TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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殺意と屍

 戦線は、早くも硬直していた。

 

「……流石に、引いちゃくれねぇみたいだな」

「うん。奴等、突撃する準備をしているね」

 

 リーゼの神業染みた狙撃で、早くも敵の指揮官を討ち取った僕達。しかし、彼等はおとなしく撤退するどころか、殺意をむき出しに盾を持った物々しい連中で陣形を組んで突撃の準備をし始めた。

 

 矢が飛んでくることが分かっているからか、装甲の厚い兵科で突入口を確保する狙いの様だ。

 

「────、あいつだ。あいつが、ランド兄さんが殺された時に居た剣士」

「あの、怖そうな女か?」

「そう。父さんを切りつけたのもあいつ」

 

 その突撃部隊の中央には、確か「アマンダ」と名乗った憎き女剣士が居た。彼女が、突撃部隊の指揮官らしい。

 

 恐らく、奴は斥候兵の隊長か何かだろう。彼女のみは盾を持たず、悠然と部隊の最前部で剣を構えている。

 

 ……そして。

 

「……来たっ」

 

 そのアマンダとか言う奴は、獣のような激しい咆哮と共に、正面切って僕達の森に突っ込んできた。

 

 指揮官自ら正面に立つとは、正気の沙汰とは思えない。その迂闊さを、利用させてもらう。

 

「リーゼの矢が外れたら、僕らであの女剣士を仕留めるよ。不意打ちなら何とかなるかも」

「ああ。ポートの親父の傷のお返しをしないとな」

 

 物凄い勢いで、森へ突進してくる敵兵達。そんな彼等は、まさしく良い的だ。盾を持っているとはいえ、体の大部分はむき出しである。

 

 僕はボーラを構え、心を集中させた。絶対に外さない、ここであいつを殺してやる。

 

 

「……ハァッ!!」

 

 

 その時。ひょうっと放たれた弓矢が2本、アマンダの剣に叩き落とされた。

 

「見つけた。そこかぁぁぉっ!!」

 

 え、打ち落としたの? この暗闇で、音もなく飛んできた弓矢を!?

 

 しかも、矢が飛んできた方向を見据え叫んでいる。

 

「げ、あっちって確かリーゼが隠れるって言ってた場所だ」

「狙撃位置まで特定したのか。……仕方ない、こっちからも攻撃してすぐ逃げるよ!」

「あの指揮官を狙うのはやめておけ! あいつ、ちょっとヤバそうだ!」

「……分かった!」

 

 リーゼを危険に晒す訳にはいかない。僕はよくよく狙ってボーラをアマンダと共に突撃してきた兵士の一人に投擲した。

 

 ここにも敵が潜んでいるぞ、こちらにも兵士を分けろ。そう知らせてやるために。

 

「おし、当たった。そうだよな、普通は当たるよな」

「ただし、僕達の位置も多分バレたね。急いで逃げるよラルフ!」

 

 僕の投げたボーラは、兵士に絡まって上手く行動不能に出来た。石に麻痺毒も塗ってある、あの兵は少なくとも今日一日はろくに動けないだろう。

 

 だが、兵士の何人かが僕達をロックオンした。よし、このまま引き付けよう。

 

「ここからが正念場だ。気合いいれていくぞポート!」

「うん!」

 

 敵を分散させ、少人数で各個撃破する。これこそ、本来僕達の想定していた戦術だ。

 

 まさか超遠距離狙撃で先制攻撃出来るとか全く想像していなかった。リーゼってあんなに凄いんだな。

 

「ざっと十数人来てるね!」

「ちょうど良い数だ!」

 

 僕達は手頃な人数を引き付けられたのを確認し、森の闇の中へと消えていった。

 

 これから始まる、勝ち目のない戦いへの覚悟を胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマンダ、という女がいた。

 

 彼女は平民上がりの叩き上げ軍人で、幾度の戦場を渡り歩いて生き延びた歴戦の剣士だった。

 

「アマンダ隊長。我々が戦う相手とは」

「何の力も持たぬ農民だ。安心して斬りかかると良い」

 

 彼女は州の内ゲバにより反乱がおき、一家皆殺しにされかけた所を正規軍に保護され、そのまま軍人となった経緯を持つ。

 

