TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
────その抱擁は、先程のラルフの抱き付きと違っていた。
怯えをはらみ、小刻みに震える体躯を押し付けてきた先程とは違い、柔らかく僕を包み込むような抱擁だった。
「……えっ」
ラルフが、僕に告白した。僕がそう認識した時にはもう、ラルフの腕の中だった。
ギュウと、腕が僕を締め付けられる。逃がさないぞと言う、彼の隠れた意思が表出しているかのように。
「……えっ。えっ?」
「動揺しすぎだろ、ポート」
頭が纏まらない。状況が整理できない。
僕は、失恋したのでは無かったのか? リーゼとの共存が出来ない時点で、僕はラルフと婚約出来ない。そして、ラルフは重婚するつもりなんて無かった。
だったら、僕は────
「……ああ。何だ、受け入れてみたらスッと納得したわ。俺、割と前からお前の事好きだったかもしれん」
「……へ?」
「今まで、お前は俺の事を『好きじゃない』って宣言してやがった。おまけに、迫り方が斜め上。それで、今までお前と婚約なんて論外だったんだが……」
混乱の最中にいる僕とは裏腹に、ラルフは何処か納得したような顔をしていた。
「思い返してみると、お前と遊びながら決闘してた時間が一番楽しかった。お前が俺と隣に居てくれると、気兼ねしないで良いからな」
「え。いや、それって」
「お前の余計な行動のせいで、ずっとお前を敬遠してたけど。実は前々から、俺はお前の事が好きだったんだろうなぁ」
しみじみと、何かを納得したかのように語るラルフ。
だがちょっと待ってほしい。それは、僕が単に『男友達』枠に入ってたからでは無いだろうか?
「……俺はポートと、二人で生涯を添い遂げたい。ダメか?」
「……」
そう聞かれたら僕としての答えは、やっぱりラルフが村長になってくれたらそれで良い訳で、当然喜んで────。
……いや待て。あれ、これはどう答えれば良いんだ?
僕は別にラルフを好きではない。ラルフを気に入っているのはリーゼだ。
だから、僕はリーゼとラルフをくっつけつつ、ラルフに村長の仕事も任せたかった。その終着点が、ラルフとの重婚だ。
でも、僕とラルフが普通に婚約してしまえばリーゼはどうなる?
ラルフは重婚する気がない。なら、ラルフを好きでも何でもない僕がラルフと婚約するのは、リーゼにとってどれだけ不利益となるだろう。
本来の自分の夫を、僕の介入のせいで失うことになるのだ。不憫というレベルではない。
「え、えっと」
いや、でも。ラルフが村を先導してくれたら、きっとこの村は安泰だ。恐らくは、あの悲劇的な結末は回避できるだろう。
僕が村長を継いだままだとしたら、リーゼはあの悲惨な末路を辿ることになるかもしれない。それよりかは、失恋した代わりにあの悲劇を回避できた方が彼女の為になるのか?
だったら、二つ返事でラルフに了承の言葉を……。
「ポート……」
「え、いや、あの、その」
いやいや考えろ。そもそも、あの結末は起こりうるのか?
何だか知らないけれど、今朝に会ったイブリーフからは前世の愚鈍な雰囲気を微塵も感じなかった。というか、現領主様と同じ怪物の気配すら纏っていたように思う。
もしかしたら幼い頃に僕が介入した結果、イブリーフはまともに成長したのかもしれない。だとすれば、当然彼女はあんな無茶苦茶を言い出すことはない。村はもう救われたも同然なのだ。
だったら、リーゼを裏切るような真似は────
「おーい」
「待って、待って、それは想定外で、その」
れれれ冷静になれ。不測の事態にテンパるのは、前世からの僕の悪癖だ。
落ち着け、一旦思考を整理しよう。こういう、僕一人じゃ考えが纏まらないときはどうしたら良かったっけ?
そうだ、相談だ。僕が迷った時はラルフに相談する、それが一番だ。幸いにも目の前には彼がいる、これは好都合だ────。
「……あー」
「ポート? そろそろ落ち着いたか?」
いや。本人に相談してどうする。
……告白した相手に「婚約しても良いだろうか?」なんて聞かれても、ラルフは自分で決めろとしか言えないだろう。
僕って、こんなに主体性無かったかなぁ?
