TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
「……」
平和な辺境貴族の夜の食卓が、沈黙に包み込まれた。
何せここら一辺の最高権力者様が、どこにでもいる村娘……、じゃなくてなんちゃって貴族の娘に婚約を申し込んだのだ。
玉の輿とか言うレベルではない。いや、逆玉の輿か?
「こんな事を言われ、すぐに答えを出すのは難しいだろう。ポート殿、一晩じっくり考えてみてくれんか」
「……」
じっくり考えてくれと言われても。これはつまり、僕がイヴの正妻扱いになるってことなのか? だったら、元々のイヴの婚約者候補から嫉妬とかが凄いことになりそう。
それが、デタラメ政治本を書いた僕の罰? いや、そんな事を言われても。
「え、その。領主様……じゃなくてイシュタール様」
「……何じゃ?」
でも、まぁ。いくら罰と言えど、僕にそれは出来ない。何故なら僕はもう、
「すみません、僕には婚約者がおりまして……」
「……おや」
昨日ラルフと婚約した直後だからである。
「……居たんですか、お相手」
「す、すみません」
イヴは、哀しげに目を伏せた。
いくら侯爵の称号を持っていようと、他人の妻を勝手に召しとるのは倫理的にNGだ。
実際、権力にモノを言わせてそういうことをやる貴族は居るそうだけど。
イヴが、そういう貴族でないことを祈るのみである。
「……え、ポート? 婚約したのかい?」
「あっ、ごめんなさい父さん。昨日、ラルフからプロポーズを受けました。報告が遅れてすみません」
「はぁー。そうだったのか」
しまった、そういやドタバタしていて父親に報告するのを忘れていた。
いの一番に伝えなければいけない相手だったのに。勲功労賞で忙しかったからうっかりしていた。
「……昨日、ですか」
「は、はい」
「タッチの差……。うぅ……」
話を聞いたイヴは悔しげに拳を握りしめている。そ、そんなに悔しがらなくても。
「昨日は私、軍の指揮で忙しかったんです。そのタイミングで先制はズルくないですか?」
「……え。いや、ズルいも何も無いでしょう」
「ラルフ君って、あのラルフ君ですよね? 私達、村を解放するために頑張ってたんです。その間に告白されて手遅れって、ちょっとズルな気がします。私にもチャンスが欲しい」
だがイヴは諦めきれないのか、彼女の睫毛が肌に当たるほどの距離まで顔を詰めてきた。
「もし、ラルフ君ではなく私が……、私が先に婚約を申し込んでいたら結果はどうでしたか?」
「え、その」
「貴女の才能を諦めるつもりはありません。貴女と一緒に居たい気持ちも負けません。ラルフ君と貴女が仲が良いのも知っています。けれど」
グイグイと距離を詰めてくるイヴ。その勢いに気圧されて、僕は壁際まで追い詰められる。
「……それでも私に、ついてきてくれたりはしませんか? お願いいたします、私の初恋の人」
それは、悲しげながらも真っ直ぐな、イヴの告白だった。
「……ごめんなさい。それでも、僕は」
「そう、ですか」
だが、しかし。きっとイヴの告白が先だったとしても結果は変わらないだろう。
僕は村を離れるつもりはない。この村で生きて、この村で死ぬ。それが、僕の生き様だ。
「そうですよね。ラルフ君は貴女を選び、貴女もラルフ君を愛している……。私に入り込む余地は無いのですね」
「……」
「……あれ? どうして急に複雑そうな顔をされているのですか?」
まぁ、別にラルフを愛しているかと言われたら微妙なんだけど。
「侯爵家からのプロポーズとはいえ、先約があるならそれを受けるのは不義理じゃろな。知らぬこととは言えすまなんだ、ポート殿」
「い、いえ。僕の勝手な都合で申し訳ありません」
「良い良い。都に、ラルフ殿の住まいも用意するとしよう。同じ家が良いかの?」
……。
「あの、それは一体?」
「……む?」
え、今の話は何? 何で、都にラルフの家が出来るんだ?
「ポート殿には、都に来て貰わんと困るのだが……。ラルフ殿もついてくるのだろう?」
「……」
……。
「あの、僕がどうして都に?」
「ふむぅ」
ちょっと待って欲しい。それは一体どういう話だ?
