TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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開戦

「……ポート?」

 

 阿鼻叫喚の様相を呈しかけていた村人達に一喝し、僕は場のリーダーを買って出た。

 

 この混沌とした状況を収めない限り、先に待っているのは死だ。この村を守る為には、誰かが指揮を取らなければならない。

 

 これでも一度は村長をやった人間だ。僕以上の適任は、おそらくこの場にいない。

 

「家長以外は、家に戻って最も大切なものを手で持てる範囲で選んで来てください!! 後は換金効率の良いもの、携帯食料を彼処の荷台に詰め込んで!! 急いで旅支度を!!」

 

 僕は、未だ混乱の極致に陥っている村人達に、捲し立てるように指示を飛ばした。

 

 この動揺こそ命取り、統率の取れていない集団ほど脆く弱いものはない。一刻も早く、集団としての行動を始めないと。

 

「家長以外はすぐさま準備に取りかかって!! 家長がいないものは、他の家に助けを借りて支度して、一刻も早くここに戻ってきてください!!」

「お、おお。分かったポート」

「おい、今すぐ逃げなくていいのか!? そこに敵はいたんだろう!?」

「ええ、集団で逃げた方が生存率が良い。僕を信じてください!!」

 

 そう簡単に混乱は落ち着く様子がない。そりゃそうだ、いきなり僕みたいな若輩がリーダーを買って出たって信用できるものか。

 

 彼らの信用を取れるだけの振る舞いをしないと。僕自身の動揺を悟られるな、自信満々に振る舞え。

 

「そもそもどこへ逃げるってんだ!! 近くの村か!?」

「都に決まってるでしょう!!」

 

 そう。僕達が逃げる先なんて、イブリーフ達のいるあの都しかない。

 

「都、か。あんな遠くにどうやって」

「遠かろうが、選択肢はそこしかないんです! 近くの村が襲われていない保証なんてない! でも領主様のいる都には精強な領主軍が駐留している、安全なのは都で間違いない」

「で、でも都だって奇襲されりゃあ」

「今、村に滞在してくれている旅人たちや僕らの村人の中で、一等足の速いものを選んで先に都に走って行ってもらってください。敵が来たことを、領主様に伝えるんです。それで危機を伝え、出来れば援軍を出してもらう」

「あ、ああ」

 

 出来るだけ早く、敵の侵攻を領主様に伝えないと。上手く領主軍と合流出来れば、ほぼ助かった様なもの。

 

 この窮地を乗り切るには皆が一丸となる必要がある。頼むよ、僕のいう事を信じてくれ、皆。

 

「その他の旅人から、戦闘職の人がいれば資金を出してでも協力を仰ぎましょう。奴らと一戦交えますよ!」

「はぁ!? 一戦交えるのか!? 正気か馬鹿野郎!!」

「交えない方が危険です。せっかくの夜闇に包まれた森だっていうのに、どこにも敵がいないとバレたらまっすぐ駆け抜けられてしまう」

 

 僕が奴等に戦闘を吹っ掛けると聞いて、再び色めき立つ住人達。だが、生存率を上げるためにはこれも必須だ。

 

 この村には、老人や子供も多い。足腰の弱い人や、歩けない赤ん坊も多々いる。

 

 そんな人たちが侵略してきた兵士どもから逃げるだけの時間を確保するには、敵に森を警戒して慎重に進んでもらうしかない。

 

「僕らは森に潜んでいるぞと、敵にアピールする程度の戦闘で良いんです。基本は夜闇に隠れて逃げ惑いながら、チクチクと飛び道具を刺す遭遇戦を行いましょう」

「奴等を倒さなくて良いのか?」

「無理ですよ、勝つのは。あくまでも、敵の進軍速度を遅らせるための戦闘です」

 

 都までは、どんなに頑張っても2日はかかる。足の弱い人が居ることを考えたら、3-4日は欲しい。

 

 そう考えると、この森をさっさと抜けられて追いかけられる方が厄介なのだ。リスクを承知で、少数を募って局地戦闘をした方が良い。

 

 警戒させることが出来るだけで、進軍速度は大きく変わる筈だ。

 

