TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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死、再び

「────っ!!」

 

 その話を聞いたイヴは、動揺の余り椅子から転げ落ちた。

 

「ポートさん、が?」

「はい。何やら未知の病の様で、意識不明の重体だそうです」

 

 イヴが心より尊敬し、焦がれた『最優の内政官』ポート。

 

 そんな彼女が、命すら危うい意識不明の重体に陥ったというのだ。

 

「今すぐ見舞いを!」

「駄目です、薬師リン様の指示でポート様は隔離されております。感染力の強い疫病である可能性もあるとの事です」

「……では! 私はどうすれば!」

 

 イヴがここまでの動揺を見せたことは、生まれてこの方無かっただろう。

 

 目を見開いて呼吸も荒く、年齢相応の少女の様にイヴは取り乱した。

 

「落ち着きなさい、イヴ。今、幸いにも国一番の薬師が儂らの領におるじゃろう」

「……ええ。ポートさん自身が、呼び寄せてくださいましたもの」

「彼女以上の医療者は、この国に存在せん。ポート殿の容体に関しては、彼女に任せるほかあるまいて」

 

 一方で、流石に老成したイシュタールは冷静だった。

 

 薬師リンと言えば、国中に名を轟かせた超大物医術師だ。薬を扱う治療に関して、彼女はスペシャリスト中のスペシャリスト。

 

 疫病の様な『薬で治す』病気に対して、彼女の右に出る人間はこの世に存在しない。

 

「……」

「ポート殿の仕事を最も理解できるのは、イヴ、お前じゃ。王の仕事は儂が暫く代行しておく故、イヴはポート殿の仕事を穴埋めしておくれ」

「私が、ポートさんの代わりを……」

 

 やがて、イヴも冷静になった。

 

 ポートの容体に関して、イヴに出来る事は何もない。

 

 ならば、ポートが快復した時に少しでも楽をさせてやるべきではないだろうか。

 

「……分かりました。今日より私は、領統府の内政務室に向かいます」

「うむ、任せたぞ」

 

 ポートの代わりをこなせる人材は、恐らくイヴを、おいてこの領にいない。

 

 ポートが何を考え、何を企んでいたかを理解しきれない所はあるけれど。イヴは病に伏した友人を想い、施政者として覚悟を決めた。

 

「……早く戻ってきてくださいよ、ポートさん」

 

 執務室に向かう最中。イヴは祈るように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イヴは、行ったの」

「そうですね」

 

 老人はそう言うと、久々に王座に座り。

 

「話を続けい。先程、イヴが動揺したから言い淀んだ言葉があろう」

「……お見通しでしたか」

 

 その悲報を告げに来た兵士に、話の続きを問うた。

 

「ポート様が倒れ、意識不明の重体。そして、薬師リン様の見立てでは『もって1日』との事」

「……治療の目途は?」

「リン様があらゆる薬を試しましたが、まるで効果は無かったとの事です」

 

 そう言うと兵士は、哀しそうに首を振り。

 

「リン様からの伝言を預かっております。『力になれず申し訳がございません』、と」

「……」

「リン様はどうやら、もう治療を諦めておいでです。自分自身の感染のリスクを鑑みて、これ以上粘るのは無意味と」

「何と。では、ポート殿は」

「おそらく、助からないものと思われます」

 

 その言葉を聞き、老人は長い長い嘆息をした。

 

「やっと、イヴが『儂にとってのゾラ』を得たと思うたのにのう」

「今の情報を、イヴ様に伝えてきましょうか」

「いや、黙っておれ。イヴの気力のあるうちに、ポート殿の仕事を引き継いでもらうわい」

 

 イシュタールは自らの子が出て行った扉に、冷徹な目を向けた。

 

「あの子は優しく聡明だが、心は決して強くない。ポート殿の仕事を引き継ぐ前にイヴが潰れてしもうたら、国が成りゆかなくなる」

「……」

「逆に、ポート殿から引き継いだ『仕事』さえあれば。イヴは『現実から逃げようと』仕事に無心に打ち込むじゃろう。あの子の負担は相当なものになるが、国は潰れない」

「それは……」

「ポート殿が死したとしても、イヴには告げるな。リン殿にも口裏を合わせるように言うておけ、良いな」

 

