TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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10代後半期
幼児化……?


 漆黒のローブ。きらびやかな華蝶の仮面。

 

 僕達が久しぶりに領都に帰還し、凱旋していたその最中。行進する僕らの目前に、突如として謎の集団が乱入しエキサイティングなショーを始めた。

 

 いつもの(アセリオ)だ。

 

「……あたしは謎の美少女仮面!!」

「いやアセリオでしょ」

 

 僕はもう謎の集団ASROについて知っていたので特に気にしなかったが、イヴを始めとするまともな軍人さんたちは大層ビビった。

 

 帰還したら謎の宗教団体が立ち上がっていて、しかも襲撃してきた形なのだ。敵勢力の謀略にも見えなくもない。

 

 実際はただのアホだけど。

 

「私は、謎の美少女好き仮面!!」

「俺は、謎の……仮面!」

「それがしこそ、至高の絶品ジャワ仮面!!」

 

 次々とアホな集団が名乗りを上げる中、即座に迎撃体制が組まれ、ゾラ将軍が謎の集団に「何者か!」と一喝した。

 

 ただのアホ相手にそんな警戒する必要はないのに。

 

「お前ただの仮面じゃねーか」

「いやすまん、ボスが咄嗟にネタ振ったから反応できなくて。むしろよく反応したなお前ら」

「これくらい特務機関を名乗るなら基本スキルだ、修行が足らん」

「はぁ……、アセリオ様は今日もお美しい……」

 

 ふむ、流石はアセリオの仲間。どいつもこいつも徹底的に頭がおかしいな。

 

「貴様ら何の真似だ! 神聖なパレードを邪魔してタダで済むと……」

「ふ、我等は闇に生きて闇に死ぬ映夜の眷属。時折生者の世界に舞い降りて、その黄昏を愛おしむ者……」

「すまんが何を言ってるかさっぱり分からん!」

 

 ただアセリオは基本的にアホだけど、割と空気は読むんだよな。ふざけるにしても、節度はそこそこ弁える子だ。

 

 そしてこのパレードはノリで邪魔しちゃいけない類いの行事。なのに、乱入してきたと言うことは。

 

「……闇よりの警告を。貴様らの主を狙う者が、この先に待ち構えていよう」

「……何?」

「……あたしは友を守るため、ここに忠言を与えに来たにすぎぬ。では、おさらば」

 

 

 

 バヒューン。

 

 

 そんな間抜けな音と共にカラフルな煙幕がアセリオを包み、霧と共に消え去った。

 

 暗殺の警告か、アセリオの目的は。恨みを買った貴族多いもんな、僕。

 

「無明の光に祝福あれ、常に貴様を見守っている!」バヒューン

「今度までに俺は何の仮面なのか考えておくぜ!」バヒューン

「ゲッホ!! クソ、煙幕が喉に詰ま────ゲッホ!」バヒューン

「新発売、ベーコントーストは3番通り奥のパン屋『エルム』まで!」バヒューン

 

 アセリオの仲間たちも、口々に頭の悪そうな事を叫びながら煙と共に消えていく。

 

 今度アセリオに紹介してもらおうかな。多分、アホだけど話すと楽しい人達だ。

 

「あ、えーっと。今の、アセリオさんなんですか」

「恐らく、暗殺の警告でしょう。僕は改革で結構恨みを買っていますので。こういう時の彼女が、嘘や悪戯で場を混乱させるようなことはしません」

「そうでしたか。総員警戒体制を、ポートさんは凱旋車の中に入っていて下さい」

 

 ま、ここは彼女を信用して素直に隠れておこう。

 

 

 

 

 ……因みに、その先の道で本当に暗殺部隊が待ち構えていた。割とガチの装備だった。

 

 成る程、アセリオの勢力だと敵わないレベルの敵だからイヴに任せたのか。その辺のリスク判断も、流石はアセリオと言ったところか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……。ぁ、ぁっ……」