 つまり彼女は元々、使い捨ての雑兵。生きるために剣を取り、人間を斬り続けた。

 

「……しかし。武器を持たぬ農民を殺す事は果たして正しいのですか? 我々はあくまでも奪われた土地を取り戻す為に攻め込んでいる筈です。奴等が逃げるのであれば、追わずに逃がしてやれば良いのでは」

「おい、新兵。お前、今回私達が受けた命令を復唱してみろ」

 

 そんな彼女には、1つの哲学があった。

 

「国境付近の敵勢力田園地帯を攻撃し、その継戦能力を削げ、です」

「よし。では、継戦能力とは何だ?」

「この場合は、敵の生産力の事だと思います」

「愚か者!!」

 

 アマンダはその答えを聞き、まだ汚れを知らぬ、訓練を終えたばかりの新兵の頬を張り飛ばした。

 

 いきなり打たれて目を白黒とする新兵に、アマンダは叱咤を飛ばした。

 

「継戦能力とは、すなわち人だ。飯がなかろうと、武器がなかろうと、人がそこに居れば戦争は起こりうる」

「……」

「改めて聞こう。今回の命令は何だ!!」

「国境付近の敵田園地帯を攻撃し、その、継戦能力を……」

「そうだ」

 

 彼らには、耳障りの良い理想しか聞かされていない。

 

 我らの起こした戦争は、正義のための刃だと信じて疑わない。

 

「殺せ。無抵抗な農民を、皆殺しにしろ。それが、今回の命令の意味だ」

「しかし! そんな事をすれば、我々こそ悪者に」

「まだそんな寝ぼけた事を言ってるのか!」

 

 そんな彼等に、アマンダは戦争と言うモノの基礎を叩き込む。これこそ、平民上がりながら隊長に任ぜられたアマンダに求められる職務でもあった。

 

 おなじ平民の言葉だからこそ、彼女の言葉は兵士達によく通るのだ。

 

「戦争中に善悪なんてない。そこにあるのは、生か死か、それだけだ!」

「……」

「良いか、死人に口なんて無いんだ。戦争に勝った後、好きなだけ自分を正義として吹聴すればいい。いかに正しいことをしていようと、負ければ悪者にされてしまうだろう。いかに間違ったことをしようと、勝てば正義の行いであったと宣言できる」

「……そんな、滅茶苦茶な」

「滅茶苦茶だよ。ここはお前達がのんびり暮らしていた平和な世界じゃない、戦場なんだから」

 

 アマンダは、そう言って兵士を諭した。

 

「無抵抗な人を皆殺しにしようと、それは正義のための行動になりうる。それは、戦争の勝敗にかかっている」

「しかし、これは奴等が侵略してきた土地を奪還するための戦争。すでに正義は我等にある、ならばそれを手放すような行動は────」

「まーだ、そんな戯れ言を信じているのか」

 

 しかしなお、その心優しき新兵の言葉をアマンダは切って捨てる。

 

 それはきっと彼女の、哲学に基づく言葉だったのかもしれない。

 

「今回の戦争で土地を奪還できたとして、今度はあちらさんが『奪われた土地を取り戻す正義のための闘い』とやらを仕掛けてくるだろうさ」

「……しかし、この土地は元々は!」

「それを、どっちの国も『この土地は元々は我等の土地だ』と真面目な顔で叫んでいる。分かるか、新兵?」

 

 戦争で血にまみれ生きていた彼女が、たった1つ間違っていないと信じる事実。

 

「正義なんて言葉は、アホを騙す言葉遊びなのさ」

 

 この世に、正義なんてものは存在しないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 アマンダは、よく斥候の役目を任された。

 

 女性であるがゆえ、もし見つかっても警戒されにくい。剣の腕はピカ一で、状況判断力にも優れる。

 

 彼女は、理想の偵察役と言えた。

 

「アマンダ、また君に先行して貰いたい」

「了解しました」

 

 周囲の地形を把握し、目標の所在を記録し、指揮官へと報告する。

 

 彼女にとってそれは、慣れた仕事であった。

 

