TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
黒皮病。
後世で『史上最も多くの国を滅ぼした疫病』として伝承されるその天災は、凄まじい勢いで各地に伝播していった。
その病にかかった者は首が真っ黒に腫れあがり、あまりの苦しさから家族に助けを求め抱き着き、その家族へと感染を拡大させていく。
治療できなければ死を待つのみで、各地でバタバタと道端に死体が転がるようになった。
その死体に触れれば黒皮病に感染するので、死体を片付けることは出来ず。
黒皮病の患者の死体の肉を食べた鼠が、大事な生活水源を汚染した。
この恐ろしい疫病は各国に蔓延し、あの戦争狂の帝国ですら兵を動かせなくなるほどの被害を与えた。
現実を見ぬ王も、黒皮病の対応に追われて侯爵領への侵攻を一時断念してしまった。
そんな世界の一大事において、
「……一旦、重要じゃない物資は生産停止。もっともっと『万葉の雫』の製造ラインを増産するよ!」
「御意に」
イブリーフ侯爵領……薬師リンを擁するこの領地だけは、疫病対策の初動が凄まじく早かったためか、ほぼ感染を抑え込むことに成功していたのであった。
「ポート様、帝国商人が入国許可を求めています。おそらく、万葉の雫を求めての交渉かと」
「悪いけど非常事態なので、商人の出入りは制限して。指定した区域でのみ、貿易を続けよう」
「国内の患者への対応はどうします」
「製造ラインが稼働次第、国内の患者には無料で治療を行うとお触れを出して。1人の患者を治療しなければ、結果10人患者が増えるからね」
黒皮病の蔓延を食い止めることが出来たとはいえ、決して僕達イブリーフ領では平和な日々を送れていたわけでは無かった。
黒皮病の患者は日々現れるし、医療機関もパンク寸前だ。
依然として予断を許さない、ギリギリのところでこの領の政治は回っていた。
「……にしても、本当にイヴは頼りになるなぁ」
僕が倒れた件は、かなり危ないところだった。イヴが居なければ、黒皮病でもっと凄まじい被害が出たに違いない。
黒皮病の恐ろしさを正しく認識しているのはこの世界で僕だけだ。初手の対応こそ、何より重要なのだ。
そんな局面で昏倒した僕に代わって、イヴは完璧な対応をしてくれた。
僕が『万葉の雫』によって快方に向かっていることを聞いて、イヴは即座に製造ラインの増産に取り掛かってくれたのだ。
結果、国内で増え続ける黒皮病患者に対する『万葉の雫』の生産が間に合って、感染の拡大防止に大きく貢献した。
「イヴの素早い決断のおかげで、大した被害が出ずに済んだ。後世には、施政者たるものかくあるべきと伝わるだろう」
「イヴ様はむしろ、疫病の流行を予見していたポート様の目に驚愕していましたが」
「予見なんてしていなかったさ。僕はただ、医薬品を特産物にして王都を食ってやろうという下心しかなかった」
……これは、僕が倒れてさえいなければ自分でやる予定だった仕事だ。
ただ医療の向上の名目だけで国民全員の『万葉の雫』を用意しておくのは、流石におかしい。
なので万葉の雫は常識的な量の生産に絞り、疫病の流行を受けて初動で一気に製造ラインを増やす予定だった。
問題は、僕自身が黒皮病にかかることを全く想定していなかった事だ。
僕が倒れたら、政務が大混乱になって凄まじい被害が出る。製造ラインの増産どころか、生産が止まってもおかしくない。そこに全く頭が行っていなかった。
イヴは、僕の尻拭いを完璧にこなしてくれた形である。
「さあ、あとひと踏ん張りだ。国内の情勢が安定したら、万葉の雫を他国に輸出しなきゃいけないし」
「了解です」
「薬の製法についても、求められれば隠さなくていい。むしろ、他国にたっぷり恩を売りつけてやれ」
僕はイヴの友人であり、部下である。彼女の機転と功績に、しっかり応えねばならない。
1か月の療養の末に復帰した僕は、イヴの仕事を引き継いで意気揚々と領統府に戻ったのであった。
「……ところでどうして、リーシャは地べたに転がっているの?」
「昨日、男に振られたそうです」
「ああ」
