模擬聖杯戦争 Foul/Scarlet Research   作:井ノ下功

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アーチャー 5

 マスターを抱えて降りてきたアーチャー――ジェームズ・モリアーティは、教会に向かって歩いてくる男を見て、その前に着地した。こんな夜更けに教会へ来る人間など、勇者でなければ狂人、この場合はすなわち聖杯戦争の関係者に決まっている。

 モリアーティの姿を見て、男はピタリと止まった。

 

(普通――のように見えるだけで、普通ではない男だな。魔術師だからというだけではない。――犯罪者だ、間違いなく)

 

 眼を見れば分かる。所詮、同じ穴の狢だと。

 

(ま、そんなのどうだっていいんだが)

 

 犯罪を暴くのは探偵の役目だ――今まさに目の前に現れた、世界最高の名探偵の。

 モリアーティは思わず満面の笑みを浮かべてしまった。

 

「ヤァ、これはこれは――いると思ったよ、()()()

 

 いないはずがない、いなくてはおかしい、と思っていたのだ。

 

(あぁ、相変わらず、腹が立つ顔をしているものだ)

 

 高身長の美青年。ランサーとはまた違う系統の――頭脳労働しかしていないことが明白な――美男子。触れれば切れるのだからズルいものである。天は二物を与えずと言うのではなかったか。

 かつて、我が宿敵であった男――

 ――シャーロック・ホームズ。世界唯一の諮問探偵。ロンドンの、いや英国の覇権を賭け、命懸けで戦い、ライヘンバッハの滝で生き延びた男……。

 

(……ン?)

 

 モリアーティはごくごく僅かな違和感を覚えた。たとえるならば、暦の上では満月のはずの月が、一日分欠けているように見えたような――老眼を疑えばそれだけで済むような、極めて小さなノイズ。

 

(なんだ――?)

 

 見逃してはならない、という気はした。だが、それ以上追究の手掛かりとなりうるものはなく――或いは、なくすためにだろうか――ホームズが一歩前に出た。

 光に応じて如何様にも色を変える淡褐色(ヘーゼル)の瞳が、鋭く細まった。

 薄い唇が、冷酷な下弦の三日月を形作る。

 

「さして難しくもなかったよ、()()

「あっそ。アーヤダヤダ、これだから風情の無い探偵は」

「お褒めにあずかり光栄だ」

「褒めてナイヨ」

 

 おちゃらけた仕草で肩をすくめて――モリアーティは鎖を引いた。白い棺桶、超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』を臨戦態勢にする。ランサーからの連戦、厳しくないと言ったら嘘になるが――

 

(アラフィフの意地を、見せてやろうじゃないか、若造)

 

 ここが、クライマックスだ。

 

「それでは、授業を始めよう」

 

 ろくに狙いも定めずに、引き鉄を引いた。

 一斉掃射。最初の一手はあくまで牽制だ。当たるとは思っていない。白煙の向こう側にホームズの姿が消えていったが、当たってはいないだろう。

 

(相手がホームズなら、こちらもやりやすい……!)

 

 捜し回ったりはしない。ただ、脳味噌を働かせる。かつて能力の限りを尽くし、雌雄を決した男の思考回路を、思い出す。

 背後から振り下ろされたステッキを、こちらもステッキで受け止める。カウンターの射撃。再びホームズの姿が消えて、地面を抉った感触だけが残る。白煙を切り裂いて飛んできた光線を棺桶で受け止める。ホームズの姿は見えない。こちらが発生させた煙だけではなく、向こうも何かしらの魔術で視界を悪くさせているらしい。

 それで、確信する。

 

(ほう。ヒット&アウェイを貫くつもりか。ということは――)

 

 ――我が蜘蛛糸はホームズをも絡め取ったらしい。

 ヒット&アウェイは短期決戦には向かない戦法だ。アサシンならまだしも、キャスターならばいっそう、長期戦、長距離戦になる。長距離でのやりとりを選ぶということは、()()()()()()()()()()()()()ということである。警戒しているならば、距離を空けなどせず、撃たれる前に仕留めようとするはずだ。

 

(今日の分はランサーで撃ち止め――とでも、思っているのかね?)

 

 きっかり二十四時間ずつ間を空け、マスターすら騙してきた甲斐があったというものである。

 確かに、魔弾には限りがある――だが、()()()()はないのだ。

 マスターの魔力を食いはするが、この近距離ならば、フルの威力でなくとも問題なく霊核を砕けるだろう。そこまでの負担はかけずに済む。

 

「魔弾装填」

「っ!」

 

 呟いた瞬間、ホームズが小さく息を呑むのが気配で分かった。

 ――だが。

 もう準備は整っている。

 

「宝具解放。我が最終式、終局的犯罪をここに証明しよう――『ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド』!」

 

 魔弾の射手は必中のスキルを有している。だから狙いなど付ける必要はない。引き鉄を引けば、それは因果を捻じ曲げてでも、必ず標的に(あた)るのだ。

 瀑布のような轟音が響き、魔弾が射出される。

 高密度の魔力の固まりは、不可思議な軌道を描いて、自分の背後に迫っていたホームズの体に過たず突き刺さった。

 

(仕留めた――!)