今までの会話のなかに、僕が都へ向かう理由が1つも無かった筈だが。
「人の口に戸は立てられぬからの。『農富論』の筆者が国境の農村に隠匿していると情報が入れば、色々な勢力から狙われるだろう」
「……はい?」
「儂らがどんどん増刷し知名度が上がっとるから、あの本の作者は一部で懸賞金すら掛けられておる。最初に見つけられたのが儂らで良かったわい、もし悪い人間に見つかっていたら拉致監禁も有り得ただろう」
……はいぃ!?
「け、懸賞金? な、なんですかそれは!」
「様々な場所に影響を与えた稀代の怪作の作者じゃ。その次回作はいくらで取引されるか分からない……、金銭的価値だけでもとんでもない事になろう」
「……え、そんな。あんな本が?」
「少なくとも、儂はアレより価値のある本を読んだことはなかったの」
拉致監禁? 稀代の怪作? ど、どういうことなの?
7歳の子供の書いた落書きだぞ!? せ、精神年齢的には30近いけど。
「……儂らの本拠たる都であれば、君の身柄を安全に守り抜けよう。村のためにも君自身のためにも、都に来ておいた方が良い」
「え、えっ?」
「運が悪ければ……、君自身を目的に村を襲う連中すら現れるかもしれん。君の本は、それほどの影響を与えておるのだ」
「そ、それは言い過ぎでは?」
それは流石に法螺じゃないか? 僕の農富論が売られているなんて、つい最近まで知らなかったし。
そんな影響の大きい本なら、もっと知名度が────
「……ポート、その本はここら一帯の村長が愛読していると聞く。農富論が出てから、ここらは急激に発展した。本当に、それだけの影響は有るだろうね」
「……え」
「お父様はその農富論を、貧しい村の長に配って回ったのです。そしたら、想定していた以上に商業農業が発展して……。ここ数年は忙しすぎて目が回ってましたよ」
……そんなことしてたのね。
「村長殿。申し訳ないが、儂らに娘殿をお預け頂きたい。ポート殿自体の安全のためにも、の」
「……ええ。娘を、よろしくお願いいたします」
「あ、その、えっと?」
は、話が僕をおいてどんどん進んでいく。じゃあ、これからどうなるの? 僕は村長を継げないの?
「で、では僕はどうなるのですか? この村には、もう帰ってこれないのですか?」
「そんな筈はなかろ、安心してくれ。戦争が一段落すれば治安も落ち着くし、その間に君の村付近に兵屯を用意できよう。数年間は、儂らと共に過ごせばよい。君が望むなら、その後に村へと帰っても構わない」
「そうですか。す、数年間だけですか」
よ、良かった。そうだよね、一生都住みとか無いよね。
戦争が始まって治安が乱れるから、その間だけ僕を保護してくれるって話か。しかも、村付近に兵舎まで用意してくれるのね。
なら、むしろありがたい話だ。
「分かりました。僕も、イシュタール様のご厚意に甘えたく思います」
「ほっほっほ。良い家を用意しておくからの、楽しみにしておいてくれ」
急な話になってしまったけど、僕のわがままで村を危険に晒すわけにはいかない。ラルフにも話をして、ついてきて貰うように言おう。
ちょっとした都への留学と考えたら、全然悪い話ではない。ラルフも、都の鍛治技術を学べるチャンスと捉えてくれるかもしれない。
「急な話で申し訳ありません。明日の昼頃に、私達はこの村を出立します。それまでに、準備を整えていただけると助かります」
「わ、わかりました」
「生活に必要なものは、全て儂らが用意しておく。君はラルフ殿に話を伝えて、都に持っていく物を選別していてくれ。……君の著作を忘れんようにの、それが残っているだけで村が狙われる理由となるだろう」
「は、はい!」
いい話ではあるが、随分と急な話になった。ラルフは僕に着いてきてくれるだろうか?
