TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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火蓋

「あれは、無いと思いませんかランドさん?」

「いや、あっはっはっは。あの時は笑いすぎて、腹が千切れるかと思ったよ」

 

 楽しかった収穫祭は、ある意味で大成功に終わった。そして今年の新成人たる僕達の挨拶は、ラルフのせいである意味伝説となった。

 

 結局、僕達の告白の返事はうやむやになったままた。舞台上の女子3人からゴミを見る目で蔑まれた彼は「どんな答えでも受け入れてくれると言ったじゃないかーっ!」と半泣きで逃げていった。

 

 ラルフは、実にアホである。

 

「男としてはラルフを擁護してあげたいんたけどね、あれは……無いなぁ」

「……女子全員の好感度を落としましたね、あれは」

 

 そのラルフのアホバカは泣きながら逃げ出したので、祭りの後片づけは村の成人で2番目に若い21歳のランドさんに手伝って貰うことになった。

 

 彼は幼少期に面倒を見てくれたこともある、僕らのちょっとした兄貴分のようなものだ。

 

「男ならドーンと、『全員娶る!』くらいは言って欲しいものです」

「あ、いやそれもどうかと思うけど」

 

 どうしてさ。それが一番丸く治まるのに。

 

「ランドさんも、どうせ結婚するなら奥さんは多い方が良いんじゃ無いですか?」

「……。そんな事はナイヨ、俺はナタリーと結婚出来て幸せデス」

「あぁ、恐妻家でしたっけ。すみません、変な事を聞きました」

 

 雑談を振ってみたらランドさんの目から光が消えたので、それ以上の話をしないでおく。

 

 そういやこの人、この間赤ん坊を背に抱いて汗だくになりながら農作業してたなぁ。奥さんは家で休んでいるっていうのに。

 

 よっぽど立場に差があるらしい。

 

「男はね、妻に仕えるだけで幸せなのさ……」

「……」

 

 可哀そうに……。

 

 今も、祭りの後片付けで駆り出され大荷物を運搬しているのは彼一人だ。奥さんはきっと、家に帰って休んでいるのだろう。

 

 これでよく、夫婦生活上手くいっているなぁ。

 

「ポートちゃん、こういう事を言うのはアレだけど。たまには旦那を気遣ってあげる奥さんになりなよ」

「え、ええ」

「たまにで良いんだ。たまに、一滴の優しさを注いでもらえば男は頑張れるんだから」

 

 ……成程。幼い頃からの調教が進んだ結果、ランドさんはそういう価値観にされてしまったらしい。

 

 まぁ、それで幸せなら僕から何も言うことはない。

 

「じゃ、あと倉庫にいる村長にコレを渡せば仕事終わりだね」

「ランドさんはそうですね。長い間、お疲れさまでした」

「いやいや、俺は貴重な村の若い男手だもんね。いつでも頼ってくれて構わないよ」

 

 にこにこと、優しい笑顔を浮かべるランドさん。うーん、やっぱり性格いいなぁ。

 

 これが、あれだけ過酷な扱いを受けても何故か夫婦仲の良いランド夫妻の秘密なのだろうか。

 

「さぁ、早く家に帰ってから炊事洗濯をしないと。今日は寝る暇がなくなっちゃうぞぉ」

 

 ……本当に何で離婚の話が出てこないんだろう、この夫妻。

 

 

 

 

 

 

 ────深夜。

 

 すでに、祭りは終わって夜は闇に包まれている。微かな月明かりの下、僕は松明を片手に大荷物を運ぶランドさんを倉庫へと先導していた。

 

 女子たる僕は、非力で重い荷物は運べない。だから、ランドさんに背負って貰って僕は光源係に徹するのだ。

 

 倉庫には、備品を整理する父さんが待っている。今日は、ランドさんの運ぶ荷物の確認を最後に切り上げ、家に帰る予定だ。

 

 絶対に盗まれてはいけない貴重なものだけは今日中に倉庫に収納し、どうでも良いものは明日以降に明るくなってから片付ける。

 

 祭りに使う衣装や舞台、祭具などがその範疇だ。

 

 

 

 今年の祭りは楽しかった。ラルフの馬鹿が派手にやらかしたけれど、それでもみんなが笑顔でいてくれた。祭りを運営する側として、これ以上の成果はないだろう。

 

 この笑顔を守りたい。

 

