TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
「……ポート。『奴』が、帰ってきた」
「本当かい!」
突貫工事で平原に建設された、簡易テント。イヴの部下達は、ここに医療本部を設立し重傷者を運びこんだ。と言っても、現時点で重傷者は父さんと僕くらいだけど。
その父さんは既に治療を施され、僕が辿り着いた頃には既に立って歩ける状態だった。父さんは矢傷を負った僕を見て、元気にわんわん泣きながら抱き付いてきた。ちょっと鬱陶しかった。
あと僕の怪我は、実は矢の返しに割と凶悪な毒が仕込まれていたらしく、あの場で引き抜いてたら即死だったらしい。
矢はヒーラーさんに解毒魔法をかけられながらゆっくり慎重に取り除かれ、それでも一部体に残った毒があるかもしれないから絶対安静を言い渡された。
処置中は、あまり痛みを感じなかった。イヴの部下さんは丁寧で良い仕事をしてくれたらしい。
てな訳で、僕は幼馴染みに囲まれたベッドの上で包帯だらけになりながら、安穏と彼を待つことしか出来なかった。
「……おう。戻ったぜ、みんな」
「ラルフ!!」
ケロリとした幼馴染みの顔を見て、安堵の涙が滴る。
僕は正直、今回ばかりは流石のラルフでもヤバいんじゃないかと気が気でなかった。彼は戦闘訓練など受けていない素人だ、そんな彼が訓練された敵に突っ込んで生存率がどれくらい有っただろう。相当に、か細い綱渡りをしたに違いない。
「無事だったんだね! よかった、怪我はないかい!?」
「一番の重傷者が何言ってやがる。俺は無傷だよ、無傷」
ラルフはその言葉通り、ピンピンしていた。怪我らしい怪我も見当たらない。
ああ、良かった。
「まぁ、実はちょっちヤバい所はあったんだがな。敵兵に武器を弾き飛ばされて、絶体絶命で」
「お、おいおい。どうしたんだい、その時?」
「たまたま近くに落ちてた武器を拾った」
そう言ってニヤリと笑い、ラルフは手に持った剣を見せる。それは、
「────エイラ?」
「あー、それそれ。村の宝物剣だろ、これ」
ラルフの命を救ったと言うその武器は、父さんが持ち出してそのまま行方不明になった儀礼剣エイラだった。
「こいつがたまたま近くに落ちてて、俺の身を助けてくれた。マジで、村の宝物だぜこれ」
「……。そっか、なら大事に奉らないとね」
そうか、僕が射られてラルフが囮になったあの場所は、父さんとアマンダが打ち合った場所のすぐ近くだ。
あの時のエイラがたまたま、近くに弾き飛ばされていたんだろう。
「……その剣、凄かったぜ。めっちゃ固くて切れ味も良い」
「まぁ、本物の名刀らしいからね」
「いつか、こんな刀を打ってみたいもんだ」
鍛治の家の跡取りであるラルフは、本物の名刀を握って何か思うところが有った様だ。何やら愛おしそうに、ラルフはその剣を眺めている。
「あと、アイツは仕留めたぜ」
「アイツ?」
「アマンダだ」
「……えっ!?」
彼は宝物剣を皮の鞘に納めると、静かな口調でそう言った。
「俺が、殺した」
「……そうかい」
「出来るだけ苦しめて、殺してやった」
「……お疲れさま、ラルフ」
そう言って剣を見つめるラルフは、何処か鬼気迫る様に見えた。きっと、まだ消化しきれない何かがあるのだろう。
僕だってそうだ。だけど、今は表に出さないでおこう。
「あの女剣士、仕留めたの? 流石ラルフね!!」
「まー、不意打ちだけどな」
「アイツ、雑魚。我が必殺の黒魔術に、恐れをなして逃げ出した弱虫……」
「あー! それよそれ! めっちゃ怖かったじゃない、どうしてくれるのよ!!」
「……何が?」
「そりゃ、漏……何でもないわよ!!」
アセリオは、期待通りの仕事をしてくれたらしい。
逃走直前、僕は彼女に「敵が追撃先を誤認するような魔法か、追撃する気が無くなるような魔法は無いか?」と尋ねてみたら「どっちもある」との頼もしい返答を貰った。
