模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アーチャー 4

 ランサーは青年だ。金髪。碧眼。年齢はおそらく二十歳前後。骨格や顔立ちはドイツ系。騎士道を持ち合わせた人物。初日からの観察ではまだ情報が足りないが、こうなってしまっては仕方がない――こうなると予想して、その上で“時間が足りない”という計算結果が出ていたのだ。ここから先は、現存の情報だけで、即興(アドリブ)といくしかない。

 

(生前の私からは想像も出来ない“考えなし”だナ――)

 

 自嘲気味にそう思いながら、情報を整理する。

 着ているのは近代的な軍服。勲章の類は付けていない――付いていた跡が残っているから、真名看破を防ぐために取ってあるようだ。軍服自体も隠蔽工作である可能性は捨てきれないが、かなり低いと見ていいだろう。明らかに年代物で、現代で二、三日の内に手に入れられるものとは思えないからだ。

 人間としても近代の存在だろう。最初、まだ距離があった時に行なった一斉掃射は、あっさりと躱され、弾丸に驚いたり怯えたりするような様子は欠片も見受けられなかった。――何より不思議なのは、“当たる気がしない”と思わされたことである。そして実際に、一発も当たらないどころか掠りもしなかった。何か弾丸との関係性が強い逸話を持っている英霊なのかもしれない。

 

「ふっ!」

「むぅっ」

 

 鋭い刺突を避けた瞬間、腰がミシリと音を立てた。それを苦笑いで抑え込み、さらに腰を酷使して、右足を軸にターン。

 

「ぅおっ」

 

 急速に方向を変えて横薙ぎに半回転してきた石突が、腹の前を掠め、ジャケットのボタンを弾き飛ばした。そこからさらに回転の速度が上がり、横に逃げたつもりだったアーチャーを追って、穂先が頭上から降り落ちてくる。

 

(予測は出来る――)

 

 バックステップで振り下ろしを躱す。が、そこで“躱せた”と止まってはいけない――反対に踏み込むのも駄目だ――彼の攻撃は止まらない。回転の勢いを殺すことなく、一旦脇に引き込んだ。そのエネルギーが手のひらの中で槍に伝わり、槍自体が回転する。

 それは確かに隙だが、反撃が許されるほどの間では、ない。

 瞬き一つ以下の間を置いて、刺突が来る、と分かる。

 

(――が、避け切れん!)

 

 裂帛の気合が穂先に乗る。

 

「はぁっ!」

「ん、ぐっ」

 

 致命傷を避けるのがようやくだった。左肩に深々と槍が突き刺さり、そこから斜め上に切り裂かれる。肩のエンブレムが弾け飛び、血を含んだマントがふわりと舞って地面に落ちた――そんなものを悠長に目で追っている暇などコンマ一秒もない。

 追撃が来る。右下から石突が振り上げられて、目の前を掠めた。その次は石突がそのまま突き出される。次は逆回転して穂先で横薙ぎに。次は刺突が連続して三回。次は下からぶん回し。そこから回転して胴を狙った横薙ぎ――シミュレーションは実に簡単に出来るのだ。それぐらい、正当で正統な槍筋。個性はなく、癖もなく、隙もない。まるで教科書のようでたいへん読みやすい――だが、避けられるかどうかはまた別の話。

 

(肉を切らせて、などとやっている余裕はないし、そういうキャラでもない。ならば――ジャックだ)

 

 アーチャーはわざと目線を余所にやり、そこに何も無い、誰もいないにもかかわらず、軽く頷いてみせた。ほんの僅かな、顎先だけの動き。

 それを見逃さなかったランサーの穂先が、一瞬だけぶれる。

 

(――だが、何もしない)

 

 これはただの布石だ。いずれ蜘蛛の巣に彼を落とすための、最初の一糸。

 

(次、クイーン!)

 

 シミュレーション通りの胴薙ぎが、先程の影響で少しだけ精彩を欠いた。ジャケット一枚分掠らせて躱して、大きく後退。少しだけ開いた間合いに棺桶を突き立てて、射撃。追尾式の弾丸が二重、三重の弾幕になり、頭上からランサーに襲い掛かる。

 が、彼は構わず突っ込んできた。

 

(ふむ、予想通り)

 

 ランサーの背後で幾つかの弾丸同士がぶつかり合って、誘爆を起こす。その衝撃波に乗るようにして、いっそうスピードを増した振り下ろしを、棺桶の先で受け止める。それが真横に弾き飛ばされて、その向こうから自分の放った弾丸が真っ直ぐ向かってきた――ランサーに当たらなかったからだ。