「あの、ポートさん」

「何でしょう?」

「都に行くなら途中平原を突っ切ることになると思いますが……、平原を歩いちゃうとと敵から丸見えです。遠回りして、森の中をひたすら進むのはどうですか?」

「……む」

 

 森を通って迂回する、か。

 

 それはどうなんだろう。確かに平原を突っ切れば追い付かれる可能性も高くなるけど、森の中を通ったらそれこそ10日くらいかかりそうだ。

 

 ご老体にそんな長旅が出来るか? いや、でも安全を重視した方が良いかも。

 

 ……いや、それよりも到着日数を縮める事にした方が……?

 

 

 

 

「平原だ、ポート」

「……平原?」

「最短距離を突っ切った方がいい」

 

 

 少し悩む素振りを見せてしまった僕に、間髪入れずフォローが入った。

 

 それは、

 

「ラルフ……」

「なんとなく、その方がいい気がする。俺を信じろ」

「……うん、信じる。皆、平原を突っ切るよ!」

 

 普段はアホバカだけどこう言うときにこそ頼りになる男。巨乳好きの変態、ラルフであった。

 

「で? 誰が死ぬ覚悟で、奴等に特攻仕掛けるんだ?」

「特攻なんかしないってば。闇に紛れて、遠くから弓とかで攻撃するだけさ」

「……人数は?」

「飛び道具を使える人間を含み、少人数で2、3チーム有れば良い。戦闘班は自分の命を最優先にして、戦果より生き延びることを重視すること」

「……」

「そして、この仕事は狩人の方に頑張っていただきたい。弓矢に長けて、獲物の察知に優れ、身を隠す技能をも持つ狩人こそ今回の作戦の主役です」

 

 ……この作戦は、夜に狩りをしてもらう様なものだ。敵の気配を察知し、遠くより射て、そして逃げる。

 

 恐らく、狩人職の方より優れた人員は存在しない。

 

 

「…………あいよ。村長代理がそう言うなら、俺は黙って従おう」

「私に任せなさい、ポート!! 弓矢の腕なら誰にも負けないんだから!!」

 

 そして。この村の狩人で、恐らく今最も腕の良い人が……

 

「危険な目に合わせてごめん、リーゼ。お願い出来るかな」

「いつもやってることよ!!」

 

 狩りの天才リーゼと、その父親リオンさんだろう。狩人の家に生まれたリーゼは、弓矢の腕と夜目の効きが村一番と聞く。そして100年に一度の天才狩人だと、実の父親に評されていた。

 

 多少は親の欲目も有るのだろうが、ベテランの狩人から認められているのであればリーゼの腕は確かなはず。父親共々、2人はこの村屈指のハンターとして名を馳せている。

 

 この二人に、主力となって頑張ってもらおう。

 

「後は、僕もちょっとした飛び道具を扱えます。一応、これで3チーム作れる」

「待て、ポート。お前も残るのか?」

「自ら交戦を提案した以上、僕が残らない訳にはいかないでしょう。……出来れば、護衛として誰か一緒に来てくださると助かります」

「おい、リーゼ達はともかくお前は狩りの素人だろうが! 危険な真似すんな!」

「……僕に何かあっても、父さんさえ生きていれば指揮を取ってくれます」

「このアホ!!」

 

 ごっちーん、と拳骨が飛んでくる。見れば、目をつり上げたラルフが思い切り拳を握り締めていた。

 

「……痛いな。無論、僕も死ぬつもりなんて無いさ」

「だったら、さっきみたいな事言うな!」

「いざとなったら、遮二無二逃げるよ。でも、森に誰かしら潜んでいないと、敵が警戒してくれない。これは、絶対に必要な役目なんだよ」

 

 どうやら、死ぬ気だと勘違いされたらしい。当然、僕はこんなところで死ぬつもりなんてない。僕には村を守ると言う使命がある。

 

 今のは、いざという時の話をしただけだ。

 

「……はぁ。護衛が欲しいんだな、ポート? 俺がやってやる、文句はねーな?」

「……。無論、君が近くにいてくれるなら安心だ」

「よし」

 

