TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
「……それは、本当の事でしょうか」
「都からの早馬によれば、ほぼ間違いが無いかと」
その日。とうとう、来るべき知らせが若き領主の下へ届いた。
「イヴ……」
「いえ、大丈夫ですお父様。いつか起こりうることだと、重々承知しておりましたから」
それは直視したくなかった現実であり、いつかは対処せねばならなかった『宿題』。
長きにわたる隣国との諍いの、その結末。
「────宣戦布告ですか」
ついに、自分たちの平和は侵された。避けようのない戦火が今、自分の足元に及んだのだ。
「都に宣戦布告の報が届けられたのであれば、もう敵は……」
「偵察によると北より、10万以上と目算される敵が進軍を始めたそうです」
「……分かりました。かねてから準備していた通りに、速やかに領民に非常事態を宣告しなさい」
イヴが進めている改革により、国力は今もなお成長し続けている。そのせいで、戦争は早まってしまった。
以前は足元にも及ばなかった、首都の繁栄ぶり。だが今は、田舎であったはずのイヴの領都は、首都に負けず劣らずの商業発展を見せている。
「できれば、あと数年ほどの時間が欲しかったのですが」
その影響で都との商業の流通も活発化し、イヴの領はまさに大きく跳ねようとしている最中だ。だからこその開戦なのだろうが。
「軍議を行います。直ちに、一等官位以上のものを招集しなさい」
「御意」
ポートが、イヴの配下として加入してから10日目。
その、まさに直後ともいえるタイミングで、戦争が始まった。
「あ、彼女は一等官位じゃありませんけど……。勿論、ポートさんも召集で」
「御意」
それはこの土地に住まう民にとって、どういう意味を持ったのか。
それは、きっと後世の歴史家がこう語るところとなるだろう。『まさしく運命の悪戯である』と。
「ポート、行くぞ」
裁判所の視察から戻りいつもの部屋へ向かうと、何やらリーシャさんは鬼気迫った顔をしていた。多くを語らぬ彼女に連れられて、僕は領統府の軍議場へと拉致された。
曰く、来るべき時がついに来たらしい。
「戦争ですか」
「その通りだ」
僕の問いに彼女は首肯する。思った以上に開戦が早かった。この前、僕達の村を攻めてきたのは前兆だったのだろうか。
「……僕達はどうなるんでしょうか」
「どうもなりはせん、どうもさせん。その為に、私たちが居るんだ」
一度人生をやり直してきた身ではあるが、僕の経験した前世に戦争なんてなかった。これからは、何が起こるか分からない未知の未来。
前世であんなに憎んだイヴだったが、今世では村の仲間を守るため彼女に尽くす事になっている。運命の因果とは、かくも不思議なものなのか。
「一応、軍議でのお前の立場は私の副官な。発言権とかはないと思ってくれ」
「口を挟む気なんて最初からありませんよ」
「ああ、お前は戦争なんぞ全くわからんだろうしな」
リーシャに手を引かれ、僕は軍議室へと入る。本来は呼ばれる立場にない新入りの僕がなぜ召集されたのかは分からないが、きっと無駄に僕を高く評価している彼女からの指名なのだろう。
……だが、この国が実際にどう動くのかを知ることが出来るのはありがたい。いざとなれば、大事な幼馴染たちだけでも逃がすことが出来るだろうし。
扉を開けると、中はまだガランとしていた。僕達が一番乗りらしい。
「そりゃあ、軍の連中は訓練所から移動してきてるからな。領統府で仕事してる私たちが一番乗りで当然だ」
「そっか」
リーシャはテキパキと、軍議室の机を並べ始めている。会場の設営は、早く来た僕達の仕事か。
僕も彼女に倣って、僕でも持てそうな軽い椅子を運んで整えていく。
「う、見た目より重い……」
「あんまり無理すんな文官。私らは鍛えてるから軽々持てるけど、ポートはぶっちゃけモヤシっ娘だろ」
「し、失礼な。これでも農作業とかで結構鍛えてるつもりです」
「片手で机持ち上げられるようになってから言え」
……まぁ、確かにリーシャさんには勝てっこないけど。
「ゴメンゴメン、リーシャ嬢は口は悪いけど、君を気遣ってるだけなのよ。許してやって?」
僕が椅子を持ち上げてプルプル震えていると、背後から野太い男の声が聞こえてきた。
「はい、俺が持って行ってアゲル。君はゆっくり休んでな」
そしてひょいっと、軽々ぼくの持っていた椅子が持ち上がり。声のした方へ振り返ると、そこには壮年の男が笑みを浮かべて立っていた。
「ふーん。前から見ると、マジ可愛いね君! あれっしょ、新しく入って来た文官ちゃんって君っしょ?」
「え、あ、はい。どうも、初めまして、ポートと申します……」
「おうおう、初めまして~。俺はダートっていってな、見ての通り冴えないしょぼくれたオッサンだ。優しくしてくれよん」
