模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アサシン 1

「――祓ひたまひ、清めたまふ――悪しきは滅され――君が世は泰平にして不穏也――」

 

 広い道場に少女の声が響く。甲高い岩笛の音は清冽に、場に突き刺さる。

 

「敢て鬼門を開け放ち魑魅魍魎の息吹を呼び込まん――四辻を駆ける疾風は留まることなく四方三里を廻れ――」

 

 上之宮真琴は魔術師の家に生まれた少女だ。

 魔術師としての上之宮家の歴史は、大して長くない。その家は長らく社家として続いてきた家だった。ところが、明治維新後の神仏分離に伴う社家の廃止によって、上之宮家は転向を余儀なくされ――辿り着いた先が、西洋魔術を吸収した、新式魔術の開発だった。

 最初期は新興宗教として名を馳せたが、やがてその術式が確立されてくると、表舞台からは姿を消す。元々持っていた神主としての血筋と技量、新たに取り入れた西洋降霊術のメソッド、それに陰陽道を組み合わせ、現在のスタイルに至った。

 神憑りの儀――神霊を呼び出し人間に憑依させる、日本式の降霊術――を秘奧とし、それに至る道筋としての使い魔の使役。陰陽道の知見から得た式神の作成。攻防一体となったスタイルは現代的であり、それゆえに好戦的で、一方で不安定であった。

 それを安定させるために、模擬聖杯戦争に手を出したのである。

 そしてそれは同時に、次期当主である上之宮真琴への試練も兼ねていた。

 

「汝我が問ひかけに応じるならば現れよ。汝我が命に従ふならば現れよ。過去の幻影、歴史の泡沫、汝現し世に未練を残すならば現れよ――」

 

 描いた魔法陣は日本式だ。唱える文言も――神憑りを執り行う家としての矜恃がそうさせた――上之宮家のものである。

 

「神聖なる杯を手にせんと欲する者よ、その悉くを我は受け入れ我は認め我は飲み込み、我が力を与へよう――汝我が刃となり己が欲望を果たさんと目論む者よ、汝我が盾となり己が未練を拭わんと企図せし者よ、我が下に至る道は既に開けし、いざ現れよ、いざ、いざ、いざ!」

 

 打ち鳴らす柏手は五度。鳴らすごとに光が溢れ、魔法陣が回る。

 

「誓約を結ぶ――我が聲、我が魂、汝に届くならばいざ、現れよ! 五行の均衡を計るしもべ、大極を司りし守り人よ――!」

 

 光の柱は天井を貫いて――収束する。

 そして、

 

「――あ、こんばんは! お呼びと伺って参りました!」

 

 気の抜けた声が響いた。

 魔法陣の中央に正座していたのは、うら若き少女だった。年の頃は、真琴と同じくらい――十七か八、のように見える。男物の着物をまとい、長い黒髪を後頭部で括っている姿は、男装の女武者と思えなくもない。が、

 

「あなたがボクの主様でしょうか? いっやぁ、嬉しいなぁ、可愛い! ボクと同い年くらいですよね? やったね最高! 仲良くしましょうね! あ、とりあえず恋バナとかしときます? ほらほら、親交を深めるために、ね!」

 

 いかんせん、緩い。

 にこにこと間の抜けた笑顔で喋り倒すサーヴァントを、冷たい目で見やって、真琴は口を開いた。

 

「審神者として問う。第一に問うはあなた様の御名――お答えいただきたく」

 

 審神者とは、神憑りの儀において宿主に降りた神が、いったい何の神であるかを、いくつかの問いを以て審判する係である。ここでは、付喪神を使役する人間のことを指さない。かつては、神を呼ぶ人間と審神者とは分担していたのだが、最近は兼任するようになっていた。目的の神を呼び出せなかったと判断した場合は、早急にお帰り願い、改めて呼び出し直すのが、本来の神憑りの儀であるのだが――正規の神憑りでない今回、呼び直しは出来ないだろう。

 さて、問われた張本人は、こてんと首を傾げ、

 

「おん、な……? あ、名前? 名前ですか? ボクの? はい! ボクは、新選組諸士調役兼監察方、山崎丞と申します! よろしくお願いいたします!」

「山崎丞……――では、第二に問うはあなた様の」

「もー、硬いですね! 硬いです! そんなカッチコチにならなくってもいいんですよ! だってほら、ボクたち、一緒に聖杯戦争を戦う仲間じゃないですか!」

「……」

 

 正座をしたままにじり寄ってきたサーヴァント――山崎丞を、真琴は早速持て余すのだった。

 

「えーと、それで? 主様のお名前は?」

「……上之宮真琴」

「まこと! 真琴さん! 素晴らしい最高のお名前ですね! “まこと”の音の下でなら、ボクはいくらでも戦えます! どうぞ存分にお使いください! あ、それじゃあ早速、周囲の索敵に行ってきても?」

