TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
夜の闇が空を包む頃。
凄まじく美味しかったディナーを終えて、僕達は再び豪華な部屋へと案内された。
「わーい」
「今度はベッドに飛び込まないでよ、リーゼ」
前もって、幼馴染みを注意しておく。壊してしまったら凄い額だぞ、多分。
……そういえばと、ふと気付く。よく見れば、この部屋ってベッドが1つしかないな。
「今夜のベッドは、この部屋のを4人で使えば良いのですか?」
「いえいえ、そんなまさか。ベッドルームは、部屋の外に同じ部屋を人数分用意してございます。勿論個室となっておりますので、お嬢様方もご安心ください」
「……ほう」
「もう、部屋の清掃も終えております。今からでも、入られますか?」
あぁ、成る程。いきなり4人も最高待遇の客が来たから、部屋の準備が整いきらなかったのね。
今宵は、この豪華すぎる貴族部屋に1人で一泊するのか。侯爵家の客室なだけはあり、柔らかな布団にソファ、色彩華やかな絵画に花と、居心地が良すぎて逆に居た堪れない。
うーん、僕らの村のアセリオの叔父さんの宿くらいが丁度良い。あの中途半端なボロさが、農民にとっては居心地良いのだ。
「良かった……。ラルフと区切りなしの場所で寝たら、妊娠させられる……」
「そんなことしねーよ!!」
「でも、私たちが寝てるときにパンツとか見えてたら凝視するでしょ、アンタ」
「ズボンずらすくらいはしても不思議じゃないよね」
「そんなことは、しないし……」
「全員で水浴びしようものなら、絶対覗きに来るよねラルフ」
「それは、前科ある……」
「……別に、そんな事しないかもしれんだろ」
「どんどん言葉尻が弱くなってるわよ」
そんなんだから、アセリオにエロバカとか言われるんだぞラルフ。
「うるせー! 男が女に興味持って何が悪い!」
「開き直ったよ」
「サイテー」
「良いじゃねぇか! そっちに実害ないだろ、見るくらいなら!!」
「……やっぱりエロバカ」
これさえなければ、ラルフは良い奴なんだけどなぁ。
「ふむ。そういう事は、あまり大っぴらにしない事こそ男の美徳ですぞラルフ様」
「し、執事さんまで……」
「貴方には可愛らしい婚約者様が居るのです、彼女を気遣ってそう言うことは心の内面に押し留める事ては如何でしょう。そのような醜聞は、奥方様に恥を掻かせることになりますぞ」
「そうだぞラルフー、僕に恥を掻かせるな、もっとエロくなくなれー」
「だー、分かったよもう、ちくしょう!」
まぁ、ラルフの気持ちもわかるけど……。執事さんの言う通り、やはりそれは恥ずかしいことだ。前世でも僕は、ソレを大っぴらにしたことはない。
時と場合をわきまえろという、単純な話である。
「……じゃあ、ラルフは絶対に覗き禁止。破ったらポートとの婚約解消してもらうのはどう……?」
「それは良いわね! もちろん、ポートの水浴びの覗きも駄目だからね」
「うーん、それはどうだろう。婚約解消は困るなぁ。ラルフ、ちゃんと約束守れるかい?」
「守るよ、守ればいいんだろ! ああ分かった、俺はポートと婚約したんだ。もう覗きとかやらないさ、絶対!」
「おお、偉い!」
おお。エロい事で有名なラルフが、なんと本人の口から脱覗き宣言をした。これは、歴史的瞬間と言えるかもしれない。
……でも、婚約解消は困るなぁ。絶対、ラルフはどっかで欲望に負けて覗くような気がする。その時はどうやって庇うか考えておこう。
「ふぅ、これで安心ね」
「……身の安全は、確保」
「幼馴染共の、俺への扱いが酷い。くぅ、やっぱ一人くらい男の幼馴染が欲しかったなぁ」
「そ、そうだね」
それはなんか、ごめん。ラルフからしたら、確かに辛いよね。一緒にエロ話できる同世代の友人がいないんだもの。
そうするとそういった欲望は貯めこむしかない訳で……、それが爆発していつものエロバカラルフになっちゃってるんだろうなぁ。
「…………ん、ちょいと待てよ」
その時突然。ラルフが、何かを思いついた顔をして黙り込んだ。何となく、ろくでもないことを考えている気がする。
「どうしたの、ラルフ」
「どうせ風俗街に行こうだとか、そんな馬鹿な事を考えている顔。無視無視……」
「そんな金はないから大丈夫よ!!」