「今回の攻略部隊の指揮官はヨゼフに任せている。彼でも、農村侵略くらいなら出来るだろう」

「ヨゼフ様ですか」

「旧いタイプの人だ。昔ながらの勢い任せの突撃が得意なだけのお爺ちゃんで、権力はあるから面倒くさい。この手の人間には、馬鹿でも出来る仕事を割り振るに限る」

「……ヨゼフ様は、歴戦の指揮官です。あまりそう言う言葉は」

「雄叫び混じりに突っ込むのを指揮とは言わないよ」

 

 アマンダは、様々な指揮官と共に戦場を渡り歩いた。その中でも最も異質で優れた指揮を取っていたのは、今まさに彼女へ命令を下している男だった。

 

 まだアマンダより年下、十代の半ばにして軍の中核に入り込んだ鬼才。国防の軸を担う、新世代の怪物。

 

 その名を、ミアンと言う。

 

「アマンダ、君が居ればいかに単調な突撃でも失敗は無いだろう。勝利が約束された戦争さ、あの爺が調子にのってガンガン奥地に攻め込まない限り」

「……はい」

「こちらの被害が出ない範囲で、農民や商人を斬り殺し、敵の人的資源の磨耗させる事が今回の作戦の目的だ。そして、敵の本隊が出張ってくる前に村落を焼き払え」

「了解しました」

「奴等は対応が早い。恐らく、数日で正規軍を動かしてくるだろう。1つか2つ肥えた村落を潰し資源を奪い、速やかに撤退してくれ。今回はそれだけでいい」

 

 その幼き少年は、軽い口調で虐殺を指示した。

 

 そこに躊躇う素振りも、苦悩した形跡もない。ただそれが有効だから、彼はその命令を下すのだ。

 

「任せたよ、アマンダ」

 

 そしてその作戦は、とうとう決行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新兵。もう少し頭を下げて移動しろ」

「しかし、ずっとこの体勢のままは……」

 

 ヨゼフ翁の指揮のもと、アマンダ達は国境を越えて敵の領地へと進軍した。

 

 手頃な集落を探すべく、人為的に舗装された道を辿りながら。

 

「この森の中に集落がある。先ほど捕らえた商人から、確かにそう聞いた」

「……聞きましたね」

「もし、我々が農民に見つかったらどうなる。せっかく気付かれていなかった連中に、今から攻め込みますよと予告してやった様なものだ。斥候をすると言うことは、絶対に見つからない様に行動をせねばならない」

「でも、もう深夜ですよ。農民どもは寝静まってますって」

「油断するな、もしも見張りを立てていたらどうする。この辺に野盗がいるならば、村は当然見張りを────」

「この暗闇では何も見えませんってば。少し伸びくらいさせてください」

 

 そして、捕らえた商人からの情報を元にアマンダは斥候に出ていた。教育として、新兵を追従させながら。

 

 しかし 新兵の多くは、アマンダを舐めていた。彼女は若い女で、装備も貧弱なもの。

 

 アマンダが過去に幾つの部隊を滅ぼしてきたか知らないのだ。

 

「……おい、伏せろ」

「もー、堅いっすね」

「違う。松明の光だ」

 

 作戦行動中でなければ、アマンダは大声で叱責していただろう。

 

 それほどに、その日アマンダに追従していた兵士は質が悪かった。

 

「……げっ」

「早く屈め、アホタレ」

 

 それがまた、ポート達の住む村にとって最大の幸運だった。

 

 

 

「おうい、そこに誰かがいただろう。出てこい」

 

 

 

 質の悪い兵士のせいで、斥候として出陣していた彼等が、逆に農民に捕捉されてしまったのだ。

 

 こうなれば、取れる手段は限られている。

 

 動かず隠れてやり過ごすか、あるいは────

 

「……村に知らされる前に、殺すか」

 

 

 

 そして、兵士の隠れる木の目前にまで歩いてきた村人を、一刀の下に斬り伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ひ?」

 

 村人を斬り殺し改めて周囲を見渡すと、ミドルヘアの村娘が松明を持って呆然としていた。

 

「おい、もう一人いるぞ」

「女の子ですかね」

 

 彼女は、あまりの事態に頭が真っ白になっているらしい。このまま叫ばれると厄介である、急いで仕留めなければならない。

 

 兵士は間髪入れず、彼女に向かって剣を投擲した。

 

「外すな馬鹿者」

「す、すみません」

 