その男は鍛え上げられた肉体とは裏腹に、どこか子供っぽく愛嬌のある顔をした男性だった。髭が生えていなければ、きっと彼を同年代だと思ったかもしれない。
捲られた腕に数多の傷跡があることから、彼は歴戦の戦士であると推測される。見た目はかなり若そうだが、きっと僕よりは年上だ。
「ポートちゃんだっけ? その垢抜けてない感じがいいねぇ、化粧とかはしない派?」
「……ひゃっ!?」
そのまま自称しょぼくれたオッサンは、流れるように僕の肩に手を回し、自分に抱き寄せようとした。
咄嗟に手を払い、睨め付けながら距離を取る。……何だこの人。
「おお、ゴメン。あんまり男慣れもしてないのね、把握把握」
「……その」
男慣れも何も、いきなり肩に手を伸ばされたらビビるわ。
というか、むしろ全人類で僕以上に男に慣れている女性なんか存在しないし。初心じゃないし。
「でもさぁ、これから戦争が始まっちゃうと兵士たち相手に仕事回さなきゃなんなくなるよ? もう少し男に耐性つけないと」
「お、お構いなく」
「大丈夫大丈夫、初めは誰だって不慣れなもんさ。そこで今日の軍議の後さ、ちょっと俺とご飯行かない? まずはしょぼくれたオッサンのオレでさ、少しづつ男性経験を積んでだな」
「いや、その、困ります」
「怖がらなくても良いよ、マジで。全然大したことない、楽しくおしゃべりするだけ────」
「私の部下から離れろ、この歩く肉棒がぁ!!!」
いきなりの連続セクハラに対応できず困り果てていると、部屋の端から飛んできてくれたリーシャがその男を蹴り飛ばした。
お、おお。助かった。
「何でお前がもうここにいるんだウジ虫、訓練所に行ってなかったのか」
「実は野暮用で近くに居てね。今日、休みだったのよ俺」
「良いか、お前はポートに触れるな。マジでぶっ殺すぞ」
あの男日照りのリーシャが、珍しく本気で威嚇している。そんなにやばい人なのかこの人。
「ゴメンゴメン、そんなに怒るなんて……ひょっとして妬いてる? リーシャちゃんも今度一緒に……」
「殺すぞ」
「うーん、つれないねぇ」
これ以上セクハラされないよう、僕は逃げるようにリーシャの背中に回っておく。うん、この人怖い。
きっと、ろくでもない男だ。
「ポート、アイツを視線を合わせるな。いつ妊娠させられてもおかしくないぞ」
「……やっぱり、そういう人なんですか」
「女食い散らかしてるので有名なナンパ男。金を持っていて口が上手いから、そりゃあもう入れ食いって感じらしい。騙されるな、アイツ既に何十人も愛人囲ってるからな」
う、うわぁ。あの手のタイプは旅人さんにもいたけど、あそこまで押しが強いのは初めてだ。大概は一度断ると深追いしてこなかったんだけど。
「人聞き悪いな、誰も騙してねぇよ? 全員に愛人だって納得させて、全員と愛を交わしている。俺は、女の子には嘘はつかねぇし」
「うるさい色情魔」
「てかさリーシャ、ポートちゃん口説いて何がいけないの? 俺は嫌だって言う女の子に手を出した事ねぇから。それに自分で言うのもなんだけど、俺ってかなり場慣れしてる方だよ? マジで、一度俺と食事に行ったらかなり男性経験積める」
「ええと、その」
「何なら前もって絶対やらしい事しないって宣言しておいても良いよ。証文書いて渡したげるから。ただ一度、魅力的な君と二人で食事に行ってみたいなって────」
「えっと、あの」
ひぃ、押しが強い。はっきり言わないと、僕には婚約者がいるって────
「ふふふ。ダートさんはとっても頼りになる将軍ですよ」
しかし。そんな僕の抵抗が表出されるまでもなく。
「ポートさん、そんなに彼を怖がる必要はありませんよ。ダートはとても忠実で、信頼のおける私の部下なのです」
大層、底冷えする様な声で僕らに割って入ってきた人がいた。
「え、あ、はい。あれイヴっち様、ご機嫌麗しゅう……? なんか怒ってる?」
「怒ってませんよ、うふふ」
「え、あれ? 俺なんかやりましたっけ? どっかで地雷踏んでたっけ?」
口ではその男をほめたたえながら、目が全く笑ってないイヴが、ゆるりとナンパ男の前に立った。
イヴの感情って読みにくいんだけど、でも今の彼女からは分かりやすく鬼気迫る感じがする。
「女性の心を持つものとして、女性に優しいダートさんの性質は好ましいと思っていますよ。実際に、修羅場になっている様子もないですし」
「え、ええ。まぁ、恐縮っす」
「ただ、少しだけ。そこにいらっしゃるポートさんは、私の初恋の人です。フラれちゃいましたけどね」
「……あっ」
「そして、これはポートさんには内緒ですけど、まだ諦めてなかったりします」
……そう言いながらウフフとほほ笑む我らが主。聞こえてますが、イヴ様。
「ダートさんが女性に人気なのは存じておりますが、たまにはそういった火遊びを控えてみてはいかがでしょうか?」
「う、うっす。了解す」
「お利口で忠実な人は好きですよ、私」
イヴの言葉で顔を真っ青にして頷くチャラ男。
まだ、イヴに狙われてるのだろうか僕は?
