TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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逃げたその先は

 どれだけの時間を、稼いだだろうか。

 

「ポート、すげぇ数だぞ」

「あれが、敵の本隊って事だね」

「……あの剣士も居るな。ってことは、アセリオはアイツを追い返したのか?」

 

 遠距離から飛び道具での牽制に特化し、徹底して近接戦を避け続けた僕達の攻撃は、確かに効果をあげていた。

 

 夜が白み始め、もう間もなく朝が来ると言う時間。敵の本隊はここでやっと、村を確保するに至った。

 

 時間稼ぎとしては、これ以上無い戦果だ。

 

「そうよ! アセリオ、あのヤバい剣士を追い返してたわ!」

「リーゼ、無事だったか」

「あの時のアセリオは怖すぎて、私ちょっとチビ……、まぁそれは良いわ!」

 

 森に紛れ、村の様子を伺っていた僕達に話しかける声があった。

 

 それは、今回のMVPの一人だろうリーゼと、その父リオンさんだった。聞くとアセリオは、どうやら期待通りの活躍を見せてくれた様子である。

 

 村一番のトリックスターの名は伊達ではない。

 

「村長代理殿。これで、今回の作戦は成功ってことで良いのか?」

「十分すぎるでしょう。先行した人々を逃がすことが出来れば、完璧な勝利と言えます」

「皆のお陰だな」

「……私、自分の未熟を思い知った。あんな、矢も通じない剣士がいるなんてね」

「リーゼはよくやってくれたよ。正直、想像以上だった」

 

 冒険者さん達には、夜明けと共に都に向かって逃げ出してもらう手筈になっている。僕達も、さっさと逃げ出してしまおう。

 

 今からは日の照る時間帯。闇に紛れる事ができず、あっさり見つかってしまう可能性が高くなる。

 

 これ以上の時間稼ぎは、無謀だ。

 

「あとごめんなさいポート、矢が切れたわ」

「俺も、少し前から矢切れを起こしていた。石ころぶつけて何とかしてたけど、これ以上はキツそうだ」

「もう十分ですよ、撤退をし始めましょう。僕らももう、これ以上戦うのは体力的に厳しい」

 

 僕の体に多量に巻き付けていた縄も、もはや数本。腰紐や首紐は使ってしまうと衣類が乱れてしまうので、なるべく温存したい。

 

 退き時だ。

 

「僕とラルフを中央、リーゼが右翼、リオンさんを左翼に。三角形に陣を組んで逃げましょう」

「ふむ」

「どこかが襲撃されたら、すぐに後の2チームがフォローに入れるようにする。どうですか」

「石投げで良ければ、フォローに入ろう。じゃ、それでいくか」

 

 短く話し合いを行うと、まだ闇が森を包んでいるなか、先行して逃げた人々を追いかけるべく僕達は走り出した。

 

 後は、僕達が逃げ帰ることができたら作戦成功だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中の土を踏みしめ、僕達は走った。

 

 それは、少し油断もあったかもしれない。人間と言う生き物は、何かを達成して一息着いた瞬間が最もミスを犯しやすい。

 

 時間稼ぎは終わった。もう、後は戦う必要はない。

 

 まだ夜の帳が僕達を包んでいる間に、出来るだけ敵から距離を取ってしまおう。

 

 考えていたのは、それくらいだった。

 

 

「あっ……」

 

 

 ────突如として、その矢は飛んできて。真っ直ぐに、紐の装甲が薄くなった僕の腹を射ぬいた。

 

 

 

「……ポート?」

 

 

 

 ジンワリと、鈍い痛みが腹に満ちる。ドクドクと、刺すような痛みが背筋を走る。

 

 とても立っていられない。僕はその場で膝をつき、まだ矢が刺さった腹を真横に倒れ込んだ。

 

「あっ……ああっ……」

 

 僕は激痛に身をよじり、情けなくその場で嗚咽を漏らす。どうやら、僕は射られたらしい。

 

 油断した。何処かに、敵が居る。

 

「……っ!! 前だ、前に何人か居る!」

 

 ラルフはそう叫ぶと、僕を抱えて茂みに転がり込んだ。そのまま、姿勢を低く移動して敵から姿を隠す。

 

 僕は、彼に抱えられて呻き声を溢すことしか出来ない。

 

「待ってろ、今矢を抜いてやる」

「……待って。確か、安易に抜くと、まずかった、筈……。矢を折って、刺さった、ままに」

 

