模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アサシン 4

 

 真琴は、道場の中心で瞑想しながら、昼間のことを思い返した。

 

(止められなかった……)

 

 体も、心も成長していた。――何も変わっていないと思っていたのに。

 強い視線で、真っ直ぐに見返された。――弱いままだと思っていたのに。

 サーヴァントがぴったりと寄り添っていた。――私が守らなければならないと思っていたのに。

 

「瞑想になってませんよ~主様」

 

 真琴はゆっくりと眼を開いた。

 山崎がおちゃらけた態度で真琴の顔を覗き込んでいる。

 

「……何か用? アサシン」

「いえ、取り立てて用があるってわけではないんですが」

「なら――」

「そういえば主様の願いを聞いていなかったなぁって、ふと思いまして」

 

 にこにこと絵に描いたような笑顔を貼り付けている山崎を前に、真琴はぐ、と息を詰まらせた。それから、息を詰まらせてばかりいる自分に気が付いて、意識して力を抜いた。思い返せば、山崎との会話中に、まともに呼吸ができていた記憶がない。

 真琴は視線を逸らして、淡々と答えた。

 

「ルールを見たなら、わかっているでしょう。叶えられる望みは一つだけ。あなたがその――お団子? を食べたいと願ったなら、それでおしまいなのよ」

「それじゃ、主様には願いがない、と?」

「……ええ、ないわ」

 

 一瞬間が開いたのを、真琴も自覚した。だから、尋ねられる前に口を割った。

 

「ない、というより――願ってはいけないの、私は」

「願っては、いけない?」

「そう。――願いとは、雲を掴むような話。望みとは、湖上の月のようなもの。我ら上之宮家は、雲を呼び、月に迫ることはあっても、それに触れてはならないの。私たちは、雲を掴もうとする人間の心から出てくる芥や、湖上の月を捕まえるために飛び込んだ人間の念を集めて、それに名と形を与え、自らの手足としているの。だから、使役する側が塵芥を出してはならないのよ。――そんなことをしたら、呪詛に反逆されるわ」

「ふぅん……そういうことなら、これ以上聞くのはやめます」

 

 そういうところは察しの良いサーヴァントだ、と、真琴は心中で安堵の息をついた。

 

「ところで、どうして主様は、あんまりボクと目を合わせてくれないんです?」

「え?」

 

 思いもよらぬことを聞かれて、真琴はパッと振り返った――が、それでもまだ目線までは、山崎の目の高さには到達しないで止まるのだ。それは真琴にとって、ある種の癖のような、当然の仕草であって、それを山崎が気にしているとは思いもしなかった。

 なんて説明したものかしら、と考えながら、真琴はまた視線を他所へやった。

 

「その……霊的存在とは目を合わせてはならない、って、そういう教えなの。目は呪術的な意味合いの強い部分だから……迂闊に目を合わせたために、取り殺された例なんていくらでもあるわ。普通の人間が相手であっても、知らず知らずのうちに影響を受けたり、するものだし……だから、基本的に、誰とも目を合わせないようにしているの」

「えぇ~なんですかそれ」

 

 山崎が不満げな声を上げて――次の瞬間、真琴の両肩がびくりと跳ねた。山崎の両手が、真琴の頬を包み込んだからだ。冷たくて、かさついた手のひら。そして目の前には、へらへらと笑う山崎の、光を灯さない漆黒の瞳がある。

 問答無用で目線を合わせられて、真琴は身を固くした。こんな風に、人と触れ合ったのはいつ以来だろう――いや、ともすれば、生まれてこの方、一度もこんな距離感で視線を交わしたことは、なかったかもしれない――

 

「あいこんたくと、って言うんでしたっけ? 言葉では間に合わないことも、目でなら充分に間に合うってもんです。戦闘中なら、その一秒が生死を分けるってもんですよ。ボクも現役の時はよくよく目だけで会話して――いや、でも沖田隊長なんか、全っ然こっちの言いたいことを汲み取ってくれなくって、もー本っ当に大変でした! すっごい明後日の方向に解釈するんですよあの人、信じらんないです!」

「……」

「それに、ちゃんと目を見た方が――」

 

 不意に、山崎は言葉を切って、視線だけで横を向いた。丸まった鉛筆のように腑抜けていた視線が、一瞬にして小刀で削られて、キンキンに尖っている。完全に、臨戦態勢に入っていた。

 

(なるほど……目は口程に物を言う、って言うけれど、こういうことなのね)