向こうの家にも事情はあるだろう。ラルフから婚約したものの、向こうの家的に跡継ぎを村長にされたら困るとかあるかもしれない。
今からでも、話をしに行った方が良いだろう。
「領主様、父さん。ちょっとラルフに会いに行ってきます」
「あいよ」
……さて、僕にとっても初の相手の親への挨拶だ。気を引き締めて行かないと。
元々ラルフを僕にください的な立場だし。果たして、どんな反応が待っているのだろうか。
「……ぐああぁっ!! 許してくれぇえ!!!」
「……」
ラルフの家から、痛そうな悲鳴が聞こえている。誰かが折檻されているらしい。
「あのー、ごめんくださーい」
「ぎぃやぁぁぁぁあ!!」
気になって中を覗くと、ラルフが父親のランボさんに関節技をかけられて悶絶していた。
……何をしているんだろう。
「あら、ポートちゃん? いらっしゃい」
「こ、これはどうも。ご無沙汰してます」
怪訝な顔で悶えるラルフを眺めていたら、ラルフの母親であるシャリィさんが僕を出迎えてくれた。
ラルフの家に招き入れてもらって部屋を見渡すと、やはり色々漁られた形跡があった。どうやら
「ラルフ、何かしたんですか?」
「あぁ、気にしないで。バカ息子は、嫁入り前の娘を襲った罪で教育中なの」
「……あっ」
……僕の1件か。
「いえ、その、未遂ですし。ラルフも突然戦場に駆り出されて荒れてただけだと思います。そんなに怒らなくても……」
「戦場で最も気を張り詰めてたのは貴女じゃない、そんな娘を襲うなんて男として論外だわ。それに、もし最後までしてた日にはくびり殺してたわよ」
……ラルフの家は、なかなか教育が厳しいらしい。ふん、と鼻息荒くシャリィさんは肘を極められたラルフを睨んでいる。
「全く、常日頃から情欲に負けるなと散々説教しておいたのに……。怖い思いをさせてごめんなさいね、ポートちゃん」
「いえ、僕は全然に気にしていません。婚約もしていただけましたし……。婚約して、よろしいんですよね?」
「もちろん。正直、あのバカが選ぶのはリーゼちゃんかなとは思っていたけれどね」
ほっ。親公認で、婚約を認めてもらえた。これで、まずは第一段階はクリアだ。
「夜分に大変申し訳ないのですが、火急の用がありまして」
「あら? どうかしたの?」
「その。……数年間、僕が都に移住することになったのです」
後は、さっきの事をラルフに伝えるのみ。
「彼と話をさせていただけませんか」
「……」
「……ポートちゃんが本を書いていたのは聞いてたけど、また凄い話になってるのね」
「は、ははは」
本当にね。
「少なくとも数年間、ポートは都住みなのか。向こうでの生活はどうするんだ?」
「イヴが僕の家を用意してくれるとさ」
「……俺は、着いていって良いのか?」
「ラルフも来てくれるなら、君の分の衣食住も保証してくれるそうだよ」
「おっしゃ」
ラルフは、頼むまでもなく僕に着いてくる気満々だった。良かった、急な話だから来てくれるか少し不安だった。
都に移住するから婚約解消なんて可能性もあったからね。
「ポートさん、ウチの子が迷惑かけて申し訳無かった。……本当に、この馬鹿息子が相手で良いのか?」
「ええ。ラルフが隣に居てくれる事ほど、心強いことはありません」
「……なら、持っていってくれ。息子をよろしく頼む」
良かった、親からも了承を得られた。これで、万事丸く収まった形だ。
「村の復興が終わったら、貴女達の新居に顔を出しにいくわね」
「えぇ、歓迎します」
後に残っている不安は、僕が都で何をさせられるかと言う話だ。
イヴが曰く、これから数年間は戦争で忙しいそうだ。僕も毎日遊んで暮らすわけにはいかない、文官の仕事を手伝わされる可能性は高いだろう。
……文官の仕事とかやったこと無い、不安だ。
「あぁ、そうだ。ラルフ、お前に都に居る知り合いの鍛治を紹介しておく」
「……鍛治?」
「俺の兄弟弟子だ。都でも研鑽を怠るな、ソイツの工房に邪魔してしごいて貰え」
「む、分かった。サンキュー親父」
ラルフは、やはり鍛治修行をするのか。彼も、忙しくなりそうだ。