なので殿を任せてみたのだが……、大正解だった様だ。
「俺は、特に治療は要らんと言われたな。ただ、疲れ果ててるから寝ろってさ」
「そうだね。僕もラルフが心配で寝付けなかったけど、君が戻ってきてくれたならひと安心だ。何だか凄く眠くなってきた」
「……ふわぁ。言われてみれば私もちょっと眠いわね。着替えて寝ようかしら」
ああ、良かった。あれ以上の被害を食い止められて、心から安心した。
ランドさん達の仇も取れたみたいだし、肩の荷がひとつ降りた気分だ。
「簡易テントはまだ幾つかある。そこを借りて寝よう」
「そうだね」
こうして、一晩の戦争を乗りきった僕達は束の間の安息を得た。
辛いこと、苦しいこと、その他諸々を忘れて暖かな布団に入る。
本当はもっと考えるべき事がたくさん有るんだろうけど、今この瞬間だけは何もかも忘れて泥のように眠りたかった。
そうしないと、重すぎる何かに押し潰されてしまいそうだったから。
「────ラルフ」
「ああ、ポートか」
夜。
今もなお戦闘が続いている森の外で、僕は重すぎる体を引き摺りながら外へ出た。
「君も、来たんだ」
「ああ。寝過ぎたな、俺達」
みんながイヴに保護され、床についた後。
リーゼやアセリオ達は昼過ぎに目を覚ましたそうだが、僕とラルフはいっこうに目覚める気配が無かったらしい。
僕は重傷だった疲労、ラルフは単純に過労だろう。そんな僕たちがようやく目を覚ましたのは、夜が再び森を闇に包んだ後だった。
寝惚け眼のリーゼは、僕と交代におやすみと良いながら床についた。起こしてくれても良かったのに。
「今日は寝かしておいてやれ、とレイゼイ翁が言ったらしい。一番疲れてるのはこの二人だ、とか言ってさ」
「レイゼイさんが」
「とはいえ、確かに起こしてほしかった。こんな時間に目覚めちまっても困る。いっこうに眠くならん」
「同感だよ」
実に中途半端なタイミングで目が覚めてしまった。どうせなら明日の朝までグッスリ寝ていたかった。
こんな真夜中に起きてしまっても、困るだけだ。
「……なぁ。少し、夜明かしに付き合え」
「良いとも」
ラルフは星の光の下、夜の野原に腰掛ける。僕もそれに倣って腰を落とすと、彼はポツリポツリと話し始めた。
「生まれて初めて、人を殺した」
「……僕もさ」
ラルフは、そう言うと目を伏せる。やはり、そこを気にしていたか。
正直なところ、僕は人を殺したと言う感触に乏しい。いつも練習している通り、ボーラを敵に投げつけただけだ。
だけど、余裕がある時はラルフに敵兵を殺して貰った。その方が、死体を見た敵の恐怖と警戒を煽れると思ったから。
「……人って硬いんだな」
つまり、僕と違ってラルフは、直接人を殺したんだ。ボーラが絡まり身動きのとれない敵に、刃を突き立てて殺した。
彼の手には、のっぺりと人殺しの感触が残っているのだ。
「固くて、生暖かくて、粘っこい。それが、人だった」
そう言うラルフの声は、微かに震えていた。
「落ち着いて、ラルフ」
「アイツらが憎かった。殺されて当然と思った。だってそうだろ? アイツらが仕掛けてきたんだ」
「そうだよ、その通りだ」
「でもさ、言ったんだ。敵の一人が、殺される直前に『おかぁ、ゴメン』と言ったんだ」
ガタガタと震え始める、僕の幼馴染み。……ああ、僕は何て馬鹿なんだ。
ラルフはまだ、成人したばかり。僕らのなかで、良くも悪くも一番子供っぽい男。
彼にはまだ、何の覚悟も決意もない。ただ、ラルフは僕を守ろうとしてついてきてくれただけなんだ。
「殺してしまった。殺しちまった!」
「……違う、僕達は身を守っただけさ」
「あの兵士には親がいた。あいつの帰りを待ってる親がいたんだ。見ればまだ、俺達とそんなに年が変わらない兵士だった。きっと、無理矢理アイツも従軍させられてたんだ!」