 そしたら、ラルフが不機嫌そうに僕の護衛を買って出てくれた。

 

 彼の直感は、こう言うときにこそ頼りになる。正直ありがたい。

 

 仲の良い友人を危険に晒すのは、不安だけれども。

 

「リーゼとリオンさんにも護衛をつけて、それぞれリーゼ班、リオン班、ポート班とします。この3チームを等間隔に配置し────」

「いや、護衛は要らんな。邪魔だ」

「要らないわね!!」

「要らないんですか?」

 

 リーゼやリオンさんにも護衛を割り振るつもりだったが、当の本人に拒否されてしまった。

 

 近付かれたらどうするつもりなのだろう。

 

「俺達は、木と木を直に移動する。これは少しばかりコツが要る、慣れてる人間でないと足手まといだ」

「護衛の人は着いてこられないと思うわ。それに、一人の方が見つかりにくいもの」

「……成る程、頼もしい」

 

 狩人の仕事に関しては、本職の人の言うことを聞いておくか。そう言うことなら、彼らには単独行動を取って貰おう。

 

「では、僕とラルフの班、リーゼ、リオンさんの3チームが潜伏迎撃として村に残ります。出来れば、滞在している旅人さんにも協力を仰いでください。非戦闘職の人は一刻も早く、都目指して出発してください」

「……ああ」

「父さんが目を覚ましたら、父さんの指示を仰いで。目を覚まさぬ間は、そうですね。レイゼイさんに指揮をお願いします」

「……。ああ、ワシに任せとけ。旅人との交渉もやっておこう」

「ありがとうございます。それと、余裕が有ればナタリーさんのケアもお願いします。くれぐれも、早まったことをさせないようにしてください」

 

 これで、土壇場の方針は決まった。後は、

 

「……じゃあラルフ。戦闘準備をするよ」

「ああ」

 

 僕自身の、心の準備だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? どうするつもりだポート」

「どうするつもり、って?」

 

 急いで家に戻り、大量の紐を体に巻き付け始めた僕に話しかける声がある。

 

 それは、頼もしき僕の護衛ラルフの声だ。

 

「お前の武器は、捕獲特化だろ。森でチクチクと遠距離攻撃するのには向かないぞ?」

「あぁ、その事か。それは大丈夫、考えてるよ」

 

 ラルフの心配はそこか。確かに、石を紐の両側にくっつけただけのボーラは、獣を捕獲する事に特化してる。

 

 でもまぁ、あれは結構応用の効く武器だったり。

 

「紐の真ん中に結び目を作って、三ツ又にするのさ。これで、縄の中央に持ち手が出来る」

「……で?」

「ここを持って石を投げると、遠心力を利用してかなり遠くに投擲が出来る。しかも、僕が石を掴む必要がないから、石に毒が塗れる。尖った石に毒を塗って投げれば、まぁまぁの殺傷力になるよ」

「……えげつねぇ事を考えるなぁ」

「元々は、旅人からの受け売りだけどね」

 

 まぁ、前世でイブリーフに使ったような猛毒は手元に無いから、毒キノコを磨り潰して使う筋弛緩作用を持った狩用の毒だけど。

 

 それでも、敵の動きを封じるには十分だろう。

 

「そんで。いつまで闘うつもりだ?」

「最低でも夜明けまで。半日も稼げたら、先に逃げた人達もある程度の距離になってる」

「ふむ」

「で、夜明けを合図に僕らは村人達を追いかける。敵は僕達の逃走先がわからないし、僕らの村には酒や食料がいっぱい残ってるんだから、それ以上追ってこない可能性が高い。彼らの目的が侵攻だとするなら、僕らの全滅より地形の確保を優先するはず」

「……。了解だ、つまり半日闘えれば良いんだな?」

「そうなるね」

 

 半日かけてゆっくりと、敵を警戒させながら後退する。敵の本隊さえ捕捉できれば、遠くから狙いたい放題だ。

 

 十分に時間は稼げるだろう。

 

「問題は、斥候兵が逃げてる人達に追い付かないかどうかなんだけどね」

「斥候、ね」

「ああ。多分、僕とランドさんが遭遇した敵は斥候だと思う」

 

