TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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終戦

「私は、強いです」

 

 その女性は、そう言った。

 

「命が惜しくば逃げてください。家族が居るなら帰ってください。そう言った者に私は危害を加えません」

 

 甲冑に身を包み、燃え盛る剣をダランと構えたその女は、数名の部下を引き連れたのみでゆっくりと歩み続けた。

 

「すぐさま降伏を。貴方達の命と安全を保証します」

 

 一歩、また一歩。女は大軍に向けて歩んでいく。

 

 

 ────畜生、やってやる。

 

 

 決死の覚悟を纏った兵が、不気味に行進する女へと肉薄する。

 

 国の為、家族の為、覚悟を決めた彼らの意地を見て。業火剣を構えたその女は、フゥと溜め息を吐いた。

 

「しかし、私の命を奪うべく剣を向けてきた者には遠慮致しません」

 

 そう、宣言するや否や。

 

「骨も残らないと知りなさい」

 

 斬撃の動作すら目に追えぬ速度で、男どもを切り払った。

 

 そこ残ったのは、赤く焼け焦げた塵のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国軍、作戦本部。

 

「アリエ様は順調です。指示された地点までゆっくり進軍を続けています」

「……また、アレやってるの? ちゃっちゃと敵を焼き殺してポイントを占領してほしいんだけど」

「アリエ様の矜持だそうで。向かってくる敵は斬り殺しても良いけれど、逃げる敵は見逃さないといけない。だから、アリエ様自ら先頭に立って警告をした上で進軍するのだそうです」

「戦争をなんだと思ってるんだあの女」

 

 軍聖ミアン率いる帝国軍本隊は、とうとう首都防衛戦線へと到達していた。

 

 この目前にそびえ立つ首都を陥落させれば、戦争は終結となる。ここまでは彼の予定通り、順調な進撃をしていたのだが。

 

「……アリエは扱いにくいんだよ。アイツは聖人君子のつもりなのか? 戦争で人を殺しまくってる癖に、何を高潔ぶってる」

「それが、あの方の強さの源でもありますので」

「まぁ、指示した仕事をキッチリしてくれるなら文句は言わないけど。でも、アリエが本気だしたら絶対もっとスムーズなんだがな」

 

 むすっとした顔で、ミアンはノロノロ進軍する友軍を眺めていた。その視線の先には、キラキラと日に輝く長髪を靡かせた女剣士がいる。

 

 業火剣アリエ。彼女は優秀な剣士だが、騎士としての矜持だの前時代的な価値観を重視する悪癖があった。

 

 曰く、弱者に剣は向けないだとか、命乞いするものを殺さないだとか。

 

 既に時代は変わった、騎士の誇りだのなんだのにこだわっている場合ではない。ミアンは、彼女のその無意味な拘りを矯正してやろうと今回の戦に連れてきたが、これが頑固で決して今のスタイルを変えようとしなかった。

 

 アリエは戦争をしているのではない。ただ騎士として正義を成す自分に酔っているのだ。だからこそ最低限しか人を殺さぬ代わりに、人を殺しても罪悪感に囚われない。

 

「あー失敗だ、次はあの女を連れていくのを止めよう。あんなのと一緒に戦争してたらストレスが貯まる」

「アリエ様は帝国でも最強級の剣士ですが……」

「剣の腕はソコソコで良いから、頭が良くて応用が効き、それでいて与えられた命令を確実に達成する手駒が欲しい。英雄って連中は、無駄なプライドが高くて困る」

 

 アリエは、ノロノロと進軍する。敵軍は、蜘蛛の子を散らす様にアリエから逃げ出している。

 

 馬鹿と弱兵の争いほど、見ていてくだらない事はない。

 

「……殆ど誰も、アリエ様に向かっていきませんね」

「シュレーン攻略戦の時はもうちょい向かってきてたらしいな。この国の軍の弱さが伺える」

「数十年も戦争したことの無い国など、こんなものでしょうか」

「南の侯爵家には、粒が揃ってそうだけどな。何なら、英雄と呼んでも差し支えない奴まで居る」

「成る程、それで北から遠回りして攻めたのですね」

 