「落ち着いて、それは君の妄想だよ」
「落ち着けるもんか!!」
僕は浅はかだった。もっと考えるべきだった。
どうして僕は、幼馴染みに一生消えることのない十字架を背負わせるまで、ラルフの事を気にかけてやれなかった。
「アマンダとか言う奴の頭が砕ける感覚も、グニャリとしてゴリッとした少年兵の喉笛の感触も、全部全部残ってる!!」
「……」
「怖い、怖いんだポート。こんな暗い中眠ってたら、アイツらが闇に浮かんできて、俺を呪うんだ────」
「……大丈夫だから、ね」
「お前が悪い、お前のせいだ、よくもこんな、って! 俺に呪詛を投げ掛けて、振り払っても振り払っても沸いてくるんだ!」
「違う、そんな訳ない。君は何も悪くない」
「でも、現にあいつらはそう言うんだよ!!」
幻覚、幻聴か。こういう症状は戦場帰りの兵士に、たまに起こると聞く。
心優しい人間であればあるほど、戦争の狂気に耐えきれず精神を病み、幻に苦しむようになるのだと。
「……ラルフ、落ち着くんだ。君の目の前には、僕しかいない。ここには、死んだ連中なんかいないんだ」
「分かってる。分かってるんだけど……、分かってるんだけど!」
ラルフは、情けなく鼻水を垂らしながら、ゆっくりと僕に抱き着いた。
「怖ぇ……、怖いんだポート」
「ラルフ……」
そんなラルフの体は、思った以上に大きくて、力強くて、そしてか弱かった。
「情けねぇよな、格好悪いよな。でも、こうして誰かを抱きしめてないと不安でしょうがないんだ」
「そうか」
「ごめん、本当に悪い。ちょっとの間でいいんだ、こうさせてくれポート」
「構わないさ」
ガタガタと震える、男の幼馴染。強い筋力で僅かに軋む、僕の身体。
それは、普段の彼からは想像もつかない臆病な姿だった。
「……ふ、ふぐっ」
「大丈夫、大丈夫だから」
時折零れるラルフの嗚咽を、背中をさすって受け止めてやった。
彼が決死の覚悟で僕を逃がしてくれたから、こうして僕はここにいる。なら、こうなった彼を宥めてやるのは僕の仕事だ。
「……」
「……落ち着いたかい?」
そのまま、ラルフに抱きしめられること数分。ゆっくりと、ラルフの震えが消えていった。
「……」
「……」
無言の時間が、過ぎていく。闇夜で二人、僕とラルフは静かに抱き合っていた。
誰もいない深夜の夜営、年の近い男女が二人、何も言わずに互いの体温を感じ続けた。
そしてそれは、ラルフにとってはきっと耐えがたい誘惑だったに違いない。
僕にそのつもりはなくとも、彼はやがて何かのスイッチが入った様に────
「……ひっ!?」
「……動くな、ポート」
僕の身体を、まさぐり始めた。
「え、ラルフ?」
「……」
動揺した僕とは対照的に、ラルフは据わった目で僕の服の中へと手を進める。その瞳には、確かな情欲が宿っていた。
この男は、突如として僕に発情したのだ。
「……ああ、そっか」
そういえば、聞いたことがある。兵士は、戦場帰りに女を抱くのだと。
戦争の狂気に心を持っていかれそうになった時、獣の欲望に身を任せる事で精神の安寧を保つのだと。
いつ命を落とすかわからぬ状況下では、際限なく子孫を残そうという本能が活性化する。それは、自然な感情であるらしい。
「ラルフ、それが君の怯え方なんだね」
「……」
力じゃ、抵抗が出来ない。説得は出来そうにない。
そもそも、この展開は願ったりだ。元々、誘惑して娶って貰う作戦だったんだ。
理由はどうあれ、これでラルフは村長に────
「ポートっ……、俺っ……俺!」
欲望のまま僕を襲い、土へと引き倒したラルフ。彼は大粒の涙を目に浮かべ、悔しげに泣いていた。
「俺、こんな、情けないっ……」
「良いんだよ。うん、怖いんだよねラルフは」
ああ、野暮だ。野暮すぎる。
責任を、取らせるだって?
