TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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決別

「……そうですか。王が、そのような事を」

「忸怩たる想いですわ。ポートさん、貴女を危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」

「い、いえ。イヴ様はちゃんと助けに来てくれましたし」

 

 僕達は、ミアンの助けで首都外のゾラ率いる南方軍と合流出来た。これで、取り敢えず身の安全は確保出来た。

 

 ……さて、問題はこれからだ。

 

「王は、分かってくださるのでしょうか。このまま私達と戦争してしまえば、勝ち目など無いことに」

「分かっていたら、この様なことにはならんでしょうな」

 

 そう、王はイヴ達に勝てると思い込んでいる節がある。兵力の差を考えているのか、消耗の差を考えているのかは分からないが。

 

 その考えを崩さない限り、今回の決着は難しい。

 

「このまま攻め滅ぼすしか無いでしょう。侯爵、貴女をこの地方の主に任命してあげるから」

「……」

「さもなくば僕らは先程の降伏を撤回したと見なして、再度侵攻しますよ。凄まじい被害が出るでしょうね」

 

 そして、僕達の傍らで呑気に会議を聞いている敵将ミアン。完全に他人事で、野次馬気分だ。

 

 ……この場で闇討ちしてやろうかな。

 

「……しかし、イヴ達。この餓鬼の言うことも一理あると思われます」

「ゾラ……っ」

「王に知ってもらうしかない。帝国との実力差を、我々にすら勝てない首都兵の弱さを。その為には、一度────」

「刃を交える必要がある、という訳ですね」

 

 王との一番手早い決着。それは、一度完膚無きまでに首都を攻め滅ぼす事だ。

 

 力でどうしようもない相手だと分かれば、きっと王も理解してくれる。

 

「今なら、僕が知恵貸してやっても良いですよ。暇ですし、恩売れますし」

「うるさい。貴方に頼む事はもう何もありません」

「意地を張る事はない。どうせなら、手早く被害も少なく勝利した方が良いでしょう? そこにあるものは何でも利用しないと、それが王の器ってものでしょう」

 

 ……つまり。僕達はここでミアンの知恵を借り、首都の人達を襲撃しなければならない。

 

 仲間割れじゃないか。どうして、この様な事になった?

 

 

 

「……。ねぇイヴ様」

「ポートさん、何ですか」

 

 

 

 本当に、僕達は戦わないといけないのか?

 

「僕は、嫌です。甘いことを言っているのかもしれませんけれど」

「……ポートさん」

「僕は、人が死ぬのは悲しいです」

 

 死んでいったランドさん、ナタリーさん、その赤子。彼等は、死なずに済む命だった。

 

 帝国さえ攻めてこなければ、失われることがなかった幸せだった。

 

「首都を……。普通の人達が暮らしている街を、攻撃したくありません」

「何を甘えたことを。ポート女史、貴女は政治に深い知見を持っているようだが、軍略に関しては素人の様ですね」

「何とでも言ってください、僕は嫌です」

 

 だから僕は、平和に暮らす人達に刃を向けるなんて耐えられない。

 

「ポート様、貴女の優しい気持ちは理解しますがの……」

「……ポートさん」

 

 どうすれば説得できる? どうすれば、この悲惨な戦いを回避できる?

 

 今の僕に未来の知識は無い。もう、世界は全く違う歩みを見せている。

 

 ここからの僕は、先の事を考えて歩いていかないといけない。

 

「帝国は、この状態を放置さえしなければ攻めてこないのでしょう? 先程、ミアンは『領の自治は任せる』と言っていた訳で」

「何か対案があるんですか、ポートさん」

「何も攻め滅ぼさずとも、首都の経済基盤を握り潰すだけで良いのでは?」

 

 そうだ。何もわざわざ戦争する必要はない。

 

 急いで決着をつける必要はないんだ。時間をかけてゆっくりと、経済戦を仕掛ければいい。

 

「……あー。そういやポートさん、1ヶ月もあれば商圏を掌握できるって言ってましたね」

「外からとなると、もう少し時間はかかるでしょうけど。まぁ半年貰えれば確実に可能です」

「おお、その手が有りますか」

 

 うん。既に幾つかの商社に顔は繋いだし。

 

 後は外からチマチマと、貴族に牛耳られて不満たらたらの商人をウチが抱き抱えてやればいい。戦争になら無いから人死もなく、王の権力を削ぐことが出来る。まさに平和的解決だ。

 

「……どうしてそう言う発想になるかなぁ。今ここに有る戦力で首都は落とせるでしょう。そんな時間のかかる手段を選ぶ理由は何ですか?」

「別に僕らは焦る必要性がないので。大切な誰かを失って涙を流す人間は、一人でも少ないほうが良い」

「失敗する可能性は考えないんですか? 軍事力の差は歴然ですが、経済面ではこの都市の方が栄えている。逆にこの都市の経済基盤に飲み込まれる事も────」

「ああ、成功はします。そこは断言できるので、その仮定はしないでください」

「……。まぁ、貴女が自信満々にそう言うならそうなんですかね」

 

