模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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セイバー 6

 少女はくるくると踊るように回りながら、ゴットフリードの剣をのらりくらりと躱している。

 

「嫌だわ怖いわ、そんな恐ろしいものを向けられたらあたし、震えてしまって仕方がないわ! きっと今夜は眠れないでしょうし、眠れたとしても悪い夢を見るに決まっているわ! ――だから、ね、こうしましょう。世界は牛乳とお砂糖(The World is made of MILK,)それにちょっぴりの香辛料で出来てるの(SUGAR and just a few SPICES)!」

「っ――!」

 

 小さな両手が打ち鳴らされた。瞬間、ボンッ、と音を立てて、ゴットフリードの目の前に真っ白い煙が発生した。視界が完全に覆われて、少女の姿が見えなくなる。

 ――殺気。

 ゴッドフリードは前に向かって思い切り身を放り投げ、煙の檻から飛び出した。

 

「――っと、と!」

「あら、どうして躱してしまったの? せっかく、せっかく素敵で可愛くて怖くないものを用意して差し上げたのに」

「誰が好き好んで謎の光線に焼かれるかよ」

 

 頬を膨らませた少女が、ちょっと肩をすくめると、彼女の背後に浮かんでいたルーペのようなレンズが、一斉に姿を消した。そこから出てきたビームのような光を受けた道路は、アスファルトが丸く溶けて、白い煙を上げていた。

 

(厄介なガキだぜ、ったく……)

 

 と言っても、アサシンほどのものではない。その気になれば、一分と掛けずに仕留められるだろう。

 勝った方が撃たれるのだから、勝たなければいい――そう思えばこその、消極的な八百長。だから、セイバー対キャスターでも、拮抗しているかのように見せられるのだ。

 

(主がアーチャーを見つけるまでは、このままで、と)

 

 見つけたら即座にキャスターを殺し、撃たれる前に移動、その足でアーチャーを仕留めに行くというつもりでいるのだ。だからそれまでは、面倒だが、このまま――

 

「――あら」

 

 不意に、キャスターが肩を落として、そっぽを向いた。それからすぐ、こちらに向き直って、にっこりと笑った。

 

「予定通り、ランサーさんがアーチャーさんと戦い始めたみたいだわ」

「はぁ? んだって?」

 

 ゴットフリードは耳を疑った。ランサーがアーチャーと戦い始めた? 絶対に、こちらのどちらかが狙撃されるまで待つだろうと踏んでいたのに、何故? 何のために?

 まさか本気で、約定を守るために?

 

(「セイバー、キャスターの言っていることは事実だ」)

 

 ヘルメスの声が脳内に響いた。

 

(「ってぇことは……」)

(「ああ。アーチャーの居場所は分かった。――予定通り、動け」)

(「了解」)

 

 ゴットフリードは軽く顎を引き、構えを解いた。

 にこにことしながらキャスターが近寄ってくる。

 

「それじゃあ、セイバーさん? 約束通り、あたしたちもアーチャーさんのところへ――」

「ふっ!」

「きゃあ!」

 

 完全に不意を突いたはずの斬撃は、咄嗟にしゃがみ込んだ少女の頭上の空を切った。手首を返して斬り下ろす。――しかし刃が両断したのは、少女の着ていた外套だ。

 

「酷いわ、酷いわ、約束が違うじゃない!」

 

 キャンキャン声は背後から聞こえた。どうやら魔術を使って逃げ出したらしい。

 

「ランサーさんが戦い始めたらあたしたちも加勢するって――」

「うらっ!」

 

 喋る隙など与えない。無駄話は無論、詠唱すらさせるものか。

 さすがのお喋りキャスターも口をつぐんで、避けることにのみ専念し始めた。

 もう八百長ではない。少女の姿だから、と、加減するほどお人好しでもない――そもそも、本気で斬りかかったのに一撃では仕留められなかったのだ。油断も慢心も出来まい。やはり、どれほどふざけた姿形(なり)の、ふざけたガキであっても、世界に選ばれたサーヴァントなのだ。

 しかし――少女の頬に、肩口に、腕に、次々と裂傷が刻まれていく。歴戦の騎士を相手に、ここまで紙一重で躱し続けている少女の身体能力を賞賛すべきだろう。だが、誰がどう見ても、ジリ貧だ。一方的な、故意的ではない、なぶり殺し。

 

「っ!」

 

 何かに足を引っかけたらしく、かくん、と少女の膝が落ちた。

 

(取った――っ!)