 しかし、残念なことに少女に剣は当たらなかった。動揺した彼女がすっ転んだせいで、軌道から外れたのだ。

 

「く、来るなぁ!! 来ないでよ!!」

 

 パニックになった村娘は、何かを兵士に向かって放り投げる。石のようだ。

 

 流石に、子供の投げた石ころくらいは避けられるだろう。アマンダは兵士を無視し、退路を塞ぐべく少女の背後へと移動した。

 

 だが。兵士は落ち着いてその石を避け、そのまま少女を殴り殺そうと突進し、

 

「がっ!!?」

 

 不思議な軌道を描いて戻ってきたその石に直撃し、気を失ってしまった。縄と結ばれたその石は、トリッキーな飛び道具として機能するらしい。

 

 初見の武器とはいえ、仮にも戦闘訓練を受けた者がただの村娘に昏倒させられた様に、アマンダは深く嘆息した。

 

 そのまま、娘は逃げ出そうとしている。自分達の侵攻を、報告される訳にはいかない。

 

「……アマンダ、と申します」

 

 部下の失敗は、上司の責任。

 

 アマンダは自ら剣を取り、その娘に音もなく近づいて斬りかかる。

 

「軍命ですので、恨みはありませんが」

 

 彼女を斬り殺し、事が露見する前にさっさと攻め込もう。村人に見つかり殺した以上、もはやそれしかない。

 

「ここで死んでいただきます」

 

 彼女はただ、機械的に。

 

 恐怖で顔面を真っ白にしている取り乱した少女に、真っ直ぐ剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、アマンダは少女を取り逃がした。

 

 途中、彼女の父親らしき人物が帯刀して乱入してきたからだ。

 

 それだけなら何とかなったのだが、少女が投げた紐のついた石が剣に厄介な絡まり方をした。

 

 咄嗟に剣を手放さねば、あの兵士同様に昏倒させられていただろう。あの少女は、特殊な武器の投擲技法を身に付けていたらしい。

 

「……ちっ。戻るわよ、ここの住民に勘づかれた。逃げられる前に即座に襲撃を仕掛けないと」

 

 闇夜に紛れた少女達を、追う術はない。ここは彼等の地元だ、暗闇での移動は土地勘のある彼等に分がある。

 

 一刻も早く、本隊に突撃するよう進言しないと。アマンダはかつてない自らの失態を恥じながら、遮二無二本陣へと走るのだった。

 

「……」

 

 彼女の命令に返事すらせず、未だ気を失っているらしい無能を捨て置いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし老将ヨゼフは、アマンダの報告を聞いてもあまり焦らなかった。

 

「申し訳ありませんでした、私の不徳といたすところです」

「ふむ、そう言うこともある。アマンダ、あまり気にするな。よし、ならば出陣だ!」

 

 そもそも、ヨゼフという将軍は奇襲が嫌いだった。彼の若かりし時代の戦争はといえば、将は高らかに名乗りを上げて白昼堂々と正面からぶつかり合い、夜になるとお互いに引っ込んで休む、そんな牧歌的な戦争だった。

 

「ようし、森の付近に集合せよ! 全軍よく聞け、ワシが訓示を与えよう!」

 

 ヨゼフは軍の命令だからこそ村を襲っているが、本来は『正々堂々の戦闘』こそ武人の誉れであると信じて疑わない。

 

 だから、奇襲が事前に露見したことを大事と取らなかった。

 

「さあ聞け者共、今からワシらは戦争を始める! 初めての戦争に、恐怖で顔を青くしているものもおろう! 殺しに慣れて、意気揚々としているものもおろう!」

 

 ヨゼフは森の手前で軍を止め、わざわざ大声で訓示を始めた。

 

 彼にとって、重要なのは時間でも戦略でもない。戦争は兵士の士気こそが鍵を握る。そう信じていたからだ。

 

「油断するな、敵はどのように弱かろうと敵だ! 鍬を持った農民は、我等の頭をカチ割ることなど容易い! ならばこそ、我等は先んじて敵の首を刎ねねばならない!」

 

 老人の話は長い。農民に事が露見して、かなりの時間が経っている。アマンダは自分の失態なので何も文句を挟まないが、内心でどれだけヤキモキとしただろう。

 