 矢には、返しがついている。矢で人が死ぬのは、回復術師の居ない状況で矢を抜いて大出血をしたケースが多いと、医学書に書いてあった。

 

 矢を刺さったままにして、後で冒険者さんたちと合流し処置してもらおう。戦いに身を置いてきた彼等はきっと、外傷の処置に詳しい筈。

 

「動けるか?」

「いや、厳しい、かな。ごめん、最悪、置いていって、くれ」

「アホ抜かせ」

 

 だが、それより今この状況を打開するのが先決だ。これは相当に不味い、腹が痛くてろくに歩けなくなってしまった。

 

 ラルフにおぶって貰う以外に、僕の生存手段がない。まったく情けない。

 

「う、痛ぅっ……」

「……敵が近付いてきてる、声出すな。俺が何とかしてやるから落ち着け」

 

 弾みでこれ以上深く刺さらないよう、ラルフに矢を折って貰う。その振動で腸がかき混ぜられ、吐き気が込み上げてくる。

 

 ヤバい、この状況はやばい。ろくに考えが纏まらない。

 

 

 

「おうら、出てこい!! そこに居るのは分かってるんだ!」

 

 

 粗野な恐喝が、闇夜に響く。

 

 森の薄闇に、全身に鎧を纏った兵士がのそりと姿を現した。

 

「お前ら、農民の癖に散々好き勝手しやがって! ぶっ殺してやる、なぶり殺しだこの野郎!」

 

 周囲には4、5人の仲間とおぽしき人影がある。人数に差がありすぎる、これは手を出せない。

 

「リットン、落ち着け。大声出すな」

「うるせぇ、落ち着いてられるか。やっと、奴等の一匹を射止めたんだ」

「わざわざ叫ぶ必要はないだろう。此方から場所を教えてしまってどうする」

「構いやしない、逃げれるもんなら逃げてみろ。あの当たり方なら、仕留めてる筈だ」

 

 アイツが僕を射ったらしい。くそ、よくもやってくれた。

 

 その通りだよ、今の僕はとても逃げ出せる状態じゃない。どうする、どうする、どうする?

 

「よくも俺の兄貴を殺してくれたな! 覚悟しろよ腐れ農家ども!」

「……はぁ」

「こっちは正々堂々攻め込んでるってのに、影に隠れてコソコソコソコソと!! 手柄を立てて家族を楽にしてやろうと、意気揚々出陣してきた兄貴! その最期は、卑劣でズル賢いお前らの不意打ちで即死ときた! お前らのせいで!!」

「その辺りにしとけリットン」

「もう俺、堪忍袋の緒が切れたんだよ!! お前らが大人しくさえしていれば、こっちは無駄に人が死ぬことがなかったんだ! 俺達に一泡ふかせてやろうとか、調子に乗った事を考えたんだろう!! ざまぁみろ!!」

 

 何やら、敵の一人がやたらと興奮している。兄弟がやられたのか?

 

 好き勝手を言ってくれる。お前らが攻めてきさえしなければ、僕達はこんな目に遭わずにすんだってのに。

 

「ほら。ほら出てこい!! 地獄を見せてやるからな、覚悟しろ」

 

 だけど、僕を抱えてとなるとラルフは逃げられない。……ここは、諦めてしまった方が良いかもしれない。

 

 敵は短絡的に、僕達の側まで歩いてきている。ここで僕が見つかってしまえば、それ以上周囲を探さないだろう。

 

 ラルフだけでも、逃げて貰う。それで、生き延びて村を纏めて貰うんだ。

 

「……ラルフ。ぼくを、おいて」

「黙ってろ」

 

 意地を張ってる場合ではない。ここは、少しでも被害を少なくするために冷酷になる場面だ。

 

「俺が囮になる。奴等を引き付けるから、その間にリオンさんに背負って貰って逃げろ」

「そんな、きけん、な」

「俺は大丈夫。お前はとっとと先の人達と合流して、手当てして貰え」

 

 しかし、囮になると宣言したのはラルフの方だった。

 

 数人の兵士相手にそんな無茶な。僕よりラルフの方がきっと優れた指導者になるのに、どうして。

 

「……だめ、らる、ふ」

「今夜、お前はよく頑張ったよ。後は任せろ」

 

 そう言うと。彼は僕の頭をくしゃりと撫でて、真っ直ぐに前を向いた。

 

 ラルフの装備は、貧弱な剣1本。鍛冶を営む彼の家は、武器を作るより狩猟具や農具などをメインに製造している。

 

