TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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経済の王

「……まずはリーシャ、よくやってくれました。見事に包囲を抜け出したばかりか、こんなに迅速に包囲を破ってくださるとは思いませんでした」

「……いえ、お役に立てて何より」

 

 敵が火計の残り火の対処でてんやわんやとしている頃。

 

 僕達はイヴ率いる本隊と無事に合流し、そして彼女との面会が叶った。

 

「そしてポートさん。本音を言えば、貴女には領都で安全に仕事をして居て欲しかったのですが……。貴女自ら補給部隊を率いてきてくれたおかげで、私達の軍勢は事なきを得ました。また、助けられてしまいましたね」

「あははは……。僕はイヴに相談することがあったから着いてきただけで、こんな戦況だとは思いもよりませんでしたけどね」

 

 やっぱり帝国軍ってのは強いんだな。イヴの自信からして楽勝とはいかずとも十分に勝算があるんだろうとは思っていた。まさか、ここまで追い詰められているとは思わなかった。

 

 うーん。戦争の事はよくわからないけれど、やっぱりこういうのは攻め手側が不利なんだろうな。よほど地力に差がないと、負けてしまうんだろう。侵略している側は、土地勘もなければ陣地構築みたいな事前準備もできない訳で。

 

「ねぇ、イヴ様。失礼承知で、申し上げてもいいですか」

「何でしょう、ポートさん」

 

 包囲を脱出したことで、兵の士気は再び高まった。イヴにも、次こそは敵の陣地を食い破ってやるとの意気が感じられる。

 

 こういう、鬼気鋭々な彼女に冷や水を浴びせるような真似はしたくないのだけれど。

 

「────ここが引き際、では無いですか」

 

 戦争の熱に浮かされず後方で冷静に仕事をしていた僕だからこその提案。それは、戦略的撤退。

 

 僕は、大きな被害が出ないうちに此処から撤退をすべきだとイヴに進言した。

 

「ふむ、ポートさん。それはどういう了見でしょうか? まだ、私達は大して被害も出ておりませんけれど」

「時間がかかりすぎだと、申し上げます」

 

 そう、この作戦のキモは本来『電撃侵攻戦』。首都が陥落する前に電撃的に侵略し、後方都市を脅かすことで講和へ持っていこうとするハイリスクハイリターンの博打的戦略。

 

 だが、もう賽は振る前の状態ではない。既に、賽の出目は出た後なのだ。

 

「僕らには、北の戦線の状況が逐一報告されてきています。まもなく、首都戦線で帝国軍と首都防衛軍が接敵するそうです。……イヴ様は今から何日かけて、敵の陣地を突破するおつもりですか」

「……」

「首都戦線が1日持たなかったらどうします。ここから仮に、1週間かけて敵を突破し、帝国の町を一つ占領できたとしましょう。その時既に首都が陥落していて、内地から僕らの領都に帝国軍が侵略してきたらどうするのですか?」

「……それは」

「今回は、痛み分けです。これからは、首都の戦線の状況を聞きながら、身の振り方を考えていく段階です。もう、この戦線に固執する意味はない」

 

 僕は、他の誰もがはっきりと言いにくい事をイヴに突き付けた。

 

 僕が文官をするのは数年の間だけ。いずれ辞めるだろう僕こそが、その事実を彼女に伝えなばならない。

 

「ここは彼らと『引き分け』で、手を打ちましょう。この戦線を放棄し、領都に戻って防衛線を構築するんです」

 

 引き分けという甘い言葉を用いて、イヴが事実上の『敗北』したことを。

 

「……ええ、ありがとうございます。少し、私は戦争の熱に浮かされていたようです」

「では」

「ポートさんの言う通り、今私達がすべきは撤退です。全軍に通達しなさい。領都へ帰還しますよ」

 

 ────やはり彼女は、冷静だ。僕が主だと認めただけはある。

 

 戦況はすこぶる悪いけれど、まだまだ僕達が生き残る術はある筈だ。ここでやぶれかぶれになって、微かに残った生き残る術を投げ捨てる愚を犯さない。

 