「……あの、ラルフ」
「ん、何だ?」
と言うか、僕は窮地に弱いんだろうな。とっさの判断力に乏しいから、パッと見て無難な方へと流れ、追い詰められていく。
……こう言う時に、助けてほしい相手がラルフなんだよ。
「……いや、自分でも意味がわからない相談なんだけど」
「どした?」
「僕ってラルフと婚約するべき?」
「…………」
まぁ。一度、相談するだけしてみよう。
コイツがどんな反応するか気になるし。
「お前って普段は飄々としてる癖に、混乱すると面白くなるよな」
「失礼だね、君は。実際、悩んでるんだ」
「散々、普段から婚約だ責任だと迫ってた癖に、何で土壇場で悩んでるんだよ」
「その……、僕はリーゼの気持ちを知ってたから。リーゼとの重婚前提で考えてたの」
「あー」
「このまま婚約受け入れちゃったら、リーゼ怒るだろうなって」
彼女からすれば、僕はとんだ間女だよ。親友面しておいて、大して興味のないリーゼの想い人をかっさらっていく。
夜に背後から刺されても納得するレベルだ。
「いや、今のこそリーゼに失礼だ。取り消しとけ」
「……何が?」
「あのリーゼが、正攻法で失恋した後に逆恨みなんてする訳ない。ちっと泣かせる事になるとは思うが……、心からお前を祝福するだろうぜ」
……。
「リーゼと一番付き合いが長いのは俺だ、アイツの性格はよく知ってる。ホントに素直で純粋で、心優しい女だよリーゼは」
「……」
「だから、そこは心配するな。お前自身が、自分の心と相談して決めろ」
成る程。リーゼの事をよく知ってるラルフがそう言うなら、そうなんだろう。
「間違ってもリーゼに謝ったりするんじゃねぇぞ。それこそ侮辱だからな」
「うん」
「ホントに気持ちの良い女なんだぜ、リーゼは」
「……ラルフは、リーゼの事をよく知ってるね」
「一番の幼馴染みだからな!」
……。
「やっぱり君、リーゼと付き合えば?」
「何で!?」
告白した直後に、僕の前でリーゼのノロケ話とはやるなラルフ。朴念神の称号は伊達では無いと言うことか。
そこまで言うならリーゼと婚約すれば良いじゃないか。
「……ポート、ちょっと不機嫌になったか?」
「別に?」
不機嫌になったと言うより、呆れたって感じかな。うーん、どうしよう。
「リーゼの事抜きなら、その。君の告白を拒む理由は無い……」
「アセリオはどうするんだ?」
「……。元々、実らない恋さ」
アセリオか。まぁ、彼女に関しては────
「僕は、跡継ぎを残さなきゃいけない人間なんだ。僕も同性愛者だし受け入れてあげたいんだけど、ならば彼女とは別にもう一人男を引き込む必要がある。それこそアセリオと恋仲になるとしたら、君が大黒柱になってハーレム築いて貰うくらいしか無かっただろうね」
「……そっか」
「実は君が重婚を否定した時点で、アセリオは振ると決めた。アセリオも、好きでもない男の人を挟んでの結婚なんて嫌だろう」
……そう、僕はアセリオの気持ちには応えてあげられない。
ふと、思う。もしかしたら僕が男だった前世で、アセリオは僕を好いていてくれたのだろうかと。
周囲に流され、村の敵となっていった僕を支えるべく、リーゼやラルフを説得してくれていたのではないかと。
……彼女は控えめでおとなしい女性だったから、それを口に出さずずっと秘めていたのではないかと。
────いや、よそう。前世の話を今さら論じた所で意味はない。
「仮にアセリオが超魔術で男になったらどうする?」
「とんでもない仮定はやめてくれ。いやでも、アセリオなら有り得るか……?」
いや、流石に性別は。でも、アセリオだしなぁ。
「その時は改めて考えようか」
「あり得ないと断言できないのがアセリオの怖いところだな」
……流石にあり得ないとは思うけど。
一応、彼女の手品は全部タネがある訳で。彼女自身は超凄腕なだけの、何処にでも居るパフォーマーに過ぎない。
この前の分裂するアセリオの手品も、片一方は背丈の似たお母さんの変装だったみたいだし(収穫祭で酔った母親が暴露し、アセリオにポカポカ殴られてた)。
性別変えるなんてそんな本物の魔法染みた事までは出来ないはず……。
出来ない、よね?
