TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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紅蓮の結末

 包囲が完成して、数日。

 

 戦線は山の上下で、膠着状態に陥っていた。

 

 アーロン率いる南部帝国軍は、無理に山上へ攻め込もうとせず、耐久戦を選択していた。

 

 アーロンはイヴ達を急いで始末する必要はない。むしろ戦況的には、アーロンは帝国軍本隊が首都を陥落させるまでの時間を稼ぐだけで戦術的勝利と言える。

 

「まぁ、小狡い手は使わせてもらったが……。もう俺達の勝利は揺るがんだろうな」

「ほほうアーロン様。もう、負ける事は有り得ないと」

「……こっから俺達を全滅させるのは、まぁ難しいんじゃないか? と言うか、ここまで時間稼いだだけで勝利条件はほぼ満たしてるんだよ」

 

 開戦から、もう1か月以上経過している。敵の首都へ攻め込んでいる帝国軍本隊は、破竹の勢いで連戦連勝しているそうだ。

 

 彼等が首都に到着し、国として降伏を宣言させられればこちらの戦線も勝利であると言える。

 

「ミアンが付いてるし、軍の本隊は負けんだろ。だったらもう殆ど俺達は勝ってるんだ」

「ですがその言葉が出てきた時に、アーロン様にお渡しするよう言付かったものがございます」

「ああん?」

 

 もう、勝利は揺るがない。その言葉を聞いたミアンからの使者は、1枚の手紙をアーロンに差し出した。

 

「また、俺にしか開けられない手紙か。……ミアンからの密書か?」

「はい、どうぞ今お確かめください」

「……はいはい、これは人前で開けても良いんだな」

 

 その手紙を受け取ったアーロンは、チラリと中を見て読むと、すぐさま馬鹿馬鹿しいと破り捨てた。

 

 多少、呆れた顔で。

 

「……お怒りのようですが、ミアン様は何と書かれていたのですか?」

「『火計に注意せよ』だとさ。俺をバカにしてんのか」

 

 アーロンは忌々しげに、その破り捨てた手紙をに目も暮れず自分の幕舎に戻っていく。

 

「何をお怒りなのです?」

「この状況がひっくり返るとしたら、それこそ天災か人災くらいだよ。火計なんて初歩中の初歩、警戒してない訳があるか。ミアンの奴、俺をバカにしすぎだ」

 

 アーロンはたいそう業腹だった。人を見くびりやがって、と。

 

「火計は成らん。備えは万全だ」

 

 彼もまた、英雄と吟われた名将だ。特に、防衛戦においては鉄壁を誇る。

 

 敵の攻め手を潰すことにかけては、人一倍の自信があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポート、お前イヴ様を助けるって、何をするつもりだ?」

「火計ですよ。それくらいしかない」

 

 ばったり道でリーシャと出くわした僕は、現在イヴが窮地に陥っている事を聞かされた。

 

 流石精強と言われる帝国軍。敵もさるもの、聡明なイヴの裏を掻くとは。

 

「火計……、火を放つのか」

「不確かで安全性にも欠けた下策ですけどね。この人数差で奇襲するよりかは、効果的だと思いますよ」

「……まぁ、そうかもしれないが」

 

 リーシャは僕の提案である火計にはあまり乗り気ではないらしい。

 

 確かに戦で火の制御はかなり難しいとされており、博打要素が強い作戦だとは僕も思っている。他に策があればまず採用はしないだろう。

 

 でも、今のこの状況ならもう火計くらいしか有効な作戦がなくないか?