風俗街かぁ。ラルフもそういうとこに行きたいとか思ってるのだろうか? 夫がそういうとこに行くのって結構な醜聞だから、勘弁してもらいたいのだが。
「なぁオイ、ポート」
「どしたの、ラルフ」
「今夜、俺の部屋に来てくれね?」
……。
「……おい」
「そうだよ、何で思いつかなかったんだ。よく考えたら、それは全然アリじゃんか!!」
「あっ、バッ、バカじゃないの!? 何言ってるのよラルフ!?」
「うるせぇ!! 俺とポートは婚約してるんだぞ、だったらむしろ自然な流れじゃねーか!!」
……その発想はなかった。いやでも、ラルフからしたら至極当然の発想か。
いかんなぁ、僕はまだ思考回路が男よりらしい。奴と婚約したけど、未だにラルフとは男友達の感覚が強かった。覗きを制限なんてしたら、そりゃ僕に性欲向けてくるわな。
「ラルフ。僕と君はまだ婚約しただけであって、正式に夫婦になったわけではない。そういった情事は、籍を入れたその日に行うべきだろう」
「そうよ! 婚約しただけで、まだアンタらは夫婦じゃないもの。エッチな事しちゃだめなのよ!!」
「……不埒、寧猥、愚鈍、無能。お前の股間のキノコを刈り取ってやろうか……」
「ひぃぃ!? いや、ブチ切れられても引かねぇからな!! そうだよ、俺にはそういう権利がある!! 筈だ!!」
えー。どうしようかこれ。
婚約したのは事実だしなぁ。んー、いつかはそういう事をせにゃならんとは思ってはいたけど。
村の倫理観的には、婚約しただけで僕は嫁入り前の女。やっぱマズいよな。ここはラルフを説得して諦めて貰おう。
「あの、ラルフ。やっぱり、村の掟的にもそれはダメだよ。僕らはまだ未婚で……」
「最後までしなきゃアリだって、ランドにーちゃんは言ってたぞ!!」
「……」
「婚約しているなら、子供作る真似さえしなきゃエロいことしてもセーフ。そう言う話の筈だ」
……子供を作る真似さえしなければ、セーフ。あ、そっか。確かにそういうルールか。
「だ、だだだ駄目に決まってるでしょ!! 何が駄目って、そう、アレよ!!」
「何が駄目なんだよ」
「……だってポートが嫌がってる。そういうのは、両者の合意がないと駄目……。婚約したからと言って、相手に嫌な思いをさせても、良いの……?」
「うっ……」
「あたし達は、まだ子供。エロい感情くらい、押さえつけて……。それが出来なきゃ、人間じゃなくてお猿と一緒」
「ぐ、ぐぬぅ……」
…………。
「いや、でもな。お前らにはわからんかもしれんが、男は本当にそういう感情が沸き上がるもんでな」
「知らないし……」
「お願いだ、この通り。ちょっとだけ、触るだけで良いから、その」
「しつこい……」
んー。
「まぁ、触るだけなら別に」
「……ポート!?」
僕は、ラルフの気持ちも理解できるしね。所謂「最後まで」しないのであれば、まぁ性欲解消に付き合ってやるくらいは良いか。
今後、しばらく忙しくなってラルフには苦労を強いることになる。それに、性欲をため込んで変な事件を起こされてもかなわない。
ちょっとくらい、婚約者らしい事もしてやろう。
「────」
「無言でガッツポースしないでよ! ねぇポート、本当に良いの?」
「正直ちょっと気持ち悪いけど、婚約したのは事実だしね」
「────」
「……見て、あのエロ猿。腕を突き上げて嬉し涙を流してる。キモいと思わない?」
「まぁ、否定はしないけど」
「────」
確かに今まで見たラルフの中で、一番嬉しそうな顔をしていた。ふむ、気持ち悪い。
「絶対だからな。ものっ凄く期待して待ってるからなポート!!」
「最後まではダメだからね。君が暴走したら、大声出して助けを呼ぶから」
「当り前よ。こんな、こんなチャンスをふいにする訳があるか。よ、よっしゃああああ!!」
うーん。大丈夫だろうか。この男は土壇場では頼りになるけど、日常生活ではアホでおバカなラルフだからなぁ。
「身の危険を感じない? やめといたほうがいいわよ、ポート」
「ちょっとそんな気がしてきた。どうしよっかな」
「余計な事を言うのはやめろリーゼ!! 見ろ、俺からあふれる紳士のオーラを!! ポートを傷つけるような真似はしないさ、絶対にな!!」
「……エロ猿のオーラしか見えないけど」
うーん。早まったかな? でもまぁ、触る程度ならそんなに気にならないか。
それ以上の事をして来るなら、大声出して叫べばいい話だし。
