TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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ラルフ

 子供の足は遅い。全力で駆けたって、然程の速さにはならない。

 

 獣の足は速い。大人が全力で疾走したとしても、獣に逃げられたら追いすがる方法はない。

 

 だから、森の中で黒狼と追いかけっこだなんて無駄な行為以外の何物でもない。むしろ、新たな獣に見つかって状況が悪くなるだけという可能性もある。

 

 冷静に考えれば、涙を呑んでアセリオを放置し、村の冒険者と共に山狩りをするのが正解だっただろう。

 

「うだうだ悩んでるジカンがあれば、はしれバカ!」

 

 ラルフはそんな『常識的な』考えに縛られていた僕を一喝し。何も考えの纏まらないまま『走り出せ』と尻を叩いた。

 

 森の中は狼のホームだ、やはり4本足で疾走する獣に追い付けるはずがない。

 

 案の定、森に入って間も無く僕とラルフは狼を見失った。だが……

 

「たぶんあっちに行ったぞぉぉ!!」

「それ根拠あるの、ラルフゥゥ!?」

「そんなもん、あるかバーカ!!!」

 

 

 ラルフは、やはり超人的な勘を持っているようで。何も見えない茂みの方向を指差したと思うと再び疾走し、

 

 

「グル?」

「ほらいたぁぁ!!」

「……あっほんとに居た! アセリオを返せ、黒狼ぃ!!」

 

 そして彼の指差した方角にはいつも、ビクッと僕らの存在を察知し、幼女を咥えて逃げ出す黒狼が居るのだった。

 

 

「追いかけるぞぉぉ!!」

 

 

 それはラルフに言わせれば、「なんとなくそんな気がしただけ」なのだろう。だが、今は彼のその動物的な直感が唯一の道標だ。

 

 僕達は超人的な勘を持つラルフの助けを借り、速度で敵う筈もない黒狼と奇跡的に追いかけっこを成立させていた。

 

 4歳弱の幼児が二人、成体の黒狼を追いかけ追い詰めようとしている。

 

 ……ラルフは、やっぱり無茶苦茶だ。

 

 

 

 

 

 

「ず、ずいぶん森の奥まで入り込んできちゃってない? ラルフ、僕達村に戻れる?」

「たぶん」

「多分って。また黒狼、見失っちゃったし……」

 

 ────狼を追いかけること、数十分。僕とラルフは、見事に遭難していた。

 

 黒狼のいそうな方向へ、縦横無尽に駆け回った結果がこれである。この計画性の無さ、行き当たりばったり感、これぞ我が親友の生涯の悪癖と言えよう。

 

 ……こんな計画性のない男だからこそ、超人的な勘がないと生きていけないのかもしれない。神がいるのであれば、実によく考えて人間というものを作っている。

 

「……それより、きーつけろ。そろそろ来るぞ」

「来るって、何が?」

「アイツ、逃げるのをやめた。かくれてこっそり、おれたちをみてる」

「えっ」

 

 そして、その動物的な勘を持つラルフという男が言うには。黒狼は逃げるのをあきらめ、反撃に転じるべく僕らを伺っているという。

 

 何度撒いたと思っても、ラルフの勘により捕捉され追いかけ回されたのだ。黒狼も、諦めて強行手段に出たらしい。

 

 ……え、滅茶苦茶やばい状況じゃないかそれ。正面戦闘では絶対勝てんよ僕達。

 

「ラ、ラルフ? 狼はどっちにいる?」

「いま、けはいをさがしてるよ。多分……まえの木陰どこか」

 

 前……、正面のどこかね。よし、よし。方向がわかるなら、まだ何とかなる。

 

 ラルフに促されるままにこんなとこまで来ちゃったけど、こうなればもう覚悟を決めねば。子供だから勝てない、なんて諦める段階ではない。殺るか、殺られるか。

 

 僕は、『縛りやすそうな石』に目を付け拾い上げると。前方への警戒を怠らぬまま、丈夫そうな木の幹から蔦を剥がし始めた。

 

「……お前、何やってんの」

「簡易の狩猟道具を作るんだよ。使ったことないけど……、石と縄を結んで足に巻き付けるように投げ付ける武器があると、ひいじいちゃんの本に書いてあった」

「ふーん、物知りなんだなお前」

 