 

「具体的にはどうするんだ」

「リーシャさん、この辺の地形を教えてください。着火点を考えますので」

「着火点、ね」

「そこが一番大事ですから。風向き、距離、地形、全てを把握してないと火計は成らない」

「……ポート。お前いやに自信ありげだが、軍略が分かるのか?」

「旅人さんからの耳学問ですよ。元は傭兵団の参謀やってたらしい人から聞かせてもらいました」

 

 僕らの村には様々な人種が訪れている。その中で面白かった話は忘れぬように記録して読み返している。

 

 今、僕の頭に浮かんでいるのは異国の傭兵団の策略家さんが語った作戦だ。絶体絶命の窮地において、火計を放ち一発逆転したと自慢げに話していたのを覚えている。

 

 それを、今ここで再現するしかない。

 

 敵は少なくとも数千人。こっちはせいぜい40~50人。まともな喧嘩が出来る人数差ではないのだ。

 

「ポート。わかってると思うが、山で風向きは読みにくい。こんな密集地で火なんか起こせば、味方の被害の方が大きいかもしれん」

「……可能性は大いにありますね」

「それに敵は火計だけは起こさせんとかなり警戒しているだろう。成功する見込みはどれくらいのつもりだ?」

「小技を駆使すれば、5割ほどでしょうか」

「そんなに高い訳あるか!」

「リーシャさん、これでも僕は山森育ちですよ?」

 

 5割、という見込みは少し甘かっただろうか。でも、僕が敵の指揮官の立場だとして防ぐのは普通に難しい気がするんだが。

 

 このだだっ広い森全てを警戒するのは厳しいだろう。少し離れたところから火を放てば、鎮火されるより火の勢いが強くなる……、と思う。

 

「実は僕、山での大体の風の向きは読めるんですよね」

「む、それは本当か?」

「おそらく、しばらくは山の谷間に添って吹き抜けるように南東に風が吹き続けるでしょう。出来るだけ敵の陣地から離れていて、かつ火を放てば敵陣を焼き尽くせるような位置が良い。だから、着火点として適しているのは……」

 

 僕は色々と思案して、一か所の良さげな場所を着火点に選んだ。

 

 まぁ、敵がきっちり予測して着火点潰されてたら、何もかも終わりなんだけども。

 

 ……やはりこの広い森で、たった一か所の着火点を特定できるとは思えない。というか、人員配置的に山を包囲しながら広範囲を警戒なんてできっこないはずだ。

 

 だからきっと上手くいく。

 

「……本当に此処で良いんだな? 信じるぞポート」

「急に天気が崩れたりしない限りは、多分」

「まぁ、こうなったらやるしかないか。どうせ正攻法でもキツい状況なんだ、少し賭けにでてみるか」

 

 僕の計画を聞き、リーシャも一応は賛同してくれた。

 

 こうして今夜、僕達は闇に紛れて火計を行うことになった。

 

 夜間の方が人員配置は減るだろう。それに実際に火の手が上がれば、夜の方がイヴも分かりやすいと思う。

 

「ついでに陽動として、着いてきた兵士に着火点の反対側から鬨の声を上げさせましょう」

「よし、じゃあその手筈で」

 

 ……少し幼稚な作戦になってしまったが、取れる手立てが少ないから仕方ない。

 

 後は神頼みだ。敵の大将が、気付かぬまま居てくれれば良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火計はどう潰すのです? まさか森全体を見張るので?」

「アホか、この広い森全域に見張りを置いておく必要はない。火計をやってくるとしても、着火点なんて限られてんだぞ」

 

 帝国の指揮官アーロンは、ミアンから火計を忠告されるまでもなく、既に対策を行っていた。

 

「この時期だと、大体は南東へ向かう風だ。谷間だと、風が強くなる。となると火計を行うには、まず風上の北西に立たねばならん」

 

 アーロンは地図を広げながら、今回見張るべき場所を抽出しチェックしていく。

 

「南の方は見張らんでいい、そっから火計は出来ん」

 

 彼もまた、山の戦に詳しかった。風向きが火計において重要であり、適当に火をつけても成功することはないと知っていた。

 

「そんで水魔法で(ミスト)を使える奴と、近接兵をセットで巡回させておけ。そしてどこかで火の手が上がったら直ぐ霧を立ち混ませろ、それを合図に増援が急行する手筈にする」