 アーチャーはあえてそれを受けた。

 自分で放った弾丸に自分で当たり、大袈裟に吹き飛ばされる――“大袈裟に”吹き飛んでみせた。無論、演技である。全く痛くないし、全くダメージなど入っていない。だが、爆発の白煙と粉塵で、目くらましにはなったはずである――当然だ。そういう弾丸を選んで撃ったのだから。

 

(そして、キング)

 

 濛々と立ち込める煙を切り裂いて、ランサーが肉薄する。

 それを見てアーチャーは叫んだ。

 

「今だ、マスター!」

「っ!」

 

 警戒心に足元を掬われたランサーが、ぴたりと立ち止まって、周りを見る――が、しかし、何も起きない。誰もいない。

 蜘蛛の巣は完成した。

 絶好の隙が完成する。

 

(では――ジョーカーだ)

 

 魔弾装填。

 

「真名封鎖、疑似宝具展開。お仕置きの時間――っ!」

 

 アーチャーは息を呑む間もなく身を捻り、かろうじて刺突を躱した。頬が深く斬られ、鋭い痛みとともに電流が脳に走った。

 計算外――ランサーの立ち直りの早さ。及び状況判断力。

 再計算――体勢を立て直す時間、ランサーの宝具の展開速度、こちらの宝具の展開速度――駄目だ、すべてが足りない!

 ランサーの槍に魔力が集まり、真っ赤に光り出す。

 

「止まるな。振り返るな。ただひた走れ――『いずれ深紅に染まるまで(Hurra, Hurra,)――」

 

 アーチャーが己の敗北を覚悟した、その時だった。

 強大な魔力の流れがランサーに纏わりついて――

 

 ――ギシリ、と。

 

 彼の動きが不自然に固まった。

 そしてその端正な顔立ちがぐしゃりと歪んだかと思うと、アーチャーに向けられていた槍がくるりと翻り。

 

「うおあああああああああああああああああっ!」

 

 血反吐のような叫び声を上げて。

 明後日の方向へ地を蹴った。

 ――多少のノイズに回転を緩めるほどアーチャーの脳味噌はヤワでない。先程の魔力は令呪だろう。であれば何事か強制された命令が実行されたはず。このタイミングで令呪を切るのはなんとも不可解だがあのマスターならやりかねない。ならば何を命ずるか。ランサーが向かった方角には何がある? 誰がいる? 時間は――間に合う!

 アーチャーは即座に、宝具の展開を再開させた。

 ランサーの背中を追って、地面を蹴り、宙を舞い――魔弾を放つ。無駄のない軌道を描いて闇を切り裂いた弾丸が、過たずランサーの霊核を――アーチャーのマスターに槍を突き立てる直前の、彼の胸元を――貫いた。

 

「素晴らしい。世界は、破滅に満ちている」

 

 地面に両膝を落とし、槍をだらりと下げて、ランサーはアーチャーを振り仰いだ。

 それから、

 

「……あぁ、なるほど」

 

 何かに納得したように呟いて、表情を緩めた。

 

「確かに、遺す言葉など、不要だな」

 

 体が金色の粒子に変わっていく。

 

「良かった――やはり、私は、私のままだった――」

 

 最期の輝きが、彼の柔らかな微笑みを照らし出し――そして、消えた。

 

(マスターが良かったら、危険だったかもしれないネェ)

 

 まぁ、そんな“たられば”など無駄な議論なのだが。

 ひょいと木の裏を見ると、アーチャーのマスターが地面に座り込んで、膝を抱えている。その肩が、全身が、がたがたと震えている。――死に瀕したことだけが原因では、ない。

 

「マスター君? 平気かね」

「――私――私は――わたし――私――わたしはぁ――」

「落ち着きたまえ。君はここにいるよ。ここにいる君は――()()だよ」

「……そうよね。そうだわぁ、そう……本物……私は、本物……こうやって、生きてるんだもの――」

「そうともさ。生きている以上、本物だ」

 

 アーチャーはことさら優しい声を取り繕って、心にもないことを言った。

 その目が冷徹な光を帯びていることに、彼女は気付かない。

 

(トリガーはランサーの最期の言葉だな。自分とは何か、自分らしくあるとはどういうことか――全盛期でない、ズレた自分でありながら、全盛期の自分を記録として持っている、とは、何とも複雑なものだネ。……マスター君の場合は、また少し違うのだが)

 

 落ち着くための手掛かりは与えた。あとは静かに待っているしかない。そう判断して、アーチャーはその場を離れた。

 ランサーのマスターが近くに潜んでいることは分かっている。彼を放っておく必要性はない。魔術師というだけで充分、大きな変数になりうる――もうこれ以上の“計算外”を許すわけにはいかない。

 

「さぁて。――この手の()()は苦手なんだが」

 

 言葉とは裏腹に、アーチャーはスキップをするような調子で走り出した。

 

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