 僕は木に生えていた蔦をむしって縄の代用とし、手頃な石をぐるぐる巻きにした狩猟具を作り上げた。名を『ボーラ』というらしい。

 

 エコリ聴聞録によれば北方の民族がよく使っているという、本来は鳥などを狩る狩猟具だ。地を這う獣にも有効らしいから、念のため用意しておく事にした。

 

 ラルフの武器が超人的な勘の良さなら、僕の武器は冷静さと知識量だ。僕に出来ることは全てやって、アセリオを助け出してやる。

 

「おい、ならもうそのブキ構えとけ。たぶん、狼はいまマジョを地面に置いた」

 

 僕が1つ目のボーラを作り上げ、強度を確かめている頃。目を皿にして前を見据えていたラルフが、少し切羽詰まった声を出した。

 

「……つまり?」

「くる」

 

 その、ラルフの言葉が終わるかという刹那。

 

 

 森の闇に紛れ、漆黒の獣が凄まじい速度で僕たち目掛けて駆けてきた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だっしゃあああ!!」

 

 

 足がすくみ、一瞬硬直してしまった僕とは対照的に。ラルフは突進してくる獣を恐れず、逆に黒狼目掛けて体当たりをかましに行った。

 

「あ、それは無謀だよ!?」

 

 流石に不意を突かれたのか、黒狼とラルフは正面からぶつかり合った。そして体格で劣るラルフが、一方的に弾き飛ばされた。

 

 体重の差は顕著だ、獣の方が倍ほど大きい。力負けして当たり前である。

 

GAOOOO(ギャオオオォ)!!」

 

 自分より小さな敵とはいえ、ぶつかられた黒狼はたいそう興奮し。ラルフ目掛けて獰猛な牙を開き、飛び掛からんとする。

 

 

 

「げ、マズっ……」

 

 

 

 吹っ飛ばされ、尻餅をついて動けないラルフの正面へ狼は着地し。唸り声をあげて、狼は咆哮する。

 

 滴り落ちる獣の涎。恐怖でひきつる、幼いラルフ。それは、完全に捕食者と餌の関係だった。

 

「た、たすけっ!!」

GYAA(ギャアア)!!」

 

 

 絶体絶命。このままだとラルフは、憐れな死体となるだろう。

 

 だけど、幸いにも僕が居る。

 

 ラルフの正面、黒狼がその後ろ足が揃って地面を蹴ろうとしたその瞬間を狙って。

 

 

 

「エイヤっ!」

 

 僕の放り投げた簡易狩猟具『ボーラ』が、その獣の両足を縛り上げるように巻き付いたのだった。

 

GAN(ギャン)!?」

 

 結果、黒狼は地面をうまく蹴ることができず、ズテンと無様に顔を地面に打ち付けた。よ、よかった。ぶつけ本番だったけど、何とかうまいこといったみたいだ。

 

「今だ、動けない内に……」

「タコなぐり!!」

「素手は駄目だよ!? 噛みつかれるから、ちゃんと棒を使って───」

 

 足に絡み付いた石と蔦を何とかしようともがく、黒狼。この隙を逃す訳にはいかない。

 

 先程のラルフと狼の突進できしんだ木の根を引き抜き、簡易の鞭として僕は狼を殴打する。

 

「このっ、よくもアセリオをっ!」

「はっはー! カクゴしろこのいぬっころ!!」

 

 潰すべきは、足。胴体にいくらダメージを与えるより効率的に、狼の行動を封印できる。

 

 目を潰すのもアリだ。視界を奪うことができればろくに戦うことも出来なくなる。

 

 いや、はじめて使ったが良い狩猟具だなコレ。両足を巻き込んで絡ませられれば、獣を一瞬で無力化できるとは。コツは要りそうだが……、護衛手段として練習しておいても良いかもしれない。

 

 

 

「ガ、ァ」

 

 

 僕の鞭とラルフの何処からか持ってきた太い木の枝で打ち据えられること、数分。黒狼は息も絶え絶えとなり、足が腫れ上がってろくに動けなさそうな状態となった。

 