 だというのにヨゼフは、楽しげに訓示をしてやまない。それは、彼は戦争前のこの時間が一番好きな時間だからかもしれない。

 

「ワシの初陣の話をしよう! あれは、ルーメル川の下流に陣取って正々堂々、川を挟んでの戦闘だった────」

 

 刻一刻と、老人の娯楽で貴重な時間が奪われゆく中。アマンダは、あり得ない光景を目の当たりにする。

 

 

 

 

「それが、ワシが軍功を立てた最初の────っ」

 

 

 

 ヨゼフの頭を、矢が貫いたのだ。

 

 慌てて周囲を見渡すが、敵影はない。森までは開けた平地だが、そこに弓を構えた人間など何処にも見当たらない。

 

 ともすれば、可能性は1つ。

 

「ヨゼフ様、どう────っ!」

 

 慌ててヨゼフに駆け寄った副官の頭が射ぬかれ、アマンダは確信する。森の中に敵が潜み、攻撃してきたのだと。

 

 信じられない遠距離狙撃だ。かなりの腕利きが、あの村に存在するらしい。

 

「森から距離をとれ!! 凄い射程だぞ!」

 

 アマンダは森を警戒しながら、兵士達に離れるよう命令を下した。兵士達は恐れおののきながら森から距離を取り、そして隊列もまばらに逃げまどっている。

 

 指揮官クラスの人間が、いきなり殺されたのだ。統制など取れるはずがない。

 

「兵士ども、落ち着け! この距離ならどんな矢でも届かない、先ずは隊列を組め!」

 

 アマンダの役職は、一応は部隊長。斥候部隊を指揮する立場だ。

 

 指揮官とは名ばかりの捨て駒ではあるのだが、彼女以外の隊長クラスは撃ち抜かれたので、必然的に指揮権は彼女に移った。

 

「アマンダさん、もう撤退しましょう!! ヨゼフ様の死を王に伝えないと!」

「愚か者、姿を見せるだけ見せて撤退なんぞしたら、敵の警戒を煽らせただけだ! この村は少なくとも攻め落とさねばならん!」

「ですが、物凄い距離から狙撃が」

「あんなもの打ち落とせばよい!」

 

 兵士の言う通り指揮官が次々に殺されたのだ。確かに、撤退も視野に入るだろう。

 

 だがアマンダは、作戦決行を判断した。多額の軍費を割いて出陣しておいて、何も戦果を上げず帰りましたとは口が避けても言えない。

 

 しかも、その大本はアマンダのミスなのだ。このまま帰れば、彼女の地位はおろか命すら危ない。

 

 それに、指揮官が死んだだけで兵士は無事なのだ。兵力差にモノを言わせれば普通に勝てる戦争である。彼女からして、撤退はあり得なかった。

 

重装兵(アーマーナイト)は私と共に突撃! 森に潜む弓兵を始末するわよ!」

「……了解です」

「私達が地形を確保したら、貴方達はそれに続きなさい」

 

 そう号令すると、兵士の中でも精鋭で知られる重装兵(アーマーナイト)部隊を集めた。彼らは弓矢の中でも突撃できるよう訓練された歩兵だ、この場で攻勢に出るにはうってつけである。

 

「突撃!!」

 

 兵士たちが動揺しないよう、なるべく毅然とした態度でアマンダは打って出た。

 

 

 

 

 

 まっすぐ突っ走っていたアマンダは、突如として背筋の凍るような悪寒を感じた。それは、戦場で幾度となく経験した『死』の気配。

 

「……ハァッ!!」

 

 無心に、アマンダは剣を振りぬく。自分へと迫る『死』を切り払うべく、咆哮をあげながら。

 

「アマンダ様!?」

「大丈夫だ、撃ち落とした」

 

 それは、矢。真っすぐに自分の眉間へ向かって飛んできた、殺意溢れる村民どもからの歓待であった。

 

「見つけた。そこかぁぁぉっ!!」

 

 その矢が放たれた方向へと目をやると、微かに人影が揺らめいたのが見えた。その影は幼い子供のようで、それでいて熟練のハンターを思わせる気配を纏っていた。

 

 その影は、アマンダを見て小さく微笑むと、そのまま森の闇へと姿を消した。まるで、こっちへ来てみろと挑発するかのように。

 

 

