TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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労働、過労、意識朦朧

 リーシャがその辺に投げ捨てていた、四角の文官帽子。それは本来、領統府の最高権力者が身に付けるべきモノ。

 

 今、そのとても重たい帽子は僕の頭に乗っている。

 

「後ろは、頼みます。……私達は絶対に、この地まで敵を寄せ付けません」

「信じておりますとも。御武運をお祈りします、イヴ様」

 

 イヴ自ら僕の頭に乗っけたその権力者の証は、もう僕がただの『辺境貴族』では居られなくなった事を意味する。

 

「────イヴ、気を付けて」

「ポートさんこそ、過労で倒れないでくださいね」

 

 思いもよらずスピード出世となった僕。文官である僕は戦争に参加せず、後方支援に徹する形となる。

 

 僕は領統府を通じて領の内政を取り仕切り、イヴに後方の憂いなく進撃してもらうのが仕事だ。

 

「また、会いましょう。私の愛しい人」

「……あはは」

 

 イヴはお茶目にウインクして、笑顔で僕と別れた。そして甲冑を着込んだ彼女は、険しい顔で軍衆の頂きへと向かっていく。

 

 彼女は決して武勇に優れた人間ではない。前領主イシュタール様の手助けは有るだろうが、それでも大将軍としての指揮は初陣だ。

 

 きっと彼女には、僕以上の重圧が乗っている。

 

「ポート様。……俺達は早く仕事に取りかかりましょう、それがイヴ様の為です」

「……そうですね」

 

 イヴとの別れを済ませた後、同じく居残りの文官であるガイゼルさんと共に、僕は仕事場へと向かった。

 

 ……僕が、この領の内政の最高権力者だ。僕が動かなければ、何も始まらない。

 

 こうして、いつもより苛烈だろう戦時中の日々がついに始まった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何これ」

「書類です」

 

 ……。

 

「一週間分くらいあるね」

「半日分です」

 

 ……。

 

「これ、何の書類?」

「戦時中は課税法が変わったり、徴用が可能となったりと、様々な特例事項が規定されてたりします。それらの関連の書類です」

「そっかぁ、戦争って大変なんですね」

「大変なんですよ」

「「はっはっは……」」

 

 目の前に積まれた、僕の背丈の倍はある書類の数々。

 

 この間の、経務の横領事件が可愛く思えるほどの莫大な書類の数だ。

 

「……二人で、これを?」

「これが戦争って奴ですよ……」

 

 成る程。戦争は人を殺す、当然の話だな。

 

 そりゃ文官だって殺されるだろう。

 

「取り敢えず、やりますか」

 

 さて、何日徹夜する羽目になるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿!! 何でこんな時に公費の貸付申請が来てるのさ!」

「戦争が始まるから収入が減って、資金難になるかもって話です。この付近の貴族から山のように貸付申請が────」

「その書類は全部却下! そんなところに回せるお金はない!! その手の書類は全部却下で突っ返して!」

 

 ……。

 

「子爵の方が乗り込んできておられます! 何やら内密と話が有るとかで!」

「こんな時に何!?」

「袖の下を渡すから、公費回してくれと」

「逮捕!! で、財産没収!!」

 

 ……。

 

「盗賊団がどさくさに紛れて村を襲撃してきそうです! もう出撃できる部隊がありません!!」

「冒険者に依頼! 信用できるパーティ集めて、現場に急行させて!!」

 

 …………。

 

「大変です!! 街に『大魔王の復活』を予言する魔術師が現れました! 何とその者は予言を残した後、雷に打たれ煙のように消え去ったとのことです」

「それ多分僕の知り合い! アホだから放置でいいよ!!」

 

 ……これは、何というか。

 

「この馬鹿みたいな量の書類は?」

「戦時課税の免除申請です。貴族直轄の店は、戦時中であろうと追加課税出来ません!」

「はぁあ!? 金持ってる貴族こそ追加徴税の対象でしょ!」

「昔からの慣習となっているそうで、ここを下手に弄ると猛反発が予想されますが────」

「ああもう! 何か代案考えるからその書類は保留!」

 

 ……忙しいというレベルではない! 濁流の如く問題が押し寄せてきて、殆ど脊髄反射の領域で解決していかないと間に合わない!!

