TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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ポートの策略

「ラルフー、見えたわ」

「……ぜぇぜぇ、やっと、着いたか。で、どこだ?」

「ここから山を3つほど越えたあたりね。明後日には着くんじゃないかしら」

「まだそんなに掛かるのか……」

「もう一踏ん張りよ!」

 

 急斜面の山岳を登りながら汗を流すラルフを、小柄な猫目の幼馴染みが励ましている。

 

 二人がこんな悪路を進む理由は、異例の出世を果たした若き内政官『ポート』からある頼まれごとをしていたからだ。

 

 

『実は、政務官として取引をしたい女性が居るんだ。でも僕は最近忙しくて外遊する暇がない』

『ふむ。じゃあ、お前の代わりに交渉に行ってくれば良いんだな』

『そういうこと。手紙を書いたから、それを渡してくれれば良い』

 

 

 半年前までは野山を駆けまわって遊んでいた彼女も、今や国の内政を牛耳る文官のトップ。その忙しさたるや、前世の折ですら経験したことのない凄まじさだった。

 

 元々徹夜に耐性の有ったポートだったが、オーバーワーク甚だしい様で流石に疲労の色が隠せていない。それもこれも、『首都との経済戦争』に『帝国の謀略対策』に『街の急速発展』にと抱え込んでいる案件がバカでかすぎるからだ。

 

 そんな彼女に、数日かけて旅をして交渉に赴く余裕などなかった。

 

『君ならきっと上手くやるさ。交渉に関しては、手紙さえ届けてくれれば上手くいくはず』

 

 惚れ込んだ婚約者から、そんなお願いをされたら断れる筈もない。

 

 ラルフはリーゼと共に、とある『薬師』を訪ねることになったのだった。

 

「隊長、少し休憩されますか?」

「いや、良い。このまま進むぞ」

「了解です」

 

 勿論二人の後ろには、数十人の兵士が追従していた。

 

 彼らはラルフとリーゼの部下であり、ポートに雇われていた私兵団だ。

 

 荷物運びと二人の護衛を兼ねて、彼らもこの任務に追従している。彼らが居なければ、二人が荷車を引かねばならず更に時間がかかっただろう。

 

 

「にしても、何で林檎なんですかい?」

「知らん。ポートに聞いてくれ」

 

 

 因みに、彼らが出立の際にポートが手渡した荷車には、3つの青い林檎入りの箱が乗せられていた。

 

 彼女曰く、これは交渉に必須のものだそうだ。

 

「アイツが持ってと言うんだから、何か意味が有るんだろうよ」

「はぁ」

 

 その青い林檎は、旅の最中に熟れて赤みが掛かり始めている。

 

 輸送されている果物の意味を知る者は、その場には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────どなたでございますか?」

「侯爵領からの使いだ。リンという女性に会いに来たんだが」

「リンは私でございますよ」

 

 数日かかりで山を越え、やがてラルフは目的地に到達した。

 

 それは、山の奥に建てられた不気味な一軒家。その表看板には『薬師リン』とだけ記されていた。

 

「やっと着いたわ! 上がっていいかしら」

「え、あの、その。貴方は誰でございますか?」

「馬鹿、いきなり上がろうとするな! すまん、俺達は貴方にお願いがあって来たんだ」

「お願い……?」

 

 リンと言えば、知る人ぞ知る有名な薬師であった。

 

 彼女の記した薬学書は大ヒットしており、世界中の薬師の教本になっている。

 

 実はポートも、『薬師リンの本』を見たことがあったりする。

 

 そんな彼女に、ポートが頼みたい事と言うのは、

 

「お前だけが作れるという秘薬……『万葉の雫』の製法を教えて欲しいんだ」

 

 

 

 彼女だけが作れる『秘薬』の製法の公開であった。

 

 

 

