TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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領都編
晩餐会


「大きいね……」

「す、すげぇな」

 

 それは、その辺の宿屋とは比べる事が出来ない大きさで。

 

「え、部屋いくつあるのコレ?」

「……これが、都のスケール」

 

 都に到着した僕達が、そのままイヴと共に向かった先はとんでもない豪邸だった。

 

 数十人の使用人さんが出迎えてくれたその邸宅には、たくさんの兵士が見回っていて。

 

「ようこそ皆さん、ここが私と父様の暮らす領主邸」

「は、はえー」 

 

 その昔。イヴの兄貴であるプロフェンが僕の家を見て「ここが貴族の住処か」とぼやいた気持ちがわかる。これと比べたら、大概の家は犬小屋だろう。

 

 

 豪華絢爛な装飾を施された紅色の屋根瓦、荘厳で趣ある石造りの外壁、七色の花が咲き乱れる美しい庭園。

 

 これぞまさに、権力者の住まう場所と言った感じだ。

 

「無駄にお金をかけているでしょう? ……貴族付き合いというのは、こういう場所にもお金をかけないと不利になるのです。はぁ、馬鹿馬鹿しい」

 

 イヴは興味無さそうに、手入れされた色鮮やかな庭園を見て嘆息している。

 

 ……成る程? 侯爵がみすぼらしい家に住んでいると、他の貴族に舐められるのか。

 

「貴女方の家は、今日中に用意いたします。本日は、客人として我が家にお泊まり下さい」

「い、良いのですか」

「ええ、勿論。昨日はポートさんの家に泊めてもらいましたからね、そのお返しです」

 

 ……そう言われ、僕は思わず昨夜の言葉を恥じ入ってしまった。こんな凄まじい家を持っている人に、僕達はなんて汚い宿を提供してしまったのか。

 

 テントよりはマシと思うけど、イヴからしたらテントも僕の家も大差なかったんじゃないかコレ?

 

「それに、コレからの事を話す時間も必要でしょう。……ポートさんに、お願いしたいことも幾つかありますし」

「……ええ、分かっていますとも」

 

 しかしイヴが泊めてくれるって言ってるんだから、遠慮はむしろ失礼だろう。ここは言葉に甘えておこう。

 

 僕も、イヴに聞きたいこともあったし。

 

「今夜、貴女達をディナーに招待しますわ。そこで、馬車の中では話せなかった話を致しましょう」

「了解です」

「楽しみにしていますよ」

 

 そう言うと、イヴは颯爽と馬車を降りて家の玄関へ向かった。一斉にお辞儀を始めた使用人に、

 

「今、馬車から降りられる方々は私の賓客です。くれぐれも粗相の無いように」

「畏まりました、イヴお嬢様」

 

 そう告げて、イヴは僕に向けて小さくウインクした。

 

「では、また後で」

 

 そんな悪戯な笑みと共に、彼女は屋敷の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、僕達が使用人さんに案内された部屋は、これまた凄まじくお金がかかってそうな部屋だった。

 

「ほえー……」

 

 柔らかな羽毛であつらえたベッド、色とりどりの調度品、中央の机の上には新鮮なフルーツがあつらえてあった。

 

「……本当に僕らが泊まって良いの? この部屋」

「ふかふかなベッドね! わーい!!」

「わ、飛び込んじゃダメだよリーゼ! 壊したら幾ら弁償しないといけないか分からない!」

 

 完全に、貴族用の部屋だこれ。農民が気軽に泊まっていい部屋じゃない。

 

「……ここにあります素晴らしい造形の花瓶。あたしが1、2、3と唱えますと大きな鳥となって羽ばたきます……。さて、ご笑覧ください……」

「変えちゃダメ!! お願いだから調度品を手品の対象にしないで!!」

「うめぇ!! なんだこの果物、めっちゃ甘ぇ!!」

「勝手に机の果物を食べるなぁ!! そう言うのは一言聞いてから────」

 

 ほら、こう言うことになる!!