 

 火計は(ミスト)の魔法に弱い。着火点に霧を張るだけで、大体は初動で潰せる。

 

 だからこそ、着火点を警戒しておくのは山の戦の基本と言えた。

 

「……それとそうだな、此処らへんも無視していい。ここで火をつけると、ご自分の大将が丸焼けになる。俺達が包囲している陣地のみ焼き付くし、かつ山上に火の手が届かない着火点。となると、もう数ヵ所に限られてくる訳だ」

 

 アーロンは強いだけの男ではない。過去に何度も何度も戦を経験し、失敗もして、その数だけ経験を積んで強くなった男だった。

 

「確かに、そんな風に警戒していれば火計は無理ですな」

「そりゃそうだ、あまり人をバカにするもんじゃない。……さて、あと何週間持つかね。そろそろ、あの憎たらしい侯爵も兵糧が尽きてくる頃じゃねぇのか?」

 

 火計は成らない。奇襲も対策している。そもそも、援軍が到着していると言う情報もない。

 

「とっととこの国を降伏させて、祝勝会といきたいもんだ」

 

 敵に攻め手は、もう無い筈だ。アーロンは、勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 僕とリーシャ、そして僕の私兵のなかで魔法が使えるもの数名選び、小隊を結成した。

 

 これを火計班とし、残りを陽動班に任命し、とうとう僕たちは作戦を決行に移した。

 

「時間はきっちり、今から一刻後。先んじて陽動班が奇襲を偽装し、その混乱を突く」

「上手くいけば良いんですけど」

 

 僕達の小隊は他の私兵と別れ、ひっそりと暗い森を進軍している。

 

 うーん、不安だ。どこか1つ失敗すれば、僕もリーシャも殺されるか、敵の捕虜となって色々尋問される。

 

 ……女性が捕まったら、そりゃもう酷い目に遭うんだっけ? やだなぁ、だんだん逃げ出したくなってきた。

 

「陽動の連中は大丈夫かね? あいつら今、指揮官いないだろ」

「いえ、一応指揮官は居ますよ。勘が鋭くて頼りになる冒険者です」

 

 彼等が派手に陽動してくれるかも、今回の作戦のキモだ。隊長を任しているラルフの超人的な勘があれば、きっと上手くやってくれる。

 

 それに、副隊長としてリーゼも着いてきてくれている。

 

 ……森とか山のフィールドで、彼女はべらぼう強い。陽動どころか、敵の小隊長くらいなら討ち取ってくれるかもしれない。

 

「こっちはこっちの仕事に集中しましょう。見つからないように慎重に移動しますよ」

 

 向こうは、ラルフとリーゼに任せた。僕達は火計に集中するのみだ。

 

 

 

 ────時々、哨戒している敵兵の気配を感じる。

 

 目標としてる着火点まで、じっくり時間をかけて石橋を叩いて渡るように移動していく。

 

「此処が着火点だな」

「ですね」

 

 後は、野となれ山となれ。僕は僕に出来ることを上手くやるのみ。

 

 作戦決行時刻となり、辺りに敵影がないのを確認し。僕達は、予定通り山を焼き尽くすべく火を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、帝国陣地。

 

「奇襲は声だけだと?」

「はい」

 

 アーロンは包囲の外より怒声が上がったと聞いて、すわ奇襲かと現場に向かっていた。だかしかし、待てど暮らせど響くのは奇声のみで、結局誰一人攻めてくることはなかった。

 

「ははーん、陽動かね。他の部の兵どもには持ち場を離れるなと伝えろ」

 

 声の大きさからして敵は恐らく、ごく少数だ。となれば、他に本命の動きがあるはず。

 

 アーロンは思案していると、まもなく遠くの陣地から伝令が走ってきた。

 

「……急報です! アーロン様、北東の森から火の手があがりました!」

「あん? マジで火を放ちやがったのか」

 

 どうやら、敵の本命は火計らしい。軍聖の読みはドンピシャだったようだ。

 

