TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
「んちゅー……」
「美味しいかい、リーゼ」
軽食を楽しめる喫茶「アセト・アミーノ」、ここは本来は旅人向けの店だ。都で修行したシェフが直営しており、少し高価でお洒落な料理を楽しめる。
この村の旨い酒と新鮮な食材を利用しようと、調理スキルのあるご夫妻が店を構え20年余り。開店当初は「旅人が長期間露店を開いている」と言った認識をされていたが、今ではそのシェフ夫妻も村の仲間として受け入れられている。
彼らも僕達の村を気に入ってくれたようで、もうこの村に骨を埋めるつもりらしい。
「野菜は普段と一緒の筈なのに……、すごく柔らかくて美味しい」
「そりゃ、プロの料理だもの。流石、僕らのお小遣いでは手が届かないだけあるねぇ、この店」
そんな高級店で僕達が何故食事をしているかと言えば……。
「君達が喜んでくれて嬉しいょ、セニョリータぁ」
「はは、どうも」
……目の前の胡散臭い青年にナンパされたからである。
最近になってから、異性から食事に誘われる事が増えた。僕の容姿も捨てたモノではないらしく、しばしば女性として誘惑されるようになったのだ。
相手は少し年上の若い男の冒険者や、お金を持ってそうな商人が多い。村の仲間は、僕がラルフ一直線と知っているから誘ってこない。と言うかそれ以前に、僕達に近い世代の独身男はラルフしか居ない。
僕らと一番年が近い男性は21歳のランドさんだが、彼は一昨年めでたく幼馴染みの女性と結婚し、無事尻に敷かれて喘ぎ苦しんでいるという。
てな訳で、僕らがナンパされるとしたら相手は基本は旅人さんだ。
「ここの店も美味しいけどぉ、都にはもっとマジヤバい店あるよぅ」
「へー! どんな店? 教えて教えて」
「良いとも、セニョリータぁ」
……当然だが普段は、ナンパなぞ笑顔でお断りしている。ラルフ一筋たる僕が、流浪人のナンパに乗ったなんて噂を流されたら信用問題だ。
ただし、今日は少し事情が違って。
「ただでご飯食べられるなんてラッキー!!」
たまたまナンパされた時、隣にバカが居たのである。
リーゼと言う少女の性格を一言で表現すれば、天真爛漫で素直なツンデレだ。ラルフに対してのみツンツンするから、周囲に感情がモロバレしている可愛い娘である。
ただリーゼは、残念なことに頭が弱い。口論になれば一瞬で丸め込まれ、悪戯を仕掛けれられれば必発必中し、そして騙されたことにすら気が付かない。時折、ドキリとするほど鋭い事を言うけれど基本はアホである。
そんな彼女が、悪い男に『食事を奢ってあげる』と言われたらホイホイ付いていってしまうのも道理だった。
小さな頃は「知らない人にはついていってはいけません」と親からよく言い聞かされていたけれど、ある程度成長してしまったせいで最近は注意されなくなってしまったらしい。
そんな訳で、ここにいるのはナンパ野郎垂涎の据え膳少女『リーゼ』である。危なっかしいったりゃありゃしない。
「君は、ポートちゃんと言ぅんだね。くふふ、キャわいぃね」
「ど、どうも……」
「本当にそそるょ、この村に来てよかった……」
ホイホイとナンパに乗ってしまったアホを放置するわけにもいかず、かといって村を訪れてきてくれた旅人を邪険に扱うわけにもいかず。苦肉の策として、僕もナンパにご相伴させてもらうことにしたのだった。
リーゼは大切な友人だ、見捨てる訳にはいかない。
「きゅっふふ……」
「……」
……はぁ、でも憂鬱だ。なんかこのオジサン、尋常じゃなく気持ち悪いし。