 ミアンの愚痴に、副官は分かったような分かっていないような曖昧な相槌を打った。

 

 別にミアンは、侯爵家を恐れて迂回した訳ではない。彼の軍略をもってすれば、どちらから攻めても勝てるだろう。

 

 ただ、利用価値のある敵の主力を温存させたまま勝利したかった。それだけである。

 

「戦後のことまで考えて動かないと、戦争をした意味がない」

 

 侯爵家に仕える、帝国で言うところの『英雄』と呼ばれるに相応しい名将。その人物を配下に加える事が出来れば、帝国の覇業の大きな助けとなるだろう。

 

 それに加え、

 

「南の方は、何故か最近商業がいやに活発化してる。出来れば、踏み荒らさずに飲み込みたいんだよ」

「あー、ミアン様、たしか前もそう言ってましたね」

「これ以上発展されると、帝国から商人が流れていっちゃうかもしれない。ここらで釘を刺しておかないと面倒な事になる」

 

 それが、ミアンが戦争を決断した理由だった。

 

 ぶくぶくと、隣国が肥え太るのを黙ってみている理由はない。いずれ征服する予定なのだ、なら早いうちに拿捕して帝国の家畜として肥えてもらいたい。

 

「新しい侯爵家の跡取りは、今までの領主と違い内政重視らしい。攻められてどう対応するか見ものだね」

 

 イブリーフ侯爵、その名は耳に新しい。若くして父親イシュタールに認められ、その席を譲られた新世代の傑物。どのような人物なのかは、想像もつかない。

 

 ただ、彼は今までの傾向から侯爵家は『こちらが嫌がる最善手を打ってくる』予感がしていた。今回のケースで有れば、まだ勝率の良いだろう南部戦線へ侵攻しての突破である。

 

 元々、南の侯爵家は基本的に脳筋集団だった。士気と勢いで突破するだけの、前時代を象徴するような軍隊だった。

 

 しかし、そんな脳筋が代々続いていた南の侯爵家において、先代の領主イシュタールはまさに傑物だった。

 

 戦略の概念を理解しており、その指揮で近年の帝国を多いに苦しめた。彼は、突撃を繰り返すだけだった先々代の侯爵とは違い、意表を突いた巧みな指揮を取り続けた。

 

 イシュタールが特殊だったのか、それともあの家に頭脳派が嫁いだのかは分からない。だが、帝国からしてイシュタールは頭を悩ませる種だった。

 

 その彼が生きている間に位を譲ったのだ。その跡取りイブリーフが、暗愚であるとは考えにくい。そもそも、現在の南の商圏拡大はその跡取りが主導していたと報告すらある。

 

 脳筋から、頭脳派へと転身した侯爵家。どう動くかは、まだ読みきれていない。

 

「ま、アーロンに忠告もしといたし、どうあがいても負けはないでしょ」

 

 だが、そこは味方を信じるのみだ。2面作戦を展開している以上、最後は帝国の誇る名将アーロンに任せるしかない。

 

 アーロンもまた、歴戦の英雄。堅実な戦をさせたら、帝国で右に出る者はいない。よほど戦力差がないと、南の戦線の突破は不可能だろう。

 

「こっちはこっちで、早く攻め落としてあげますか」

 

 首都攻略の道筋は見えている。アリエがミアンの陣の反対側まで移動させ、敵を挟み撃ちするのだ。

 

 さらに幻術の達人フレザリド将軍に、四方八方からアリエの幻覚を見せてやれば敵は大混乱に陥るだろう。

 

 敵からして恐怖の対象であるアリエに囲まれるのだ。たまったものではない。

 

 ……だからこそ、敵に怖がってもらうためにアリエにはむしろ兵士を無差別に虐殺して欲しかったのだが。

 

「もー、なんであんなにノロノロするかな」

 

 背を整え、マントをはためかせ、アリエは進軍している。1歩ずつ、踏みしめるように。

 