 勝った。勝ってしまった。

 

 大分、幸運に助けられはしたけれど……、幼い子供二人で恐ろしい黒狼を打ち倒せるとは。一生分の運を使い果たしてないかコレ。

 

 初めて投げたボーラがバッチリ決まったのも奇跡だし、そもそもラルフが黒狼を追跡できたのもあり得ない幸運だ。何度見失っても、ラルフの、指差した先に狼が居たのだから。

 

 物凄い確率の低い宝くじを、3連続くらい1等賞引き続けたようなものだろう。

 

 

 ────さて。早く、アセリオのところに行って容態を確認しないと。

 

 

「アセリオ、アセリオ! 無事かい?」

 

 

 黒狼が飛び出してきた辺りの、木陰に向かって声をかける。返事はない。

 

「アセリオ、そこに居るんだろう?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと前に進んでいく。木の影に倒れているだろうアセリオを、見失わぬように。

 

 

 ────返事は、ない。

 

 

 ……ここまで、幸運が重なったんだ。大丈夫、アセリオは生きてくれている。

 

 死んでいるなんてあり得ない。考えたくない。きっと、気を失っているだけだ。

 

 

「アセリオー?」

 

 キョロキョロと、暗い森の中を血眼に探していると。ソレは、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すぅ、すぅ」

「アセリオ……」

 

 血塗れで頭から血を流しながらも、確かに肩で息をしている幼馴染みがそこにいた。

 

 死んでなどいない、僕の大切な友人が気を失って木陰に倒れ付していた。

 

「よ、良かった……」

「おー! 生きてたかマジョ、やったじゃん」

 

 ああ、血の気が引いた。アセリオが拐われた瞬間など、この世の終わりかと思った。

 

 それもこれも、僕が油断しきっていたのが原因だ。黒狼が生き残っていないと盲信して、周囲を一切警戒せず大人のいない散歩道なんか歩いたからだ。

 

「アセ、リオ……。良かった……」

 

 もう僕は油断しない。今回はたまたま、運が良かったから助かっただけだ。次もこう上手くいくとは限らない、二度と同じ失態を繰り返してなるものか。

 

 前世の様に大切な人が死んでいく事を許容しない。その為にやり直しているんだ。

 

 助けて見せる。守って見せる。今度こそ、あの不幸で悲惨な未来を変えて見せる。

 

 これからもきっと、僕の予想だにしていない事態が多々発生するだろう。だからこそ、思考を止めず考え続けるんだ。

 

 これからどんな悲劇が起ころうとも、その全てに抗う為に────

 

 

 

 

 

「「「がるるっ……」」」

 

 

 

 

 うん。

 

 ……うん? 今、何か聞こえたかな?

 

「げ、げぇ。おいみろポート、別のヤツが3匹こっちみてる」

「……そんなこと有る訳ないじゃないかラルフ。冗談はやめてくれよ」

「おい、ボケてる場合か! ユダンするな、まだ狼居るぞ!!」

「油断なんかしてないけど!?」

「なに急におこってんのおまえ」

 

 く、くっそぅ。つまり、そう言うことか。

 

 あの黒狼は、追いかける僕とラルフに痺れを切らして牙を剥いたのではなかった。単に、仲間と合流出来たから安心して僕達に襲いかかってきたのだ。

 

 冒険者達の山狩りを生き抜いた黒狼は、彼1匹では無かった。冒険者の猛攻を掻い潜り数匹の黒狼が生き延びていて、僕達の村に復讐すべく虎視眈々と機会を狙っていたのだ。

 

 きちんと仕事してくれよ冒険者ぁ!!