 武器を求める旅人は、滅多に訪れない。この村は、酒造の村なのだから。

 

 だから、ラルフ家の店に用意してある剣や防具は、あまり上質とは言えなかった。

 

「リオンさん」

「ああ。死ぬなよ坊主、娘が泣く」

「モテる男は辛いよな、全く」

「因みに俺はお前なんぞ認めん。貴様に娘はやらん」

「……そりゃどーも」

 

 それじゃ駄目だ。もし君が犠牲になってしまうのなら、僕がやり直した意味がない。

 

 僕をこの辺に捨てて逃げてくれさえすれば、きっとみんな助かるのに。

 

「どうしても欲しければ、俺の前に土下座しに来い」

「……ははは、親馬鹿っすね」

「じゃあな坊主」

「ええ、ちょっと元気でました」

 

 ラルフは貧相な剣を握りしめ、のそりとその場で立ち上がった。

 

「行ってきます」

「らるふ、だめ……っ」

 

 その僕の懇願は届くことなく、ラルフは数人の兵士相手にたった一人で突っ込んでいった。

 

 白み始める空の光に照らされ、その身を晒しながら。

 

「むっ!?」

「まだ動けるか!」

 

 やがて背後から金属音が鳴り響き、幼馴染みの雄叫びが森の中に轟いた。

 

 その怒号を背に、僕はリオンさんに背負われて森の中を逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……村の連中、居たか?」

「周囲には見当たりません」

 

 

 

 

 夜が明け周囲が明るくなって、村周囲の森の中が斥候だらけになっていた事に、僕達は気付いた。

 

 きっと臆病者のアマンダが、合流して本隊を斥候としてばら蒔いたに違いない。

 

「彼処にも敵が居るな。迂回するぞ、村長代理殿」

「……ふっ、ぐぅぅ」

「耐えろ。仲間と合流出来れば、すぐに治療してやる」

 

 夜も明けて、身を隠しにくくなった。敵の数はドンドン増え続けている。こんな状況で動けない僕を抱えて逃げるなど、自殺行為としか思えない。

 

 どうして、僕を見捨ててくれないんだ。悔しくて情けなくて、涙が溢れてくる。

 

「あっ、ぁっ……」

 

 お腹の痛みが激しくなってきた。冷や汗が流れ、体が小刻みに震え出す。

 

 もう無理だ。敵が言っていた通り、これは致命傷なのだろう。

 

 果たして、逃げ出した皆と合流するまで僕は生きているだろうか? 死ぬのだったら、僕を囮にして逃げた方が得策じゃないか。

 

「……不味いな、顔色が悪い。おい村長代理殿、意識はあるか」

「……は、い」

「良し、耐えろ。あの坊主が命懸けで時間稼いでるんだ、お前は絶対生かして見せるからな」

 

 心配げにリオンさんが、僕の顔を覗き込む。僕は相当に、ひどい状況らしい。

 

 ああ、畜生。油断なんてしなければ。死にかけてお荷物になるなんて、情けなくて死にたい。

 

「お父さん」

「リーゼ、どうした?」

 

 不安げな顔で、リーゼが木の上から顔を覗かせる。こんな近くにいたのかリーゼ。

 

「迂回した先にも、敵が結構居る。多少無理してでも、目の前の敵の近くを忍び歩いた方が良いかも」

「……そうか」

「ポート、大丈夫だからね。後は私達に任せなさい」

 

 そう言うと、リーゼは再び木の中に姿を隠した。先行して偵察してくれていたらしい。

 

「声を押し殺せ。行くぞ」

 

 リオンさんに背負われ、ソロリソロリと移動を始めた。目前の敵は、まだ僕達に気付いた様子は無い。

 

 遠目に兵士の顔色を伺うと、かなりの疲れが見えた。彼等も徹夜で行軍して、今も斥候に出ているのだ。多少、集中力は落ちているだろう。

 

「……」

 

 徐々に、敵との距離が詰まっていく。

 

 奴等との距離は、もう10mも無い。僕達は木陰を静かに移動し続ける。

 

 ミシリ、と落ちた枝が小さな音を立てる度に心臓が止まりそうになる。幸い、遠くで聞こえる怒号や朝の風で揺らめく枝葉の音がそれを掻き消してくれていた。

 

「……」

 

 腹に走る激痛は、歯を噛み締めて耐える。呻き声を上げる訳にはいかない。

 

 ただでさえお荷物なのだ。これ以上、迷惑をかけてはいけない。

 

「……」

「おい」

 

 ふと。近くを見張っていた兵士が、声を出した。やはり、こんな近距離を移動しては、見つかってしまうか?