 ただ、格好をつけているようにしか見えない。

 

 

「────報告です、ミアン様。敵の少数部隊が、陣地側面の丘の頂きに出現しました」

「えー。そんな近くまでなんで見張りは気付けないのさ。数は?」

「数百名です」

「本当に微々たる数だね。だからって油断しすぎだけど」

 

 そんな折に届けられた、小さな報告。

 

 この大軍の横腹を突くように、敵の小勢が姿を見せたという。

 

「工作部隊か何かか? 装備は? 兵科は?」

「突撃兵の様です。みな、武器を持たず厳重な防具で身を固めています」

「……武器を持ってない、突撃兵だと?」

 

 その報告を聞いたミアンは、頬にタラリと汗を流した。

 

「あー、それはかなりヤバい連中だ。アリエを呼び戻せ、今すぐ」

「アリエ様を?」

「あの女を迎撃に当てろ。アリエが到着するまで防衛に徹して、絶対その部隊を陣地に侵入させるな」

「は、はい。了解しました」

 

 まったく、よりによってその連中を見逃すとか。見張りは責任者を打ち首にしてやる。

 

 ミアンは苛立たしげに、慌てて指示を飛ばし始めた。

 

「数百の小勢を、何故そこまで恐れるのです」

「馬鹿、目の前の大軍よりその部隊の方が100倍面倒臭い連中だよ」

「……それは?」

「侯爵家の切り札、『魔鋼闘士』、鋼掌のダートが奇襲してきたらしい。無手の突撃兵なんぞ、ダート率いる鋼掌隊以外に存在しない」

 

 そう。ミアンが恐れている彼こそ、帝国の基準で正しく『英雄』と呼ばれるに足る存在である。

 

 鋼掌のダート。彼は侯爵家3将軍の1人で、名将ゾラの後継者と言われる男。

 

 彼はゾラの下で副官として下積みを重ね、多くの戦火の中でその才能を開花させ、とうとう尊敬するゾラと同じ立場にまで登り詰めた努力の人だ。

 

 イブリーフ3将軍の一角、鋼掌のダート。女好きで浮気性で、普段はチャラいだけの彼であるが、その実力は本物。

 

 

 ────ゾラは老いている。老爺にかつての剣技の冴えはなく、無尽蔵の体力もなく、頭の回転の早さもない。

 

 ────リーシャは、まだ青い。これから成長し、きっと英雄と呼ばれるに足る存在となるだろうが、今はひよっこだ。

 

 

 だが、ダートだけは。

 

 齢は30ほど、ゾラの教えを受け続け成長し、侯爵家の誇る3大将軍の1人に任命されるまでの人傑となった彼は。

 

 イヴの配下では唯一の、全盛期の英雄である。

 

 

「アリエはどうした。何故、アイツは引き返さない」

「申し訳ありません! アリエ様は、『此処で引いたら先程斬り殺した兵士の命が無駄である』と進軍を止めるつもりは無いそうです」

「はぁぁぁぁあ!? 何だそれ! 命令違反だろう!」

「元々、帝国に下る際から自らの誇りに従って働く契約だとか。アリエ様には、命令違反は問えません」

「ああぁっ! もう、人選完璧に間違えた!」

 

 無手の軍勢が、野を駆ける。敵に与する唯一の『英雄』が、雄叫びをあげて突進する。

 

 狙いは軍部後方、食料輸送部隊。

 

「落ち着いてくださいミアン様。敵は少数です、あの強固な防御布陣を突破できるとは思えません。ここは、奴の背後に兵を送って挟み撃ちにしてしまいましょう」

「バカ、お前は何を見ていたんだ! さっきまでの光景を見ていなかったのか!」

 

 頭を押さえながら、ミアンは直進する業火剣『アリエ』を指差して怒鳴る。

 

「英雄って連中は、たった一人居ればそれで軍勢なんだよ!!!」

 

 

 

 やがて、まもなく。

 

 護衛についていた数千数万の兵が翻弄され、鋼掌のダート率いる奇襲部隊が帝国軍の約半分の食料を焼き払ったという知らせがミアンに届けられる。

 