「……段々と、ミアンの奴が怖くなってきたな……。で、首尾はどうだ? 抑えたんだろ?」

「それが……」

 

 殆ど心配などしていないアーロンとは裏腹に、報告に来た兵士は顔を曇らせている。 

 

「おい、どういう状況だ。報告しろ」

「奴等、我らの陣地からかなり離れた地点で発火したみたいでして。哨戒の範囲外でして、このままでは鎮火が出来そうになく……」

「何!? 連中は、どこに火を放った」

 

 哨戒の外から火を放った。つまり、アーロンが想定していなかった手段で火計が行われたという事になる。

 

 その時初めて、アーロンの額に汗が滲んだ。

 

「それが、恐らくこの地点です……」

「……山の正面ではないか」

 

 そしてアーロンは知る。

 

 敵が、ポート達が着火点として選んだ位置を。

 

「や、奴等は阿呆なのか?」

「はい。このまま火の手が伸びてしまえば、恐らく焼き尽くされるのは」

 

 その火が直進した先には、確かにアーロンの陣地もある。しかし、アーロンの陣地を越えた先、火が進んでいくだろうその地点は、山の頂き。

 

「馬鹿じゃねーの。あいつら、自分の大将を焼き殺す心積もりか?」

「恐らく、敵は火計に詳しくないのかと。それで着火点が分からず、こんな場所に火を放ったのでは」

「……だな。味方に伝えろ、火の手が伸びてくるまでは陣地を維持せよ。ギリギリまで炎を引き付けて、そのままゆっくり避難しろ」

 

 アーロンは少々混乱しながらも、敵が自分の大将を焼き尽くす気なら好きにさせようと指示を出す。

 

 鎮火が無理なら兵を割いてまで火の手を止めず、そのまま敵ごと山を焼いてしまえと。

 

 ────そう方針が立ち、油断した瞬間。

 

 

 

 ぴょうっ。

 

 

 アーロンは、猛烈な寒気に襲われて咄嗟に立ち上がった。

 

 半ば無意識、反射的に頭を庇い、アーロンは自らの腕を十字に組む。すると何かが鎧を貫通し、アーロンの上腕を血で染めた。

 

 見れば、アーロンの腕には大きな矢が突き立っていた。

 

「……む?」

「アーロン様!?」

 

 弓矢で射られた。そう気付いた直後、久しく感じていなかった激痛がアーロンの脳を焼く。

 

「ぐ、ぐあああっ!!!」

「落ち着いてください、すぐに手当てを────」

 

 駆け寄ってきた彼の部下の叫ぶが早いか、まもなく第2の矢が飛んできて兵士の頭を射抜く。

 

 アーロンは、呆然と目の前で息絶えた兵の頭に突き刺さった矢を見つめていた。

 

「い、いかん」

 

 ……声のみの奇襲かと思いきや、本当に敵が攻めてきていたらしい。そう思い至ったアーロンは、警戒を最大限に叫び声を出した。

 

「敵襲だ、奴等本当に攻めてきたぞ! 陽動ではない、これは────」

 

 叫んでいる間にも、3射目がアーロンの脳を狙い飛んでくる。これは敵わんと、アーロンは逃げるようにその陣地から逃げ出した。

 

 ……敵の奇襲は、本物である。その認識の下で周囲の部隊から応援が要請され、結果としてますます山の包囲は弱まった。

 

「あー。逃げられちゃったわ」

 

 しかし、実際は奇襲など行われておらず。調子に乗って高い樹に登った天災狩人が、豪華な装備を身に付けた指揮官っぽいのを偶然見つけて、そのまま狙撃しただけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火計は成った。やはり敵は僕らの着火点まで見張りを置けておらず、火は勢いよく山へ向かって突き進み始めた。

 

「……なぁ。これ大丈夫なのか?」

 

 だが、リーシャは火を放った後、かなり不安げに僕の肩を何度も揺すっている。何が心配なんだろう。

 