 ────あいつは、ヤバい。辺境の地にたまに居る、正真正銘の『人傑』と呼ばれる部類の存在だ。

 

 

 きちんとした家柄に生まれてさえいれば、世界すらをも変えうるだろう化け物。そういった人間が、稀に田舎にいるのだ。

 

 殺さねばならない。明らかに神域に達しているだろうその小さな弓兵を仕留めないと、相手のホームで闇に紛れての戦闘になれば自分も射殺される。

 

 逃げるという選択肢は、ありえない。アマンダは罠と予感しつつもその誘いに乗って、森の中へと突っ込んだ。

 

 こうしてたたき上げの熟練剣士と、小さな森の悪魔の一騎打ちが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ポート!! 結構仕留めたんじゃねぇの!?」

「ああ、地の利は僕らにあるんだ。これくらいは、ね!」

 

 僕達を仕留めようと追ってきた兵士達は、そこそこに数を減らしていた。

 

 森に隠れ、僕達を探そうとちりじりになったところを各個撃破していく。この基本を守り続けることで、僕達はいまだに手傷すら負わずに戦いを続けていた。

 

 重そうな鎧を纏った兵士には、拘束力の強いボーラが非常に有効なのだ。鎧ごと縄で縛りあげてやれば、毒が体に通らずともそれなりに無力化はできるっぽい。

 

 その隙をついて、可能ならラルフがトドメを刺しに行く。仲間が近くにいるなら、ソイツが助けに来たところを仕留める。

 

 この作戦は想像以上に有効で、僕達はそこそこ嫌がらせが出来ていた。

 

「でも、森の入り口付近を制圧されたせいで、奴らの本隊が森に入って来たっぽいぜ。どうする?」

「どうするもこうするも、どうしようもないよ。僕達の仕事はあくまで時間稼ぎ、このペースで進軍してくれるなら仕事はしたも同然なのさ」

 

 今のところ、作戦はうまくいっている。これ以上無いくらいに、効果的に時間を稼いでいる。

 

 うまくいけば、先行している逃亡班が森を抜けてくれるかもしれない。それまで時間を稼げたら、ほぼ勝利と言っても過言ではないだろう。

 

 本隊が突入してくるのはまぁ、仕方がない。村も荒らされるだろうけど、背に腹は代えられないのだ。

 

「む、また人の気配。隠れるぞ、ポート」

「……了解」

 

 この作戦は、何だか異様に動くものの気配に敏感なラルフが鍵を握っていた。さっきから近づいてくる兵士を察知しては不意打ちを繰り返せているのも、大体この男のおかげである。

 

 ……本当に、土壇場で頼りになるんだよなこの男。普段はアホバカの癖に。

 

「……」

 

 僕は息をひそめ、新たなボーラを準備した。さぁ、いつでもかかってこい。

 

 

 

「あ、ああっ、あああ!」

 

 

 

 だが、しかし。

 

 やがて姿を見せたその人物は、僕らが待ち構えていた敵ではなかった。

 

「何処? ランドは何処!? ねぇってば!!」

「ふぇぇ、ん」

 

 それは赤子を背に抱いて、半狂乱に叫ぶ女。

 

 現れたのは自分の命と引き換えに、村の危機を救った男ランド。その妻のナタリーと、その赤子であった。

 

「ナ、ナタリーさん!?」

「ちょっ……、どうしてここに!?」

 

 現れたナタリーさんの、目がおかしい。焦点が合わずふらふらと、駄々っ子のような危うさを含みながら森を裸足で駆けまわっている。

 

 ────ああ。ランド夫妻は、本当に夫婦仲は良かったらしい。

 

 彼は奥さんに死を受け入れて貰えずに、気が触れてしまうほどには愛されていたらしい。

 

「ああ、ポート? ランドは、ランドは何処で見ましたか!?」

「ナタリーさん、正気に戻って。ランドさんは、もう!」

「ポート、あなたが最期まであの人と居たのよね!? ポート、あの人は何処にいるの!」

「ナタリーさん落ち着いて、声を荒げないで! もう、敵兵が迫ってきていて」

「ランドはどこ、どこ、どこなのぉ!?」

 

 いかん、話が通じない。おそらく彼女は勝手に集団を抜け出して、どうしようもなく捨て置かれたのだ。

 