「あら、目が虚ろなリーシャが転がっていますわね」

「ふむ。大体徹夜5日目と言ったところでしょう。まだまだ余裕ですよ」

 

 領都へと帰還し凱旋を終えた後、僕達は領統府に戻った。

 

 数ヵ月ぶりの懐かしい執務室と扉を潜ると、手を微かに動かしながら目の下にクマを作った大将軍が目に入る。

 

 まるで屍の様だ。

 

「ポートさん、首都の件はお任せしていいのですね」

「ええ、なんとかやってみます」

 

 さあ、これからが大変だ。

 

 国王を無視し撤退したことにより、首都王家は侯爵家に対して激怒した。そして立場の違いを理解させてやろうと、王自ら軍を率いて攻撃準備を始めたそうだ。

 

 だが一方で政府にも勢力図を理解している人物がいるようで『イブリーフ侯爵がクーデター起こしたら負ける』と必死に王様の出陣を食い止めているらしい。

 

 ならば戦力増強だと、国王は公費を軍事にどんどん投入しているそうだ。そのせいで、税率も高くなっていると聞く。

 

 経済戦を仕掛けるならまさに好機。才能はあるが冷遇されている商人を買収し、こちらの手駒にしてしまおう。生き馬の目を抜く商人達だ、理に聡い人間は多いはず。

 

 よし、今から忙しくなるぞ。

 

「ぁぁ……。ポートが、ポートが帰ってきたぁ……。山盛りの書類仕事から、これでやっと解放される……」

「あの、リーシャさん」

「帰れる……。私はおうちのベッドで寝れるんだぁ……」

「ちょっと事情があって首都の商業圏を陥落させなきゃならなくなりました。今から忙しくなりますよ」

「────」

 

 あ、リーシャの目から光が消え去った。申し訳ない気もするが、これから本当に忙しくなるしな。

 

 リーシャさんだけでなく、ガイゼルさんやリーグレットさんにも頑張ってもらわないと。

 

「じゃ、早速僕は外回りに行ってきますので」

「────」

 

 経済戦争を仕掛けるには書類仕事より先に、営業を済ませないといけない。

 

 よし、僕も頑張るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鍛冶師、ブラッドと言う」

「どうも、初めまして。ラルフの妻、ポートと言います」

「話には聞いている」

 

 今から僕の仕事は、経済戦の指揮を執ること。首都が軍事行動を起こす前に、外交戦略と経済戦略で王の影響力を無力化する必要がある。

 

「お時間を頂きありがとうございます。僕は、領統府で内政官の役を────」

「……御託はいらねぇ、本題から入れ」

「ええ。では首都から鍛冶職人を引き抜いたとしたら、この工房で働かせてもらうことは可能ですか?」

「あん?」

 

 僕は早速、ラルフがお世話になっていたという鍛冶工房を訪れ交渉を行った。ラルフ曰く工房の主は『優秀だが気難しい人』らしいが、本当にそうだった。

 

 仮にも内政長官の貴族が直々に訪れたら応対するものだと思ったら「約束の無い奴には会わねぇ」の一点張り。途方に暮れて「ラルフの妻ですが、ラルフの紹介できました。何とかお時間をいただけませんか」と言えば、やっと扉を開けてくれた。

 

 ラルフの伝手が無ければ門前払いか。すごいな、この人。

 

「人手が増えんのは確かに有難いね」

「そうですか。では────」

「だが職人の質と、性格による。使いようのないダメな奴はすぐに荷物を纏めて貰うことになるだろう」

 

 ジトっと。背の高い鍛冶師ブラッドは、立ったまま僕をジロリと見下ろした。

 