 そこまで言い切ったイシュタールは、どっと老けた顔になり。

 

 

「……この様な『政務』、二度とすることは無いと思っていたのじゃがな」

 

 

 彼は1年ぶりに『子煩悩な好々爺』ではなく、『王』に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらゆる薬を試した、か。全部効かないって事は、治す方法は無いのか?」

「はい、その通りでございます」

 

 リーシャは、ポートの隔離部屋から出てきたリンに詰め寄っていた。

 

「私の持つありとあらゆる知識を試しましたが、点で効果がございませんでした」

「……くそったれ。おまえの『万葉の雫』とやらは、万病に効くんじゃなかったのかよ」

「その薬は、確かに私の一番の自信作でございます」

「でも、効かなかったんだろ?」

「いえ、試しておりません」

 

 飄々、と薬師リンはリーシャにそう告げた。

 

「……あ? どういうことだ」

「無いものは試せないのでございます」

「無かったら、作ればいいだろ!!」

「領都で生産ラインが整うのは、来月以降でございます……。あの薬であれば効く可能性は十分にある筈でございますが」

「生産ライン、だ?」

 

 流石に少し申し訳なさそうな顔になりながら、リンは顔を伏せた。

 

「アレの生成には、炉が必要なのでございます。石炭を煮詰めるところから生成が始まり、複雑な工程を経て完成するまでに1週間はかかるでしょう。手持ちの在庫がない以上、今からでは間に合わないのでございます」

「何で、此処に持って来てないんだ!!」

「ですから、在庫が無いのです。そもそもアレは、少量生産の薬でございます。材料が揃っておれば作るのですが、出歩けぬ冬場などはよく在庫を切らしておるのです」

 

 リンの言う『万葉の雫』は、奇跡的な偶然を経て完成した薬だった。その複雑な工程はリン自身の高い技術によって実現していたが、そうそう量産できる代物ではない。

 

 リンの薬を求める者は多く、冬になればあっという間に売り切れてしまう。それは、例年の事であった。

 

「……申し訳ございませんが、私はこれにて失礼するのでございます」

「……っ!」

 

 リーシャは、恨みを込めてリンを睨んだ。一方でリンは、目を逸らして一礼する。

 

 薬を貰えなかった依頼人から、悪鬼のような形相で睨まれる事。

 

 それは、リンにとってごく当たり前の日常であったのだ。

 

 

 

「ああ、だから人の多い所に来るのは嫌だったですよ」

 

 

 

 慣れたものとはいえ。リンは、1人廊下を歩いて寂しげにつぶやいた。

 

「薬師は万能ではございません。出来る事をやっても、助からぬ命の方が多い」

 

 それは何人もの命を救い、何人もの命を救えなかった『薬師』の心の声。

 

「それでも救える命があるならば、私は出来る事を出来るだけやるしかねーのです」

 

 果たしてその呟きは、誰の耳にも届かぬまま立ち消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この、村の裏切り者!!!

 

 

 鬼のような金切り声を上げて、僕を弾劾する声がする。

 

 

 ────一度でもお前の事を友人と思った自分が恥ずかしい!!

 

 

 彼女は、泣いていた。

 

 僕は、無表情だった。

 

 

 ────呪って、や、る……

 

 

 その言葉を最期に。

 

 彼女は、二度と動かぬ死体となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……嫌な、夢を見た気がする。

 

「……こぽ」

 

 血反吐が、口から零れた。

 

 体中が鉛のように重く、喉が焼けるように痛く、胸がどうしようもなく不快で、頭が割れるように痛い。

 

「……ぜ、ぜ、ぜ。んぷっ……」

 

 ここは何処だ。僕はどうなった。

 

 ああ、そうだ。僕は倒れたんだ。

 