「えっ。絶対無理でございますけど」

「何でよ!」

「いや、薬師は知識が商売道具でございまして。私が開発したアレはまさに妙薬、その製法で子孫代々飯が食えるのでございます」

「そこを何とか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今この世界は、ポートの知る歴史と大きく違う道を歩いていた。前世の記憶など、殆ど当てにならないだろう。

 

 しかし、いくら歴史が大きく変わろうと……『天災』の襲来するタイミングだけは変わらない。

 

 まもなく、前世では疫病が大流行した時期が来る。この未曾有の大災害により、侯爵領では多くの死者が出る事となる。

 

 前世でポートは、この疫病で父親を失った。更に領主イシュタールもこの病で命を落とし、兄の影を追った愚かなイブリーフが台頭するきっかけとなった。

 

 誰もが悲しみに包まれたこの災害を静めたのは、実は愚かなイブリーフその人であった。

 

 ────不思議な事に、薬師リンの処方した秘薬だけがこの病に有効だったのだ。

 

 その噂を聞きつけた前世のイブリーフは、挙兵してリンの身柄を拘束した。そして無理やりその製法を吐かせ、各地に公開する事で疫病を静めた。

 

 ポートは、そんな疫病が治まった経緯を、前世でイブリーフについて詳しく調べた際に知っていた。

 

 

『社会福祉を考えると、医療は充実させるべきだと考えてね。ラルフ、薬師に交渉して秘薬の製法を聞き出してくれ』

『おう、分かったぜ」

 

 

 何故か唯一、疫病に有効だったという『万葉の雫』。

 

 その秘薬の量産体制が疫病の流行前に整ってさえいたら、歴史は大きく変わるだろう。

 

 死者は少なくなり、流行は小規模となり、侯爵領が受ける被害はごく軽微なもので済む可能性が高いのだ。

 

 ポートはその『大手柄』を、敢えて幼馴染に譲った。それは、分かりやすい功績を上げる事で彼らを良い地位に着任させる狙いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままじゃらちが明かないわ。とりあえず、ポートからの手紙を読んでくれないかしら」

「貴方達の主の手紙でございますか? とりあえず、拝見はしてやります」

「おお、そうだ。そういや手紙を預かってたんだった」

 

 しかし、交渉は難航しそうだった。

 

 薬師からすれば、秘薬の製法はまさに商売道具そのもの。

 

 せっかくの妙薬も製法が広まってしまえば、リンの受ける損失は計り知れない。

 

 

 

「……とりあえず交渉関係なく、林檎は私が食べて良いって書いてますですね。林檎をお持ちなのでございますか?」

 

 手紙の最初の行を呼んで、リンはそう聞いた。

 

 彼女は、甘いものに目が無かったりするのだ。

 

「おお、そうそう。この林檎は手付けみたいなものだから、とりあえず食べてくれって」

「それはまぁ、ありがたい。毒とか入って無いでございますよね?」

「そんな事しないわよ!!」

「まぁ入ってても解毒くらいできるのですが……。む、甘い!」

 

 ポートが用意した林檎を一口かじると、リンは飛び切りの笑顔になった。

 

 実はこれ、彼女が甘い物好きであるという情報を得たポートが、最高級の林檎を商人から購入し持たせたものである。

 

 不味いはずがない。

 

「これは、これは。ふむふむ、取り合えずもう少し話くらいは聞いてやりますよ」

「ありがたい」

「中に入るといいです。茶くらいは出しますよ」

 

 その糖度の高いスイーツに気を良くしたリンは、二人を部屋に招き入れた。

 

 ここまでは、ポートの計算通りである。

 

「貴方達の主は、要するに『万葉の雫』が欲しいのでございますね? お申し付けいただければ、毎年届けに行くのですよ」

「いや、製法が欲しいらしいんだ。詳しくは知らんが、量産体制を整えて貯蓄し、民の健康を守りたいと」

「それをされたら、薬師が全員おまんまの食い上げでございますよ。勘弁頂きとうございます」

 

 いくら林檎が美味しかったといえ、リンは流石に製法を割ったりしない。

 

