TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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未来設計図

 カエル。

 

 正確にはマドクヌマガエル。

 

 その名の通り、それは魔毒を持ったカエルであり、主として沼に生息している。その体には無数の疫病が宿っており、派手な見た目と熊をも昏倒する猛毒で、村では1等危険な生き物として知られている。

 

 風の噂だと、そのカエルの肉は天上の味だと言うが……マドクヌマガエルを食して生きている人間など存在せず、本当かどうかは分からない。本当だとすれば、きっと死ぬ間際に食した感想を述べたのだろう。

 

 そんな、おどろおどろしい逸話を持つカエルを見つけたアセリオは。

 

 

 

 

「……アセリオのちょうまじゅつ~」

「えっ」

 

 

 

 

 恐ろしいマドクヌマカエルを布で覆い、すぐさま泥団子に変えてしまった。先程まで確かにそこにいた危険生物は忽然と姿を消す。

 

 ……どうやったんだ。

 

 

「これで、あんぜん……」

「手品の利便性が高すぎる」

「てじなとちがう。ちょうまじゅつだよ~」

 

 幼馴染みの手品が使い勝手良すぎて怖い。昔は『アセリオすごーい』で済んでたけど、今こうして目の前で見ると常識があやふやになるな。

 

「本当にスゴいねアセリオは」

「むふー」

 

 今日も、村は平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アセリオと親しくなって一週間ほど。僕は読書の時間を夜だけにして、日中は外を駆けずり回る事にした。

 

 強靭な肉体と、豊富な知識。それが今世の僕に必要なものだ。

 

 兵士5人程度なら、正面から倒せる戦闘力。村を繁栄に導き、領主の無理難題をも解決できる知識。そして万一の時は、領主をぶっ殺せるだけの覚悟。

 

 それらを得るには、部屋に込もって本の虫をするだけでは足りない。積極的に体を動かし、村のみんなに顔を見せて信用を得て、その上で成り立つものだ。

 

 

「おじさん、こんにちは!!」

「……こんにち、は」

「おやおや、村長さんとこの子だね。元気かい」

 

 

 僕とアセリオは、意識的に村を回って色んな人に声を掛けるようにした。小さな頃から農民も貴族もなく泥だらけで遊び回っていたから、前世で当初は僕も村の身内と見なしてもらえていたからだ。

 

 この村の人間は、基本的に寛容で牧歌的。こうしてなついてくる子供を邪険に扱ったりはしない。

 

 打算的かもしれないけれど、大切なことだ。

 

 

 

 

「……ねぇ、ポート。今日、宿屋に新しい旅人さん来てるって」

「本当に? わあ、行こう行こう」

 

 

 そして宿屋の主人の姪っ子たるアセリオは、宿屋に誰か泊まっていると教えてくれるようになった。

 

 うちの村は麦酒の名産地だ。質の良い酒を求め、商人や旅人たちがしばしばうちの村に滞在している。

 

 そんな彼等こそ、僕の待ち望んでいた人々だ。

 

 

「教えてください、外の世界の事!」

「……何か、お土産話ちょーだい」

 

 

 僕達は曾祖父がそうしたように、なるべく立ち寄った旅人達から冒険話を聞くようにしていた。

 

 いつか、聞いた内容をまとめて僕の……『ポート聴聞録』を著す為に。

 

 

 

 

 曾祖父の時代は、今の酒造業のような街の名産品なんか無くて、この村に滅多に旅人は来なかった。当然、宿屋なんてものも無い。

 

 だから彼はたまに訪れる『興味本意の冒険者』を自分の家に呼んでもてなし、歓待し、そして彼等から話を聞いたのだという。

 

 そして生まれたのが『エコリ聴聞録』。僕の愛読書で、人生の教科書とも言える書物だ。

 

 今の僕たちの村には行商人や酒好きがパラパラと訪れ滞在している。だいたい週に1度は新しい旅人が村に立ち寄ってくれる。

 

 かつてとは違い、より多くの情報源がこの村に訪れるのだ。そんな彼等から、話を聞かないなんて勿体無い。

 

 