 何とかして彼女を正気に戻さないと、僕達まで危ない。

 

「落ち着けナタリーさん、気持ちはわかるが冷静に」

「お前に何がわかるってのよ!! ランドはねぇ、こんなワガママな私を文句ひとつ言わずに受け入れてくれて!」

「ナタリーさん、敵がいるんです。すぐ傍に、敵が潜んでいるんですってば!!」

 

 宥めようと声をかけるも、彼女はますます興奮し。大声で泣きわめく赤子を気にも留めず、再び大絶叫した。

 

「ランドォォォォ!! ランド、ランド、ランドォォォッ!!!」

「お、落ち着いてください!! ここで叫んじゃダメですって!!」

「か、隠れるぞポート! 複数人、こっちに向かってきてる」

「ナタリーさん、敵が来てます!! あなたも、早く!!」

「ランド、ランドォォォッ!!!」

「もう無理だ、早く隠れるぞ! こっち来いポート!!」

 

 我を忘れて、大声で絶叫する未亡人。

 

 そんなナタリーさんを見切ったのか、ラルフは僕だけを抱きしめて木陰へと隠れさった。

 

 なんてことを。このままじゃ、ナタリーさんが危険な目に遭ってしまう。

 

「ん────っ!!」

「ポート落ち着け、静かにしろ。……ダメだ、アレをおとなしくさせるのは不可能だ」

「────っ!」

 

 ジタバタと抵抗する僕の口を押え、ラルフは悲しげにそう言い放った。

 

 これじゃ、ナタリーさんを助けに行けない。これじゃあ僕達は、ナタリーさんを見捨てたようなものだ。

 

「……頼むって! 本当に、見つかったらやばい奴らがこっちに来てる」

「……」

「睨まないでくれ。……あの女性(ヒト)を救うのは、もう無理なんだよ。きっと、ランドさんが死んじまった時点で、あの人はどうやっても救われないんだ」

 

 力の限りラルフを睨みつけてやるも、僕の目には歯を食いしばって目に涙を浮かべる幼馴染が映るだけだった。

 

 無理、なのか。あの、不可能を可能にするラルフですら、助けられないのか。

 

「今からは絶対声出すな。……やべー奴のお出ましだ」

 

 その言葉を最後に、ラルフは黙り込んだ。

 

 未だに奇声を上げているナタリーさんから、目を伏せながら。

 

 

 

 

 

 

 

「……狂人、ですかね」

「罠かもしれん。警戒を怠るな」

 

 そして、奴らはやってきた。

 

 僕らの愛した森の中で、我が物顔に闊歩する敵の親玉。

 

「アマンダさん、どうしますか?」

「無論、斬る」

 

 それはアマンダと名乗った、敵の剣士だった。

 

 超人的な精度のリーゼの矢を、暗闇で察知し叩き切った豪傑。どうやっても殺せるビジョンが浮かばない、まさに化け物。

 

「……ふっ!!」

「ま、また矢ですかい?」

「もう慣れたよ。如何に矢が上手かろうと、農民の手作り弓の威力じゃ私には届かん」

 

 今も、アマンダは突如として飛んできた誰かの矢を撃ち落としていた。おそらく、リーゼがどこかから射ったのだろう。

 

 しかし、リーゼの矢ももはや牽制にしかなっていない。軌道を読まれ、撃ち落とされ続けているようだ。

 

 リーゼはすさまじい天才だが、このアマンダという剣士も化け物だ。

 

「お前か? お前がランドを斬ったのかぁぁ!?」

「ああ、気が触れている。哀れなものだ」

 

 半狂乱となりながら、ナタリーさんは子を携えたままアマンダに向かって突進し。

 

「楽にしてあげましょう」

 

 

 

 その胴体を、一閃。ナタリーさんの胸と腹は、綺麗に両断されたのだった。

 

 

「────っ」

「落ち着け」

 

 やりやがった。あの女、僕の目の前で二度も人を殺しやがった。

 

 ちくしょう、ナタリーさんはいい人だったんだぞ。小さなころは一緒に遊んだ記憶もある。ランドさんと共に、鬼ごっこをして駆けまわったのだ。

 

 その、僕の大切な村の仲間を、あの女は────

 