 彼女はせいぜい、秘薬を大量に売りつけてやるくらいの落し処にするつもりだった。

 

「ポート……、依頼主は金に糸目をつけないと言ってる。金で売ってもらえるなら、言い値で良いとさ」

「金銭でございますか。正直幾ら積まれても、売れないものは売れないのでございますが」

「そこをなんとか。仮に売るとしたら、どれくらいの額なら良いんだ?」

「そんなことを聞かれても困るでございます」

 

 ポリポリと林檎をかじりながら、リンは困った顔をする。

 

 この妙薬は、飯のタネ。数代にわたって継承すれば、ずっと飯に困る事はない妙薬。

 

「……そうですね、1億Gくらいでございますかね」

「ぐっ! そんな馬鹿げた額じゃなく、何とか……」

「馬鹿げてません。本当に、これくらいの価値はある情報でございます」

 

 1億Gはとてつもない大金だ。それだけあれば、子孫が5代は遊んで暮らせるだろう。

 

 10Gがパンの値段、500Gが一泊の宿の値段。1億Gもあれば、どれだけの贅沢が出来るか分からない。

 

「本気で製法を知りたいのであれば、1億G持って来やがれでございます」

 

 もし本当にこの額を持ってこれるなら、製法を教えても構わない。そのラインが、1億という大金だった。

 

 尤も、そんな金を彼らの主が用意できるか微妙だが。

 

「……どうする? 一旦引き返すか?」

 

 リンのその言葉に本気を感じたラルフは、ポートに相談しに戻ろうと考えた。

 

 流石に額がでかすぎて、金に糸目を付けるなと言われていたが躊躇してしまった。

 

「ううん、まだよ。ポートが交渉決裂しそうになった時、渡せって言ってた手紙があるじゃない」

「お、そうか」

 

 そう言うと、リーゼは2枚目の手紙を取り出した。

 

 そこには『交渉に難渋している時』という付箋が貼ってあった。

 

「貴方達の主はマメでございますね。お読みしましょう」

「ああ、すまん。何て書いてあるんだ?」

「ええと、でございますね」

 

 

 

 

 ────貴女の持つ薬の知識を、僕は高く評価しています。

 

 ────いくら値段を申し付けられても、応える所存でございます。

 

 ────まずは誠意として林檎の箱の底に、資金を用意しております。ご確認ください。

 

 

 

 

「……箱の底に、お金があると」

「え、そうなのか。確かに妙に重いとは思った」

「あら、2重底。林檎は表面だけみたいね!」

 

 その手紙を読んだラルフ達は、林檎の箱の底を凝視して仕掛けに気付く。

 

 そしてゆっくり林檎を取り除いて、箱の底を開けてみた。

 

 

「……えっ」

 

 

 

 何とそこには、目もくらむような黄金のインゴットが所せましと敷き詰められていた。

 

 カチン、と鳴り合わせてみると本物である。何と林檎の箱の底から、金が大量に出てきたのだ。

 

 

 

 ────軽く1億Gほどの額をご用意しております、足りないとおっしゃるのであればまだご用意できます。

 

 

 

「……えっ」

「う、うそ? これ本物?」

「あ、あ、あ。アホかあの女! こんな少数の護衛で、何つーモノを運ばせてんだ!!」

 

 これにはリンのみならず、運んできたラルフとリーゼも仰天した。

 

 ただのリンゴだと思って運んでいた箱は、拝んだこともない目も眩むほどの大金が入ったモノだったのだから。

 

 もし落としたり無くしたり奪われてたりしたら、一大事である。

 

 

 

「1億G、あるらしいけどコレ」

「しょ、正気でございますか!? 本気でこんなもの用意してきたのでございますか!?」

「その、なんだ。一応、お前の言う1億Gは用意してたわけだが……製法を教えてくれるのか?」

「ちょ、ちょっと待ってでございます。いったん落ち着く時間が欲しいのであります」

 

 

 これにはリンも、困惑した。

 

