模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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キャスター 7

 目の前で始まった戦闘を、大きく迂回して、ワトソンはアーチャーのマスター――模倣者に近寄った。

 模倣者は険しい目でワトソンを見ていたが、敵対する行動は見せなかった――当然だ。彼女はワトソンの味方なのだから。

 これから、裏切るのだが。

 模倣者は不満の声を上げた。

 

「ねぇ。どうして戦わせているの? あなたはサーヴァントに興味があるのであって、聖杯は要らないから、私にくれるって言ったじゃない」

「うん、確かにそう言った」

 

 ワトソンは困った風な声を出して――次の瞬間、発砲した。

 

「ギャアッ」

 

 腹を撃ち抜かれて、模倣者はその場に蹲った。令呪を切ろうとしたのか、膝の前に出された彼女の右手を、ワトソンは踏みつける。

 そして、彼女の額に銃口を突きつけた。

 

「令呪を切るなら、アーチャーに自害を命じてくれるかい」

「な……なん、で……」

「事情が変わったんだ。僕は、聖杯を手にしなくてはならなくなった」

「……どうしてぇ……私はぁ、あなたのためにぃ……」

「その通り。すべては、僕のためだ。だから最後まで、僕のために動いて――」

 

 ――彼の言葉を遮るように、大きな銃声が響き渡った。

 ワトソンは咄嗟に振り返った。

 

「キャスター!」

 

 見れば分かる。霊核が撃ち抜かれていた。彼の細い指先が、華奢な爪先が、金色の光に包まれ始めている――諦めの色を宿した瞳が、こちらを向いて、申し訳なさそうに閉ざされた――

 

(負ける――?)

 

 その予感が、ワトソンの頭に充満して――次の瞬間、ある言葉を思い出させた。

 左手の手袋の先を噛んで、無理やり外す。

 そして、叫んだ。

 

「【令呪を以って命じる! キャスターの霊基よ、復元せよ!】」

 

 左手の甲に刻まれた赤い印が、強い光を放った。

 少しの痛みとともに、魔術回路が励起する。強大な魔力が一気に流れ出す。

 視界が一瞬だけ、光に閉ざされ――

 

「――よくやってくれた、マスター!」

 

 キャスターの声。それから、凄まじい攻防の音が再開する。

 

(……まぁ、彼の推測が正しくないことなど、ありえないものな……)

 

 ワトソンは安堵して、拳銃を握り直した。

 

「さて、それじゃ――っ!」

「――嫌よぉ」

 

 紙吹雪が噴き上がった。視界が白く塗り潰される。

 ワトソンは舌を打って後ろに飛び退いた。

 

「だって私は、本物だもの! こんなところで、死んだりはしないわぁ……あなたにだって、絶対に、譲らない!」

 

 軽く、溜め息をつく。

 

(こうなる気がしていた)

 

 ワトソンはポケットから試験管を取り出すと、その中身を周囲に振り撒いた。

 漆黒の液体が紙に染みを作る。

 

「{我は思う}」

 

 宣言。

 した瞬間、染みが伸び、風の形の影となって吹き荒れた。模倣者が放った紙のその悉くを吹き散らし、切り裂き、ねじ伏せる。

 視界が晴れる。模倣者は少し離れた位置で、紙の束を手の中に抱えていた。

 そして、

 

「⦅復讐と正しい性交と似ているって何故(Why is a revenge like a righting sex)?⦆」

 

 詠唱。彼女の息を吹きかけられて、一斉に舞い上がった紙が、次の瞬間カラスの形をかたどって襲い掛かってきた。

 ワトソンはちらりと夜空を確認し――確認するまでもなく、今夜の星の位置は分かっていたのだが――カウンターを唱える。

 

「{空飛ぶ鷲(アルタイル)急降下し(ヴェガ)めんどりの尾(デネブ)を掴む}」

 

 先程の紙吹雪を蹴散らした液体が、再び風の形になって、ワトソンの足元から飛び出した。存在そのものが風であり刃であるその影は、触れたそばからカラスを八つ裂きにしていく。

 魔術の相手は魔術に任せ、ワトソンは銃を構えた。

 

(軍役経験はないけど、銃の腕には自信がある)

 

 狙いをつけ、撃つ。

 

「キャンッ!」

 

 虐待された子犬のような悲鳴を上げて、模倣者が身を捩った。集中が途切れ、カラスの動きが鈍る。その隙を風が駆逐する。

 

(今はまだ、殺せない。まだ、彼女は必要だから――)

 

 模倣者――神野麻子――サラ。固有名ではなんと呼べばいいのか分からなくて、脅し文句がうまく出てこなかった。その代わりに、ワトソンは三度(みたび)引き鉄を引いた。足を撃ち抜き、機動を奪う。蹲った彼女に近付く。

 出来るだけ、彼女が強く怯えるように。

 出来るだけ、彼女が早く諦めるように。

 足音を高く、高く鳴らして、威圧する。

 ――不意に、模倣者が顔を上げた。

 

「【令呪を以って命じる! アーチャー、魔弾を以ってこの男を撃ちなさい!】」

「っ!」

 

 しまった、とワトソンは身を固くした。霊核をも貫く魔弾だ、人間の魔術では流石に防げないだろう。――命令が実行される前に殺せば、間に合うかもしれない。だが――一瞬の躊躇が、ワトソンに引き鉄を引かせなかった。

 魔弾が、放たれる。

 

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