 

「で、どうする?」

「はは、決まってるだろラルフ」

 

 目の前に、姿の目視できない森の怪物3匹。僕にもう武器はなく、ラルフもヘトヘト満身創痍。

 

 だが肝心のアセリオは、なんとか取り返す事が出来た。となれば、後は────

 

 

「逃げるんだよぉ!!」

「テッシュー!!」

 

 

 アセリオを抱き抱えていた僕が、そのまま彼女を背負い。ラルフと共に、狼のいない方へと逃げ出す。

 

 もう、彼等とやり合う必要はない。逃げることが出来れば、勝利と同義なのだ。

 

 狼を警戒しながらも一目散に、僕とラルフは駆け出した。

 

「追ってきてるぞ!!」

「だろうね!!」

 

 このまま僕たちを逃がしてくれたら最高だったのだが、そううまく事は運ばない。アセリオを抱え逃げだした僕たちの後ろから、3匹の獣が猛追している。

 

 ……『エコリ聴聞録』を思い出せ。曾祖父は、狼についてどんな記述を残していた?

 

 思い出せ、考えろ。狼の特徴、特性を。僕の武器は、小さなころから必死で蓄え続けた無限の『知識』なのだから────

 

「ラルフ、石を拾って!! 遠くにいる狼にぶつける必要はない、近づいてきた狼をよくよく引き付けて顔面にぶち当てるんだ!」

「お、おう!! おまえもマジョ落とすんじゃねーぞ!」

 

 狼は、臆病で慎重な性格。だから、脅威を少しでも感じると積極的な狩りを仕掛けてこない。

 

 だから、狼に対し適度な攻撃を仕掛ける方が安全だ。だけどアセリオを抱えて走っている僕は、迫りくる狼に対応できない。狼の撃退はラルフに任せよう。

 

 ラルフは、こういう土壇場に強い男だった。彼の超人的な勘をもってすれば、きっと僕より上手く狼に対応できるだろう。

 

「3匹イッショに来てる!! 石じゃおいはらえんぞ!!」

 

 だが、本に書いてあった事の全てが上手くいくとは限らない。

 

 もし狼が一匹であれば、僕の指示したように顔面に石をぶつけ追い払うこともできたのだが。3匹の狼が同時に迫ってきている今、石だけでは対応しきれない。

 

 エコリ聴聞録には石をぶつける方法しか書いていなかった。ならばどうする?

 

 チラリチラリと後ろを警戒しながら石を投げつつ走るラルフに、僕は新たな指示を出す。

 

「叫べ!! とにかく威圧してみよう、奴らも人間を恐れているはずだ」

「おっけー! すぅぅ……、アーアアァー!!!」

「アーアアァー!!」

 

 森の中で叫ぶのは、本来は悪手だ。周囲の獣に僕たちの存在を周知するだけなのだから。

 

 だが、今のこの状況だと話は変わってくる。もう獣に見つかって追われている以上潜伏は無意味だし、狼は他種族の叫び声を警戒する習性があったハズ。

 

 群れをなす獣であるが故に、遠吠えの恐ろしさをよく知っているからだ。

 

「お、おお。なんか近寄ってこないぞ」

「このまま、駆け抜けるよ! 村の方向へ!」

 

 そして、狼の特性として……。彼らの狩りは『慎重で消極的』であることが挙げられる。

 

 彼らの牙は強力だが、森にはもっと彼らより強い種族がたくさんいる。そんな自分より大きな獣を狩る時に、狼は『スタミナ』で勝負をする生き物なのだ。

 

 無理に特攻せず、安全な距離でジワジワと大型の獣の体力を削り、そして力尽きたところを襲う。威圧する元気のある存在に狼は攻撃を仕掛けない。

 

 威圧する元気もなくなるまで執拗に追い掛け回すのが、彼らの狩りのスタイルなのである。

 

「っはぁ、はぁ」

「ポート、ダイジョウブか?」

「もちろんだよ、叫ぶのは君に任せるから、はぁ。そのまま、威圧を続けてくれ、はぁ」

「お、おう。アーアァー!!!」

 

 ラルフに威圧を続けてもらいながら、僕はアセリオを背に森の中を必死で走り続けた。

 

 息も上がりかけているけれど、立ち止まってはいけない。僕のスタミナが切れ立ち止まるその瞬間を、狼は狙っているのだから。

 

「は、はぁ、はぁ。……っはぁ」

「アーアァー!! アーアアァー!!」

 

 口の中に、血の味が滲む。カラカラに乾いた喉が、塩辛い汗を飲み込んでむせ返りそうになる。

 