「伝令。アリエ様が、無事目標の地点に到達したそうです。挟み込みますか?」

「…………やばい、冷静さを保てない」

 

 ミアンは静かに激昂した。

 

 アリエと同格、一騎当千の強者たるダート率いる鋼掌隊は、帝国の精鋭をいとも容易く打ち破って見せた。これもある意味予定調和と言える結果。

 

 そしてそれは、帝国の第一陣が敗北したことを意味していた。

 

「奇襲されて味方が混乱している今の戦況で、今さらアリエが攻撃目標達成して何になる。敵の一番ヤバい奴に、陣地を深く切り込まれてる状況だ馬鹿。一刻も早く建て直せ!」

「は、はいぃ……」

 

 軍聖ミアンの指揮した戦いに、敗北はない。

 

 ただしそれは、味方が指揮に従ってくれるのが大前提である。

 

 帝国の英雄ミアンとアリエは、今回の戦争が初の共同軍。しかし、その相性は帝国の英雄内でも格別に悪いものだった。

 

「戦線を放棄、アリエは置き去りで構わん。どうせアイツは一人でも戻ってくる」

 

 食料の大半を焼き払われては、軍の士気もガタ落ちだ。こんな状態で戦争したら、無駄な被害が出てしまう。

 

 半ばアリエへの当てつけもかねて、ミアン率いる帝国軍主力は後方都市に撤退を選択した。

 

 ミアンにも油断があったのだろう。帝国との国力の差は歴然なのだ、負ける筈のない戦争だ。

 

 これは如何に早く勝利するかより、いかに被害を少なく勝利するかを優先した為の撤退だった。

 

 

 かくして、ダート率いる鋼掌隊の大戦果により帝国軍は1か月の時間を浪費する。それは後方都市に戻り、武具食料を整え、改めて再侵攻するための1か月。

 

 

「……伝令です」

「今度は何だよ、もう」

 

 そして、その一か月の猶予が帝国軍侵攻部隊にとって致命傷となった事を、ミアンはその伝令で知った。

 

 

「────悪報です。南部戦線が破られました」

 

 

 その知らせを聞いたミアンは、目を見開いてその場で崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでさ」

「もうポートさんを離しません。ウフフ……」

 

 満面の笑みを浮かべたイヴは、僕を頬擦りして機嫌良さげに笑っている。

 

「大丈夫です、私はもう負けません。何があっても守って差し上げます」

「……いや、あの、イヴ様?」

 

 おかしいな。どうしてこうなったんだろう。

 

 僕はただ、一人の文官として彼女の助けになりたかっただけなのに。

 

「あぁ、私は今とっても幸せです」

「あのー、イヴ様ー?」

 

 ……さっきから、イヴと会話が通じない。

 

 何が変なスイッチが入ってしまったんだろうか。にしても、そろそろ正気に戻さないと。

 

 だって、もう────

 

「もう、軍義始まってますよ?」

「むー。無粋なことです」

「貴女は総大将でしょう……」

 

 まったく、軍義中に何やってんだこの人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポートさんを連行することにいたしましたわ」

「……」

 

 イヴは帝国に再度侵攻する際に、僕に従軍を命じた。

 

 本来なら僕は内地で後方勤務の筈だったのだが、事情が変わったからとのこと。

 

『いざとなれば出陣して、首都へ救援に向かえる人材を領都に置いておきたいのですわ。あるいは、首都から攻められた時に迎撃する必要もあるかもしれません。領都には、武官と文官を兼ねるリーシャを残しておく方針にします』

『うっす、分かりましたイヴ様』

『リーシャ。ポートさんの残した仕事が割と貯まってるそうなので、平和であればそちらを片付けてください』

『うげー、それも了解です』

 

 とまぁそういう事情で配置換えでリーシャが領都に残り、僕が従軍する羽目になった。開戦から結構時間が経っているので、領都で軍事行動を行う必要があると踏んでの人員交代らしい。

 