 

「少し小用だ。ちゃんと見張ってろよ」

「わかりました」

 

 そう言って、先輩らしき兵士は茂みに隠れる。見つかった訳ではないらしい。

 

 そのままジョロロロ、という眠たげな兵士の放水音で足音を消しつつ、僕らは兵士連中を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ、森を抜ける」

「……は、い」

 

 幸いにして、敵に見付かることはなく森を進むことができた。先行してくれたリーゼや、僕を抱えてなお静かに移動してくれたリオンさんには頭が下がる。

 

 後はこのまま、先行隊に追い付くのみである。

 

「……選択肢は二つだ。まっすぐ都へいくか、村長代理殿の処置を優先して近くの村を目指すか」

「……。ぼくは、いいです。みやこ、を」

 

 リオンさんは、近くの村を目指す提案をした。そんなに、僕の顔色は悪いのだろうか。

 

「村の仲間に追い付いても、最低限の医療器具しか持ち出せてないから満足な治療は受けられん。ラピュールの村は半日で辿り着く、そこで治療を受けてから追い付く方が良い」

「……ですが」

「ラピュールは森沿いだから、隠れながら移動できる。どうだ村長代理殿、悪くない提案だと思うが」

 

 リオンさんは本気でそう提案している。だがそれは愚策、逆に近くの村だからこそ再度襲撃されてしまう可能性も高いのだ。

 

 ここは気力で耐えて、仲間と共に都まで逃げるべきだ。

 

「ポートを抱えてせっかく逃げ出せたのに、移動中に死んじゃったなんてゴメンよ!」

「リーゼ……」

「無理しないで。アンタ、今自分の顔見たらびっくりするから。真っ青でお化けみたい!」

 

 ……あぁ、そうか。つまり、都まで僕が持たないからそういう提案をしているのか。

 

 確かに、さっきから痛みが強まってきている。これ以上続くと、気を失って戻ってこれないかもしれない。

 

「……だいじょうぶ、だから」

「ポート……」

 

 でも。それでも、僕達は都を目指さないといけないんだ。

 

「ぼくだって、医学書は、よんでる」

「……」

「村からもっていくよう、指示したもので、十分に手当てできる、から……」

 

 僕たちの村を占領した彼等が次に向かうのは何処か? それは、間違いなく近くの村だ。

 

 もし僕たちがラピュールに辿り着いたとして、敵襲来の知らせを聞いた彼らに僕を治療する余裕なんて無い。迫り来る脅威から逃げ出そうとすることで手一杯のはずだ。

 

 遠回りになる可能性があるなら、予定通りみんなと合流した方が良いだろう。その方が僕の生存率はともかく、リーゼやリオンさんの危険は少ないはずだ。

 

「敵に先回りされている可能性はないのか、村長代理殿」

「さきまわり……?」

「あれだけの大軍だ。兵士を分けて、村人が逃げ出す方向に兵を伏せるかもしれん。それがあり得るとしたら、ここを真っ直ぐに抜け出すのも危険じゃないか?」

 

 そうか。伏兵か……。

 

 確かに、兵士全員で素直に森に突っ込む必要はない。兵を分けて、村人が逃げ出すだろう方向に伏せるのは戦略としてあり得る。

 

「……たしかに、それは、ある」

「ならば……」

「でも、まだありえない、はず」

 

 ただし。それは、時間に余裕があるケースに限る。

 

 今日のように、指揮官が殺されて慌てて突っ込んできた敵にそんな余裕があるとは思えない。森の入り口から森の裏まで全力疾走すれば半日ほどで回り込めるけれど、深夜に集団でそんなペースの移動するのは難しい。ましてや、土地勘の無い場所で。

 

 後半日ほど経てば怪しいけど、今の時点で先回りされている可能性は低い。というか、あり得ない筈。

 

「むしろ、今のうちに、おいつこう……。敵にほういされる前に、はやく」

「……リーダーはアンタだ、村長代理殿。そこまで言うなら従うが、絶対に死ぬなよ」

「私だけでも、ラルフをここで待つ余裕無いかしら」

「やめて、おいたほうがいい。ラルフを信じよう、ここで彼を待つ意味はない」

 

 ラルフは無茶をやった。だが、彼ならあるいは生き延びるだろう。

 