「村の子供か? おう良いぞ、何が聞きたいんだ?」

「今まで旅してきた中で、一番面白かったのはどの場所ですか?」

「一番面白かった場所、かぁ。そうだなぁ……湾岸都市アナトって町があってだな────」

 

 旅人は語る。今まで彼等が経験してきた、様々な体験や知識を。

 

「漁業と製塩が盛んなんだが、アナト市内は利権が絡んでるのかアホみたいに物価が高くてな。わざわざ商人はアナトの西に小さな集落を作って課税を逃れ、そこで安く塩を売っているという」

「へえ! アナトの徴税官はそれを見逃しているの?」

「商人から賄賂を受け取って見て見ぬふり、だそうだ。それに、塩は鮮魚の保存に用いられるからな……。西に外れた集落にわざわざ買いに走るより、港で売った方が需要も安定している」

「……つまり?」

「アナトから西に外れた集落ってのは旅人用の塩の販売地、利権戦争に負けた貧乏商人どもの救済措置だそうだ。殆どの商人は、高い税金を払って湾岸都市の中で塩を売ってる。政府も半ば黙認してるんだろうさ」

「つまり、僕達が旅に出て塩を仕入れるとするなら西の集落を訪れた方がお得なのかい」

「そうさな。そっちでは塩が半額以下で手に入る、間違っても都市内で買うなよ」

 

 その1つ1つは、決して今すぐ役に立つモノではない。情報の出所もあやふやだし、その知識が本当かも分からない。

 

 けれど。

 

 

 

「……成る程ね。アナトの人達は頭がいいや、うちの村も真似しよう。今度父様と掛け合ってみるか」

「どういうこと、ポート」

「そんな徴税の抜け穴みたいな事を政府が許す筈が無いからね。きっと、これは彼等の『販売促進』戦略なのさ」

 

 

 その彼等の話から得た『アイデア』は正真正銘の本物なのだ。

 

「ただ500Gで塩を売るより、港で1000Gと値札をかけつつ『税が掛からないので西の集落を訪れれば半額で手に入る』と情報を流してやれば……、きっと買い手も『得をした』『こんな情報を持っているなら買わないと損だ』と感じるだろうさ」

「……おお」

「しかも、市内から販売所を移すことにより都市内のスペースに余裕もできる。塩だけが目的の客に遠くまで足を運ばせて、しかも満足感も上げることが出来る。きっと賢い人がアナトには居るんだよ」

「つまり、なんかすごいのね」

 

 ……ふむ。3歳の子供に話す内容じゃなかったか。だが、これは良い案だ。

 

 麦酒を運ぶ作業で腰を痛めた御老輩も多いと聞いている。客に自ら、森の中に設置された倉庫の前まで足を運んでもらう方が村にとっても都合が良い。

 

 麦酒の保存している倉庫の前に販売所を設置して、そこを普段の定価で販売する事にしよう。そして、村の敷地内の麦酒店の値段を釣り上げる。

 

 ────宿や飲み屋の飲料をどうするかだな。酒代が上がってしまえば客は減ってしまうかもしれない。

 

 まぁ、そこは据え置きで良いか。もう事業者が税を納めた後って形にしよう。

 

 国に納める税とは別に、この村を運営する為の税は村長たる父さんが設定できる。酒税導入、試してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ほう?」

 

 父さんは、僕の話を真面目に聞いてくれた。

 

 湾岸都市の例を取り、酒税のメリットを丁寧に説明してみせた。

 

「……凄いな。本ばかり読んでおとなしい子に育つかと思えば」

「父さん、どうだろう。今度老人会で提案して見てくれないかい」

「ああ、提案はしてみようかね。粗が目立つけど面白い考えだと思うよ」

 

 いくつかある問題をどうするか、だけど。父さんはそう言って僕の頭を撫でてくれた。

 

「ポートはきっと凄い指導者になる。君が運営する村は、きっと今よりずっと発展しているだろう」

「……」

 

 優しい目で、そう言ってくれる父。それが事実なら、どれだけ素晴らしいだろう。

 

 ────僕は、僕が運営する村は実際は滅んでしまったのだけれど。

 