 

「お客様方。宜しければ、果物の方は食べやすいようにお切り分け致しますが」

「わーい! 私も食べたいわ!!」

「……わくわく」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 好き勝手してごめんなさい!」

 

 使用人のダンディな人は、そんな田舎者丸出しの僕達を見てカカカと笑ってくれていた。

 

 ……彼が器の広い人でよかった、こんな失礼な対応したら怒られてもおかしくない。

 

「貴女も、もう少し力を抜いて構いませんよポート嬢。イヴ様のご友人とあらば、我々も全力で歓待いたします故」

「ど、どうも……恐縮です」

「ふふ。成る程、成る程。貴女は確かに、我が主と相性が良さそうですな」

 

 そう言う使用人さんは、不思議な眼差しで見通すように僕を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたした、ディナーの時間でございます」

 

 僕らが一息ついて、やけに糖度の高いフルーツを頂き、空に赤みがかかった頃。ディナーの準備が整ったらしく、僕達はイヴの食卓へと呼ばれた。

 

「間もなく主も伺います故に、少々お待ちください」

 

 部屋に入れば、まず縦長のテーブルに旨そうなパンがいくつと並んでいるのが目に入った。イヴとイシュタール様の席は最も奥らしく、僕達はその縦長のテーブルの用意された席にそれぞれ着席を促された。

 

「……ポート、何かすげー堅苦しいんだけど。何かマナーとかある感じのアレか、これ?」

「何かマナーとかある感じのアレだよ。絶対にガツガツ料理を貪ったりしないでね」

「このパン美味しそう。早く食べたいわ!」

 

 流石のラルフも、目の前に置かれたパンを食べ始めたりはしないらしい。多少は空気を読めたようだ。

 

「超魔術を使えば、今すぐ焼き芋は出せる……。焼き芋とパンでお腹結構膨れそう……」

「出さなくていいよ……」

 

 何でアセリオは焼き芋を常備してるんだろう。

 

「さて、イシュタール様とイブリーフ様の入席でございます」

「は、はい」

 

 僕らが席についたら、間もなく執事さん的な人が入ってきてそう告げた。

 

 前領主様も一緒に入ってくるのか。よし、姿勢を正さねば。

 

 

 

 ────ゴォン、と荘厳な鐘の音が部屋に響き渡る。

 

 

 

 それが合図だと察した僕は、黙って二人の入場を待った。

 

 おそらく、入ってくるのは正装の侯爵貴族。この国の人間の殆どが、地べたに頭を擦り付けて挨拶する存在。

 

 ここで無礼は許されないのだ。

 

「……」

 

 やがて、ゆっくりと古い樹のドアが開かれ────

 

 

 

 

 

 

「プリンセス☆フォーエバー!! 新時代の幕開け、レボリューション!!」

「派手な服着た貴族のジジイ、安い挑発に乗せられ破滅、あヨイヨイ~」

 

 

 

 

 

 楽しげな侯爵貴族共が、舞台衣装を着て歌いながら入ってきた。

 

 ……イシュタール様、あんたもか。

 

「我が主は、客人と共に歌いで騒ぐのがお好きです。私も少しばかり楽器を嗜んでおります故、どうか楽しまれますよう」ベベン

「は、はぁ」

 

 執事さんも何時の間にやら、渋い弦楽器を取り出し軽快な音楽を奏で出している。

 

 ……。

 

「Foooo!! またあのライブが聞けるのね!!」

「……くくく。また、我が必殺狂乱の宴が幕開く……」

「おー! 本当に歌が上手いよな、イヴの奴……、じゃなくてイヴ様」

 

 ……。

 

「飲めや歌えや、あヨイヨイ」

「煌めく流星の波動が、クリエイティブでセンシティブなイマジネーション!!」

 

 ……。

 

 これは、アレか。乗らなきゃ空気が読めてない奴か。

 

「皆さん、乗ってますか~!」

「「イェイ!!!」」

 

 よし、イェイとか言っとけば正解らしい。

 

 ……それにしても侯爵家は、歌が好きな家系なのだろうか? イヴがあんなライブを毎回行っていて、領主様に止められてなかった時点で察するべきだった。

 

 まぁ、それで士気が上がってたみたいだし実利もあるのだろう。

 

「では先ずは一曲目! お父様との夢のコラボ、ルナと満月の月見草!!」

「はぁ~、ヨイヨイ」

 

 ……ま、お二人が楽しそうで何より。

 

 

「これ、本当にマナーとかある感じのアレなのか? ここからどんな風にやればいいんだ?」

「……ごめん、わからない。ホストが突然ライブを始めた時のマナーを勉強しておくよ」

 

 そんなマナーが存在するかは知らないが。まぁ、楽しく聞いて騒いでおけば良いんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ真面目な話をしましょうか」

「そうじゃのう」

 