 さっきのは夢か。あの、思い出したくもない景色は僕の夢か────

 

 

 ────いや、走馬灯なのかもしれない。

 

 

 意識がぼんやりとしている。ここが夢なのか、現実なのか区別がつかない。

 

 そっか、前世で父さんは死ぬ時はこんな感じだったのか。あの時父さんは、確かに目の焦点があってなかった。

 

 

「……。ぜ、ぜ、ぜ」

 

 

 息の音がおかしい。水飛沫を上げるような、妙な呼吸音だ。

 

 これ、僕は助かるのか? 周りに誰もいない、声をかけてくれる人がいない。

 

 ……分からない。僕はもう、見捨てられたのか?

 

 かろうじて、顔を横に向けてみる。隣に誰かが、いる事を信じて。

 

 

「あ……」

 

 

 紙が有った。

 

 ベッドの傍には誰も居なくて、机の上に一枚の紙が置いてあるのみだった。

 

 

 ────ポート様。あまりに痛く、激しく、辛いのでございましたらこの薬を服用されますよう。薬師リン。

 

 

「……薬」

 

 

 紙の下に、粉薬が置いてあった。これの事だろうか。

 

 僕は震える手つきで何とか薬を口元に持っていき。

 

「ゲッホ、ゲッホ!! ぜ、ぜ、ぜ……」

 

 大いに咽ながらも、焼けるような痛みを我慢しながら必死で飲み下し。

 

「────あ」

 

 

 

 再び、僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ふわふわ。幸福感が、脳を焼く。

 

 

 ────美女が裸で、僕の周りをくねくねしている。

 

 

 ────山盛りの御馳走が、僕の欲しいままに出てくる。

 

 

 ────ラルフが、リーゼが、アセリオが。僕の傍で、笑っている。

 

 

 

 これは凄い。こんなに幸せなのは初めてだ。

 

 みんなが僕の傍に居てくれて。みんなが楽しそうに笑ってくれていて。

 

 こんなに幸せなことは無い。こんなに、嬉しい世界は無い。

 

 

 

「……こぽっ」

 

 

 

 何やら不快な音がした気がする。

 

 でも、そんな事は関係ない。僕はもう、幸せな世界を手に入れたのだから。

 

 ああ、嬉しいな。とても、嬉しいな。

 

 

「……ぜ、ぜ、ぜ、ぜ。ごぽぽっ」

 

 

 だって僕の大切な人が。

 

 

「……ぜ。……ぜ。……ぜ、ごぽっ」

 

 

 こんなにも、素敵な笑顔を浮かべているから。

 

 

 少しずつ、力が抜けていく気がする。

 

 ちょっとずつ、息が楽になっている気がする。

 

 だんだん、痛みが消えている気がする。

 

 心が安らかになっていく自覚がある。

 

 

 

「…………ぜ。…………ぜ」

 

 

 

 何も考えられない。

 

 何も考えなくていい。

 

 

「………………………………………」

 

 

 

 ああ。この感覚を、僕は一度、どこかで────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポートォ!!!!!」

 

 突然の怒声が、耳を切り裂く。

 

 何だよ、せっかくいい気持だったのに。大きな声を出さないでくれ、頭に響くんだ。

 

「ポート無事か、まだ生きてるか……っ!!」

「もう、もうもう! こんな暴挙はこれきりにしてほしいのでございます!!」

 

 ほんのり薄目を開けると、ラルフが凄まじい形相で僕を見つめていた。

 

 ボロボロと涙をこぼしながら、彼は僕の手をしっかり握りしめていた。

 

「あ、う……」

「薬師!! 早く、早く治療を!」

「分かってるでございますよ!! 言っときますが、この薬が効く保証は何処にも────」

「絶対に効く、賭けてもいい! 俺の直感がそう言っているんだ!!」

 

 慌ただしくリンは器具を設置し始め、そしてゴニョゴニョと詠唱を始めた。

 

 何をするのだろう……

 

「『万葉の雫よ────』」

 

 リンは、僕の胸に手を置きながら。

 

