TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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脱出

 入り組んだ裏路地を、僕達は駆け抜ける。

 

 その先に、安全な退路があると信じて。

 

「はっはっは、少し調子に乗りすぎたみたいですねイブリーフ侯爵。貴方は、権力を持つ人間の愚かしさを知らないようだ」

「……ぐぅの音も出ないです」

 

 その先頭を行くのは、今日初めて出会った『帝国の英雄』。つい先月まで刃を交えていた、憎き怨敵。

 

「貴女は、イシュタール前領主しか『権力者』を見たことが無かった。実際のこの国の王様と話をしたこともなかった。だから、『権力者』といえば優秀で理知的な人物だと思い込んだ」

「……ええ」

「残念ですが、イシュタール前領主が特殊で傑物なんです。帝国が撃ち滅ぼしてきた殆どの国の王は、愚かで救いようのない人間でしたよ」

 

 くっくっくと笑う、若き少年。そこには僅かばかりの侮蔑と、同情が見て取れた。

 

「王とは、子供です。自分が一番でないと我慢できず、世界の何もかもが自分の都合の良いように動くと信じている。だって、今まではずっとそうだったんだから」

「……」

「僕ら帝国軍は、撃退できて当然。侯爵家なんて恐れるに足らず、王の威光を見せつければ全員即座に降伏する。あの王様は、本気でそう思ってますよ」

「……なぜ、現実を見てくれないんですか、王よ」

「王様ってのは、そういうもんです」

 

 やがて路地を抜けると複数の兵士が待ち構えており、やがてミアンの前で傅いた。

 

 どうやら、この兵士達は彼の部下らしい。

 

「うーん、甘めに採点して50点。君達の南部戦線の突破方法を聞いた時は本当、ド肝を抜かれました。あそこは素直に負けを認めましょう、僕が想像だにしていなかった手段だ。オトラで略奪を行わず、素直に降伏という落し処に持って行ったのも評価が高い」

「はい? 何の話ですか」

「今回の、君達の作戦の採点ですよ。悪いところは、ちょっとワンマンが過ぎたのと戦後処理をミスったところですね」

「は、はぁ」

 

 ミアン少年は、兵士たちを僕達の周囲に配置して、再び走り出した。

 

「君は帝国に降伏した直後、即座に挙兵して『侯爵家によって首都を陥落』させるべきだった」

「……っ!! そんなの、クーデターの様なものでは!」

「そうですよ。王の愚かさを理解し『調教』してやらないといけなかったんだ」

 

 僕達も、ミアンの後ろを追いかけて走り続ける。警護兵に、決して追いつかれないように。

 

「帝国が侵略国家だったら、今頃どうなっていました?」

「……侵略国家だったら? それはどういう意味です。あんなに一方的に宣戦布告をしておいて、侵略国家じゃないとでも言いだすつもりですか?」

「ええ。だってそうでしょう? 僕は君たちの戦後の動きを、こうして把握しているんですよ」

 

 ミアンは言った。帝国は侵略国家ではない、と。

 

 何をバカな。お前たちの侵略行為のせいで、僕の村で犠牲が出たんだ。平和で牧歌的に生活していた僕達を、お前が蹂躙したんだ。

 

 優しかったランドさん、ナタリーさんとその子供は二度と戻ってこない。

 

「帝国が侵略目的なら、今すぐ条約を破棄して首都に軍を引き返しますよね?」

「────っ」

「そんな顔しないでくださいよ、そんな気は毛頭ないから。君達はまだ未熟な面もあるけれど『調教』に値しない程度には価値がある。そう認めてあげたんです」

 

 だが、ミアンの言葉は僕が想像した遥か斜め上だった。

 

「ある程度自立させて動かせる手駒、一から十まで指示しないと使い物にならない手駒、どうあがいても使い物にならない手駒。手駒には、種類がある」

「手駒……」

「帝国の広い領土を治めるには、僕一人で何もかも指示を出す訳にはいかない。この辺みたいな田舎の方は自立して行動して貰わないといけない」

「……」

「君達が自立して動いてもらうと困る程の無能なら、国を攻め滅ぼした後で僕の部下を派遣して領主にするつもりでした。ただ、まぁ君達の有能さは理解しましたよ。あのまま僕が撤退せず首都を陥落させてたとしても、戦後処理は今の条件と大差なかったと思います」

 

 ミアンは、僕達が降伏しようがしまいが押し付ける条約の内容は変わらなかったという。

 

 ならば、何故だ? なぜ、帝国は僕達の国に侵攻した?

 

 勝ったとして不干渉でいてくれるなら、何故この戦争で人は死なねばならなかった!?

 

「手駒、とは舐められたものですね」

「ああ、そこ? そこはまぁ、言葉の綾みたいなもんです」

 

 帝国の狙いってのは、何なんだ────?

