」

「わー! ひかってる、すごーい!」

 

 最近の彼女は、手品師として村の子供に確固たる人気を博していた。その手品ショーの演出の一環として、最初は『闇』だの『大いなる封印』だのという設定を作り上げた。

 

 それがきっかけだったのだろう。彼女はいつしか役にのめりこみ、日常生活でも常に芝居がかった振る舞いをして自分を『大いなる災いの封印をその身に刻んだ殉教者』と言い張りだしたのだ。

 

 確か、17歳の誕生日くらいでショーを見に来た子供に「その封印者ごっこ、いつまでやってるの」と現実を突きつけられて正気に戻る。ただそれまで、彼女はしばらく『大いなる闇を背負った選ばれし犠牲者』としての振る舞いを続けていた。当時は「痛々しいなぁ」と内心思っていたりした。

 

 まぁ17歳を過ぎると、当時の事を話題に出すたびに顔を真っ赤にして震えだす可愛いアセリオが見れるようになるのだが……。それまでは彼女はちょっと重症な人である。

 

 ちなみに、僕の知る限りアセリオが人生で最も活発なのもこの時代だと思う。うんうん、良きかな良きかな。

 

「……あ、ポート」

「やあ、アセリオ。今日も盛況だね」

「……えへん、えへん。おお、我が盟友たちよ。何処へ行く?」

「あー。買い物だけど、アセリオも来る?」

「すまぬが、我は彼らに伝えねばならぬのだ……、大いなる闇の脅威を……。奴らに支配されていた恐怖を……、鳥籠の中に囚われていた屈辱を……」

「……あ、そっか。頑張ってね」

 

 たまたま目が合ったのでアセリオも誘ってみたが、まだ手品ショーの途中だからついてきてくれないらしい。ま、子供達もワクワクとした目で彼女を見つめているししょうがないか。

 

「じゃあまたね、アセリオ」

「うん、じゃーね……。じゃなくて、さらばだ盟友!」

 

 ……あのおとなしくて内気なアセリオが、どうしてこんな面白い育ち方をしたんだろうなぁ。

 

 まぁ、一周して可愛いからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────もうすぐ収穫祭。

 

 アセリオは、とっておきの超魔術の準備を。リーゼは、思いの丈を告げる覚悟と衣装を。

 

 そして僕は、次期村長としての『デビュー戦』。父の仕事を本格的に手伝う事となる、初めての年。

 

 それぞれが胸に確固たる想いを秘めた、波乱の収穫祭まであと1月────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……触って良いんだよ?」

「……」

 

 そして、何だかんだ仲間内で一番いい意味で『子供っぽい』存在ラルフは。

 

「小ぶりとはいえ、触り心地は悪くないとは思うんだ。軽くつついてみないかい、僕の胸……」

「……も、もし触ったら責任を取らされるんだろ。騙されんぞ」

「まぁ、そうなるね」

 

 男としての思春期に入り、性に目覚め、女の子の体に興味を持ち始めてから……かなり誘惑に対して弱くなってきている。

 

 リーゼは知ってるのだろうか。二人きりになった際、割とラルフは危ないところまで来ている事実に。

 

「おへそまでなら見せてあげる。ねぇ、ここから先は見たくないかいラルフ」

「……ごくっ」

「君が自分の手で、僕の衣類を剥がしてごらん。君の見たいものが、見える筈さ」

「……ま、まて落ち着け俺。これは罠だ。誘惑に負けたが最後、俺は一生この性悪女の掌の上だ」

「幼馴染に性悪とはひどいなぁ。ふふ、僕はただこう言っているだけさ。『ご自由に自分の意志でお好きにどうぞ』、それだけだよ」

「ふ、ふぬぅぅぅぅ!!」

 

 ……最近のラルフの反応は、からかっていて面白い。やっぱり、根っからのスケベは色仕掛けに弱い。

 

 いかんいかん、これじゃ本当に性悪だ。

 

「僕と婚約する。君がそう一言喋れば、合法的に何もかも思いのままだよ」

「鎮まれ……、鎮まれ俺の本能……」

「そんなこと言って、目はくぎ付けじゃないか。欲望を解放させてみなよ、きっと気持ちいいよ」

「……。うおおお!! 戦略的撤退ぃ!!」

「あっ」

 

 今日も、僕はラルフに逃げられた。

 

 だけどリーゼが言うほど、ラルフは絶対に僕に手を出さないとは思えない。割と、あと一押しな気がする。

 

「あー、やっぱり収穫祭で勝負をかけるかぁ。リーゼに追従して、重婚を誘う最初のプランだな」

 

 ミドルヘアの少女はそう呟くと、不敵な笑みを浮かべ冷や汗を流して逃げる少年を見送った。


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