「ま、まぁその話は置いておこう。今は、俺と婚約しろって話だよ」
「……だね。知っての通り、僕はどちらかと言えば女性が好きな人間だ。現時点で君には異性的魅力を感じていない。うん、君がそれで良いなら」
「そこは問題ない。いつか惚れさせてやるよ、ポート」
「それは、楽しみだ」
……ラルフが、そう断言するなら僕から言うことはない。むしろ、彼を村長にするのは僕の悲願だったとすら言える。
リーゼに対する罪悪感は有るけれど、それでも彼が選んだ答えを受け入れるのが僕の役目。
「よし、話は決まりだな」
そう言うとラルフは僕を解放し、ニカリと笑いかけた。
そうか、とうとう僕はラルフと婚約したんだな。ある種の人生の悲願達成と言える瞬間だ。
これから、きっと何かが変わるのだろう。幼馴染み4人組の関係性も、その行き着く未来も。
だけど、隣にラルフが居てくれる。こんなに頼もしいことがあるか。
「じゃあポート。早速────ベッド行くか!」
「……」
……。
「……あのさぁ」
「え、まだ何か喋る事あるか?」
……。
「…………」
「無言で睨みつけてきてどーした、ポート」
え。コイツマジか。
ここで誘うかお前。お前の脳味噌にはソレしかないのか。
「……あ、あ! ち、違う、そう言う意味で言ったんじゃない!」
「じゃあ、どういう意味さ」
「さっきお前が言ってただろうが」
だが、ラルフはそう言う意味ではないという。ベッド行くかに、他にどんな意味があるというのか。
「婚約したら、俺に弱音吐いてくれるんだろ?」
「……あ」
「聞くぜ。俺のテントに来いよ、俺以外には弱音吐いてるところを見られたくないんだろ?」
……ああ。そっか。
そう言えば、そんな事も言ったっけか。
「……聞いてくれる? 長くなるよ」
「おう。お前が背負ってるモノ、代わりに背負ってやると決めたからな。任せろ」
この男は本当に頼りになる人間だ。
あんなに取り乱すほど怖い思いをしていたのに、戦場では冷静に僕を逃がしてくれた。何となくの直感で最善手を選ぶことが出来る、土壇場にこそ強い僕らのガキ大将。
そんな彼が、僕と共に歩んでくれるなら────
「……ありがとう。嬉しいよ、ラルフ」
「そうかい」
きっと、僕はこの村を守っていけるだろう。
「これから、よろしくね」
ラルフと共に。
「……んー」
その話は、途切れることなく続いた。
未来への不安、失った命への悲哀、もっと上手く出来たのではないかという後悔、自分の指示で人を殺した恐怖。
戦争は、勝っても負けても心に大きな傷を残す。前世の経験が有るとはいえ、まだ精神的に未熟と言える少女はやはり年齢相応に傷付いていた。
ポートはそれを村長という、上に立つものの重圧で塗り潰していただけである。むしろ、前世での経験から『村の仲間が死ぬ』と言う出来事が
「……ふぅ。寝ちまってたか」
彼女の抱えていた『後悔』は、一晩中止まらなかった。泣いて、震えて、怯えながら少女は少年の胸で慟哭を続けた。
そのまま数時間が経ち、やがて泣き疲れたのか黙り込むと、そのままポートは寝息を立てた。
────それは、前世を含めても初めてポートが自分から誰かに泣き付いた瞬間かもしれない。
「そうだよなぁ。俺、今までポートに結構甘えてたのかもなぁ」
難しいことは分からないから、村の事は村長に任せて置けば良い。自分は腕の良い鍛治になることが何より重要だ。
それが、正直な彼の今までの生き方だった。
「コイツは村の仲間の事を、毎日のように悩んで悩んで苦しんでいたんだな」
だが、もうそんな呑気な生き方はできない。自分の意思で村のリーダーとなる少女を娶ったのだ。
これからは、ラルフこそ村の指導者たる立場になる。
「……普段、飄々としてて気付かなかった。ごめんなポート」
