模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research 作:井ノ下功
目の前で始まった戦闘を、大きく迂回して、ワトソンはアーチャーのマスター――模倣者に近寄った。
模倣者は険しい目でワトソンを見ていたが、敵対する行動は見せなかった――当然だ。彼女はワトソンの味方なのだから。
これから、裏切るのだが。
模倣者は不満の声を上げた。
「ねぇ。どうして戦わせているの? あなたはサーヴァントに興味があるのであって、聖杯は要らないから、私にくれるって言ったじゃない」
「うん、確かにそう言った」
ワトソンは困った風な声を出して――次の瞬間、発砲した。
「ギャアッ」
腹を撃ち抜かれて、模倣者はその場に蹲った。令呪を切ろうとしたのか、膝の前に出された彼女の右手を、ワトソンは踏みつける。
そして、彼女の額に銃口を突きつけた。
「令呪を切るなら、アーチャーに自害を命じてくれるかい」
「な……なん、で……」
「事情が変わったんだ。僕は、聖杯を手にしなくてはならなくなった」
「……どうしてぇ……私はぁ、あなたのためにぃ……」
「その通り。すべては、僕のためだ。だから最後まで、僕のために動いて――」
――彼の言葉を遮るように、大きな銃声が響き渡った。
ワトソンは咄嗟に振り返った。
「キャスター!」
見れば分かる。霊核が撃ち抜かれていた。彼の細い指先が、華奢な爪先が、金色の光に包まれ始めている――諦めの色を宿した瞳が、こちらを向いて、申し訳なさそうに閉ざされた――
(負ける――?)
その予感が、ワトソンの頭に充満して――次の瞬間、ある言葉を思い出させた。
左手の手袋の先を噛んで、無理やり外す。
そして、叫んだ。
「【令呪を以って命じる! キャスターの霊基よ、復元せよ!】」
左手の甲に刻まれた赤い印が、強い光を放った。
少しの痛みとともに、魔術回路が励起する。強大な魔力が一気に流れ出す。
視界が一瞬だけ、光に閉ざされ――
「――よくやってくれた、マスター!」
キャスターの声。それから、凄まじい攻防の音が再開する。
(……まぁ、彼の推測が正しくないことなど、ありえないものな……)
ワトソンは安堵して、拳銃を握り直した。
「さて、それじゃ――っ!」
「――嫌よぉ」
紙吹雪が噴き上がった。視界が白く塗り潰される。
ワトソンは舌を打って後ろに飛び退いた。
「だって私は、本物だもの! こんなところで、死んだりはしないわぁ……あなたにだって、絶対に、譲らない!」
軽く、溜め息をつく。
(こうなる気がしていた)
ワトソンはポケットから試験管を取り出すと、その中身を周囲に振り撒いた。
漆黒の液体が紙に染みを作る。
「{我は思う}」
宣言。
した瞬間、染みが伸び、風の形の影となって吹き荒れた。模倣者が放った紙のその悉くを吹き散らし、切り裂き、ねじ伏せる。
視界が晴れる。模倣者は少し離れた位置で、紙の束を手の中に抱えていた。
そして、
「⦅
詠唱。彼女の息を吹きかけられて、一斉に舞い上がった紙が、次の瞬間カラスの形をかたどって襲い掛かってきた。
ワトソンはちらりと夜空を確認し――確認するまでもなく、今夜の星の位置は分かっていたのだが――カウンターを唱える。
「{
先程の紙吹雪を蹴散らした液体が、再び風の形になって、ワトソンの足元から飛び出した。存在そのものが風であり刃であるその影は、触れたそばからカラスを八つ裂きにしていく。
魔術の相手は魔術に任せ、ワトソンは銃を構えた。
(軍役経験はないけど、銃の腕には自信がある)
狙いをつけ、撃つ。
「キャンッ!」
虐待された子犬のような悲鳴を上げて、模倣者が身を捩った。集中が途切れ、カラスの動きが鈍る。その隙を風が駆逐する。
(今はまだ、殺せない。まだ、彼女は必要だから――)
模倣者――神野麻子――サラ。固有名ではなんと呼べばいいのか分からなくて、脅し文句がうまく出てこなかった。その代わりに、ワトソンは
出来るだけ、彼女が強く怯えるように。
出来るだけ、彼女が早く諦めるように。
足音を高く、高く鳴らして、威圧する。
――不意に、模倣者が顔を上げた。
「【令呪を以って命じる! アーチャー、魔弾を以ってこの男を撃ちなさい!】」
「っ!」
しまった、とワトソンは身を固くした。霊核をも貫く魔弾だ、人間の魔術では流石に防げないだろう。――命令が実行される前に殺せば、間に合うかもしれない。だが――一瞬の躊躇が、ワトソンに引き鉄を引かせなかった。
魔弾が、放たれる。