「無論、腕が良いのを引き抜いてきますよ」

「それと、ウチで働くからにはウチの流儀に従ってもらう。反抗的な奴はいらん」

「……了解しました、伝えておきます。採用枠は、どの程度まで? 多くの人数受け入れてくださるなら、設備投資の補助金を出しますが」

「今は人手不足だ、まともな鍛冶職人ならいくらでも受け入れてやるさ。ただし、人数が増えるなら炉が欲しい。効率が落ちるからな」

「了解です、では必要な金額を所定の書類に記入してください」

 

 これから、積極的に首都の人材を引き抜いて行かねばならない。その際に重要なのは、引き抜いた職人さんが快適に働ける環境をあらかじめ用意しておくことである。

 

 腕のいい職人を引き抜いても『働ける工房がありませんでした』では、話にならない。こうやって、少しでも人材の受け入れ先を確保していかねばならない。

 

「にしても、驚いた。ラルフは上京したばかりで、お前さんもラルフと同時期に都に来たと聞いていたが」

「はい、何がです?」

「……既にお前は、この街の内政の核となっていると聞く。やはり優秀なのだろう、あのラルフと結婚するだけはある」

 

 そういってブラッドは、どこか遠い目をしていた。

 

「『あのラルフ』とは?」

「……ああ、あの男もまた特別な人間だ。何か俺達には見えない、大切なものが見えていた」

「それは、何となくわかる気がします」

「先月俺はラルフと会って話してみて、鍛冶師としては凡夫だと思った。だが恩義の有るランボからの紹介だから、凡人なりに1人前の鍛冶師にして返してやるつもりだった」

「はぁ」

「……だが先の、お前からの野盗の盗伐依頼を受けた時。あの男は、英雄の器を見せた」

 

 そしてブラッドは、すっと目を細めて微笑んだ。

 

「ラルフは咄嗟に冒険者をまとめ上げ、指揮し、敵の罠を完膚無きままに打ち破って見せたんだ。冒険者として一番新入りのアイツがだぞ? あの場にラルフが居なければ、俺達は全員生きて帰れはしなかった」

「……うっ。ごめんなさい、無茶な依頼を出して」

「危険は織り込み済で受けた依頼だ、気にすることはない。俺が言いたいのは、あの男の特異性についてだよ」

 

 そこまで言うと、彼は僕に背を向けて再び仕事に戻った。

 

「理解できないものを最初から理解してた、とでも言うのかね。きっとヤツは、最適解を直感で感じ取れる人種なのだろう。アイツと一緒に戦った1人の鍛冶師の意見だが、ラルフは今すぐにでも軍の大将に抜擢してやるといいと思うがね」

「……」

「アイツ本人は強くもなければ賢い訳でもない。ただ、指揮する能力に関しては常人の遥か上だ。何せ、考える時間もなしに最適解を取れるんだからな」

「……どうも。貴重なご意見をどうもありがとう。考えて、おきます」

「ああ。……愛する旦那に危険な目に遭って欲しくないからって、あんまりあの男を過小評価してやらないでくれ」

 

 そうか。

 

 ラルフは英雄的な活躍をして見せたと聞いたけれど、それほどまでに凄かったのか。伝聞系でしか聞いていなかったが、一緒に戦った冒険者からそこまで敬意を抱かれるのは尋常ではない。

 

 そういや、そもそも僕が最初に『ラルフと結婚しよう』と思ったのも、彼に背中を押されて黒狼に噛まれたアセリオを助けに無茶した時だっけ。

 

 あの男が一緒に戦ってくれていると、安心感が桁違いだった。

 

「必要があれば、僕も彼を将軍に推挙しましょう」

「ああ。後、鍛冶として腕を上げたければ俺の工房に顔を出せとも伝えてくれ。自分の武器の手入れくらいは、出来るようにしてやるから」

「ええ、伝えておきます」

 

 こうして、偏屈な鍛冶屋ブラッドとの交渉は成功した。

 

 きっとラルフは、この鍛冶職人ブラッドの中で絶大な信頼を得ていたのだ。だからこそ、彼の妻である僕もすんなり信用して貰えた。

 