ちなみにリーシャは、この忙しい時期に使い物にならなくなっていた。
聞けばどうやらイヴが帝国に遠征していない間に、こっそり男を捕まえかけていたらしい。
お相手は相変わらずチャラい男だそうだが、リーシャにしてはうまくいきかけていたそうだ。
しかしここ1か月ほどは仕事に追われ、まったく時間が取れずフラれてしまったのだという。
『やべー病気も流行ってるし、もう会わない方がいいんじゃね?』
『え、でも。それじゃ、これからのユー君のお小遣いは』
『悪ぃ、もっと金持ってる娘を捕まえたンだわ』
『ああああああっ!!』
相変わらずのリーシャの男運のなさ、男を見る目のなさである。
リーシャを金蔓としか見ていなかった男が、あまり会えなくなったので振ったという話だろう。
「……」
「目が死んでいる」
しかし、あまりに不憫だ。そして、何だかんだ優秀なリーシャが居ないと仕事効率がすこぶる落ちる。
僕に良い男の知り合いでも居たら、紹介してあげたいけれど。
あいにく僕と親しい男性は、ここの文官仲間を除けばラルフくらいだ。
唯一、伝手があるとすれば、
「リーシャ。あの……」
「……なに」
「僕の友達に頼んで、合コンとかセッティングしてみるから元気出してください」
「……メンツは?」
「怪しい仮面集団なので、あんまり詳しくは……」
「要らないわよぉ!!」
アセリオの愉快な仲間たちくらいだ。しかし、流石のリーシャもそれは願い下げらしい。
仮面をつけて奇行に走る集団は拒否ですか。
「参ったな、ならもう他に伝手は」
「仮面つけてない男の人と合コンしたい……」
「……」
まぁ、そりゃあそうか。
「とういう感じで、問題なく復帰できたよ。みんなには迷惑をかけたね」
「……よかった」
こうして未曾有の危機を乗り越えた僕は、退院して久しぶりに幼馴染み達と食卓を囲むに至った。
黒皮病の感染力がどれくらい続くかわからないので、僕は完治するまでずっと別室隔離されていたのだ。
「すっかり顔色もよくなったわね、ポート。1週間以上寝込んでた時には、痩せてお化けみたいだったらしいわよ」
「……うん、実際危なかったみたい。薬師リンにはよくよく感謝しないとね」
「本当ね」
万葉の雫がよく効いて咳も出なくなってから、リン師は僕の退院を許可した。
ずいぶん長い期間の入院だったが、とあるお方が『ポートさんに万が一が無くなるまで、しっかり療養させなさい』と薬師リンを脅したらしい。
彼女は薬の製造ラインの監修をする合間、ずっと僕の主治医も兼任させられていたという。
リン師、此処に来てから碌な目に合ってないな。無理矢理連れてきた身としては申し訳ない。
「……それでさ。ポート」
「何だいラルフ」
そして、もう一人の命の恩人。
聞けば奇跡を手繰り寄せて万葉の雫を手に入れ、僕の治療を間に合わせた頼れる婚約者。
「今回は本当に感謝しているよ。君が傍に居てくれて、良かった」
「ああ、うん」
「何か頼みがあったら言ってくれ。僕でよければ、何でも言うことを聞こうじゃないか」
エロバカ幼馴染みのラルフだ。今回ばかりは、彼に大きな恩を受けた。
この男がイヴ領まで着いてきてくれてなければ、僕は命を落としていただろう。
こりゃあいよいよ覚悟を決めて、気絶覚悟でサービスしてやらねばならんかもしれない────
「じゃあ、ちゃんと目を合わせて喋ってくれよ。何か最近、ポート俺のこと避けてねぇ?」
「……そんなこと無いよ?」
「ほら! 今も目を合わせてないじゃん!」
……。
「はい、目を合わせたけど」
「ちょっとじゃん。一瞬、俺の顔見ただけじゃん」
「だって、ジロジロとラルフの顔を見つめても、得るもの無いしなぁ」
「話す時くらい顔見ろって言ってんだ」
ラルフは、何やら僕が視線を合わさなくなった事にご不満の様子だった。
ラルフは、実に心が狭い。
「……え、ポートそんなことしてたの?」
「別に、そんなつもりなかったけど……」
「いーや、してたね。ポートが目覚めてから、全然視線を合わせてくれなくなった」
「気のせいだよ」
ラルフにはよく感謝しているし、僕も心から頼りにしている。