いや、イヴはあえてそう言うことにしてくれたのだろう。自分の主が狙っている人を、ナンパして愛人にする気にはなれまい。
いわば、僕を守るための方便と言ったところだな。
「突然の召集に応じて貰ってありがとうございます、ポートさん」
「い、いえ。僕でよろしければ、何時でも」
「頼りにしていますよ。ああ、そろそろみんなが集まる時間です。各々、席について待っておきましょう」
そしてイヴが来ると、軍議室の空気が変わった。明らかにピリピリとした、緊張感のある空気になった。
「我々の平和を守るために、話し合いを始めましょう」
これが、王たる器の人物か。ナンパな男も息を飲んで真面目な顔になり、タジタジしている。
……今世のイヴは本当に頼りになるなぁ。
「まぁ、既に各々噂は耳にしたでしょう。帝国が、ついに我が国の領土を侵したそうです」
やがて、軍議は始まった。
僕は、リーシャのすぐ後ろに席を用意された。
軍義はイヴが中央に立って司会をする形だ。
そしてゾラ老人とリーシャ、さっきのチャラい人の3人が内側のデカイ席に座って、その他の人はそれぞれの将軍の背後に連なる形で着席した。
恐らくリーシャの列、ゾラさんの列、チャラ男の列にそれぞれ所属する副官が並んでいるのだろう。リーシャに連なる列には、僕の他にリーグレットさんの姿も見えている。
つまり、あのダートと呼ばれたチャラ男はリーシャやゾラさんと並ぶ権力者。侯爵家3将軍の1人に相違ない。
「敵が侵略してきたのは、遥か北方。恐らく、私達の領土が脅かされるのはしばらく先の話になるでしょう」
「マジ助かる!」
「しかし。敵が破竹の勢いで進軍し首都が陥落すれば、私達の補給は断たれるも同然。近年目覚ましい発展を遂げているとは言え、私達はまだ片田舎の辺境貴族だということを理解せねばなりません」
「……」
「首都の陥落は、我々の敗北を意味します。なので北から攻めてくるという敵の戦略は決してありがたい事ではなく、むしろ我々が遠征する必要がある分嬉しくない方針ですね」
イヴは大きな地図を広げながら戦況を説明し、同時に敵の進軍経路と予想される戦線に敵味方の陣の駒を並べて設置していく。
「一方で私達は、自らの領土を最優先に考えねばなりません。首都が陥落した場合は、無条件降伏も視野に入れる必要がある。その場合、首都へ援軍を送っていたら、無駄に犠牲者が増えて私達の立場が悪くなる可能性がある」
「イヴ様!? 首都を、この国を見捨てるおつもりですか!」
「それを話し合うのです。さて、意見を伺いましょう。ゾラ将軍、貴方はどうすべきと考えますか」
ふむ、これは難しい問題だ。帝国がどれだけ強いかは分からないけれど、恐らく格上の勢力であることには違いない。
どうせ負けるなら援軍を送らない方が被害は少ない、という話もあるのか。イヴらしく、消極的な考えだ。
「無条件降伏をしてしまえば、領民は一人残らず徴兵されて他国を攻める駒にされましょうな。そもそも、最初から降伏を視野にいれて戦うなど愚の骨頂」
「ええ」
「断固として、儂らも参戦すべきでしょう。この領を守れるだけの最低限の兵を残し、今すぐ首都へ急行すべきです」
ゾラさんは、断固抗戦と。最初から負けるつもりなら戦うな、と言うのは正しい。
「次、ダート将軍。貴方の意見を聞かせてください」
「俺もゾラ様に賛成かな。闘うなら相手をボコすつもりで良いっしょ」
「そうですね」
「強いて言うなら……、俺達の経済規模もデカくなってきた訳で? 最低限の兵を残すだけにしちゃうのはちと怖いかなって。敵が嫌がらせ目的に略奪しまくるかもしれないし、裏の裏を掻いて実は南の俺らを突破することが本命って可能性もあるし」