 彼らは恐らく、先んじて村の位置を特定し、報告するための部隊。少人数で、闇に紛れて行動していた事からもそれが伺える。

 

 ……今は亡きランドさんが彼らに気づいていなかったら、奇襲を受けて村人は皆殺しにされていた。彼は、文字通り命と引き換えに村を救ったのだ。

 

 この危機を乗り越えてから、絶対に弔おう。

 

「彼らは再び斥候を飛ばすだろう。逃げ出した僕達を捕捉するために」

「……」

「敵本隊への牽制だけでなく、斥候も僕らで撃破するのが理想だ。最優先は自分の命だけどね」

「やることが多いな」

「そりゃ、敵襲ってそういうもんさ」

 

 そして、その斥候兵潰しは恐らく僕達の仕事だ。闇に紛れ飛び道具で牽制する役目はリーゼ達の方が向いている。

 

 相手の動きを封じられて、近接戦闘の準備をもしている僕達が斥候を潰さないと。

 

「滞在中の冒険者さんが、どれだけ力を貸してくれるかにかかってるね。戦闘職の人の手助けがあるか無いかで全然違う」

「まぁ、あまり期待はしないでおけ。冒険者は基本、自分の身が最優先だ」

「……まぁ、だよねぇ」

 

 それでも1パーティくらい……。まぁ、あんまり期待しないでおくか。

 

「さて、僕の準備は完了だ。巻けるだけの紐は巻いておいた」

「……その紐、防具にもなってるのか?」

「一応ね。ボーラ作る度に防御力は落ちちゃうけど」

 

 これで、やれるだけの準備はやった。後はどれだけ予定通りに事を運べるか、である。

 

「じゃあラルフ。────よろしくね」

「任せとけ」

 

 僕は、村を守る。何としても、守り抜いて見せる。

 

 それが、僕がもう一度チャンスを貰った理由そのものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は、まっすぐ最短距離で都を目指す。それで良いんだな?」

「お願いします。もう敵は来るでしょう、急いで出発してください」

 

 そして、間もなく準備は整った。

 

 都で暫く生活できるだろう資産を詰め込んだ荷車に、負傷した父さんや歩けない老婆、子供を乗せた人力車。

 

 それらをフル活用して、僕達の村の逃走が始まる。

 

「ああ。すまないが時間稼ぎを任せたぞ」

「……村の中でも1等若い連中に任せて申し訳ない」

「いえ、気になさらず」

 

 彼等が逃げ切るだけの時間を確保する。それが、僕達の役目。

 

 確かに僕らは若いけど、その代わり体力がある。徹夜で戦ったあとに逃げ切るだけの体力を持ってる村人は、それこそ僕らくらいだ。

 

 全員で助かる。その為には、これは必要な事だ。

 

「……ポート」

「アセリオ、気を付けて逃げるんだ」

「……うん。ごめん、あたしだけ」

「いや、君の体力を考えると残られる方が危険だよ。今は、自分の身の安全だけを考えて」

 

 幼馴染みで唯一、逃走班に入ったアセリオが申し訳なさそうにこちらを見ている。

 

 ……だが、彼女は逃げるべきだ。アセリオがこの場に残っても、危険なだけである。

 

「じゃあ、僕達は行くよ。みんな、御武運を」

「ああ」

 

 そして。

 

 僕達は互いの無事を祈り出発した。

 

 

 

 

「この村の酒は旨かった。なぁ、みんな」

 

 そして初の実戦に、緊張で唇を青くしている僕の後ろには。

 

「宿も綺麗だし料理店の舞台もすげぇし、何よりここの連中はみんな気が良くて付き合いやすい」

「都の嫌味な歓楽街で飲むより数段楽しいぜ」

「報酬にたらふく酒が貰えるなら、迷う理由もねぇよな」

 

 完全武装、闘志満々の歴戦の冒険者達が────

 

「命を懸けて、この村の連中を守るぞ! なぁみんな!!」

「「おおおおっ!!!」」

 

 僕達の村の救援要請を快く受諾し、ともに肩を並べて戦ってくれる事と相成った。

 