「じゃ、話は了解した。明日の昼までに、旅の準備を整えておくよ」
「よろしくね。あとは、皆に挨拶にいかないとね」
こうして、僕とラルフは村を離れる事になった。数年間だけとはいえ、寂しいものである。
だけど、イヴとのコネクションや都での研鑽は後々の村の利益となるだろう。寂しいだなんて個人的な感傷で、それを不意にする訳にはいかない。
「じゃラルフ、また明日」
「ああ、また明日」
僕もきちんと荷物を纏めないと。僕は、この村を背負って立つ人間なのだから。
「ラルフさん、昨日ぶりですね。改めてご挨拶を申し上げます、先日新たに侯爵を次ぎましたイブリーフと申します」
次の日。僕とラルフは領主様用に用意された大きな馬車に揺られ、イヴと向かい合って座っていた。
「う、うす。どうも、よろしくっす」
「ラルフ……。ちゃんと敬語使いなよ」
「に、苦手で……」
ニコニコと笑いかけるイヴに、タジタジしているラルフ。まぁ、気持ちはわかる。
面と向かい合うと、イヴは本当に可愛い。本当に男なのか疑問符が浮かぶ。
「ところで、ラルフさん。貴方に幾つかお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ど、どうぞです」
「……貴方は、ポートさんを愛している。それは間違いないですね?」
「え、ええ。そこは間違いないです」
にこやかな笑みを崩さないまま、イヴはラルフと歓談している。
ラルフは本当に僕を好いてくれているっぽいからね。そこは嘘じゃない。
逆に僕がどうかと言われたら怪しいけれど。
「では、もう1つお伺いしたいのですが……。ラルフさんの背中にくっついている貴女は?」
「私はリーゼよ!」
イヴに問われ、すっとラルフの背中でピョコピョコしていた少女が顔を出す。
やはりというか何というか、リーゼも敬語は苦手らしかった。侯爵様相手に堂々とタメ口を聞いてしまっている。
あとで注意しておこう。
「いえ、貴女の名前は存じております。その、貴女とラルフの関係性は?」
「そうね……。愛人よ!!」
「……えっ」
「ちょっ、違……」
リーゼはラルフの愛人を堂々と名乗った。
……そもそも、本来は彼女が奥さんになる筈だった。そんなリーゼに愛人を名乗らせるのは、やはり心苦しい。
ラルフを寝取ってしまったようで、リーゼに罪悪感が沸いてくる。出来ればラルフも、考えを改めて多妻を受け入れてもらいたいものだ。
「へ、へぇ。ポートさんと婚約してるのに、早くも愛人……」
「違う。別に俺はそんな……」
ところで、イヴは何をワナワナとしているのだろう。
「こないだ、一緒にお風呂入った仲じゃない」
「ちょーっ!!? おい、それは内緒って!!」
「あっ……。ゴメン、今のナシ」
「そこまで言ったらもう無くならねぇよ!?」
「……」
おお。意外とリーゼも攻めて誘惑してたのか。
僕やアセリオもお風呂はまだ……。
いや、こないだラルフが覗きを働いたタイミングで、ある意味一緒にお風呂に入ったと言える。この色男、『女の幼馴染み全員とお風呂』を達成したらしい。
「因みにどういう経緯で、一緒にお風呂入ったのリーゼ?」
「コソコソ水浴びを覗きに来たところを捕まえたわ」
「何だ、僕らと一緒だね。実は僕とアセリオも同じ経緯でお風呂に入ったことがあるよ」
「何それ聞いてない。ラルフ、本当なの?」
「ラルフは本当にエロバカ……」
「違うんです、違うんです」
おお、ラルフが慣れぬ敬語を使って釈明している。よほど心苦しいらしい。
「覗き魔……。その、ラルフさん。都で覗きをしてしまうと、問答無用で逮捕なので、その」
「もうしません……、ごめんなさい……」
「いや多分、またする……。それがアホバカラルフ……」
まぁ、またやるだろうな。具体的には逮捕されないように、僕らの水浴びの覗きを。……ラルフは本当にエロいからなぁ。
まさかとは思うが、イヴを覗かないよね。それは、さすがに……。いや、そもそも男が男を覗くと罪状としてはどうなんだ?