 数曲ほど騒いで、興が乗ったところでイヴは突然真剣な顔になった。

 

 最初からやれ。

 

「皆さんをこの席にお呼びしたのは他でもない、どうかポートさんのお力を借り出来ないかとお願いしたかったのです」

「……はい」

「貴女が幼少時に著したという農富論。その本は、今やこの領の役人全員の教科書として幅広く愛読されています。その内容は、折り紙つき」

「……その事実を、僕は最近まで知らなかったのですけどね」

「そんな偉大な政治思想家さんに、是非我が領のご意見役をお願いしたいのです。ね、ね?」

「勘弁してください……」

 

 そんな事を言われても困る。あの本は、あくまで農民目線のアレコレを纏めた本にすぎない。

 

「今は、国家の未曾有の危機なのです。隣国ぺディアが本腰を上げて、我が国を侵略すべく息巻いています」

「……」

「問題の隣国であるぺディア帝国────、この帝国は多方面に戦争を吹っ掛けては領土を拡大し、その勢力を伸ばし続けている武闘派の国家。そして、その全てに連戦連勝している強国です。当然敵も多いらしく、私たち以外にも既に2ヵ国と戦争中だと聞いています」

「帝国は、そんなに色んな国を敵に回して大丈夫なのですか?」

「えぇ、それが大丈夫なのです。彼らの領土は私達の国の倍はあり、その国力は凄まじいの一言。今戦争中の2ヵ国も、既に降伏目前だと聞いています。そして次の侵略目標として、私たちが標的にされたのでしょう」

「奴等とはそもそも人口が大分違うでな。それに我が国は農業をメインに添えた牧歌的な国柄。軍事力に関しては、おそらく10倍くらい差はあろう」

 

 え。そ、そんなに怖い軍隊だったのか、あの連中。

 

「我が国の主力軍は、ぶっちゃけると私達ですわ。勿論、王都にもちゃんと軍は駐留していますし、兵士数だけなら我が軍より王都軍の方が多いのですが」

「奴ら、実践経験が皆無に近い。国境でバチバチやっとる我らの練度が、我が国では群を抜いて高いじゃろうな」

 

 まぁ、それは前世でも聞いたことがあった。僕らの国の最強軍は何処の軍かと聞かれたら、冒険者の誰もが口を揃えてイシュタール軍と答えたものだ。

 

 だからこそ、前世で僕は領主をビビりまくっていた訳だが。

 

「だが、敵軍は儂らより余程多くの修羅場を潜っている精鋭中の精鋭。軍閥の規模も儂らより大きく、士気も高い」

「その上、英雄クラスの将星が綺羅星の如く集っています。軍の数、練度、指揮官、全てにおいて私達は大きく水を開けられている。洒落にならないレベルで、国家存亡の危機なのです」

「え、本当に危機じゃないですかソレ」

「ええ、本当に危機なのです」

 

 隣国は強大と聞いてたけど、軍事力はそんなにヤバいのね。イシュタール軍より練度高い集団が大軍で攻めてきたらどうしようもないぞ。

 

「今回の襲撃は、使い捨ての下っ端寄せ集めの軍団でした。そんな雑兵の将ですら、我らの誇る侯爵家3将に土を着けられるレベルの将」

「あの女の将が、儂らの国の王都で仕官していれば大将軍になっていたじゃろうな。あの年でゾラに勝てるなら、ウチじゃ最強剣士扱いであろう」

 

 ……あぁ、アマンダか。あんな悪魔を将に据えたら、国は滅ぶと思うけどなぁ。

 

 ただ、強さは確かにデタラメだった。暗闇で飛んでくる矢を全て叩き落とせるってどんな化け物だ。

 

「しかし帝国では、そんな人材ですら惜しげもなく使い捨てれるほど余裕がある。あちらの人の豊富さにはとても太刀打ち出来ない」

「幸いと言えるか分からんが、帝国には敵が非常に多い。儂らだけに集中して軍を動かすことは出来んじゃろ」

「だからこそ、堅く守り敵を防ぐのです。敵に、私達を侵略するより放置する方が得だと思わせれば勝ちですね」

 

 ……裏を返せば、それって本気でウチに攻め込んできたらどうしようもないってことじゃ?