リーゼがもうちょい成長してラルフと付き合いだしたら、多少は男関係に強くはなるのだが……。今の時点でリーゼを放っておくと、美味しく頂かれヤり捨て御免されてしまうだろう。
「……おまたせ、しました。森のキノコの、ソテー……」
「あぃ。ぐふふ、店員ちゃんもきゃわいぃね。後で一緒にどぅ?」
「……職務中、ですので」
とはいえ、不幸中の幸いか。このオジサンが連れてきてくれた店というのが……。
「いいなぁ。アセリオはこんな美味しいモノを毎日食べられるんでしょ」
「む、ウェイトレスの彼女は、君たちの知り合ぃかぃ?」
「幼馴染よ!」
アセリオの実家の料理店だったという事だ。ここなら本気で僕達の身が危なくなれば、すぐ助けを求めることができる。
彼女は時折ウェイトレスとして店を手伝い、時には料理を学んで親の跡を継ぐべく精進して過ごしている。前世では「父に、別に家を継がなくてもいいから、好きに生きろと言われた」と言って結局店を継がず、パフォーマーの道へ進んだみたいだけど。
ただアセリオ、今世は前世より店を継ぐことに積極的な気がする。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「良いねぇ。良ぃ事を聞いたねぇ……ぐふふ」
「ず、ずいぶんと楽しそうですね」
「楽しぃからねぇ……」
そんな僕達に、ニヤニヤしながら舐めるような視線を送る変た……、旅人さん。何がそんなに面白いんだろう、て言うかぶっちゃけ怖い。
助けて。早く助けてラルフ、君の幼馴染3人がピンチだぞ!
「ねぇ、オジサンは何をしてる人なの? お金持ちなの?」
「ぅん? まぁ、お金は持ってるねぇ……。ぼくはぁ、君みたいにキャわいい女の子と食事をとるために諸国を旅してぃるのさ」
「ふーん。暇ね!」
「暇かもねぇ」
そしてリーゼは何でそんな初対面の怪しい人ににグイグイ行けるの? 危機感とかないの?
怖い。この状況、何が起こるか分からなすぎて怖い!
「きゅっふふ……。ポートちゃん、と言ったっけ?」
「は、はい。何でしょう」
「君はぁ、恋とか、しちゃってる? オジサンと恋バナ、しなぃ?」
……うぅ。や、やっぱりこの人気持ち悪い! 特に何もされてないのに、何なんだろうこの生理的嫌悪感!
あれだ、きっと欲望にまみれたあの下卑た視線が駄目なんだ。絶対に変なこと考えてるよ、この目!!
「あ、ははは。そうですね、婚約を考えている男性は、居ますね……」
「きゅふふ。そぅなのそぅなの、きゅふふ。ねぇ、どんな人なの? ねぇ」
……お、落ち着け。嫌悪感を顔に出すな、冷静になれ。
「た、頼り甲斐のある人、かな? グイグイと僕らを引っ張ってくれる、リーダー的な人です」
「ポートのそれは本気の恋じゃないわ、想いより実利を優先してるもの。つまりは、
「爛れてるぅ……」
「変な言い方しないでくれるかな!?」
その言い方だと僕が痴女になるでしょーが!
「そう言う小柄なぁなたは、好きな人ぃるの?」
「私の方が、ラルフを想ってるわ」
「ぁらぁら。ぁらぁら、きゅふふふふっ!! 三角関係、三角関係なのね!」
「……」
何でテンション爆上がりしてるの、この変態。普通、ナンパした相手が男付きだったらテンション下がらないか?
「これはぃい……。こうも純粋な娘達も珍しぃ……。汚したぃ、はぁはぁはぁ、さぃこぅ♪」
「……ッ」
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。何かとんでもない欲望の対象にされた気がする。
もうやだぁぁぁ!! ラルフ、お願いだから助けに来てぇぇぇ!!
