ナガンの長ったらしい説教を受け終わったナオキの表情はすでに極限まで疲れ切っていた。
自身が働いた独断専行が原因とはいえ、基地倉庫で正座をさせられて二時間も説教を受け続ければどう思おうが反省せざるを得ない。
フラフラとした足取りで廊下を歩いていると後ろから、
「よう、お嬢。説教は終わったか?」
「……トンプソン」
声をかけられて後ろを向くと第一部隊リーダーのトンプソンが手をヒラヒラと振っていた。
恐らくハヅキに作戦の報告を終えてバーで一杯ひっかけに行くところなのだろう。
「はは、顔を見りゃわかるぜ。相当絞られたな、お嬢」
「……ナガンのお説教はいつも余計な一言が多くて嫌い」
「まぁ、年寄りは話好きだからな。
それにお嬢が無茶して怪我でもしないかって心配なのさ、あいつは」
「子供じゃない」
「そういう風に反抗するのが子供なのさ」
トンプソンの子供扱いにふんっと鼻を鳴らして拗ねるが。
そういう所が子供っぽいと言われ、なだめる様に頭を撫でられる。
「……触らないで」
「おっと、こりゃあ失礼しました。前線指揮官どの?」
「………………、」
からかうような物言いにナオキは不機嫌そうに睨みつけるが、当の本人は悪びれる様子を見せずにニカッと微笑みながら、
「ふっ、そう見つめてくれるなよお嬢。
そんな熱視線を向けられると、」
ナオキの顎をくいっと手を添え、
「――――止まらなくなる」
軽く、触れる程度のキスをした。
「……ッ!!!!」
流れるような動作で自然にキスをされたナオキはトンプソンを振り払って、キスされた唇を両手で隠すように押さえる。
キスをしたトンプソンはナオキの唇に触れた唇を優しくなでる様に触れながら、
「ふふっ、お嬢の初々しい味だ」
味わい深くナオキとキスした感触を初々しいと表現し、サングラス越しから覗く瞳でナオキを捕らえて離さない。
見つめられてるナオキは顔を真っ赤に染めて、トンプソンの視線に釘付けとなっていた。
「……決めた。酒は後回しだ」
動けないナオキを胸の中に抱き寄せて、耳元で呟くように、
「独断専行した罰だ。ちょっと付き合ってもらうぞ、お嬢」
「っ、離して……!」
「駄目だ。長時間も説教されてお疲れだろうが。
私もお嬢が敵のど真ん中を突っ切るのを見て肝を冷やしたんだ」
だから、これは私からの罰だ。と艶のある声で囁くと、ナオキをお姫様抱っこして宿舎へと歩みを進める。
急に持ち上げられて驚く暇もなかったナオキは今更、抵抗するがガッチリと抱き寄せられて逃げられない。
「良い子にしてくれ、お嬢。
そうすれば優しくしてやれる。まぁ、抵抗して無理やりってのもそそるがな」
「……バカ」
もはや逃れる術がないと諦めたナオキは、ただ真っ赤に染まる顔を逸らしてトンプソンの表情を見ない様にした。
これ以上、トンプソンの熱い眼差しを見てしまうと、どうにかなってしまいそうな自分を抑える為に。
そんな彼女の心情を読み取ったトンプソンは、
「いいね、たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろよ、お嬢?」
優しく囁くようにそう呟きながら、宿舎へとエスコートしていった。
戦術人形『トンプソン』。
荒くれ者のような口調の姉御肌な戦術人形だ。
普段は表沙汰にならない汚れ仕事を中心に好んで引き受ける側面もあり、所属する基地によってはそういった内容の仕事も多々受けることもある。
そんなダーティワークな任務を日々こなす彼女に新たな辞令が下される。
S09地区に新たにG&K所属の指揮官として社長のクルーガー自ら雇った、元傭兵の姉妹が管理する基地への配属だった。
元傭兵という肩書に興味を抱かれたトンプソンは配属命令を下したヘリアンにどういった人物なのかと問うが、彼女から出たのは「戦争によって全てを奪われ、幼い頃から窃盗や殺しで金を稼いで生きてきた戦災孤児」だということ。
そしてG&Kにスカウトした際に出された条件として二人で指揮権を与える事と、姉妹への情報公に公開しないこと条件に指揮官として入社した経緯があることも知った。
どんな秘密を抱えているのか。断然、興味を抱いたトンプソンはS09基地の指揮官二人組はどんな面をしているのかと内心楽しみにしていた。
新たに所属する基地は設立したばかりなのか、トンプソンとその他数体の人形たちを含めた全員が立ち上げメンバーとなる、生まれたての基地だった。
そんな立ち上げメンバーを率いる新米指揮官は二人の双子の姉妹だった。
姉の『ハヅキ』は人当たりのよさそうな感じだが腹の中にドス黒い何かを隠しているのがトンプソンにはお見通しだった。
