模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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キャスター 3

 

 ワトソンは元々天文科に属していた魔術師である。専門とするのは星見であり、星座を用いた占いであり、星の動きを利用した様々な実験だ。むろん、使い魔を通した覗き見程度は、教養として普通に扱える。

 

「ふむ、これは便利だな」

「だろう?」

 

 ワトソンは初めて、ホームズに対して得意げな顔をしてみせた。

 彼が趣味で作り上げたのは、真空管の中にエーテル体を流し込み、基盤を星図と対応させて完成させた、テレビである。使い魔を通じて得た視覚情報を映し出すことができる。古めかしいビデオデッキも付属されていて、録画も出来る優れものだ。

 優れもの、と言っても、使い魔からの映像を二人以上で共有する状況など、滅多に――というか、まったく――なかったために、今までは押し入れの肥やしとなっていた代物なのだが。

 

「では、そちらの映像は記録しておいてくれ」

「えっ、リアルタイムで見ないのか?」

「こちらはこちらで覗き見をする」

 

 そう言ってホームズはソファに背を預け、目を瞑った。

 

(なんだ、自分で見に行けるなら、これは必要ないじゃないか)

 

 ワトソンは不貞腐れるようにそう思ったが、正直使い魔の目を通して見るより、画面に映した方が見やすいため、そのままテレビに向き直った。

 

 

 

 開幕戦は、十分もしない内に終息した。

 ワトソンは最後に見た映像を、いまだに信じられずに、使い魔の回収を忘れている。

 ぱちりと目を開けたホームズが、「早く使い魔を戻したまえ」と冷淡に言って、勝手にビデオを巻き戻した。

 ワトソンは慌てて使い魔を拠点に戻し、フラスコにしまった。途端に、ホームズが口を開く。

 

「君はどう見た?」

「え? あ、何を?」

「敵となるサーヴァントたちだ。たとえば、君はランサーと、虎、ガンナーの方を見ていただろう? 彼らの真名に心当たりはないのか?」

「え、あ、ええっと……」

 

 そう言われても、とワトソンは頭を掻く。しかしホームズは、あくまでワトソンの意見を聞くつもりのようで――本当の意味で“聞く気”があるのかどうかは不明だが――口を固く閉ざしたまま、唇の前で両手の指先を軽く合わせ、テレビの画面を見据えている。

 ワトソンは意を決した。

 

「ランサーは……たぶん、騎士だと思う。軍服のようなものを着ていたけれど、年代は分からない。わざと近代的なものを着せて、隠蔽工作をしてくる奴だっているだろう。そうだとしたら、見た目より古い英霊かもしれない」

「騎士、と言った理由は?」

「ええと……隠れて撃つのが卑怯だとか、名乗りがどうとか言っていたし、なにより最後。ガンナーが狙撃された後、最後に十字を切っただろう? そういうことをするのは、騎士道を持ち合わせた人間なのかなと」

「では次。虎については?」

「虎は……正直、まったくよく分からない。白虎とか窮奇とかがすぐに浮かぶけれど、あれらはどちらかというと神獣とか幻獣にあたる生物だから、サーヴァントにはなれないと思うんだ。だとしたら、虎に変化する逸話を持った人物――ということになるんだけど、そういうのを持っているのは、ギリシャ神話の女神テティスとか、ヒンドゥー教の獣人ナラシンハとか、そういう神霊レベルになってしまう。しかも、正確には虎じゃなくてライオンだし。それなら普通の人間で、って思うけれど……虎との関連が深い人間なんて、僕には思いつかないな」

「それじゃあ、最後だ。ガンナーと名乗った少年」

「彼は分かり易い。ガンナーと名乗りうる少年と言ったら、ビリー・ザ・キッドだろう?」

「……なるほどね。よく分かった」

 

 ホームズはおもむろに立ち上がると、外套を羽織って、拠点を出ていこうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、キャスター! 一体どこへ?」

「現場さ。すぐ戻るよ」

「現場って――」

 

 ワトソンの言葉など、彼にはもう届いていなかった。

 

   ☆

 

 ホームズが戻ってきたのは、それから十二時間後のことだった。

 

「起きたまえ、マスター」

「……へぁ?」

「間抜け面を晒すのがそんなに楽しいか? しゃきっとしたまえ」

「ぶっ」

 

 顔面に新聞紙を叩きつけられ、ワトソンは覚醒した。のそのそと起き上がり、床に落ちた新聞を拾う。

 

「……新聞? なんでこんなもの」

「地方欄、事件、左下。目覚めのパンチにしては、なかなか衝撃的だよ」

 

 言われた通り、ワトソンは地方欄のところを開き、左下の記事に目をやった。

 そして、言われた通り、驚愕に目を見張った。

 

「――……え、これって……」

「長期滞在の外国人客、拳銃自殺か」

 

 勝手に淹れた紅茶を飲みながら、ホームズは淡々と記事を暗誦した。

 

「梅沢温泉旅館――ここから十キロほど北にある旅館だね――の一室で、今朝未明、長期滞在中だったフランス人観光客エリーヌ・ジオネ(25)が死亡しているのが発見された。手には拳銃を持っており、警察は自殺として捜査を進めている」

「エリーヌ・ジオネ……確か、降霊科にいた……」

「昨夜脱落したライダーのマスターだろう。手の甲に令呪の痕があったからね」

「見てきたのかっ? っていうか、え? ライダー?」

「あぁ、ガンナーと言っていたのは隠蔽工作だ。実際はライダー」

 

 ホームズは当然のことのように頷いた。

 

「彼は死の間際、ランサーに向かって何か言っていた。あの唇を読めば、彼が名乗っていたのが分かる。それによれば、彼はミドルサセックス連隊第四大隊の二等兵、ジョン・パーだ」

「ジョン・パー……第一次世界大戦における最初の犠牲者……?」

「その通り。彼は、自転車斥候部隊の一員だった。つまり、適正クラスはライダー。実際、彼らが戦っていた建物の中には、車輪の痕が残っていたよ。ランサーのマスターを追い詰める時に使ったんだろうね」

「そうだったのか……それで、彼女は自殺を……」

「そういうタイプの女性だったのか?」

 

 ホームズの問いに、ワトソンは少しだけ考えて、やがて首を横に振った。

 

「いや……ほとんど接点は無かったから、よく知らないけれど、すごく気が強くて、相手を選ばず噛みつくような人だ、って聞いたことがある。そして――」

「そして?」

「――……自分の師の助手に、惚れ込んでる、って」

「よし。これで、動機からしても自殺の線は完全に消えた。問題は誰がどうして、彼女が自殺したかのように見せかけたか、だ――」

 

 そう言うと彼は、唇の前で指先を合わせ、ぶつぶつと何事か呟きながら、部屋の中を歩き回り始めた。

 あまりに真剣に考えを巡らせる彼の姿を見て、ワトソンは声をかけるのを遠慮し――やはり我慢しきれず、ソファの背に身を乗り出して、尖った声を出した。

 

「キャスター」

「………」

「キャスター、ホームズ!」

「なんだい、マスター」

 

 ワトソンは、こちらを一瞥すらしないホームズの態度に少しだけ腹を立てたが、努めて冷静な口調で言った。

 

「君、これが聖杯戦争だということを忘れていないか?」

「あぁ、忘れていないとも」

 

 ホームズは平然と答えた。

 

「そしてこれこそが、勝利に至る道筋だよ、マスター」

  

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