「ポート、さっきの案だけどね。急に税を導入して値上げをするのは、今訪れている旅人達には印象が悪いと思うな。やるなら最初からやるべきだったね。それに村の外れである倉庫で販売なんてしたら、購入者が賊なら襲われてしまうよ。金銭のやり取りは人目の多いところで、これは常識として持っておくといい」

「あっ……」

「だけど、アイデア自体は決して悪くない。3歳でそこまで提案できたら大したものさ。おそらく採用はされないと思うけど、何か新しい『改革』のヒントになるかもしれない」

 

 僕の頭を撫でながら、父は僕の考えの足りなかった所を教えてくれる。そうか、今の旅人や治安のことは頭から抜けていた。

 

 やはり、父は偉大だ。僕も20年以上生きてはいるが、まだまだ父には及ばないらしい。

 

「ポートはそのまま大きくなあり。そして、その聡明な頭で村を導くんだ」

「はい、父さん」

 

 僕の子供丸出しの提案を、父は微笑んで誉めてくれる。

 

 ただ、僕は内心恥ずかしかった。これでも一度は村長に着いた男の提案だと言うのに、だらしない。

 

 そうか……、今滞在している旅人か。旅人……、旅人……。

 

 

 

「そっか。なら『1日でも滞在すれば免税』にすればどうだろう父さん」

「ん?」

 

 父の言う通り、予告もなしに値上げしたら旅人のイメージが悪くなる。そして値上げを予告なんかしたら、間違いなく訪問客が減ってしまう。

 

 なら、しれっと課税しつつ今滞在している人は課税対象から外せば良い。

 

「滞在せず、旅路を急ぐ人だけに課税。こうすれば、今村に滞在している人からは不満が出ない筈さ」

「……ふむ。そうだね」

「そして、旅路を急いでいる人にコッソリ耳打ちするんだ。『とある店は村長に黙って商売しているから、課税されていない値段で酒が買える』と」

「……成る程」

 

 元々方便のような課税なのだ。誰からも徴収できなくても問題ない。

 

 村の中の誰かの家でコッソリ販売するようにすれば、治安的にも問題ないだろう。

 

 それに、

 

「この課税の仕方だと、今まで村に滞在する気がなかった旅人さんも、宿屋にお金を落とすようになるんじゃないかな?」

「……」

「旅人が一泊して、村で飲み食いしてくれたらソレだけで沢山村にお金が落ちる。良いことづくめだよ」

 

 これは、かなり良い案になったのでは無かろうか?

 

 

 

「────む。それ、本当に妙案じゃないか?」

「でしょ? でしょ?」

「いや、何処かに穴が……。いや、でも良いなソレ。旅人の滞在期間が延びる副次効果か、ふむ……」

 

 父は真剣な顔で、僕の提案を吟味している。確か『旅人が宿に止まれば名産品を安く売る村がある』とこの前冒険者の旅人が言っていた。その、応用だ。

 

 うまくやれば、更に村の利益は上がるだろう。その浮いた金を使って、野盗対策や酒造業拡張、新規の宿を開店させるなど夢は広がっていく。

 

「……老人会に提案をしてみるよ。ただしポート、君も着いてきなさい。君から、提案するんだ」

「僕から?」

「君の発案だからね。……一度功績を示しておけば、今後また君が妙案を思い付いた時も、老人会の方は笑い飛ばしたりしなくなるだろう」

 

 おお? この父、3歳の幼女に老人会での発言権を持たせるつもりなのだろうか。

 

 いや、ありがたいけれど……。

 

「昔から少し『人より秀でている』とは思っていたけど、今の話で確信したよ。ポート、君は偉大な指導者になれる」

「……そんなこと、無いと思うけどなぁ」

「この村の掟として、将来、君が将来の伴侶に選んだ相手が村長となる。けどポート、君自身が村長の役割をこなしても全然構わない。……期待しているよ」

「はい」

 

 実は、女に生まれた今世では、僕は村長になる資格がない。僕の結婚相手が、僕の家を継いで新たな村長となる。

 

 男系相続の役職だから仕方ないとはいえ、それは少し寂しい。やはり、父の言う通り僕自身の手で村を切り盛りしたいのだ。

 