「ふぇ、ふぇええ!!」

「よくも、よくも、よくも……。ラ、ランドォ……」

 

 下半身を失いながらも、鬼の形相でアマンダの元へ這って行くナタリーさん。だが、その眼は徐々に生気を失いつつある。

 

 もう、長くはもたない。

 

「おさらばです」

「────」

 

 そして。アマンダは、血を這うナタリーさんの顔を踏みつけ。

 

 ぐしゃり、と勢いよく踏みつぶした。

 

 

 

 

 

 

「……っ、……っ」

「頼むから、暴れるな、ポート……っ」

 

 クソ。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 

 絶対に許さない。あの女には地獄を見せてやる。

 

 僕達が何をしたっていうんだ。ただ、牧歌的に平和に、農民として慎ましく幸せな日々を暮らしていただけなのに。

 

 あの女には何の権利があって、僕達を殺すことができるっていうんだ。

 

 

「ふぇえ、ふぇええ」

「……赤子も、いますね。このままじゃ、野垂れ死にでしょうけど」

「バカをぬかすな。この赤ん坊も、斬り殺すんだ」

 

 

 ……っ!!

 

「ア、アマンダ隊長。それはいくら何でも」

「まだ覚悟が決まっていないのかお前は。よし、お前がこの子を殺せ」

「で、ですが! こんな幼い子をわざわざ殺すなんて、無駄以外の何物でもないですぜ。武器が汚れるだけでさ」

「本音は? お前は妙な罪悪感にとらわれて、この子を生かそうとしているだけではないのか?」

 

 アイツ、まさか。

 

 あんな非力で、何の罪もない子供にすら手をかけるのか?

 

「かつて死んだ、馬鹿な私の戦友の話をしてやろう」

「……」

「そいつはな、見逃したんだよ。感傷にとらわれ、逃げまどう子供を殺すことを良しとせず、『逃げなさい』と言って背を向けた」

「そ、それで」

「背を向けたところを、その子供に切りかかられて即死したよ」

 

 おい、やめろ。

 

 その子は、ランドさんが死ぬほど可愛がっていた子なんだ。

 

 苦労人気質のランドさんが、汗だくになりながら毎晩子守唄を聞かせ続けた愛子なんだ。その子はみんなに愛された、村の宝物なんだ!!

 

「お前にその覚悟はあるか? 子供だろうと容赦せず、手を汚す覚悟はあるか?」

「た、隊長! でも、そんな残酷な」

 

 その子は、今は亡きランドさんが、田の泥に塗れながらも大事に大事に育て上げた────

 

 

 

「こうすればいいんだよ」

 

 アマンダは、赤子の頭を踏みつけ。

 

「こうすれば、武器も汚れない」

 

 そう言うと、ふんと一息ついて。

 

 夜の森に、聞くに堪えない水音が木霊した。

 

 それから、赤子の鳴き声が聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……て、やる……」

「おちつけ、俺も、俺も同じ気持ちなんだ……」

 

 カチカチと、怒りで歯が震える。

 

 目からは濁流の如く涙が溢れ、怒りで脳の奥まで頭がカッカと焼き付いている。

 

「あの、やろう。あいつ、あいつ────」

「出るな、ポート。ここで打って出るより、隠れてチクチク牽制した方が効果的な嫌がらせになる。そういったのはお前だろうポート」

 

 何で、殺した? 何で、赤ん坊の命まで奪った? 

 

 あの心優しいランドの家族は、どうしてこんな残酷な目に遭っている!?

 

 

 

 それは、きっと。生まれ変わってなお、力が足りなかったからだ。

 

「────っ、────っ」

 

 頬を噛み、口の中に血の味が充満する。

 

 悔しさがこみあげて、止まらない。僕はまた、村の仲間を守れなかったのだ。

 

「殺して、や、る────っ」

 

 

 今すぐに叫びだしたい衝動を、ラルフの手で覆い隠されて。

 

 僕は幼馴染に抱きしめられ、はらはら零れる涙で無様に地面を濡らすだけの存在だった。

 

 せっかく生まれなおして、15年。僕は、何も成長していなかった。

 

 

 

 

 ────その後、何やら兵士に説教を垂れていたアマンダが立ち去るまでの数分間。

 

 僕は、ラルフの胸の中で声を殺して泣き続けた。

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