その重圧は、自覚しただけでズシリと肩が重くなった。
自分の決断が多くの人間の命を左右する立場は、それだけで重すぎて倒れ込みそうになる。
「これが、コイツの抱えてたモノって訳ね。……上等じゃねぇか」
1人では倒れそうになる。だったら2人で支え合って立てば良い。
「やってやろうじゃねぇの」
新たなる決意を胸に秘め、少年はゆっくりと体を起こす。
テントの入り口からは、暖かな朝日が照りつけているのが見えた。それは、まるで二人の行く先を祝福しているようで────
「……」
ラルフは、そのテントの入り口からリーゼがひょっこり顔を覗かせているのに気付いた。
「……」
「……」
彼の布団には、うにゅうにゅと寝言を溢している
ラルフは、このままだとリーゼに外聞の悪い誤解が生じてしまうだろう事を思い至った。
「ふむ。おはようリーゼ、良い朝だな」
「……」
こう言う時に慌ててはいけない。動揺すればするほど、何を言っても胡散臭くなるからだ。
あくまで堂々と。自分に後ろめたい事は何も有りませんよと、態度で示すのが重要である。
「照りつける日差しが心地よい。あの激戦を生き延びたその先に迎える朝は最高だ。そうは思わないか?」
「……」
「リーゼもそう思うだろう。昨日はあまり話が出来なかったが、改めてお互いの無事と再会を祝おうじゃないか」
「…………」
朝の挨拶は大切だ。親しき仲にも礼儀ありという、まずはフランクに会話を交わす話の枕としてラルフは挨拶を選択した。
やはり、ラルフは大物である。
「ああ、リーゼが気になっているのはポートの事だよな。気にすることはない、まぁ後で話すとしよう」
「…………」
「ふぅ、俺も目が覚めた。まずは着替えないとな、少し席を外してくれないかリーゼ────」
そして彼は、そのまま流れでリーゼを退出させようとした。そしてお互いに落ち着いたところで誤解を解く、それが最善であろうと考えたのだ。
「……はい。着替え……」
「お? サンキュー……」
そして着替えようとしたその瞬間、彼は普段着を手渡される。
ふと横を見れば、いつも通りに無表情な村のパフォーマーが無言で着替えを差し出していた。
「……」
「……居たのか、アセリオ」
彼女は、いつも表情が読みにくい女である。だがしかし、今朝のアセリオは普段以上に表情が読めなかった。
完全な無表情、とでも表現するべきだろうか。顔面に一切の感情が反映されていなかった。
「おはようアセリオ、一昨日はお前も大活躍だったみたいじゃないか。是非とも、武勇伝を聞かせてもらいたいね」
「……」
「にしても、着替えを用意しておいてくれるなんて気が利くじゃないか。お前のような、気配り上手でおっぱいの大きい幼馴染みを持てて俺は幸せだよ」
「…………」
「さて、そろそろ着替えるから部屋を出ていってくれ。デリカシーに欠ける俺と言えど、同世代の女の子に着替えを見られるのは恥ずかしいんだ」
ニカリと歯を見せて、隣にいる幼馴染みに笑いかけたラルフ少年。
彼はきっと、持ち前の動物的な本能で危険を察知していたに違いない。現在のラルフは、その冷静で快活な喋りとは裏腹にかなりテンパっていた。
だからだろうか。不幸にも彼は、現在進行形で二人の少女の心に燃える炎に油を注いでいる事に全く気付いていなかった。
「……いち」
「急にどうしたんだ、アセリオ」
「……に」
「ん? 何かのカウントダウンかい?」
「……さん」
「ああ、つまりアレだろ。いつもの超魔術でもみせてくれるんだな」
「…………まじっく!!」
ゴーン。
アセリオが指を鳴らした直後、ラルフ少年の頭に大きなタライが降ってきて。
帰参した兵士で賑わいつつある平野の野営地に、縁起の良い金属音が木霊した。