こんな、子供が泣きじゃくっているような状態のラルフに、抱いた責任なんて取らせられるはずがあるか。
「良いよ。今日はいつもみたいに、責任取れなんて言わないから」
「……」
「僕で良ければ、どうぞ。それが、君の助けになるのなら────」
ラルフは僕の恩人だから。僕は、黙って彼に身をゆだねよう。
少しでも、彼の罪悪感が無くなるよう。僕は出来るだけ落ち着いた声で、笑みを浮かべてラルフを受け入れた。
「……」
正直、怖くはあるけれど。それ以上に、今の怯えたラルフを放っておけなかったのだ。
「あーっ!!! もう、糞ったれぇ!!」
「……え?」
そのまま黙って目を瞑って待っていると、ラルフはおもむろに大地に頭を打ち付け始めた。
……何だ? 恐怖でついに狂ったのか?
「ゴメン。本当に、申し訳なかったポート!」
「え、ラルフ?」
「今正気に戻った。ああ、もう正気だとも! ぬがあああ!!」
自称正気に戻ったというラルフは、狂ったように地面に頭を叩きつけ続けている。
……とうとう、正気を失ってしまったらしい。
「……ごめん、なんかムシャクシャしてお前を襲いかけた。許せ、何でもするから」
「いや。……僕の話聞いてた? 好きにしろって言ったじゃん」
「言わせたんだよ、あんなの。……お前の、恐怖に顔歪めながら笑った顔見て頭冷えたんだ」
……。
「すまん。怖い思いさせて、本当にすまなかった」
「え、えっと」
そんなに僕は、今怯えた顔をしていたのだろうか。出来るだけ表情には出さないようにしたつもりだったけど。
「あー。あー、情けない。情けなすぎて死にたくなってきた」
「……君に死なれたら困るよ」
「いや、本気ではないんだが。あー、こうやって愚痴るのすら情けねぇ」
ラルフは突然、頭を抱えながら情けないと連呼し始めた。やっぱり、正気に戻れてないんじゃないだろうか。
「……なぁ。ポート、お前は平気なのか?」
「何が?」
「今日のことだ。俺は情けなく取り乱しちまったけど、お前はどうなんだ。お前にも抱えて、吐き出せそうにないものが有るんじゃないか?」
おお、僕を心配してくれているのか。
まぁ、何も感じていない訳ではないのだけれど……。僕はラルフと違って、前世の凄まじい悲劇を経験しているからね。
人の死に耐性があるのか、思った以上に動揺していない。
「こう、俺も弱音吐きまくったしさ。お前も、何か吐いても良いんだぜ」
「……ぷっ。ははは、そういう魂胆か」
急に僕を気にかけてたと思ったら、つまりは僕にも弱音を吐いて貰いたいわけね。それで、イーブンにしようという訳か。
まぁ、確かに僕にも叫びたいことはあるけど。でも、それを表に出すつもりは毛頭無いんだ。
「ゴメンね。僕は村の長になる人間だから、簡単に弱音を見せる訳には行かないの」
「……おいおい」
「指揮を執る人間が、周囲に弱音を撒き散らしてたらどんな気分になるかな?」
そう。僕は、誰彼構わず泣き叫んで良い人間ではないんだ。
前世では、それを意識しすぎて誰にも助けを求められなかった。それが、滅びの原因の一端となった自覚はある。
だけど指揮を執るものは、自らの作戦に自信を持たなきゃいけない。不安を隠そうともせず周囲に撒き散らす事は、ただ混乱を生むだけの愚行である。