 彼女はその後「後方勤務だ、サボれる、わーいわーい」と喜び勇んで都に戻り、部屋丸ごとに積み上げられた無数の紙束を見て目が死んでしまうのだが、それは別のお話。

 

 まぁ、つまり僕はイヴの副官として戦争に参加する事になったのだ。

 

 ……戦えない僕が従軍しても意味なくね? と思ったのだが、僕の立ち位置は『参謀』らしい。

 

 僕は軍略なんか勉強していないとイヴに言ってみると『ならこの戦争を体験して成長してください、貴女ならすぐに最高の軍師になれます』とのこと。

 

 つまり、イヴは僕に成長の機会をくれると言っている様だ。

 

 じゃあ着いていくか、どんな勉強をさせてくれるのかと期待し僕は従軍を決意した。だのに、せっかくついてきたのに僕は日々こうやってイヴに愛でられるだけだった。

 

 これじゃ、都に残って書類仕事をしていた方がまだ役に立てていた気がする。軍義と言っても、毎日進路の相談をするくらいしか身のある会議をしていない。

 

「じゃあ、やはり予定通りオトラの街を目指す方針で行きましょう」

「異義なし」

 

 ……それもこれも、南部戦線を突破してから、ろくに戦闘が無かったからだ。

 

 帝国内部に斬り込んだ僕達は、各都市を占領しながら進軍し、北部戦線の後方を突く予定だった。

 

 

 でも、そんな事すれば恨みを買って講和がしにくくなるだけじゃないか? とイヴ様はのたまって……

 

 

 

『我々の目的は、決して侵略ではございません。求めるは平和のみです』

 

 彼女は、各都市の長に交渉し戦争せずに進軍する事を選んだのだ。

 

『無駄な血を流す必要はないでしょう。我々は、貴殿方の王に直訴しにいくのみ。決して虐殺、略奪を行うつもりはありません』

『帝国が兵を引くならば、我々も速やかに引き返しましょう』

『和平を掲げる我々と、それでも闘いますか?』

 

 とまぁ、こんな交渉でイヴは訪れた都市の先々で略奪を行わず、素通りしていくことに成功したのだ。

 

 ぶっちゃけ、イヴの詭弁である。各都市の長も、流石にイヴの言葉を鵜呑みにした訳では無いだろう。

 

 おそらく『僕らに街を荒らされてまで抵抗するより、素直に首都まで通して首都の防衛部隊に撃破して貰った方が被害が少ない』と踏んだのだ。

 

 あわよくば、素通りして進軍する僕らの背後を突いてしまう心算だったのかもしれない。いずれにせよ、今までの都市の長は、イヴの提案に好意的に乗ってきた。

 

 しかし、本当に背後から奇襲されたり退路を断たれたらたまらない。だからイヴと僕は、不干渉の交渉をした後で食料の買い出しを行う時に────

 

「ポートさんの人脈は素晴らしいですわ」

「……元は帝国の商人さんを引き入れた訳ですからね。そりゃ、繋がりは有りますよ」

 

 領都で囲ってた商人さんの関連商社に挨拶回りを行って、彼らの助力を乞うたのだ。

 

 幸運なことに、今まで攻略してきた二つの都市それぞれに領都へ出店している商社のグループがあった。今回の説得が領都商圏の存続に関わる案件だとお願いをしてみたら、「停戦の口添えをするくらいなら」と説得に着いてきてくれた。

 

 地元の有力商人の声は、さすがに無視できなかったらしい。結局、今のところは背後から奇襲されたり退路を塞がれたりする様子はなく、僕らは無事に進軍できていた。

 

「……で、このまま帝国の王都に行っても、戦力差的に勝てるとは思えないんですが」

「勿論。狙うは王都ではなく、北部戦線の補給路です」

 

 とまぁ嘘とデマカセ塗れで進軍していた僕らは、普通に侵攻するよりはるかに速い日程で、帝国の領土を北上していた。そもそも、こんな少勢で帝国の内地に踏み込んでも負けるだけだ。元より僕らに示された道筋は、国境沿いに移動するのみである。

