模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アーチャー 2

「強いものから脱落させていく……それがあなたの方針だったわよね、アーチャー」

「ああ、そうだとも。それがどうかしたかね、マスター君」

「真っ先にライダーを撃ったのが気になるの。どうして彼を狙ったの?」

「――良い質問だ、マスター」

 

 アーチャーはにやりと笑い、教授然として手を叩いた――事実、彼は教授であるのだが。

 

「ライダーがジョン・パーであることはすでに知っていたね」

「ええ」

「では、ジョン・パーがどんな人物であるか、ということは?」

 

 模倣者は無言で首を横に振った。

 

「ジョン・パー。彼は第一次世界大戦において、イギリス軍に所属し、自転車斥候を任務とした一兵卒だ。目立った功績は一つもない。勝敗を分ける重要な任務や作戦に関わったわけでもない。ぶっちゃけ――英霊の座に至るような人物では、ない。彼が成した“業績”と呼べるものはただ一つだけ――何だと思う?」

「見当もつかないわ」

「“誰よりも早く死んだこと”だ」

 

 アーチャーは何てことないようにさらりと言った。

 

「“第一次世界大戦における最初の犠牲者”――それが、彼を規定する最重要事項だ。さて、それをふまえて、君の最初の質問に戻ろう。“なぜ、真っ先にライダーを撃ったのか”――一言で答えるなら、怖かったのだよ」

 

 その言葉を、一瞬聞き間違えたと思って、模倣者は繰り返した。

 

「怖かった?」

 

 聞き間違いではない、と言う代わりに、アーチャーは深く頷く。

 

「ライダーは“戦争の最初の犠牲者”として座に刻まれた存在だ――つまり、裏を返せば、“戦争と名の付くものにおいて、最初の犠牲者は彼でなくてはならない”ということになりかねない。私が取り込んだ“魔弾”と、彼の存在意義に深く根付いている死因――どちらの概念の方が強いか、軽卒に試してみる気にはなれなかったものでね。より確実な方から仕留めさせてもらった」

「なるほど、そういうことだったのね」

 

 模倣者は二、三頷いて、

 

「もう一つ、いいかしら」

「意欲のある生徒は嫌いじゃない――が、マスター君。そろそろ、時間じゃないかね」

「少し早いわ」

「五分前行動はどの業界でも常識だろう? 現場には早めに行っておいて、入念な下見と準備をするべきだ。想定外を出来るだけ排除することが、成功の秘訣さ」

「それは、サーヴァントとしての忠告かしら」

「いや? “教授”としてのアドバイスだヨ」

「それなら、聞かないわけにはいかないわね」

 

 模倣者は肩をすくめて立ち上がった。

 別行動をすることは事前に決めてある。サーヴァントとマスターをそれぞれが確実に仕留め、なおかつ狙撃者の位置を気取られないようにするためだ。単独行動スキルを持つアーチャーならではの戦法。

 着替えてから拠点を出て行った模倣者を、アーチャーはまるで教え子を見るように送り出した。

 

   ☆

 

 セイバーが道場を飛び出した。それを見て、模倣者は合図を出す。

 コンマ一秒以下のラグを開けて、アーチャーの魔弾が放たれた。

 空を横切る、流星が一条――だがそれは凄烈でも精悍でも善良でもない。凄惨で醜悪で邪道な一矢。それはかの英雄のように、戦争を終わらせるためのものではない。むしろ戦争を燃え上がらせるためのもの。

 それは、セイバーを追撃しようとしたアサシンを過たず貫いて、その霊核を破壊した。

 

「アサシン!」

 

 絹を裂くような叫び声を上げて、道場から飛び出してきたのは、まだうら若き少女だ。

 上之宮真琴。齢十七にして、上之宮家の当主の座についた若き才英――その裏には、先代当主である彼女の母の早逝が絡んでいる。さらに言うと、先代の死は真琴によってもたらされたのだが。

 才英に相応しい判断の早さを彼女は見せた。左腕を掲げ、鋭く命ずる。

 

「【令呪を以って命じる】――っ!」

 

 しかしその命令は通らない。通させない。

 彼女は呻き声を上げて地に伏した。――肘から先を唐突に失えば誰だってそうなる。むしろ他の一般人と大きく違い、気絶はおろか、それ以上の醜態を晒しすらしなかったことを賞賛すべきだろう。

 黒い靄が鎌首をもたげ、彼女を包み込む。続けて放った銃弾は、すべてその黒い触手に絡め取られて消失した。

 

(ふぅむ……マズい、かなぁ)

 

 ライフルを構えた女は、牽制射撃を続けながら、のんびりとした調子で思った。彼我の距離は一キロ弱。だがその程度の距離、彼女の魔術なら難なく飛び越えてくるだろうし、あのアサシンなら消えかけでも狙撃者の位置ぐらい容易く割り出してみせるだろう。

 

(「アーチャー、すぐにこちらへ合流!」)

(「任せたまえ」)

 

 アーチャーに指示を出した、次の瞬間。

 スコープの向こうに見えていた黒い靄が、溶けるように消えた。そして、

 

「〔豹変せよ〕」

 

 その囁きは、すぐ背後に迫っていた。

 

「っ!」

 

 咄嗟に窓から身を投げる。落ちていく最中、窓から無数の黒い棘が飛び出てくるのが見えた。あと一瞬でも遅かったら、間違いなく串刺しにされていたことだろう。

 

(あっぶな、本当に怖い魔術だこと!)