「ねぇポートさん。本当に結婚相手は、この方でよろしいので?」
「うん、勿論」
「……はぁ」
イヴは何やら湧き上がる自分の何らか感情と必死で戦っている様な顔をしている。何をそんなに不満げな顔をしているのだろう。
「ところで。その、アセリオさんにリーゼさんはどうして都に?」
「二人が行くからね!!」
「……仲間がそこにいるから。それ以上の、理由は無い……」
そして、僕たちにはもう一つ嬉しい誤算が有った。朝一番で僕とラルフが幼馴染み二人に別れを告げに行くと、二人とも即決で「着いてくる」と言ってくれたのだ。
二人とも村が大好きだろうに、寂しい思いをする僕達を慮って着いてきてくれるらしい。それも、親元を離れてまで。
「私はもう、成人したし。自分の道は自分で決めていいって言われたわ!!」
「新天地も悪くない。都の愚民どもに、我が闇の魔術の恐怖を刻み込んでやる……」
「ありがとう。僕はとても嬉しいよ、二人とも」
二人とも、イヴの援助を受けなくても自力で稼げるだけの技能はもっている。きっと、余計な負担はかけないはずだ。
「ちなみに、お二人の住居はどうなさるのですか」
「狭くても、僕とラルフの家に泊まってもらうつもり。アセリオやリーゼには近くに居て欲しい」
「……うれしい、ポート」
僕の言葉を聞いて、はにかむアセリオ。村を離れるのは少し寂しいけど、このメンバーで共同生活するのは初めてである。
慣れれば、仲良し4人で楽しい都生活を暮らせそうだ。
「ポートさんは新婚では……? 女の子二人も、新居に連れ込んで不安にはならないですか?」
「僕はラルフが構わないなら、重婚してもらっても良いという考えなので」
「……っ」
正直な気持ちを言ってみたら、イヴが凄い顔をした。一瞬般若が見えたような。
「ただの農民の殿方が、ポートさんをハーレム要員扱い……」
「違う、違うんです。俺は純粋にポート一人を……」
「お風呂の時に私の体ガン見してたのは誰かしら?」
「……そこのエロバカ、ポートよりも私の胸ばっかり見てた。変態……」
「うるせー! でかい胸を見て何が悪い!! ちくしょー!!」
いつも通りにやいのやいのと大騒ぎする幼馴染み達。
……ふぅ。こういういつも通りの空気を味わえるのも、二人が僕達についてきてくれたからである。
よくよく感謝しなければ。皆の都での生活を、目一杯サポートしよう。
「……」
ところで。何でイヴはさっきから、黙ってラルフを睨んでいるのだろうか。
やはりイヴの思考も女性寄りで、女の敵に対する評価は低いのかもしれない。ラルフは基本的にただのエロバカ女誑しだからな。
「……ひぃっ!?」
「む? いきなりどうしたんだいラルフ」
「な、何か今背筋に寒気が走った。俺にものすんごい危機が迫っているかもしれない」
歓談していたらビクンと突然に、ラルフが腕を組んで震え上がった。
「本当かい? これから気を付けないとね」
「ああ。なんかやべー気がするぜ」
むむ、ラルフのそういう勘はよく当たるからな。よくよく気を付けないと。
「……? 私は特に何も感じないわよ」
「……あたしは、感じる。というか、大体想像がついた、気がする……」
リーゼはピンと来ていないようだけど、アセリオも何らかの危険を察知したらしい。3人中2人が感じたなら、きっと本物の危機なのかもしれない。
僕はそういった感覚が全く無いので、本当かどうかはよくわからないけれど。
「うふふ」
「イヴは何も感じないのかい?」
「ええ、全く」
イヴはいつも通りに、ニコニコ微笑んでいる。特に、何かを察知した様子にはない。
ふーむ。何なのだろう。ラルフの思い過ごしなら良いんだけど。
「……ひっ! さっきから悪寒がやべぇ」
「まさかとは思うけど。危機とかそんなのじゃなくて、実は風邪を引いただけだったりしないかい、ラルフ」
「わ、分からねぇ。でも、さっきから背筋が寒いのは確かだ」
「寒いなら温めてあげよう。ほら、僕の前に来るといい。同じ外套に入ろうか」
「……」
風邪なら、早めに対応しないと。寒気がするなら、温かくしてあげたほうが良いだろう。
僕はラルフの体に背後から抱き着いて、外套で覆ってやった。
「……うおぉ!? 何か寒気が増したぞ」
「そ、そうかい。本当に風邪かもしれない、今日は安静にしていた方がいいかもね」
「そ、そうか。そうか?」
一応は婚約者だ、ラルフを温めてやるくらいはしてやろう。この体勢は実質ラルフに抱きついてる様なもんだけど、婚約者ならノーカウントだろう。
「……うふふ」
僕らの向かいに座っていたイヴは、そんな仲睦まじい僕ら二人の様子を微笑まし気に眺めていた。