「無念です、イヴ様」

 

 見れば、ゾラ大将軍が泣いていた。彼もまた、引き分けではなく敗北であると悟っているのだ。

 

 ……敵は、帝国軍は強大だった。その一言に尽きる。

 

「む。本当に良い拾い物をしたものだ、イヴは」

「イシュタール様?」

「ポート殿。君が言い出さねば、儂が撤退を指示しておったよ。君は王に正しく進言し、王の道を支える器がある、成長すればきっと、この国で1番の謀将となれるだろう」

「え、ええ? それは随分と、過大なご評価では」

「まだ儂らにも、帝国に抗するいくつか手段は残っている。老いぼれではあるが、今は儂らでなんとか国を繋いで見せよう。そして未来を、君に任せたい」

「あ、あはははは……」

 

 ……。え、僕は数年で辞めるつもりですけど。未来を任されても困る……。

 

 と言い出せる雰囲気じゃないな。仕方ない、笑ってごまかそう。

 

「お父様……。分かりました、今は屈辱を忍ぶ時なのですね」

「イヴも、よく撤退を受け入れたモノよ。その冷静さを、忘れんようにな」

 

 イヴとイシュタール様(男同士)は抱き合い、涙を流し慰め合った。

 

 そして、夜が明ける前に僕達は、全軍を引き払い風のように領都へと引き返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃がしたか」

 

 腕を矢で負傷し、その矢に塗られていた遅効性の毒で床に伏せっていた英雄アーロンは、イヴの全軍撤退を聞いて胸をなでおろしていた。

 

「我々の勝利ですね」

「完全勝利とはいかなかったがな」

「追撃は出しますか?」

「まぁ、奴さんの首都が降伏すれば、あの連中も俺達の味方になるんだ。無駄に全滅させる意味もねぇ」

 

 彼自身の負傷は計算外だったが、しかし戦争の結果は間違いなく勝利と言える。自分の役目を果たせたことで、彼の表情は安堵に緩んだ。

 

「俺達も帰るぞ。祝勝会だ、俺の私財から予算を出すから準備しろ」

「今、お酒を飲まれるとお体に障りますよ」

「馬鹿ぬかせ、勝って酒を飲む以上に体に良い行いがあるか」

 

 こうして意気揚々、アーロンも陣地を引き払い自らの領へ撤退する。

 

 2か月以上に及ぶこの戦争は、帝国側では戦術的勝利として報じられる事となった。そしてアーロンが領に戻ると、歓喜した市民が大手を振って彼を出迎える。

 

 ひとまず束の間ではあるか、アーロンは領の平和を守ったのであった────

 

 

 

 

 

 

「……む?」

 

 筈だったのだが。

 

「おい、なんか町の様子がおかしくないか」

「妙ですね。人通りが、少ない」

 

 今までであれば、勝利の凱旋には市民が大挙として押し寄せて、万歳が響いたものだ。だが、今アーロンが帰還した町で集まってくれた市民は、今までの半数程度に見える。

 

 妙に、人口が少ない。

 

「何があった、疫病でも流行ったのか?」

「見てください、いくつも店が閉まっている。街に活気がない」

 

 アーロンは、街に戻ってすぐその異変に気付き。慌てて、役場に向かい自身の政務室に駆け込んだ。

 

 自分が知らぬ間に何か、天災にでも巻き込まれていたのかもしれない。そう思って。

 

 ……そして、アーロンは知る。侯爵家の仕掛けてきた、悪辣で悪魔染みた策略に。

 

 戦争の裏に隠された、敵の真の狙いに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい?」

「ごめんなさいイヴ、実は貯蓄が半分くらい消し飛んじゃって」

「え、えええええっ!?」

 

 帰り道、どさくさで報告し忘れていた事実を、イヴの馬車の中で伝える。

 

「ま、まだ政治を任して1月ほどですよ……?」

「ちょっと調子に乗りすぎました」

 

 てへぺろ、と舌を出して誤魔化してみる。そもそも僕みたいな素人が政治を回していたことがおかしいんだ。

 