 

「……それは、かなり難しいと思います。いずれ、周囲を合併し強大となった帝国に飲まれてしまうのがオチかと」

「そうなれば、素直に降伏するかもしれませんね。少なくとも現状────侵略した国の民を徴兵して使い潰し、領土を拡大しようと暴れまわっている国に頭を垂れるわけにいきません。私達は、民を守るためにこの立場にいるのです」

「ま、あんな無茶苦茶な侵攻は何時までも補給が続かん。いつか、帝国が一敗地に至った時まで儂らの国が残っていれば勝利よ」

 

 厳しいな……。想像していた以上に、この国の情勢が厳しい。

 

 村の長、なんて規模の立場では全く分からなかった。領主の立場で見る世界と、農民の見る立場ではこんなに視界が変わるとは。

 

 ……前世でイヴが急に農地拡大だのなんだの言い出したのは、ひょっとしてこれが理由か?

 

「ポートさん、私達は軍備を整えねばなりません。来るべき戦争に備え、民の笑顔を守るだけの戦力を保持せねばなりません」

「……」

「しかし、その裏で軍事を支える基盤────商業経済もキッチリ育てないといけない。しかし、我が国にそれが出来る人材がいないのです。皆が皆、武官となって身を立てている」

「儂の領は小競り合いの多い土地だ、武官となった方が権力も金も集まってくる。その弊害か、商業経済に詳しい文官があまり育たんかった」

「……だからこそ、貴女の力が必要なのですポートさん。なんなら戦時中だけでも構いません、私が出陣している間、ポートさんに背中を任せたい。たった7年で強大な商圏を作り上げた貴女の手腕を、一度このイヴに御貸し願えませんか」

 

 そう言うと、イヴは僕の目前で地に頭をこすりつけた。

 

 思わず、ギョッと目を剥いた。なんと、侯爵様が辺境の貴族に土下座をかましたのだ。

 

「ま、待ってくださいイヴ! それは駄目です、貴女はそう簡単には頭を下げてはいけません!」

「いいえ、下げますとも。貴女がうんと頷いてくれるまで、私は此処からピクリとも動きません!」

「ちょ、ちょっと!!」

「今後激しくなってくる戦乱の中、軍事力を拡大しながらも農業と経済を停滞させず発展させる。そんな魔法染みた戦略を、私達は取らねばならないのです」

「……で、でも」

「ポートさんにはソレが出来る。いや、きっとこの領土で貴女以上の適任はいない。お願いです、どうか私の隣に立って、共にこの国を支えてください」

 

 そんな無茶な。軍事力拡大しながら経済発展って、前世のような「税をおさめながら農地拡大」する様なものだろう? 政務なんぞしたことが無い若造の僕に、そんな無茶振りされても困る。

 

「……」

 

 ……いや、無理だ。そもそも政務のやり方が分からないし、政治を回せる頭脳と経験もない。

 

「ごめんなさい、イヴ。それは、出来ません」

「ポートさん……」

 

 イヴはどうやら、僕を過大に評価しているらしい。幼い頃、僕がイヴに物事を説いてやれた頃の幻影を未だ僕に見ているのだ。

 

 普段の聡明な彼女なら、そんな愚は侵さない。ド素人にそんなバカげた期待をしなければならない程に、彼女も切羽詰まっているのだろう。

 

 だけど、出来ないことは出来ない。はっきり、そう告げるのが大切だ。

 

「僕は、非力で無力な何処にでもいる辺境貴族です。お世辞にも、自分が優秀な人間であるとは思っていません」

「そ、そんな事はないでしょう」

「……そんな魔法染みたことは、僕には不可能です。自分の器は自分が一番よく知っています。ごめんなさいイヴ、その話はお断りします」

「……」

 

 僕の答えを聞いたイヴは、明らかに肩を落とした。 

 

 期待を裏切ってしまったのは心苦しい。でも、それは事実として受け止めて貰わないと。

 

「そう、ですか。それが、貴女の答えなら……」

 

 やはり、イヴの落胆は大きい。そして、それも理解できる。

 

 字が読めない文官すらいる状況だ、どれだけ人手が足りていないか容易に想像がつく。その足りないマンパワーを、この怪物親娘が必死で補っていたのだろう。

 

 農冨論のせいなのか、すさまじい発展を続けるこの国をたった2人で陰から支え続けていたのだ。

 

「だけど、イヴ。ただ、この国の置かれている状況は理解した。帝国の脅威、変わりゆく世界情勢、迫りくる軍靴。それらを無視してのんびり生きていくわけにはいかない」

「……へ?」

「僕からお願いがあります、イヴ。貴女がよろしければ、どうか戦争が終わるまで僕を貴女の旗下に加えてください」

 