 

 そして狙うは帝国の商業都市オトラ、敵補給路の中枢だ。

 

 この都市を破壊できれば、北部戦線の補給は完全にマヒする。まさに、起死回生の一手である。

 

 ただし、それはつまり。僕達が、オトラと言う街を焼き払うことを意味していた。

 

「……イヴ様は、帝国の民を虐殺するつもりですか」

「必要とあらば。私の可愛い民が虐殺されるか、帝国の民を虐殺するかどちらかを選べと言われれば、迷いません」

「そうですか……」

 

 イヴは、勝利するためには何だってする。非人道的であろうと、このままオトラで虐殺を行う覚悟はあるようだ。

 

 僕だってその通り。村のみんなを守るためならば、鬼畜になる覚悟はある。

 

 だが、しかし────

 

「でも、そうならないように動くのが為政者ですわ」

 

 イヴだって、それを望んでいるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、内政戦略で南部戦線を突破!? 元は脳筋集団の癖して、なんてスマートな策を」

 

 南部戦線の詳細を聞いて、ミアンは珍しく声を荒げた。

 

 帝国側の商人に渡りをつけて経済的に侵略する、なんて戦争概念は今まで存在しなかった。いかにアーロンが完璧な軍事的防衛線を構築したとしても、別次元の経済という刃で攻略されてはどうしようもない。

 

 まるで背後からいきなりぶん殴られたという被害報告のような、そんな敗報だった。

 

「……不気味すぎる。これが、新領主イブリーフの手管ってやつか? 軍略の枠外から攻めてくる連中なんて、さすがに手におえないぞ」

 

 彼は、帝国きっての天才として持て囃されてきた。たまたま敵の戦略を読み取るのが得意だった彼は、敵の戦型に応じて柔軟に対応できる、カウンターに特化した新しい戦術を編み出した。

 

 それこそが、彼の無敗伝説を支えてきた力である。

 

 帝国一の頭脳を持つ彼は、今まで自分より優れていると感じた人間に出会ったことがない。そんな彼だからこそ、想定だにしていなかった戦略をとったイブリーフに畏怖を感じていた。

 

「ミアン様、報告です」

「なんだ」

 

 ミアンは敗報を聞き、すぐさま首都戦線を放棄し手早く兵を纏め、南部へと進軍した。

 

 イブリーフは不気味だ。だが敵の侯爵家を放置する限り、いかに首都を攻め落とし戦争に勝利しても、帝国としては『大損』なのだから。

 

「本陣地に、オトラの市長を人質に、侯爵家の使いが来たそうです」

「……手早いな」

 

 しかし、またもミアンは侯爵家に驚かされる。

 

 敗報が届いてほんの数週のうちに、帝国側の主要都市オトラが陥落したとの連絡が入ったのだ。

 

 ミアン率いる本軍は、まだ敵領土内。今から急行しても、オトラ救援に間に合うとは思えなかった。

 

「どんな進軍速度だ。もう、敵はオトラまで進軍したのか? 遊撃軍は何をやっていた、あの都市を焼き払われていたらもうどうしようもないぞ」

「すみません、分かりません」

 

 敵の進軍速度は、異常である。ミアンはかなり手早く引き返してきた筈なのだが、数週間モタついていただけで既に敵は背後まで忍び寄っていたらしい。

 

 やはり、底が知れない。常に予想を上回ってくるタイプの敵を相手にするのは、若いミアンは初めての経験だった。

 

「まあ良い、会おうじゃないか。侯爵の使いとやらに」

 

 何となく話の内容は想像出来ているが、とミアンは嘆息する。これは、敵側のチェックメイトだ。

 

 ミアンはこの日、戦わずして敵に敗北を突き付けられるのだ。

 

 

 

 

 

「使者殿が、お見えになりました」

 

 ────やがて数刻後。恭しく一礼し部屋へと入ってきたのは、なんと高齢の爺だった。

 