 うん、僕は悪くない。

 

「え、あ、その……。具体的には、どのような出費を……?」

「も、元は取れるんじゃの?」

「と、取れるつもりなんですが……。流石に出費が激しかったので今はブレーキかけてます。実はもともと、どの辺まで貯蓄を使い込んでいいか相談したくて、イヴの陣地を訪ねてたんです」

 

 うーん。これは僕が怒られるフェイズの予感。

 

 だよね、勝手に大改革しちゃったからね。あの時の僕は、忙しすぎて頭がパーになってたとしか思えない。

 

 こうして久しぶりに睡眠のとれた頭で考えると、あの時の僕は若干頭おかしかった。

 

「と、とりあえず領都に戻ってから考えますわ。具体的にどこまで弄ったのか、確認させていただきます」

「お、大本は弄ってませんよ。戦時中の対応をちょっと変えただけでして」

「むむむ……」

 

 イヴは難しい顔をしている。だよね、戦争中に貯蓄溶かす内政官ってよく考えなくても無能だよね。我ながら大きなポカをやらかしたなぁ。

 

 でも、逆に考えよう。これで、彼女はもう僕に無茶振りをしなくなる。僕に、小さな仕事を任されるだけの小物文官としてのスローライフが始まるのだ。

 

 そう考えれば、僕にとってはプラスかもしれない。

 

「お、見えてきましたね。僕らの領都が」

「あら、もうそんな近くに」

「ああ、ここからでも見えるかもしれません。ほら、あそこです」

 

 一応、横領とかじゃなくて利益のある出費だったとアピールするために僕は領都を指さした。

 

 ずっとあの都市を治めていたイヴなら、異変に気付いてくれるかもしれない。

 

「……ん?」

「イヴ様、気付いた?」

 

 そう、遠目から見ても分かる程度に領都は改造してあるのだ。

 

「な、なんか。街が大きくなってません?」

「そうですね。各地から大量に商人を呼び込んで、居住させたので。出費の大半は、呼び込んだ商人の店や居住区画への投資です」

 

 外壁を拡張し、新たな居住区画を用意し、呼び込んだ商人に気持ちよく商売をしてもらう。それが、僕の改革の柱だ。

 

 今の領都には、区画分けをして商業特化区域を用意してある。そこで各地から持ち寄った商品や情報、価値のある本などが活発に流通させている。

 

「最終的には、今年中に領都の商圏規模を倍に増やす見込みです」

「ど、どこから商人を? そんな簡単に商人を呼び込めるなら、私達だってやってましたわ! こんな規模で移住してくるなんて、何をどうしたら!」

「ああ、来てくれたのは帝国側の商人さんですよ」

 

 僕の改革の成果として、帝国側から大量に商人が雪崩れこんできた。多分スパイとか紛れ込んでるんだろうけど、そういうのは謎の自警団『ASRO』に依頼して摘発して貰っている。

 

 それに、別にうちの領都で抜かれて困る情報とかあんまりないし。

 

「イヴ様は、重課税してる国と免税している国、どちらで商業を行いたいと思います?」

「……へ?」

「商人は何を求めているのかを考えてください。それは、商業を営みやすい立地と、発展し成長する新しい商売チャンスの獲得と、それが行えるだけの巨大な商圏です。そう、まさに今の僕らの領都のような、ね」

「ま、まさかポートさん」

「戦時中に徴税しようとしたんですが、貴族が持つ特権のせいで全然金が集まる気配がない。ならいっそのこと『免税』してやれと、税率を下げたんですよ。その噂を、知り合いの旅商人に依頼して帝国側で広めて貰ったんです。そしたら、噂を聞き付けた商人が来るわ来るわ……」

「……」

 

 実は、貴族達の特権に頭を抱えて悩んでいた最中に、ナットリューが別れの挨拶に来たのだ。曰く、ナットリュー氏の商業団は、次は帝国に向けて旅立つ予定らしい。

 