 

 脳天目がけて刃を振り下ろす。

 直前。

 

「これは決闘(フェーデ)よ!」

 

 少女の甲高い声がそう宣言した。

 

「なっ――う、ぐ」

 

 瞬間、視界が揺れ、剣筋がぶれた。易々と躱されたのが見なくても分かる――ろくに見えてもいないのだが。強い眩暈に襲われて、握力が消える。剣がずるりと手のひらから滑り落ちて、膝の上で跳ね、アスファルトの上に転がった。

 

「ああ、良かった、良かったわ。あたしでもちゃんと決闘だと言えば決闘だってことになるのね。ああ良かった、本当に安心したわ」

「っ……はぁ、ふっ……」

 

 わざわざ顔を覗き込んで笑いかけてきたクソガキを、ゴットフリードは睨みつけた。

 

(くそ……なんで……)

 

 ――なんでコイツは、誓約のことを知っているんだ?

 

「あら、だってそんなの簡単なことよ」

 

 と、少女はゴットフリードの思考を読み取ったようにそう言った。

 

「なぜってあなたは最初に会った時もそうやって蹲っていたわ、これといった怪我もしていなかったのに。ならどうして蹲っているんでしょうって考えたのよ。そうしたら――あら、ごめんなさい。またあたしってば喋り過ぎちゃうところだったわ」

 

 そう言いながら、少女は立ち上がった。

 

「さようなら、鉄腕のゲッツ、ゴットフリード・フォン・ベルリヒンゲンさん。またいつか、夢の向こう側でお会いしましょう」

 

 ルーペが光る。致死性の光線が放たれる。

 それが過たずゴットフリードの胸の真ん中を貫いて――

 ――動悸が収まった。

 ――眩暈が消えた。

 ――けれどそれは、“自分の死”によって決闘が終わったという証左であって。

 己の体が金色の粒子になって消えていくのを見ながら、ゴットフリードはゆっくりとその場に腰を下ろして、地面に寝転がった。生前の星空とはまた趣が違う、少し遠退いているように感じられる夜空。

 ゴットフリードは溜め息をつくと、まだ動かせる右手で十字を切った。

 

「……神よ、全能の御方よ、永遠の言葉よ――どうか、永遠の死から我らを守りたまえ――」

 

 目を瞑る。

 

(――そして、ひと時我が主となった男に、どうか、ご加護を――アーメン――)

「アーメン」

 

 少女が、いやにしおらしく微笑んで、呟いたのが見えた。

 

   ☆

 

 

『神以外の何物も恐れなかっただけだ』

 

 その言葉が、ヘルメスの頭のどこかに常に引っ掛かっていた。

 キャスターの少女を容赦なく追い詰めていくセイバーの姿を、見るともなく見ながら、ヘルメスはぼんやりと考えていた。

 

『神以外の何物も恐れなかっただけだ』

(――私は、神すら恐れてはいない。魔術師が神を恐れなどするものか)

 

 ならばなぜ、ゴットフリードと違って、私は負ける?

 ゴットフリードだって、全戦全勝とはいっていない。味方のせいで利き手を失っているし、負けて逃げることもあった。捕らえられ十年近く幽閉されもした。なのになぜ、なぜ――

 ――堂々と、悠々と、生きていられる?

 

(……恐れているのだろうか、私は)

 

 頭を大きく横に振った。

 

(そんなわけあるものか! 私は何も恐れてなどいない! 教えるしか能のない若造も、悪魔のような小娘も、何も、何も――そうだ、あんな奴らは、恐れるに足らない。怖いのは――怖いのは……――)

 

 ――己の無力を知ることだ。

 ――己を求める人間がいないことを、思い知ることだ。

 自覚した瞬間、胸の奥がびりびりと痛んだ。奥歯を食いしばり、戦場を睨みつける。

 

(……分かった。もういい、よく分かった。――私はもう恐れない。自分が何者だろうと、絶対に恐れない。恐れるものか!)

 

 聖杯を手にすれば、そんなものはどうでもよくなろう。己の無力さなど、情けない劣等感など、払拭されるに決まっているのだ。

 だから今は、この戦いに集中するのだ。

 

「セイバー……頼むぞ、勝ってくれ――」

 

 少女がバランスを崩した。そこにセイバーが剣を振り上げる。

 

(よし!)

 

 ヘルメスが勝ちを確信した瞬間――不意に、セイバーが膝をついた。

 

「何っ!」

 

 何が起きたのか、まったく分からなかった。想像することすら叶わない。

 ただ、このまま放っておけば、負けるということだけは分かった。

 

「くそっ。【令呪を以って命じる――」

 

 右手を掲げ、命令を下す。二度しか使えない、絶対の命令を。

 ――下す、直前。

 弾丸がヘルメスのこめかみを撃ち抜いた。

 

「……は?」

 

 何が起きたかなど、分かるはずもなかった。

 視界が閉ざされる。意識が遠退く。力が抜ける。

 暗闇に沈んでいく――

 

 

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