 女の子とはいえ、自分とそう背丈の変わらない人間を背負っての全力疾走は無茶だった。もう少し、スタミナ配分を考えるべきだった。

 

 ラルフが必死で叫んで援護してくれているけれど、少しずつ僕の走りは拙くなっていく。

 

 ダメだ、走るのを止めたらおしまいだ。狼は襲ってくるだろうし、何より止まってしまったらもう二度と走れなくなる。

 

 勢いを失うな。このまま、走り続けるんだ。

 

「────あ、はぁっ」

「お、おい! もうゲンカイだろお前、マジョ背負うのかわるぞ!」

「────、だ、め。たち、どま、るな」

 

 ここが踏ん張りどころだ。ここで頑張らずして、どこで頑張るっていうんだ。

 

 この村を守れるのは僕だけだ。あの悲惨な未来を知っているのは、僕だけなんだ。

 

 だから僕は、ここで死ぬわけにはいかない────

 

 

 

「────ガッ」

 

 

 すてん、と。

 

 足元を見る気力もなくなっていた僕は、蔓に足をひっかけて盛大にすっころんだ。

 

 幼馴染を背負っていた僕は咄嗟に支え手を出すこともできず、顔から無様に地面へとダイブする。

 

「ポートっ!?」

「……っ」

 

 しまった。やってしまった。

 

 この転倒は致命的だ。狼たちに、もう僕に走るだけの体力が残っていないのを悟られてしまう。

 

 襲われる。殺される。死ぬ。

 

 

GYAA(ギャアア)!」

 

 

 迫り来る猛獣。漆黒の鬣を総毛立たせる、牙を剥いた化け物。

 

 ……殺される。

 

 せっかくやり直す権利を得たのに。僕は結局何も出来ぬまま、村を守れぬままに、死んでしまう────

 

 

 

 

 

「このやろぉぉお!!」

 

 

 

 

 ラルフが投げた石が、狼の横腹を直撃した。

 

 真っ直ぐ僕へ迫ってきていた狼が、堪らずよろめいて逃げ出す。

 

「どっからでもかかってこい!! セーギのミカタ、ラルフ様があいてになってやる!!」

 

 見上げれば。息も絶え絶え、地面に倒れ伏している僕の前に立ち。両手に大きな石を握りしめたラルフが咆哮していた。

 

 あぁ。さすがは、僕らのガキ大将。幼いとはいえ、ラルフは頼りになる。

 

「GYAAAA!!」

「こんのぉぉぉ!!」

 

 だが、しかし。

 

 狼も、力尽きた僕を狙って全力で狩りに来ている。スタミナが尽きて倒れた今こそ、彼らの『本気』の狩りの時間なのだ。

 

 そもそも、黒狼は幼子が敵う相手ではない。走り続けて消耗したラルフが、勝てるわけもない。

 

「ぐ、ぐあああっ!」

「ラルフっ!!」

 

 右腕をガブリと噛みつかれ、大きな悲鳴を上げるラルフ。必死の奮戦を見せた彼も、とうとう狼に捉えられた。

 

 もう、終わりだ。ここで、僕たちは……

 

 

 

 

「……1,2……、まじっく!!」

 

 

 

 その時ポン、と間抜けな音がして。

 

 奇妙な香りと共に、凄まじい煙が立ち込めて僕とラルフの視界を奪った。

 

「……へ?」

「……はし、るよ!」

 

 そのまま、僕は誰かに手を引かれ起き上がる。

 

 その、聞き覚えのある声の主は────

 

「ちょうまじゅつ~」

「GYAN!」

 

 今の今まで気を失っていた、アセリオだった。

 

 彼女はいつになく機敏な動きで、いつの間にか手に握っていた『トンカチ』をラルフにかみついている狼の顔目掛けて振り下ろす。

 

 狼の顔から、鈍い音がして。キャイン、と可愛らしい悲鳴をあげて狼がのたうち回った。

 

「はぁ、たすかった。ありがとマジョ」

「……なんでお前がいんの?」

「お前を助けに来たんだよ!」

 

 狼から解放されたラルフは、噛まれた右肩を抑えながら、フラフラと立ち上がり走り出す。

 

 良かった。このタイミングで目が覚めてくれたのか、アセリオ。

 