 

 真琴は何故か呑気にもそんなことを思って、それから、小さく頷いた。

 山崎がちらりと真琴を見て――その視線だけで、伝わった、と真琴は思った――姿を消した。

 

(魔術師の工房に直接殴りこんでくるなんて――嘗められたものね)

 

 真琴は改めて姿勢を正し、両手を合わせた。

 

「〔変貌せよ〕」

 

 影が、立ち上がる。

 

   ☆

 

 山崎は霊体化し、道場を飛び出した。

 

(間違いない――来ますね)

 

 気配感知。直感のように確信は持てず、千里眼のように先を見通せるわけでもない。が、相手が同業者でなければ充分に通用する。

 影に溶け込み、気配を断ち、襲撃に備える――

 

(――来た!)

 

 目視より早く、山崎は斬りこんだ。

 敷地内に降り立った瞬間の、やや体勢が崩れたところに刃を突き込んで――受け止められる。

 

「よーお、アッテンティーター!」

「どこの言葉です、それ?」

「さぁて、どこだろう、なっ!」

「っ!」

 

 セイバーとアサシンという点からしても――外国人の大男と日本人の小娘という点からしても――膂力で敵うわけがなく。脇指を弾かれ、体勢が崩れたところに蹴りが飛んでくる。山崎は咄嗟に腕を畳み込んで防御に回し、蹴りと同じ方向へ跳んだ。

 大型トラックに突っ込まれたかのような衝撃。山崎の矮躯は軽々吹き飛んだ。道場の扉に背中から衝突し、なお止まらず、扉を破壊して中に転がり込む。一瞬意識が白んだのを慌てて呼び戻して、

 

(……っ、っわ~……なんて威力! 土方さんに思いっ切り殴られたらきっとこんな感じになるんでしょうねぇ!)

 

 などと余計なことを考えたのは、彼女なりの思考の切り替え方だ。次の瞬間には思考は消え失せ、表情は抜け落ち、戦闘するだけの人間に変わる。

 上から降ってきた剣先を転がって躱し、素早く身を起こす。

 再び、刃をかち合せる。負けると分かっている競り合いはしない。流す。流して、懐に飛び込む。相手は甲冑を身に着けているから、狙うは関節の継ぎ目。あるいは脇。あるいは腰。身を縮め、潜り込み、鋭く斬り返す。

 右肘を突く――金属音が響いて、弾かれた。

 

「っ?」

「っと、あっぶねぇなぁおい!」

 

 間髪入れずに繰り出された蹴りを躱して、大きく後退する。

 

(義手――?)

 

 明らかに生身ではなかった。彼のサーヴァントとしての特質、という可能性も捨てきれはしないが、確実なのは、右腕を攻撃しても意味がない、ということ。

 

(……問題は、右腕以外――)

 

 全身がこの調子だったらもうどうしようもない。敵の装甲を打ち破れるほど威力のある攻撃など、山崎には出来ないのだから。出来ることと言えば、真琴が相手のマスターを仕留めるまで、時間を稼ぐぐらいである。いや――

 

(――すでに、そうなってるかも)

 

 視界の端には、これだけの戦闘を前にしても微動だにせず座っている、真琴の姿がある。その周りを、真っ黒い霧のような彼女の使い魔が、とぐろを巻いて、牙を向き、相手のマスターを威嚇している。魔術師の攻防の優劣など山崎には分からない。が、

 

(ボクの主様の方が、気迫で勝ってますね!)

 

 気迫で負けた者に勝ち目はないのだ。格闘だろうが魔術だろうが。

 

(それなら――ボクは、ボクらしく――やるべきことをやるだけです!)

 

 生来、時間稼ぎとか目くらましとか、そういうことには長けているのだ。のらりくらりと相手の剣先を躱し、付かず離れずの距離を保って、ぎりぎりまで戦線を保持する――この、場合によっては消耗戦にしかならない戦い方が、山崎の性には合っているのだ。

 一方――

 

「ったく、俺がどうにかしねーと、ヤバそうだなぁ」

 

 ――セイバーの方はセイバーの方で、反対の事を察したらしい。

 軽く溜め息をついて、ごきごきと首を回し、剣を構え直す。

 獅子の如き金色の瞳が、獰猛に光る。

 

「悪ぃけど、さくっと片付けさせてもらうぜ、アッテンティーター」

 

 次の金属音が響くまでに、一秒も必要なかった。

 

 

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