 だから僕は、やがて来る村への試練に備えて努力を欠かさなかった。

 

 牧歌的で優しくて、温かいこの村を一生守っていきたかったから。

 

 

 

「ポートちゃんは、きっといいお嫁さんになるだろう」

「……ランドさん?」

「でも、ちょっとばかり気負いが過ぎる。もっと色んなことを気楽に考えてもいいと思うよ」

 

 揺れる松明の炎に照らされて、好青年は目を細めて笑った。

 

「この村には、頼れる人間がたくさんいる。君が村長を継いだとして、決して君一人だけに負担を強いたりはしない」

「……」

「将来にもし困った時があれば、そうだな。まずは父親でもいいし、愛しのラルフ君でもいいけど……、俺にもいっぺん相談しに来なよ。割と役に立つよ、俺は」

 

 その笑顔には、裏や下心の無いまっすぐな思いが滲んでいた。

 

「怖いから助けて、と今日みたいに弱音を吐いてみると良い。この村で、そんな君を見捨てる人間はいないから」

「……そう、ですか」

 

 それは事実だろう。僕は村長になる以上、弱みなんか見せていはいけないと思ってはいるのだけれど。

 

 もし、僕なんかじゃどうしようもできなくて、今日のようにパニックを起こして泣きわめけば……、きっとみんな優しく力になってくれる。

 

 前世で、一度も泣きつかなかったのも失敗だったのかもしれない。ランドさんの言う通り、1人で抱え込みすぎていたのかもしれない。

 

 だからこそ。やっぱり僕はこの優しい村を守りたいと、心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

「……?」

「どうしましたか?」

 

 ふと、ランドさんが歩みを止める。

 

 もうすぐ倉庫だというのに、重い荷物を抱えたまま。村のはずれのあぜ道で、彼はおもむろに立ち止まった。

 

「いや。今、何か人影が見えなかったか?」

「人影ですか」

 

 僕には何も見えなかった。しかし、ランドさんは怪訝そうに周囲を見渡している。

 

 おそらく、何かがいたのだろう。

 

「獣ではなく、ですか」

「ああ、人型だったよ」

「なら、父さんかな?」

 

 村の人たちは、みんなもう家に戻っているはず。まだせっせと働いているのは僕達くらいだ。

 

 まったく父さんは、明かりも持たずにこんなところで何をしているんだ。倉庫で待っていてくれないと。

 

「……父さーん?」

 

 呼びかけてみるも、反応はない。

 

 そこには何もいなかったかのように、静まり返っている。

 

「本当にいたんですか、ランドさん」

「ああ、まぎれもなく誰かがいたよ。見間違えではない、と思う」

 

 ……。何だろう。

 

 2足歩行する獣がいた? クマとかなのだろうか? 

 

 もし危険な獣であれば、また冒険者さんを呼んで駆除しないといけない。

 

 あるいは、盗賊か? 前世でそんな事件は起きていないしこの辺に盗賊が来たなんて情報はないけれど、もし賊なら慌てて対処しないと大変なことになる。

 

 一体何なんだ? 

 

 

「おうい、そこに誰かがいただろう。出てこい」

 

 

 ランドさんが、その誰かがいただろう場所に近寄っていく。

 

 大荷物を置いて、少し警戒しながら、ゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────聞いたことのない鈍い音が、闇夜に響く。

 

 

 

 松明の炎を刀身に移し、ドス黒い血を滴らせたソレは、ランドの首を一直線に横切った。

 

 声を出す暇もない。抵抗する余裕もない。

 

 結婚し子供も生まれ、夫婦仲も良く、幸せを絵に描いたように暮らしていた『ランド』青年は。

 

 

 血飛沫をまき散らす生首を泥に埋め、夜の大地に伏した。

 

 

 

 

「……ひ?」

 

 

 

 頭が混乱して、理解が追い付かない。

 

 先ほどまで仲良く会話していた青年の首が飛び、その死体は力なく大地に倒れた。

 

 恐怖で、思わず後ずさり。ランドさんが倒れ伏したその場を凝視して。

 

 

 

 

 無言で刃を握りしめる、黒装束の人間を目視した。

 

 ソレは、とてつもなく素早い動きで、何かを誰かに投擲する。

 

「……あっ」

 

 ソレは『僕』に『剣』を、投擲したのだと。

 