「アセリオ、君は大丈夫なのかい? 状況は分かる?」

「……ジョーキョーは把握してる」

「ポート。コイツ、さっきから目覚めてたぞ」

 

 ……そ、そうなのか。何で言ってくれなかったんだ。

 

「あたまがグアングアンしてるから、ポートにおぶってもらってた……。ごめん、ムチャさせた」

「いや、構わないさアセリオ」

 

 頭を怪我してるんだもんな。それは仕方がないか。

 

「もうポートが、はしるのはムリ。ここで迎撃する……」

「そ、そんなことはないよ!!」

 

 狼に向き直り、トンカチを構えるアセリオ。それは無茶が過ぎる、アセリオも走れるようになったんだから逃げないと。

 

 そう思ってアセリオの方に向き直り────、僕の右足に激痛が走った。見れば、足首が赤く腫れあがっている。

 

 ────しまった。足を折ったか。

 

「痛ぅ……」

「これはもームリだろ。……3対3になったんだ、なんとかなる」

「ここで、おいはらう……」

 

 ぐ、情けない。確かにこれでは、もう走ることはできない。

 

「……それは無茶だ。イザとなったら、食われている僕を置いて逃げ出してくれ」

「ばかいうな!!」

 

 ……最悪、僕が食われてる隙にこの二人を逃がす。少しでも、被害者を減らさないと。

 

「叫べ、ひるませろ!」

「アーアァー!!!」

 

 今も、こうして必死で抵抗してくれている二人だけでも、逃がさないと。

 

 

 

 

 

 

 ────ドカン、と炸裂音。

 

 何かの爆ぜる音が、僕の耳を貫いて果てる。

 

 

 

 

 

「……にゃ!?」

「ひっ?」

 

 アセリオがまた何かやったのかと思ったけれど、とうのアセリオも目を白黒させて耳をふさいでいる。何だ、何が起きたんだ?

 

「うわぁ! 森が、焦げてる」

「爆、発……?」

 

 その、何かの爆ぜる音がした方向には大穴が開いていて。狼の一匹が、キャインと悲鳴を上げながら森の茂みへと逃げ込む姿が目に映った。

 

 ────これは。これは、まさか!

 

 

「無事かぁ、坊主ども!!」

「子供が3人いるぞ!! 生きている!!」

 

 

 村が雇った冒険者が、来てくれたんだ!!

 

「え、大人……?」

「よう叫んでくれたな坊主。お前の声、森によく通っとたぞ」

 

 この広い森で、冒険者たちが何のヒントもなく僕達の位置を特定するのは不可能に近い。宝くじを買うような気持で、威嚇もかねて叫び続けた甲斐があった。

 

 冒険者達が、ラルフの雄叫びをヒントに駆けつけてきてくれたのだ。

 

「一人は足を怪我しとる。誰か背負っちゃれ!!」

「森で火薬を使うな馬鹿チン!! 俺の水魔法でぶっ殺すからお前は下がってろ!」

「へ、へい兄貴!!」

 

 彼らは慣れた様子で陣形を組み、僕達を守るべく囲ってくれる。……た、助かった、のか。

 

「────もう大丈夫だ。頑張ったな、チビども」

 

 ヒゲのおっさんの、その言葉に安心して。僕は、そのままゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を語ろう。

 

 あのあと僕達3人は無事に冒険者に保護され、村へと届けられた。それぞれ重症でそれなりの治療を要したものの、命の危機には至らなかった。

 

 4歳弱の子供2人が成し遂げた、奇跡のようなアセリオ奪還劇。そんな英雄的偉業を達成した僕たちは、

 

「二度とこんなことをしちゃいけませんよ!!!」

 

 と、両親からものすごく長い説教を聞く羽目になった。

 

 

 

 冷静になって振り返ると、やはり子供二人で狼を追いかけるべきではなかった。冒険者が間に合ってくれたという幸運により僕達は生還したわけで……、本来であれば子供の死体が3つに増えるだけだっただろう。

 

 だが、僕は思うのだ。アセリオを救う未来があったとすれば、やはりラルフの指示した通りに『無謀を承知で』狼を追いかけるしかなかったと。

 