 ならせめて、一端の文官としてくらいはイヴの力になろう。前世ならともかく、今世の彼女にはでかい恩が出来た。

 

 彼女が村に先行してきてくれなければ、きっと僕は矢傷で命を落としていただろう。その恩には、報いるべきだ。

 

 それに都で政治にかかわることで、きっと僕自身の成長にもつながる。一生イヴに忠誠を誓うつもりはないけれど、僕自身の成長と経験のために数年間は彼女の下で働いてみよう。

 

 ……都に滞在する間ずっと、イヴの援助を受け続けるわけにもいかない。自分で稼ぐ食い扶持も必要だ。

 

「ポート、良いのか?」

「……うん、状況が状況だし。ラルフごめん、しばらく忙しくなって家を空けると思う」

「それは、まぁ仕方ねぇよ」

「数年間の辛抱だ。戦争が落ち着いて村に戻ったら、正式に籍を入れて婚姻を結ぼう」

 

 婚約したてのラルフには悪いけど、あまり家事をしてやれなそうだ。むしろ、ラルフに家事雑務を押し付けることになってしまうかもしれない。

 

 家にはアセリオやリーゼも居るし、そこは分担してもらえると思うけど。

 

「やった!! やったぁあ!! 良いんですね、後からナシとか言いませんよねポートさん!」

「う、うん。僕は腐っても底辺貴族だし、字も読める。下位文官の仕事程度なら勉強して手伝えると思う」

「ふ、ふふふ。そうですね、最初はそこからでも構いませんよ」

 

 ぱぁ、とイヴの顔が明るくなった。文官が一人増えた程度で、何をそんなに喜んでいるのだろう。

 

「言っておきますけど、その文官の仕事も満足にできるか分かりませんよ?」

「ふ、ふふふ。ええ、ええ、構いませんとも。もっとも、7歳時点の貴女を雇っても、きっと人一倍に仕事をこなせると思いますけどね」

「……か、過分な評価をどうも」

 

 逆に、7歳の僕以下の文官しかいないのかこの領には。だとしたら本当にやばいぞこの国。

 

「ポートさん、権力が欲しくなったら何時でも言いに来てくださいね? 思うままの地位を差し上げますので」

「……そ、そんなことしたら他の文官から恨まれちゃいます。僕は下働きで十分ですよ」

「ふふ、宣言しておきますわ。多分、1月以内にポートさんは私に権力をよこせと言ってくるでしょう。その時は遠慮はいりません、いつでも気軽におねだりしに来てください」

「えっ」

「できれば可愛らしくおねだりしてくれると嬉しいです。うふ、うふふ、可愛い服を着ておねだりするポートさん、想像するだけで興奮してしまいます……」

 

 僕が、権力を欲しがる? 僕は権力には興味ないし、そんなことにはならないと思うけど。

 

「では最初はそうですね、リーシャ将軍の部下として貴女をつけましょう。上司が女性の部隊なら、ポートさんが入っても邪険にされたり悪戯されたりしないでしょうし」

「リーシャ……、侯爵家3将の最年少という、あのリーシャ将軍ですか」

「あら、ご存じでしたの。少し癖のある娘ですけど、ポートさんならうまく御せると思いますわ」

 

 そうか、僕は女性だからそういう部隊に配属されるのが自然か。

 

 リーシャと言えば、ゾラ将軍のお孫さんだっけ。確か勲功労賞の時に話した、目が死んでいた人だ。

 

「少し暴走気質のある方ですけど、その才能は我が軍随一。魔法に秀で、剣技に優れ、知恵も回り部下からの信頼も厚い。まさに、万能の天才と言えるお方です」

「ゆくゆくは、儂らの軍での大将軍を務める器であろう。イヴにとってのリーシャが、儂にとってのゾラの様な存在となる様に期待しておる」

「残念ながら、まだ彼女は私にはあまり心を開いてくれていないのですけどね。何故かわかりませんが、むしろ少し敵視されている節もあるのです。よければその辺の事情も、探っていただけると助かります」

 

 ……。そういやリーシャって、好きな人がイヴのファンで振られたんだっけか。

 

「きっと、そのうち、心を開いてくれると思いますよ。具体的には、リーシャに恋人とか出来たくらいから」

「リーシャさんの恋愛が、私と何か関係あるのですか」

「多分、ちょっと、遠からず?」

 