「多分大丈夫では……?」

「多分じゃ困るんだが!? ねぇ、本当にここに火つけて良かったのか!? 火の手が真っすぐイヴ様のとこへ向かってる気がするんだが!」

 

 そう。今まさに、僕達が放った炎は周囲を巻き込みながら真っすぐに、山の真ん中へと突き進んでいた。

 

 帝国兵も唖然としながら、せめてもの抵抗とばかりに霧を振りまいている。しかし、僕達も負けじと風を送り込んで火の手を強めているので、このまま押し切れそうな感じだ。

 

「それよりリーシャさん、風が弱まってますよ。もっと振りまいて、火を勢いつけないと」

「いやだから聞けって! だってこのまままっすぐ行けば」

「イヴの陣地を焼き尽くすんでしょう? そりゃそうですよ、そのために火を放ったんですから」

 

 リーシャはどうやら、イヴが焼け死ぬんじゃないかと心配しているようだ。うん、確かにその可能性はあるかもしれん。

 

 でも、この火計で焼け死んでしまう様な人ではないと僕は信じている。彼女は聡明で、カリスマに溢れ、上に立つ者の器を持った人間だ。

 

 このくらいの危機、きっと乗り切ってくれる。

 

「ポートお前ぇぇ!? 何だ、謀反か!? 実はイヴ様を害そうと心の奥底で機を伺っていたのか!?」

「ち、違いますよ! 僕は、イヴを助けるために」

「このままだと焼け死んじゃうだろうが! これのどこが助けになるってんだ! お前本当はイヴ様に深い恨みでも有るんじゃねぇよな!?」

 

 ……まぁ、無くはないけれども。

 

 そんな微妙な顔をしてたのがバレたのか、リーシャは激怒して僕に詰め寄ってきた。何やら、大きな誤解を生じているらしい。

 

 別に僕に、害意はない。

 

「見てください、リーシャさん」

 

 僕は、山の方角をリーシャに見えるよう指差した。

 

 火は勢いを衰えぬまま、山に差し掛かっている。敵の兵士が火から逃げるように割れて、木々に炎が纏わりついて粉塵を撒き散らす。

 

「イヴなら、大丈夫ですから」

 

 そして、炎を嫌って敵が居なくなった後。山へ広がる炎の中央に、大きな撤退路が出来上がった。

 

「……だってリーシャさん、さっき言ったじゃないですか」

 

 良かった、やはりイヴは気付いてくれた。僕が用意した、たった一つの撤退路に。

 

「あれ、は────」

「イヴは塞き止めて、水源にしていたんでしょう?」

 

 いかに燃え盛る森と言えど、歩ける場所は存在する。

 

 それは、地面がぬかるんで決して燃えない道。今は塞き止められていたとしても、関を開けばすぐさま復活する森の恵み。

 

「川をそのまま下れば、それが唯一の脱出路となる。見てください、僕らの大将が山を下りてきていますよ」

 

 これは敵を殺す策ではない。味方を生かし、生還させる策。

 

 燃えている山の中、川を再び流すことで撤退路とする目論見だ。

 

 炎の中の脱出路、この策が成るためにはイヴに気付いてもらえるかどうかが鍵だったが────。やはり、彼女は僕の意図を察して見事に脱出してきてくれた。

 

 やはり、イヴは聡明だ。

 

「……よくやるよ、ポート。こんな奇策は初めて見たぞ」

「他の人にやったら、主を焼き殺す気かって懲罰モノですからね。イヴは理解のある領主だから大丈夫だと踏んでやりましたけど」

「あー。だよな、取りようによっちゃこれ反逆だもんな」

 

 まぁ、イヴはきっとその辺は気にしないだろう。

 

 だって彼女は、遠目からもわかるほど大層な笑顔を、僕に向けて手を振っているのだから。

 

 

 

 こうして、僕は一月ぶりに無事イヴと再会できたのだった。


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