 お利口で常識的な判断というのは、ほとんどの場合において正解である。ただ、どうしようもない状況から足掻く時には足枷にもなりうる。

 

 前世の僕は、思い返しても決しておかしい判断をしていなかった。その時その時において、穏当で常識的な判断を下していたように思う。

 

 

 ────その結果。避けられぬ滅びに抗うことができず、僕は村を救えなかった。

 

 

 無茶を承知で、無謀を承知で。あの時領主と敵対するという選択が取れていたら、何か変わったかもしれない。

 

 ……今となっては何が正解かなんてわからないけれど。今回のように一見『無謀で非合理的な』選択肢が、最良の結果を生むことだってある。

 

 現に今回だって、僕が見捨てかけた大事な幼馴染は、ラルフの蛮勇により生き延びることができたのだ。

 

 僕に足りないのは、こういう所だったのだろう。『常識』にとらわれすぎて、穏当な判断に逃げ、冒険を嫌う僕の臆病すぎる性格。

 

 僕には、ラルフの様な土壇場で最良の結果を導けるだけの勘はない。だってそれは、僕がそういう『土壇場』から逃げ続けた結果にならない。

 

 つまり────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。あり、がと」

 

 アセリオが、目線を左右に揺らしながらラルフの手を握る。

 

「ふ、きにすんな!!」

 

 一方でラルフは、カッコつけながらも笑顔でアセリオの握手に応じた。

 

「僕からも礼を言うよ、ラルフ。僕一人ではアセリオを助けられなかっただろう。ありがとう」

「ポートは、すっごくやくに立ってたじゃんか。すごい物知りだったし、おれも助けられたし!」

「それでも。僕の大事な幼馴染を助けてくれてありがとう」

 

 アセリオ救出作戦から、3日後。僕とアセリオは、改めてラルフの家を訪ねていた。

 

「私が、おじちゃんたち呼んできたんだよ!!」

「リーゼもありがとね。君が速く呼びに行ってくれたおかげで、間一髪間に合ったんだ」

「えへん!」

 

 ラルフと別れたリーゼは、まっすぐ冒険者が騒いでいる酒場に走って言ったらしい。そして、冒険者の親分格に僕達が森に入ったことをまくしたてたそうだ。

 

 そのおかげで、冒険者たちは迅速に動き出してくれたという。地味ながら、リーゼも良い仕事をしていた。

 

「ポート、アンタも結構やるみたいね。ラルフから聞いたわ、変なブキで狼を一匹しとめたって」

「たまたまさ」

「でもそれで、ラルフが助かったんでしょ。……アンガトね」

「うん。ポートは、とっても頼りになる……」

 

 そして、今回の一件で。仲が悪かった僕達とラルフ達が、初めて笑いながら談笑している。

 

「ああ、ポートはスゲェ奴だ。サンキューな!!」

「……ラルフ。君から礼を言われるなんて」

「良いって良いって!」

 

 そういい、ガシリと僕と肩を組み笑うラルフ。

 

 今回、僕とラルフは互いに命を預け合ったわけで。特に彼とは、前世よりよっぽど強固な絆ができた気がする。

 

「これからは、イッショに遊ぼっか」

「ポートをバカにしないなら、喜んで……」

 

 僕達の和解により、女の子二人組も仲直りをした様子。

 

 ああ、素晴らしい。これで、前世のような仲良し4人組が出来上がるだろう。

 

 

 ────ただ、前世と違うところがあるとすれば。

 

 

 

 

「それでだね、ラルフ。僕は、村長の家の子だって知ってるかい?」

「……あん? あー、そういえばおまえ貴族なんだって?」

「まぁね。ただ、僕が村長の跡取りって訳じゃなくて……。僕と結婚した相手が、村長の資格を得るんだってさ」

 

 親しげに肩を組んでくるラルフに、僕も肩を組み返し。悪戯な笑顔を向けて、僕はラルフにこう言い放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「────ねぇ、ラルフ。僕と結婚して、村長になってみる気はないかい?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 ステーン、と。

 

 僕からの逆プロポーズを聞いていたらしい女子二人が、その場でズッコケた音が聞こえた。


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