 気付いたのは、僕が後ずさった際に転倒し、大地に伏した僕の眼前を剣が横切った後だった。

 

 

 

 

 

 

 ────殺される。

 

 訳が分からない。そこにいるのが、誰なのかもわからない。

 

 だけど、ヤツは今明確に僕を殺そうとした。

 

 冗談でも、余興でも手品でもない。僕の数メートル前には、ランドさんの生首が転がっている。

 

 ヤツは僕を、殺そうとしている。

 

 

「たっ、たすっ……」

 

 

 叫ぼうとするも、上手に声が出ない。そのまま彼は、真っすぐ僕に向かって突進してきた。

 

 ヤバい、死ぬ。殺される。落ち着け、冷静になれ。こんな修羅場で、僕がすべきことは何だ?

 

 松明を地面に投げ捨て、僕は腰に手をやる。そこにはお守り代わりに、いつも巻き付けてある投擲武器『ボーラ』がある。

 

 数は1つ、投げられるのは1回。地面に揺れる松明の光が、闇夜に紛れる黒装束を微かに照らし出す。

 

 

「く、来るなぁ!! 来ないでよ!!」

 

 

 僕の投げたボーラは、大きな弧を描きながら敵に目がけてまっすぐに突進し。それを見た敵は、慣れた素振りでボーラを避けて。

 

「────っ!!」

 

 もう僕が何も手に持っていないことを確認した奴は、そのまま地面を蹴って僕に飛び掛かり────

 

 

 

 

 

 近くの木の枝に巻き付いて、弧を描いて戻ってきた『ボーラ』の2撃目に気付かず直撃した。

 

 ボーラは、両端に石を結び付けた縄の武器だ。片方の石を枝に巻き付ければ、このようなトリッキーな軌道の投擲武器として使用できる。

 

 昼間ならともかく、夜の闇に紛れたボーラの軌道を見切るなどどんな達人でも難しいだろう。

 

 思わず呻いて仰け反った奴をしり目に、改めて僕は叫びながら逃げ出す。

 

 

 

 

「敵だぁぁぁっ!!! みんな、起きろ、敵だぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 まだ、全員は寝静まっていないだろう。少なくとも、老人会の人達はまだ起きている時間のはず。

 

 ここは村の外れとはいえ、大声で叫べば誰かが様子を見に来てくれるはず。僕は、あらん限りの声を張り上げながら謎の敵から逃げだした。

 

 

 その際、地面にきらりと光るモノが目に映る。剣だ。さっき、アイツが僕目がけて投げ付けたモノだろう。

 

 これは危ない、これを回収して追いかけられたら恐ろしい。今のうちに拾っておこう。

 

 そう思って、まだ後ろで奴が昏倒しているのを確かめてから剣の方へ走り出すと。

 

 

 

「……アマンダ、と申します」

 

 

 

 その剣のすぐ傍に、異国の衣装を纏った剣士が刃を構えて立っているのに気が付いた。

 

「軍命ですので、恨みはありませんが」

 

 ソイツは、別格だった。先程の男とは違う、素人目にも洗練された動きで僕の目前に滑るように移動してきて。

 

「ここで死んでいただきます」

 

 力強い太刀筋でまっすぐ、僕へ向かって剣を振り下ろした。

 

「ぁ────」

 

 ああ、死んだ。避けようのない軌道だ。

 

 何が起きた。何がどうなっている。

 

 僕達はただ、楽しく祭りをして。例年通りに、片づけをして。

 

 前世ではこんなことはなかった。僕がポッドだった時も、この年は同じように祭りの片づけをして、同じ様にラルフやランドさんとこの道を通った筈だ。

 

 それなのに、なんでこんなことになっているんだ。僕が、何かを変えてしまったのか?

 

 せっかくチャンスをもらったっていうのに、僕はこんなところでいきなり殺されるのか?