 まぁ、こればっかりはどうしようもなかろう。リーシャに素敵な恋人が出来るまでの辛抱だ。

 

「まぁ、リーシャと上手くやってみてください。決して悪い子ではないので」

「ええ」

 

 先日話した感じだと、リーシャはそこまでとっつきにくい印象はなかった。まぁ、上司としては悪くないと思う。同い年で話しやすいし。

 

「ふぅ、これで大きな肩の荷が一つ降りました。ポートさんの助けになるかと思って出陣しただけなのに、まさかこんな大きな拾い物が出来るなんて……。莫大な黄金の塊を拾うより、ポートさん一人を陣営に迎え入れた方が何倍も価値がありましょう」

「そうじゃのう、イヴ。1000人の兵士は得やすいが、1人の将は得難しという。お前は領主としての能力ばかりか、運も兼ね備えておるらしい。あと100年生きて、お前たちの歩む先を見てみたいのう」

「まぁ、お父様。もう家督を譲っていただいたのですから、これからは長生きするために養生してくださいな。そして、このイヴの歩む先をしっかりご覧ください」

 

 さっきから過剰評価が過ぎる。そんな大きなものを拾ってはいないと思うけれど。

 

 うーん、期待値が高くて怖いなぁ。文官一人増えただけだ、と軽く考えて欲しい。

 

「では、今夜は皆さまお休みください。明日には、皆様の家へ案内いたします。……ポートさんは職場へ顔を見せに行きますので、明日も残っていてもらいますけど」

「わかりました」

「では、ご機嫌よう。ふふふ、今日はウキウキして眠れそうもないですわ」

 

 前領主様とイヴはニコニコしながら一礼し、そして席を立った。

 

 まだ食事は残っていたけれど、二人にはまだまだ仕事が残っていたらしい。それで、夕食の最中ではあるが退席するのだそうだ。

 

 だったら歌なんて歌わなければ良かったのに。

 

「では、心行くまでディナーの続きをお楽しみください。ポート様は、明日からお忙しくなるかと思います。せめて、ゆるりと食事をご堪能ください」

 

 二人が退席した後、ふたたびダンディな使用人さんが僕たちのもとに料理を運んできてくれた。

 

 今からは、僕達だけでのんびりと歓談できそうだ。

 

「何から何まで、丁寧な歓待をありがとうございます」

「いやいや、お気になさらず。イヴ様からは、それはもう最高待遇でおもてなししろと言い使っておりますので」

「きょ、恐縮です」

「使用人一同、驚愕しておりましたよ。イヴ様がたった数人のために個人ライブを開いてもてなしたのは、貴女方が初めてです。それだけ、イヴ様は皆様の事を想われていたのでしょう」

「……えっ」

 

 ……。あ、あの歌ってまさか。

 

「今夜のことを自慢されますと、おそらく仕事場ではかなり羨まれるかと存じます。なるべく、吹聴しない方がよろしいでしょうな」

「は、はい。ご忠告、どうも……」

 

 あの歌って、イヴなりの最上級のもてなしだったってこと!? 仕事で忙しいはずの侯爵様自ら、歌の披露でもてなすってよくよく考えたら物凄い接待じゃないか。

 

 そこまで歓待されてたのか、僕ら。

 

「うまい、うまいわ!! 肉が頬の中でとろけ落ちそうよ!!」

「……むむ、旨い。野菜の斬り方が斬新で、それでいて優雅で理にかなっている、実に、勉強になる……」

「むほぉお!! 本当にうめーぞコレ!!」

 

 出てくる料理も、多分最高級のモノだコレ。

 

「……」

 

 

 

 き、期待で胃が痛くなってきた。とんでもない事を安請負しちゃったかな、僕。

 

 でも、今の情勢を聞くと一人でも文官の人手が増えると助かる筈。期待通りの仕事は多分出来ないけど、最低限の仕事はこなして見せないと。

 

 人から評価されるのって、こんなに怖いのか。……う、うう、やっぱり胃が痛い。何か食べて落ち着こう。

 

 

 異様に柔らかい大きな肉を一切れ口の中にほおばって、僕はそれ以上考えるのをやめることにした。

 

 まぁ、明日になったら頑張ろう。今日はもう、何もかも忘れて旨い料理に舌鼓を打とう。

 

 明日は野となれ山となれ、だ。

 

 

「……あ、本当に美味しい」


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