 

「書類の追加です!」

「ちっくしょう!!」

 

 やっと1束の書類が終わったと思えば、追加で10束づつ積まれていく。無限に書類が増え続け、埒が明かない。

 

 ……どうする? これ普通に僕のキャパシティ超えてないか?

 

 誰かに泣きつく? いったい誰に?

 

 ……この領にはまともな文官なんて、殆んど居ない。誰にも、泣きつけない!

 

 こうなったら……。

 

「……これは方針変えてこうする! だから、この書類は全部破棄!」

「は、え、ちょ!? そんな事したら大混乱に……」

「全権は僕に任されている! 新方針の下で書類を出しなおさせてくれ、それで時間は稼げる!」

 

 今までの悪習は全部正してやる! そして、書類を出し直させることで他の仕事をする時間を稼ぐ!

 

 やってやる、戦争のドサクサで大改革だ!

 

「その新方針なら、こんな問題が────」

「うん、だから新しくこうして────」

 

 貴族特権は平時のみとし、戦時は我慢してもらう。経済改革として税務関連も大きく弄る、そして市場も活性化させる!

 

 ……逆に仕事の総量は増えてる気がするけど、気にしない!

 

「西部の集落付近で、黒狼が大繁殖していたそうです! すぐに討伐しないと、大変なことに!」

「……冒険者に依頼してみて、戦力が足りなそうなら警ら部隊から割り振って!」

「中央から派遣されてきた貴族が激怒しているようです! 貴族特権を復活させないとこの領への制裁を行うと!!」

「それは無理! 文句があるならこの場所に来いと伝えて!」

「魔女服や蝶の仮面に黒いマントという、謎の衣装を着込んだ集団が街に出現しました! その連中は『特務機関ASRO』を名乗り、怪しげな魔術で民の心を惑わしているそうです」

「そのアホの話題は無視で良いよもう!」

 

 徒党を組んで何やってんだよあの魔女は!!

 

 ……時間の感覚がない。ガイゼルさんも僕も、正直いっぱいいっぱいだ。何かミスをしたとしても気づける自信がない。

 

 この仕事量は不味い。何処かで緩衝しないと、マジで僕もガイゼルさんも死ぬ。

 

 多分もう、何回か夜は越えている気がする。なのに、寝ようと考える暇すら無い!

 

「下町で泥棒が多発しているようです……! 警ら部隊が黒狼討伐で抜けた穴をついて!」

「……見回りを強化、人手不足は承知してるから非常勤で誰か雇って! それと民に自警団を組織するよう触れを出して!」

「新手の窃盗団が領土内に侵入してきたそうです!」

「先に盗賊討伐してた冒険者パーティーに、もっかい依頼! 報償金は弾むと言っといて!」

「大変です!」

「今度は何!?」

 

 目と手は書類を処理し、頭と口は投げかけられる問題に対応し。これぞ人間の限界という働き方をしている気がする。

 

 文官は命の危険がない安全な仕事だって? こんなの、書類と仕事による殺人だよ!

 

「……例の中央の貴族が、私兵を以て挙兵しました! この領統府を攻撃目標にしているそうです!」

「はぁぁあ!!?」

「曰く、安全で平和で豊かな暮らしを保証できない今の政府が信用できない、自分に政権を寄越せとの事!」

「このタイミングで挙兵!? 単なるクーデターじゃないかそれ!!」

「後半日ほどで到着します!」

 

 文官も、本物の命の危険もあるじゃないか!! 政権寄越せって、貴方が政治任せるに足る器なら喜んで譲ってやるよ!!

 

 もうやだ、内政官やだ、もうやめたい!