「……闇の魔術を、お見せしよー」
目の前の男性のいやらし過ぎる目線に、思わず半泣きになりそうになった瞬間。店内に、いつもの黒魔術衣装を纏ったアセリオがお立ち台の上でお辞儀をした。
……この店で不定期開催される、手品ショーが始まるようだ。多分、テンパってる僕をフォローしようとしてくれてるのだろう。
「ほぅ、そんな催しもやってるのね」
「アセリオの魔術はスゴいわよ!!」
助かった。とにかく、今の間に精神を落ち着けよう。
アセリオの手品はクオリティも高く、非常に面白い。きっとこのナンパ男も釘付けになるだろう。
「「闇の呪いであたしが二人に増えましたー」」
あ、アセリオが増えた。落ち着くなぁ。
「おーすごーい」
「あれぇ!? なんか、そぅぞぅしてたよりヤバいショーが始まったょお!?」
舞台上で特に前触れもなく分身したアセリオは、そのまま「くっ!! これが魔王の呪いかっ……」「お前を殺して、あたしが『本物』になるっ……」等と寸劇を繰り広げ始めた。
その寸劇の結末は、アセリオは『燃え盛る業火』を身に纏いながら分身したもう一人の自分を受け入れて、魔王の呪いを打ち破ると言ったストーリーだった。
うーん、やっぱり面白いなアセリオのステージは。どんなトリックなのか、炎に包まれながら合体する演出は非常に良かった。そもそも分身ってどういう種なんだろうか?
深く考えないようにしよう。
「わー!!」
「流石はアセリオだね」
「ヤバいゎ……。この店、ぼくの中でマジヤバ店に認定だゎ……」
「ヤバいのはアセリオだけだと思うわよ!!」
実際その通りだと思う。
「片田舎のショーとぉもって舐めてたゎ……。今度、仲間にオススメしとくょ」
「ショーは不定期開催だから、やってなくても恨まないでね!!」
「前もって予約してくれたら、大丈夫だと思いますよ」
まぁ何にせよ、アセリオのお陰で僕もグッと落ち着くことが出来た。彼女に感謝だな。
後は、この男の誘いをのらりくらりと避けながら解散するだけだ。
「……はー、満足したゎ……。美味しい麦酒が目当てだったけど、まさかこんなに楽しい村とは思ゎなかった」
「村を気に入ってもらえて何よりですよ。今後も是非いらしてください」
「そぅね。お祭りまでは滞在するつもりだけど……、その後もちょくちょく来ても良ぃかもね」
お、なんか思ったより満足してくれたみたい。このまま帰ってくれたら何よりなんだけど……。
「じゃあ、この後なんだけどぉ」
まあ誘ってくるよなぁ、絶対。うっかりリーゼが誘いに乗らないよう、注意しないと。
「君達、もぅ帰るでしょう? 送っていくょ」
……あれ?
「別に大丈夫よ? この村狭いから、大体知り合いの眼があるし」
「それはそれ、これはこれ。悪ぃ人が隠れてなぃとも限らなぃでしょ?」
あ、帰してくれるんだ。てっきり、このまま強引に寝屋に誘われるかと思ったけど……。この旅人さん、見た目より人畜無害だったのかな。
「とても良ぃモノを見せて貰えたしね。お礼だょ、お礼」
「あははは。僕達じゃなくて、アセリオが見せてくれたんですけどね」
「違ぅ、違ぅ。君達も良ぃモノ見せてくれたょ?」
その旅人は、キラリと目の奥を輝かすと。はぁはぁと息を荒げ、改めて舐め回すように僕ら二人を視定める。
「純粋無垢で少し危なっかしぃリーゼちゃんと、世話焼きで警戒心の強いポートちゃん。二人は同じ男性を好ぃてぎる様子だけれど、それでも互いに親友で……」
「……は、はぁ」
「リーゼちゃんが危なぃ目に合わなぃか、心配で心配で内心を隠しついてきた貴女にはそそったゎ……。そんな貴女を心配して急遽ショーを開いたあのウェイトレスちゃんも尊い……」
「……」
「そんな仲良し3人組が、1人の男の子を取り合ってるって聞いたもの……。もう、尊ぃ……、尊みが深ぃ……、さいこぅ」
……ゾクッ!