 

 

 

「ポートォォォ!!」

 

 僕の髪を掠るように、その剣士の刃を受け止めたのは。

 

 大きな汗を垂らして、小さな儀礼剣を携えた父さんだった。

 

「ウチの、娘に、何をするぅぅぅ!!!」

 

 それは、ウチの村にあるだろう唯一のまともな『名剣』。祖父の代に購入され、今なお手入れを欠かされていない村に伝わる宝物、祭りの日にのみ倉庫から出されて演武に使われる真剣『エイラ』。

 

 倉庫で待っていた村長たる父は、先程の僕の絶叫を聞きつけてエイラを携え駆けつけてきてくれたのだ。

 

「もう、新手か。……だが、無意味。死ね農民」

「あまり村長を舐めないで貰おうか……っ!!」

 

 父は、明らかに格の違う剣士を相手に一歩も引かず立ち向かう。

 

 明らかに、敵より小さな小剣を必死で振るいながら。

 

 闇夜に揺れる、二人の陰。剣閃が轟き、泥が飛び散る。

 

「早く逃げろポートぉ!!」

「と、父さん、でも!!」

「良いから逃げてくれぇ!!」

 

 ダメだ。明らかに、父さんじゃ相手になっていない。

 

 奇跡的にまだ致命の一撃をもらっていないけれど、明らかに打ち負けている。

 

 このままじゃ、父さんが死んでしまう。

 

「ほう、逃げないのは素晴らしい。いつまでもそこでへたり込んでいると良い」

「ぐ、このっ!!」

「……一方でお前は不愉快だ。そんな素人丸出しの剣で、いつまでも食い下がってくるな」

「うるさいな……素人だからって何が悪い!」

 

 必死で剣士の猛攻を掻い潜る父親の雄姿に目を奪われながら、僕はやっと、走り出すべく立ち上がる。

 

 いつまでも、座り込んでいるわけにはいかない。

 

「父親ってのはなぁ!! 娘を守る時は、無敵になるものさ……っ!!」

「くだらん!!」

 

 僕が立ち上がったと、ほぼ同時に。父の剣が弾き飛ばされ、その勢いに抗えず父さんも尻もちをついた。

 

「終わりだ農民!!」

 

 ────ああ、父さんが、死ぬ。

 

 

 

 

「させないよっ!!」

 

 

 

 ああ、そうはさせないとも。夜の闇に紛れ、さっきから準備していたのだ。

 

 『ボーラ』の武器の神髄は、その動きのトリッキーさでも携帯の便利さでもない。

 

 僕が気に入って、愛用すると決めたこの武器の本領は────

 

「僕の武器は石さえ落ちていれば、いつでも作れるのさ!!」

 

 僕は地面にへたり込んだ際、腰紐を抜き取ってせっせと作っていたのだ。父を援護するための、新しいボーラを。

 

 僕は常に腰紐に、首紐と2つのボーラの予備紐を仕込んでいる。狩りなど戦闘準備をした際は、更に手や足にも紐を巻いていくらでもボーラを作れるようにしている。

 

 あとは、周囲の手頃な石を探して結びつけるのみである。この村周辺の森では、少なくとも手頃な石に困ることはない。

 

 僕はこの村で戦う限り、すぐさま武器を作り出せるのだ。

 

 

「……ぐ、奇怪な飛び道具を!」

 

 僕のボーラは、剣士の剣に巻き付いてその切っ先を大きく狂わせ。さらに、剣を軸に剣士の顔目掛けて石が弧を描き迫ってくる様に投擲を行った。うまくいけば、昏倒させられるだろう。

 

 だが流石はというべきか、その剣士は咄嗟に剣を手放し石を素手で受け止めた。しかしこれで、

 

「すまんポート、助かったっ!!」

 

 父さんが、自力でその剣士を蹴飛ばし窮地を脱する事ができた。

 

 こうなれば後はもう、やることは決まっている。

 

 

 

「逃げるよ父さん!!」

「闇に紛れろ、奴らも明かりなしじゃ僕達を追ってこれない!」

 

 

 いつかのように、戦略的撤退である。僕ら農民は、戦う力を持たない非力な存在だ。

 

 剣握って襲って来る連中とまともにやり合うなんて不可能なのである。

 

 

 

「……ちっ。戻るわよ、ここの住民に勘づかれた。逃げられる前に即座に襲撃を────」

 

 

 その、身震いするような言葉を聞き、恐怖に打ち震えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん、だって?」

 

 村の広場にたどり着くと、すでに多くの人が集まりだしていた。

 

 さっきの僕の絶叫が、聞こえていたらしい。不安げな村民たちが、遮二無二逃げてきた僕達を出迎えた。

 

「敵だ。……高度な戦闘訓練を受けた存在が、この村を襲撃しようとしている」

「何!? それ、どういうことなの!?」

「……」

 