 その総勢10余名、村に滞在していた戦闘職のほぼ全員である。

 

「……ありがとうございます、皆さん」

「良いってことよ!! その代わり、全部終わったらお酌でもしてくれや嬢ちゃん」

「僕なんかの酌でよければ、喜んで」

 

 こうして、僕達は出陣した。

 

 きっと、この上なく激しくなるだろう勝ち目のない戦いに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────居たぜ。もう、森の入り口に集まってやがる」

 

 そして、冒険者さんと協力しながら索敵を行うこと数十分。

 

 僕達は、ついに敵軍を捕捉した。

 

「まだ、森の中には入っていなさそうですね」

「今から突入するってとこだろうな。嬢ちゃん、一ヶ所に固まらない方が良い、俺達は散るぞ」

「そうね、私達も隠れるわ! ポートも無茶しちゃ駄目よ」

「頼んだぜ、村長代理殿」

「ええ、よろしくお願いします。……くれぐれも、みんな無理をなさらず」

 

 敵は、森から100メートル程度の位置で既に整列を終えていた。それを確認した僕らは、敵を迎え撃つべく森の闇に紛れて潜む。

 

 年老いた指揮官らしき人間は何やら演説をしていた。恐らく、実戦に入る兵達を鼓舞しているのだろう。

 

「あの指揮官を潰したいが、この距離だと弓矢も届かない。よく引き付けて、絶対に外さない位置から指揮官を狙おう」

「そう上手くいくかね? 指揮官が一人突出して来るとは考えにくい。多分、先に雑兵が突っ込んで索敵してから悠々森に入ってくるだろうぜ」

「……その時に見つかったら終わりか。確かに指揮官を狙うのはリスキーかも」

 

 流石に、敵も馬鹿じゃない。指揮官が先陣切って突っ込んでくる事は無いだろう。

 

 もしそうだったらありがたいんだけとも。

 

「俺達も隠れるぞ。そんで、索敵しにきた雑兵を狩る」

「そうだね、その作戦でいこう。敵が潜んでいるとアピール出来るだけで、進軍速度は大分────」

 

 それが、僕とラルフの立てた作戦だった。

 

 先行してくるだろう斥候兵を叩き、敵の警戒を煽る。

 

 その後、たっぷり距離を取りながらチクチクと牽制していけば良い。

 

「────え?」

「お、おいおい」

 

 だが、僕はまだまだ認識が甘かったことを知る。

 

 深夜、殆ど光もない暗闇の中。豆粒のような敵を確認して、僕らはお互いに攻撃手段などないと思い込んでいた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 敵に、動揺が走った。

 

 無理もない。自分達の目前で演説をしていた、その敵の老練の指揮官が倒れたのだ。

 

「……弓って、ここから届くの?」

「いや。……どうだろう、斜め上に射ったらギリギリ届くのか?」

「だよね」

 

 その指揮官に慌てて駆け寄った副官らしき人物も、即座に血を撒き散らしその場に伏せる。

 

 その様子を見た敵兵は、たいそう驚愕し森から距離を取り始めた。攻撃を受けているのに、気付いたようだ。

 

 ……おいおい、本当にか? あんな遠距離を、森の闇に紛れて正確に狙撃したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────悪いけど。村の為に、死んでもらうから」

 

 森の入り口にそびえ立つ、一等高い針葉樹。

 

 その枝葉に隠れた小さな狩人は、猫のように鋭い目を光らせながら敵を見下ろす。

 

「恨まないでよ」

 

 その台詞と共に再び彼女から放たれたその矢は、慌てて兵を纏めようと指示を飛ばしていた隊長格の男の眉間を射ぬいていた。

 

 

 代々狩人の役目についていた一族の秘蔵っ娘リーゼ。彼女の圧倒的すぎるその狩人としての才能は、闇夜に紛れたこの場においていかんなく発揮される。

 

 そして100年に一度の天才狩人は、場所を特定されぬよう音もなくその針葉樹から降りたった。

 

 その夜、侵攻を目論む敵兵にとっての悪夢が森に顕現した。


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