 

「えっと、こっちの戦力は?」

「……僅かな警ら部隊のみです」

 

 ……。イヴは僕にどうしろと言うんだ。

 

「大変です! 先に報告しました侵入してきた窃盗団ですが、ここらを騒がしているかなり凶悪な一団だそうで! おそらく、向かった冒険者のみでは敵わないかと」

「下町の泥棒被害が減りません! 新たに警ら部隊を増員していますが、自警団は誰も怖がってやりたがらないそうで!」

「このドサクサで、また領統府内で横領が発生しました! 下手人は逃げ出して────」

 

 ……無理だ。こんな仕事、僕には向いていない。

 

 もっと僕は牧歌的な田舎で、沢山の面白い本を読みながら、平和に暮らしたいんだ。

 

 安請け合いするんじゃなかった。イヴの誘いに乗るんじゃなかった。

 

「続報です!」

「……どうぞ」

 

 殺せ。殺すなら殺せー……。

 

「特務機関ASROを名乗る謎の集団が、挙兵した貴族を一網打尽にしたそうです!」

「ぶぅぅぅっ!!!」

 

 本当に何やってんのアセリオ!?

 

「その連中は貴族を成敗した後、それぞれ『別に名乗るほどのものじゃありません』『我ら特務機関ASRO!』『遥かなる運命の狭間でまた会おう!』『女の子同士の恋愛は純愛なのよ!!』などと各自意味不明な供述を行い、煙のごとく消え去ったそうです」

「仲間が……、アセリオに変な仲間が出来てる……」

「挙兵した貴族は取り押さえられたので、この問題は解決と」

「……貴族はクーデターの罪で投獄、あとその集団に金一封送っといて」

 

 アセリオの奇行はいつもの事だけど、本当に予想外な場面で強いよなぁあの娘。行動が全く読めない。

 

 と言うか、マジで助かった。

 

「先に報告しました謎の集団ASROが、下町で自警団の真似事を始めました! 彼らの手によって盗賊が何名か捕縛されています!」

「また感謝状と金一封! 本当に良いことしかしないなその集団!」

「別の貴族が面会を求めています! 何やら、逮捕された中央貴族の釈放を求めるとかで!」

「そんな人と会ってる時間無いよ! 裁判官が買収されないよう、あの貴族は公平で真面目な裁判官に裁いてもらって!」

「今度は、首都からの使者がいらしています! 何やら、首都は資金難なので融資を求めたいとかで」

「ううっ……、そんな余裕ないけどそれは無視できない。僕が対応する!」

 

 予想外の支援が貰えて、少しやる気が回復してきた。そうだ、僕は一人じゃない。

 

 本当に困った時は、何時でも助けてくれる頼もしい幼馴染たちが居る。こんなに心強い味方がいるだろうか。

 

「使者の方は一応引き下がってくれたよ! 丁重にお見送りして!」

「はい!」

「ポート様、黒狼討伐部隊が帰還しました! 幸いにも被害はほとんどなかったようです!」

「よし、手伝ってくれた冒険者さんには報奨金に色付けてあげて! 盗賊団の方は!? やばそうならそっち救援に向かって!」

「大丈夫です! なんとその盗賊団も、冒険者の一人が英雄的活躍を見せて壊滅に追い込んだそうです!」

「お、おお! ならそっちも解決、と────。いや、その英雄的な活躍した人を呼び出してくれないか」

 

 良かった、問題がどんどん良い方向に片付いていってる。少しずつ心に余裕が出来てくるのが分かる。

 

「分かりました、どういうご用件で?」

「もし登用に足る人材なら、その人を隊長待遇で迎え入れるよ。先に撃退した貴族の私兵団がまだ残ってるから、その私兵団の長に任命する。そして予備戦力として活用しよう」

 

 ついでに、役に立ちそうな冒険者は唾をつけておこう。有能な人間は何人いても困らない。

 

 ましてや、イヴ達が全軍出撃してる今の状況で、本物の英雄を迎え入れればまさに千人力。多分、誇張は入ってるんだろうけど。

 

「呼びました、まもなく下の面会室にいらっしゃいます」

 

 さて、どんな人が出てくるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で、君が」

「……こっちの台詞だ」

 

 面会室に居たのは、とても見覚えのある男だった。

 

 というか、僕の婚約者(ラルフ)だった。

 