 

「何にせよ、君達がうまくやってれば出しゃばるつもり無かったんですがね。だけど、どうみても助けは御入り用でしょう?」

「それはどうも……。貴方は、国王が私を呼び出した意味を理解して、わざわざ助けに来てくれたんですか?」

「いえいえ、まさか。最初は、もっと別の用事でこの国に来てたんですけどね。情報集めて状況が分かり、君達を援護することにしたんです」

 

 ミアンはハァ、と溜め息を吐いた。

 

 面倒臭そうにイヴを見つめるその瞳は、どこか寂しさを浮かべている。

 

「別の用事?」

「ちょっとした警告と、後はスカウト。同じ帝国になったんです、人材引き抜きくらいしても良いでしょう」

「……は?」

 

 ミアンはそう言うと、ニヤリと僕の方を流し見た。

 

「3人ほど引き抜くつもりでいます、イブリーフ侯爵様。鋼掌のダート、名将ゾラの孫娘リーシャ、そして後ろから着いてきているポート女史。彼女等を預けていただきたい」

「えっ、僕?」

「彼女らに才能がある、もっと相応しい身分がある。地方領主である貴方の玩具にしておくには惜しい」

「……はぁあ!?」

 

 イヴはそこまで聞くが早いか、即座に抜刀した。

 

 目を吊り上げて全身で威嚇しながら、イヴは軍聖を睨み付けている。縄張りを犯された猫みたいだ。

 

「だ、れ、が!! 貴方なんかに大事な私の仲間を預けるものですか!!」

「それを判断するのは、君ではなく彼女達ですよ?」

「冗談じゃありません、そんな謀略見過ごせるものですか!」

「帝国の中央指揮官が、辺境の人傑をスカウトする。これの何処に、謀略の要素があるのです?」

「実質敵国みたいなものでしょう、貴方達は!!」

「おや、もう降伏したのでは?」

 

 ミアンは飄々とした顔で、激怒するイヴの罵声を聞き流している。

 

 そんなに心配しなくても、誰も帝国なんかに引き抜かれたりしないと思うけど。

 

「ポートさんと言いましたか。先日貴女の本は読ませていただきました、非常に興味深かった」

「うげっ……。あの本、読んだんですか」

「ええ、新鮮な発想で溢れている。それでいて、実用的な話が多々盛り込まれていました。こんな論客が手元にいるなら、先のキテレツな政治戦略も納得です」

 

 あれ? これもう、スカウト始まってる?

 

「ポートさんに話しかけないでください!! それは私のです!!」

「せっかく名著の作者に出会えたので、挨拶をしているだけです。何を慌てているんですか」

「ダメ! ダメです許しません! その人だけは絶対にダメです!!」

「おやおや、主の嫉妬は醜いですね」

 

 かつて見たことがないくらい、イヴが取り乱している。

 

 そんなに心配しなくても、僕はあの村があるイヴの領から離れるつもりなんてないのに。

 

「まぁ、ですが。農富論、でしたね。あなたの著作は」

「……えぇ」

「あの本の素晴らしさは僕も理解していますが。それと同時に僕は感じた訳です、『残念で稚拙』な出来だと」

 

 ……お? 僕を誉め殺してスカウトするつもりかと思ったが、上げてから落とすのか。

 

 どういう話に持っていくつもりだろう。

 

「……どういう意味ですか。あの本が稚拙、などと。あの本を読んでから、私の領は間違いなく発展して────」

「あなたの領は、元が酷すぎただけです。まともな政治思想が浸透して、本来の発展をしただけですよ」

 

 ミアンからは、何処と無く挑発的な視線を感じる。そこまで言うからには、あの本の矛盾点にいくつか気付いているんだろう。

 

「あの本に記された柔軟な発想にキテレツな政策、全て面白かった。農民目線の意見が織り交ぜられた、とても良い本です」

「それはどうも。で、本音はどうお感じになりましたか、ミアン・アルベール」

「オブラートに包まないのがお好みで? では、ハッキリ言いましょう」

 

 目の前の帝国の怪物は、あの本を読んでどう感じたのか。それには少し、興味がある。

 

「あの本は、児戯ですね。地に足はついていない子供が、好き放題に空想して描いた夢物語」

 

 ……成程。まぁ、実際その通りだな。

 

「ポート女史。貴女がその年であんな名著を仕上げたことには脱帽します。読んでいて面白く、それでいて実践的で、新たな着想に溢れている。間違いなく、あれは一級の書物です」

「……」

「だが、貴女には圧倒的に経験が足りていない。貴女の才能は認めましょう、ですがこんな辺境で仕事をしていては本当の経済学を学ぶ機会がない」

「……」

「君自身が羽ばたくため、僕と王都に来てください。我ら帝国の中枢に来て、本物の経済に触れてみれば、あの本が子供の言葉遊びだったと理解できます」

 

 ……あぁ、成る程。僕を挑発に乗せようとしている訳か。

 

「貴重なご意見どうも。まぁ、後の勧誘は聞かなかったことにしましょう」

「おや、残念。気が変わったら何時でも声をかけてくださいね」

 

 残念だがそんな挑発は、僕に効かない。

 

 あの本が子供騙しなのは既に自覚してるし……。そもそも、僕は政治家にならないし。

 