な、なんだこのオジサン!? まさか、僕が内心超嫌がってたのに気付いてたのか!?
「え、えっと、その」
「ぼくみたいなぁ、怪しい人を警戒するのは正解だと思うょ。それを必死で取り繕って、苦笑いを浮かべる貴女は素敵だったゎ」
「ん? ポート、実はこの人が嫌だったの? 私はこの人、悪い人じゃないと思うわよ!」
「ありがとぉ、リーゼちゃん」
「……そ、そうだろうか?」
現在進行形でスッゴく嫌な人なんだけど、この変態オジサン!! めっちゃ怖いんだけど!?
「私、何となく分かるもの。危ない人かそうじゃないかくらい」
「……」
「このオジサンは変わってるけど、割と良い人よ! 私が保証するわ!!」
「あら、ありがとぉ」
……で、でもこの人、実害は無いよな確かに。何か気持ち悪い目で「尊ぃ」とか言ってるだけで。
いや、でも普通に気持ち悪い様な。
「でもリーゼちゃん。ぁんまり、無条件に人を信じすぎるのも良くないゎよ?」
「信用できない人もいっぱいいるわ!! そう言うのは無視してるし!」
「……何となく、嗅ぎ分けてぃるのかしらねぇ?」
……まさかリーゼ、本能的に他人が危険人物かどうかを見抜けるのか? そう言えば、リーゼが前世でナンパ男に引っ掛かって痛い目見たって記憶は無いような。
前世で特にリーゼをフォローした事はないけれど、彼女は普通にナンパとかはいなしていた気がする。
あれ、まさか。リーゼって、この人が危険人物じゃないと理解してついてってたのか?
「って、言うか!! 私なんかより、危険な人かどうか見抜けないポートの方がよっぽど危なっかしいわ! 明らかにヤバそうな旅人が来た時も気付かず、平然と話しかけに行ってるし。私が助けてあげてなかったら、何回かヤバいことになってたわよ!!」
「……え、そうなの?」
「そうよ!! 2、3人は殺してそうな人拐いの奴隷商の気配を漂わせてるおっちゃんに、堂々話しかけに言った時は目を疑ったわ!!」
「よくそこまで一目で分かるね!?」
そんな危険人物が村に来てたの!? そして、それを前情報なしで何で見抜けるの!?
「……お互ぃがお互ぃを想ってフォローしあってりゅ……。尊みが深ぃ……」
「ひぃぃ、恍惚としてる!?」
やっぱりこの人危険人物だと思うんだけど! リーゼ的には、これは無害に分類しちゃってるの!?
「まぁ、とにかく。ポートはもっと、気をつけなさいよね!!」
「……」
そうのたまって、ドヤ顔をするリーゼ。
何だろう、すごく文句を言いたい。すごく文句を言いたいけど、ここで言い返すと同レベルになってしまう気がする。
僕が間違ってるのか? こんな変なおじさんに食事に誘われて、ホイホイついていくリーゼが正しいとでもいうのか?
「まぁまぁ。どっちも間違ってないゎ、今後もお互いを支えぁうと良ぃわょ」
「……は、はぁ。どうも」
「それと今度、ぅちの店に来なさぃ。いっぱぃ、サービスしてあげちゃうから♪」
「そ、それはありがとうございます」
そんな僕らの不穏な空気を感じたのか、さっと仲裁に入ってくれる変態さん。あれ、この人はマジでいい人なのか?
「じゃあ、今度は貴女たちがぁそびに来てね? 約束ょ、宿屋でまってるょ」
「は、はい。これは、どうも……」
……本当にいい人っぽいなぁ。なんだコレ、常識が壊れそうだ。
その後しばらくして、鍛冶の手伝いを終えたラルフがのんびり「うーっす、元気かぁ」と料理店に遊びに来たので、ジト目で靴を踏んづけておいた。
幼馴染がピンチかもしれなかったんだから、持ち前の超直感でとっとと助けに来てよ。