 不安げなランドさんの奥さんが、僕らに向かって絶叫する。どういうことかなんて、こっちが聞きたいよ。

 

 どうして僕が、こんな何の前触れもなく襲われないといけないんだ。

 

「お、おい。村長よい、お前腹が……」

「かすり傷だよ。……ふぅ、ちょっとやり合う羽目になってね。悪いがその時使ったエイラをどこかにやってしまった」

「そんなことはどうでもいい。おい、誰か手当てしてやれ!! 割と深い傷だぞ!!」

 

 レイゼイ翁に言われて目をやると、父の腹にはジンワリと赤みが広がっている。

 

 流石に本職の剣士を相手にして、無傷とはいかなかったらしい。

 

「狼狽えるな!! ……各自、逃亡する準備をしてくれ。まもなく奴らは襲ってくるはずさ」

「お、おう。つっても、逃げるったって……」

「……はぁ、はぁ。奴ら、間髪入れずに攻めてくると言っていた。時間が惜しい、とにかく、準備、を……」

「お、おい!! 目が虚ろだぞ、大丈夫か!!」

 

 ああ、相当に無理をしていたのだ。

 

 父は不慣れな剣で僕をかばい、本職の剣士相手に時間を稼ぎ、そしてここまで走ってきた。

 

「……すまない、黙っていて。隣国から侵略があると、噂が回ってきていたんだ。あの出で立ちでたちはまさしく……。重症の僕なんかは捨てて行って構わない。だからみんな、逃げる、準備を……」

「は!? はぁぁ!? 侵略だぁ!?」

 

 父はもう、とっくに限界だったのだ。

 

「はや、く……」

「あ、村長!! おい医者、早く来い!! 気絶しちまったぞおい!!」

 

 そして父から知らされた、衝撃の事実。僕の記憶には無い、隣国からの侵略戦争。

 

 ……。本当に、何がどうなっている!?

 

「お、奥さん!! 俺達ぁどうすりゃいい」

「え、え? 私?」

「死んだ……? ランドが、死んだ!!? ねぇそれってどういう事!!?」

「殺されるのか!? 俺たちはここで皆殺しにされるのか!?」

 

 父が気を失ったので、オロオロと顔を青ざめさせていた母さんに皆が詰め寄る。

 

 村長が失神した今、指揮を執るべきは母さんなのだ。

 

「え、その、私」

「バカもん! まずは言った通りに準備をしてからだな!!」

「どこに逃げるかも決まってないのに、準備だけしろって!!」

「ランド!? ランドはどこ!? いやあああ!!」

「家に戻っている間に、襲われたらどうするんだ!! そんな暇ねぇ、このままここにいる人間だけで逃げ出すべきじゃないか!!」

「どうなんだ、奥さん!!」

「え、え?」

 

 ……ああ。母さんは温和でやさしい人間だ。

 

 だが、彼女は決してこんな修羅場には慣れている人間とは言えない。色々と捲し立てられて、目を白黒とさせることしかできない。

 

「俺は逃げるぞ!! こんなところでのんびりやって、皆殺しなんてまっぴらだ!!」

「待て、落ち着け馬鹿チンが!! 一人で逃げ出して何になる!?」

「いやああ!! 私は行くわ、ランドのところに!」

「ナタリー! あんた、息子さんがいるんだろう!! あんたまで死んだらその子はどうなるんだ!!」

 

 心優しい母には、この阿鼻叫喚をなんとかするだけのリーダーシップは、無い……っ!!

 

 

 

 

「落ち着けぇぇぇ!!!」

 

 

 

 あらん限りの声を振り絞り。僕は気を失った父に代わって、皆の前に立つ。

 

 予定より少しばかり早いけれど、どうせ僕があと数年で村長を継ぐ予定だったんだ。

 

 なんとかしないと。このままじゃ、この村は前世のように悲惨な末路を迎えてしまう。

 

 何でこのタイミングで隣国が攻めてきたのか。どうして、僕たちがこんな目に合わないといけないのか。

 

 何もわからない、何も理解できない。けれど、この中で少しでも今の絶体絶命なこの村を救える可能性がある人間は────

 

 

「たった今より、この村は僕が代理として指揮を執る。各自、家長のみこの場に残れ!!」

 

 僕しかいない。

 

 

「僕が、たった今から村長だ!!」

 

 

 僕の、その絶叫に。周囲の大人たちは、息を飲んで黙り込んだ。


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