「待ちなさい。先に、これを読んでいきなさい」

 

 渡したのは、コピー用紙の薄い束だ。一週間前、真琴にマスターの兆し――二画しかない令呪が刻まれた時に、近所の教会のシスターが持ってきたものである。監督官だ、と語った彼女は、「ええと、『模倣者』さん? が作ったらしいので、私もよくわかってないんですがぁ……」と言いながら、この模擬聖杯戦争の詳細を記した書類を置いていったのだ。

 

「む? これは――ええっと、何々――模擬聖杯戦争、るーる――これまでの聖杯戦争との共通点――ふむふむなるほど――これまでとの相違点――……ほほう、これはこれは。なかなか厄介な聖杯戦争に呼ばれたようですね、ボク! 初参戦がこれとか、なかなか燃えます! 沖田さんもびっくりするんじゃないですかね!」

 

 この道場に明るい笑い声が響いたことなど、建設後百二十年で初めてではないだろうか。

 真琴は半分うんざりしながら、

 

「……ところで、あなたの座は?」

「座? くらす、ですか? あさしんです! 暗殺者!」

「アサシン――」

「はい! 闇討ち、暗殺、お手のっぅぐっげほっ、ごほっ……失礼、唾が……げっほげっほ……うぅ、何故か今抑止の力を感じました……」

 

 一人でコミカルに動いている山崎を横目に、真琴は思索に沈んだ。

 触媒として用意したのは、新選組の羽織の欠片――無論、本物だ。長らく眠っていたものをわざわざ探し出してきたのである。残念ながら、誰が着ていた物かは判明しなかった。だから、誰が来てもおかしくなかったのは確かだが――

 

(山崎丞。アサシン。新選組の監察官にして、優秀な諜報員――新選組の中で、座に呼ばれるほどの人間であれば、当然セイバーだろうと思っていたけれど……甘かったようね。しかも、こんな女性だったなんて……)

「ん? どうしました? ボクの顔に何かついてます?」

「……いいえ。何も」

 

 冷淡に返しつつ、真琴は自分のサーヴァントを改めて見据えた。

 

(若い……確か、山崎丞が新選組に入ったのは、三十才くらいのことだと思ったのだけれど)

「アサシン。あなたの記憶を確認したいわ。年齢は?」

「はっ、認識の上では二十一です」

「新選組には入る前ね?」

「いいえ? 文久三年、十八の時に入隊しましたが」

「……史実とは、随分と食い違うのね」

「あ、そうなんですか? いやぁ照れますなぁ。ほらボク、諜報とか監察とかいろいろとやってた手前、いろんなところであることないこと適当に喋って、経歴とかもでっち上げてばっかいたもんですから……いやぁ、お恥ずかしい。そういえば入隊する時も、年齢詐称した記憶がありますねぇ。土方さんにすっごい目で見られたんでした。あっはっはっ!」

 

 山崎はへらへらと頭を掻いて、平然とそうのたまった。

 

「……では、聖杯に懸ける望みは?」

 

 真琴がそう尋ねると、山崎はふ、と居住まいを正した。

 

「うぅーん、そうですねぇ……通常の聖杯戦争であれば……副長と一緒に函館で死なせてくれ、とか、沖田隊長の病気を治してくれ、とか、そういうのを願いたいもんですが……今回は、そういうのは叶わないんですよね?」

「えぇ。過去の改変を実行できるほどの力は、今回の贋作は持ち合わせていないらしいわ」

「それならー……うーん……」

 

 腕を組んで考え込み、迷うこと数十秒。

 唐突に目を輝かせて、

 

「あっ! あの時のめっちゃくちゃ美味しかったお団子をもう一回食べたい! ……とか、いいです? これなら大丈夫ですよね?」

「……大丈夫だと思うけれど……」

「やったぁ! え、それめっちゃ嬉しいんですけど! 潜入先の旦那さんがこっそり振る舞ってくれたんですが、あんまりにも美味しすぎてお店の名前を聞きそびれて! それがかなりの心残りだったんですよねぇ。良かった~、すっごいやる気出てきました!」

「……そう」

 

 これまでに接したことのないタイプを前に、真琴はどうしたらいいのか分からず、困惑していた。分かっているのは、相手のペースに飲まれたら終わりだ、ということのみ――溜め息を一つ。気持ちを切り替える。

 

「――アサシンと言うのであれば、諜報は任せます。まだサーヴァントは揃っていないようだけど……単独行動を許すわ。先に、この町の地理を掴んでおきなさい」

「はっ! 承知!」

 

 片膝をついてこうべを垂れ、凛とした返事をする姿は、それなりに頼りになりそうな気がしなくもないが。

 消え去るのを見送って、真琴は一人溜め息をつく。

 

(……私が、どうにかするしかなさそうね……)

 

 こうして、三組目の参戦者が揃った。

 

 

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