「……おい、おい。まさか貴方は」

「イブリーフ侯爵の使いで参りました、イシュタールと言うものですじゃ」

「……これは、どうも」

 

 それは南部領の前領主、侯爵家を変えた前時代の怪物、イシュタールその人であった。ミアンからして、予想外の使者である。

 

「ほっほっほ。こりゃ、若いお方が出てきたのう。ふむ……、君がこの軍の大将かの?」

「ええ、そう言う貴方こそ、侯爵軍の大将の様なものでは無いのですか?」

「まさか。今回、儂はなーんにも指揮しとりゃせんですじゃ」

 

 ヒョッヒョッ、と可笑しげに笑うイシュタール。

 

 今回の策略はこの傑物の指示なのか、若きイブリーフの手管なのか。

 

 ミアンは軽く揺さぶりをかけてみたが、ブラフや交渉に関しては年季が違うらしい。ミアンには、彼の言葉の真偽がいまいち判断できなかった。

 

「で、いかなる御用で?」

「いやいや、帝国の力は凄まじいものですな。参った参った、これ以上戦争を続けてはいずれ負けてしまうと分かりましてのう」

 

 ……その言葉に、ミアンは軽く眉をひそめる。

 

 後方都市の解放を引き換えの講和、それがイシュタールの本題だとミアンは読んでいたのだが。

 

「帝国に降伏を申し出ようかと、思い至りましたのじゃ」

「……」

 

 敵は、思ったよりも欲張りな狸だったらしい。ミアンは、その申し出の真意をすぐ察した。

 

「貴殿方が帝国領になれば、僕らも攻める理由がなくなるからな。で、条件は? 自治あたりか?」

「話が早くて助かりますのう。我らの領地をそのまはま帝国の自治領として、認めてくだされ」

「名はやるから実を寄越せ、と。ふん、図々しい」

 

 降伏はしてやる。そしてオトラを解放するかわりに、自治させろ。それが、イシュタールの落とし所だった。

 

 自治を許されたならば、攻められた弱国の結末としてはこれ以上無いだろう。実質的には勝利といえる。

 

 どうせ降伏するなら、これ以上なく有利な戦況で。イシュタールは、まさにそれを実行に移したに過ぎない。

 

「儂らの商業基盤が合わされば、帝国はまさに盤石でしょう。互いに関税をなくし、積極的に通商を行い、両国の繁栄を目指しましょうじゃ」

「貴様らは関税なんてかけていないだろう? 僕達の国から色々と引っこ抜いてくれたみたいじゃないか」

「ふぉっふぉっふぉ」

 

 本当に、食えない。そんなことをすれば、ますます侯爵家が肥えていくだけである。

 

 だが彼らが降伏し同じ帝国の身内となった以上、関税を設ける名分もなくなるのだ。

 

「商業はそれでいい、軍事はどうなる? 僕らが何者かに攻撃を受けた際、すぐさま援軍に来るんだろうな」

「……それは、どうでしょうな。貴殿の国はそこら中に喧嘩を売っとります。常に攻められとるようなものでしょう、そんなのにいちいち援軍などしておれませぬ」

「終戦するなら、軍事提携は必須だ。貴様らが攻撃を受けたら助けてやるから、お前らも同じ条件で手を結べ。本来、小国である貴様らにメリットの大きい話だぞ」

「貴国の戦争に巻き込まれるのはゴメンだと、そう申しておる次第です。我らは貴国の自治区域として、中立的に生きていきますじゃ」

 

 ミアンは不機嫌そうに、その老人の目を見据える。

 

 イシュタールはどこまで譲歩して良いか、どこまでは譲ってはいけないか、当たりを付けてきている目をしていた。

 

 これ以上の突っ張りは、正直無駄だな。とっとと落としどころまで持って行った方が話が速い。そう、理解した。

 

「じゃあ、帝国から戦争を吹っ掛けていない勢力に攻撃された場合、援軍には応じること。これでどうだ」

「……ふむ、それならば」

「それ以外でも、帝国の存亡の危機ならは援軍に応じてもらう。まぁ、そのくらいか」

「帝国の存亡の危機ならば、ねぇ。その仮定は必要ですかの?」

「必要だな。それも盛り込む」

 