 ラルフに感謝だな。ちょっとエッチな事でもさせてやろうか、僕が気絶しないレベルの。

 

 

 そしてこの日、僕はこのまま領都内のいくつかの商会や工房を回り、人材の受け入れの交渉を行った。

 

 これで下準備は万全。後は、小細工を弄して首都を陥落させるだけだ。

 

 その為の経済戦略は、もう練ってある。本来は自分の国に対して仕掛ける予定はなかった策だが、四の五の言ってられないので『三本の矢』戦略で敵の経済基盤を射抜いてやろう。

 

 その為には、明日からデスマーチで書類仕事と外回りをこなし続ける必要がある。今日はこのまま屋敷に戻って、明日までに必要な書類を仕上げないと。

 

 ……久しぶりに、みんなに会えるな。元気でやっているだろうか?

 

 アセリオにはさっき会ったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あら、ポート。おかえりなさい」

 

 懐かしの我が家だ。相変わらず超デカいなぁ……。

 

 家に帰るだけで、門番やら庭師やらが整列するのは恐縮するので勘弁してほしい。

 

「リーゼ、変わりないかい」

「みんないつも通りよ。いい意味でも、悪い意味でも」

「アセリオは? 最近面と向かって話してないんだけど、ちゃんと家に戻ってる?」

「夜には戻ってるわよ。最近お友達ができたみたいで、日中は仲間と公演してるんだって」

「……あの連中ね。うん、エンジョイしているみたいで何より」

 

 あの内気で人見知りだったアセリオが、大きくなったなぁ。あの3歳くらいの無口なアセリオが懐かしい。

 

 何となく、前のアセリオより今世のアセリオの方がエキセントリックな気がする。前も変なごっこ遊びしていたけど、ここまで酷くはなかった。

 

 今は、彼女が人生で最もハッスルしている時期だ。そんな時期に都に来てしまったもんだから、ブレーキが掛からなくなってしまったんだろう。

 

 このままブレーキを掛けなかったら、アセリオはどうなるんだろうか。ちょっと楽しみだ。

 

「今のアセリオも面白いけど、昔の可愛いアセリオも良いよね」

「あら、そう?」

「3歳くらいの頃のさ、物静かで内気なアセリオ。あの娘がこう成長したんだと思うと感慨深いなって思って」

「打算求婚する本の虫が、領のお偉いさんに出世した今のポートも感慨深いわよ?」

「……そ、そうかな」

 

 成る程、そう言われると僕も結構変わったのかな?

 

「と言うか、そんなにちっさい頃のアセリオに会いたければ会えばいいじゃない」

「……あぁ、うん。うん?」

 

 ……うん?

 

 ……会えば良いって、何? どういうこと?

 

「おーいチビリオ!」

「……はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 そのリーゼの呼び声で、トテトテと3~4歳くらいのアセリオが部屋に走って入ってきた。

 

 ……。

 

「これ、凄いでしょ。懐かしくない?」

「……むふー」

 

 ……。

 

「本当だ、懐かしいね。久しぶり、チビリオ……? で良いのかな?」

「あたしはアセリオだーっ! ……がおー」

 

 ……。うん。

 

 深く考えちゃダメだ。アセリオのやることを、イチイチ真面目に反応しちゃダメだ。

 

 だってアセリオだもん。若返って子供に戻るくらいの事は良くあることさ。

 

 

 よくあるよね?

 

 

「アセリオ、最近どうだい? さっきは危ないところを助けてくれてありがとね」

「……むふー。恩に着るが良い!」

「にしてもすごいね、本当に子供にしか見えないや。性格もなんか子供っぽい……?」

「……むー。あたしは大人の女!」

「あ、一応言っとくけどこの娘、ただのアセリオの大ファンで物真似してるだけだから。本人じゃないわよ?」

 

 ですよね。


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