 

 ああ、なんとも、他愛ない――モリアーティは鼻から息を吐いて、どこか残念そうに話微笑んだ――これがあの強敵だったとは。ライヘンバッハで死闘を演じたのが、まるで夢の中のことのようだ。……今の方が“夢”だとは、よく分かっているのだが。

 ホームズは何度か瞬きをすると、長い溜め息をつき、ふいと他所を向いた。

 

(――ンー、やはり……)

 

 やはり、何か違和感がある。あのシャーロック・ホームズが果たして、こんなあっさりと、こんなハッキリと、諦めた顔をするだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()が、モリアーティの判断を鈍らせた。

 

「キャスター!」

 

 彼のマスターが焦りきった声で叫び――次の瞬間、左手を掲げた。

 

「【令呪を以って命じる! キャスターの霊基よ、復元せよ!】」

「――よくやってくれた、マスター!」

 

 霊基の消滅が止まった。ホームズの顔が豹変する。

 

(チィッ)

 

 モリアーティは心の中で舌を打った。

 

(やはりあの時のライダーの復活は、令呪によるものだったか!)

 

 あの現象を検証する時間がなかったのが、ここへきてあだとなった。おそらく、ホームズは検証を重ね――そして、わざとあのような表情を見せたのだ。

 

(まったく……らしくないネ、名探偵! 一瞬でも、()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 何事もなかったかのように、ホームズが殴りかかってきた。棺桶を盾にする。

 と、明らかに刺突でない衝撃が二度、三度と棺桶にぶつかり、ホームズが頭上を飛び越えていった。背後に着地したのを追って、振り返る。

 

「ぐっ」

 

 ステッキの先が腹部に突き刺さった。が、これはわざとだ。――ランサーと違って、こういうことが出来るから良い。

 鎖を巻きつけて、得物を叩き落とす。

 ――した瞬間、ハイキックが頭部めがけてとんできた。

 だがそれも予測済み。対応できない速さでもない。首を傾けるだけで躱し、棺桶に手をかけて、後ろに跳ぶ。距離を詰めようとしたホームズへ、自分のステッキを投げつける。

 ホームズはそれを受け止めず、背後に流した。

 

(ふむ、さすが、天賦の見識の持ち主――)

 

 彼の背中の向こう側で、ステッキが爆発した。爆風を背に受けてさらに踏み込んでくる。バリツ――日本式レスリングとボクシングに、フェンシングと棒術を織り交ぜた謎のマーシャルアーツ――が炸裂する。

 それをガードし、或いは躱し、光線には射撃で対応する。

 互いの手の内を互いに読み切っている戦闘には、ある種の安心感すら覚えてしまう。台本のあるプロレス、または練習を重ねた殺陣のようなもの。

 とはいえ、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。

 

(切り札はもうないからネ……)

 

 ここからは純粋な実力勝負になる。サーヴァントとなったホームズが何か隠し持っていれば話は別だが――それをこの局面で出し惜しみしてまで、“一度撃たれる”という危険な橋を渡るとは思えない。

 

「何を狙っているのかね、名探偵!」

「さて、何だと思う?」

 

 涼しい顔で問答に応じながら、ホームズは自分のステッキを拾った。打ちかかってきたのを棺桶で受け、競り合う。

 

「……君の()()()()は、どんな人間だった?」

「――」

 

 何気なく尋ねた瞬間、ホームズの目の色が変わった。

 

「マスターのことを言っているのかい? それなら、君の目も節穴になったものだ。彼は僕の助手ではないよ」

「なら、言葉を改めよう。君のマスター、彼は犯罪者だろう? 探偵が犯罪者の指示に従う、とは、どんな気分だったのかね?」

「……」

 

 ホームズは苛立ったように、無理やり、力任せに競り合いを終わらせた。彼の手の中でステッキが翻り、刺突が一度。二度。三度。実に単調な攻撃だ。容易く躱して、棺桶を大きくぶん回す。それを真正面から受けて、ホームズの肢体が吹き飛んだ。

 

(ああ――なるほどね、わかったよ、ホームズ。これなら――)

 

 勝てそうだ、と思った。

 その瞬間だった。

 

「【令呪を以って命じる! アーチャー、魔弾を以ってこの男を撃ちなさい!】」

 

 模倣者の声。令呪が発動し、魔力が集束する。

 モリアーティは顔を引き攣らせた。

 

「マズい――これは――七発目だ」

 

 意思に反して、引き鉄が引かれる。

 ホームズのニヤリと笑う顔が、暗闇の中に浮かび上がった。

 

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