TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
リーシャとの顔合わせを済ませ、僕はイヴが用意してくれた領都での我が家へと案内された。
聞くところによると、そこは亡くなったとある軍人の所有していた家らしい。その軍人が殉職した後、数年間ほど国の管理となっていたそうだ。
その家はイヴの指示で整備が行き届いており、誰でも住める状態に維持されているという。
そしてその、殉職した軍人というのが……。
「プロフェン様……、って確か!!」
「ええ、イヴ様の御兄様です。ここは将来、プロフェン様のお屋敷となる筈の場所でした」
あの、幼い頃に僕達の村に来た高慢ちきの兄、プロフェンが将来的に住む予定の家だったという。勇敢な彼は幼いイヴにとって憧れであり、目標であった人物。だからこそ、この家も形見のように大事に保持されていたのだろう。
……な、何という重たい家を!!
「この建物は、国の管理となっていますが実質的にはイヴ様の所有物。ここなら誰にも迷惑は掛からないだろう、とイヴ様の御言葉です」
「で、でかすぎる、かなぁ? こんな大きい家を、たった4人では管理しきれないよ……」
「既に、有能な使用人は見繕っております。ご安心ください」
「……辺境貴族の住む家じゃないよ、ここ……」
イヴの兄貴用に作られた家なだけあって、この屋敷もイヴ邸に負けず劣らず豪華で大きいものだった。
彼女は、ものすごく大きな勘違いをしているんじゃないか? これじゃ、国賓を迎えるような待遇じゃないか。田舎の辺境貴族が、仕官して下級役人になっただけだぞ?
「使用人さんのお給料とか、払える自信がないんですけど……」
「農富論を著した功績として、ポート様への国から莫大な賞与が与えられています。具体的には、向こう100年くらい使用人を雇える程の」
「えっ、何それ聞いていない」
「イヴ様からのサプライズだそうです。あと『次回作、期待して待っています』との事です」
「……ひぃぃ」
もうやだ。引き受けるんじゃなかった、こんな仕事。期待が重すぎて辛い。
「み、みんなはどうしているの?」
「はい。ラルフ様は鍛冶師の修業をするべく鍛冶場へ、リーゼ様は冒険者の登録をしにギルドヘ向かわれました。アセリオ様は、料理人として自ら厨房に立とうと考えておられる様子で、設備を確認しております」
「……えっ!? リーゼ、1人で冒険者登録しに行ったの!?」
「無論、陰から見守る護衛をつけております。ご安心ください」
「至れり尽くせり……」
そっか。よく考えたら森が遠い領都で狩人は出来ないか。
だからって冒険者になるとは、リーゼも思い切ったなぁ。騙されたりしていないかな、大丈夫だろうか?
「皆様は、それぞれの道を歩まれ始めたようです。我ら使用人一同は、皆様のご栄達のほどを心からお祈り申し上げます」
「は、はぁ。え、使用人?」
「はい、私は筆頭使用人となりますセバスチアーノの申します。お見知りおきを」
「……イヴの部下さんじゃなかったんですか」
「それも間違っておりませんよ。つい先日までは、イヴ様の家の屋敷の家事長をしておりました。これでもこの道30年、使用人としての仕事は理解しているつもりです。どうか、ご安心ください」
「ど、どうも、恐縮です」
「ははは、主様が使用人に恐縮してはいけません」
うわぁ、この人本物のベテラン執事さんだ。侯爵家使用人の中でも、偉い人だ。
イヴってば、わざわざ自分の屋敷の使用人から優秀な人を派遣してくれたよ。この待遇、本当に大丈夫なのか? 他の貴族から、やっかみを買ったりしないのか?