そして妹の『ナオキ』はフード付きのコートで顔を隠して表情が伺えないが、姉に負けず劣らず何かを隠しているのは明白だった。
そんな秘密を隠す姉妹たちによる基地管理は独特なものだった。
自分たち戦術人形に求められているのは下された命令に従い、勝ち負けに拘らず与えられた使命だけをこなせといったありきたりなモノだったが、一つだけ理解できないことがあった。
それは前線に自分たち戦術人形と共にナオキが前線指揮官として同行し。
逐一、基地で指揮するハヅキに報告するというものだった。
わざわざ危険を冒してまで、人間であるナオキが自分たちと一緒に前線に出る必要はない。
そう思ったのはトンプソンだけではなく他の人形たちも同じだった
ましてや、表情は覗えないが傭兵家業を生業にしていた割にはか弱そうな見た目のナオキに戦いは向かない、そう思っていた。
ナオキの異常性を目の当たりにするまでは。
常日頃からナオキの左腕は包帯でグルグル巻きにされており、大怪我でも負っているのかと思われたが、それは大きな間違いだった。
左腕に巻かれた包帯の下には人間の腕とは思えない、皮膚が爛れて赤黒く変色した腕だったモノがあった。
その腕は鋭利ですべてを切り裂く刃、マントのようにしなやかで堅固な盾、伸縮自在な鋭い槍などに変異し。
それら武器として使い、人とは一線を凌駕した身体能力で縦横無尽に前線を駆ける姿を目の当たりにしたトンプソンたちは目を丸くして驚き慄いた。
そしてそんな異常性でありながらフードが脱げた際に見えた表情は冷めたものだった。
作戦が終わった直後にハヅキにどういうことかと問いただしても、ただ妹のナオキは事故で大怪我を負った際に高濃度の
並みの人間が低濃度の崩壊液に被爆すればE.R.I.Dのようなミュータントになるというのに、それを高濃度の崩壊液を片手だけでも浴びて無事で済むはずがない。
だが、あれだけの変異をもたらすものは崩壊液以外には思いつかない。
どれだけの過去があって左腕があんな風に変貌し人間離れした力を得たのか。
否、あの冷めた表情を見たトンプソンはナオキが望んで力を得た様には思えなかった。
もし、なんらかの事故や非人道的な実験でああなってしまったというなら、今までどんな生活を送って来たのか。
ナオキの異常性に引くどころか、今まで彼女の過ごした日々に興味を強く抱いたトンプソンたち人形たちは何度もナオキに話しかけ続けて交流を図ろうとした。
しかし、自身の異常性で誰も信じられなくなるほど冷め切った彼女の心は簡単に溶かせなかった。
それでもトンプソンを始めとする人形たちはめげずに交流を続け、前線でも肩を並べて戦うことで信頼関係を深めようとした。
積極的な人形たちの押しにナオキも少しずつだが反応するようになり、今ではわずかに笑みを浮かべる位に人形たちを交流するようになった。
トンプソンもナオキをお嬢と呼び、一緒に過ごして可愛がるようになった。
前線では頼もしい戦友として、プライベートでは甘やかしたりと出会った当初よりも関係が深まっていった。
作戦が成功した後に飲む勝利の美酒よりもナオキと共に過ごすことが多くなったトンプソンの日常はダーティワークをこなしていた日々よりも色鮮やかとなり、失うのが惜しいとまで思うようになっていた。
故に、ナオキを脅かす敵にはとことん容赦はしない。
たとえば、彼女の崩壊液で得られた異常性を研究目的に誘拐しようとする者らを皆殺しにするくらいには彼女との生活はかけがいのないものになりつつあった。
「……あ、が」
故に、敵となるなら人間でも容赦なく撃ち殺す。
ナオキの為になるダーティワークなら何でも引き受ける覚悟だった。
「ふぅ、ボス。オールクリアだ」
『生存者は?』
周りを見渡して血を流して絶命している集団の中に息のある者がいないかを確認し、かすかに虫の息の敵に向けて銃口を向け、
「いや、死体だけだ」
凍えるほど冷めた視線で見下しながらトリガーを引いた。
『OK。宿舎でナオキが
「ほぉ、いいねぇ。お嬢との晩酌なら大歓迎だ」
宿舎にナオキが待っていると聞いて、冷めた視線だったトンプソンに明るい表情が灯る。
それだけナオキと過ごせるのが嬉しいと知っている反面、彼女の為にこんな汚れ仕事を任せていることにハヅキは目を伏せて、
『……ごめんなさい、トンプソン。いつもこんな面倒なこと任せて』
「よせよ、ボス。当然のことをしてるだけさ」
無線越しに申し訳なさそうに謝るハヅキに微笑して当然のことだと当たり前のように言い放った。
すべてはナオキの平穏の為、彼女が気負わなくて済むように自分だけが汚れればいい。
それが、戦術人形トンプソンとしてのあり方だと信じて。