「ミアン・アルベール。1つ、注釈しておきます」

「何ですか、侯爵様」

 

 少し険悪にミアンと睨みあっていると、イヴが物凄く不満げな顔で口を挟んできた。

 

 何やら言いたいことがあるらしい。

 

「ポートさんがその本を著したのは、10年近く前ですわ。10年前のポートさんが経験不足なのは当然でしょう、まだ5歳ですよ」

「……あ?」

 

 その時初めて、ミアンの表情が崩れた。

 

「10年前? この本が出回り始めたのって、最近だって────」

「私が幼少期にポートさんから頂いた本なんですよ、それ。誰が作者か分からず、しかたなく原本をお父様にお見せしたのですわ。そして、大量生産して私の領の各村に配ることにしたのが最近ですの」

「なつかしいなぁ。僕がちょうど5歳の誕生日に筆と紙を買ってもらって、書き始めましたのを覚えています」

「経験不足? 当たり前ですわ。だって政務はおろか、まだ幼馴染みと山で遊び呆けている時代のポートさんの思想ですもの。5歳の子供の書いた本相手に、何を偉そうに仰っているのか」

「5、歳……?」

 

 まぁでも、ここまで馬鹿にされて何もしないのも業腹だ。

 

 戦争が始まってから執筆が止まっているが、農富論の矛盾点や改善点を纏めた新作は一応家に置いてある。

 

 いくら5歳くらいから書き始めた子供だまし本とは言え、児戯扱いされるのは悔しい。帰ってから、少し頑張って書き上げようか。

 

「その発展版の新作本を、今ポートさんが執筆中ですわ。勿論、それは当家の秘蔵とさせていただきますが」

「……待て。待て待て待て!! 5歳だと!? なんでそんなガキが字を書ける、あまり僕をバカにするな」

「貴女こそポートさんをバカにしないでくださいな。ポートさんは私に仕えてまだ一月ほどだというのに、既に領地の経済政策を一手に担っている100年に一度の傑物です」

「……」

「信じられますか? 数か月前までただの農民みたいな生活してたんですよ、この方は!! これからどれだけ成長してくださるか、想像が付きません」

 

 いや、数年後は農民みたいな暮らしに戻るんですけれども。

 

「ポート女史。新作があると言ったな。どこにある?」

「さぁ、何処でしょうね? いくら帝国の中枢のお方とはいえ、まさか地方領主の私財を何の名目もなく没収なんてしませんよねぇ?」

「僕が内容を吟味してやると言ったんだ。その女の価値を測りなおしてやる、後で持ってこい」

「あらあら、申し訳ありませんね。ポートさんについては、私だけが評価できていれば良いので。貴方にどう思われようと、関係ありませんわ」

 

 ニヤニヤと自慢げな表情をするイヴと、その彼女を睨みつけるミアン。

 

 ……まだ書きかけの本に、何をそんな。

 

「本当に粒が揃っている。全く、よくもまぁこんな片田舎に人傑が偏ったものですねイブリーフ。その幸運を噛みしめてください」

「ええ、私は幸せ者ですわ」

「帝国に兵も将も足りない現状、貴女の軍閥は喉から手が出るほど欲しい人材の宝庫です。今は潰して収穫せず置いておきますが、窮地の際には頼りにしますよ、侯爵様」

「何をおっしゃっているのやら。貴方達に敵う軍隊がこの世に存在するとは思えませんが」

「ま、その話はいずれ。我々帝国も、相当に切羽詰まっていましてね」

「切羽詰まっている?」

「君達が賢明にも即座に降伏してくれて、本当に助かりました。だから感謝の意を込めて、君達には今後も多少甘く対応するつもりです」

 

 そこまで言うとミアンは、周囲の兵士に命じて首都城壁の門を確保した。

 

 これで、外で待ってくれているゾラさんと合流できる。

 

「城壁確保です。後は、友軍と合流しましょう」

「……えぇ」

「何だか含んだ目をしていますが、ちゃんと僕を友軍として扱ってくださいよ? 降伏を申し出たのは貴女方なんですからね」

「降伏はしましたが、貴方を欠片も信用していないので。私の部下には絶対に近付けません」

「やだなぁ、怖い怖い。まぁでも、往年の英雄ゾラ将軍には挨拶させていただきたいですね」

 

 少し動揺を見せた軍聖ミアンは、すぐに先程までの慇懃無礼な調子を取り戻した。この人を食ったような態度は、彼本来のモノなのか、被った皮なのか。

 

 腹立たしい、おぞましい、恨めしい。奴は、憎き帝国の指揮官であり英雄なのだ。

 

「……」

「今回の出来事は、貸しのつもりです。ま、そのうち返してくださいね」

 

 だが、今回は僕達の絶体絶命の窮地を助けてくれた。本当に、何が目的なんだろう。

 

「ああ、流石に良いお年なのでゾラ将軍を勧誘する気はありませんよ。ご安心ください」

「信用出来ません」

 

 ────僕には、そのミアンの言葉や態度の全てが、虚構に思えて仕方がなかった。


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