 これはチャンスだ、と僕は変態に依頼して噂を広める役目を引き受けて貰った。

 

「戦争を理由にして免税? ……そんな狂気的な。でも、それで商人が誘致できるなら────」

「実際、毎日のように新たな商人が集まってきてますよ。このままガンガン街を拡張していけば、おそらく数年以内に元は取れるでしょう」

「あ、あー、はい。う、うふふふ……」

 

 イヴの顔が青くなっている。うん、僕もやりすぎた自覚はある。

 

 流石に、貯蓄半分は溶かしすぎだったかな。でも、一応安全策も講じているんだ。そこもアピールしておこう。

 

「万一の時の保険として、パトロンになってくれそうな優良豪商を囲ってもいますので、本気でお金が足りなくなることはないと思います。なので、あまり心配は……」

「いえ、心配してるんじゃありません。ポートさんの策にドン引きしてるだけです」

「えっ」

 

 うむう、やっぱ駄目だったか。まぁ仕方ない、やり過ぎたとは薄々感じてたんだ。観念して、しっかり怒られておこう。

 

「ポート。お前それ、武力使ってないだけで経済的侵略じゃ……」

「座して、敵の商業基盤を引っこ抜きおったのか。いやはや……」

 

 リーシャやイシュタール様からも、呆れの視線が向けられている。

 

 ……確かに。僕の予想していた以上に商人が集まってきてしまい、出費が想定外にかさんでしまった。そこは僕の見込みが甘かったせいである、反省だ。

 

「……まさに、必勝ですね。敵に防衛の布陣を引かせ、戦時体制に移行させるだけで商業圏を毟り取る。味方ながら、ポートさんの悪辣な戦術に寒気がしましたわ」

「えっ」

 

 何で僕が悪辣とか言われるのさ。

 

「これ、敵さんは兵士に報奨金払えないんじゃねぇか?」

「じゃのう。となれば、何とか金を得ようと儂らの領土に攻め込んでくるやもしれんのう。この状況を放置すれば、アーロンの部隊は金が貰えず瓦解しおるじゃろし」

「不利なはずの侵略戦が、一転して有利な防衛戦になっちゃいます。ポートさん怖い……」

 

 なんだか、周囲から恐れられている気がする。商業圏毟るってなにさ、僕は商人呼び込んだだけじゃないか。

 

「この国で1番の謀将となれる……か。儂はまだ、君を過小評価しとったらしい」

「え、それは、その」

「君は、歴史上に名を残す英雄となるじゃろう。イヴ、ポート殿が仕えたお前の名が霞まぬ様に努力しなさい」

「はい、お父様」

 

 ……。

 

 あれ、また過大評価されてる。なんで、今回僕って結構やらかしたんじゃないの?

 

「もしアーロンの奴が略奪しに攻めてきたらさ。首都戦線の防衛状況に寄っちゃ、反攻するのもありじゃないか?」

「防衛戦なら、多分楽に勝てますわね。首都が持ちこたえられそうなら、改めて後方都市を脅かしちゃいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後の話。

 

 帝国軍の英雄アーロンは僕らの領土への侵攻・略奪を許可しなかった。侵攻戦で勝てる見込みがないのを悟っていたのだろう。

 

 しかし宴も質素で、報奨金があまりに少額だったことに不満を持った兵士達は、アーロンの許可なく出陣し侯爵領に攻め込んでしまった。

 

 先の戦闘で腕を負傷し毒に臥せっていた彼は、暴走する部下を制御しきれなかったらしい。

 

 そして、僕らの領地に攻め込んだ暴走兵は、そのままイヴに反撃され壊滅させられたという。

 

 主力兵士を失ったアーロンは、その勢いのまま反攻してきたイヴ達にさんざんに打ち負かされ、その領地を占領されてしまった。彼は敗軍の将として、命からがら九死に一生で逃げ出したという。

 

 

 ────こうして侯爵家は、南方戦線を突破した。

 

 それとほぼ同時期に、首都戦線に帝国軍本隊が到着する。

 

 この戦争の決着は、近付いてきていた。

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