今回の件、ラルフの活躍を聞いて返しがたい恩義を受けたと考えている。
でも、
「ほら、見ろ! これ。これ!」
「あ、本当だ。全然、違うところ見て話してるわね」
「……あー、ポート。成る程」
絶対に目を見て話さなきゃいけない感じのアレは、無くないかな。
「それ結構傷付くんだぞ」
「うー、そんなもんかい?」
僕は普段、仕事中は書類見ながら複数の文官に指示を飛ばしたりする。
つまり癖になってるんだ。顔を見ずに話をすること。
それくらい多めに見てほしいもんだ。
「ま。その話は、置いといてだね」
「置いとかないで欲しいんだけど」
「アセリオ、合コンとか組んでくれたりする? 仮面付けてなくて、怪しくない男の人を集めてほしい」
「ダイナミック不倫宣言!?」
アセリオに合コンを組んでと頼んでみたら、お前ふざけんなと、ラルフが怒ってグリグリしてきたのでちゃんと弁明しておいた。
これは職場の上司(大将軍)の、モチベーションの為の合コンだと。
「お前は参加しないんだな、ポート」
「勿論だよ」
そもそも、最初から僕は参加する気など無い。
婚約している人が、そういう場に参加するのは他の人にも迷惑だろう。
まったく、男の嫉妬は見苦しいものである。
「ん。……じゃ、適当に声をかけてみる……」
「ごめんねアセリオ。無理を言って」
「無理じゃない、むしろ皆喜ぶとおもう。大将軍相手に、コネを作るチャンス。多分、物凄い参加倍率になるから、しっかり厳選しておく……」
アセリオは、二つ返事で引き受けてくれた。相変わらず頼りになる。
彼女がこう言ってくれたからには、良い人が集まるだろう。
さてさて、リーシャはこのチャンスを生かせるだろうか。
「……何か、ポートが冷たいなぁ」
「不満なら私に乗り換えてもいいわよ」
「俺、何かしたかなぁ?」
遠くでラルフがぼやいているのは、聞こえないふりをした。
別に、避けてるとかじゃないんだけど……。
「……」
ただ、何か目を合わせにくいだけである。
「ラールフー」
「あん?」
夜。ベッドに入る前に、僕は彼に声をかけた。
僕がラルフに冷たくしている、という誤解を早めに解いておきたいからだ。
「ごめんね、目を合わせなくて。あんまり怒らないでね」
「……いや、まあ。何か理由あるのか?」
「特に理由とかは無いんだけど」
「じゃあ、今まで通り目を合わせてくれよ」
「それは、その」
ラルフは割と寂しがり屋で、かつ不貞腐れ屋だ。
あんまり機嫌を損ねすぎると、後に響く。
「まあ、それは今は置いておこう」
「いや、置くなって」
「それ以外で、何か僕にして欲しいことあるかい?」
「目を合わせてって頼みすら駄目なのに、何ならやってくれるんだよ」
「うーん」
話しかけたら、ラルフはやはり機嫌悪げだった。
僕が目を合わせないことで、本当に傷付いているらしい。
どうすれば、気を直してくれるだろうか。
「……その」
「何」
「一緒に寝ていい?」
取り合えず、添い寝でもしてみよう。
これで機嫌を直してくれれば良いんだけど。
「何これ」
「……すぅ、すぅ」
そして、ラルフは背中に
「何これぇ」
「……」
飄々とした態度を崩さぬまま、急に目だけ合わせてくれなくなった
別段セクハラした記憶もないのに急に避けられ、不満たらたらだった彼は、
「……」
「……すぅ、すぅ」
その婚約者から抱きつかれ、頬を擦られながらベッドの中で目をギンギンに開いていた。
「これどうなってんの? 俺、嫌われてるの? 嫌われてないの?」
「……むにゃ」
「何でコイツ、こんなに爆睡してるの?」
ラルフからすれば、彼女の言動は意味不明である。
前までなら軽いボディタッチですら気を失ってた
もっと凄い事をして良いという前振りに見えなくもない。
しかし、日中は距離を取られているのもまた、その言動が理解不能な理由であった。
「……分からねぇ」
夜中にいきなり話しかけられ、婚約者と同衾することになったラルフ。
手を出していいのか、駄目なのか。
避けられているのか、違うのか。
その全てが、童貞の彼にはまるで分からない。
翌朝、快眠でツヤツヤしているポートの隣に、寝不足気味の男が瞼を擦っていたそうな。