「ああ、主様のご懸念もわかりますとも。厚遇されすぎている、ですよね?」
「……ええ。こんなことをされたら、僕のこの領での立場が危うくなる。イヴにお願いしてもう少し質素な扱いにしてもらわないと」
「ところが、それも織り込み済だそうで、ポート様には堪えてもらいたいと。イヴ様は1年ほど前からこう宣言していました。『求む、知恵ある在野の士。汝は我が国賓なり』と」
「……ふむ?」
……おい。イヴの奴、まさか。
「知恵者の少ない自陣営に、イヴ様は常日頃から危機感を抱いていたようで。1年ほど前から、政治に詳しい人間を探すべく領内を探っていたのです」
「……」
「そこで見つけた『農冨論』の作者。あの本の素晴らしさは皆の知るところ、イヴ様は貴女を見つけて歓喜したでしょうな。そして同時に、貴女を限界まで厚遇すると決めたのでしょう。第2、第3の知恵者がポート様の厚遇を見て仕官する気になるように」
「────うーわ」
「今までの我が国の風潮として、文官が軽んじられる空気がありました。だからこそ、知恵あるものは自分が評価される場所に仕官を求めたでしょう。それで知恵者が王都や他国に逃げ出してしまい、今の現状に至ったと思われます」
「その風潮を変えるべく僕をあからさまに厚遇したことで、文官の仕官が増えるだろうって狙いか。……イヴ様、本当に抜け目ないな」
「あのお方にお仕えできたことが、私の一生の誇りです。無論、同じく世界を変えるだろう貴女にお仕えすることも至上の喜びですが」
「よ、よしてくれ。僕はただの、担がれた神輿だよ」
この何から何まで頭のおかしい厚遇っぷりには、そんな目論見もあったのか。僕みたいな小物辺境貴族をこんなに好待遇で出迎えるんだから、僕よりすごい大物はどれだけ厚遇されるんだって話だね。僕の好待遇は宣伝費みたいなもんか。
……イヴが成長しすぎてなんか怖い。前世のイヴならともかく、今世のイヴには絶対勝てないなコレ。剣も強くて頭も切れるって、マジの化け物じゃないか。
今世は、彼女が味方で良かった。
「では、今日は明日に備えてお休みください。今日はアセリオ様が、料理の腕を振るうと仰っておりました」
「う、うん。そうだね……」
ただ、僕にくるやっかみはどうしようもない。……リーシャはその辺の嫉妬は少なそうだが、その配下の今までイヴに仕えてきた人は面白くないだろう。ポッと出の若造が気に入られて好待遇を受けているなんて、悪い感情以外を持つことは難しい。
明日以降は、謙虚に清廉にふるまわないと。出来ればリーシャを味方に取り込んで、彼女に守って貰いたいもんだ。
その為には、まずは職場に挨拶として手頃なものを配るとしよう。焼き菓子などが良いだろうか。
「いや。今日は、アセリオに僕も料理を習おうかな」
「ふ~む。でしたら、厨房にご案内しましょう」
簡単なものですがと、お菓子を持っていくだけで印象は大きく違う。さぁ、明日から正式な勤務だ。今日から色々と準備しておくとしよう。
やるぞ。僕はこの新天地でイヴを支えつつ、村のために少しでも成長して帰るんだ。
それが、僕がここに来た理由なのだから。
「ぽえー……」
「あの、リーシャさん?」
翌日。
僕は朝早く領統府を訪れて、夕べのうちにアセリオと二人で作っておいた簡素なクッキーを、小分けにして職場の方々に配って回った。
ずばり心証目当てだ。こんなもんで少しでも僕への目線が好意的になるならしめたもんさ。
……しかし。
「ぽええー……」
「あの、リーシャさんは一体?」
「昨日イヴ様と散歩に行かれてから、ずっと魂が抜けたように白目を剥いて泡を吹いております」
「それはひどい」
一番肝心のリーシャさんは、昨日のショックから立ち直っておらず生ける屍と化していた。
イヴの荒療治は、まだ尾を引いているらしい。
「今日から、僕は何をどうすれば良いか聞きたかったんですけど」
「……そうですね。上司がこの状態では、どうしますかねぇ」
「我々の書類仕事、手伝ってみます? 俺達で宜しければ、簡単な仕事はお教えしますよ」
「おお、それはご丁寧に」
まぁ仕方ないか。リーシャさんの部下っぽい人と、雑用をこなしていこう。
「俺はダイアルって言います。以後、よろしく」
「俺はリーグレットって名前です。あの本の著者様にお会いできて光栄です」
「僕は、ポートと申します。プロート村落の跡取り娘で、本日よりお世話になります。どうぞよろしく」
さて、仕事を始めますか。
「……流石に、飲み込みがお早い」
書類仕事、と言うものは形式が全てらしい。
決まった書式で決められた通りに記載する。それを、延々と繰り返していくのみだ。
