模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アーチャー 1

 

 その女性は旅館の一室で荒れ狂っていた。

 布団を蹴り、枕を投げ、荷物をぶちまけ――その内窓ガラスの一枚や二枚は、割ってしまいそうな勢いである。彼女以外に客がいなかったからいいようなもので、繁忙期だったら追い出されても仕方のない振る舞いだ。

 

「どうして! どうしてよ! 何なの! なんで――なんであたしが、真っ先に負けなきゃいけないのよ!」

 

 一通り叫んで、息が切れたのだろう。彼女は肩を上下させながら、振り回していたハンドタオルを投げ捨てた。そのまま暗闇に立ち尽くす。

 エリーヌ・ジオネ――二十五歳。時計塔出身の魔術師。降霊科の下位学科、召喚科に属す。課程はすでに修了しているが、今もまだ時計塔内部に残り、師匠の手伝い等をしている。

 

「これじゃあたし……どんな顔して、帰ったらいいのよ……」

 

 来歴――ジオネ家の二女として誕生。魔術師としての素養を持ち合わせていたにもかかわらず、魔術刻印は長男が継ぐことに決まっていたため、不遇な幼年時代を過ごす。しかし不慮の事故から長男が死亡したため、突然、相続者にされたが、みるみる頭角を現し、昨年開位(コーズ)の称号を得た。現在は、弟子仲間のレイノルド・アバッチオに想いを寄せている。

 

「師匠の無茶ぶりだったのは確かよ。確かだけど……そんなの、言い訳で……」

 

 気性――荒く、攻撃的。強気。勝気。反骨精神が強く、男尊女卑を嫌う。なかなか他人を信用しない一方で、一度気を許した相手には甘く、ひどく油断する。プライドが高く、自身への攻撃に対し敏感。なおかつ貪欲、執拗で、決してただでは転ばない。

 

「――……アーチャーよね。最後に、あたしのライダーを撃ったのは……許さないわ。許さない、絶対に。勝ち逃げなんてさせてたまるもんですか! こうなったら、とことんまで邪魔して、こんな儀式台無しにしてやるわ!」

 

 以上のことから、このまま野放しにしておくのは危険だと判断し、女は旅館へ忍び込んだ。

 このために、あらかじめエリーヌ以外の宿泊客が来ないよう、細工をしておいたのだ。

 エリーヌは結界を構築していたが、気にせずに踏み込ませる。間違いなく、侵入したことは向こうに把握されただろう。荒れていようが、苛立っていようが、いっぱしの魔術師だ。

 室内に清冽な魔力が渦巻く。召喚の準備に入ったのだ。こんな深夜に忍び込んでくる不届き者の命を刈るために。

 

(――……ソイツに、命はないんだけどね!)

 

 エリーヌの部屋の扉をすり抜けて、人影が一つ。

 

「[応じよ!]」

 

 彼女の呼びかけに、影が立ち上がった。四方八方から刃と化して襲い掛かった影が、瞬く間にその人影を八つ裂きにして――

 

「――……紙?」

 

 エリーヌの足元に、白い紙きれが散らばる。

 

(あら、いいじゃない。まるで死出の旅路を祝福する、紙吹雪みたいね)

 

 などと思いながら。

 結界が張られた時にはすでに内部に潜んでいた女は、エリーヌの背後に降り立った。

 振り向くより早く、こめかみを撃ち抜く。

 

 

 

「ふむふむ、私を呼んだ時点で、なんとなく分かってはいたけどネェ、マスター君?」

「何かしら」

「――君、私ほどではないにしろ、なかなかの悪党だな」

「お褒めにあずかり光栄だわ、犯罪界のナポレオン様」

 

 妖艶に笑んだ女が、握っていた拳銃をひょいと放り投げる。と、それは瞬く間に紙切れへと変わり、地面に落ちた。

 『模倣者』――彼女がそう名乗るゆえんは、この魔術である。系統としては錬金術に連なるものであるが、その性質は“創造”ではなく“模倣”に偏っている。

 しかしただの“模倣(コピー)”ではない。

 それはたとえるならば、名刀の“写し”のように。

 彼女の模倣は、複製品、あるいはレプリカ、または海賊版、廉価版、下位互換――などと呼ばれるようなものではないのだ。本物でないことは確かだが、しかして偽物でもなく、その本質は本家に迫り、稀に本家を上回ることさえある――

 ――二次創作。

 むろん、その場限りの役目でいい場合は、適当な素材で適当に作ることもあるのだが。今しがた放り投げたばかりの拳銃のように。

 

「おや、こいつはもう使わないのかね?」

「ええ、使い捨てなの。放っといていいわよ」

「おっと、それはいけないな、マスター君――」

 

 と、白髪の老人は、わざわざしゃがんで、くわえていた葉巻を紙に押し付けた。

 すぐに火が移り、燃えていく紙。

 

「――こういうのを見逃さない奴が、ごく稀にだが、この世には存在するのだよ」

「たとえばあの探偵とか?」

「ソーソー、あいつってば本当に陰険でしつこくて目敏くて、もー小姑かってぐらいに厭味なヤツだからネ! 用心するに越したことはないのサ! なんなら、この焼け跡からだってなんとなく推理しちゃうような野郎だから! ――よーし、これぐらいでいいだろう。っとと、腰が……」

 

 おちゃらけた調子で言いながら、老人はゆっくりと立ち上がった。そして腰をとんとんと叩きながら、

 

「ヤダネー歳をとるっていうのはサ。私ももっと若い姿で来たかったものだよ」

「あら、もしかしてあなたまで、“全盛期じゃない頃の姿”で来ちゃったわけ?」

「まさか」

 

 老人はふと声音を変えた。

 

「私は間違いなく、この時分が最盛期だよ。――そもそも、私“だけ”は全盛期で召喚されるように、と、歪んだ聖杯を作ったのは君だろう? その君が何を今更」

 

 模倣者はにたりと笑った。

 

「……ふふ、そうね、そうだったわ」

 

 二人の顔は鏡写しのように。

 あるいは模倣(コピー)したかのように。

 まさしく――“悪党”と呼ぶに相応しい笑みを湛えていた。

 

  

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