「……ふむ、分かりました。では最後に、リーシャ将軍」
セクハラ男の癖にダートは、案外慎重派なのか。相手が裏の裏をついてきた時の事まで考えている。
「敵の数と練度を見てから、判断で良いかなと。私は実戦経験皆無だからアレだけど、いざ首都に行ってみて敵が強すぎるって判断したら、即時撤退し即時降伏もアリだと思う。変に抗戦にこだわって、領民が死滅したら本末転倒だよ」
「む、リーシャ。貴様、言っとる意味が理解できるか」
「理解してる。相手がどれくらい強いか分かんないから、まずは敵の強さを知った上で改めて方針を練り直す。それの何が悪いんだ」
「帝国に侵略されたマロ神聖国は、その国民の殆どが奴隷扱いとなり奴等の為に武具や穀物を作らされていると聞く。降伏するとは、そう言うことだ」
「死ぬよりマシさ。……死んだら、何にもなくなるじゃ無いか」
意見がゾラさんとリーシャで割れている。どちらも一理あるが……、リーシャはかなり消極論に聞こえるな。イヴはどう判断するのだろう。
僕なら、どうする? ……分からない。徹底抗戦が吉か、即時降伏が吉か。こういう勘が大事になってくるのはのはラルフの得意分野だ。
「各々の意見は分かりました。リーシャの言い分も尤もですが、我々に敵を見定める余裕は無いと思われます。恐らく、様子見で一戦交えたりすれば一撃で我が陣は粉砕され、首都などあっさり陥落してしまう」
「……」
「あえて今見定めると言うなら幼児と大人の闘い、それくらい戦力差はあります。まともにやり合ったら勝てる相手ではないでしょう」
「じゃあ、どうするんだよ」
「子供らしく、駄々をこねてあげましょう。いくつもの国を相手取って忙しい大人に悪戯を仕掛け、思い切り面倒くさい思いをしてもらいましょう。もう、放っておいた方が良いと思わせる程度に」
幼児と大人の闘い、か。国の情勢にはイヴの方が詳しいし、実際にそれくらい国力の差が有るんだろう。
帝国が本気でかかれば、僕達に勝ち目はない。
「方針は、抗戦。私達が継戦困難となるまでは、降伏はいたしません」
「おお、それでよろしいですぞイヴ様」
「……了解」
「まず、首都が陥落したら非常にまずいのて援軍を送ります。ダート将軍、実戦経験豊富で体力のある貴方にこの役目をお願いしたい」
「あいあい、国軍主力部隊のお守りすれば良い訳ね? 俺だけ名指しって事は、残りは防衛部隊っすか」
「いえ、全員で出撃します」
イヴの決めた方針は、抗戦だった。
ついに、本格的な戦争が始まる。血で血を洗う、残酷な世界が広がってしまう。
「食い破りますよ。私達は────私はリーシャとゾラを従えて、南方から帝国に
「……ほう」
「首都戦線で敵を退けるより、南方から国境を食い破り奴等の補給線を叩く方が勝率が良い。どう思われますか」
「敵は絶対に備えているでしょうな。それだけは、防がねばなりません故」
「その備えを粉砕してこその勝利です。国力の凄まじい帝国と言えど、国境を突破されて後方の都市を襲撃されれば、資源的にも世論的にも無視は出来ない筈。きっと、首都戦線からかなりの部隊が撤退するでしょう」
「それは、かなりキツイと思うよイヴっち様……」
「……ええ、存じてます」
……。イヴってもしかして、物凄く過激派?
わざわざ敵が攻めてきてくれるのに、地の利を捨てて逆に攻め込むってどうなんだろう。確かに、勝てるなら有効だけども。
帝国兵って基本的に、僕らより強いのでは?