例えば今やっている税務書類とかは、記載漏れや誤記入、どう考えても数字のおかしいもの等は弾いて再提出を求める。それ以外は、決められた通りに承認し、署名を行い、提出者に手渡す受領書を作成する。
これは何というか、欠伸が出そうになるな。単調だが、仕事量は膨大で責任も重大。
成る程、文官の人気がない訳だ。
「商算は、出来ますかね? これらの受領総額を、まとめて報告しなければならないのですが」
「……ええ、一応。本職の方には及びませんが、教養として身に付けています」
「流石ですな。では、後程この場の3人でそれぞれ計算しましょうか。3人の数字が合わねば、検算してやり直しです」
「おお、成る程」
役所では計算間違いを防ぐために、そんな手段を取っているのか。
うちの村には、そもそも高度な計算ができる人間があんまりいない。今までは僕か父さんのどちらかが、手計算してそのまま国に書類を提出していた。
一応自分で検算はしていたが、二人でそれぞれ計算した方が正確性ははるかに増すだろう。よし、真似しよう。
半日ほどの間。僕はリーシャの部下さんと並んで、延々と仕事を続けていた。
リーシャは相変わらず心神喪失状態なので、今日はこのまま部下さん達だけで仕事が終わりそうだ。
「いや、即戦力ですなぁ。仕事が早くて助かりますぞ、ポート様」
「……何を、仰いますやら」
今日は初日だからか、本当に簡単な仕事しか振って貰ってない。僕みたいな小娘がどこまでやれるのか、この二人も様子見している段階なのだろう。
明日以降は、もっと仕事が振ってもらえるように頑張らないと。
「今日はこの山を片付ければ、終わりですな」
「リーシャ様が死んでおられたので今日は徹夜と覚悟していましたが……、助かりましたぞ、ポート様」
とはいえ、僕の振られた雑務も責任重大なことには変わりない。武官の権力が強いこの都では、こんな簡単な仕事でもやりたがる人間が少ないのだろう。
イヴの政策が当たって、もっと文官が増えてくれればよいのだが。
「最後のこの書類の山は何ですか?」
「備品請求さ。この領統府の命令で購入した品は、申請書類を通して返金されるんだ。紙や筆、机や椅子だけでなく食材や飲料水などは公費で賄っている」
「やはりこの書類が、一番収支が合いにくい。ちょくちょく、多目に請求しようとする馬鹿がいるからね」
「ふむ、わかりました。するとやはり、最後は全員で検算ですか」
「その通り」
よし、最後の一仕事だ。さっさと終わらせて、早く家に帰ろう。
家には、みんなが待っている。昨日はあまり話せなかったラルフやリーゼの話も詳しく聞きたいし。
「よし、やりますか」
凝り固まった肩をほぐし、赤みが広がる空を眺めつつ、僕らは最後の
「……」
「よし、俺の書類は収支があってる。みんな、検算頼むぜ」
「すまない、まだ計算中だ。書類に不備はなかったぞ」
「……むー?」
僕が手渡された書類には、様々な消耗品が羅列されていた。その隣には購入金額が記載されており、その額を合計していって収支と兼ね合わせる事になっている。
の、だが。
「ポート様、急に手が止まりましたな。疲れてきましたか?」
「いえ。……少し、書類に気になる点がありまして」
「不備ですかな。書類の提出者は右下にサインがありますので、後日注意いたしましょう」
「その、不備はないんですけど……」
僕は、この町での商品の相場を知らない。なので、品と値段がセットになって記載されているこの書類は相場の勉強になるなと暗記しながらやっていたのだが。
────購入者によって、商品1つ当たりの単価が微妙に違うのだ。
「これ見てください。バートン氏が購入した敷き布は1反あたり15Gです。しかし、カテリナ氏が購入したときは12Gになっている」
「……本当だ。布の質が違ったのか?」
「インクの件もそう。2週間前にインクを15瓶購入していますが、その時のセンジャス氏の申請額は60Gでした。しかし、本日カテリナ氏は5瓶を15Gで申請している。1瓶あたり、1Gほど安くなっている」
「……ふむ?」
「このカテリナ氏以外に、ロバート氏、ダイアル氏の申請した書類は物価が2~3割ほど安い。このダイアルさんって、貴方の事ですか?」
「そうですよ、俺がこの部屋で一番若いから使い走りにされてますので」
「ダイアルさん、あなたが購入する時に特別値切ったりしてます?」
「いや、普通に買いましたけど……」
「……まさか、おいおい」
うわぁ。そうか、商品の値段まで自己申告ならこう言うことをやっちゃう馬鹿が出てきちゃうか。
「物凄く横領されてますね、コレ」
「マジかよ!!」