 ……ここは多少、ハッタリを効かせておく。

 

 本当の所、自信なんて微妙なんだけど。僕の過去のラッキーパンチが実力と思われているなら、これ以上ないハッタリになる。

 

「ですが、却下です。貴方は焦っていないかもしれませんが、帝国にはあまり時間がない。ここは申し訳ないが、速度を優先してもらいたい。そんな悠長な手段を取られては困る」

「時間がない理由とは?」

「軍事機密です」

「……」

 

 そういうと、ミアンは鋭い目でイヴを睨みつけたまま黙り込んだ。

 

 何を、帝国はそんなに焦っているんだろう?

 

 そこまでして早期決着にこだわる理由って何だ? 

 

「拒否しますわ。理由も聞かされずただ急げだなんて、横暴の一言に過ぎますもの。軍事権はこちらに有るのをお忘れなきよう」

「……僕がその気になれば、すぐにでも現状を報告して条約を破棄し、再侵攻できることもお忘れなく。僕らを敵に回すのとおとなしく自分達で首都を落とすのと、どちらが良いかと聞いているのです」

「時間がなさそうな割に、再侵攻なんて選択肢も出てくるんですね。そんな軍事行動とるくらいなら、ポートさんに任せて平和的解決をした方がマシでは?」

「君達がある程度利口だと思ったから軍事権は預けてるだけです。その様な愚かな選択をすると言うなら────」

 

 ……先程から、妙にミアンの奴が頑なだ。絶対に、ここは戦争して貰わないと困るといった雰囲気すらある。

 

 まさか、まさかとは思うが。

 

「ねぇミアン。君は時間に拘っているのではなく、戦争に拘ってないかい」

「……なに?」

 

 ミアンという男は、僕らに1策講じたのか?

 

「今の状況。侯爵家と首都軍が正面衝突するなんて、帝国としては願ってもない展開だよね。ねぇミアン、君はどうして首都に来ていた?」

 

 この男が、裏工作で王様を操ったんだ。偽報や工作仕掛けて侯爵家の謀反を疑わせ、僕らと敵対させたな。

 

 今のこの状況は、ミアンの掌の上だ。

 

「何だ? ポート女史、君は僕が君達を嵌めたとでも言いたいのか?」

「そう言っている。さっき君はスカウトをするために、この国に来たと言ったね。でも、君達の求めた人材はみんな侯爵家に所属している。ならどうして、君は首都にいたんだ?」

「……少し、野暮用でね」

「帝国側から『イブリーフ侯爵と裏で繋がっていました』なんて情報を渡されたら、そりゃあイヴは呼び出されるよね。国王の、あの強硬な対応も納得だ」

「む……」

「僕らが首都と戦争になり、疲弊した直後。帝国は、僕らの領を再び侵攻するつもりじゃないのかい?」

 

 イヴも流石に、ハッとした表情になる。

 

 コイツは軍事講和を締結させられたから、計略で国を獲る方針に切り替えたのだ。

 

 ミアンの指揮通りに首都を攻め落としてしまえば、僕ら侯爵軍も無事とは言えない。後は破滅しか待っていない。

 

「……。それは君の勝手な推測にすぎないね」

「そうじゃないなら、何故そんなに戦争に拘るんだ」

「まぁでもそんな風に考えられてしまうなら、説得は不可能だな。僕はもう帰らせてもらう」

 

 数秒ほど睨み合った後、彼は舌打ちと共に身を翻した。どうやら、帰るつもりらしい。

 

「待て。君は敵勢力の総司令だぞ、帰してやる理由が無いだろう」

「ああ、君達から講和を破棄してくれるの? 僕を拘束するというのはそう言うことだよ」

「……むっ」

「こっから好きにしなよ。せいぜい、手際よくこの国を掌握してくれることを祈るよ」

 

 ミアンはどこか不思議な表情を浮かべ、僕を流し見て笑った。

 

 その表情からは、何も読み取れない。

 

「ただし、忠告しておく。誰かの犠牲なくして、平和を得られると思うなよ」

「誰の犠牲もないことより、素晴らしいことが有ってたまるか」

 

 僕の返答を聞き、ミアンは顔を歪めて嘲る。

 

 それはきっと、僕とミアンの決定的な考え方の違いを象徴していたのかもしれない。

 

 

「最後にひとつ、聞いていいかい」

「どーぞ?」

 

 これは、一つの決別だ。僕とミアンが、今後仲良く肩を並べることは無いだろう。

 

 だから最後に、一つ。どうしても確認しておかねばならないことがある。

 

「君達帝国は、どうして最初に侯爵領の辺境村を襲った?」

「あー。そんな事もあったね」

 

 何故この男は、僕の村の襲撃を指示したのか。これを確認しないことには、ランドさんが浮かばれることはない。

 

 帝国はどうして不意打ちのように、か弱き村人を襲撃しようとしたのか。その理由を、何としても聞き出したい。

 

「侯爵に北部戦線に来られると困るからね。君達が首都からの援軍要請を断りやすいかと思って、一応襲撃しておいただけさ」

「……一応?」

「そ。あと、老害がワシにも出番を寄越せと煩くて。その処理も兼ねてね」

 

 ……一応?