「じゃあ、お前はどうやって折り合いをつけるんだ」
「そうだね。僕が誰かに弱音を吐き出すとすれば、僕を娶ってくれる人だけ」
「……」
だから、僕は君に娶って貰いたかった。正々堂々と、泣きつける相手が欲しかった。
ラルフが村長であるのなら、僕は彼に弱音を吐くだけの名分を得る。
「君が婚約してくれたら、ここで泣きついてあげても良いよ?」
……ああ、そうか。こうやって気持ちを整理すると、改めて自覚した。
僕は弱音を吐きたかったんだ。誰かに助けを求めて、泣きつきたかったんだ。でも、僕の理性的な部分がそれを許さなかった。それが、前世の僕の最大の失態。
だけど、皆に相談しなかったのは決して間違った行動じゃない。組織の長は、集団に利益ある制約を課さねばならない。だというのにその長の意見が、集団に左右されてしまっては本末転倒だ。
────まぁ、つまりは。僕が、人の上に立つべき器を持っていなかった、その一言に尽きる。
「どうする? とりあえず、いっぺん婚約して、僕の愚痴を聞いてくれる?」
「……あのなぁ」
そういって悪戯っぽく笑いかけると、ラルフはやや落ち着きを取り戻したように見えた。もう、彼の瞳には先程までの恐怖の感情が浮かんでいない。
……少しは、気が晴れたみたいだ。
「お前はそれで良いのかよ。好きでもない相手と結婚なんてさ」
「むー、女の子が好きな僕としてはちょうど良い妥協点なんだよね、ラルフって。ついでにリーゼとアセリオも娶って、4人で仲良く夫婦生活が僕の一番の理想の結末かな」
「……お前なぁ」
「最終的にはラルフそっちのけで、女子3人でエッチな事を……」
「俺を省くな!」
「君は村長の仕事して、お金を稼いでくれてたらそれでいいよ」
「やっぱり、コイツと結婚しても驚くほど俺にメリットがねぇ!!」
まぁ、今は冗談めかして言っているけど、割と本気でその結末を狙っていたりする。
ラルフハーレムを内部から乗っ取りつつ、村の危機は僕とラルフの2人で対応できる体制を作り上げる。これが、僕の人生で最も幸福な終着点だ。
これに関しては、ラルフにどこまで甲斐性が有るかかかっているが。
「……なぁ、ポート。今のがどこまで本気か知らねーけど、俺はやっぱ2人以上と結婚するのはなんか違う気がする」
「貴族ではよくあることだよ?」
「俺は貴族でもなんでもねーし。それに、なんだ」
だが、肝心のラルフ君はハーレムに乗り気ではないらしい。だとしたら、僕の目論見はほぼ破綻してしまう。
何とか、意見を変えさせないと。
「あー。うー、その。アレだ」
「歯切れが悪いねラルフ。ハーレムの何が不満なのさ」
自分で言うのもなんだが、僕自身も割と可愛い部類だと思うし、アセリオやリーゼだって物凄い魅力的な女の子だ。こんな女の子3人に囲まれて結婚生活とか、男としての一つの究極目標だろ。
「俺は、好きな奴を一生かけて愛していきたい、というか……」
「……」
そう言い切ったラルフは、ものっ凄く頬を赤らめていた。成程、そういう微笑ましいタイプなのかラルフは。
「あ、ごめん。やっぱ今の忘れろ」
「……ふ、ふふっ」
「おい何を笑ってやがる。口が滑った、今のはナシだ」
「そ、そうかい。ラルフは、とても、純情だねぇ……。ふふっ……」
「ニヤニヤすんなこの性悪女!!」
