TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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収穫祭

「……はぁ。……はぁ。ポートちゅわん……」

「な、何でしょう?」

 

 その変態は、猛っていた。

 

「お願いょ。一晩だけでもっ……」

「お断りします」

 

 鼻息荒く、目も見開いて、その変態は猛っていた。

 

 

「勿論ただとは言わないゎ。お金ならぃくらでも出す」

「いくらお金を積まれたって、そんな恥ずかしい真似出来ません!」

「そこを何とか!」

 

 僕の自宅、書庫の中。本屋ナットリューに押し負けて部屋に入れてしまったのが僕の運の尽き。

 

 僕は過去の人生でかつてない危機に晒されていた。

 

「本、好きなんでしょ? ぅちの本から、好きなのを選んで持ってぃって良ぃわ」

「……うっ。でも、そんな」

「一晩だけ、一晩だけ……」

 

 僕に覆い被さるように懇願する変態。本好きとして、そんな交渉をされたら心が揺らいでしまう。

 

 でも、いくら本が貰えるからって、そんな。

 

「欲しいんでしょ? ぅちの本」

「……」

「1冊なんてケチ臭いこと言わないわ。なんなら、写本が有るやつなら全部持っていっても良いわょ」

「……ぜ、全部?」

「そうよぉ……」

 

 全部だって!? あの、面白そうな本の数々を、全部……?

 

 それは心が揺らぐ。ど、どうしよう。そこまで言うなら、一晩くらい────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチの娘に何をしている」

「あっ、父さん」

 

 ナットリューの誘惑に負けそうになったその瞬間。おもむろに扉を開けて乱入してきた父さんが、変態にドロップキックをかまして吹っ飛ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本、ですか」

「本、なのょ」

 

 どうやら父さんは、僕とナットリューのやり取りを聞いてイヤらしい事を迫られていると勘違いしたらしい。

 

 無理もない。ナットリューは、口調から雰囲気まで全身隙がない程に変態だ。そんな見るからに変態な男に娘が迫られていたら蹴りの一つもかましたくなるだろう。

 

「一晩だけ、ポートちゃんの本をお借りしたぃの」

「写本にして売り捌くつもりでしょう。そんな恥ずかしい真似出来ません、お断りです」

「そこを何とか……」

 

 それに、この変態はイヤらしい事と同じくらいには恥ずかしい真似を要求している。

 

 押しきられて僕の本棚に案内したは良いが、本棚に並んでいた僕の書きかけの新作「民富論」を見た瞬間に大興奮して迫ってきたのだ。

 

 是非とも写本を作らせてくれ、と。

 

「ポートの本が売れちゃってたなんてビックリね!!」

「……流石は、我が永遠の半身……」

 

 幼馴染み達は、このコトの重要性を理解していない。

 

 僕はイヴに作者不詳としたまま、ガキんちょが書いた適当本を手渡した。その本が、あろうことか領主にまで気に入られてしまった。

 

 僕みたいな何も知らない子供が書いた本とバレたら、おススメした州の領主の面目は丸潰れである。昔の偉い人が書いたと吹聴したからこその、あの本には価値があるのだ。

 

 もしこのことが公にされたら、口封じとして殺されてもおかしくない。領主はあんまりそういうことをしなさそうな人だったけど、本性がどんなもんかなんて誰にも分からないのだ。

 

「絶対に、断固として、嫌です! ナットリューさん、約束通り本棚は見せてあげたんですからこのことは絶対に内緒ですよ!!」

「……でもぉ」

「くどいです!!」

 

 取り付く島も見せてはいけない。さっき篭絡されかかったけど、僕は正気に戻った。

 

 これ以上僕の醜聞を流布しないためにも、そして何より無駄な危険を冒さないためにも、この本の作者が僕だという事実は墓場まで持って行ってやる。

 

「んー、残念だょ。気が変わったらいつでも声をかけてね、山盛りの本を用意して待ってるゎ」

「ええ、その交渉とは別に本は買いに伺います」

「……あ、農富論の写本とかはありゅかしら? そこそこ高値で買い取るわょ」

「あー。……それならまぁ良いか、そっちはお譲りします」

 

 残念そうに指を咥えて本棚を眺めるナットリューを、シッシと追い払う。後で、余った農冨論の写本は渡してしまおう。不幸中の幸いというべきか、あの本に価値があるならそこそこ良い本と交換してもらえるかもしれない。

 

「……はぁ」

 

 かくして僕は、変態的本屋からの辱めを逃れ平穏な生活を勝ち取ったのだった。

 

「ポート。その本とやらについてどういうことか、詳しく話を聞いてもいいかい?」

「りょーかい、父さん……」

 