 

 上之宮家は神職だ。つまり、穢れを祓い落とすことが本来の役目である。ところが彼らは、維新後の転換を通して、それを逆手に取った。――すなわち、落とした穢れを集めて固め、己の手足としたのだ。それがあの魔術の正体であり、代々の当主を早逝させてきた元凶である。

 他人の穢れを我が身に引き取るのだ。術者自身に大きな負担を強いることは間違いなく。

 またそれが一人だけならばまだ良い。二人目が、それも、生活も血も最も近い家族が術者となり、同じように穢れを飲み込み始めたらどうなるか。

 

(二種類の異なるお守りを近くに置いておくと、神様が喧嘩する、って言うじゃない?)

 

 それと同じことであって。あるいはそれ以上のものであって。

 二つの穢れの固まりが互いに反響し合い、反目し合い――強きが弱きを挫いて――敗者は勝者にこうべを垂れ――やがて、術者ごとその命を食い尽くす。

 

(親を食って、さらに力を蓄える……よく出来てるわ。――でもねぇ)

 

 模倣者は空中で身を捻り、猫のようなしなやかさで着地した。

 その背を追って、影が到来する。それは模倣者のばらまいた銃弾など一切寄せ付けず、模倣者の全力疾走を嘲笑うかのように、人間の知覚を超えた速度で、真っ直ぐに体を貫く。

 直前。

 

「フーゥ、間に合ったァ」

 

 そんな軽薄な声とともに分厚い弾幕が降ってきた。

 閃光。轟音。

 圧倒的な質量をもって降り落ちる銃弾の雨を、“まるで瀑布のようだ”と表現するのは、彼に対する厭味だろうか――そんなことを考えながら、模倣者はそっと溜め息をついた。彼が間に合ってくれなければ危うかったのは確かである。

 弾幕が消えたあとに、影は欠片も残っていなかった。

 

(彼女の魔術は強い。でも歴史が浅く、不安定――呪いを固めている力が弱まったら、その瞬間、術者に翻る。無理やり押し込められた穢れは、反乱の狼煙を待ち構えている。もちろん、そう簡単に削れないのは分かってるわ――人間には、ね)

 

 英霊の攻撃を受けて、彼女の溜め込んできたほとんどの呪いは、彼女自身へと跳ね返っただろう。今頃、あのビルの上階で、もがき苦しんでいるに違いない。

 

「アーチャー、とどめを刺しに行くわよ」

「よろしい。ではレディ、ちょいと失礼」

 

 アーチャーが模倣者をひょいと抱え上げ、地面を蹴った。本当に軽く蹴っただけのように見えるのに、その飛距離はあっさりと家屋を超えた。

 

「腰は平気?」

「平気だとも! マスター君が軽いおかげだ」

「それはどうも」

 

 空きビルの上階、先程まで模倣者が狙撃の拠点としていた場所には、少女が転がっていた。息も絶え絶えで、血の海に沈んでいる。小さな獣に襲われたかのように、全身がくまなく、不自然に食い破られていた――人間のシルエットをかろうじて残しているのが、かえってグロテスクに思えるほど。

 

「一ポンド分くらい取られたのかしら? でもやっぱり、血を一滴も流さずに、っていうのは、難しいみたいね」

「……」

「あら、まだ動けるの」

 

 親指と人差し指の半分しか残されていない手のひらを、血の海の中について、少女はゆっくりと身を起こした。

 

「――、――」

 

 深く俯いた先に落ちるその息遣いが、何かを呟いている。

 まさか呪詛ではないだろう、と高を括りつつも、模倣者はライフルをそっと構えた。

 不意に、少女が顔を上げた。

 

「っ!」

 

 本能的に、模倣者は引き金を引いた。目が合ったのだ――目が、あの漆黒の目が! 深淵の闇を湛える目が、私を見ていた! 肉体も精神も関係なくすべてを無に帰す咆哮を有した怪物の目が、本物も偽物も関係なく巻き込みすべてを消し去る渦が、私を――恐怖に囚われたまま、模倣者は引き金を引く。ろくに狙いもつけていなかったが、この距離だ、まさか外すわけもなく。少女の体がマズルフラッシュの向こうに消えて、引き金の数だけ血飛沫が舞う。

 

「マスター君、マスター君」

「――」

「死人に鞭打つような真似はやめたまえ」

 

 アーチャーがひょいとライフルを取り上げた。それで模倣者ははたと正気に戻り――深呼吸をした。少女はもはや人の形を保っていない。そのことに何よりも安堵を覚える。

 もう、あの目を見なくていい――あの、目を――

 模倣者は眩暈を覚えて、額を押さえた。

 

「どうしたのかね?」

「いえ……いいえ、なんでもないわぁ……」

「顔色が悪い。今日の予定はすべて済んだのだから、すぐに拠点へ戻ろう」

「そう、ねぇ……そうしましょう」

 

 アーチャーが再び彼女を抱え、窓を飛び出した。

 

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