「我等との国境を競り合っている憎き敵。帝国の『南の大英雄』アーロンは、首都戦線に参加せず私達ににらみを利かせていると聞きます。今も、強固な砦と陣を作って侵略に備えているでしょう」
「あの筋肉ゴリラか。あの化け物の守る砦を突破するのは……、ちょっと難しくないか。アレ、いわば全盛期の爺様みたいなもんだろ」
……全盛期のゾラさんって、物凄い英雄じゃなかったっけ。
「アーロンはゾラの様に、手堅く堅実な布陣が得意で下手な奇策は通じない正統派の将軍。剣の腕も恐ろしく、戦術眼があり、部下からの人望も厚いと聞きます」
「奴は侵略より防衛戦に真価を発揮するタイプの名将ですな。アーロンは意表を突いて攻めるのは苦手だけど、意表を突かれず守るのには長けている」
「敵さんも、うちらの領土の地形が守りに適してるって知ってるっしょ? 基本的に南方の俺らの戦線は攻めた側が負けちゃう系。だからここの国境は数百年動かなかったわけだし」
要は、僕らの国境はかなり手ごわい敵が守ってるんだな。やっぱり、まともにやり合ったら勝ち目はない。
「だけど、勝ち目の薄い戦いなのは北方戦線も一緒です。いや、むしろ北方の首都防衛軍との合同作戦はまず上手くいかないでしょう」
「……まぁ、そっすな」
「戦争の経験は全くないのに、首都の人たちはプライドだけは高いから……。きっと、お粗末な戦略を採択して大負けすると思われます。それまでに、敵の国力を削ぐ必要がある」
イヴはそういうと、決意のこもった目で顔を上げた。
「はっきり言いましょう。私達は、私達だけで戦った方が強い。自尊心の強い中央の貴族たちと肩を並べても、見下されて良い様に利用されるだけになる」
「……ありえそう」
「ダートさんは、その辺の貴族さんとのやり取りが上手い方でしょう。貴方のコミュニケーションスキルは超人の域だと評価しています。中央でも頑張ってください」
「あ、俺が首都に飛ばされる採用理由はソコなんだ?」
「貴方にしかできないと考えています」
「イヴ様、すんげぇ無茶振りしてるの分かってます? いや、やれと言われたらやりますけど」
「お願いしますね、うふふ」
チャラ男は顔を引きつらせてイヴに敬礼した。サラっとかなりの無茶振りだったな、今。
「リーシャとゾラは、出陣準備を。敵が首都戦線に到着するより早く、こちらが国境を突破しましょう」
「……了解しましたぞ」
「おそらく、私達の接敵は2週間ほど。首都戦線に敵が到着するまで数か月はかかる筈なので、上手くやれば敵が戦線に到着する前に蜻蛉帰りさせることも可能でしょう。各自、奮戦を期待します」
……。こうして、僕達の方針は決定した。
イヴの決定した苛烈な二方面作戦。それが吉と出るか凶と出るかは、数か月後になるまで分からない。
今の僕に出来ることは、少しでも彼女の役に立てるよう立ち振る舞うことだけだ。
「あ、それと通知があります。敢えて、この場で一等官位を持たぬ文官ポートを呼び出していますが……、この場で彼女に1等官位を与え、領統府長の代行に命じます」
「……へ?」
「リーグレット、今回は貴方を兵糧官に任命します。リーシャ、リーグレットの二人が居なくとも内政は発展させ続けねばなりません。それが出来る器があるのは、現状はあの『農富論』の著者で経済の有識者ポートさん以外におりません」
「あ、いえ、それは過大評価で────」
「最初から貴女に用意するつもりだった役職ですわ。下働きがいいと仰ったのであなたの希望に沿うておりましたが、ごめんなさい。情勢がそれを許してくれなくなりました」
「……」
「大量の軍費が飛びます。食料が買い占められ、物価も高まります。そんな悪条件の中、貴女の手腕でこの国の内政を守ってください。お願いしますね、私の先生」
あ、あうう。そんな期待されても困るんだけど……。
「わ、分かりました。微力ながら、粉骨砕身します」
「お願いします」
僕は、指名されたからには全力で取り組むだけだ。上手くいかなかったとしても、それはイヴが人を見る目が無いのが悪い。
……そう思っとかないと重圧で吐きそうだ。
「では、軍議を終えます」
その、領主様の言葉と共に軍議上に居た全員が一斉に立ち上がった。
「皆、覚悟は良いですね。民の為の勝利を、愛する者の為の奮戦を、平和のための犠牲を! 私達はここに覚悟して、前に進むことを宣言します!!」
「おおおっ!!」
「明日までに、出陣準備を!! 出発は、明後日の明朝です! それまで、やり残すことなく準備しなさい。遺書を書くのを決して忘れぬように!!」
皆が皆、戦意に溢れた顔で咆哮する。
「かつてない過酷な戦争になります。その命をこの私、フォン・イブリーフに捧げなさい!!」
僕が領都に来て、11日目。
……その日。本物の戦争が、ついに始まろうとしていた。