 あとは、親への弁明のみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────驚いた、僕も聞いたことがあったよ、農冨論。何でも、領主様が甚く気に入って本の増産を命じたらしい。そのお陰で少しづつ値下がりしてるそうだから、手頃な値段になったころに君にプレゼントするつもりだった」

「作者にプレゼントされてもなぁ……」

 

 父は、僕の話を聞くとたいそう驚いた。なんでも、近所の集落の長がその本を買って以来、大発展を遂げたらしい。それで父も興味を持っていて、機会があれば読みたいと思っていたそうだ。

 

 勝手に本を出して怒られるかとも思ったけど、イブリーフとの絡みで本を渡しただけなので特に咎められるようなこともなかった。むしろ、僕がその本を書いたと知って目を細めて喜んでいるようだった。

 

「その本はウチにあるのかい? そんな評判の本が近くにあったなんて知らなかった、どうして読ませてくれなかったんだ」

「実の父親に読まれるなんて恥ずかしいじゃないか。あーいう本は、どこかの偉い誰かが書いたと思うからソレっぽく読めるんだ」

「ははは、むしろ誇るべきだと思うがね。ポートには悪いが僕はその本に興味を持ってしまった、今夜から読ませてもらうよ」

「……ご自由に」

 

 父はウキウキしながら、農冨論を手にもって寝室へと向かう。うぅ、実の父親に幼少期の日記を読まれている気分だ。何とも言えぬくすぐったい羞恥が、頬を染める。

 

 ええい、ままよ。父があの本を読んでどんな感想を感じようと関係ない。もう寝てしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に。あの娘にはいつも驚かされるよ」

 

 蝋燭の火が揺らめく寝室で、村長は自らの妻へと語りかける。

 

「いつの間にやら、売れっ子作家になっていたのねあの娘。きちんと自分の名前を書いておけばよかったのに、もったいない」

「ふふ、ポートには名声欲も出世欲もないんだろうさ。むしろ必死で、作者の名前を出さないでくれと懇願していたよ」

「あら、謙虚。そうねぇ、あの娘はこの村が大好きですものね」

「……あの娘がこの村を指導してくれたら、きっとかつてない繁栄がもたらされるだろう。でもね、あの娘の器はこんな小さな村で終わっていい器なのか……、それが疑問だ」

 

 彼はパタリと、本を閉じ。感慨深い溜息をつきながら、娘の本を愛おしむ様に撫でた。

 

「────天才だ。この本を読んでわかった、あの娘の才能は生半可なものじゃない。ちゃんとした貴族家に生まれていたら、きっと個人で爵位を持てただろう」

「……」

「僕は自分の身分が恨めしいよ。王宮への出入りすら許されない辺境貴族に生まれ、彼女に大きな足かせを繋いでしまっている。そのせいで、ポートは自分が一生をこの村で終えたとしても構わないと考えている」

 

 そこには、微かな諦念と自嘲が含まれていて。

 

「だからこそ。何としても、ポートを守ってやらないといけない」

「そうね」

「いつか、彼女がこの村からはばたく日が来る時まで、すくすくと育つように。……絶対に」

 

 迫りくる『戦争』の蹄音を、決意へと変えながら。村の長たるその男は、まっすぐに月を見上げ決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌朝。

 

「ど、どうだった父さん?」

「素晴らしい本だったよ。君を明日にでも、領主様に紹介しようかと考えている」

「お願いだからそれはやめて!?」

 

 父さんは、ずいぶんと本を気に入ってくれたようだ。それはうれしい、うれしいのだけれど……。

 

「領主様はイヤ……! イブリーフにはまだ、僕自身の心で決着がつけられていないんだ……」

「そ、そうかい」

 

 今世のあの娘はぱっと見はそんなに悪い奴に見えないのだ。だが、前世での悪行を考えるとこれからどう成長するかなんてわかったもんじゃない。

 

 いつかは殺すべき敵になるかもしれない。だから、あまり仲良くしたくない。

 

 あの男は、村に耐えがたい苦痛と苦難を与え、そして僕を含め村の全員が死ぬ原因を作り上げた張本人。今世では何もしていないとはいえ、ちょっと心の折り合いがついていない。

 

「分かった、君がそういうなら」

「ありがとう、父さん」

 

 にしても、親バカもいいところだ。あんな子供騙し読んで大喜びしてしまうなんて、親の欲目というものなのだろう。

 

 父さんにはくれぐれも、思い切った行動をしないでいただきたい。恥をかくのは僕なのだ。

 