「今夜は、いつも以上に身を清めて待っている。楽しみにしているぜ、ポート」
「……はぁ」
「忘れるなよ、絶対だぞ。滅茶苦茶期待してるからな、良いな!」
「……は、はぁ」
……。
イヴの件もそうだけど、過度に期待されるのって面倒くさいなぁ。こっちの期待は、イヴと比べて低俗すぎる期待だけど。
「ポ-ト……、もうちょっと自分を大事にしなさいよ」
「いつかはしないといけないことだし。僕は村の長で、貴族の一員。子供は絶対に残さないといけないんだ」
「……安心して。その気になれば、あたしが超魔術で子供を生やせるから」
「そのすさまじい魔術は禁断すぎるから封印しててね」
……なんだその禁術は。でも、アセリオならやりかねん。
「ヤバそうな雰囲気になったら、何時でも大声出してね。すぐ駆けつけるわ」
「……何なら、最初から一緒に部屋に入っておこうか?」
「それは僕も恥ずかしいからやめて欲しい」
リーゼにアセリオは、心底心配そうに僕を覗き込んでいる。まぁでも、ラルフも本気で僕が嫌がるようなことはしないと思うけど。
さて今夜、どうなるか。
「うおおおおおっ!!」
「ふむ、お若いですなぁ。では、邪魔者は退散するとしましょう、ほほほ」
……執事さんは意味深な目で僕を見て、微笑みながら立ち去った。うーん、早まったかなぁ?
その夜。
僕は寝間着に着替え、軽く髪を梳いてからラルフの部屋へと足を運んだ。
一応はしっかりと体を洗ったし、珍しく軽い化粧も施した。普段は化粧なんて、賓客を迎える時にしか施さなかったけど。
リーゼとアセリオは、もう自分の部屋に入ってもらっている。なんとなく気恥ずかしくて、彼女達とも顔を合わせたくなかったのだ。
「うーん。いや、一応は覚悟を決めていたつもりだったんだけどなぁ」
とうとう、この日が来てしまったというべきか。ラルフを村長にすると決めた日から、僕はこの瞬間を覚悟していた。
異性としては全く見ることができない、気の良い友人ラルフ。今から僕は、彼と『男女』として会いに行く。
「はぁ。気が重たい」
おそらく今日は、触られる程度の軽い行為である。それ以上を求めてくれば、ハッキリと拒否してやればよい。
それは分かっているけれど、そもそもラルフとそういった行為をすること自体に大きな抵抗を感じていた。本番が近づくにつれ、徐々に徐々にその感情は強くなっていく。
「まぁ、どうせすぐ済むだろう」
もう言ってしまったんだ、今更「やっぱり止めた」は効かないだろう。あの期待に満ち溢れたラルフを裏切るのはかわいそうだ。
ちゃっとやって、ちゃっと寝る。それで、終わり。
かなりの時間をラルフの部屋の前で逡巡しつつ、僕はやがて彼の部屋をノックした。
それなりに、覚悟は決まってきた。よし、やってやる。
「……ああ、入ってくれ」
「うん」
部屋を開けると、中にはラルフが半裸で待っていた。
思わずギョッとしたけど、よく考えたらそういう事をするのだ。まぁ、これくらいは予想の範囲だ。
「なんで服、脱いでるの?」
「そりゃまぁ、な」
「最後まではしないよ」
「わかってるさ。まぁ、なんだ? 俺が持ってきてたのって、普段着と鍛冶服と寝間着くらいでさ。洒落た雰囲気を出せるものがなくてこうなった、シンプルで良いだろ」
「シンプルと言うか……変態的というか」
「変態的って何だよ! 大体の人間は脱いでコトをおっぱじめるだろうが!」
……まぁ、そうだけど。
「それより、もう覚悟は良いんだな? ドアの前でめっちゃウロウロしてたけど」
「う、気付いてたのか。だとしてもソレを面と向かって聴くかい? 気付かないふりをするのが、男気ってもんだろう」
「いや、最後に一応聞いとこうと思ってな。直前になってやっぱ嫌になったって言うなら、今日は我慢する。俺は、お前を誰より大事にするって決めたんだ」
「……いや、良いよ。覚悟できてるし」
「オッケー、それを聞いて安心したぜ」
ふむ。一応気遣ってくれてはいるらしい。これなら、大声を上げるようなことにはならないだろう。
「じゃあ、ポート」
「うん」
僕はラルフに促されるままに、奴のベッドの上に腰かけて。
「力抜いて、そのままぼんやりしてろ。すぐ、済むから」
その身を抱きしめるラルフに身を任せ、二人でゆっくりとベッドに向かって倒れこんだ。
次回は土曜日12時頃を目指します