 しかし、僕達がここに残っても意味はない。むしろここに逃げてくる事に拘らぬ、思いもよらぬ手を使わないとラルフ生存は厳しい。

 

 ……僕さえ置いていってくれたら、君をそんな危険には晒さなかったのに。

 

「じゃあ、都に逃げるぞ。ここからは速度重視だ、まっすぐ突っ走るから揺れるぞ」

「……おねがい、します」

 

 だが、もう僕達に出来ることはない。仲間を、みんなを信じるしかない。

 

 今からの僕の仕事は耐えることだ。ラルフは身を危険に晒してまでして、僕をここまで逃がしてくれた。

 

 後はその思いを受け取って、気力で生き延びることのみである。

 

「先に森を抜けるわ!」

 

 リーゼが先行し、僕達はついに森の外へ出た。後は、遠く先にいる筈のみんなと合流するのみである。

 

 頼むみんな、頼むラルフ。どうか、無事で居てくれ────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 森を抜けた僕達を出迎えたのは、抜き放たれた無数の刃だった。

 

 その手前で呆然と、間の抜けた顔でリーゼが立ち尽くしていた。

 

 

 眩暈がする。どうして、もう此処に居る?

 

 目の前に広がるのは、獰猛な目をした兵士達。固く剣を握りしめ、戦意高らかに僕らを見つめている。

 

「お待ちしておりました」

 

 その中央、一際存在感を放っているのは女性の将。だが、そんな事はありえない。

 

 物理的におかしいのだ。間に合う筈がない。

 

 理屈の上ではあり得ない光景と、実際に突きつけられた現実に僕はまさに絶句していた。

 

 

 

 

「────私って、怖がりなんです」

 

 

 

 

 目前に広がる軍のその将には、見覚えがあった。

 

 昔、その昔に1度語り合ったことがある。あの時の優しく聡明な面影を残しながら、彼女は語り始めた。

 

「怖がりで、怖がりで。どうしようもなく怖かったので」

 

 だが、そんな事はあり得ない。ここにあの娘が来ている筈がない。

 

 ここから都まで、急いでも2日はかかる。そこから、最速で準備を整えて折り返しても4日。

 

 僕達の救援要請が、そんなに早く帰ってくる筈がない。

 

「隣国の不穏な気配に怖がって、お父様に黙って先行して来ちゃいました」

 

 

 

 だが、彼女はそこにいた。

 

 精強、勇猛果敢で知られる領主軍。それらを両翼に従えたイヴ────イブリーフが、森を抜けた僕達を出迎えたのだ。

 

 奥に、村のみんなも合流しているのが見えた。彼等は、もうイヴに保護してもらっていたらしい。

 

「……今度は約束通り。たくさんの護衛さんと共に、訪ねてきましたよポートさん」

「イ、ヴ……?」

「酷い傷。……医療班、早く手当てを」

 

 優しく語りかけてくるイヴのその目は、何処までも透き通っており。同時に、何とも言えぬ妖艶な『凄み』を放っていた。

 

 前世のイブリーフや、幼い頃の彼女には感じなかった、確かな『上に立つものの凄み』。それは、まるで幼い頃に見た今代の領主様のような怪物の気配。

 

 

 

「さて、兵士の皆さん。やることはもう、分かってますね?」

 

 

 

 イヴの余りの別人ぶりに呆然としていると、周囲に回復術師らしき人が集まってきた。そのまま、テキパキと僕を運ぶべく背負いあげてくれる。

 

 ……ああ。そうか。

 

「鉄槌を。我が領土を犯し、村民を苦しめた傍若無人な暴威に報復を」

 

 ああそうか、僕達は……。

 

「普段は臆病者と謗られている私も、友人に手出しされて流石に頭に来ましたの」

 

 金色の髪を靡かせた臆病者の次期領主は、目に憤怒の炎を浮かべてまっすぐ森へ向けて右手を下す。

 

「全軍、突撃」

 

 その静かなイヴの号令と共に、勇猛な兵士達は森へと突進した。

 

 彼等の野太い雄叫びを聞いて、僕はそれを実感した。

 

 

「たす、かった……?」

「ええ。もう大丈夫ですとも」

 

 

 ────僕達は、助かったのだ。

 

「後は我々にお任せくださいな」

 

 イヴはそうクスリと微笑むと、兵士達と共に森の中へと入っていった。

 

 その様を、僕は呆然と見送る事しか出来なかった。


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