実際の購入金額より高額を記入し、お金を抜き取ってる人間がいる。それも、かなり大多数が組織ぐるみでやってそうだ。
「ちょっと待て。じゃあ、今までここに名前載ってるやつの大半が横領犯?」
「人数が多すぎて、ちょっと裁けないですね。これ、一斉に解雇したら大混乱になりますよ」
「多分、経務の連中全員で申請額を統一してやってやがるな。買い出しは主に経務の仕事だし、横領してるのも大体経務の人間の名前だ」
「これ、どうすればいいんだ? 経務全員をクビにするわけにもいかんし。腹立つなぁ、お小遣い稼ぎ感覚で公費せびりやがって」
うーん。でも、これはシステム上の問題も大きい気がするな。
自己申告で請求額を記載するんじゃなくて、客観的な監査が必要だと思う。
「今までと、やり方を変えねばならないでしょう」
「ポート様の仰る通りです。根本からシステムを変えないといけませんな。どうするべきでしょうか」
「普段、僕らが備品を取引している商社から取引額を記載した書類提出を求めるのはどうでしょう。毎回それを提出させる形にする」
「……紙は地味に高価だからな。書類費を考えれば、横領されてるのと値段が変わらなくなりそう」
「いや、何も毎回毎回貰う必要はなくないか。月の終わりにでも、その月の総取引量を記載した書類を店から提出してもらうように依頼すれば良くない?」
「それだ!」
確かに、紙は高価だもんな。ならその形式の方がよさそうだ。
「で、だ。経務の連中のつるし上げ、どうするよ」
「イヴ様と相談して、かなぁ。特に横領がひどい人か主導した人間を吊るし上げて、残り全員に自粛を促す形がベターと思う」
「……だなぁ。にしても、ひっでぇ。国の金を何だと思ってやがるんだ」
だよね。うちの領はかなり豊かだから、あんまり厳しく横領を取り締まらなかったんだろうな。
「よし、イヴ様への上申書とこれまでの余剰請求分を洗い出さないと。新たなシステム整備の書類に、経務への懲罰の提案も必要だ。うむ、今夜は徹夜だな!」
「……えっ」
徹夜かぁ。まぁ、そうなるか?
でももう遅い時間だし、無理に今すぐやる必要はない様な。
「今日はもう遅いですし、明日以降で良いのでは?」
「明日は明日の仕事が山盛りです。やるなら今しかねぇでさぁ」
「ははは。でもこれ、僕が着任する前の話ですね? 僕はあんまり関係……」
「今日から、俺達は一蓮托生の仲間でしょう。ふふふ、文官たるもの徹夜程度でへばっちゃいられません。7徹くらいまでは、嗜みってもんですわ」
「……」
あ、これ僕も帰れないヤツだ。
「こうなりゃ話は変わってきますね。リーシャ様起こしますか」
「気付けの氷魔術を、背中にひょいっと」
「あっひゃああぁっ!!?」
机で突っ伏して寝ていたリーシャは、リーグレットさんの氷魔法を背中に浴びて飛び起きた。
「おはようございます、そしてこんばんはリーシャ様。お仕事の時間ですよ」
「え、何!? 何事!?」
そして混乱して目を白黒させている彼女の目前に、ドサリと山盛りの書類が乗せられた。
「……これ、なに? ごめんなさい、寝ちゃってて何も把握してないんだけど」
「今夜中に、再度検閲しないといけない書類です」
「半年分くらいあるんだけど」
「ええ。つまり我々全員で、2年分ほど遡れますな」
「…………」
ああ、過去の備品の書類か。あれと同じ量を、僕も検閲していかないと駄目なのか。
それに加えて、新たな書類作成に懲罰提案ね。今夜中に終わらんだろこれ。
「かくかくしかじかって訳です。リーシャ様、とっとと提出者別で余剰請求分を記載していってください」
「……」
「ポート様、貴女の取り分はこちらです。遠慮は要りません、ぱぁっとやりましょう」
「書類をお酒のノリで勧めないでくださいよ……」
あぁ、僕のバカ。何で気づいてしまったんだ。
気づかない振りをしておけば、今ごろ家に帰って皆と楽しく夕食を取っていたのに!!
「さぁ、楽しい楽しい徹務の始まりですな!」
「……ふぇぇん。また、お肌が荒れる」
「リーシャ様は今まで寝てたでしょう。明日の仕事、リーシャ様が一番多く担当してもらいますからね」
「ふぇぇ……」
……僕も泣きたい。リーシャは今までずっと休んでたじゃないか。
よくも横領なんかしてくれたな、経務の人達……。許さん、絶対に許さない……。
……ひーん。
その後。
結局1日徹夜したくらいでは横領額を纏めきれず、僕達は2徹してようやくイヴに書類を提出することと相成った。
その間、家にも帰れず水浴びもできず。心配して様子を見に来てくれたアセリオから、差し入れを貰い気力を振り絞って頑張った。そして、屋敷に帰ると泥のように眠った。
……文官、もうやめようかな。体力のない僕には向いてない。