僕としては非常にありがたくない話なのだけど、そんな純粋な事を宣言されては毒気が抜けてしまう。いや、でも何となくラルフのいう事もわかるかもしれない。
この男、前世でリーゼを娶った時は、それはそれは仲睦まじいラブラブっぷりを見せつけていたからなぁ。
「……そっか。じゃあ、僕は身を引いて君の恋を応援しようかな」
そう言って。僕はゆっくりとラルフの隣から立ち上がった。
「ポート?」
「うん。今のを、収穫祭での僕の告白の返答にしてあげる。良い返事だと思うよ、ラルフ」
それがこの男の本音なのだとしたら、僕はとんだお邪魔虫にしかならない。無理をしてラルフと重婚したとしても、ロクな結末にはならないだろう。ラルフに、無駄な負担を強いるだけだ。
『今のポートじゃ、何をどうしてもラルフと結婚した先に不幸しかないから。貴方の友人として、私がラルフを奪ってあげる』
前にリーゼが言っていた言葉の真意が、やっと掴めた気がした。僕とラルフが結婚した先には、リーゼの言う通り不幸しかなかったのだ。
「じゃ。後は、リーゼへの返事を考えておいてね」
「……」
そのまま身を翻し、僕は振り向かずに元居たテントへ向かう。ふぅ、失恋だ。
「僕も、ちゃんとアセリオに向き合うから。お互いに、頑張ろう」
もう、ラルフは立ち直った。これ以上、彼と話すことはない。今からは、長きにわたる目標を喪失した自分の心と改めて向かい合おう。
今夜、僕の長い長い恋物語は終わりを迎えた。いや、正確にはそもそも恋愛感情なんてどこにもなかった。
今までは僕が、大義名分のもと頼る相手が欲しくてワガママを言っていただけだ。本当は、ラルフと結婚する必要なんてどこにもなかったのかもしれない。
きっとリーゼと結婚していたって、ラルフは僕の相談に乗ってくれる。だったら、後はラルフに矢面に立ってもらう様な甘えたことはせず、もう一度僕の手で自ら村を守ろう。
「あ、いやちょいと待てポート」
「……ん?」
「まだ、告白の返事はしてねーよ。今のはポロっと零れただけだ、勘違いすんな」
そんな感じで、僕の中で綺麗に折り合いが付き始めたというのに。ラルフは、僕を解放しようとせずに再び肩を掴んで隣へと座らせた。
まだ、何か言いたいことがあるらしい。
「……ラルフ? 一応、僕は失恋直後なので放っておいてほしいんだけど」
「あ、あのなぁ」
まぁ、失恋と言ってもいいよなこれ。恋心がなくても、恋に破れたからには失恋だ。
「……」
「ラルフ、何か用があるなら早く言ってよ」
だが、わざわざ僕を押し留めた癖に、ラルフは黙り込んで何も言いだす気配がない。……何がしたいんだ?
「……ポート」
「うん」
やがて、彼はゆっくりと口を開くと。夜闇の下、緊張した面持ちで、彼はゆっくりと告げた。
「……アレだ。その、お前が……」
その言葉は、僕にとっても寝耳に水ともいえる話で。
「さっき、お前が、好きになった────」
そんな言葉を聞いて目を見開いた僕に、ラルフは情熱的に抱き着いてきて。
「今は俺に興味がなくとも、いずれお前に惚れられて見せる。だから俺と婚約してくれ、ポート」
少女ポート、15歳。
今まで婚約を迫ろうと何度も誘惑を続けてきた相手に、まさかの逆プロポーズをされてしまったのだった。