 その言葉に、老翁は少し考え込む。

 

 帝国が滅亡の危機に瀕してしまう様な情勢なら、きっと侯爵家は条約を破棄して帝国へ侵攻し、その領地を切り取りするだろう。

 

 全く意味の無い条約だ。そう思えた。

 

 少し考えこんだがイシュタールには、その文言を取り込む意味は理解できなかった。しかし、大した問題ではないだろうと結論付けた。

 

「その条件で構いませんですじゃ」

「後、自治を認めるのは今までの貴様らの領地のみだ。占領したアーロンの都市は返してもらうぞ」

「ええ、ええ、それは無論ですの。その代わり、我らが自治領の内部の政権、人事権、商業などには一切の不干渉を要求しますぞ」

「構わん」

 

 元よりその辺は、首都を陥落し属国にしたとしても侯爵家に取り仕切らせるつもりだった。

 

 面白くないのは、それが帝国が主導し与えた権利ではないところくらいである。

 

「では、後程書類を作成して持って参りますじゃ」

「……ふん」

 

 食えない爺だ。何もかも、奴等の思う通りに事を運ばされてしまった。

 

 自治を認めてもらったまま、帝国と戦争を終結し通商まで締結してしまう。まさに、連中の思い描く最高の結末と言えるだろう。

 

 だが、内心でミアンは胸を撫で下ろしていた。

 

「……奴等が脳筋のままでなくて助かった。非戦を貫いて進撃してくれて、首の皮一枚繋がった」

 

 それは、実は────

 

「戦争には負けたようなもんだが、勝利条件は満たした。王都に引き返して、報告に行くぞ」

 

 所々不利な条件であり、大量の人傑を逃してしまった形ではあるが。この決着は今回ミアンの描いていた戦争の終型と、大きく変わらぬ落とし所だったからである。

 

「鋼掌のダートが手に入らなかったのは痛いけど、うん。結果だけ見れば最速で敵を降伏させたようなもんだ。アリエの大ポカがあってこの結末なら、及第点か」

 

 こうして、約半年に及ぶ戦争は決着した。

 

 表向きは、帝国の勝利として。

 

 その本質は、両者勝利として。

 

「……それに、侯爵家の連中。ただの粒揃いかと思いきや、中々どうして美しい珠が混じっているみたいじゃないか。それが分かったのが、今回の最大の収穫かもしれない」

 

 そしてまだイシュタールは、イブリーフ侯爵は知らない。

 

 帝国の侵略なんて、大した脅威でもなんでもなかったということを。本当の脅威は、まったく別に存在していたことを。

 

「味方が頼もしいのは、敗北の悔しさ以上に好ましい……」

 

 何故、突然に帝国が各国へ侵略を始めたのか。どうして無茶を承知で、ここまで戦端を広げたのか。

 

 そして、ミアンが見据えていた先は何処だったのか。

 

「……数年後が楽しみだ」

 

 彼女がそれらを知るのは、後数年経っての話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん? 例の内政戦略の仕掛人は、このポートって奴なのか。こいつが南の、侯爵家の新たな頭脳なんだな」

 

 

 ────そして、前哨戦は終結した。

 

 国家をあげて闘った両国の被害は、戦争があったとは思えぬほどに軽微なまま。

 

 帝国は新たな国家を併呑し、その覇道を突き進む。

 

 その未来に、何か大切なものを見据えて。

 

 

「僕と同年代の女、ね。ますます、嬉しいじゃないか────」

 

 この日、正式に帝国は降伏を受け入れ、その自治権を認める声明を出した。

 

 これにより、ほんの一時の平和が訪れる事となった。

 

 

「上手く引き抜いて、僕の手に入れたいものだ。離間策が効く相手かな? くくく……」

 




その頃のポートさん

「そういや僕が仕えるのって、戦争が終わるまでって契約でしたっけイヴ様」
「ちょ、待っ……」

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