「俺、とんでもなく冷徹で恐ろしいこの領の最高権力者が会いに来るって聞いてたんだけど。なんでお前が?」

「お、おい控えろ冒険者!! このお方はポート様と言ってだな。規則を破った者への厳罰を与え、しかも一切の賄賂に応じない、まさに法を体現したようなお人だ」

「ポート様は見た目は可愛らしいが、中身は修羅の如きだ。この人が一声かければ、お前の首なんか簡単に消し飛ぶぞ!」

 

 おい何だそれ。

 

 ……僕はこの領統府で、どういう扱いを受けてるんだ。そんなに怖がられるようなことしたっけ?

 

 最近は機嫌悪くて、ちょっと塩対応になっちゃったことがあったけど。ドサクサで横領した馬鹿を叱る時とか。

 

「で、俺に何の用なの?」

「いやなんか君が英雄的活躍をしたと聞いて、雇ってやろうかと。あれ、ラルフって鍛冶師でしょ? なんで冒険者やってんの?」

「リーゼが城の外に出る時は、冒険者として着いて行くようにしててな。アイツ危なっかしいから……」

「それで、盗賊退治について行ったのか!? なんて危険な!」

「俺らしか依頼を受けれる冒険者が居なかったんだよ。で、誰かが困ってるなら見捨てる訳にもいかず、な」

 

 気まずそうに目を逸らし、ポリポリ頬を掻くラルフ。

 

 うーむ、安易に冒険者に依頼するとこういうことになるのか。大事な幼馴染を死地に向かわせていただなんて、これは猛省せねば。

 

「あの命知らず、ポート様にタメ口聞いてるぞ」

「オイオイオイ、死んだわアイツ」

 

 あと、後ろの二人は後で制裁しよう。僕を何だと思ってるんだ。

 

「てか色々聞きたいのはこっちなんだが。とてもおっかねぇこの領の最高権力者が来るって聞いて、イヴが来るのかと思って身構えてたんだけど」

「今は代行で、僕が内政のトップになってるんだ。君を呼び出したのも、僕だよ」

「……出世したなぁ。それで、一週間以上も帰ってこなかったのか。戦争始まって忙しいんだろうなとは思ってたけど」

「え、もう1週間も経ってるの?」

「日付すら怪しいレベルで働いてんのか……。ご愁傷様」

 

 同情するならラルフも手伝え。

 

「君も、英雄的な活躍ってなにしたの?」

「勘で適当にアレコレ指示出したら、見事に敵の裏をかいて奇襲出来てだな。あと、なんか妙に剣が冴えて敵の親玉討ち取った」

「……本当に英雄的な事してるし」

 

 これは、どうしよう。ラルフを危険にさらすのは嫌だけど……、さっきみたいに貴族がクーデター起こした時に誰も動けなかったらおしまいだし。結局、絶対に僕を助けるよう動くアセリオに負担かけるだけになりそう。

 

「うーん、君の勘が凄まじいのは僕も知っている。ごめん、短期で良いから部隊長やってくれない? 君は指示出すだけで良いからさ」

「いいぞ、お前の頼みなら」

「ごめんね、君を危険にさらすような真似をして」

「良いってことよ。気にすんな」

 

 よし、とりあえず予備戦力ゲット。ラルフはいざというときに本当に頼りになるから、きっと僕を助けてくれる。

 

「あ、そーだ。リーゼを俺の副官につけていいか? アイツ冒険者のままにして放っておくの怖いし」

「うん、それでお願い。君の扱いは、僕直轄の特殊部隊ね。僕以外の指示に従う必要はないから」

「そもそもお前以外の頼みなら断ってるしな。それで良いぞ」

 

 こうして、頼りになる僕らのガキ大将が、僕らの仲間に加わった。

 

 これで、ラルフや謎の集団によって城内の治安が落ち着いてくれたので、ようやく改革に乗り出せる。

 

 皮肉なことに前世では最期まで躊躇ってしまった『仲間を頼る』事で、僕は前世の怨敵(イブリーフ)に任された内政の維持という職務をなんとかこなしていくのだった。

 

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