 薬の製法の情報的価値は高い。彼女の言う1億Gは、ふっかけではなく適正な価格だ。

 

 それを理解している主であれば、本気で1億Gを持ってくる可能性もあるとは考えてはいた。だが、まさか既に用意してあったとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ────更にもし、我らが都に移り住んで頂けるなら、邸宅や工房は全て貴女の望むままにご用意いたします。

 

 ────最高待遇の『国家公認』薬師として、その生涯の給与を保証しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「……移住せよ、と来やがりましたか」

「そういやリン、あんたは何でこんな辺鄙な所に住んでるんだ?」

「人が嫌いだからでございますよ。人は私を見ると『金は持たぬが薬を寄越せ』と言い、断れば『守銭奴』だの『人でなし』だの詰られる。薬を作るのにどれだけの手間がかかるのかも、私だって生きていくのにお金が必要だと言うことも理解しないのでございます」

 

 

 はぁ、とリンは溜め息を吐いた。

 

「衣食住を保証していただけるのはありがたいのですが、なるべく人とは接したくないのです」

「そっか。苦労したんだな、お前」

「しかし、本当に1億Gを用意して頂いていた訳ですし。薬の製法は、お伝えしましょうか」

「おお、やった!」

 

 こんな大金を用意してまで、本気で薬の製法が知りたいと言う。

 

 それはつまり、何か侯爵領で見慣れぬ疫病の気配を察知したのかもしれない。

 

 自分だって薬師の端くれ、きちんと対価を貰えるのなら『なるべく多くの人を救いたい』と言う気持ちに嘘はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもよ。こんな山奥に大金が有るって知れたら、賊がわんさか押し寄せねぇ?」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、よくぞ来てくださいました薬師リン殿。貴女に面会が叶うとは、光栄の極みです」

「……お前が引きずり出したのでございますが」

「何の事でしょうか? はっはっは」

 

 えげつない額の資金が、山奥の小さな一軒家に運び込まれた。

 

 そんな情報を悪人に察知されてしまえば、リンの身は危い。彼女は1億Gという大金を家に持ち込まれた時点で、都に移住して保護して貰わざるを得なくなったのだ。

 

「交渉と称した事実上の脅迫、その手管に脱帽なのですよ。地獄に落ちろでございます」

「機密管理には気を使ってましたよ。貴女を護衛してきた兵士ですら、あの大金の存在を知りません。貴女の身を危険に晒すのは国家の損失ですからね」

「……」

「貴女の著作は、読ませていただきました。あんなに分かりやすく、丁寧に纏められた本は見たことがない。僕は、貴女を心の底から尊敬しています」

「むぅ」

「稀代の薬師リン先生、どうかそのお知恵を国家のためにお役立て頂けませんか」

 

 その無礼を承知していたポートは、自ら地に伏せてリンを拝んだ。

 

 仮にも内政のトップを預かる貴族が、頭を地につけたのだ。周囲の護衛兵や経理官は、ギョッと目を見開いた。

 

 

「……あ、あ、頭をあげてくださいでございますポート様。それも立派な脅迫でございます、貴女が頭を下げるという行為が平民にとってどれだけ重圧になると考えておいでですか」

「リン先生が是と仰るまでは、頭を下げさせてもらいます」

「やります! やらせていただきます!! ここに連れてこられた時点で、もう覚悟してますよ!!」

 

 薬師リンの外堀が完全に埋まっていく。

 

 ポートは頭を床に擦り付けながら、その言葉を聞いて笑顔になった。

 

「うわぁ、こんなに嬉しいことはない。これからよろしくお願いしますね、リン先生」

「ちくしょーでございます!!」

 

 

 

 こうしてポートは、疫病と言う未曾有の危機に対する切り札を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポートの奴、仕事になるとキャラ変わるのな……」

「結構な悪だったわね、今回。部下に怖がられてた理由が分かった気がしたわ」

 

 そして幼馴染みは、いつの間にか彼女がソコソコ怖い人間に成長したことを知ってビビっていた。

 

 

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