「そういえば。ポートはどんな男の子が好きなんだい?」

「んー……」

 

 色恋的な意味で男に興味なんて無いけれど、そういう視点で考えると結婚相手はよく吟味しないといけないな。

 

 ……適当に、主体性のない傀儡のような男性を選んで、僕の操り人形にするのが良いかも。名前だけはその男を村長にして、僕が実権を握り村を回す。

 

 未来を知っている僕でないと回避できない未来も多い。結構アリな考えだと思う。

 

「まだ、好きな相手とかは居ないか。はは」

「むー……」

 

 ただそれだと、イブリーフ糞野郎と1対1で話す時に簡単にやり込められちゃうよなぁ。それに、前世の僕の統治では村があっさり滅んじゃった訳で。

 

 僕がワンマン運営するよりも、優れた頭脳と実行力を持つ村長候補を探して、僕が知識で全力サポートする方向が理想かも。

 

 つまり、村長になれるだけ頭の良い男だな。

 

「僕より頭が良い人!」

「……そうか。ポート、嫁き遅れないようにね」

 

 そう言ってはにかむ僕の頭を撫でる父は、少し苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、翌日。

 

 僕とアセリオは、とうとう邂逅を果たす。

 

 

「出たな! 怪しげなまほーを使うマジョめ!」

 

 

 僕とアセリオが何時ものようにデートしている最中、無粋にも割って入って道を塞ぐ悪漢。その背後には、オドオドと怖がりながら様子をうかがう小柄な女の子が居る。

 

 ラルフとリーゼ。前世の僕の幼馴染みで、一番最後まで僕の味方でいてくれた親友たちだ。

 

「村のヘーワを守るため、俺がセーバイしてやる!!」

「あのー、そのー……」

 

 ああ、懐かしい。彼はヒーローごっこが大好きだった。

 

 大方、何処かで披露したアセリオの手品に興味を引かれ……、ヒーローごっこを建前に絡んできたのだろう。

 

「……っ」

 

 だが、そんな可愛らしい子供心をアセリオが知る由もなく。いきなり同年代の男の子に絡まれ怖くなったようで、アセリオは僕の後ろに隠れて震えだしてしまった。

 

 ……ラルフもまだ気遣いが出来る年頃ではない。ここでアセリオに苦手意識が宿ってしまったらどうしようもない。

 

 将来は無二の親友となる存在なのだ、二人の仲に亀裂が入らないよう、ここは僕が仲裁してやるとしよう。

 

「叫ぶのはやめてくれ、アセリオは一等人見知りなんだ。君たちは一体、アセリオになんの用だと言うんだい?」

「俺達はセーギのみかた! 邪悪なマジョをセーバイするのさ!」

「そうはいくもんか、彼女は僕の大事な友人さ。アセリオに何かをするつもりなら、僕が相手になるよ」

「ふふー! 言ったな、マジョの手先め! お前もセーバイしてくれるー!」

「いやあの、その……。ラルフー?」

 

 よし、ラルフのヒーローごっこの矛先を僕に向けることができた。後は、比較的おとなしめのリーゼとアセリオが打ち解けてくれたら万事解決だ。

 

「安心してくれアセリオ。君は僕が守る」

「ポ、ポート……」

 

 ついでにアセリオと仲良くなるべく、臭い台詞を吐いておく。単純な子供にはちょうど良い臭さだろう。

 

 彼女は純粋な子だ。僕の言葉を素直に受け取り、嬉しそうに首を縦に振っている。

 

「ようし、かかってくると良いマジョの手先め!」

「上等じゃないか。次の村の長たる僕が相手になろう」

 

 さて、こうも啖呵を切ったからにはアセリオにカッコいいところを見せないと。ラルフの奴も、きっとリーゼに良いところを見せたいはず。

 

 悪いが今世は人生20年分のアドバンテージがあるんだ。体格で劣るとはいえ、3歳のラルフに勝負で負けていられない。

 

「ポート。がんばって……っ!」

「この子のまほーを見たかっただけなのに、どうしてこうなるの?」

 

 こうして、僕とラルフの一騎打ちが始まった────

 


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