「それより、今は収穫祭だよ。もう明後日に迫っているよ、医療部や運営本部の設営は終わってるの?」

「え、いや……。前日までには仕上がると聞いているが」

「それが本当かどうかわからないじゃないか。今日のうちに進展具合を見ておかないと、明日に夜急いで仕上げますなんて事態にならないように」

「……。ポートはしっかりしているねぇ、わかったわかった見ておくよ」

 

 僕は誤魔化す様に、父親に仕事を急かして家から追い出す。全く、ナットリューのせいでひどい目にあった。

 

 何としても、今日はアイツから良い本をふんだくってやらないと。こっちの写本を引き取らせたら、今度こそ……。

 

 

 

 

 こうして僕は、大事な収穫祭の直前にとんだ気苦労を背負わされる羽目になった。だが、いつまでも拡散されつつある僕の黒歴史に悩んではいられない。とっとと目を背け、祭に頭を切り替えていかないと。

 

 初の司会、初の村長仕事。前世で何度もこなしてきたからあまり気負っていないけど、今世の僕のデビュー戦と考えれば失敗は許されない。やはり、最初はきっちり締めたいものだ。

 

 ……そして、一刻も早く村のみんなから信頼される指導者としての地位を手に入れないと。それは、きっと将来イブリーフと戦うことになったときに必要不可欠だ。

 

 

 ついでに、ラルフの馬鹿を手に入れてやる。収穫祭のメインイベントの新成人演説で、二人の女の子から熱烈告白を受けて、慌てる奴の顔が楽しみだ。

 

 前世ではリーゼから告白された時にテンパりすぎて舞台で足を滑らせてたっけか。今回はどんなリアクションをしてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そして、祭の当日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな邪な悪戯心は、フラグだったのだろうか。

 

「では、これより僕達『新成人』による挨拶を始めたいと思います!」

「おう良いぞ、やったれ!!」

「勢いが大事じゃぞ、若いの!!」

 

 収穫祭は、例年通りつつがなく開催された。露店には美味しい料理と高品質な麦酒が立ち並び、大人たちは頬を赤らめて大騒ぎしている。今年からは僕達も麦酒を飲めるけれど、大事な挨拶があるのでそれまでは慣習的に控えるように言われる。

 

 成人の挨拶を終えて、その場で全員と乾杯し酒を酌み交わすのが習わしだ。

 

「今年は成人が4人、村長の娘にして本の虫と噂される僕ことポート、頭は悪いが弓の腕はピカ一な狩人の娘リーゼ、村一番のパフォーマーにして料理店の跡取り娘アセリオ、そして古くから続く鍛冶師の一人息子ラルフ!!」

「べっぴんになったのう皆!!」

「ラルフはいっぺん死んでしまえ!! 同世代に可愛い子固まりすぎだろうが!!」

「うらやましいんだよこの野郎!!」

 

 宴もたけなわ、久しぶりの新成人である僕達がお立ち台に上り、麦酒を片手に盛り上がる大人たちの中央に立つ。

 

 実に楽しそうに、オッサンどもは僕達のお立ち台をやんややんやと騒ぎ立てている。まぁ、青臭い子供のスピーチなんて良いお酒の肴なんだろう。

 

「では皆さま、少しの間お静かになさってください。じゃあ、一番手は……、アセリオ! お願いできるかな」

「……任された」

 

 僕の考えた一番盛り上がる挨拶の順番は、こうだ。特に重要な宣言はないけれど、舞台慣れして人前で緊張しないアセリオにトップバッターを務めてもらってまず場を温めて貰う。

 

 次に2番手で、普段から好き好き言ってる僕がラルフに告白。大方予想通りといった顔をされそうだけれど、これでリーゼにも告白しやすい雰囲気を作ってあげる。

 

 そして3番手で、いよいよリーゼからラルフへの告白。ラルフはまだリーゼの想いには気づいていなさそうだから、ここで絶対にびっくりするはず。

 

 最後に、混乱しきってるラルフにトリの挨拶を任せるわけだ。彼が緊張する舞台上で僕達の告白にどう答えるのか、実に見ものである。

 

 この、僕が悩みに悩んで作り上げた綿密なプランは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポート。女の子同士なのは分かってる」

「……ん?」

 

 アセリオの投げた爆弾で、叩き壊されるのだった。

 

「……でも、好き。あたしは、ずっと前から、ポートが好きだった……っ!!」

「……へぇあ?」

 

 

 

 

 

 

 新成人の挨拶、その一発目は。村で噂のパフォーマーにして男衆から人気の高いアセリオによる、僕への熱い告白で幕を開けたのだった。

 

 

 ……僕は舞台上で、動揺して思わずズッコケていた。

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