 

 今この男は、一応と言ったか?

 

「じゃあ、絶対に村を侵略しないといけない理由なんて無かったのか?」

「有るわけ無いじゃん、あんな片田舎。軽い牽制だよ」

「……じゃあ、何で。どうして。あの戦いで、人は死ななきゃならなかった!?」

「あー。不意打ちで攻められて怒ってんの? いちいち気にするなよ、農民の生き死になんて日常茶飯事さ────」

「どうして僕の大切な仲間は、帝国に殺されなきゃならなかった!!!」

「……」

 

 一応って何だ。深い理由も何もなく、僕らは攻撃されたのか?

 

 単なる牽制? そんな軽い気持ちで出した指示で、ランドさんは家族皆殺しにされたのか!?

 

 あの残酷な女兵士アマンダは、大した理由もなく僕の村に虐殺を仕掛けに来たのか!?

 

「あー、ポート女史。君は最近まで農民やってたって聞いたけど、まさか……」

「軽い牽制だと!? そんな、そんなくだらない理由で人が死ななきゃならなかったのか!?」

「落ち着けポート女史、戦争というのは感情論で語っちゃいけない事象で」

「どんな理由がある!! お前の言う軽い牽制に、幸せに暮らせていた罪の無い人の命を奪えるだけの理由が有るのか!?」

「頼むから冷静に話を聞いてくれ。そんなことを気にしていては、戦争なんてやってられない」

「戦争なんて、やらなくて良いじゃないか!!」

「そうも言ってられない背景があるんだよ」

 

 怒りがフツフツと沸き上がってくる。この男が諸悪の根源だったのだ。

 

 3人の犠牲が出て、イヴが駆けつけて来てくれなければ僕自身も命を落としていたあの戦いは。

 

 この男の気まぐれで起きたようなものなのだ。

 

「あー、もう。ついてないな、そんな恨みを買うならやめときゃ良かった」

「ふざけるな、謝れ! 殺してやる、お前をここで串刺しにしてやる、死んであの世でランドさんに詫びてこい!!」

「冷静に見えて、凄い激情家なんだね君。これでも武人の端くれ、君なんかに殺されるほど弱いつもりはないけれど」

「殺してやる────」

「待って、落ち着いてポートさん!」

 

 腰のボーラに手をかけた僕は、背中からイヴに抱きしめられて引き留められる。

 

 邪魔をするのか、イヴは。

 

「……耐えてください。ここで帝国と事を構えたら、本当に終わりです」

「でも、でもっ……」

「貴女はさっき言ったじゃないですか。私達は誰とも戦わず、平和的手段をもって王に分かってもらう方針を取ると。ここで、帝国に喧嘩を売るのは愚の骨頂でしょう?」

「……」

「いきなさいミアン、今後貴方が私の領地を跨ぐことを許しません。前の盟約通りに、私達は自治を行います。決して、貴方の思い通りにはならないのでそのつもりで」

「行かせてもらうさ。やれやれ、恩を売るつもりがとんだ誤算だよ」

 

 あの男を殺すべく握りしめた石ころが、僕の掌の皮膚を抉る。

 

 だけど、イヴに強く握りしめられた僕の体躯は、あの悪魔に向かってボーラを放り投げることが出来なかった。

 

「────」

「……ごめんなさい、ポートさん」

「……いえ。止めてくれてありがとうございます、イヴ」

 

 せっかく、形の上だけでも講和に至っているんだ。それを、僕個人の感情で投げつけるなんてもってのほか。

 

「貴女が止めてくれなければ、今頃あの悪魔の頭をカチ割っていました……っ!」

 

 いつか。いつか、殺してやる。

 

 それは、まだ今日じゃない。僕達が力をつけて、帝国の暴虐に正面から殴り返せるその日だ。

 

「ゾラ、撤退命令を。……帰りますわよ、私達の街へ」

「御意」

 

 そして、僕達は撤退する。

 

 憎き憎き怨敵ミアン。その生涯の敵であるミアンが配下と合流しているその姿を、今の僕はただ遠目に眺める事しかできなかった。


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