「『この者の身体に染み渡れ────』」

 

 静かに、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬師が『万葉の雫』を使ってまもなく、ポートはすぅすぅと安定した寝息を立て始めた。

 

 効果あり。リンの最も自信のあった薬は、間違いなく有効の様子だった。

 

「これは……。助かる見込みが、出てきやがりました」

「……そっか。良かった」

 

 リンの言葉を聞いて、ラルフはどっかり腰を落とした。

 

 その顔に安堵を浮かべながら。

 

「ところで、一体どうやってこの薬を入手したのでございますか?」

「アンタのお客から、買い戻した。『万葉の雫』を、お守り代わりに持ってた貴族が居たんでな」

 

 ラルフの言葉に、リンは驚いた。そうか、その手が有ったかと。

 

 実はラルフは、目の前でポートが倒れた瞬間に悟っていた。

 

 『これは、ポートの命に関わる案件』だと。

 

「でも、どうしてこの薬が効くと分かりやがりました?」

「そんな気がしたんだ。俺のこういう勘は、昔っから何故か絶対に外れない」

 

 ここから、ラルフは奇跡を手繰り寄せた。

 

 ただ何となく、しかし半ば確信をもって。ラルフは領内の随一の金満貴族の家に向かい、頭を下げたのだ。

 

 『万葉の雫』を分けてくれと。

 

「確かに、そう言えばその貴族に薬を売った記憶が……。何故、貴方がそれを知っていたのでございますか!?」

「知ったこっちゃない。ただ、そうしないとポートが救えないような気がしたんだ」

 

 その貴族は、幸運にもポートと非常に懇意な関係の貴族だった。

 

 そして、内政官としてポートが失われることになればどれだけ大きな損失となるかを理解してくれた。

 

「二つ返事で、薬を譲ってくれたよ」

「こ、これだけあれば十分でございますね。よくもまぁ、こんな奇跡のような……」

 

 確かに、それは奇跡と言えるだろう。しかし、これは彼が人為的に引き起こした奇跡だ。

 

 ラルフが街を駆けずり回り、薬師リンを捕まえるまでたった『1日』。

 

 そしてそれが、ポートを救うのに必要な時間ギリギリで有る事を、ラルフは直感的に理解していた。

 

 物事を達成する道のりを、思考時間なしで直感的に導ける本能。

 

 ────これが、まさしく。『英雄に成長しうる器』ラルフの、その才能の片鱗であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、れ?」

「気が付いたでございますか」

 

 何だか随分と、長い時間寝ていた気がする。

 

「……」

 

 息が、楽だ。何だか体が、すこぶる軽い。

 

「お加減は如何ですか、ポート様」

「おや、リンさん。どうしてこんなところ、に……?」

「ああ、まだぼんやりしているのでございますね。かなりパッパラパーになる薬も使いましたし、無理もない」

 

 ゆっくりと顔を上げてみれば、少し眩暈のような感覚を覚えた。

 

 それはまるで、随分長い時間『起き上がっていなかった』様な。

 

「うん、顔色は十分でございますね。筋力が弱まっているでしょうし、暫くはご無理をなさらぬよう」

「……あ、そっか」

 

 優しげなリンの態度で、ようやく思い出した。

 

 そうだ、僕は倒れたんだった。

 

「リンさんが僕を治してくれたんですね。ありがとうございます」

「……お礼を言われるのは、ばつが悪うございます。貴女を助けたのは、私だとはとても申し上げられません」

「……?」

 

 僕の礼を、リンは固辞した。これは、どういう事だろう。

 

 あの病を治すことが出来るのは、リンの持つ『万能の雫』のみ。

 

 こうして僕が治ったと言うことは、リンが助けてくれた筈なのだが。

 

「……どうか、その気持ちは貴女の後ろで寝ているお方に」

「僕の、後ろ?」

 

 

 彼女に促され、振り向いたそこには。

 

 僕のベッドにもたれて、涎を垂らして眠る婚約者(ラルフ)が居た。

 

 

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